Prologue: 沙都子(私服): おいしい秋の味覚が詰まった、お弁当。そして、ほどよく涼しい風……。 沙都子(私服): はぁ……秋ですわねぇ。 羽入(私服): あぅあぅ、珍しく沙都子が風流な発言なのですよ。もぐもぐ……。 梨花(私服): みー。羽入は食欲の秋……いえ、一年中食欲の季節だったのですよ。 梨花(私服): 天高く、羽入肥える秋……なのです。にぱー♪ 羽入(私服): ぼ、僕は太ってなんかいないのですよー?! 菜央(私服): はぁ……レナちゃんの栗ご飯のおにぎり、本当においしいわ。秋にぴったりなレシピね。 レナ(私服): 菜央ちゃんが手伝ってくれたおかげだよ。それに、この栗も元々は魅ぃちゃんにたくさんお裾分けしてもらったものだし。 菜央(私服): そうだったわ。魅音さんにも感謝しなくちゃ。……それにしても、今日は来るのが遅いのね。 レナ(私服): 用事があるから、詩ぃちゃんと一緒にあとで合流するって言っていたけど、まだ終わらないみたいだね……はぅ。 美雪(私服): きっと遅れてもかならず来るよ。にしても、いい天気だね……旅日和だ。 羽入(私服): ……どこか行きたいところがあるのですか? 美雪(私服): いや、そういうのじゃないけどさ。時代劇に出てくるお偉いさんみたいに風の向くまま気の向くままにふらふらっとしてみたいなって。 梨花(私服): 目的の見えない旅は、退屈ではありませんですか? レナ(私服): 楽しんで帰るってのも目的じゃないかな? かな? 菜央(私服): でも女ひとりでふらふら旅するのは危ないわよ。 美雪(私服): って、キミがそれを言う?……まぁいいけどさ。 美雪(私服): はぁ……どこぞの白馬の将軍様みたいに暴漢をあっという間に叩きのめせるくらい強くないと、女の一人旅はこのご時世だとちょっと厳しいかー。 レナ(私服): はぅ……だったら強いお供の人をつけるとか?越後のちりめん問屋さんみたいに。 梨花(私服): みー。なんだか今日は、時代劇のたとえ話が多いのですよ。 菜央(私服): 昨日テレビでやってたのよ、時代劇スペシャル。沙都子たちは見なかったの? 羽入(私服): あぅあぅ、昨日は早めに寝てしまったのですよ。沙都子が眠たそうにしていたので…… 梨花(私服): テレビより、まっ白なお腹をつんつんするのが楽しくて夢中になってしまったのです。 沙都子(私服): わ、私お腹を出して寝てなんていませんわよ?! 一穂(私服): …………。 ……沙都子ちゃんの悲鳴のような否定を聞きながら、私は竹刀を握り直す。 圭一(私服): 行くぜっ! おりゃぁぁぁああっ!! 一穂(私服): ――っ……!! 気合いの叫び声とともに、眼前の前原くんは竹刀を振りかぶって勢いよく打ち込んでくる。 その一撃を私は竹刀で受け止めるが、さすがに男子との力の差のせいもあって攻撃に転じるまでには至らない。 すかさず二撃、三撃と続けざまに放たれる連撃。重さのあるそれをかわし、打ち払い……。 一穂(私服): (……見えた!) 竹刀を打ち払うことで徐々に広げた隙がある程度になった瞬間、私は彼の懐に飛び込んだ。 一穂(私服): はっ! ――目の前に迫った竹刀の鍔元を、横薙ぎに打ち据えた。 圭一(私服): うぉっ?! 寸前まで前原くんの手に握られていた竹刀が、爽やかな秋空を舞った後……まだ青さの残る芝生の上へと落下する。 圭一(私服): 痛ってぇっ……?! と同時に、前原くんは左手で右手を抑えながら苦悶の表情を浮かべて膝から地面へと崩れ落ちた。 一穂(私服): ご……ごめん、前原くん! 手に当たっちゃった? 圭一(私服): あ……いや、大丈夫だ。柄を握っているあたりを、一穂ちゃんがうまく避けてくれたからな。 圭一(私服): 竹刀が吹っ飛んだ時に、ちょっと手がしびれただけだ。気にすんな。 そう言いながら、前原くんはひらひらと手を振ってみせる。 確かに左右の手どちらも赤くなったり動きにおかしなところはないようだけど……。 一穂(私服): ご、ごめんね?私、手加減ってよくわからなくて……! 圭一(私服): だから、気にするなって。本気でやってくれって頼んだのは俺なんだからさ。……いやー、一穂ちゃんはやっぱりすげぇよな! 圭一(私服): 剣道の経験者だって言うから手合わせをさせてもらったが、ここまでの腕前だったとは思わなかったぜ。 一穂(私服): わ、私なんてたいしたことないよ……。 一穂(私服): 本格的にやってたのは子どもの時くらいで、それもお兄ちゃんにくっついて近くの道場に通ってただけで……。 美雪(私服): いやいや、謙遜することないって。『ツクヤミ』と戦ってる時の一穂は、そりゃもう剣豪のごとき頼もしさなんだからさ。 美雪(私服): よっ、女剣豪! 現代の宮本武蔵! 一穂(私服): い、言い過ぎだよ……美雪ちゃん……! 菜央(私服): 美雪、その辺りでやめておきなさい。一穂も困ってるじゃないの。 ぺちん、と美雪ちゃんの頭をはたく菜央ちゃん。そして少し不思議そうな表情を浮かべながら、前原くんに向き直っていった。 菜央(私服): ……前原さん。一穂に剣道の稽古をつけてもらいたいなんてどういう風の吹き回しなの? 圭一(私服): まぁ、なんつーか……昨夜テレビでやっていた時代劇スペシャルの主人公がすんげぇカッコよくてさ。 圭一(私服): 俺もあんな感じになりたいなー、って思ったんだ! 圭一(私服): で……見よう見まねで竹刀振り回すより、経験者に教わった方がいいだろ? 圭一(私服): ちょうど#p興宮#sおきのみや#rの学校でも剣道の授業があって、竹刀を借りる許可も下りたしな。 美雪(私服): あぁ、それでわざわざ竹刀を2本抱えて#p雛見沢#sひなみざわ#rまで来たってわけか。 梨花(私服): ……剣道なら、魅ぃが長くやっているのですよ。 圭一(私服): いやいや! 魅音に教わった日には間違いなくギタギタのボコボコにされた上で木から逆さまに吊されるだろぅが?! レナ(私服): はぅ……魅ぃちゃんはそこまではしない……んじゃないかな、かな。 圭一(私服): 自信なさげに言われても説得力がねぇよ! 菜央(私服): まぁ、逆さ吊りは言い過ぎでも、結構スパルタで鍛えられそうだけど……それで一穂に頼んだってわけね。 圭一(私服): あぁ。一穂ちゃんなら優しそうだと思ってな。……とはいえ、思いっきり一本を取られたが。 圭一(私服): やっぱり、マジで子どもの頃からやっていたやつには敵わねぇよな。俺も剣道をやっておけばよかったぜ。 一穂(私服): い、今からでも遅くないと思うよ……?中学や高校になってから始める人もいるみたいだし。 一穂(私服): 前原くんはその……私なんかより運動ができると思うから……。 きっと彼なら、すぐに私なんか追いついて……いや、追い越してしまうだろう。 そうなったら、私が彼に勝てなくなるのも時間の問題だ。嬉しいことだけど、ちょっと寂しくもある。 一穂(私服): (私がみんなより出来ることなんて、それくらいだから……) 圭一(私服): ははっ、そう言ってもらえるとありがたいな! 圭一(私服): ……けど一穂ちゃん、「私なんか」って言うくせは止めたほうがいいな。 一穂(私服): えっ? 圭一(私服): その言い方だと、ついさっき「私なんか」の一穂ちゃんに負けた俺は何なんだ、ってことになるじゃねぇか。 一穂(私服): え? あ、あ……! 混乱する頭が前原くんが指し示す言葉の意味をようやく理解した瞬間、すっと顔から熱が引いていく。 そうだ……よく考えたら今の発言は、前原くんに対して失礼すぎる……! 一穂(私服): ご、ごめんなさい……! 圭一(私服): ははは、謝る必要なんかないって!俺はただ、一穂ちゃんは卑屈にならず自分の力にもっと自信を持ってもらいてぇってだけだ。 一穂(私服): ……うん。ありがとう、前原くん。 美雪(私服): おー。前原くんかっこいー。 菜央(私服): ……そのセリフ、昨日の時代劇と似てない? 圭一(私服): ……ぎくっ。 菜央ちゃんの冷静な指摘に、前原くんが露骨に顔を引きつらせた。 沙都子(私服): 呆れましたわ。人の言葉を借りてでしか慰めの言葉をかけられませんの? 圭一(私服): べ、別にいいだろ?名言は他人が口にしたくなる魅力があるから名言なんだよ! 沙都子(私服): あらあら。名言について語る時間があるなら、圭一さんはもっと鍛錬をすべきではありませんの? 沙都子(私服): 今の実力じゃ時代劇の主人公どころかラストで斬られる悪役の、その部下の下僕程度がせいぜいですわ。 沙都子(私服): をーっほっほっほっ! 圭一(私服): ……よし沙都子、そこになおれ。その根性を俺がたたき直してやる! 沙都子(私服): す、素手の人間に凶器を持って襲うのは最低ですわよー! 梨花(私服): みー、剣道を学びたいなら雛見沢にも道場があるのです。村長の喜一郎が先生のひとりなのです。 圭一(私服): おぉ、ってことは一穂ちゃんのお祖父さんか? 圭一(私服): つまりその人に教えてもらえたら、一穂ちゃんくらいに強くなれるかもしれねぇな! 菜央(私服): もう、前原さんはすぐに結果を求めすぎよ。技術をつけたかったら、たゆまぬ努力の積み重ねが大事なんだから。 圭一(私服): わ、悪ぃ……。 美雪(私服): あはは、そうやって素直なのは一穂と前原くんはよく似てるねー! 美雪(私服): ところで、二人はレナの栗ご飯おにぎり食べないの?全部もらっちゃうよー? 一穂(私服): た、食べる! 食べたい! 圭一(私服): 運動したから腹減ったしな! 私と前原くんは慌てて靴を脱いでレジャーシートに上がり、お重に詰められた栗ご飯おにぎりに手を伸ばそうとして……。 レナ(私服): 食べる前に手を拭かないとダメだよ? 一穂&圭一: はい。 すかさず伸びてきたレナさんの手とおしぼりを前に勢いを収めて……大人しく手を拭いてから改めておにぎりに手を伸ばしたのだった。 Part 01: 一穂(私服): さっきも美雪ちゃんが言ったけど……旅をするにはいい季節かもしれないね。 栗ご飯のおにぎりを食べて一息つきながら呟くと、隣でお茶を淹れてくれていた美雪ちゃんが苦笑する。 美雪(私服): なに、聞いてたの?前原くんと打ち合いをしてた時の会話なのにさ。 圭一(私服): ん……なんの話だ? 美雪(私服): 行楽シーズンだね、って。この#p雛見沢#sひなみざわ#rは風光明媚な場所だから、余計にそう感じるんだよ。 レナ(私服): 紅葉が見頃だし、観光客を受け入れるなら今が一番いい時期なんだろうね。 圭一(私服): そう言えば、この前雛見沢にある温泉旅館がからくり満載で忍者屋敷みたいだってテレビ番組が取り上げて大繁盛しているらしいな。 美雪(私服): へー。あの山の中の旅館、そんな感じになってるんだ。話には聞いてたけど、景気がいいねー。 菜央(私服): 千客万来なのはいいことよ。……けど、受け入れ体制は大丈夫なのかしら? 菜央(私服): またスタッフが足りなくて、あたしたちに手伝ってー、ってなったりとか。 美雪(私服): あー、それなら心配ないみたいだよ。 美雪(私服): 詩音が、これまでに何度も観光客の対応とかであたふたさせられてきたから……今回ばかりは事前にバイトを増強して、万全の構えだってさ。 レナ(私服): あははは、それならよかった。 レナ(私服): レナたちも頼まれたら頑張るつもりだけど、やっぱり大人の人に対応してもらったほうが来てくれたお客さんも安心だもんね。 圭一(私服): ん、そうか? 圭一(私服): 同年代や年下の子が一生懸命働いている姿を見るものいいもんだぜ? 圭一(私服): なんか微笑ましいと言うか、癒やされると言うか……。 沙都子(私服): …………。 そんな彼の隣に座っていた沙都子ちゃんが、非難するような目で見ながら静かに距離を取る。 圭一(私服): ? どうした、沙都子。 沙都子(私服): 人が一生懸命働くところを、まるで王様みたいに見下ろしながら働け、働けと眺めるなんて悪趣味が過ぎますわよ。 沙都子(私服): 圭一さんは働く私たちのことをそんな目で見ていたんですの……? 梨花(私服): みー……圭一の趣味がアブないのですよ。 言いながら梨花ちゃんも沙都子ちゃんを追うように距離を取り……前原くんを拒絶するように揃って背中を向ける。 ……が、私の位置からは見えた。 沙都子&梨花: …………。 顔を寄せた二人が、無言ながらもニヤニヤと愛らしくも意地悪く笑っていることに……! 一穂(私服): (か、からかってる……!) 圭一(私服): ち、違ぇって! 圭一(私服): ちっちゃい子がちょこちょこ動いている様子って小動物みたいと言うか……ほら、あれだ!頑張れって応援したくなるというか! 抜群の演技力に騙されてしまった前原くんは、慌てて救いを求めるべく周囲を見渡す。 そしてレナさんに目が合うや、すがるように身を乗り出していった。 圭一(私服): なぁ、レナ!お前ならわかってくれるよな?! 菜央(私服): レナちゃんを巻き込まないで頂戴。 レナ(私服): ごめんね圭一くん、そう言うことだから……はぅ。 即座に割り込んだ菜央ちゃんガードがレナさんの同意を阻んだ。 雛見沢の少女たちは、本当にたくましい。……いろんな意味で。 圭一(私服): ち、ちくしょう!じゃ、じゃあ一穂ちゃんならわかるだろ、なぁ?! 一穂(私服): えっ? わ、私はその……えっと……。 菜央(私服): 一穂を悪しき仲間に引き込まないで頂戴。 美雪(私服): そーだそーだ!うちの一穂は押しに弱いんだから巻き込むなー! 美雪(私服): と言う訳で、とりあえず前原くんはえんがちょね。 圭一(私服): な、なんでだよぉぉぉおおぉっ?! 美雪(私服): 気持ちはわかるけど、さっきの発言はちょっと危険だよー? 圭一(私服): そ、それは……いや、でも邪な意味はないんだ! 圭一(私服): いや、一穂ちゃんに云々言った俺が言えた義理じゃないのはわかってるが!! 羽入(私服): あ、あぅあぅ……! 孤立無援で崩れ落ちる前原くん。その背中を、小さな影が庇うように覆う。 羽入(私服): そうなのです!圭一は邪な気持ちで言ったわけじゃないのですよ! 羽入(私服): た、多分……。 圭一(私服): かばうなら最後までかばってくれねぇかな?!ちくしょー!! そんな感じに、突っ伏した前原くんの叫び声が森の中に響いた。 一穂(私服): あ、あはは……。 みんなからかっているのは目に見えるので、私はもう笑うしかない。どうせ少し経てばみんな元通りになるだろう。 一穂(私服): (……あれ、でも待って?) 一穂(私服): あの……美雪ちゃん、菜央ちゃん。雛見沢の温泉旅館って、いつから忍者屋敷に改装されたの? 美雪(私服): えっ? そりゃまぁ、えっと……。 んー、と美雪ちゃんは虚空に視線をさまよわせて。 美雪(私服): 菜央、いつだっけ? 菜央(私服): あたしたちが知るわけないでしょ。 呆れたように肩をすくめて、菜央ちゃんがお茶をすすりながら答えていった。 菜央(私服): 時期的に去年でしょうね。あたしたちがまだ雛見沢に来る前だし。 レナ(私服): はぅ……でも旅館を改装しようって魅ぃちゃんと話し合いをした時、一穂ちゃんたちも一緒にいた気がするんだよね……。 沙都子(私服): あら、レナさんもですの?実は私も、てっきりそうだと思っていましたの。 梨花(私服): みー……それ以前に、温泉街を立ち上げた際にも一穂たちと一緒にお祝いをしたはずなのですよ。 羽入(私服): あぅあぅ……。 沙都子(私服): その場には誰か、一穂さんたち以外の人もいたような……そうですわ。忍者屋敷の時も……。 一穂(私服): それ、誰? 沙都子(私服): それが……思い出せませんの。 沈んだ声の沙都子ちゃんと私の頬を撫でるように、すぅっと秋の冷えた空気が通り過ぎる。 ……背中ににじんだ汗が冷たいのは、竹刀を振り回した際のものが冷えただけだと。 それだけと、……思いたかった。 Part 02: 一穂(私服): (……私のせいだ) あれだけ楽しかったピクニックの場が一気にみんなが頭を抱えて困惑する場になってしまった。 一穂(私服): (どうしよう、前原くんに不用意な発言には気をつけろって注意されたばかりなのに……) いないはずの人間がいた記憶の真偽なんて、どうやったって確かめようがない……。 一穂(私服): ご、ごめんなさ……! 圭一(私服): ――まぁ、いいじゃねぇか! 私の謝罪の声を遮るように、前原くんが明るい声をあげてにこやかに笑っていった。 圭一(私服): つまり、最初からそこにいたと錯覚するくらい一穂ちゃんと美雪ちゃん、それに菜央ちゃんがこの村になじんできたって証拠だろ? 圭一(私服): 俺もそんなふうに、みんなの仲間として認められたいぜ……はっはっはっ! 沙都子(私服): 何を言っているんですの、圭一さん。あなたは100年前から、私の不倶戴天の敵でしてよ!……をーっほっほっほっ! 梨花(私服): みー。素直に大事な仲間だと言ってあげられない照れ屋さんな沙都子なのです。 沙都子(私服): んなっ? ち、違いますわ……! レナ(私服): はぅ~。素直じゃない沙都子ちゃんかぁいいよぉ♪ レナ(私服): けど……圭一くんも何年も前から、レナたちと一緒にいた気がするよ。 レナ(私服): 美雪ちゃんと菜央ちゃん……もちろん、一穂ちゃんもねっ♪ そんな微笑みと同時に、困惑した空気が吹き飛ばされて和やかな雰囲気が戻ってくる。 私は胸をなで下ろして安堵を覚え……ふと、前原くんに目を向けた。 一穂(私服): (ひょっとして前原くん、私のために助け船を出してくれたのかな……?) 一穂(私服): (だとしたら、もしかすると前原くんは……?) 何か……知っているのだろうか。 一穂(私服): (だけど、下手なことを聞いてまた空気を悪くさせたくないし……) その横顔を見ながら、尋ねるべきかどうかで迷う視線を感じたのか……くるりと前原くんがこちらに顔を向けてきた。 圭一(私服): ん? なんだ、一穂ちゃん。 一穂(私服): え?! あ、あの、えっと……え? と、その時――。 前原くんの背後には、古手神社の境内から伸びる道がある。 そこから、地面を踏みしめるようにしてこちらへ向かってくる影が2つ、見えた。 一穂(私服): 魅音さんと、詩音さん? 圭一(私服): え? みんなが顔を向ける頃には、ズンズンと足を進めていた魅音さんと詩音さんは私たちの座るレジャーシートへと辿りついて……。 魅音(私服): ……遅れてごめんねー。 詩音(私服): …………。 疲れ切った魅音さんと、むっつりと黙り込む詩音さん。 私たちのうちの誰かが何があったか尋ねるより早く、彼女たちは靴を脱いでレジャーシートにあがってくる。そして、 詩音(私服): ……ちょっと失礼します。 言うやいなや、詩音さんはレナさんたちの弁当箱へと手を伸ばして……おにぎりを鷲づかみに大口でかじりついた。 美雪(私服): おぅ? ちょ、ちょっと……?到着するなりワイルドにお食事を開始したね? 詩音(私服): 行儀が悪くてすみません。朝からずっとあちこち駆けずり回って、何も食べていないんですよ……もぐもぐ。 魅音(私服): いただきます……。 魅音さんはどっかりとあぐらをかいた詩音さんの隣で正座すると、栗ご飯おにぎりを少しずつ食べ始めた。 やがて詩音さんがおにぎり3つを食べ終えた頃、1つを食べきった魅音さんはため息をついて。 魅音(私服): ……はぁぁ、ひと心地ついたぁ。やっぱりレナと菜央ちゃんのご飯は絶品だねー。 菜央(私服): 何をもってあたしとレナちゃんが作ったってわかったのかはあとで聞くとして……いったいどうしたの? 詩音(私服): えーと、まぁ……こんなことをまた皆さんに申し上げるのはアレですが。 詩音さんが親指についた米粒をぺろりと舐め取り……そして、言った。 詩音(私服): 例によって……トラブル発生です。 Part 03: 美雪(私服): って、またぁ……? トラブル発生、の一言に最初に呆れた顔で反応したのは美雪ちゃんだった。 詩音(私服): そう言わないでくださいよ、美雪さん……。こっちも同じ気持ちなんですから。 詩音(私服): 今度こそ、とお姉とも誓い合って宿のスタッフや村の面々と何度も打ち合わせを重ねて準備してきたってのに……はぁ……。 美雪(私服): いや……詩音たちを責める気はないけどさ。いくらなんでも、園崎家ってトラブルが多すぎるよ。なんか呪われてない? お#p祓#sはら#rいする? 詩音(私服): 自然災害なら、それも検討のひとつですけどね。……今回に関しては、完全に人災なんです。 レナ(私服): はぅ、人災って……どういうことかな、かな? 違和感が伴う詩音さんの発言に、レナさんが怪訝そうに小首を傾げながら尋ねる。 「人災」とはつまり、人為的なミスの意味だろう。つまり、誰かが何らかの失敗をしてしまった……? レナ(私服): ……魅ぃちゃん。今回は旅館の受け入れ体制が万全だから大丈夫だ、って言っていたよね? 沙都子(私服): 私たちも、そうお聞きしましたわ。スタッフさんも万一のことを想定して数を揃えたから、臨時で人の手が足りなくなることはない、と。 魅音(私服): いやー、私たちもそのつもりでいたんだけどさぁ。どうやら旅館の職員のひとりが、宿泊予約の人数をミスっちゃったみたいなんだよ。 美雪(私服): ミスったって……どれくらい? 詩音(私服): ざっと数えて、からくり旅館のキャパの2倍ほど。新規で受けたバスツアーの団体様一行がまるまるあぶれてしまったんですよ。 圭一(私服): んなっ……?あぶれた分の部屋の確保は、どうしようってんだ? 詩音(私服): もちろん、からくり旅館だけではとても足りません。修学旅行客でもないので、大広間を開放……なんてウルトラCな対策もできませんしね。 魅音(私服): 幸い、シーズン後に改築を予定していた旧旅館施設がまだ手つかずだったから……そっちに大清掃をかけて部屋だけは用意できたんだ。 詩音(私服): ただ……今回予約して来られたツアー客は、からくり屋敷に泊まるのを期待した上で申し込まれた人たちでしてね。 詩音(私服): そこと違う旅館になると言われたら、おそらくクレームは間違いなしでしょう。 魅音(私服): ったく……かき入れ時だからってキャンセル対応のバッファ分まで使い切ることないじゃんか! 魅音(私服): おまけに、その予約受付をミスった仲居は事態が判明する前にとんずらしやがって……! 沙都子(私服): とんずら……とは、逃げられたってことですの? 魅音(私服): この時期、珍しいことじゃないよ。住み込み希望のスタッフって、ほとんどは真面目に働いてくれるいい人たちなんだけど……。 魅音(私服): 中にはのっぴきならない事情を抱えて流れてきた人もいたりするから……日銭受け取ったらそのままドロン、ってな感じだね。 詩音(私服): ……とんだハズレ従業員を引いてしまいました。今後は採用の時に、身体検査を徹底すべきでしょう。 苛立ちを紛らわせるように、詩音さんは再び栗ご飯おにぎりを掴んで口に運ぶ。よほど腹に据えかねているのか、咀嚼が荒っぽい。 梨花(私服): ……みー。なるほど、そう言われると確かに人災なのです。 美雪(私服): だねー。……っていうか、ここまで園崎家絡みでトラブルが起きると妙な勘ぐりもしたくなっちゃうけどさ。 魅音(私服): 勘ぐりって……たとえば? 美雪(私服): そうだね……園崎家を潰したい誰かがいる、とかさ。 魅音(私服): 絶対ない……とは断言できないね。あちこちに恨んでいるやつらは確かにいるしさ。 詩音(私服): 仲居が予約を間違えたのではなく、買収されてあえて……の可能性はなくはありませんね。 そんな疑念を抱きながら、魅音さんと詩音さんは思案に暮れてしばらく黙り込む。 が……それよりもまずは現状の打開、と思い直したのか顔を上げ、私たちに向き直った。 魅音(私服): いずれにしても、その団体客向けの対策だ。悪いけど、みんなの知恵を貸してほしい。 沙都子(私服): ……予定通りではなくても、宿は一応確保ができているんですのよね。 沙都子(私服): なら、そこまで身構えなくとも大事にはならないんではありませんの? 菜央(私服): ……いえ、そうとは思えないわ。だってお客さんたちは、からくり旅館を目当てに泊まりに来てくれるんだもの。 菜央(私服): それが普通の旅館だったら、どんな事情があっても納得はしてくれないはずよ。 羽入(私服): あぅ……失った信用を取り戻すのは、大変なのです。 ……今の#p雛見沢#sひなみざわ#rは園崎家が旗振り役となり、観光業を盛り立てていこうとする動きがある。 今回の失態は、その勢いに水を差しかねない。 一穂(私服): (けど、今回ばかりは……) 万全の対策を打っていた魅音さんたちが困り果てているのだから、よほどの策でなければ打開することができないと思う。 一穂(私服): (人手が足りないならともかく、宿泊場所の問題は私たちだとどうしようもできないよ……) 私と同じように他の子たちもそう思ってか、全員が一様にうなだれていた……と、その時だった。 圭一(私服): ……だったらよ。 圭一(私服): 旧旅館に泊まった人には、からくり屋敷とは違う何か面白ぇことをしてやるってのは……どうだ? レナ(私服): はぅ、面白いことって……たとえば? 圭一(私服): たとえば……たとえば……そうだな。 圭一(私服): チャンバラ主体の、時代劇とかな! 詩音(私服): はぁ? チャンバラって……時代村とかでやっている、あの実演ショーですか? 魅音(私服): いやいや……何を言い出すのさ、圭ちゃん。もう少し実現性のあるアイディアを出してよ。 魅音(私服): そんな寸劇をやってくれる役者さんたちを手配するような予算なんてないし、そもそも急に頼んだところで来てくれるわけがないでしょ? 圭一(私服): だから、俺たちがやるんだよ!またレナと菜央ちゃんには無理を言うけど、仕立ててもらった時代劇の衣装を着てさ! 詩音(私服): まぁ、お二人の協力があれば見栄えだけは整うでしょうけど……。問題は時代劇の内容です。 詩音(私服): 素人丸出しの私たちが演じたところで、せいぜい学芸会レベルが関の山だと思いますよ。 美雪(私服): ……あぶれたお客さんの年齢層は?バスツアーって言ってたよね。 魅音(私服): 町内会のバス旅行をまとめて受けたんだって。だからほぼお年寄りで、その付き添いが少し。 レナ(私服): ……。だったら、なんとかなるかもしれないね。 魅音(私服): えっ? そう呟いたレナさんに、魅音さんは意外そうな顔を向けて目を見開く。 まさか、前原くんの実現性の低い提案に同意するとは思ってもみなかったのだろう。……だけど彼女は、力強く言葉を繋いでいった。 レナ(私服): 小さい子たちが、遊びに来てくれた自分たちのために頑張って劇をしてくれる姿はとってもかぁいいし……それはそれで楽しいと思うんだよ。 レナ(私服): 題して「ちびっ子時代劇」……なんてどうかな、圭一くん? 圭一(私服): えっ?あ、いや……確かに子どもが一生懸命に頑張っている姿は可愛い……よな。 美雪(私服): なるほど……お客さんに甘えることにはなるけど、お爺ちゃんお婆ちゃんたちにとって孫くらいの子が頑張ってる光景は、かなり感動ものかもしれないね。 美雪(私服): それに、私たちも舞台はともかく戦闘はまったくの素人じゃないし……ね? 菜央(私服): そうね。殺陣のやり方については工夫が必要だけど、演出さえしっかりやれば十分見応えがありそうだわ。 羽入(私服): あぅあぅ、だとしたら全力で頑張ることが最低限の条件なのですよ。 羽入(私服): 人の心を動かすためには、全力で頑張るのが大前提なのです。 沙都子(私服): あら、だったら私たちには朝飯前ですわね。 沙都子(私服): なんせ私たち、毎日全力で戦っておりますもの! 梨花(私服): みー……お客さんを満足させるためにおもてなし方法もいろいろ考えるのですよ。 美雪(私服): うんうん。みんなに雛見沢は楽しい場所だったって知って帰ってもらうためにも、頑張らないとね。 園崎姉妹: …………。 話を進めていくみんなを離れた場所で見ていた園崎姉妹が、互いの顔を見合わせる。 魅音(私服): どう思う、詩音。 詩音(私服): やれるかもって顔をしているじゃないですか。……私も同じですよ、お姉。 魅音(私服): なら、こっちも全力出さないとね。 魅音(私服): そうだ! 斬られ役はうちの若い衆を使うってのは?!迫力を出すつもりなら、真剣ありでもいいけどさ! 美雪(私服): ダメに決まってるでしょ、それは銃刀法違反! 美雪(私服): 家にある真剣の取り扱いと許可証については聞かないであげるから、せめて模擬刀を使いなよ! 詩音(私服): はいはい、わかりました。そのあたりは母さんと相談しますねー。 詩音さんが場の空気を塗り替えるように手を叩く。 その目には先程までにはなかった、やる気に満ちあふれた輝きが宿っていた。 詩音(私服): ということで、この路線で頑張りましょう! Part 04: 宿泊の団体客さんたちが#p雛見沢#sひなみざわ#rを訪れたその日は、よく晴れて気温もほどよい絶好の秋日和だった。 私たちはそれぞれの衣装に着替えて……お客さんたちを出迎えるべく準備万全で居並ぶ。 そんな一同を前に、くノ一姿の魅音さんが威勢を高めるように声を張り上げていった。 魅音(くノ一): みんな、今日までよく頑張ってくれた! 魅音(くノ一): 毎回色々と面倒……いや、迷惑かな? をかけまくって本当に申し訳ないけど、私の一番信頼できるあんたたちが頼りだ! 魅音(くノ一): だからまた、しばらくの間……雛見沢のために力を貸して! レナ(花魁): あははは!今さらそんなの言いっこなしだよ、魅ぃちゃん! レナ(花魁): レナたちは、仲間なんだから。困った時はみんなで支え合って頑張ろう……ねっ? 菜央(時代劇): レナちゃんの言う通りよ。 菜央(時代劇): それに今回は、魅音さんたちが頑張っていろんな人に要らなくなった和服を提供して、ってお願いしてくれたおかげで、衣装作りも大幅にショートカットできたもの。 菜央(時代劇): ……かなりいい生地の着物だったから、ハサミを入れるのがかなり怖かったわ。 沙都子(白無垢): をーっほっほっほっ!実は私、活発な忍者服もいいと思っていましたけど、こういう白無垢にも密かに憧れていましたのよ~♪ 羽入(白無垢): あぅあぅ……ぼ、僕もちょっと恥ずかしいけど、みんなと素敵な衣装で舞台に上がれて嬉しいのです。 梨花(花魁): 沙都子と羽入は、古手神社で狐の嫁入りなのです。狐役の詩ぃ、よろしくお願いしますのですよ。 詩音(私服): もちろんです。この後すぐに着替えて、沙都子を「かわいがって」あげますよ……くすくす! 沙都子(白無垢): か、かわいがるって……そのままの言葉通りでよろしいのですよね、詩音さんっ?別な意味の「ボコボコにする」ではありませんのよね?! 梨花(花魁): ……みー。それにしても詩ぃたちは、こんな花魁衣装をどこで手に入れてきたのですか? 詩音(私服): まぁ、そのあたりの詳しい事情はあまり深く突っ込まないってことで。 詩音(私服): ……いずれにせよ、まさかここまで本格的なものに短期間で仕上げられるとは、思ってもみませんでした。 詩音(私服): 皆さんのご協力とご尽力につきましては、本当に頭が上がりません。ありがとうございます。 詩音(私服): ただ……ここからが正念場です。謝罪とともに宿の変更は伝えていますが、満足してもらえなければ評判は一気にがた落ちになりますので……。 美雪(私服): なんにせよ、やることをやるしかないよ。とにかく、練習の成果を十分に発揮してお客さんに喜んでもらえることだけを考えよう。 魅音(くノ一): だね! みんな、頑張ろう! 一穂(くノ一): …………。 気合い十分で互いを励まし合う中……私はひとり震える手をごまかすように、手にした模造刀の鯉口を何度も鳴らす。 一穂(くノ一): (……勢いで殺陣なんて受けちゃったけど、本当に大丈夫かな?) みんなで練習した殺陣の稽古は、最終的に監修役の魅音さんのお母さんたちからお墨付きをもらえるくらいに仕上げられた。 一穂(くノ一): (でも、練習は所詮練習……本番で成功させなくちゃ、意味がない……) 私の失態が、雛見沢の評価に直結する。そんなことを考えていると、今さらになって実感が湧き上がって……手が震えそうに……。 と、その時。私の頭を、コツンと軽く叩く固い感触がして思わず振り返ると……。 一穂(くノ一): ……っ……? 圭一(時代劇): よろしく頼むぜ、師匠! そこにいた殿様姿の前原くんが、自分の模造刀を手にしながら不敵な笑みを浮かべて立っている姿が目に入ってきた。 圭一(時代劇): 今回の舞台の要は、俺と一穂ちゃんだからな。稽古をつけてくれた剣術の腕前、しっかりと披露してくれよ! 一穂(くノ一): 前原くん……。 圭一(時代劇): 大丈夫だ! 何かあった時は、俺がうまくアドリブで観客の目を引いてやる。道化役は任せておけ! がっはっはっはっ! 魅音(くノ一): 道化役って……圭ちゃんさぁ。できれば、もう少し格好のつく役回りにしてくれない? 詩音(私服): そうです。せっかく見かけだけは整えたのに、二枚目のお殿様がバカ殿になっちゃいますよ。 圭一(時代劇): ……おい、いくらなんでもバカ殿ってのはねぇだろ。だったら、この顔をおしろいで真っ白にしてこようかっ? 魅音(くノ一): あー、それはいいねぇ。もしかしたら意外な層にウケるかもしれないし、今から脚本を変えるかい……くっくっくっ! 圭一(時代劇): なっ? じょ、冗談に決まっているだろ?!そんな格好で写真にでも撮られた日にゃ、もう学校に行けなくなっちまうじゃねぇか!! 一穂(くノ一): あ、あははは……。 前原くんと、魅音さんたちとのやり取りがおかしくて……とても、あたたかい。 私の緊張をほぐすために、みんなが色々と気遣って……励ましてくれている。 なら、私は頑張ってその優しさに応えるだけだ……! 一穂(くノ一): が……頑張るねっ!前原くん、それに他のみんなも……よろしく! 圭一(時代劇): 期待しているぜ、一穂ちゃん!雛見沢のために俺も頑張るからよ! そう言って前原くんは刀を手にして、お客さんを乗せたバスが来る方角に視線を向ける。 その横顔は、とても明るく眩しくて……心強さを覚える何かをはらんでいるように見えた。 一穂(くノ一): ……前原くんは、雛見沢のことが大好きなんだね。 圭一(時代劇): えっ……そう見えるか? 一穂(くノ一): うん。みんなのために……雛見沢のために頑張ろう、って気持ちが伝わってくるから。 圭一(時代劇): ……。あぁ、そうだな。けど、それは一穂ちゃんだって同じだろ? 一穂(くノ一): うん……もちろん! 一穂(くノ一): だってここには部活のみんながいて、美雪ちゃんと菜央ちゃんがいるから。 圭一(時代劇): ……だよな。そんな自分が好きな場所が、嫌われたり悪く言われたらムカつくよな。 圭一(時代劇): でも、そういう好き嫌いって本当に小さなきっかけ……勘違いや他人の一言でコロコロ変わっちまうものだしな。 一穂(くノ一): 前原くん……? 圭一(時代劇): だから、俺たちが頑張って……雛見沢はいいところだって記憶を土産に、お客さんたちには帰ってもらおうぜ! 一穂(くノ一): うん……あれ? ふいによぎった違和感に、ふと我に返る。 圭一(時代劇): ? どうした、一穂ちゃん。 一穂(くノ一): このやりとり、なんだか前にもやったような……。ううん、気のせいかな……? 圭一(時代劇): それは……。 詩音(私服): 皆さーん! 団体様、ご到着しましたよー! 何かを言いかけた前原くんの声が、詩音さんの声に上書きされて……場の空気が一気に引き締まった。 魅音(くノ一): 来たか……! さぁ、迎え撃つよ! みんな: おぅ! Epilogue: 一穂(私服): っ、……はあぁぁぁっっ!! 圭一(私服): うぉおっ?! 胴への横薙ぎ……と見せかけて手首をひねり身を沈めながら放った逆袈裟の一閃が、前原くんの持つ竹刀の鍔元へと命中する。 その衝撃で彼の手から竹刀が離れ、円を描くように回転しながら宙に舞って……そのまま芝生の上にぽとりと落ちた。 圭一(私服): っ、……ぅ……! 前原くんは少しの間、竹刀を喪った姿勢のまま呆然とした表情を浮かべていたけど……。 圭一(私服): は……はははっ!受けきってから反撃するつもりでいたのに、完全に意表を突かれちまったぜ……。 やがて我に返り、額から流れる汗を手のひらで拭いながらにかっ、と快活な笑顔を私に向けて返してくれた。 圭一(私服): ……やっぱり、一穂ちゃんは強ぇな。1週や2週だけ手ほどきを受けた程度じゃ、とても相手にならねぇぜ。 一穂(私服): ……そんなことないよ、前原くん。 竹刀を降ろしながら、私は乱れた呼吸を整える。 お世辞じゃなく、本心からの言葉だった。最初に手合わせをした時よりも前原くんは、驚くほどの速さで上達しているのがよくわかる。 最後の逆袈裟も、胴打ちを読まれていると気づいてとっさに切り替えたのがうまく当たっただけだ。……あれを外されていたら、結果は違っていただろう。 一穂(私服): さっき、私が胴を狙ってるってわかった動きをしてたよね。……こっちの狙いを先読みしてたの? 圭一(私服): いや、勘さ。それと弱みにつけ込むようで悪ぃが、一穂ちゃんは俺にできるだけ怪我をさせないように打ってくると思ったんだ。 圭一(私服): それで胴打ちとなれば、打ち込む速度が落ちて反撃の隙ができるんじゃないか……ってな。 圭一(私服): まぁ、そんな生兵法はあっさりと見破られちまったわけだが……はっはっはっ! 一穂(私服): ううん、いい手だったと思うよ。切り替えてなかったら、本当に危なかった。……やっぱりすごいよ、前原くんは。 圭一(私服): そうなのか?……へへっ、だったら俺も少しは腕が上がったと思っていいかもだな! そう言って前原くんは、汗まみれの顔を赤く上気させながら嬉しそうに表情をほころばせる。 今日は、古手神社の境内で2人だけの立ち会い稽古。観光客向けの時代劇披露は昨日で全て終わったのだけど、前原くんからのたってのお願いでこの場を設けたのだ。 一穂(私服): …………。 つい最近までは美雪ちゃんたちに見守られながら練習をしていたこともあって、静かというか……少しだけ緊張した空気を感じる。 それは、男の子を前にしての身構えなどではなく前原くんから感じる……真剣な思いにも起因していた。 圭一(私服): こうなったら親父やお袋に頼んで、本気で道場に通って剣道を習ってみようかなぁ。……月謝とか、防具とかは結構するんだっけ? 一穂(私服): わ、わかんない……その辺りは、魅音さんたちの方が詳しいと思うよ。 圭一(私服): そっか。じゃあ今度、聞いてみることにするぜ。 そんなことを話しながら、私は前原くんと一緒に地面に敷いたレジャーシートに腰を下ろして……菜央ちゃんが持たせてくれた水筒のお茶を飲む。 冷たいお茶が喉を滑り落ちていく感覚と、汗が冷えていく感触が……とても心地よかった。 一穂(私服): 温泉宿でやった、私たちの時代劇……団体のお客さんたちに喜んでもらえてよかったね。 圭一(私服): あぁ。最初は子ども同士の殺陣なんて、って結構バカにするような声も聞こえてきたんだが……。 圭一(私服): 俺と一穂ちゃんが斬られ役の人たちと戦いを始めた途端、すげぇ反応だったよなー!まるで暴れん坊な将軍様だ、てな感じにさ。 圭一(私服): あの剣戟の演出はなんだ、とか、どうやってあんなに高く飛べるんだ、とか……。 圭一(私服): 『ツクヤミ』退治に使っていた『ロールカード』がまさかあんなふうに役に立つなんて、思わなかったぜ。……へへっ! 私たちの時代劇に『ロールカード』を使うことを提案したのは、美雪ちゃんだ。初めは危険すぎる、と魅音さんも難色を示していたけど……。 美雪(私服): 『威力を上げるのは難しいけど、逆に絞るのはわりかし簡単だよね?ほんの少しでも、かなり迫力が出ると思うよ』 詩音(私服): 『くすくす……確かに。TVの時代劇でもBGMと効果音、それに光の演出はあるとなしでは臨場感が違いますからねー』 魅音(くノ一): 『いや、光の演出はむしろ特撮ヒーローものでしょ?……けど、美雪の言うように試してみるのもありだね』 菜央(時代劇): 『他にも「カード」の力でジャンプしたり、素早く動いたりとかも……面白そう……?』 一穂(私服): ちょっと恥ずかしかったけど……観てる人たちが驚いたり、歓声を上げたりしてくれてすごく楽しかったよね。 圭一(私服): あぁ。やっぱり演劇ってのは、観てくれる人の反応があってこそだよな。 一穂(私服): ……。けど、……。 圭一(私服): ? なんだ、一穂ちゃん? 一穂(私服): え、あ……な、なんでも……。 ない、と言ってはぐらかそうとした私に、前原くんは優しい表情で向き直りながら言葉を繋いでいった。 圭一(私服): いいぜ、聞きたいことがあるなら聞いてくれ。……あと、俺に対して不安に思うようなことを抱えているなら、正直に伝えてほしい。 圭一(私服): 気遣いは嬉しい。……けど、そんな遠慮が原因で仲間とすれ違うなんてのはまっぴらだからさ。 一穂(私服): …………。 自分の胸の内を言い当てられてしまった私は、無言で手にしたカップを握り込む。 一穂(私服): (本当にいいのかな、聞いても……) 顔を上げると、前原くんは真剣なまなざしでじっと私を見つめていて……。 だから思い切って、私は尋ねることにした。 一穂(私服): だったら……前原くん、教えて。 一穂(私服): 時代劇は昨日でもう終わったのに……どうしてまた稽古がしたい、って私をここに誘ってきたの? チャンバラ時代劇は大成功で終わった。次の予定も、今のところはない。……稽古をする必要なんて、ないはずなのだ。 誘われるままにやってきて稽古に付き合ったものの、一汗かいてもその理由は……まだわからなかった。 圭一(私服): …………。 前原くんはコップを持つ手をぶらりと降ろしたまま、レジャーシートの上にあおむけに倒れ込む。 そして、空の向こうに思いを馳せるように遠い目をしながら……おもむろに口を開いていった。 圭一(私服): 信じてくれねぇかもしれねぇが……俺には、いろんな過去の記憶があるんだ。 一穂(私服): 過去の、記憶……? 圭一(私服): あぁ。その中で俺は、数え切れないくらいの失敗をして、間違えて……大切な仲間を助けることができなかった。 一穂(私服): ……っ……! その言葉に、私は思い出す。他の誰ともかみ合うようでかみ合わない、曖昧な「世界」の記憶……。 それと同じではないとしても、私と似たようなことを前原くんも体験して秘密を抱えていた……? 圭一(私服): 俺は……強くなりたいんだ。 圭一(私服): 剣道でも、「カード」でも……なんでもいい。みんなを守れるだけの力が欲しい。 圭一(私服): 今さら、付け焼き刃の力なんて手に入れても遅すぎるかもしれねぇ。力があったとしても、役に立たねぇかもしれねぇ……。 圭一(私服): それでも、やらないよりは少しでもやったほうがいいんじゃないか……ってさ。ただの悪あがきだって、わかってはいるんだが……。 一穂(私服): ……悪あがきなんかじゃ、ないよ。それに、遅すぎることも絶対に……ない。 一穂(私服): きっと前原くんなら、追いつける。……私はそう信じてるし、祈りたい。 圭一(私服): へへっ……ありがとな、一穂ちゃん。 前原くんは恥ずかしそうに笑いながら、ポケットから古びた懐中時計を取り出す。 そして、おっ、と声をあげると置いていた竹刀たちを抱えて立ち上がった。 圭一(私服): そろそろ魅音主催の打ち上げ会の時間だな。んじゃ、そろそろ行こうぜ! 圭一(私服): 遅れたら沙都子たちに、ご馳走を食い尽くされちまうぜ! 一穂(私服): うんっ……!あ、待って、レジャーシート片付けるから。 続けて立ち上がった私は、美雪ちゃんに持たされたレジャーシートを折り畳んでいく。そして、 一穂(私服): そうだ、前原くん。 圭一(私服): なんだ? 一穂(私服): 前原くんなら……きっとできる。その優しい思いさえ、忘れたりしなければ……ね。 圭一(私服): えっ……? 一穂(私服): ……よし、片付け終わり。早く行こう、前原くん! 圭一(私服): あぁ……! 行こうぜ、一穂ちゃん! 秋風を背中に受けながら、私たちは神社の境内を立ち去る。 やり遂げた達成感とともに、もっと強くなりたいという願いを抱えて……。