Part 01: ふいに、喉の奥に引っかかるものを覚えて咳が飛び出し……思わず寝返りを打ちながら激しくむせこんでしまう。 だけど、そのおかげで意識を取り戻した私は薄もやがかかったようなまどろみ気分のまま、ゆっくりと目を開けた。 魅音: ここは……って、園崎の屋敷……っ? あまりにも見慣れすぎた光景だったのですぐにわかったけれど……自分がどうしてここにいるのか、思い出すことができない。 魅音: ……っ……。 頭にのしかかるような鈍痛に顔をしかめつつ、私は上体を起こすと周囲に首を巡らせて現状を確認する。 ……人の気配がどこにもない。いつもだったら婆っちゃかお手伝いの沁子さん、あるいは詩音あたりが顔を出してもおかしくは……、っ? 魅音: そ、そうだ……っ! はっ、と息をのみ、なぜ忘れていたのかと自分の迂闊さと察しの悪さに腹が立って、私は髪をかきむしって立ち上がる。 ……記憶していた通りであれば、私は意識を失う直前まで入江診療所にいたはず。 そこで詩音やレナ、圭ちゃんたち部活メンバーと「殺し合い」を繰り広げて、そしてっ……?! 魅音: なっ……?! ふと自分の身体を見下ろした私は、ぎょっ、と目をむいて愕然と固まる。 全身が、泥だらけの傷だらけで……着ている服もあちこちに裂け目が走り、そこから覗く肌には血のにじんだ跡が赤黒く浮かび上がっていた。 ……走馬灯のごとく、脳裏に浮かんできたのは仲間たちに襲われながらも必死に……いや、狂気に思考を支配されて武器をふるう、自分自身。 そして、まるで猛獣か何かの#p咆哮#sほうこう#rのようで耳を疑いたくなるような、なんとも不気味でおぞましい自分の高笑いが響き渡って……! 魅音: あっははははは……きひゃはははははッッ!! 嗤いながら殴り、斬り、叩きつけて……相手に攻撃が通じるのを見て、悦に浸る。 逆に、こちらが傷つけられた時も理由もなく可笑しさが感情を埋め尽くし、殺意の衝動が沸き上がって止まらない……! 魅音: そらそら、どうしたの?まだやれるでしょ、かかってきなよ! 魅音: くっくっくっ……足りない、足りないねぇ!殺しても殺しても殺したりなくて、血を啜りたくて喉が渇く一方だよぉぉぉッッ!! 魅音: ひひひひひひ……げげげげげゲゲゲゲゲゲッッ!! 魅音: ぐっ……ぅ……! とても、正気とは思えない……まさに、狂騒。思い出しただけでも怖気とともに吐き気を催して、口元を押さえながらその場にうずくまってしまう。 ……そして、なんとか顔を上げられるくらいに気持ちが落ち着いてから、動き始めた思考から真っ先に浮かんできたのは……。 魅音: みんなは……どこ……? 少なくとも、このだだっ広い家屋の中にレナたちの姿はおろか……気配すら感じられない。 というより、……どうして私はここに?記憶を失う直前まで、私は入江診療所にいたはずだ。 そして確か、高揚した気分のまま外へと出た途端恐ろしい形相をした※※の姿が見えたので、反射的にあの子へと飛びかかって――。 一穂:覚醒: 『魅音さん。……殺すよ?』 複数で押し寄せたにもかかわらず……※※は怯むことなく不気味に瞳を輝かせながら、手に持った武器を構えてこちらへと向き直る。 次の瞬間、彼女の姿が目の前から消えたかと思うと、すぐ横に氷のように冷たい感触が迫ってきて――。 一穂:覚醒: 『……まず、ひとつ』 魅音: ……っ……?! そこで私の、……意識は途絶えていた。 魅音: で、目覚めたら……この園崎本家の中。いったい何が、どうなっているのさ? 魅音: あぁ、もう……なんで覚えていないんだよ!この前に何か、とんでもないことが起きていたはずだってのに……、っ? そこで私は、ようやくそばに転がっていた「それ」に気づく。 かなり古びた、ひと振りの日本刀……それは園崎家の秘宝でもある『玉弾き』だった。 Part 02: ……それは、特に意図があってのことではなく偶然だったのだと思う。 倒れた状態から、上体を起こそうと手をついて地面に転がっていた「それ」に触れた途端、雷が落ちたような衝撃が全身を駆け巡っていった。 魅音: っ……あ、あれっ……? 頭の中が真っ白になった後、まるで夢想の狭間にいて制御できていなかった意識に自我が戻り、困惑と混乱のまま首を巡らせた次の瞬間……! 魅音: えっ……って、わああぁぁっ?! なんとも形容しがたい「モノ」が目の前に鋭い勢いで迫ってきたので、とっさに身を投げ出してそれをかわす。 そしてすぐさま立ち上がり、わけがわからないままそれを放ってきた相手に向き合った私は……ぎょっ、と目をむいてその場に固まってしまった。 魅音: けっ……圭ちゃん?! 圭一(覚醒): ひっ……ひひひっ……! 真紅に染まった「モノ」を手にして妖しい笑みを浮かべているのは、間違えるはずもなく圭ちゃん本人だ。 だけど、その表情にいつもの快活な明るさは微塵もなく……狂気に彩られた形相に異常すぎる殺意を見た私は、ぞっ、と戦慄を覚える。 彼の瞳は金色なのか禍々しく輝き、怪物化した「あの」村人たちのような妖気を身にまとって……?! 魅音: い……いったいどうしたのさ、圭ちゃん?! 圭一(覚醒): げ……げげ……み、魅音……っ? 圭一(覚醒): ひひっ……ひひひヒ……。 圭一(覚醒): げげげげゲゲゲゲゲゲゲッッッ!!! 魅音: ちょっ、……うわぁぁああぁぁっっ?! 奇声とともに圭ちゃんが私目がけて飛びかかり、真紅に染まった剣のような「モノ」が大上段から勢いよく振り下ろされてくる。 それは目測を誤って、地面に叩きつけられたが……衝撃が轟音とともに波動を生み出し、私を木っ端のごとく軽々と吹き飛ばした。 魅音: っ、嘘でしょ……?! 降り立った彼の身体を中心にして広がる、瓦礫の山とクレーターのように穿たれた窪み。 ……絶対に、人間の仕業でなせるものではない。これが夢によるものではない現実だとしたら、いったいどうして……?! ――と、その時。 一穂:覚醒: あれ……? まだ、死んでなかった……? 魅音: ひぃっ……?! 背後から聞こえてきた寒々とした声を感じて振り返り……思わず、身をすくめてしまう。 一穂:覚醒: ――――。 この子は……「誰」っ……?見たことも会ったことも話した記憶さえあるはず……なのに……。 「なまえ」が出てこない……思い出せない……!なにより、その顔……その目は……?! 一穂:覚醒: ――――。 一穂:覚醒: ――じゃあ、もう一度……殺してあげるね……。 魅音: ……ぅ……。 魅音: うわああぁぁぁあぁぁっっっ!!! 魅音: ――はっ……?! 耳をつんざくほどの叫びが自分の放ったものだとわかると同時に……私は意識が現実に戻ってきたことを理解する。 魅音: 今の、なに……診療所での、「記憶」……? 恐ろしくて怖くておぞましくて、私は全身を震わせながら涙さえ流してしまう。 やっと、……やっと思い出した。この恐怖が、さっきまでの記憶を封印していたのだ。 それにしても、……「あの子」は誰?顔に見覚えがあるはずなのに、どういう名前だったのか思い出せない……頭に浮かんでこない……! ……と、その時だった。 川田: ……あ、やっと起きたみたいですねー。なかなか目を覚まさないから、心配しましたよ~。 魅音: ……っ?! ふいに聞こえてきた、のんびりとした口調の声に弾かれたような勢いで振り返った視線の先に立っていたのは……? 魅音: 川田……さん……? Part 03: 魅音: か、川田さんが……どうしてここに……? 川田: どうして、ってずいぶんな言われようですねー。せっかくクラスメイトに殺されかけてたところを、危険を冒した上で助けてあげましたのに。 川田: ここまで運んでくるの、結構大変だったんですよー。感謝してくれというのは恩着せがましいとしても、そうやって敵対行動をとられるのは心外です。 そう言って川田さんは、居間の柱の一つに背を預けながら……場違いなほど飄々とした様子で肩をすくめてみせる。 ……指摘されて私は、無意識に『ロールカード』から変化した武器を手に取っていたことに気づいた。慌ててそれを「カード」に戻し、ポケットにしまう。 魅音: ……っ……。 川田碧……富竹さんと一緒に行動していたという、フリーのジャーナリストだ。 ダムの建設現場跡地や図書館あたりに出没し、『オヤシロさま』の#p祟#sたた#rりについて調べているらしいと村の連中や若い衆から報告が上がっていた。 まぁ、明らかに胡散臭い感じは否めなかったが聞き込みの内容が素人臭い範囲であったため、目くじらを立てず野放しにしていたのだけど……。 川田: いやー、それにしても広いお屋敷ですね。喉が渇いたので台所を失礼させてもらいましたが、探すのに結構苦労しましたよー。 魅音: っ、それは……。 親しくもないのに他人の家の中を勝手に歩き回るな、と注意しそうになったが……この惨劇の状況下では大目に見るべきかと考え直して、あえて口をつぐむ。 それにしても、遠慮がないというか……見かけによらず豪胆な人だ。見ず知らずの屋敷に足を踏み入れているのに、緊張した様子がない。 ……。いや、これは緊張していないというよりむしろその逆で……「隙がない」というべきか。 魅音: 助けてくれて、ありがとうございます。それで、他の子たちは……その……。 川田: 残念ですが、どこにも見当たりませんでした。あの診療所で見つかったのは、死体を含めると入江先生だけです。 魅音: なっ……? その事実を聞かされて、私は思わず息をのんで言葉を失ってしまう。 監督……入江先生は危険を顧みず、分校で絶体絶命の状況に陥っていた私たちを捨て身になってまで、助けに来てくれた。 それに加え、村人のように末期症状になって凶暴化しないよう……私たちにワクチンまで用意してくれたのだ。 なのに……なんで、そんな目に……?! …………。 いや、待て。末期症状にならないためのワクチンを打ってもらったというのに、実際の私たちはどうなった……? そもそも、私が正気を失ったり圭ちゃんたちがおかしくなったりしたのは、診療所に入ってしばらくたってからのことだ。 しかもしかも、その時に私たちは監督からワクチンの接種を受けた……ということは……?! 魅音: まさか、監督が私たちに使ったワクチンって……? 川田: ……ふむ、なるほど。あなたがそういうお顔になっているのは、おそらく入江先生に一服盛られた影響ってことなんでしょうね。 魅音: ど……どういうことっ? 川田: どうぞ、ご自分で確かめてみてください。私、コンパクトを持ってますので……ほら。 魅音(覚醒): なっ……こ、これはっ? 鏡に映った自分の顔を見て、私はわが目を疑いたくなるほどの驚愕に打ち震える。 私の目が……金色に染まっている。これは、狂気に染まった圭ちゃんと同じ状態……?! 魅音(覚醒): ど、どうしてこんなことに……?! 川田: んー……おそらくそれが、入江先生の研究の集大成というものだったんでしょうねー。 川田: #p雛見沢#sひなみざわ#r症候群を強制的に発症させることで、内向きの自殺行為ではなく外向きの攻撃衝動へと感情と思考を誘導する……ですか。 川田: この分だと、鷹野三四さんが持ち去ろうとしたサンプルは相当の効果が期待できそうです。……おかげでずいぶん、苦労させられましたよ。 魅音(覚醒): ……っ……? 川田: いやいや、本当にあのお二人は優秀でした。さすが神は神でも、「死神」とやらのお眼鏡にかなうだけのことはありますね……くすくす……! 魅音(覚醒): あ……あんたはいったい、何を知っているのさ?! 発狂寸前の困惑と混乱のせいで頭の中がぐちゃぐちゃになった私は、思わず怒鳴り散らしながら彼女のもとへと迫る。 だけど彼女は、そんな私からするりと逃れて背後に回り込み――。 振り返った時には、いつの間にかその手に「猟銃」に似たものを構えていた……! 川田: ……。ひとつだけ、聞かせてください。 川田: 雛見沢症候群の末期症状で、村の人たちはみんな暴走して……襲い合い、殺し合った。 川田: だけど彼らは、このお屋敷……園崎家にだけはなぜか手を出そうとも、足を踏み入れようともしなかった……どうしてでしょう? 魅音(覚醒): っ、そんなの……知るわけないでしょっ?私だって知りたいよ、『雛見沢症候群』がいったい何なのかってことをねッ! 撃たれることも覚悟した私は、そう言ってやけくその思いで川田さんを睨みつける。 すると、川田さんは大きくため息をつき……銃状の武器を下ろしながら「ですよねぇ……」となぜか納得したようにひとり呟いていった。 川田: だったらなんで、あの自称「神」はここまで「世界」をひっかきまわすんでしょう……?その目的が、どうしてもわからないんですよ……。 そう言って彼女はくるり、と身を翻すと、居間を出ていこうとする。 明らかにもう、私の存在には関心がないと言わんばかりに見下した態度……それが癇に障り、私は思わず声を上げていった。 魅音(覚醒): ちょっと……待ちなっ!出ていくなら、その前に私の質問に答えてよ! 川田(私服目開): ――――。 足を止め、ゆっくりとした動きでこちらへ向けた川田さんの表情は、……冷たさをはらみながらも穏やかな笑顔。 だけど、おもむろに開かれた細目の奥に見えた瞳は……まるで血のようにどす黒い紅に染まり、そして――っ……! 川田(私服目開): ……。あなたたちには、同情します。私が同じ立場だったら、さっさと放り投げて……やり直しではなく、試合放棄を要求するでしょう。 川田(私服目開): ですが……残念。運命はあなたたちには味方しない。少なくとも、※※が存在し続ける限りは……ね。 魅音(覚醒): ……っ……?! 川田(私服目開): ただ、そうですね……次の「世界」に渡る前に、これだけはお伝えしておきますよ。 川田(私服目開): このような状況を引き起こすきっかけになったのは、『公由一穂』……そして、あなたがよく知る※※です。 魅音(覚醒): っ? それはいったい、どういう……?! ――――。 そこで、私の意識は、……途絶えてしまった。 後輩: ……ぱい、先輩。園崎先輩……! 詩音: っ、……んぁ……? 後輩: どうしましたか、先輩。昼休みとはいえベンチで横になって昼寝なんて、先生に見つかったら懲罰ものですよ。 詩音: ん……あ、いや、ごめん。なんだか急に、眠くなっちゃってさ。 後輩: そうですか。私はてっきり、先日中断したチェスの続きの手を考えていて、知恵熱でも出したのかと思っていましたよ。 詩音: はっ……言ってくれるねぇ!断っておくけど、あんたにチェスを教えたのは私なんだから! 見くびってもらっちゃ困るよ! 後輩: 見くびってもいませんし、当然感謝もしています。……ですので毎回敬意を払い、全力でボコボコのギタギタにしてさしあげている次第です。 詩音: ぐっ……こ、この……!今日こそ吠え面をかかせてやるから、覚悟しな! 後輩: 望むところです。では、お手柔らかに。私は一切柔らかさなど持たず、すり潰す所存ですが。 詩音: っ……ちょ、ちょっとくらい手心を加えてくれても罰は当たらないと思うんだけど……ダメ?