Spice and Wolf Ⅱ (Japanese) > 01. 狼とふとした亀裂
うまそうな肉でも食べようとしたところで
目が覚めたのか
ヨイツの夢じゃ
故郷のな
素直な気持ちを言ってもいいかや
ああ
腹が減った
なにかや
早く膝掛の下に入れてくれ
わっちの尻尾を懐炉と一緒にするでない
それだけ毛並みがいいと
最高級の毛皮を束にしても叶わないからな
ああ そうだ
お礼に贈り物だ
次に立ち寄るクメルスンはプロアニアの貴族が所有する町で
異教徒が多くてな
宗教的なことが禁止されている
これは修道女でも布教はしないと言う暗黙の合図なんだ
すべて丸く収まる
なんだ ほんとに贈り物だとおもったのか
わっちの耳を見くびるでない
もっと意表を突いたなにかを期待していただけじゃ
おう がっ こらこら
お返しじゃ
やめろって
やめぬ
まだかやクメルスン
今日中につくんじゃろうな
ああ もうすぐだ
すぐと言ったな
では 次の食事こそ 硬くて苦いライ麦パンや
それを水でもどした冷たい粥から解放されるんじゃな
ああ しかもクメルスンは大市と祭りの真っ最中だ
食べ物もいろいろあるだろうから
楽しみにしておくんだな
ほほう
じゃが ぬしよ
懐は大丈夫なのかや
お前の買い食いくらいなら問題ないさ
じゃが その分宿が貧相になったりせんか
それなりのところへは泊るつもりだ
「一人一つずつ暖炉がなければいやだ」とかいわなければ大丈夫さ
そこまで言うつもりはありんせん
じゃが わっちの買い食いを言い訳に使われては困るからの
言い訳?
「金がないからベッドは一つ」なんてのはのう
あれだけ間抜けな鼾をかいていてよく言うな
鼾などかいておらぬ
それにだな お前は俺の好みじゃない
お前の耳なら 嘘じゃないことくらいわかるだろう
まあ つまり
つまりこういうわっちが好きなんじゃろう
阿呆な雄ほどか弱いのが好きじゃからな
わっちがか弱い姫ならばぬしは屈強な騎士でなければならぬ
ところが現実はどうじゃ
いや 一度は騎士に成ってくれたがのう
俺が?
なんじゃ 忘れたのかや
ほれ ややこしい銀貨の話に首を突っ込んだとき
地下水道で
ああ あれか
なにも腕っ節の良さだけが騎士ではありんせん
わっちゃ誰かに守ってもらうなんて初めてじゃったからな
おい こら
これからも大事にしてくりゃれ
悪かったよ
好みじゃないなんていって
ぬしのそういうところが好きじゃ
そりゃどうも
まっ 宿のベッドは一つでも構わぬ
その分皿の数は奮発してくりゃれ
了解
あのおびただしい荷馬車のなかに
なかなか良い魚を積んでおる
極上のを買って宿で料理して貰うというのはどうかや
魚を?
ええ 何匹か分ていただけないでしょうか
申しわけありません
うちは魚をどこへ何匹売るか
すべて決まっておりまして
失礼ですが 行商人の方ですか
ええ リュビンハイゲンから来ました
でしたら あの道を半日ほどのところに湖があります
今日は鯉のいいのが上がってますから
うまく交渉すればたくさん買いつけられますよ
ああ いいえ 夕食用に少しでいいんです
ええ?
何か新しい商売を考えている顔ですね
ああ いや お恥ずかしい
夕食用の魚をお探しということは
今夜はクメルスンにおとまりですか
はい
冬の大市と祭り見物で
ラッドラ祭はにぎわいますよ
宿はもうご予約されましたか
祭りは明後日からでしょう
まさか もう宿がなくなっているとか
そのまさかです
それなら商館をあたってみます
組合の方でしたか
失礼ですが どちらの
ローエン商業組合のクメルスン商会です
なんと素晴らしい偶然
わたしもローエン所属なんです
おお これは神のお導き
このあたりでは禁句でしたね
大丈夫です
わたしも南出身の正教徒ですから
フェルミ・アマーティです
商売上はアマーティで通っています
クラフト・ロレンスです
同じくロレンスと呼ばれています
こちらは旅の連れのホロ
訳あってともに旅をしておりますが
夫婦ではありません
わっちの顔に何か付いておりますか
えっ いいえ
ホロさんは…
遍歴の修道女です 一応
それでは 多少の困難は神様からの試練ということですね
さすがに二部屋都合をするのは難しいですから
えっ と言うと
取引先の宿屋に頼めば
一部屋くらいは都合付けてもらえるはずです
よろしいのですか
はい いくつかの取引先で
たっぷりと美味しい魚を召し上がっていただければ
お若く見えるのに商売がお上手だ
よろしくお願いします
お任せください
お待たせしました
広くていい部屋です
紹介していただいて感謝します
気に入っていただけましたか
それはもう
アマーティさんに出会えて本当によかった
えっ いいえ
あ あの
ホロさんは本当に清楚で素敵な方ですね
お前ラックスありすぎだぞ
時と場所をわきまえただけじゃ
酒も魚も実にうまい
あの若造なかなかの目利きじゃな
あの若さでな
預かってる量も並じゃなかった
それに引き替えぬしの積んでおった荷
あれはなんじゃ
ん?釘だが
釘ぐらいわかりんす
もっとぱっとしたものを取扱えということじゃ
リュビンハイゲンで失敗したのがよっぽど応えたのかや
まっ 荷は地味だがそれなりに利益はでるはずだ
それに ぱっとしないものばかりを載せているわけじゃない
おれの荷馬車には
お前もいるだろ
あれ
さっき別の酒を頼んだじゃろうが
まっ ぬしではその程度じゃな
お前 もう少し俺に気を使っても罰は当たらないだろう
雄は優しくするとすぐ図に乗りんす
味をしめて繰り返しそんな台詞を聞かされてはたまらぬ
わかった
なら俺も今後は…
たわけ
雄は優しくてなんぼじゃ
それにわっちがしゅんとしておれば
ぬしは優しくしたくなろう
ずいぶんと色の薄い葡萄酒じゃな
燃える葡萄酒と呼ばれているやつだ
おい そんな一気に
ほら見ろ だから
懐かしい味じゃ
ヨイツの酒に似ておる あのころはよく飲んだものじゃ
懐かしいのう
みんなどうしとるか
ヨイツに着くのが楽しみじゃ
まだいけるわいなあ
ったく
やはりヨイツの酒は最高じゃ
そんで そのヨイツって村どうなっちゃったの?
お馴染みの顔だな
水と 万が一のために桶をもってきてやったぞ
それとラッドラ祭なんだが
明日から本番だから慌てることはない
まっ とにかく大人しく寝てろ
ちょっと 商売仲間のところにいってくる
マルク
レ スパンディアミルト ワンデルジ
ハハ ピレージ
バオ
バオ
バオ
商談中に邪魔したようだな
いや
ピトラの山の神様のありがたさを熱心に説かれていたところだ
助かったよ
異国の言葉に通じているのも善し悪しだな
ああ 散々話して稼ぎに結び付かないとアデーレにどやされる
で お前は商売の話を持ってきてくれたんだろうな
ああ もちろんだ
リュビンハイゲンから釘を持ってきた
釘?
おいおい うちは麦の商店だぞ
だが北からの客も多いだろう
大雪のときの家の補修に
釘は必需品だ
売れなくはないだろうが
いくらだ
三パテの長さが百二本
四バテが二百本
五バテも二百本
質の良さはリュビンハイゲンの鍛冶屋組合の折り紙つき
十リュミオーネ半でどうだ
安すぎるな
武具の暴落の話を聞いていないのか
今年は例年の北への大遠征が中止になってな
剣や鎧が投げ売られて
鋳潰される鉄が増えた
そうなれば釘の相場も下がる
十リュミオーネだって高いくらいだ
それはもう少し南のほうの話だろ
確かに釘の材料は増えたかも知れんが
この冬場に鉄を溶かして釘にしたら
薪が足りなくなって値上がりを招く
そんなことで町中から罵声を浴びたいやつなんかいないから
釘の値段も変わらないはずだ
ああ まったく
麦商人に釘なんか売りに来るなよ
麦なら安く買い叩く方便はあるが
釘なんて専門外だ
じゃあ 十六リュミオーネでどうだ
高い 十三リュミオーネ
十五
十四 と四分の三
オーケイ それで頼む
さすがだ兄弟
で 現金払いか
それとも貸しか
貸しで頼む
助かるよ
この時期は現金払いが多くってな
貨幣不足はいかんともしがたい
ラント
はい 旦那さま
お前 弟子をとったのか
店の一つも構えりゃ自然とな
この箱全部うちの荷馬車に積み替えとけ
あとでハンスのとこへ売りに行く
あの鉄細工を作る方にですか
いいから とっとと運べ
あ は…はい
祭りが終わるまではいるんだろ
一回くらいうちに飲みに来いよ
アデーレも紹介したい
ああ そうだな
どうした 俺の店に見惚れちまったのかい
ああ いい店だ
よせよせ
行商人としてはお前のほうが断然上だった
もっと凄い店を構える日も近いんじゃないのか
乾杯
いよいよ明日は祭りじゃ
つまり今夜は前夜祭じゃ
お前 飲むための口実にしてるだろう
ぬしと出会えて本当によかった
ぬしのように生真面目で抜けた男でなければ
わっちの相手は勤まらんかったじゃろう
お前な
初めて出会ったのが もうずいぶん遠い昔のような気がする
確かにな
あのころはわっちの誘惑に
今よりもっとすぐ赤くなって
可愛いかったのう
お前だってあのころは酒の量が半分だった
ぬしもそのような口応えはせんかった
不思議なもんだな
うん 確かに不思議じゃ
普通に生きていくだけなら
狼の体のほうが何倍も楽じゃ
肉も噛み切りやすいしの
ころほっへらとにゅうもにょひは
{\pos(640,668)\fs28}このほっぺたと言うものには
いまだに慣れぬ
じゃがのう
まだまだしばらくは
この体でいるのもよいかなと
わっちは思っておる
そのほうがちょっとの酒で酔えるしな
たわけじゃ
たわけじゃ
たわけがおる
この たわけめ
まあ 飲め飲め
うん 許す
で 酔いつぶれる前に聞いておきたいことがあるんだが
なにかや
お前の故郷を特定する手がかりになるようなことをだ
手がかり?
道はまっすぐに伸びてないし
当てになるような地図もない
場合によっては
遠回りの道じゃないとたどり着けないこともある
うん
たとえば どこか近くの町の名前を覚えてないか
そうじゃ ニョッヒラ
ニョッヒラ
しっておるのか
ああ 温泉で有名なところだ
異教徒の町だというのに
おしのべで行く大主教や国王が大勢いるらしい
そうかや いまでもそうかや
あそこの湯は
わっちらのころも傷が早く癒えるので賑わっておった
じゃあ こっちが北で
ここがニョッヒラ
ヨイツはどの辺だ
この辺
南西か
どれくらいだ
わっちの足で 二日じゃ
人だと わからん
二日か
あれで二日ならかなりの距離だ
俺の足なら一月はかかるな
心配いらぬ
うまい食い物さえあればわっちは平気じゃ
範囲が広すぎる
狼のお前なら
道があるところを通ったとは限らないし
下手をすると
まだ一年や二年は
うむ この葡萄酒もうまい
ぬしは飲まんのかや
ニョッヒラからなら お前ひとりで帰れないか
そ…そうじゃな
ニョッヒラまで行けば 後はわっち一人でも帰れるじゃろう
平気じゃな
孤独は死に至る病じゃ
あっ いやあ 違うんだ
まだまだ一緒に旅は続けるし
うん それで十分じゃ
ニョッヒラまでは案内してくれるんじゃろう
わっちはもう少し色々町をみてまわりたいからの
いいか 俺はできる限り協力するつもりだ
さっき言ったことは…
雄は優しくてなんぼじゃといったが
ぬしよ あまり気遣われるのは困りんす
わっちゃあいかんな
どうしてもわっちらのものさしで物事を考えてしまう
ぬしらはわっちが瞬きする間に年老いてしまうからの
そんな短い生涯の一年は
とても大事じゃ
そのことを
どうしても忘れてしまっての
そうかもしれんが
その…
なんというか
そんな顔されたら わっちのほうが困りんす
すまん
当たり前のことを忘れていたのはわっちのほうじゃ
ぬしの傍は居心地がいいからの
つい
甘えてしまう
わっちゃあ酔ったみたいじゃ
さっさと寝ないと 何を言い出すかわからん
次回 狼と嵐の前の静寂
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目が覚めたのか
ヨイツの夢じゃ
故郷のな
素直な気持ちを言ってもいいかや
ああ
腹が減った
なにかや
早く膝掛の下に入れてくれ
わっちの尻尾を懐炉と一緒にするでない
それだけ毛並みがいいと
最高級の毛皮を束にしても叶わないからな
ああ そうだ
お礼に贈り物だ
次に立ち寄るクメルスンはプロアニアの貴族が所有する町で
異教徒が多くてな
宗教的なことが禁止されている
これは修道女でも布教はしないと言う暗黙の合図なんだ
すべて丸く収まる
なんだ ほんとに贈り物だとおもったのか
わっちの耳を見くびるでない
もっと意表を突いたなにかを期待していただけじゃ
おう がっ こらこら
お返しじゃ
やめろって
やめぬ
まだかやクメルスン
今日中につくんじゃろうな
ああ もうすぐだ
すぐと言ったな
では 次の食事こそ 硬くて苦いライ麦パンや
それを水でもどした冷たい粥から解放されるんじゃな
ああ しかもクメルスンは大市と祭りの真っ最中だ
食べ物もいろいろあるだろうから
楽しみにしておくんだな
ほほう
じゃが ぬしよ
懐は大丈夫なのかや
お前の買い食いくらいなら問題ないさ
じゃが その分宿が貧相になったりせんか
それなりのところへは泊るつもりだ
「一人一つずつ暖炉がなければいやだ」とかいわなければ大丈夫さ
そこまで言うつもりはありんせん
じゃが わっちの買い食いを言い訳に使われては困るからの
言い訳?
「金がないからベッドは一つ」なんてのはのう
あれだけ間抜けな鼾をかいていてよく言うな
鼾などかいておらぬ
それにだな お前は俺の好みじゃない
お前の耳なら 嘘じゃないことくらいわかるだろう
まあ つまり
つまりこういうわっちが好きなんじゃろう
阿呆な雄ほどか弱いのが好きじゃからな
わっちがか弱い姫ならばぬしは屈強な騎士でなければならぬ
ところが現実はどうじゃ
いや 一度は騎士に成ってくれたがのう
俺が?
なんじゃ 忘れたのかや
ほれ ややこしい銀貨の話に首を突っ込んだとき
地下水道で
ああ あれか
なにも腕っ節の良さだけが騎士ではありんせん
わっちゃ誰かに守ってもらうなんて初めてじゃったからな
おい こら
これからも大事にしてくりゃれ
悪かったよ
好みじゃないなんていって
ぬしのそういうところが好きじゃ
そりゃどうも
まっ 宿のベッドは一つでも構わぬ
その分皿の数は奮発してくりゃれ
了解
あのおびただしい荷馬車のなかに
なかなか良い魚を積んでおる
極上のを買って宿で料理して貰うというのはどうかや
魚を?
ええ 何匹か分ていただけないでしょうか
申しわけありません
うちは魚をどこへ何匹売るか
すべて決まっておりまして
失礼ですが 行商人の方ですか
ええ リュビンハイゲンから来ました
でしたら あの道を半日ほどのところに湖があります
今日は鯉のいいのが上がってますから
うまく交渉すればたくさん買いつけられますよ
ああ いいえ 夕食用に少しでいいんです
ええ?
何か新しい商売を考えている顔ですね
ああ いや お恥ずかしい
夕食用の魚をお探しということは
今夜はクメルスンにおとまりですか
はい
冬の大市と祭り見物で
ラッドラ祭はにぎわいますよ
宿はもうご予約されましたか
祭りは明後日からでしょう
まさか もう宿がなくなっているとか
そのまさかです
それなら商館をあたってみます
組合の方でしたか
失礼ですが どちらの
ローエン商業組合のクメルスン商会です
なんと素晴らしい偶然
わたしもローエン所属なんです
おお これは神のお導き
このあたりでは禁句でしたね
大丈夫です
わたしも南出身の正教徒ですから
フェルミ・アマーティです
商売上はアマーティで通っています
クラフト・ロレンスです
同じくロレンスと呼ばれています
こちらは旅の連れのホロ
訳あってともに旅をしておりますが
夫婦ではありません
わっちの顔に何か付いておりますか
えっ いいえ
ホロさんは…
遍歴の修道女です 一応
それでは 多少の困難は神様からの試練ということですね
さすがに二部屋都合をするのは難しいですから
えっ と言うと
取引先の宿屋に頼めば
一部屋くらいは都合付けてもらえるはずです
よろしいのですか
はい いくつかの取引先で
たっぷりと美味しい魚を召し上がっていただければ
お若く見えるのに商売がお上手だ
よろしくお願いします
お任せください
お待たせしました
広くていい部屋です
紹介していただいて感謝します
気に入っていただけましたか
それはもう
アマーティさんに出会えて本当によかった
えっ いいえ
あ あの
ホロさんは本当に清楚で素敵な方ですね
お前ラックスありすぎだぞ
時と場所をわきまえただけじゃ
酒も魚も実にうまい
あの若造なかなかの目利きじゃな
あの若さでな
預かってる量も並じゃなかった
それに引き替えぬしの積んでおった荷
あれはなんじゃ
ん?釘だが
釘ぐらいわかりんす
もっとぱっとしたものを取扱えということじゃ
リュビンハイゲンで失敗したのがよっぽど応えたのかや
まっ 荷は地味だがそれなりに利益はでるはずだ
それに ぱっとしないものばかりを載せているわけじゃない
おれの荷馬車には
お前もいるだろ
あれ
さっき別の酒を頼んだじゃろうが
まっ ぬしではその程度じゃな
お前 もう少し俺に気を使っても罰は当たらないだろう
雄は優しくするとすぐ図に乗りんす
味をしめて繰り返しそんな台詞を聞かされてはたまらぬ
わかった
なら俺も今後は…
たわけ
雄は優しくてなんぼじゃ
それにわっちがしゅんとしておれば
ぬしは優しくしたくなろう
ずいぶんと色の薄い葡萄酒じゃな
燃える葡萄酒と呼ばれているやつだ
おい そんな一気に
ほら見ろ だから
懐かしい味じゃ
ヨイツの酒に似ておる あのころはよく飲んだものじゃ
懐かしいのう
みんなどうしとるか
ヨイツに着くのが楽しみじゃ
まだいけるわいなあ
ったく
やはりヨイツの酒は最高じゃ
そんで そのヨイツって村どうなっちゃったの?
お馴染みの顔だな
水と 万が一のために桶をもってきてやったぞ
それとラッドラ祭なんだが
明日から本番だから慌てることはない
まっ とにかく大人しく寝てろ
ちょっと 商売仲間のところにいってくる
マルク
レ スパンディアミルト ワンデルジ
ハハ ピレージ
バオ
バオ
バオ
商談中に邪魔したようだな
いや
ピトラの山の神様のありがたさを熱心に説かれていたところだ
助かったよ
異国の言葉に通じているのも善し悪しだな
ああ 散々話して稼ぎに結び付かないとアデーレにどやされる
で お前は商売の話を持ってきてくれたんだろうな
ああ もちろんだ
リュビンハイゲンから釘を持ってきた
釘?
おいおい うちは麦の商店だぞ
だが北からの客も多いだろう
大雪のときの家の補修に
釘は必需品だ
売れなくはないだろうが
いくらだ
三パテの長さが百二本
四バテが二百本
五バテも二百本
質の良さはリュビンハイゲンの鍛冶屋組合の折り紙つき
十リュミオーネ半でどうだ
安すぎるな
武具の暴落の話を聞いていないのか
今年は例年の北への大遠征が中止になってな
剣や鎧が投げ売られて
鋳潰される鉄が増えた
そうなれば釘の相場も下がる
十リュミオーネだって高いくらいだ
それはもう少し南のほうの話だろ
確かに釘の材料は増えたかも知れんが
この冬場に鉄を溶かして釘にしたら
薪が足りなくなって値上がりを招く
そんなことで町中から罵声を浴びたいやつなんかいないから
釘の値段も変わらないはずだ
ああ まったく
麦商人に釘なんか売りに来るなよ
麦なら安く買い叩く方便はあるが
釘なんて専門外だ
じゃあ 十六リュミオーネでどうだ
高い 十三リュミオーネ
十五
十四 と四分の三
オーケイ それで頼む
さすがだ兄弟
で 現金払いか
それとも貸しか
貸しで頼む
助かるよ
この時期は現金払いが多くってな
貨幣不足はいかんともしがたい
ラント
はい 旦那さま
お前 弟子をとったのか
店の一つも構えりゃ自然とな
この箱全部うちの荷馬車に積み替えとけ
あとでハンスのとこへ売りに行く
あの鉄細工を作る方にですか
いいから とっとと運べ
あ は…はい
祭りが終わるまではいるんだろ
一回くらいうちに飲みに来いよ
アデーレも紹介したい
ああ そうだな
どうした 俺の店に見惚れちまったのかい
ああ いい店だ
よせよせ
行商人としてはお前のほうが断然上だった
もっと凄い店を構える日も近いんじゃないのか
乾杯
いよいよ明日は祭りじゃ
つまり今夜は前夜祭じゃ
お前 飲むための口実にしてるだろう
ぬしと出会えて本当によかった
ぬしのように生真面目で抜けた男でなければ
わっちの相手は勤まらんかったじゃろう
お前な
初めて出会ったのが もうずいぶん遠い昔のような気がする
確かにな
あのころはわっちの誘惑に
今よりもっとすぐ赤くなって
可愛いかったのう
お前だってあのころは酒の量が半分だった
ぬしもそのような口応えはせんかった
不思議なもんだな
うん 確かに不思議じゃ
普通に生きていくだけなら
狼の体のほうが何倍も楽じゃ
肉も噛み切りやすいしの
ころほっへらとにゅうもにょひは
{\pos(640,668)\fs28}このほっぺたと言うものには
いまだに慣れぬ
じゃがのう
まだまだしばらくは
この体でいるのもよいかなと
わっちは思っておる
そのほうがちょっとの酒で酔えるしな
たわけじゃ
たわけじゃ
たわけがおる
この たわけめ
まあ 飲め飲め
うん 許す
で 酔いつぶれる前に聞いておきたいことがあるんだが
なにかや
お前の故郷を特定する手がかりになるようなことをだ
手がかり?
道はまっすぐに伸びてないし
当てになるような地図もない
場合によっては
遠回りの道じゃないとたどり着けないこともある
うん
たとえば どこか近くの町の名前を覚えてないか
そうじゃ ニョッヒラ
ニョッヒラ
しっておるのか
ああ 温泉で有名なところだ
異教徒の町だというのに
おしのべで行く大主教や国王が大勢いるらしい
そうかや いまでもそうかや
あそこの湯は
わっちらのころも傷が早く癒えるので賑わっておった
じゃあ こっちが北で
ここがニョッヒラ
ヨイツはどの辺だ
この辺
南西か
どれくらいだ
わっちの足で 二日じゃ
人だと わからん
二日か
あれで二日ならかなりの距離だ
俺の足なら一月はかかるな
心配いらぬ
うまい食い物さえあればわっちは平気じゃ
範囲が広すぎる
狼のお前なら
道があるところを通ったとは限らないし
下手をすると
まだ一年や二年は
うむ この葡萄酒もうまい
ぬしは飲まんのかや
ニョッヒラからなら お前ひとりで帰れないか
そ…そうじゃな
ニョッヒラまで行けば 後はわっち一人でも帰れるじゃろう
平気じゃな
孤独は死に至る病じゃ
あっ いやあ 違うんだ
まだまだ一緒に旅は続けるし
うん それで十分じゃ
ニョッヒラまでは案内してくれるんじゃろう
わっちはもう少し色々町をみてまわりたいからの
いいか 俺はできる限り協力するつもりだ
さっき言ったことは…
雄は優しくてなんぼじゃといったが
ぬしよ あまり気遣われるのは困りんす
わっちゃあいかんな
どうしてもわっちらのものさしで物事を考えてしまう
ぬしらはわっちが瞬きする間に年老いてしまうからの
そんな短い生涯の一年は
とても大事じゃ
そのことを
どうしても忘れてしまっての
そうかもしれんが
その…
なんというか
そんな顔されたら わっちのほうが困りんす
すまん
当たり前のことを忘れていたのはわっちのほうじゃ
ぬしの傍は居心地がいいからの
つい
甘えてしまう
わっちゃあ酔ったみたいじゃ
さっさと寝ないと 何を言い出すかわからん
次回 狼と嵐の前の静寂