Spice and Wolf (Japanese) > 03. 狼と商才

あ~ あれが港町パッツイォかや
うまい物が色々足りそうじゃな
おい
あ?
おまえ 顔隠さなくって大丈夫か
ぬし何が言いたい
何百年も村にいったのなら
人になったおまえの言い伝えもの残っているだろう
ホロは時折 美しい娘の姿で村に現れる
年のごろは常に十代の半ば
流れるような髪の毛と狼の耳
それに先の白い尻尾を有し
毛色はきれいなこげ茶色
そのことを秘密にする代わりに
村の翌年の麦の豊作を約束する
特徴が全部伝わってるじゃないか
全てを見せたところで まずはぬしのように疑る
この尻尾と耳さえ見せねぇば気がつくわけがない
まぁ そうだな
気がつくないよ
わっちのことなど忘れとるんじゃかな
俺としてはそう願うばかりだがな
まぁ 大丈夫じゃろ
ああ やはりこの町は期待通りじゃ
確かに うまそうなリンゴだな
じゃろ
実にうまそうではないか
そうだな
そう言えば 知り合いがリンゴの先物買いをしっていたっけの
財産の半分以上を掛けていた
あれがどこのリンゴが知らないが
あいつの財産は今頃倍以上からな
俺もやっておくんだった
む…うむ それは残念じゃったな
しかしな 危険も大きいからな
俺なら船舶に乗るな
せ 船舶?
難破すれば命も危ないが
うまく行けばこの上なく儲かる
契約を交わした商人同士で金を出し合って船を借りるんだが
どうした
あ いや
で 船を借りるだろう
そうすると 出した金額で積める荷物の量が決まるんだが
リンゴ
リンゴ 食べたいんじゃが
何だ そうだったの
これでいいだけ買ってる
無制限に買うか普通
いいだけ買えと言ったのはぬしではないか
遠慮の二文字もないのかお前が
自分の食い扶持はちゃんと稼げよ
ぬし 先はわざと
気づかん振りしてたじゃろ
人の胸中が手に取るようにわかるというのは良い気分だね
わっちのじゃ
元は俺の金だろう
わっちは賢狼ホロじゃ
この程度の金などすぐじゃわ
そいつはよかった
あの銀貨で今夜の宿代と晩飯も賄う予定だったんだ
よく食ったな
リンゴは悪魔の実じゃ
わっちをそそのかす甘い誘惑に満ちておる
賢狼なら欲に打ち勝ったらどうだ
食欲は多くを失うが 禁欲が何かを生み出すということもない
今日の取引相手はあそこだ
確かに入り口が大きいが
建物だけ見ればもっと大きい所があった気がするが
確かにあそこはこの町では三番目だ
だが 実は遠い南の国に本拠地を持つ
大商会の支店だな
まず、よそ者という負の要素を克服するために
買取に高値をつけている
そして何より
ほかの支店よ本店からさまざまな情報が入ってくるから じゃろ
国境を越えて商売をしている分
貨幣相場の変動に対する耳が鋭いじゃから
その通り
あのゼーレンという若僧の話も さり気なく聞いてみるつもりが
裏が取れるかもしれん
ようこそ ミローネ商会へ
三年ほど前 こちらで麦を買い取ってもらったんだが
今日は毛皮を買い取ってもらいたい
ええ もちろん結構でございます
本日はご利用 ありがとうございます
クラフト・ロレンズ様でしたか
ロレンスです
覚えていてくださるとは光栄ですね
いえいえ 失礼いたしました
本日は毛皮の買い取りをご所望とうかがいました
いかにも
全部で七十枚ある
ほう これは良いテンの毛皮ですね
今年はどの作物も豊富で テンの入荷が少ないのです
どこの農夫たちも農作業で手一杯だっただろうかな
だが そんな中でこれほどの毛皮だ
え これが七十枚でしたね
いかにも
では以前にもお取引をいただいていますので
こちらでいかがでしょうか
百三十二か 貨幣は?
トレニー銀貨で
数年に一度 いや 十年に一度か
途中雨に降られてにもかかわらず
まったく失われていない艶を見てもらいたい
確かによい艶です 毛並みもいい
これはなかなかお目に掛かれない 粒ぞろいの毛皮だね
私としては今後もこちらといい関係を築いていきたいと考えている
当商会といたしましてもまったく同感でございます
それでは今後の親交も踏めまして百四十ではいかがでしょうか
うん それで
ちょっと失礼
わっちには相場が分からん
どんなもんなのじゃ
上々だ
それでは ご納得いただけますでしょうか
トレニー銀貨百四十枚
確かにそう言われたかや
え あ…はい 確かにトレニー銀貨百四十枚です
うん ぬし様は一角の商人と見受けられるが
いや だからこそわざと気づかぬ振りをしたのかや
だとすれば油断ならぬお人じゃ
も 申し訳ございません
何か見落としていることがございますでしょうか
あるじ様よ
意地悪はするものではないぞよ
そ そんなつもりはない
お前が教えてやりなさい
さてぬし様よ
ひとつ手に取って嗅いでみて下され
うん
うん
どうじゃった
これは 果物の香りでしょうか
いかにも
今年は森もたわわに実った果実で溢れておる
そんな森をつい先日まで駆けずり回っていたようなテンの毛皮じゃ
たらふく良いものを食っておるから
体から甘い香りが立ち昇るほどじゃ
確かに香ります
それほどのテンの皮じゃ
皮を剥ぐ時は大の男が二人がかりで引き裂いだが
身がしまりすぎて難儀した
遠慮はいらぬ 思い切り引っ張ってみよう
もっと
強靭なること猛獣のごとく
暖かなること春の日差しのごとし
雨にかざせば見事にはじき
実に馨しきはこの香りじゃ
鼻が曲がりそうなのテンの毛皮でできた服が並ぶ中
ただ一つ甘い芳香を放つこの毛皮の服があるところを想像せよ
飛び出るような高値で売れること間違いなしじゃ
うん
さて いかような値で買い取っていただけるものかや
トレニー銀貨 二百枚でいかがでしょう
うん 毛皮一枚につき銀貨三枚でどうかや
つまり 二百十枚
う え…
あるじ様 他に商会は
あ わ 構いません
二百十枚でよろしくお願いします
だ そうじゃ あるじ様
乾杯
うーん やっぱり葡萄酒じゃの
どうしたかや 飲まんのか
わっちの奢りじゃぞ
お前 商人やってたことがあるのか
なんじゃ わっちのあれがぬしの誇りに傷でもつけたかよ
あれはな いつだったかかなり昔の事じゃが
村を通りかかったずいぶん頭の切れる商人が思いついた方法じゃ
わっちが思いついた方法じゃありんせん
しかし 俺は本当に気がつかなかった
というか 昨夜あれに包まって寝た時には
何の香りもしていなかったが
それはほれ わっちが買ったあのリンゴじゃ
お それじゃお前
引っかかったほうが悪い
とは言わんが 向こうもこんな方法があるのかと感心するじゃろ
まぁ だろうな
騙された時に怒っているようじゃ話になりんせん
そんな方法もあるのかと感心してこそ一人前じゃ
それはそうと ぬしはきちんとすべきことをしたのかや
一応な
だが 銀貨を発行し直す国があるという話は掴んでないようだ
まぁ ゼーレンの話には何かからくりがあるのかもしれんが
俺が得をして損をしなければそれでいい
では 再会を祝して
乾杯
こんないい酒を飲んでるってことは 旦那
毛皮のほうは大成功ですね
まぁなー
いや めでたい
これであっしの儲けも増えるってもんだ
そんな事よりっだ
はい
ある銀貨の切り上げが行われるという話を売る代わりに
お前は俺が儲けた金の一部を代金として欲しい
そういうことだったな
はい
その銀切り上げの話は本当なのか
ええと そもそもこの話は
あっしが住んでいた鉱山のちょっとした情報から予測したもんでして
信用してもらっていいと思うんですが
しかしあの…
あぁ…商売に絶対はありませんし
絶対だと言ったら断ろうと思っていた
そんな怪しい話はないからな
それで お前の取り分は
あ はい
話代としてトレニー銀貨十枚
あとは旦那の儲けに対し その一割でお願いします
ずいぶんと控えめじゃないか
はい
旦那が万一損しても あっしにはどうでもできません
利益を抑える代わりに損害分については
話代の銀貨十枚を返すだけで不問にして欲しいというわけです
よし それで大体いいだろう
ありがとうございます
では 早速明日 公証人の所へ行きたいのですが
それでは 我々の儲けに
我々の儲けに
乾杯
ファラム銀貨
残念 偽マリーヌ銀貨
それはこっちじゃないのかや
それは後期ラデオン司教銀貨
ま 使ってるうちに自然と覚えるさ
後は酔いが覚めてからにしよう
いや もう一遍じゃ
しょうがないや
じゃこちから行くから ちゃんと聞いてるよ
うむ
トレニー銀貨 フィリング銀貨 リュート銀貨
うむ
偽マリーヌ銀貨
うむ
ファラム銀貨
うむ
ランドバルト禿頭王銀貨
うむ
ミッツフィング大聖堂銀貨
うむ
偽ミッツフィング大聖堂銀貨
うむ
聖ミッツフィング銀貨
そしてこれが
もうよい 寝る
さすが賢狼 賢い選択だ
大体なんでそんなにあるのかや
ややこしいにもほどがありんす
新しい国ができちゃあ没落し また出てきて
それに加えて 地方の権力者や教会権力もやたら発行するし
その上貨幣の偽造が後を絶たない
リュート銀貸だってもともとは偽トレニー銀貨と呼ばれて
って寝るなよ
とりあえず いい情報をもらった
礼を言おう
ありがとうございます
では旦那 あっしはここで
はあ
旦那 大儲けしてくださいよ
奥さんもいつまでもお美しゅう
最後まで騒がしい奴じゃったの
問題の銀貨というのはこれじゃろ
ああ これ辺りだとかなり信用度の高い貨幣だな
信用度
貨幣は何百種類もあるし
しょっちゅう銀や金の含有量が変えられるからな
うむ
そもそも 貨幣の額面ってやつは本来の銀や金の価値よりずっと高い
信用がなければ取引には使えないんだ
なるほどな
っでどうじゃ この銀貨の話を知って分かったことはあるのかや
そうだな
分かったというか 思いつくことがある
どうした
わっちぁあれが食べたい
あれ
へえ ぬしは何に気づいたのかや
これは覚えているか
フィリング銀貨
正解
こいつは銀の純度が高く
市場ではなかなか人気がある
トレニー銀貨のライバルだ
うむ 貨幣が国の力を表しているはいつの時代も一緒のようじゃ
そうだ
他国の貨幣に市場を席巻された時
その国は経済活動を牛耳られ 戦争に負けたのと変わらない
つまり ライバルを倒すためには銀の純度は上げるという訳かや
ああ だからゼーレンが嘘をついていない場合も十分にあり得る
わっちの耳も万能ではないからな
なんじゃ わっちが怒ると思ったのかや
その通りだ
そう思われたことに対してなら怒るかもしらん
どこへ向かっとるのじゃ
知り合いが両替商やっている
両替商?
実のところ 貨幣の純度なんて正確には分からない
それなのに人気が上下するのは その純度の変化に敏感だからな
ほんの僅かな変化を大きな変化と思うことね
だから 貨幣が大きく変化する時には
必ず予兆がある
すぐに覚えなくていい
一月ぐらいかけて じっくり説明してやるよ
つまりあれじゃろ
貨幣を作る側が大きく純度を変えたい時は
まずほんの少しだけ純度を上げて皆の期待を測り
その反応次第で純度を上げる機会をうかがうじゃな
そんなところだ
ロレンス
ワイズ
久しぶりだな
こらこら
娘さん お名前は
わっちかや
わっちの名はホロじゃ
ホロ いい名前
ロレンス お前も手籠めにしたのか
するんか こんなこと
だったら 口説いても
いいですよね
困りんす
とりあえず俺の用が先だ
最近発行されたトレニー銀貨を持っていないか
無理無理 毎日触って俺らでも分からないんだぜ
鋳潰して調べる気はないか
馬鹿を言え できるわけないだろう
わっちにも見せてくれんかや
どうぞどうぞ
ぬし様は悪いお人
まあ 見とりゃんせ
そりゃさすがに無理だよ ホロちゃん
何十年もやってる両替商の中にはそれで分かる人もいるらしいけど
それも伝説らしいね
どう
わかりんせん
いや しょうがない しょうがない
気にしちゃだめだよ
面白い人じゃったな
無類の女好きだからな
で 銀の純度は上がっていたのか
下がっていたのか
かまかけだとしたらぬしも上手くなったの
お前の耳が少し動いたんだ
油断ならぬ
ただ 驚いたのはあの場でそれを言わなかったことだ
まあ お礼みたいなものじゃ
お礼
ぬし 少し妬いとったじゃろ
そのお礼じゃ
なに 気にすることはない
雄どもは皆阿呆のヤキモチ焼きじゃからの
そして雌も そんなことが嬉しい阿呆
どこを見ても阿呆ばかりじゃ
そうだ 銀の純度は
ほんの少しじゃが 新しくなるほど音が鈍くなっとったな
鈍く
ということは 純度が下がっているということだ
やはりゼーレンは嘘をついたのか
価値が下がる貨幣で儲けるには 時間をかけるしかない
少し価値が下がった所で買い戻せば 差額が出る
やがて相場が戻れば それは利益だ
だが半年やそこらでできることじゃない
それ以外に ゼーレンが得するやり方なんかな
ぬし 騙されたんじゃないかや
騙された
いかにも
それは 銀貨十枚を騙し取られたということか
最悪で儲けがゼロじゃ
仮に銀貨の値が下がって ぬしが損をしたとしても
あの若者は受け取った銀貨を返すだけじゃ
逆に上がれば利益の一部がもらえる
元手はいらず儲かる可能性はあっても
あの若者が損することは絶対にない
なんてことだ
人というものは聡いの
なんてことだ
だがの
銀貨の純度が下がるというのは
よくあることなのかや
いや 普通は細心の注意を払って純度が維持されるはずだ
ふむ そこに降って湧いた銀貨の純度に関する取引じゃ
偶然かのう
獲物を狩る時 わっちらはたまに木の上に上る
木の上から見ると 意外な獲物の隠れ場所が分かる
そういう時は 新たな視点を入れるべきじゃ
新たな視点
何かを企んでいるのが あの若者じゃなかったとしたらどうじゃ
何もあの若者の利益は
直接相手をした者からもらわなくてもよい訳じゃ
例えば 誰かに頼まれて
その手間賃を目当てに妙な取引を持ちかけてきたのかもしれん
そうが 分かったぞ
価値が下がる銀貨を 買えば買うほど利益が出る仕組みが
何か閃いたようじゃの
行くぞ
あは 今度はどこへ
ミローネ商会だ