黒羽 「ジュイス? またやっちゃったみたいなの」

Juiz 「人を?」

黒羽 「ええ。場所もいつものところだと思うわ」

Juiz 「特定しました。ルームナンバー1109」

黒羽 「事後処理をお願いできるかしら? 方法は任せるけど、可能な限りエレガントに」

Juiz 「心得ております。ノブレス・オブリージュ。今後も、貴女様が救世主たらんことを――」



第5話
今そんなこと考えてる場合じゃないのに



滝沢 「記憶をなくす前に、既にやっかいなゲームに巻き込まれちまってたわけか……ミスター・アウトサイドって奴に100億で命を売ったと思えば結構なもんだけど」

滝沢 「あああああ、ちっくっしょー! む、か、つ、くっ! つうか誰だよ、ミスター・アウトサイドって!? そんなふざけた野郎、ぶん殴らなきゃ納得いかな――」

滝沢 「……あぶねえ、あぶねえ。これ捨てたらサポーターってのに殺されるんだっけ」

石居 「ん? 滝沢……朗……コノヤローーーーッ! この、この、このこのこの……」

滝沢 「何だよ、お前? サポーターか?」

石居 「アンタのせいだーっ!」

滝沢 「何だ、やぶから棒に?」

石居 「とぼけんな! この二か月、俺たちがどんな目に遭ったと思ってんだ!? 消費の楽園に連れてくとか言って、砂漠のど真ん中に置き去りにしやがって! あの後、俺たちはインド人の現場監督に『ひ弱だ。役立たずだ』と罵られ、金もなく、訳もわからないまま、ひもじく惨めな日々を生き延びてきたんだぞォ……」

滝沢 「お前、誰?」

石居 「あ……もしかして、記憶を?……もういいや」

滝沢 「うおおっ!」

石居 「肉まん。俺、来月結婚するんだ。向こうの女性と。アンタがどういうつもりで俺たちをドバイに送ったのかは知らんけど、少なくとも俺はそのおかげで社会復帰できたんだからな。……じゃ」

滝沢 「何なんだよ……」


良介 「悪いなぁ、これから面談って時に。どうも俺、そういうセンスなくってさぁ」

咲 「いいよ。いつものことだから」

良介 「これ、咲の自画像を参考にしたんだ」

咲 「ふぅん」

良介 「面談では、たぶん厳しいこと言われると思うけど、そこが踏ん張りどころだから」

咲 「……うん」

良介 「でもな、もしどうしても我慢できなくなったら、無理しなくてもいいからなッ」

咲 「……どういう意味?」

良介 「お前が本当にやりたいことが見つかるまで、俺たちで面倒を見てやる」

咲 「これ以上は迷惑かけらんないよ……」

良介 「迷惑なんて思ってないよ。家族なんだから」

咲 「いま、それ言うかな……」

良介 「うん?」

咲 「その優しさが痛いんだってば……」


大杉 「お……咲ちゃん。おっはよ」

咲 「ごめん、気づかなかった。なんか大杉くんじゃないみたい」

大杉 「就活中って全然会わなかったっけ?」

咲 「そうだね」

大杉 「なんかすごく久しぶりって感じ。この前、一緒に卒業旅行いったのに……平澤の話、聞いた?」

咲 「うん?」

大杉 「あいつ、計画留年だって。俺たちがニューヨーク行ってる間に決めたらしい」

咲 「そっか。旅行いかないって言った時から何かそんな気はしてたんだけど」

大杉 「まあね。ゆくゆくは起業しようってことで始めたサークルだったから、気持ちはわかるけど。実家が金持ちじゃなきゃできない選択だよ。あいつは僕らの世代は性根がニートだからって、色んなことを卑下するじゃない? でも、充分社会人として勝負できると思うんだ。本当は平澤、六個も内定取ってるんだよ。言わないだけでさ。でも案外そんな奴が、三十、四十になってコミットできなかった社会に愚痴をこぼすようになることもあるんだよ。僕は平澤にそんな奴になってほしくないんだ。そう思わない?」

咲 「大杉くんの言ってることは正しいと思う」

大杉 「……咲ちゃん! 今日、内定者面談終わった後、時間ある?」

咲 「どうして?」

大杉 「ああ、あの……二人で食事とかしない? 卒業と就職のお祝い、両方兼ねてさ。お互いスーツだし、ちょっと奮発して。僕は二時には終わると思うから、迎えに行くよ」

咲 「うん……」

大杉 「よしっ!」


Juiz 「おめでとうございます。晴れてルールを思い出されたわけですね」

滝沢 「思い出してはいないんだけどさ。日本を救えって言われたって、漠然としすぎじゃん、そんなの。で、実際どこまでできるもんなのかなって思ってさ」

Juiz 「どこまで、と言いますと?」

滝沢 「なんつーか、例えば、100億までなら何でもできる携帯配れる人間なんて、そうそういると思えないだろ? 日本でも、総理大臣とかさ。何か、一番偉い人とかじゃないと無理な気がするわけ、俺的には。で、その総理大臣とかをギャフンと言わせることはできるのか、とかさ」

滝沢 「お前は気楽でいいな……」

Juiz 「受理されました。ノブレス・オブリージュ。テレビの前でお待ちください。貴方が救世主たらんことを――」

滝沢 「テレビって……」

野党議員 「資料によると、迂闊な月曜日事件で使用されたミサイルは海上自衛隊が新たに配備したミサイルの可能性を示唆している。総理は、主要都市に落ちたミサイルが海自の巡航ミサイルだったと知っていたんじゃないんですか? さらに、事件を引き起こしたテロリストが、セレソンと名乗る組織であるとの情報もあるんですよ!」

委員長 「内閣総理大臣」

首相 「ギャフン」

ヤジ 「聞こえねーよー!」

首相 「ギャフン」

滝沢 「……そういうことじゃねえんだけどさー!」

滝沢 「まあ、実力はわかったけど。とはいえなー。森美咲……ああ、やっべえ! 昨日来てたメール、ほったらかしててまだ読んでねえし! 『今朝は黙って帰っちゃったけどもしかして何かあった!?』 心配かけちゃったなぁ」

咲 「滝沢くん? 『レイトショーに行けなくてごめん。記憶は戻りませんが元気です。ところで今から会えませんか? 聞きたいことがあるのです』って……今は無理だよ……」

滝沢 「来ねえな。怒ってんのかな? 直に謝りに行くかっ。ジュイス、昨日一緒にいた女の子なんだけどさ――ううん」


男 「国会中継見たか? ギャフンひとつで支持率10%アップだとさ」

物部 「60円で上がる程度の船か……ジュイス、私だ」


黒羽 「プロのモデルになりたいなら、貴方たちはやめておきなさいね。普段から節制しておいた方が楽でしょ?」

黒羽 「あら、ナンバー9。復活してからずいぶんアプローチを変えてきたわね。……誰か国会中継見た? これを受けてナンバー1はどうするのかしら? リアリストとロマンチスト――どっちの味方に付く気もないけれど、キュートなのは……あ、そうだ。今日の夜、何か予定入ってる?」

秘書 「はい」

黒羽 「もしかしたら私、突然姿を消すかもしれないけど、絶対に見失わないで」

秘書 「はぁ……」

黒羽 「今夜また、やっちゃいそうな気がするから」


本多部長 「運がよかったねえ。そんな事件を生き延びた君から見て、今度のミサイルテロはどう映っていますか? 忌憚のない意見を聞かせてほしいなぁ」

咲 「はぁ……」

本多部長 「結構、若い人は歓迎ムードなんでしょ? 迂闊な月曜日は」

咲 「あの、今までは犠牲者が出なかったですから、そういった軽率な意見もあったと思うんです。でも、おとといの攻撃では被害者も出ているわけですから、お悔やみの気持ちとともに――」

本多部長 「ああ、もういいや。ありがとう。そっか……案外普通なんだねえ。いやね、これからの社会を背負って立つ若者から率直な意見が聞きたかったわけ。杓子定規な正論じゃなく」

咲 「はっ!」

本多部長 「でもまあ、何にせよ無事でよかった。命さえあれば人生なんとかなるよ。よし! じゃあ、せっかく来てもらったことだし、少し早いけどランチでもどう? 評判なんだよ、うちの社食」

咲 「はいっ!」


咲 「おかしいなぁ……場所違うのかなぁ……」

男性社員 「あぁっ……すいません……」

咲 「いえ、だいじょうぶです! だいじょうぶですから」


女性社員A 「見た~? さっきの牛丼の子」

女性社員B 「見た見た! ひさしぶりじゃない? 部長があの手使うの」

女性社員A 「ホントだよね~。でも、部長もたいがい悪人だけど、あの子も相当鈍いよねー。一時間近くほったらかされた時点で気づいてれば、牛丼まで掛けらんなくて済んだのに」

女性社員B 「空気読んでればね~。……っていうか、このご時世に面談前日まで旅行いってるって時点でアウトだけど。今どき、コネだけで入れると思ってる方が甘くない?」


朝子 「『もうほっといて』はないと思ったけど、やっぱやるわ、あの子」

朝子 「山月パンでございます。はい。ええ! この度は妹がお世話になりまして。えっ? あ、はい……はい。そうですか……はい。はい、伝えておきます。わざわざありがとうございました。はい。失礼します」


滝沢 「おとといのこと、謝りたかったし、できれば教えてほしいこともあったんで、直接来ちゃった」

大杉 「咲……ちゃん?」


咲 「断られて当然なんだよね? 最初の内定者面談に行けなかったことも誠心誠意謝ればなんとかなると思ったし、そのチャンスがもらえたと思ってたけど…… やっぱ、そんなに甘くなかった……でもさ、だからって牛丼掛けなくたっていいと思うんだ。兄さんの手前断りにくいにしても、大人なんだから、自分たちこそ立派な社会人なんだって言うんなら、はっきり言えばいいじゃんっ! 私、本当は行きたい会社があったの。でも面接でね、『あなたたち若い世代こそが社会の主人公です』って言うくせに、実際は私たちを使って、自分たちだけ上手くやっていこうとしているだけなんじゃないかって思えてきちゃって、自分から断ったの……バカなことしたかな? はぁ……でももう、うちにも戻れない……お姉ちゃんのことも、姪っ子のことも大好きだけど、良介さんのことが好き……大好きなの……大好きだから辛いの……!」

滝沢 「……うちへおいでよ。全部俺が背負いこんでやるから。咲の話で俺が何すりゃいいのかもわかったし、だから無理して働くことないよ。俺に任せて! それに、この国はどのみち一旦は誰かが何とかしなきゃならないほど、おかしなことになってんだからさ」

滝沢 「100億やるからこの国を救えだって? いい加減にも程があるよ。だからジョニーはああなったんだ。だからいいんだよ、咲も働かなくて。いずれ困るのはあいつらさ。だから、それまでは何もしなくていいんだ。う、う~ん」

咲 「あなた……本当は誰なの?」

滝沢 「うーん? わかんない。でもたぶん、これからわかるよ」


春日 「大杉さん、いい加減わけを教えてくださいよ! 僕はあなたと後輩以上の関係になるつもりは……」

大杉 「何を勘違いしてんだ? ったーッ! 誰もがいずれは社会人になるんだ、三つ星のひとつやふたつ、行っといても損はないだろッ! ほらぁっ!」

春日 「だからって、なんで僕なんですかっ!? ああっ!」


大杉 「八万もしたんだ……吐いてたまるかっ!」

大杉 「……くそっ、今まで何やってたんだ!? 男がいるなら言ってくれよ! そうすりゃ俺だって、さっさと身を引いたのに!」


キャスト

滝沢 朗
森美 咲
Juiz
大杉 智
春日 晴男
物部 大樹
白鳥・ダイアナ・黒羽
森美 良介
森美 朝子
石居
首相
野党議員
秘書
本多部長
男性社員
女性社員