Spice and Wolf (Japanese) > 02. 狼と遠い過去
この耳と尻尾を見れば分かろう。わっちはそれは気高き狼よ。
この耳はあらゆる災厄を聞き取り、あらゆる嘘を聞き漏らさず、多くの仲間達を幾つもの危機から救ってきた。
賢き狼「賢狼ホロ」と言えば それは他ならぬわっちのことよ。
まだ蚤がおった。
そりゃまあ、最上級の毛並みだからな。
おお、この尻尾のよさが分かるとは ぬしもなかなかの目利きじゃな。
まあ、それなりにな。
ぬしもきれいになれそうじゃな、頭のてっぺんからのう。
今日のこの出会いを神に感謝しましょう。 失礼ですが、そちらは?
妻ですが、顔にやけどがありましてね。
然様でしたか。
俺は濡れた荷物を手入れしてからいく。
随分派手に濡れたもんだな。
冷たい雨でやけども冷えていい気持ちじゃ。
そうだ、あの麦はどうすればいい。
ああ? どうってどういうことかや?
つ、つまり 脱穀すればいいのか、あのままのほうがいいのか? まあ、お前が本当にあの麦に宿ってたとしたらだな...
わっちが生きている限りあの麦が腐ったり枯れたりすることは…ありんせん。
食べられたり燃やされたり磨り潰して土に混ぜられたりするとわっちはいなくなってしまうかもしらんが、脱穀する分には問題ありんせん。
じゃ、後で麦粒にして袋に入れてやるよ。自分で持っていたいだろ?
助かるの。 首から提げられるとなおよい。
首か?
うん。
麦、少し残してもいいか?別の土地に売り込んで見たかったんだ。
土地のものはその土地にあればこそじゃ。まあ、すぐ枯れるのが落ちじゃ。行くだけ無駄というものよ。
それにしても、ぬしはあれだけの雨を浴びてもまだ臭いの。
この!
ぬしはええ男じゃと思いんす。少しは身ぎれいにしやさんせ。
これでも商談に差し障らない程度には。
まあそのひげは、わっちもいいと思う。
おお、お前にも分かるかこれが.。
ただわっちはもう少し長いほうが好きじゃな。こんな風にの。 どうじゃなぬし、そんなひげは?
ほかにも人はいる。ボロは出すなよ。
わっちは賢狼ホロじゃ。昔はずっとこの姿で旅をしていた。まあまかしとき。
しかし、わっちにはねえ発想じゃな。やけどしたから顔を隠す、なんてのはのう。
ならどう思うんだ?
そんなやけどはわっちの証、尻尾や耳と同じ二つとない、わっちだけの顔と思うまでよ。
なるほどな。
ほう、ではヨーレンツのほうから?
ええ、向こうで塩を仕入れてそれを納品し、代わりにテンの毛皮をもらってきたところです。
しかし、ここからまたヨーレンツに帰るのは骨じゃありませんか?
そこは商人の知恵、帰らなくてよいのです。
ほほう。
私がヨーレンツのある商会で塩を買った際、そこでお金を払いません。
別の町にあるその商会の支店にほぼ同額の麦を売っていたからです。
麦の代金を受け取らない代わりに塩の代金も支払わずにいられる。
つまり、お金の遣り取りをせずに二つの契約が成立するのです。
ほう、なんとも不思議な。
これは為替と呼ばれる制度で、様々な地方の人を相手にする商人たちが発明したものです。
私はペレンツォという町に葡萄園を持っていますが、そんな不思議なやり方で支払いをしたことがありません。
知っていたほうがいいのでしょうか?
いや、大丈夫でしょう。
大切なお金を長旅の途中で取られてしまう危険が回避できるというだけのことです。
葡萄園をお持ちの領主様なら、業者に買い叩かないようにだけ注意すれば
よいで
しょう。
毎年それで口論になりましてな。
お察しします。
ロレンスさんとおっしゃいましたか。今度ペレンツォ辺りにお越しの時はぜひ当家
をお訪ねくださ
い。歓迎いたします。
ええ、ぜひ。
では妻がちょっと疲れているようなので。
それでは、また神のお導きがありま
すよう。
旦那、なかなかだね。
どこにでもいる普通の行商人さ。
いやいや、あの年寄り夫婦にゃあっしも目をつけていたんですが、なかなかきっかけが掴めなかった。
旦那はそれをあっさりやってのけちまったん
だから。
俺も駆け出しの頃は、行商人全部が化け物に見えた。今でも半分以上は化け物だ。頑張ることさ。
へへ、そう言ってもらえると安心だ。あっしはゼーレンと申しやす。
ロレンスだ。
駆け出しですが、どうぞよろしく。
そちらは連れの方で?
妻のホロだ。
へえ、夫婦で行商で
すか?
外套なんかすっぽりと被せて、よほど大事にしていらっしゃる。
それほどでもないが。
ここであったのも神の思し召し。どうか一目拝ませてもらえませんかね?
いや!
旅は出で立つ前が最も楽しく。犬は鳴き声だけが最も怖く。
女は後ろ姿が最も美しいものでありんす。
気軽にひょいとめくれば夢は、あー、いずこ?
わっちにはそんなことできんせん。
いや、すごい奥さんですね。
尻にしかれないようにするのが精一杯だ。
こんなすごいお二方に出会
た
のも天のお導きだ。 どうです旦那、ちょっとあっしの話を聞いてくれませんか?
良い匂いじゃの。茹でたジャガイモに、これは…山羊のチーズかや?
ちょっと待て。
麦かや?
首から提げられるよう、皮紐もつけといた。
うん、助かる。
しかしなにはともあれこっちじゃ。
ちょっと待て。
皮紐と麦袋それにチーズも奮発して、教会への寄付は結構な金額だ。請求は覚悟しとけよ。
言いたい事はそれだけかや?
ああ。
そんな事は分かっておる。 人の育てた野菜は、木の芽よりうまいな。 火を通すという発想も好きじゃ。
お前、そんな一度に…
びっくりじゃ! 人間の喉は相変わらず狭いの。不便じゃ。
狼は丸飲みだからな。
ん、そりゃあ、ほれ、頬がないんじゃ悠長に噛み砕けん。
なるほど。
しかし、わっちは昔もジャガイモを呑んで喉を詰まらせた。どうもジャガイモとは相性が悪い。こいつめ!
お前、嘘が聞き分けられるとか言ってなかったか?
ま、多少はの。
どの程度だ?
まあ、ぬしがその気もないのにわっちの尻尾を褒めたのが分かる程度じゃ。
百発百中ではありんせんがな。信じる信じないは… まあ、ぬしの勝手じゃな。
じゃあ信じて聞こう。あの小僧のことも分かるか?
小僧?
暖炉の前で話しかけてきたあいつだ。
ああ! まあ、わっちから見ればどっちも小僧じゃが。 ぬしのほうが少しだけ大人じゃがな。
あの小僧の、あの話か。
実はねぇ旦那、今出回ってるある銀貨が近々銀の含有率を増やして新しくなるって噂があるんでさ。
ほお。
さすが驚かないね、旦那。
新しい銀貨は余所の国の金に換えれば、今の銀貨より高く換えられるんですぜ。
つまり…
つまり今のうちに銀貨を集めといて、新しいのが出たと同時に交換すれば、差額の分だけ大儲けできるという訳か。
どうです? どの銀貨かお教えする代わりに旦那が大儲けした暁にゃ、あっしに分け前をもらえませんかね。
何がどうとは言えんが、あの話は嘘じゃな。
貨幣への投機自体は珍しい事じゃない。だが...
「嘘をつく理由が分からない」じゃろ?
嘘をつく時大事なのはその嘘の内容ではなく、なぜ嘘をつくかというその状況じゃ。
お前、俺がそれに気付くまでに何年かかったと思う。
気にする事はありんせん。ぬしもまた、小僧なのじゃからな。
それよりも、わっちがおらんかったらぬしはどう判断するよ。
本当か嘘かの判断は保留にして、とりあえずゼーレンの件は呑んだように振る舞うな。
それはなぜかや?
本当ならばそのまま儲けに乗ればいいし、嘘だったら誰かが何かを企んでいるということだから
注意深く裏を探っていけば、大抵は儲け話に繋がるはずだ。
じゃ、わっちがあの話は嘘だと言ったら?
ぬしは始めから迷うことなどありんせん。どの道乗った振りをするんじゃろ?
わっちは賢狼ホロじゃ。 ぬしの何倍生きてると思っとる。
あ、あいつ。
わっちの旦那様の肝が…太くなりますように。
ったく。
しかし、あやつらも偉くなったもんじゃな。
教会は昔から偉いだろ。
いやいや、わっちが北から来た頃はまだそんなでもなかったわいな。
少なくとも 唯一神が世界をつくり人はその世界を借りている、なんて大げさなことはよう言わぬ。
自然は誰かが作れるようなものじゃありんせん。
わっちはいつから教会が喜劇を扱うようになったのかと思ったくらいじゃ。
とりあえずその辺にしとけ。
これも時代の移り変わりかの?
この分だとだいぶ変わってそうじゃの。
おまえ自身は変わったのか?
なら、お前の故郷も変わってないさ。
ぬしに慰められては賢狼の名折れじゃ。
ほれー、はよ来い。 何しとる?
そうですか。乗っていただけますか。
ただし、前金は払えない。
毛皮を換金しなきゃどうにもならんしな。
では港町パッツイォで再会しましょう。
パッツイォに着いたら ヨーレンドって酒場に来てください。あっしと連絡取れるようになってます。
分かった、ヨーレンドだな?
ええ、ヨーレンドです。
じゃ、お先にどうも。奥さんもご機嫌麗しゅう。
騒がしい奴じゃな。一緒に行かんのかや?
道がぬかるんでるだろ。徒歩のほうが断然早いからな。無理に付き合わせることもないだろ。
確かに商人は時間にうるさい。
「時は金なり」だ。
面白い言葉じゃ「時は金なり」か。
時間があれば、それだけ金を稼げるだろう。
お前が何百年と見てきた農夫達も時間には正確だったと思うが。
ぬしは何を見とるかよ。
奴等は時間に正確なのではない、空気に正確なのじゃ。
わからないな。
よいか。
やつらは夜明けの空気で目を覚まし
午後の空気で草をむしり
春の空気で芽吹きを喜び
夏の空気で成長を楽しみ
秋の空気で収穫を祝い
冬の空気で春を待ちわび
やつらは時間など気にせん。わっちもそうじゃ。
ぬしは頭の回転は良いが、経験が足りぬな。
逆を言えば、年をとれば良き者になろうということじゃがな。
それは何百年後の話だ?
あははははは、ぬしの頭はやはりよう回るの。
お前の頭が古すぎてがたがきているだけじゃないか?
わっちら狼が、どうして山の中で人を襲うのか知っとるかや?
いや。
それはな、人の頭を食べてその力を得ようとするからじゃよ。
ぬしなんてまだまだひよっ子じゃ、わっちの相手になどなりんせん。
ぬしは森で襲われたことはないんかや?
ある。八回くらいかな。
てごわかったじゃろ?
ああ、野犬の群れはどうにかなったが狼はてごわかった。
それはな、そやつが少なからず人を食ってその力を...
やめてくれ!
がたがきているなんて言ったのは悪かった。だから、やめてくれ。
すまぬ。
怒っとる?
怒ってる。だから二度とあんな事言うな。
狼は森だけで暮らし、犬は一度人のもとで暮らしとる。それが狼と犬のてごわさの違いじゃ。
狼は人に狩られることしか知りんせん。人は恐怖の対象じゃ。
だからよく考える、人が森に来た時わっちらはどう動くべきか。
お前も人を!
いくらわっちでもな、答えられんこともある。
わるかった。
これでおあいこじゃな。
ぬしとわっちじゃ、生きてきた世界が違うんじゃな。
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この耳はあらゆる災厄を聞き取り、あらゆる嘘を聞き漏らさず、多くの仲間達を幾つもの危機から救ってきた。
賢き狼「賢狼ホロ」と言えば それは他ならぬわっちのことよ。
まだ蚤がおった。
そりゃまあ、最上級の毛並みだからな。
おお、この尻尾のよさが分かるとは ぬしもなかなかの目利きじゃな。
まあ、それなりにな。
ぬしもきれいになれそうじゃな、頭のてっぺんからのう。
今日のこの出会いを神に感謝しましょう。 失礼ですが、そちらは?
妻ですが、顔にやけどがありましてね。
然様でしたか。
俺は濡れた荷物を手入れしてからいく。
随分派手に濡れたもんだな。
冷たい雨でやけども冷えていい気持ちじゃ。
そうだ、あの麦はどうすればいい。
ああ? どうってどういうことかや?
つ、つまり 脱穀すればいいのか、あのままのほうがいいのか? まあ、お前が本当にあの麦に宿ってたとしたらだな...
わっちが生きている限りあの麦が腐ったり枯れたりすることは…ありんせん。
食べられたり燃やされたり磨り潰して土に混ぜられたりするとわっちはいなくなってしまうかもしらんが、脱穀する分には問題ありんせん。
じゃ、後で麦粒にして袋に入れてやるよ。自分で持っていたいだろ?
助かるの。 首から提げられるとなおよい。
首か?
うん。
麦、少し残してもいいか?別の土地に売り込んで見たかったんだ。
土地のものはその土地にあればこそじゃ。まあ、すぐ枯れるのが落ちじゃ。行くだけ無駄というものよ。
それにしても、ぬしはあれだけの雨を浴びてもまだ臭いの。
この!
ぬしはええ男じゃと思いんす。少しは身ぎれいにしやさんせ。
これでも商談に差し障らない程度には。
まあそのひげは、わっちもいいと思う。
おお、お前にも分かるかこれが.。
ただわっちはもう少し長いほうが好きじゃな。こんな風にの。 どうじゃなぬし、そんなひげは?
ほかにも人はいる。ボロは出すなよ。
わっちは賢狼ホロじゃ。昔はずっとこの姿で旅をしていた。まあまかしとき。
しかし、わっちにはねえ発想じゃな。やけどしたから顔を隠す、なんてのはのう。
ならどう思うんだ?
そんなやけどはわっちの証、尻尾や耳と同じ二つとない、わっちだけの顔と思うまでよ。
なるほどな。
ほう、ではヨーレンツのほうから?
ええ、向こうで塩を仕入れてそれを納品し、代わりにテンの毛皮をもらってきたところです。
しかし、ここからまたヨーレンツに帰るのは骨じゃありませんか?
そこは商人の知恵、帰らなくてよいのです。
ほほう。
私がヨーレンツのある商会で塩を買った際、そこでお金を払いません。
別の町にあるその商会の支店にほぼ同額の麦を売っていたからです。
麦の代金を受け取らない代わりに塩の代金も支払わずにいられる。
つまり、お金の遣り取りをせずに二つの契約が成立するのです。
ほう、なんとも不思議な。
これは為替と呼ばれる制度で、様々な地方の人を相手にする商人たちが発明したものです。
私はペレンツォという町に葡萄園を持っていますが、そんな不思議なやり方で支払いをしたことがありません。
知っていたほうがいいのでしょうか?
いや、大丈夫でしょう。
大切なお金を長旅の途中で取られてしまう危険が回避できるというだけのことです。
葡萄園をお持ちの領主様なら、業者に買い叩かないようにだけ注意すればよいでしょう。
毎年それで口論になりましてな。
お察しします。
ロレンスさんとおっしゃいましたか。今度ペレンツォ辺りにお越しの時はぜひ当家をお訪ねください。歓迎いたします。
ええ、ぜひ。
では妻がちょっと疲れているようなので。
それでは、また神のお導きがありますよう。
旦那、なかなかだね。
どこにでもいる普通の行商人さ。
いやいや、あの年寄り夫婦にゃあっしも目をつけていたんですが、なかなかきっかけが掴めなかった。
旦那はそれをあっさりやってのけちまったんだから。
俺も駆け出しの頃は、行商人全部が化け物に見えた。今でも半分以上は化け物だ。頑張ることさ。
へへ、そう言ってもらえると安心だ。あっしはゼーレンと申しやす。
ロレンスだ。
駆け出しですが、どうぞよろしく。
そちらは連れの方で?
妻のホロだ。
へえ、夫婦で行商ですか?
外套なんかすっぽりと被せて、よほど大事にしていらっしゃる。
それほどでもないが。
ここであったのも神の思し召し。どうか一目拝ませてもらえませんかね?
いや!
旅は出で立つ前が最も楽しく。犬は鳴き声だけが最も怖く。
女は後ろ姿が最も美しいものでありんす。
気軽にひょいとめくれば夢は、あー、いずこ?
わっちにはそんなことできんせん。
いや、すごい奥さんですね。
尻にしかれないようにするのが精一杯だ。
こんなすごいお二方に出会たのも天のお導きだ。 どうです旦那、ちょっとあっしの話を聞いてくれませんか?
良い匂いじゃの。茹でたジャガイモに、これは…山羊のチーズかや?
ちょっと待て。
麦かや?
首から提げられるよう、皮紐もつけといた。
うん、助かる。
しかしなにはともあれこっちじゃ。
ちょっと待て。
皮紐と麦袋それにチーズも奮発して、教会への寄付は結構な金額だ。請求は覚悟しとけよ。
言いたい事はそれだけかや?
ああ。
そんな事は分かっておる。 人の育てた野菜は、木の芽よりうまいな。 火を通すという発想も好きじゃ。
お前、そんな一度に…
びっくりじゃ! 人間の喉は相変わらず狭いの。不便じゃ。
狼は丸飲みだからな。
ん、そりゃあ、ほれ、頬がないんじゃ悠長に噛み砕けん。
なるほど。
しかし、わっちは昔もジャガイモを呑んで喉を詰まらせた。どうもジャガイモとは相性が悪い。こいつめ!
お前、嘘が聞き分けられるとか言ってなかったか?
ま、多少はの。
どの程度だ?
まあ、ぬしがその気もないのにわっちの尻尾を褒めたのが分かる程度じゃ。
百発百中ではありんせんがな。信じる信じないは… まあ、ぬしの勝手じゃな。
じゃあ信じて聞こう。あの小僧のことも分かるか?
小僧?
暖炉の前で話しかけてきたあいつだ。
ああ! まあ、わっちから見ればどっちも小僧じゃが。 ぬしのほうが少しだけ大人じゃがな。
あの小僧の、あの話か。
実はねぇ旦那、今出回ってるある銀貨が近々銀の含有率を増やして新しくなるって噂があるんでさ。
ほお。
さすが驚かないね、旦那。
新しい銀貨は余所の国の金に換えれば、今の銀貨より高く換えられるんですぜ。
つまり…
つまり今のうちに銀貨を集めといて、新しいのが出たと同時に交換すれば、差額の分だけ大儲けできるという訳か。
どうです? どの銀貨かお教えする代わりに旦那が大儲けした暁にゃ、あっしに分け前をもらえませんかね。
何がどうとは言えんが、あの話は嘘じゃな。
貨幣への投機自体は珍しい事じゃない。だが...
「嘘をつく理由が分からない」じゃろ?
嘘をつく時大事なのはその嘘の内容ではなく、なぜ嘘をつくかというその状況じゃ。
お前、俺がそれに気付くまでに何年かかったと思う。
気にする事はありんせん。ぬしもまた、小僧なのじゃからな。
それよりも、わっちがおらんかったらぬしはどう判断するよ。
本当か嘘かの判断は保留にして、とりあえずゼーレンの件は呑んだように振る舞うな。
それはなぜかや?
本当ならばそのまま儲けに乗ればいいし、嘘だったら誰かが何かを企んでいるということだから
注意深く裏を探っていけば、大抵は儲け話に繋がるはずだ。
じゃ、わっちがあの話は嘘だと言ったら?
ぬしは始めから迷うことなどありんせん。どの道乗った振りをするんじゃろ?
わっちは賢狼ホロじゃ。 ぬしの何倍生きてると思っとる。
あ、あいつ。
わっちの旦那様の肝が…太くなりますように。
ったく。
しかし、あやつらも偉くなったもんじゃな。
教会は昔から偉いだろ。
いやいや、わっちが北から来た頃はまだそんなでもなかったわいな。
少なくとも 唯一神が世界をつくり人はその世界を借りている、なんて大げさなことはよう言わぬ。
自然は誰かが作れるようなものじゃありんせん。
わっちはいつから教会が喜劇を扱うようになったのかと思ったくらいじゃ。
とりあえずその辺にしとけ。
これも時代の移り変わりかの?
この分だとだいぶ変わってそうじゃの。
おまえ自身は変わったのか?
なら、お前の故郷も変わってないさ。
ぬしに慰められては賢狼の名折れじゃ。
ほれー、はよ来い。 何しとる?
そうですか。乗っていただけますか。
ただし、前金は払えない。
毛皮を換金しなきゃどうにもならんしな。
では港町パッツイォで再会しましょう。
パッツイォに着いたら ヨーレンドって酒場に来てください。あっしと連絡取れるようになってます。
分かった、ヨーレンドだな?
ええ、ヨーレンドです。
じゃ、お先にどうも。奥さんもご機嫌麗しゅう。
騒がしい奴じゃな。一緒に行かんのかや?
道がぬかるんでるだろ。徒歩のほうが断然早いからな。無理に付き合わせることもないだろ。
確かに商人は時間にうるさい。
「時は金なり」だ。
面白い言葉じゃ「時は金なり」か。
時間があれば、それだけ金を稼げるだろう。
お前が何百年と見てきた農夫達も時間には正確だったと思うが。
ぬしは何を見とるかよ。
奴等は時間に正確なのではない、空気に正確なのじゃ。
わからないな。
よいか。
やつらは夜明けの空気で目を覚まし
午後の空気で草をむしり
春の空気で芽吹きを喜び
夏の空気で成長を楽しみ
秋の空気で収穫を祝い
冬の空気で春を待ちわび
やつらは時間など気にせん。わっちもそうじゃ。
ぬしは頭の回転は良いが、経験が足りぬな。
逆を言えば、年をとれば良き者になろうということじゃがな。
それは何百年後の話だ?
あははははは、ぬしの頭はやはりよう回るの。
お前の頭が古すぎてがたがきているだけじゃないか?
わっちら狼が、どうして山の中で人を襲うのか知っとるかや?
いや。
それはな、人の頭を食べてその力を得ようとするからじゃよ。
ぬしなんてまだまだひよっ子じゃ、わっちの相手になどなりんせん。
ぬしは森で襲われたことはないんかや?
ある。八回くらいかな。
てごわかったじゃろ?
ああ、野犬の群れはどうにかなったが狼はてごわかった。
それはな、そやつが少なからず人を食ってその力を...
やめてくれ!
がたがきているなんて言ったのは悪かった。だから、やめてくれ。
すまぬ。
怒っとる?
怒ってる。だから二度とあんな事言うな。
狼は森だけで暮らし、犬は一度人のもとで暮らしとる。それが狼と犬のてごわさの違いじゃ。
狼は人に狩られることしか知りんせん。人は恐怖の対象じゃ。
だからよく考える、人が森に来た時わっちらはどう動くべきか。
お前も人を!
いくらわっちでもな、答えられんこともある。
わるかった。
これでおあいこじゃな。
ぬしとわっちじゃ、生きてきた世界が違うんじゃな。