涼宮ハルヒの溜息 Ⅰ

係員女:次は、クラブ対抗リレーです!
係員男:位置について、ヨーイ、ドン(ピストル音)
(歓声)
みくる:はぁ~、ほぅ~、え~え~お~お~
キョン:いくぜ!
(周囲:ええっ? おおっ?)
長門:はい。

ハルヒ:んーもー、アタシが最後に全員ごぼう抜きしてやろうと思ってたのに、
有希のおかげで、ぶっちぎりになっちゃったじゃないの。
古泉:素晴らしい走りでしたねえ。
陸上部が、自信喪失しなければいいのですが。
キョン:にこやかに言うことじゃねえよ。
お陰で俺たちの変態性がまた高まっちまう。
キョン(ナレーション):ま、今更という気もするけどな。
因みに、この俺達の格好や四文字熟語モドキが
ハルヒの発案であることは、言うまでもなかろう。
何の意味があるんだ、コレ?
キョン:ところで、コレ、もう脱いでいいか?

谷口:相変わらず、呆れるほど非常識だなあ。
涼宮と愉快な仲間たちはよ。
キョン:言うな、俺は慎ましく人生を送ることを信条としている。
谷口:よくもまああんな格好で走れたもんだ。
キョン:確かに走りにくかった。
谷口:そういう問題じゃねえよ。
国木田:間違いなく卒業アルバムに載りそうだねえ。
楽しみにしとくよ。
キョン:勘弁してくれー。
(谷口の口笛の音)
女子生徒A:えっ、なにー?
女子生徒B:うわー、キモーイ。
谷口:見たアレ。あの髪の毛結んだ方、可愛いよなー。
キョン(ナレーション):延々と続いていたらしい夏休みが終わって、
二学期が始まったかと思えば、今日は早くも体育祭である。
こんなハレ(註1)の日にハルヒが大人しくしている訳がないのは、
巻き込まれた俺たちを見ても明らかだ。
(註1:「ハレ」とは、「ハレとケ」のハレのこと。ハレ=special days、ケ=usual days)
とにかく、ハルヒは祭りというものがだーい好きなんだ。

キョン(ナレーション):とまあ、こんな感じで狂瀾の体育祭が終わり、
やっと月が変わったと思ったら、
今度は文化祭なるものが待ち受けていた。
現在、この県立高校は、その準備に追われている。
ところで、俺とハルヒの所属クラス、1年5組が何をするかというと、
アンケート発表とかいう適当企画で、お茶を濁すことになっている。
春先に朝倉涼子がどっか行っちまって以来、
このクラスでリーダーシップを取ろうなどという
頭のおかしい高校生は、存在しない。
ハルヒ:行くわよ、キョン。
キョン(ナレーション):というわけで俺は、
アパシーシンドローム(=apathy syndrome)並みの無気力さで、
今日もまた部室へホイホイと向かうのだ。
何故?
その答えは俺の横で威勢よく歩いている女が
こんなことを喋っているからに他ならない。
ハルヒ:アンケート発表なんてバッカみたい。
そんなことして何が楽しいのかしら。
アタシには全然理解できないわー。
キョン:だったら何か意見を言えば良かったじゃないか。
お通夜みたいな教室で、困り果てた岡部教諭の顔を
お前も見てたろうに。
ハルヒ:いいのよ。
どうせクラスでやることなんかに、参加するつもりはないから。
キョン:その割に体育祭では、クラスの総合優勝に貢献していた
ような気がするけどなあ。
粗方のトラック競技に出場し、その全てで優勝していたのは
お前だと思ったが?ありゃ別人か?
ハルヒ:それとこれとは話が別よ!
文化祭なのよ文化祭。
一年間で最も重要なスーパーイベント(=super event)じゃないの。
キョン:そうなのか?
ハルヒ:そうよ。アタシ達SOS団は、もっと面白いことするわよ!
キョン(ナレーション):そう言った涼宮ハルヒの顔は、第二次ポエニ戦争(註2)で、
アルプス越えを決意したばかりのハンニバルのような、
迷いのない、晴れやかな輝きを放っていた!
(註2:「第二次ポエニ戦争」=Second Punic War (218 to 201 BC))

ハルヒ:文化祭よ文化祭。
アンタももうちょっとテンション上げなさいよねー。
高校1年生の文化祭は、年に一度しかないのよ!
キョン:そりゃそうだが、別段大騒ぎするもんでもないだろ。
ハルヒ:騒ぐべきものよ。騒がないと話にならないわー。
アタシの知ってる文化祭ってのは、大抵そうよ。
キョン:お前の中学は、そんなに大層なことをしていたのか?
ハルヒ:全然。ちっとも面白くなかった。
だから高校の文化祭はもっと面白くないと困るのよ。
キョン:どういう感じだったらお前は面白いと思うんだ。
キョン(ナレーション):是非この俺に分かるように教えてくれ!
ハルヒ:まあいいわ。部室に着いてからじっくり話をしてあげるから。
キョン(独り言):あっ、ラベンダーの香り!
みくる:あー、こんにちわー。
キョン(独り言):あー、お花が咲いているのかと!
みくる:すぐお茶淹れますねー。
キョン(独り言):お気遣いなく!
ハルヒ:目が糸みたいになってるわよ。
キョン:んあっ
ハルヒ:みくるちゃん、古泉くんは?
みくる:まだですー。そういえば遅いですねー。
ハルヒ:みくるちゃん、お茶まだー?
みくる:はーい、ただいまー。
ハルヒ:みくるちゃん。
みくる:はいー
ハルヒ:前にも言ったと思うけど、覚えてないの?
みくる:えっ、何でしたっけ?
ハルヒ:お茶を持ってくるときは、3回に1回くらいの割合でコケて、
 ひっくり返しなさい!
 ちっともドジっ娘メイド(註3)じゃないじゃないのー。
(註3:「ドジっ娘メイド」=a clumsy maid。一種の萌え(="moe"(Japanese slang))。)
みくる:へっ?あっ、すみません。
キョン(ナレーション):コイツは何か、メイドとはドジで然るべきと考えているのか?
ハルヒ:丁度いいわーみくるちゃん。キョンで練習してみなさい!
湯呑みが頭の上で逆さになるようにね!
みくる:へーっ!
キョン:朝比奈さん、ハルヒのギャグはその筋の奴にしか笑えないんですよ。
キョン(ナレーション):そろそろ学習してください!
ハルヒ:そこのバカ!アタシは冗談なんか言ってないわよ!
いつも本気なんだからね。
キョン(ナレーション):だとしたら余計に問題だな。
ハルヒ:いいわ、アタシが見本を見せてあげるから。
次はみくるちゃんね!
みくる:はっ、あっ、へえ?

キョン:おい!待て。
ハルヒ:ちょーっと!邪魔しないでよー。
キョン:邪魔も何も、熱湯を頭からぶっかけられようとしているのに、
黙って見てるヤツがあるか!
ハルヒ:フンッ!
(キョン:お茶を啜る音)
ハルヒ:ンッ!
みくる:はあっ。
みくる:どうぞー。
キョン(ナレーション):長門も少しは喜べよー。
谷口なら飲み干すのに3日はかけるぜ?
古泉:すいません。ホームルームが長引きました。
遅れたせいで会議が始まらなかったのだとしたら、謝ります。
キョン:会議?なんだそれは。
ハルヒ:言うの忘れてたわー。昼のうちにみんなには知らせといたんだけどね。
アンタにはいつでも言えると思って。
キョン:どうして他の教室に出向く暇があるのに、
同じ教室の前の席にいる俺に伝える手間を省くんだ。
ハルヒ:別にいいじゃないの。問題はいつ何を聞いたかじゃなくて、
今何をするかなのよ!
キョン(ナレーション):立派なことを言ったつもりか。
ハルヒ:というより、これから何をするのか考えないといけないのよ。
キョン(ナレーション):現在形なのか未来形なのかはっきりしてくれ。
それから主語が一人称単数なのかもついでにな!
ハルヒ:もちろん、私達全員よ!これはSOS団の行事だから!
キョン:行事とは?
ハルヒ:さっきも言ったじゃないの。この時期で行事といえば、
文化祭以外何もないわ。
キョン:それなら、団でなくて学校の行事だ。
そんなに文化祭をフィーチャー(=feature)したいのなら、
実行委員に立候補すれば良かったのになあ。
キョン(ナレーション):下らん雑用が目白押しに詰まっているだろうさ。
ハルヒ:それじゃ意味ないのよ。やっぱりアタシたちは、
SOS団らしい活動をしないとねえ。折角ここまで育て上げた団なのよ。
校内に知らない者がいないまでの、超注目団体なのよ。分かってんの?
キョン(ナレーション):お前は単なる思いつきを口走るだけだから楽だろうが、
俺や朝比奈さんの苦労はどうなるんだよ。
古泉はヤケに如才なく笑っているだけだし、
長門はブレスト(=ブレインストーミング(brainstorming)の略)の役には全く立たないし、
少しは一般人たる俺のことも考えてほしいもんだ。
ハルヒ:期待に応えるくらいのことはしないといけないわね。
キョン(ナレーション):一体どこの誰がSOS団のやることに期待を持っているのか、
それこそアンケートを取るべきだろ。
ハルヒ:みくるちゃんとこは何すんの?
みくる:えーっと、クラスですかー?焼きそば喫茶をー。
ハルヒ:みくるちゃんはウエイトレスね、きっと。
みくる:どうして分かるんですかー?
なんか、みんなにそうしてって言われちゃって。
ハルヒ:うん。フフッ。古泉くんのクラスは?
古泉:舞台劇をするまでは決まったのですが、古典をやるか
オリジナルをやるかで揉めています。
キョン(ナレーション):それはまた活気のあるクラスでいいことだな。
面倒そうだが。
ハルヒ:ふーん。有希は?
長門:占い。
キョン:占い?
長門:そう。
キョン(ナレーション):長門が占いだって?予言の間違いじゃないのか?
キョン:おお!そうだ。こういうのはどうだ?全部合わせて、
観劇占いアンケート喫茶をやるというのは。
ハルヒ:ハァ?アホなことを言ってないでサクッと会議を始めるわよ。

キョン:何も書いてないのだが、どこを見ればいいんだ?
ハルヒ:これから書くの。みくるちゃん、あなた書記なんだから、
ちゃんと言うように書きなさい。
みくる:はーい。
キョン(ナレーション):いつから朝比奈さんが書記になったのか俺は知らなかった。
誰も知らないだろう。たった今決まったらしいからな。

ハルヒ:アタシ達SOS団は、映画の上映会を行います!

キョン:は?

キョン(ナレーション):一体、ハルヒの頭の内部で、どのような変換が行われたのか
分からない。それはいいとしよう。いつもの事だ。だが。
キョン:これのどこが会議だ。お前一人の所信表明じゃねえか。
古泉:いつものことでしょう。
キョン:うっ、近っ。
古泉:涼宮さんは、最初から何をするか決めていたようですねえ。
話し合いの余地は無さそうです。だとしても、どうして映画なのでしょう。
キョン:昨日の深夜に、テレビでC級映画を見て、あまりの下らなさに、やるせない
気分にでもなったんじゃないか?
ハルヒ:常々疑問に思っていることがあるのよねえ。
キョン(ナレーション):俺はお前の頭が心配だ。
ハルヒ:テレビドラマとかで、最終回に人が死ぬのってよくあるけど、あれって
すんごく不自然じゃない?なんでそうタイミングよく死ぬわけ?おかしいわ。
だからアタシは、最後のほうで誰かが死んで終わりになるヤツが大っ嫌いなのよ。
アタシならそんな映画は作らないわ。
(キュッキュッ(みくるがホワイトボードに書く音))
ハルヒ:うむ。という訳よ。分かった?
キョン:何が「という訳」なんだ?映画を上映することしか分からんぞ。
配給元はどこだ?
ハルヒ:キョン、アンタも頭の足りないヤツねー。アタシ達で映画を撮るのよ。
そんで、それを文化祭で上映するの。プレゼンティッドバイ(=presented by)
SOS団のクレジット入りでね。
キョン:いつからここは映画研究部になった?
ハルヒ:何言ってるのよ。ここは永遠にSOS団よ。映研になんかなった覚えはないわ。
古泉:なるほど、よく分かりました。
ハルヒ&みくる:ん?
古泉:つまり我々で、自主制作映画を撮影し、さらには上映しようと。そういうことですね?
ハルヒ:そういうことよ!
みくる:でも、どうして映画にしたんですかぁ?
ハルヒ:昨日の夜中ねえ、ちょっとアタシは寝付きが悪かったのよ。それでテレビつけたら、
変な映画やってたの。
キョン(ナレーション):やっぱりか。
ハルヒ:それがもうすんごい下らない映画だったわー。監督んちに国際電話でイタ電しようかと
思ったくらいよ。それでこう思ったの。こんなんだったら、アタシの方がもっとマシなもの撮れるわ。
みくる:はぁ。
ハルヒ:だからやってやろうじゃないと思ったワケ!
みくる:はぁ。
キョン:お前が一人で映画監督を目指そうが、プロデューサーを志そうがそんなことはどうでもいい。
だったら俺達も好きにしていいんだろうな。
ハルヒ:何のこと?
キョン:もし、俺達がそんなの嫌だと言ったらどうするんだ?監督だけじゃ映画にならないぜ。
ハルヒ:安心して。脚本ならほとんど考えてあるから。
キョン:いや、俺が言いたいのはそうではなくてだな。
ハルヒ:何も心配することないわ。アンタはいつも通りアタシについて来ればいいのよ。
心配の必要は全くナシよ!
キョン(ナレーション):心配だ。
ハルヒ:段取りは任しといて。全部アタシがやるから。
キョン(ナレーション):なおのこと心配だ。
ハルヒ:ゴチャゴチャうるさい奴ねえ。やるって言ったらやるのよ。狙うのは、文化祭
ベストイベント投票一位よ!そうすれば物分りの悪い生徒会も、SOS団をクラブとして
認めるかもしれない。いえ、絶対認めさせるのよ。それにはまず、世論を味方につけないと
いけないわ。
キョン:制作費はどうするんだ?
ハルヒ:予算ならあるわよ。
キョン:どこに?
ハルヒ:文芸部にくれた分があるのよねー。
キョン:だったらそれは文芸部の予算だろうが。お前は使っていいもんじゃねえ。
ハルヒ:だって、有希はいいって言ったもん。

長門:そう。

ハルヒ:みんな分かったわねー?クラスの出し物より、こっち優先よ!
反対意見は、文化祭が終わった後に聞くわ。いい?監督の命令は絶対なのよ!
キョン(ナレーション):団長の次は監督か。最後は何になるつもりだ?
神様とか言わないでくれよ。
ハルヒ:んじゃあ今日はこれで終わり。アタシはプロデューサーとしていろいろ考えてくるわね!
詳しい話は明日してあげるわ!
みくる:あぁ。
古泉:良かったじゃないですか。宇宙怪獣を捕まえて見世物小屋をするとか、
UFOを撃墜して内部構造を展覧するとか、その手のものでなくて、僕は安心しています。
それに僕は、涼宮さんがどんな映画を作るつもりなのか興味があります。
楽しい文化祭になりそうです。興味深いことですね。
みくる:んー。へっ、あっ、な、何ですかぁ?
キョン:いやいや、何でもありません。次にハルヒがどんな衣装を持ってくるのか、
それを考えていただけですよ。
(長門が本を閉じる音)
キョン:しかしまあ、映画・・・映画ねえ。正直言うと、俺も多少の興味はあった。
古泉ほど深くはない。せめて、俺くらいは期待を持ってやったほうがいいかもしれん。
どうせ、誰も期待などしていないだろうからな。

キョン:いえっ
キョン(ナレーション):早くも前言撤回。期待なんぞしてやるんじゃなかった。
翌日の放課後、俺は苦虫を噛んで味わうことになる。

キョン:で、俺は何役こなせばいいんだ?
ハルヒ:そこに書いてある通りよ。
みくる:あたしが主役なんですかぁ?あの、あたしできればあまり目立たないような役が・・・。
ハルヒ:ダメ!みくるちゃんにはジャンジャン目立ってもらうからね!
あなたはこの団のトレードマークみたいなもんだから。今のうちにサインの練習
しといたらいいわ。完成披露試写の時に、観客総出で求められると思うし。
キョン(ナレーション):そんなもんどこでするつもりだ。
みくる:あたし演技なんかできないんですけどぉ。
ハルヒ:大丈夫よ、アタシがバッチリ指導してあげる。フッフフ。
それにしても有希も古泉くんも不真面目ねえ。こっち優先って言っておいたのに、
自分のクラスの都合で遅れるなんて、厳重注意が必要だわ。
キョン(ナレーション):この時期にこんな場所にいる俺たちの方が、
どっちかと言えばおかしいんだろ。
キョン:んっ?朝比奈さんは、クラスの会議に参加しなくていいんですか?
みくる:うん。あたしは給仕係だけなので、後は衣装合わせくらいです。
どんな衣装になるのかな?ちょっと楽しみ。
キョン(ナレーション):照れつつ微笑む朝比奈さんは、どうもすっかりコスプレ慣れ
しているようだ。SOS団絡みで無意味な衣装を着せられるより、ちゃんと相応しい場所で、
それなりの格好をするのがいいのだろう。
ハルヒ:なーにみくるちゃん。そんなにウエイトレスになりたかったら、
アタシがコスチュームを揃えてあげるわよ。まぁそれはいいわ。ところでキョン、
アンタ映画作りに必要なものは何か分かってる?
キョン:おっ?うーん。うーん・・・斬新な発想と、制作にかけるひたむきな情熱じゃないかな?
ハルヒ:カメラに決まってるじゃないの。機材もなしにどうやって撮るのよ?
そんな抽象的な答えいらないわよ。
キョン(ナレーション):そうかもしれないが、そんな即物的なことを俺は言いたいのではなく。
って、まあいいか。
ハルヒ:そういう訳だから、これからビデオカメラの調達に行きましょう!
みくる:あ、の、すす、涼宮さん?そういえばあたし、よ用事が、今すぐ教室に戻・・・
ハルヒ:黙りなさい。
みくる:あふっ。
ハルヒ:心配しないで。
キョン(ナレーション):お前が心配するなと言って、本当に心配しないでいいことがあった
試しがない。
ハルヒ:今度はみくるちゃんのカラダを代金代わりにすることは無いからー。
ちょっとだけ協力してもらうだけよ。
みくる:んんー。
キョン:その協力内容を教えろ!でなけりゃ俺と朝比奈さんは、ここを梃子でも動かん!
ハルヒ:スポンサー廻りをするの。主演女優を連れて行ったほうが心象がいいでしょう?
アンタも来なさいよ、荷物運びのためにね。

キョン(ナレーション):今はもう秋のはずなのに、何故だかちーっとも涼しくない。地球がいよいよ
バカになったようで、秋という季節を日本に到来させることを忘れてしまっているようだった。
山を下った俺達は、私鉄のローカル線に乗り、3駅ほど移動した。いつぞや俺と朝比奈さんが、
二人っきりの散策を堪能した、桜並木に近い辺りだな。

ハルヒ:ここ。
キョン:なるほどね。
キョン(ナレーション):この店から、映画撮影に使用するための機材をせしめるつもりらしい。
 だがどうやってだ?
ハルヒ:ちょっと待ってて。アタシが話つけてくるから。これ持ってて!
キョン:おう。

キョン(ナレーション):少しでもハルヒが胡乱なことをやろうとしたら、このまま朝比奈さんを
 小脇に抱えて遁走してやろう。
 そんなヤツの言うことに、安易に首を縦に振らないほうがいいと、あの人の良さそうな
 オッサンに忠告してやるべきだろうか。
みくる:何をしてるんでしょう?
キョン:さあ。どうせこの店で一番高性能なデジタルハンディビデオカメラを無償貸与せよ!
 とか言ってるんじゃあないでしょうか。
キョン(ナレーション):それくらいのことを平然と言うヤツだからなあアイツは。困ったもんだ。
 ハルヒは己の価値基準や判断を絶対的なものだと信じ込んでいる。他人の意思や意識が
 自分のものとは違う場合もある。むしろ違ってばかりだ。ということが分かっていないに
 違いない。超光速航法を実現したいなら、ハルヒを宇宙船に乗せてやればいい。
 易々と相対性理論を無視してくれるだろう。
みくる:おっ、終わったみたい。
ハルヒ:んー、うっふふー。ジャーン!これで始めの一歩は成功ね。順調だわー!
キョン:どうやったらタダでこんな高そうなもんくれるんだよ。あのオヤジはお前に何か弱みでも
 握られていたのかー?
ハルヒ:まーさかー。ちゃんと説明したら快く譲ってくれたのよ。
キョン:くれるんだったら俺だって欲しい。決めゼリフを教えてくれ。
ハルヒ:別にぃ。映画撮りたいから頂戴って言ったらくれたのよ。何の問題もないわ。
キョン:今はなくても後々問題になりそうな気がしているのだが。
ハルヒ:いちいち気にしないの!アンタは大らかにアタシのしもべとして働いてれば
 いいんだから。さっ、次の店に行くわよー!

キョン(ナレーション):だんだん分かってきた。俺たちを指差すとき、ハルヒの人差し指は
朝比奈さんを正確に指している。値段分の働きをどういう形でか、朝比奈さんが
することになりそうな具合だ。教えたほうがいいのかな?
ハルヒ:ジャン!
キョン:今度は何だ?
ハルヒ:武器よ。はい!
キョン:何すんだこんなもん。
ハルヒ:アクションシーンに使うのよ。ガンアクションよ。派手な撃ち合いは、エンターテイメントの
基本なの。できればビルをまるごと爆破したいくらいなんだけど、ダイナマイトってどこに
売ってるか知ってる?雑貨屋にあるかしら?
キョン:知るか!少なくともネット通販じゃ売ってないだろうな。
それで、この荷物をどうするんだ。
ハルヒ:いっぺん家に持って帰って、明日また部室まで持ってきて?これから学校に戻るのは
面倒だから。
キョン:俺が?
ハルヒ:アンタが。
キョン(ナレーション):教室では滅多に見られない、SOS団専用スマイルだ。
そしてこんな風にハルヒが笑うと、回り回って俺に災難を回収する役割が巡ってくる
ことになっている。まるで逆わらしべ長者だな。
みくる:あのー?