もう一人の主役がご到着だ
勇敢なる商人に拍手
改めて宣言します
私は遍歴の修道女の細い肩にかかる借金を弁済し
その身を自由にできた暁には
ローエン商業組合を天より見守ってくださる
聖人ランバルドスに誓って
遍歴の修道女ホロに誠実な愛を申し込みます
ホロさんからその身に降りかかった
苦難と処遇についてお聞きしました
私はその身分と財産により
彼女の自由の羽を取り戻し
結婚を申し込みたいのです
血痕とナイフ 本気ですね
借金がなくなったからといって
ホロが旅の同伴をやめるとは限りませんよ
やめてくれる自信はあります
それに ホロは曲がりなりにも修道女です
結婚は…
しかしホロさんはどこの修道会にも属していない
旅の便宜上名乗ってるだけの修道女であれば
聖職者に課される結婚の禁止には拘束されませんよね
よく調べましたね
クメルスンの都市法では 女性が借金を背負っている場合
その後見人は貸主となっています
ロレンスさんが私の求婚を無条件に認めてくだされば
このような契約書は持ち出さずにすみますが
ロレンスさん 契約のナイフ受け取っていただけますよね
逃げるなロレンス 男の恥だぞ
契約書を拝見したい
トレニー銀貨で千枚
ホロさんが貴方に背負わされた金額を
明日の夕方までに返済して見せます
この履行期限に間違いないですね
はい トレニー銀貨千枚を現金で
値切りや分割交渉には一切応じませんよ
結構です
分りました
では契約成立ですね
それでは明日またこの場所で
ご心配なく
借金を肩代わりしてもらったくらいでは
私の連れは なびきませんから
よし ロレンスが二 アマーティが四だ
ロレンスに五イレードだ 俺もお前に十イレードだ
バトスさん
厄介なことに巻き込まれましたね
まったくです
アマーティさん 資金の調達に当てがあってのことだと思いますよ
もっとも あまり感心できる方法ではないようですが
ロレンスさんだけ肩入れするのも
アマーティさんに気の毒ですから
詳しい内容は言いません
ただ早めにお耳には入れておきたかった
何故です
どんな理由であれ
共に旅をしてくれる相手がいるのは嬉しいことですからね
それを奪われるのはあまりに辛い
それで もしあの坊やが銀貨千枚を渡したらどうするんじゃ
お前が使い込んだ金額を清算したら
残りはお前にやるよ
わっちを試すでない
もしアマーティが契約を完遂したら 俺も約束を守る
ほう すごい自信じゃな
自信じゃない 俺はお前を信じてるだけだ
まったく おろおろしとったほうがまだ可愛げがある
自分でもだいぶ成長を実感したよ
ふん 落ち着いて振る舞うだけで大人かや
違うか
勝てる博打かどうかを見極め
有利と踏んだからこその余裕など
単なる小賢しさとしかいえぬ
商人としての才能と言ってくれ
アマーティとの契約を断るのも
また立派な選択だったのではないかや
それは
どうせぬしは周りを見て恥か否かを判断したんじゃろう
仮に逆の立場になったらと考えてみよ

わっちゃあロレンスといつまでも一緒にいたい
たとえ借金といえども
それはわっちとロレンスをつなぐ絆の一つ
そのが切れることなど わっちにはとても堪えられぬ
この場でいくら恥を受けようとも
そんな契約は受けいれることはできぬ
どうじゃ
た 確かにそれは男らしいことかもしれない
だが それが大人かどうかは別だ
まあ 確かに 言われたら嬉しいが
向こう見ずな若さに溢れすぎじゃな げっぷがでそうじゃ
そう考えると 良き雄であることと良き大人であることは
相容れぬのかもしれぬ
良き雄は子供じみておるし
良き大人は腑抜けておる
ならば良き女であり良き大人であられる賢狼ホロさまは
どう対処するんだ
笑って受けるに決まっておろう
そして契約を受けて宿に帰ったらの
こう跪くんじゃ
勝てる博打だと踏んで契約を結びはしたろうが
きっと水面下でさまざまな動きをして万全を期すに違いない
裏工作もふんだんにしての
祭りに連れて行けってことか
契約のためなら賄賂も辞さぬ商人様じゃろ
大丈夫なのか 件の美女を連れてきて
宿に閉じ込めておいたら
本当に俺が借金で縛りつけてるみたいじゃないか
と ロレンス氏はおっしゃってますが 事の真相は
真相もなにも わっちゃあ莫大な借金で縛られていんす
この鎖はあまりに重く
逃げることなどできようはずもない
もしぬし様が外してくれるなら
わっちゃあ喜んで麦の粉で白くなりんす
あははははは アマーティが参るわけだ
縛られているのはロレンスのほうだな
旦那さま
おお ご苦労
で どうだった
はい えっと
納税台帳には 二百イレードの課税があったそうです
そうすると 町の参事会が把握しているアマーティの財産は
トレニー銀貨で八百枚くらいだな
この町の賭場は
カードにサイコロ あとは兎追いくらいだな
賭け金の上限も決まっている
博打と言えば アマーティが勝つという前提で
さらにその先勝負がどうなるかという 賭けもあるようだ
なるほど
今のところお前が有利だが
倍率は一:二 接戦だぞ
胴元に分け前を請求しないとな
で 実際はどうなんだ
答えがあっても容易に口にはできぬのが
世の中でありんす
例えば あの麦粉の純度とかの
もしもわっちの借金が返済されたらどうするか
聞いてみたいじゃろ
いや 滅相もない
しかし こうなると直接相手の行動を監視するしかないな
陰険じゃな
水面下の戦いと言ってくれ
どうせ向こうも
こっちの行動を逐一誰かに監視させてるはずだ
いや それはどうかな
アマーティはもともと 金持ちの三男坊だったらしい
それが家出してこんな辺境の町にきて
一人で立派に稼いでるだけに我が強い
俺たちのように
裏で横のつながりを利用しようとするのは
卑怯だと思ってるくらいだ
自分の力だけで立ち向かってくるだろう
まるで勇敢な騎士じゃな
そうだな
だからこそ 魅力的な修道女にのぼせちまったんだろうな
町の女は俺達同様 周りの評判を気にするし
横のつながりからはみでたものには冷たい
そんなのには耐えられなさそうだ
立派だよ だが俺は商人だ
横のつながりを使うことに なんのためらいもない
騎士にとっては陰険だろうが
商人同士の戦いに泣き言は存在しないからな
とりあえず 情報収集を続けてくれるか
バトスさんは
アマーティの資金源に心当たりがありそうだった
契約に勝てば これ以上やきもきせずにすむしな
それにうまくやれば
アマーティの金儲けに 便乗できるかもしれない
今羊飼いの音がしなかったかや
したな 普通町では吹かないんだが
羊飼いの娘が追ってきたらどうするかや
別に 奇遇ですねとあいさつするだけさ
むう ぬしが動揺せぬと
わっちがぬしの気を引いておるみたいじゃないかや
それは恐悦至極だな 恐悦すぎてあとが怖い
そうか さっきのは祭りが始まる合図か
では参るかや 食べてばかりでもつまらぬ
見えぬ
こい
ここは特等席じゃな
この点はアマーティに感謝だな
何とも面妖じゃな
じゃが この雰囲気は悪くない
わっちらもいこう
よし
わっちの足を踏まぬよう 注意するだけでよい
努力する
次はなんじゃ
次はベッドだよ
もう少しだ
ベッド 優しくしてくりゃれ
ばか
失礼 御手紙が一通とマルク様からのご伝言がございます
マルクか
明日でいいか
いや やっぱり
ああ 起こしてすまん
またちょっとマルクのところに行ってくる
雌の匂いがする手紙を胸に忍ばせて
いや これはその…
わっちに隠すようなことが他にあるのかや
実は昨日 北のほうの伝説に詳しい人に
ヨイツのことを訊きに行ったんだ
それがたまたま女性だった
それで
それなりに用益な情報が手に入った
お前の話なんかも聞けて
わっちの
ああ レノスって町に言い伝えが残ってたんだ
麦束尻尾のホロウと名づけ
お前のことだろ
わからぬが
町の言い伝えに お前がどの方角から来たのか載っていた
それは本当かや
あ ああ レノスという町の東の森から来たらしい
ニョッヒラから南西
かつ レノスから東に行った山にあるところが
ヨイツだそうだ
隠しておいてわっちを驚かせようとしたのかや
早く教えてほしかった
すまん
ニョッヒラから南西ってだけじゃ 正直厳しかったが
かなり狭まった
この手紙は 追加の情報だろう
この分なら思ったより楽に着けそうだ
うん
ニョッヒラからなら お前ひとりで帰れないか
たとえ半年かかったとしても 二人で頑張って探そう
じゃあ改めて ちょっとマルクのところへ行ってくる
雌の匂いがする手紙を胸に忍ばせて
人にものを頼んでおいていいご身分だよな ロレンス
まあ 祭りの間は結構暇だし
お前のお陰で儲けさせてもらってるからな
便乗したのか どんな方法だ
濡れ手で粟のぼろ儲けさ
バトスさんが見当をつけているってとかろから
調べれたらすぐわかった
宝石売買か
近いが違う
扱ってるのは およそ宝石とは呼べない代物だ
黄鉄鉱
なんだ もう耳にしてるのか
占い師がらみだろう
ああ だがそいつはもうこの町にはいない
占いの腕が良すぎて
異端審問官に目をつけられたんだとさ
教会なんかきたら この町は大騒ぎだろう
そこだ それに黄鉄鉱の流失量が多すぎる
どっかの町で買いつけて売り捌けたから
とっとと消えたんだろう
占い師の煽り文句に教会ではくがついて
こいつのありがたみも急上昇だ
今いくらすると思う
そうだな 思い切って 百
二百七十だ
まさか
馬鹿げた値段だが
明日市場が開けばもっと上がるだろう
それにしたってこれが二百七十
屑にしかならない形のものでも
何がしかの効用があるとか理由を付けて
高値で売っている
町の女たちはいまこいつに夢中だからな
女達は懐が温かい商人や農民たちに
この奇跡の石をどれだけ買わせるかを競い始めた
女が甘い声を出す度に 値段が上がっていくという按配だ
これが こんな大きな商売になるなんて
仕入れに対して 儲けが何割増しなんて次元じゃない
何倍 何十倍の話だ
アマーティはすさまじく荒稼ぎしてるって話だぞ
なんってことだ
つい数時間まえ始めた俺でさえ
もう三百イレード儲けている
これをみすみす逃す手はないってもんだ
このことはどれくらい広まってる
朝には市場に知れ渡っていたようだ
お前がお姫様と踊っていた頃には
石商人の露店の前は えらい騒ぎだったぜ
俺は 商人失格だ
いや まだいけるさ
転売目当ての商人たちが買いに走って
値段はうなぎのぼりだ
それに 万が一の場合
新しい姫を買う金もいるだろう
じゃあ とりあえず
釘の売掛代金分で
その黄鉄鉱いくらか買わせてもらうかな
ところでお前 お姫様のほうは本当に大丈夫なのか
アマーティはほぼ確実に 借金を肩代わりしちまうぞ
心配は無用だ
その金をもとに 俺はもうひと儲けする
そして晴れて自由な身になってお姫様に選ばれて
また一緒に旅を続けるのさ
大した自信だな
当然だろう
お前 字が…
ぬしよ
どうしよ
わっちの帰る場所は もうありんせん
どうしよ
あくまでも昔話だ 誤った言い伝えも多い
あやまった
ああ 支配者が変わった土地では
そういった昔話がでっち上げられることもある
ならば なぜぬしはそれをわっちに黙っておった
これは 繊細すぎる話題だ
頃合を見て言おうと思ってたんだが つい
そ そんなことも知らずに
暢気に浮かれておったわっちの様子はさぞ面白かったじゃあろう
ホロ
なんじゃ
落ち着いてくれ
落ちっ 落ち着いておる
こんなにも頭が巡っているんじゃからな
ぬし ヨイツのことを前から知っておったな
じゃろうな そうじゃろうな
ぬしはわっちと出会った時からそれを知っておった
そうであれば色々説明がつく
ホロ
ぬしは はは 哀れでか弱い子羊が好きじゃからな
なんにも知らず とっくに滅びた故郷に
帰りたいなどと言っておったわっちはどうじゃった
間抜けで可愛かったじゃろう 哀れで愛しかったじゃろう
だからわがままをも許して優しくしてくれたのじゃろう
ニョッヒラから勝手に帰れと言ったのは
もういい加減あきたからなのかや
ホロ
わっちゃあ独りになってしまった
わっちの帰りを待ってくれる者はどこにもおらぬ
わっちゃあほんとに独りになってしまった
俺がいるだろ
ぬしはわっちのなんじゃ
いや わっちはぬしのなんじゃ
いやじゃ
ホロ
もう一人は嫌じゃ
なあ ぬしよ わっちを抱いてくりゃれ
ホロ
わっちゃあもう独りじゃ じゃが子ができれば二人じゃ
今のわっちはほれ 人の形を成しておる
な ぬしよ
喋るな
そうじゃな ぬしはそういう男じゃものな
はなから期待などしておらぬ
そうじゃ 思い出した
わっちを愛する者がおるではないか
ぬしが慌てておらぬのも
銀貨千枚ならば惜しくないと思っておるからじゃろう
どうじゃ なんとか言ってみよ
すまぬ