Spice and Wolf Ⅱ (Japanese) > 02. 狼と嵐の前の静寂

年代記作家?
あの 町の日記をちまちまつけているやつらか
日記というか…歴史だな
貴族や教会に金を貰って
一日中座って字を書いているだけで
儲けちまうんだからな
年代記作家はあちこちの言い伝えなんかも集めてるんだろう
そのへんを聞きたいんだ
ちょっと北のほうに用事があってな
道や土地の様子を知りたいんだ
儲け話か
だとよかったんだが
純粋な道楽さ
商人としては割に合わないくらいだ
よほど楽しい道楽のようだな
どうだか
で どうなんだ
うん ローエンのやつがいいよな
だれかいるのか
俺ほどの商店主になれば簡単だ
無料でやってやるよ
それはありがたき幸せ
ギ・バトスって 貴金属を扱っている古株の行商人だ
恐れ知らずの男でな
かかわっちゃならないやつらと仕事をしている
ぬしは食べんのかや
ああ 途中で食べてきた
それはなんじゃ
手紙だよ
市までパンを買ってる最中に
マルくんとこの小僧が届けてくれたんだ
何と書いてあったんじゃ
今読むと結構笑えるぞ
わっちゃあ字が読めぬ
あれ そうなのか
まず覚える文字の種類が多すぎる
そして 不可解な組み合わせが多すぎる
一応覚えようとはしたのか
じゃが腹が立ってやめた
字が読めなくても獲物はとれるからの
で 何と書いてあったんじゃ
今年は北の大遠征が中止になったので
武具の扱いにご注意を
大損する前に言ってほしかったの
まったくだ
情報がなければ
われわれ商人は戦場で目隠ししてるようなものさ
それより
今日は祭りじゃな
悪いが
ちょっと回りたいところができてな
冗談でもそういうのをやめてくれないか
あはりぬしはこういうのに弱いかや
覚えておこう
わっち一人でというのはどうかや
だめだといっても行くんだろ
あうん それはそうなんじゃが
あんまり派手に使うなよ
だからぬしは好きじゃ
そいつなら
トレニー銀貨ほどの価値はないから
細かい買い物をしても嫌な顔はされない
ほどほどに楽しんでこい…
どうした
やはり一人でいってもしょうがない気がしての
そっちに連れっててもらえるなら銀貨はかえしんす
何の用事なのかや
あ いや
同じ商会の人間に会うんだが
そんで
わっちと連れ立っておるのがまずいなら離れておる
それでもよいから連れっててくりゃれ
本当にすまないが
このままその人の商会で
別のところに行くかもしれない
外で待ってもらうにしても ほとんどずっとになる
明日からはたっぷり付き合ってやるから
今日は一人で我慢してくれないか
うむ
まあ ぬしの邪魔をするのも本意ではありんせん
一人でだらだらしてきんす
悪いな
そうじゃ
帰りが二人になっておったら
ぬしは悪いが部屋から出てくりゃれ
ぬしの可愛い顔が見られたから
一日くらいは大丈夫じゃ
ったく
まっ 今のところぬしの腕の中が一番じゃ
安心するがよい
まだだな じきくるだろう
棺桶を盾に潰したようなやつだ
棺桶を盾ですか
うん
宿の件助かりました
こちらこそ 随分料理を頼んでいただけたようで
味にうるさい連れが絶賛していましたよ
魚の目利きができてるって
本当ですか
うれしいな
またとびっきりの魚を買いつけてきますよ
鯉が特に美味いっといってました
鯉ですね
わかりました
ところで この後はなにか?
ええ バトスさんとちょっと
そうですか
なにか
町をご案内しようと思ったのですが
えっと ロレンスさんのお話を伺えれば
その 見聞も広まる気もしますし
ホロも 町を見て回りたいと
朝からこねていたのですが
あ あの
もしよろしければ
ホロさんだけでも
あ その
実は今日はもう仕事がなくて暇なので
そんな 申し訳ないです
いいえ 一人でいても儲けた分を飲んでしまいますから
そうですか
ただ もう宿にはいないかもしれませんが
では いらしゃったらお誘いしてみます
宿に仕入れの相談もありますので
ありがとうごさいます
いえいえ
この次はロレンスさんもぜひ
クラフト・ロレンスさんですね
ええ
初めまして
ギ・バトスです
北の地方の伝説を?
ええ
それは珍しい
なにか商売のタネにでも?
いいえ
ただの酔狂です
まだお若いのにいい趣味だ
わたしが伝説や昔話に趣味をもったのは最近です
行商で何十年も同じ場所を行き来してきて
そのほんのわずかな地域のことを熟知したつもりでいました
しかし ふと思ったんですよ
そこには何百年も前から人が行き来しいて
当たり前ですがわたしは
その積み重なった時間のことをまったく知らないのです
遠い昔に戻ることはできませんし
もうこの歳ではどこか遠くへいく気力もありません
そうなるとお話としてでも知りたくなったのです
そう 知られざる時間がそこにはあります
その時代の人間はもう誰もいない
しかし 
伝説という名の記憶はずっと生き続けていて
私たちに何かを語りかけてくれる
何となくわかります
町の人間はこの中の人々をあまりよく思ってませんからね
教会におわれたよそ者
リュビンハイゲンあたりにいけば
縛り首になるような連中だと
これは 硫黄ですか
薬石までご存じとは ロレンスさんはいい商人ですね
実際のところあの壁は
この風を防ぐという目的が一番大きいかもしれません
鳥が 多いようですね
毒の風が常に匂うとはかぎりませんからね
教会がいうところの 死神の手ですか
たしかに
このあたりはあちこちから手で伸びてきてそうだ
この区画には
どのくらいの錬金術師が住んでるんですか
そうですね
お弟子さんも含めて二十人いるかどうか
なにぶんにも事故が多いので
正確な数はわかりません
錬金術師相手の商売というのは儲かりますか
皆さん錬金術を魔法のようにお考えですが
実際は金属を熱したり 酸で溶かしたりするだけですよ
もっとも 
魔法を研究されてる方がいらっしゃるのも事実ですが
わたしも噂で聞いた程度です
この区画に住んでいる方は
皆さんいい人たちですよ
それは何よりです
まあ 取引相手ですから
悪い人たちとは口が裂けても言えませんが
そんなに緊張せずとも
実に気の良い方ですよ
はあ
ごめんください
あら バトスさん
お久しぶりです
お元気そうで何よりで
それはこっちのセリフよ
あら いい男
でもその顔は わたしを魔女だと思ってる顔ね
なんならそのように紹介しましょうか
やめてよ
ただでさえ辛気臭い場所なんだから
だいたいこんな綺麗な魔女がいる?
美しさ故に魔女と呼ばれる奥方も多いようですよ
相変わらずお上手ね
さぞやあちこちに巣がおありなんでしょうね
ゴホウ それで姉さん
今日はこちらの方が
行商人のクラフト・ロレンスと申します 
ディアン・ルーベンス氏はご在宅でしょうか
なんだ 話してなかったの?
わたしがディアン・ルーベンスです
男みたいな名前でしょ
ああ いいえ
ディアナとでもお呼びください
それで ご用件というのは
突然お邪魔した非礼をまずお詫びします
実はルーベンスさんが
ディアナです
失礼しました
いいえ
実は ディアナさんが北の地方の伝説に詳しいとお聞きしまして
北の?
はい
商いの話かと
ご冗談を
お望みの話をわたしが知っていればいいけど
わたしがお訊きしたいのは
ヨイツという町についての伝説なのですが
ああ 月を狩る熊に滅ぼされた町ですね
えっと 確かこのへんに
えっと これだわ
月を狩る熊
イラワ・ウィル・ムヘッドヘンドて発音かしら
その熊に滅ぼされた町 ヨイツ
かなり古いお話ですけど
その熊のお話ならいくつかありますよ
ロレンスさん
その せめてヨイツの場所だけでもわかりませんか
ヨイツの場所ですか
はい とある理由から探しているんです
場所 場所 場所
思い出した
プロアニアよりももっと北を流れるローム川の源に
レノスという町があるのをご存じ?
はい 毛皮と材木の町ですよね
そこにこんな昔話があるわ
はるかなる昔
村に一匹の大きなる狼が現れり
名をヨイツのホロウと名付けたり
身の丈見上げるほどに高し
村への天罰かと思えしが
ホロウは東の深き森より出で
南へ向かう途中と語れり
酒を好み
折節娘の姿に成り代わりて
村の娘と踊れり
見目麗しく 年の頃若く
狼の尾はそもままに
その年より実り多き年月続き
我ら麦束尻尾のホロウと名づけたり
お役に立てた?
え ええ
レノスから東の深い森となれば
限られますからね
十分な手がかりです
それは良かったわ
このお礼は 近いうちにぜひ
私はこのとおり
教会から追われても異教の地の伝説が大好きなの
それも教会に配慮して中身を捻じ曲げていない
きちんとした言い伝えどおりのお話がね
ロレンスさんは行商人のようですし
なにか面白い話の一つもあるんでしょう
それを聞かせてもらえれば
お礼なんか結構よ
わかりました
では南の麦の大産地で
長い間 豊作を司っていた狼の話をいたしましょう
いやあ 実に久しぶりです
伝説の竜や魔使いの話で盛り上がったのは
子供のころは
いつもそんなことばかり考えていた気がしますが
いつからでしょうね
それが作り話にしか見えなくなってしまったのは
よう 色男
ローム川の源流に レノスって町があるだろ
おい いれ過ぎだ
すいません
なんだよ
ニョッヒラの情報がもういくつか集まってたんだが
悪いな
ちょっと事情が変わった
ほう
連れと仲違いという噂は本当だったか
なんだって?
隠すな隠すな 
この色男
お前が上等の宿にえらく美人の修道女と泊まっているのは周知の事実だ
まったく神をも恐れぬ男め
俺と連れは 酒の肴になるような間柄じゃない
だが仲違ってなんだ
ついさっきだがな
お前の連れとうちの組合の若い奴が
連れ立って歩いていたって話が入ってきたんだ
ずいぶん楽しいそうにしてたらしいぞ
ああ アマーティ…さんか
なんだ もう諦めてんのか
そうじゃない
俺は今日一日用事があって
連れの相手ができなかった
そこでアマーティ…さんが暇だったから
案内を買って出てくれた
つまらない結果で悪いが
つまりそういうことだ
うん
だとしても俺はアデーレのやつが
アマーティと一緒に歩いていたなんて聞いたら
もういても立ってもいられなくなるぜ
あたしが軽薄ってことかい
あ バ バカ
そんなはずあるかお前
お前だってアマーティの強かさはしってるだろう
そりゃあね
南の方の結構名家の生まれで
そこを飛び出して一人で商売を始めちゃって
成功してるわけだし
なんったって優しいからね
女なら誰だって惚れたくなるさ
聞いたか
俺は嫉妬の炎で燃え上がっちまうぜ
そしたらあたしはその火で
アマーティさんにおいしいパイを焼いてやるよ
アデーレ
同じ行商人だったよしみで忠告するが
アマーティには気をつけろ
あの年の奴らが一度夢中になったら
どんな無茶でもやってのけるぞ
馬鹿だな俺も
月を狩る熊に滅ぼされた町ですね
目一杯楽しんだか
アマーティはどうした
多分下で別れた
多分ってお前な
それ 買ってもらったのか
何がじゃ
苦しい
ぬしよ ちょっと手伝ってくりゃれ
ああ こらこら
おい 寝るな
ああ こら
ったく
お前 他にもなにか買ってもらったのか
実に質のよい毛皮じゃ
わっちの尻尾には劣るがな
そんなもの貰ったら
もらいっぱなしというわけにはいかないだろう
タダでお前の機嫌が買えると思ったら
とんだ赤字だ
こすいこと考えるからじゃ
襟巻きの礼の分は
祭りで使うつもりだった予算から引いておくからな
俺との関係は聞かれなかったか
なんでそんなこと聞くのかや
色々勘ぐられるとまずいだろ
一応わっちゃあ旅の修道女で
わっちを売り飛ばそうとしておった悪い輩から
ぬしが助けてくれたことにした
なるほど
で 助けられたものの
ぬしに大借金を背負う羽目になり
とても返せぬので
道中の安全を祈ることで
返済している哀れな身の上でありんす…よよよ
こ芝居は必要ない
そんな話をしたら
突然襟巻きを買われてしまっての
まあいいだろう
だがこれはなんだ
それは運命が見えるサイコロじゃ
よくぞ作ったというほどの見事な形じゃろ
この先相当な値で売れるに違いない
たわけ
こんなものが売れるか
自然にこうなった石なんだ
人が作ったものじゃない
特に使い道もなく
土産物として売られる
俺の言葉に嘘がないことは お前にならわかるだろ
金によく似ているから詐欺に使われたりもするが
他に買ってる奴なんかいなっかただろ
いや たくさんおった
本当か?
運命が見えるといった占い師は腕が良くてな
その見事さにはわっちも唸るほどじゃ
他にも色々理由をつけて売っておった
こんなものをか?
うむ 病気が治るとか魔除けになるとか
恋心に火が付くとかの
祭りの高揚した気分の中でそういわれたら
つい手を出したくなるのかもな
それもアマーティが競り落とした
競り落とした?
競りなんて初めて見たが
みんなそれは熱くなっての
怖いくらいじゃった
黄鉄鉱なら
バトスさんに伝があればひと儲けできるかも
朝早くから申し訳ありません
主人から言伝が…
言伝というのは?
は はい
じ じつは
ロレンスさん
待ってください
ロレンスさん

次回 狼と埋まらない溝