Part 01: ……千雨に頼られるのは全然、ちっとも嫌なことじゃなかった。 彼女は常に、率先して力になってくれる。だから、そのお返しとして協力するのはお安い御用だった……まぁ、基本的に。 とはいえ……「基本的に」と但し書きがつくのは時々、千雨は妙なことを言い出すからだ。 しかも、その頼み事は私が絶対に断らないとわかった上で切り出すから、実に始末が悪かった……。 千雨: なぁ、美雪。実は折り入って相談があるんだが……。 美雪(私服): んー……内容を聞く前に、確認しておくよ。それって断ってもいい話、もしくはマズい話? 千雨: なんだ、その質問の仕方は……。お前に相談したいことがあっただけで、頼みがあるとはまだ言ってないだろうが。 美雪(私服): それはそうだけど……じゃあ、相談って何? 千雨: 頼みがある。 美雪(私服): いや、言ってんじゃん!思いっきり頼んでるでしょーが! 千雨: 私は「まだ」と言ったんだ。そして今話した。矛盾は存在しない。 千雨はあっさりと言ってのける。つか、なんでそんなに偉そうなんだよ……? 美雪(私服): そもそも、最初の質問に答えてよ。私は断ってもいいの、それともダメなの? 千雨: 安心しろ。断るも断らないもお前の自由だ……「これ」とは無関係だからな。 「これ」、と言いながら千雨はテーブルに広げた資料を指でトントンと叩く。 美雪(私服): …………。 私たちの眼前に広がっているのは、#p雛見沢#sひなみざわ#rに関する資料の数々。 窓の外でセミが鳴く、今から1ヶ月前……私は、10年前の雛見沢にいた。 そこで公由一穂、そして鳳谷菜央という同じく平成からやってきた2人と出会い、一緒に暮らし……あの惨劇の日がやってきた。 私と菜央は、仲間たちのおかげで元の平成の「世界」へ脱出できたけど、一穂だけは戻ることが出来ず……。 こうして私は夏休みを利用して、友達の千雨とともに一穂を連れ戻す方法を模索しているところだった。 まぁつまり、私は千雨に借りがあるというか……現在進行形で借りを作り続けていることになる。多少の頼みだったら、断れるはずもない。 千雨: 判断はお前の自由だ。私のことは気にするな。お前の意思で決めてくれていい。 美雪(私服): いや……わざわざ「お前には貸しがある」と明確に意識させておいて、私が断りますって言えると思ってる? 千雨: 別に言ってもいいぞ。ただ、お前の良心がそれを許せるかどうかだ。 しれっとした顔でそううそぶき、千雨は「はいかイエス、どちらかを選べ」と無言で不条理な圧力をかけてくる。 こんな言い方をしなくても、不法でさえなければ普通に引き受けるのに……なんてぼやきを含め、私は憎まれ口で応えた。 美雪(私服): はいはい、わかりましたよ。下手に渋ったり粘ったりしても、無益どころか有害になりそうだしねー。 千雨: 有害なんてことはないぞ。若干の痛い目は見るかもしれないが。 美雪(私服): それが有害じゃないってんなら、他になんて言うんだよ……。 呆れた思いをため息とともに吐き捨てながら、私は降参とばかりに肩をすくめてみせる。 美雪(私服): (私が話を聞く前に断るって考えは最初から想定していなかったんだろうなー) 思考を読み取られたみたいで、少し腹が立つ。まぁ、私も千雨の考えていることはある程度把握できるので、ある意味お互いさまだろう。 千雨: ちなみに、相手を先に慮って判断する行為を「忖度」と呼ぶそうだぞ。主に官僚たちが内部への指示系統で使うらしい。 美雪(私服): ……覚えたところで役に立たないし、当分の間は一般的に使われることもなさそうなムダ知識じゃない? 美雪(私服): とりあえず脱線はこれくらいにして、本題ね。キミが私に頼みたいことって何?酷い内容じゃなければ、一応検討はするけど。 千雨: 安心しろ、命に関わることじゃない。まぁ……プライドは多少、捨ててもらうことになるかもしれんがな。 美雪(私服): ……もうそれを聞いただけで、やる気が減退気味なんだけどねー。で、何をさせようっての? 千雨: あー、実は道場の先生にバイトを頼まれてな。知り合いの神社で祭りが行われるらしくて、そのための巫女さんを探してるらしい。 美雪(私服): 巫女さん……? 思っていたよりも無難なバイト依頼に、若干拍子抜けの思いを抱く。 ずいぶん持って回った言い方をするから、よっぽど変なバイトでも頼んでくるかと思ってかなり身構えていたんだけど。 美雪(私服): (……いや、待て。相手は千雨だよ?) 前置きを長くして退路を塞いでおきながら、簡単なバイトを持ちかけてくるはずがない。……おそらく何か、裏があるのだろう。 美雪(私服): んー、とりあえずそれって……普通のバイト?たとえば神社の売店でお守り売るとか? 千雨: 「社務所」な。それくらい覚えておけ。社会人になった時に恥をかくぞ。 美雪(私服): キミが知りすぎてるんだよ……。 千雨: あいにくだが、売り子は間に合ってるらしい。私たちが依頼されたのはもっと別の「巫女」だ。 美雪(私服): ……別の「巫女」って? 千雨: まぁ、なんだ。……踊るんだよ。 美雪(私服): は……? 千雨: 日本舞踊ほど難しくはないが、演奏に合わせて舞台の上で2人で演舞をすることになる。「神楽舞」ってやつだ。 美雪(私服): ……。いや千雨、キミさぁ……。 今度は隠す気も起こらなかった私は渋面を千雨に向けて、わざとらしいほどに大きくて深いため息をついた。 美雪(私服): ……明らかに、人選ミスだよ。去年と一昨年の体育祭の創作ダンスで私がかなり足引っ張ったの忘れたの? 千雨: 覚えてる。3年は女子も組体操だから、安心だって言ってたのもな。 美雪(私服): なら、もっと適役探そうよ。社宅なら橘さん家の香織は? ダンス部だし……あ、吉沢さん家の妹の方ってバレエやってたよね? 千雨: 香織はイルカ好きのサメ嫌いだから却下。吉沢妹はあすかだろ?あいつはめんどくさいからパス。 美雪(私服): ……つまり、探してるのはダンスが上手い子じゃなくて千雨が組んで嫌じゃない子ってこと? 千雨: その通りだ。 美雪(私服): 胸を張るな、胸を。 はぁ、と再びため息が出る。 美雪(私服): どうして私に依頼してきたのかはわかったけど……やっぱり無理だよ。その神楽舞って、みんなの前で踊るんでしょ? 千雨: いや、みんなじゃないぞ。太鼓役を兼ねた立ち会いはいるが、観客は1人……いや、人換算でいいのか? 美雪(私服): どういうこと? 千雨: まぁ簡単に説明するとだな……。 千雨: 神様だけに見せる奉納演舞、なんだとよ。 Part 02: 結局私は千雨の頼みを断ることができず、みっちり演舞を練習させられた後に、こうして新幹線に乗って揺られている。 ……千雨の話をまとめるとこうだ。 彼女の格闘技の師匠筋に当たる人が、恩人から地方の村で祭の奉納演舞を務めてくれる女の子を探してくれないかと頼まれた。 武道には型が存在し、演舞……ダンスにも振り付けという決まった動作が存在する。つまり、武道と演舞の親和性は非常に高い。 師匠は快諾したものの、残念ながら適役が見つからず……最終的に白羽の矢が立ったのが千雨。 格闘技を引退した千雨に声をかけたということは、よほど他になり手がいなかったのだろう。 そこで、千雨は条件を出した……友達と一緒ならやってやってもいい、と。 実際奉納演舞を1人から2人に増やすなんていいのかと疑問に思ったけど、そこは臨機応変でいいのだそうだ。 美雪(私服): (まぁ、バイト代が入るのは助かるけどさ) 実際、一穂を探すための資金という名の貯金も底が見え始めている。 貰えるものはもらっておくに越したことはない……そのための仕事だと割り切ろう。 そうして指定された駅は、何の因果か#p雛見沢#sひなみざわ#rからそう遠くない場所にあって。 寂れた駅前に降り立った私たちがタクシーで向かった先には……。 若い巫女: お待ちしていました。 20代半ばくらいの、若い巫女服姿の女性とある程度新しい神社が私たちを出迎えてくれた。 若い巫女: 本来は私が演舞を行うはずだったのですが、足をくじいてしまい……このようなお願いを聞き入れて頂き、本当に感謝しております。 丁寧に頭を下げてくれた彼女をよく見ると、目元にクマがあり……裾から覗く右足には分厚く包帯が巻いてある。 私たちの視線の先に気付いたのか、巫女さんは口元を歪めた。 若い巫女: 日常動作は大丈夫なのですが……演舞は踏み込みが命ですので。 若い巫女: このようなことをお願いして申し訳ございませんが……どうぞよろしくお願い致します。 頭を下げた巫女さんの顔に、既視感。 新生児を抱えた、近所の新米ママさんの顔が重なって見えたのは……ママさんが巫女さんと同じくらい疲れているように見えたせいだろう。 美雪(私服): …………。 美雪(私服): (正直、まだこのバイトをやることに納得したわけじゃないけどさ……) この人の心を少しでも軽くできるなら、頑張ってみようかなぁ、なんて。 疲れたママさんを布団に押し込み、下手っぴながら、泣きわめく赤ちゃんをあやした時と似た感情が私の背筋を伸ばす。 美雪(私服): こちらこそよろしくお願いします。 千雨: ……お願いします。 私と同じようなことを思ったのか、隣で頭を下げた千雨もどこか神妙に見えた。 こちらに衣装を用意しています、と通された境内にある邸宅で、用意された衣装を巫女さんに手伝ってもらいながら袖を通す。 千雨: 菜央ちゃんは来なかったんだな……見学だけでもと思ったんだが。 美雪(私服): 誘ったんだけど、忙しいみたいでさ。 千雨: ……そうか。 それっきり千雨は黙り込み、私も衣装の点検を続ける。 美雪(私服): (そういえば、梨花ちゃんも練習してたな……演舞) 10年前の雛見沢……私からすればまだ1ヶ月と少し前のことだった。 一穂(私服): 梨花ちゃん、今日も練習頑張ってたね。練習用の餅つきの杵、重そうだったけど……本番の鍬ってもっと重いんだよね。 美雪(私服): 大丈夫大丈夫!きっと本番も成功するって。 菜央(私服): そういうこと無責任に言わないの。練習用の布で何度縫い方を試して成功しても本番で思い通りになるかはわからないのよ? 美雪(私服): んー、でも練習用の布で成功しないと本番でも成功する可能性は低くなるよね? 菜央(私服): それはまぁ、そうだけど……。 美雪(私服): そんなに気になるなら、明日見学しに行く?学校は休みだし、差し入れでも持ってさ。 菜央(私服): そうね……差し入れは何がいいかしら。 一穂(私服): おにぎり、とかどうかな? 菜央(私服): それは一穂が食べたいだけでしょ? 一穂(私服): り、梨花ちゃんも嫌いじゃないと思う……けど。 美雪(私服): あはは、じゃあおにぎりにしよっか!一穂が食べる分も、たくさん作ろう! 夕飯の食材が入った袋を片手に3人であぜ道を歩いた記憶は真新しいのに……なんだか、遠い昔のように思える。 美雪(私服): …………。 いけない、今は演舞に集中するべきだ。自分を叱咤し、私は前を見て……。 美雪(祭服): ……おぅ。 衣装姿の自分を見て、絶句した。 美雪(祭服): (この姿じゃ、さすがに観客の前には立てない……!) 巫女さんが側にいなければ「なんだこの露出度は?!」と叫んでいただろう。 神様だけに見せる演舞で、本当によかった。そうじゃなければ、千雨の手を掴んで即座にお着替え&東京へUターンだ。 隣の千雨は、特に衣装に不満はなさげで……でもちょっと不思議そうに首を傾げている。 千雨(祭服): ……なんか、アメノウズメみたいだな。 美雪(祭服): 踊りで場を沸かせて天岩戸を開けさせた神様だよね……たしかその神様、全裸で踊ったんじゃなかった? 千雨(祭服): お前、全裸で踊りたかったのか? 美雪(祭服): 冗談! 若い巫女: ……すみません。 怒鳴り合う私たちが視線を向けると、若い巫女さんが疲れたような顔で眉間を揉んでいた。 若い巫女: 問題のある衣装かもしれませんが……すみません。写真にも残しませんのでご勘弁ください。 美雪(祭服): この衣装、代々伝わる伝統の……とかじゃないんですか? 若い巫女: 違います。 即座に断言された。 若い巫女: 過去の古い文書をつなぎ合わせて再現したもので、何年もかけてようやく今年完成したものなんです。 美雪(祭服): ……だから新品みたいなんですね、この衣装。 千雨(祭服): で、練習中に右足やっちゃったのか。そりゃ踏んで転んだら、大怪我だよな。 美雪(祭服): ちょ、ちょっと、言い方……! 若い巫女: 転んだ時は練習用の別衣装ですが、概ねその通りです……お恥ずかしい。 巫女さんは一度口を閉じた後、周囲を見渡し……誰もいないことを確認してから、再び唇を開いた。 若い巫女: 今だから言ってしまいますが、このお祭りは歴史が浅いものなんです。 美雪(祭服): そうなんですか? 若い巫女: はい。祭自体はありましたが、途中何度か情報が断絶してしまい……形を変えながらなんとか続けているようなものでして。 若い巫女: 演舞自体はありましたが、昔とはそもそもいろんなものが変わっていると思います。 美雪(祭服): 演舞が1人じゃなくて2人でもオーケーになった理由はそれですか? 若い巫女: 演舞は1人、という記述が一番多かったそうなんですが……。 若い巫女: 文献の中には2人、最大で3人で演舞を行うと書かれていたものもあったそうで……衣装も3着作りました。 若い巫女: 答えがわからないなら色々試すしかないと……演舞を密室で行うことも、昨年から始めたことです。 美雪(祭服): ちなみに、この演舞が正解!……ってどうやって判断するんです? 若い巫女: その年の作物の出来です。今年の作物の出来がよければ、来年も同じ演舞をすることになるかと。 美雪(祭服): ……そうですか。 若い巫女: もし今年の作物の出来がよければこの人は来年、今の私たちと同じ衣装を着ることになるのだろうか……。 美雪(祭服): (……どうか今年の作物の出来が最悪でありますように!) お百姓さんには悪いけど、この疲れた巫女さんにこの露出過多な衣装で大勢の前で踊らせるのはなんとなく嫌だった。 美雪(祭服): …………。 千雨は衣装の露出度は気にならないのか、動きやすさを確認している。相変わらず肝が太い。 千雨(祭服): 一応渡された演舞の手順は頭に入れましたし、練習もしましたけど……何か気をつけることはありますか? 若い巫女: そうですね……正直、上手く踊れなくても、最悪失敗しても構いません。小太鼓は私が務めますので、なるべく合わせます。 若い巫女: ただ、これは神様に捧げる演舞だということを忘れないでいただきたいのです。 美雪(祭服): 大切なのは上手い下手ではなく、誰のために踊るのか、ということですか? 若い巫女: えぇ。それだけを忘れないでください。 美雪(祭服): はい……。 巫女さんを先導に外に出て、人気のない本堂へと向かう。 道中、私たちが進む道にはぐるりと布が下げられ……人の気配は感じられるものの、視線そのものは遮られていた。 なんだか平安時代のお姫様のようだ。誰かと会うのは御簾越しが基本……たぶん、そんな感じだ。 Part 03: 若い巫女: 準備が整いましたら始めますので、準備をお願いします。床に立ち位置のマークがありますので。 千雨: わかりました。 辿り着いた本堂で、小太鼓の準備を行う巫女さんを横目に、千雨と位置を合わせる。 千雨: お前は、転ばないようにだけ気をつけろ。あとは私が合わせる。 美雪: わかった。 たぶん、千雨は大丈夫だろう。問題は私だ。 2人で何度も練習したので、動きのぎこちなさはともかく動作だけはなんとかなる……と思う。 美雪: (ただ、上手く踊れなくてもいいとは言われてるけど、神様のために踊れと言われてもねぇ……) 正直言って、踊りを覚えることに必死で私はこの祭りで奉られている神様のことを名前さえ知らないのだ。 美雪: ねぇ、千雨。 千雨: なんだ? 美雪: 知らない神様のために、上手く踊れるかな……? 自信なさげな声は、千雨の耳に届いたらしい。彼女はいつも通りの無愛想な顔で、口を開いた。 美雪: なら、知ってるヤツのために踊ってやれ。神様なんてついでに見ていけ、くらいで十分だろ。 美雪: 知ってるやつ、って誰? 千雨: 盆踊りとか、あれって鎮魂……死人のための踊りだろ。 千雨: まぁ、どっかで見てるかもしれないからな……親父が見てると思ってやってやるよ。 亡くなったお父さんのために踊ると宣言した千雨は私に背を向ける。 私もお父さんのために踊るべきか。いや……。 美雪: (ごめん、お父さん。今は、違う人のために、踊りたいんだ) やがて閉ざされた場所に、軽快な小太鼓の音が鳴り始める。 本堂に明かりが差し込み、千雨は滑らかに……私はぎこちなくも練習通りに踊りながら……祈った。 ……一穂が見つかりますように。……一穂とまた、会えますように。 踊りは届かなくても。この思いは、届きますように。 どうか……どうかと。懸命に、祈りを込めて。 名も知らぬ神様に……祈るように、踊って。踊って。踊って――。 太鼓の音と踊りが終わった直後……小さな拍手の音が聞こえた気がした。 ぱちぱちぱち。ぱちぱちぱち。ぱちぱちぱち。 とても楽しそうな、拍手だった。 若い巫女: お疲れさまでした。少し、ここで待っていてください。 言いながら巫女さんは外へ向かおうとして……ぴたり、と足を止めた。 若い巫女: これから懇親会がありまして、いろんな人が挨拶に来ると思いますが……ここの神社のことは、あまり聞かないでください。 美雪: えっ、どうしてですか? 若い巫女: この神社には少しばかり、理解されにくい話がありますので。 美雪: いわくつきってことですか? それは……。 どんな、と尋ねかけたその時。 男性の声: おおぃ、太鼓の音聞こえなくなったけど演舞はどうだぁ? 終わったかー? 閉じられた木戸の向こうから野太い声が響いた。 若い巫女: はい。道を用意してください、今本邸に戻りますので……。 巫女さんが出入り口に顔を出して何かしらやりとりをしているのを横目に、息一つ乱さぬ千雨を見る。 美雪: やっぱり千雨、踊り上手いね。 千雨: 型を覚えればそう難しいことじゃない。 美雪: 簡単に言ってくれるなぁ。 自分の動きを思い出して必死な私の側で、涼しい顔で踊りながら合わせてきた千雨をふくれっ面で睨んでいると、彼女はぽつりと呟いた。 千雨: ……、お前はきっと、1人の方がもっと上手く踊れただろうな。 美雪: そうかな……それより、千雨は聞こえた? 千雨: 何をだ? 美雪: 演舞が終わった後、拍手みたいな音。 千雨: 拍手ぅ? あの巫女さん、そんなことしてなかっただろ? 美雪: いや、あの巫女さんじゃなくてさ、パチパチパチって、軽い感じの……そうだ。子ども。子どもがするみたいな拍手だった。 私の言葉に、千雨はあからさまに嫌な顔をする。 千雨: お前の気のせいじゃなかったら、どっかのガキが隙間から覗いてたのかもな。 千雨: よし、服着たら犯人捜しだ。窃視は罪だとキッチリ理解させてやる。 美雪: やめときなって。親が面倒な人だったらどうするの? 千雨: 親ごと理解させてやる。 美雪: ……。とりあえず暴力で全部解決しようとするの、本当によくないと思うよ。 演舞が終わってほっとしたのか、いつものやりとりをしている間に、本堂が開かれはじめた。 私は扉の方へ向かう前に、一度立ち止まり……振り返る。 そこには誰もいない。人が居た気配も……ない。 美雪: …………。 美雪: (……本当に、気のせいかな?) 小さく、でもあたたかな拍手の音を思い出しながら私は役目を終えた千雨とともに、本堂の外へ向かう。 去り際にもう一度だけ振り返ってみても、そこにはやはり何も見えなかった……。