Part 01: ……その兆候を最初に意識したのは、ほんのちょっとした勘違いとも思える「違和感」からだった。 絢花(巫女服): ……? どうしたんですか、沙都子さん。 沙都子(私服): えっ? あ、あれっ……? ふいに呼びかけられて我に返り、顔を上げた先に巫女服を着た絢花さんの姿があるのを見た私はようやく、今自分がどこを歩いていたのかに気づいた。 ここは……古手神社の境内。家族や友人たちとともに何度も訪れた村の象徴的な場所で、もうすっかり見慣れた光景だ。ただ……。 沙都子(私服): (なんで私……こんなところに来ちゃったの?) わからない。授業が終わった後、私は日直の仕事を終えて……そのまま家に帰る道を歩いていたはずだ。 確かに少々ぼんやりとした気分で足を運んでいたが、そもそも私の家と古手神社は至るまでの道がまるで違っているため、決して行き過ぎたわけではない。 だとすると、帰り道を間違えた……?もう何年も通い続けたおかげで、多少暗くなっても問題なく進んでいけると思っていたのに……? 絢花(巫女服): 何かご用ですか。……ひょっとして、#p綿流#sわたなが#rしのことで? 沙都子(私服): っ……えぇ、その通りよ!にーにーからどうしても、って頼まれちゃって~!をーっほっほっほっ! とっさにごまかして、私はそう答える。……なんとなく笑い方が芝居がかってしまったが、この際は無視だ。どうか気づかれませんように。 絢花(巫女服): そうでしたか。……わざわざありがとうございます。今回は皆さんのご協力のお陰で色々と助かっています。後日改めてお礼の場を用意させてください。 沙都子(私服): き……気にしないで、絢花さん。それで、えっと……えっと、綿流しの準備で何かお手伝いできることってあったりする? 絢花(巫女服): そうですね……先ほど倉庫を確認したら提灯がいくつか破れていましたので、修理業者の手配をお願いできればと。あとは……。 沙都子(私服): あ、えぇっと……。 絢花(巫女服): ……すみません、一気に色々言い過ぎましたね。今、紙にメモしますので少し待っていてください。 絢花さんが胸元から取り出したノートの紙片に文字を綴るのを見つめながら……私は胸の中で妙な感じが湧き上がってくるのを覚える。 両親から聞いた話だと、彼女は数年前に他所の村から古手家の養女として迎え入れられて、空席となっていた頭首の任についたのだという。 沙都子(私服): あの、他の子たちは……? 絢花(巫女服): 一穂さんたちなら、所用で出かけています。何か用があるなら、伝言しておきますよ。 沙都子(私服): う、ううん。大丈夫。ちょっと気になっただけだから。 優しく答える彼女は、変わった。……正直言って、以前の絢花さんは苦手だった。 彼女が村に来た当初、話のきっかけにちょっとしたイタズラをしかけてみたが、何も言わず少しにらみ返すだけで――。 ……その後、なにをしても何も言わないからつまらなくて、関わること自体をやめてしまったのだ。 でも、こうして準備などで機会が増えたことで話しかければちゃんと乗ってきたり、冗談も言ったりして応対も丁寧な人だと気づかされた。 たまに人当たりで、難を感じるところはあるけれど、悪い人ではない……と思う。 「あんなにいい子だったら、大人の言うことを鵜呑みにせずもっと早く仲良くなっておきたかったね……」というにーにーの感想に、私も概ね賛成だった。でも……。 沙都子(私服): (どうしてなんだろう……?私はこの人と話していると、心のどこかで何かが引っかかって……変な感じがして……) その後ろめたさのせいだろうか……私はこの人に対して、複雑な思いを抱いてしまう。 他所の村からはるばる#p雛見沢#sひなみざわ#rに招かれたというのに、村人たちから冷たい扱いを受けている絢花さん……。 彼女の今の境遇を見ていて感じるこの気持ちは、同情なのか……それとも……? 絢花(巫女服): ……? どうかしましたか、沙都子さん。 沙都子(私服): えっ? い、いえ……なんでもないわ。それじゃ私、にーにーに伝えてくるね。 そう言って私は踵を返し、石段へと向かう。  : ……下へと降りる直前ふと思い立って振り返ると、絢花さんがこちらに手を振ってくれるのが見えた。 沙都子(私服): (悪い人じゃない……もちろん、嫌いな人でもない……でも……) 沙都子(私服): (彼女を見てると、なんだか胸がざわざわする) なぜか、しっくりとこない歪な存在。……その印象が私の心の中にこびりついて、いまだに離れることがなかった。 Part 02: 家に帰って絢花さんに渡されたメモを見せると、にーにーは嬉しそうに頷いた。 悟史: ……うん、わかった。明日にでも連絡をして、すぐに対応できそうか相談してみるよ。 沙都子(私服): お願いね、にーにー。私だとちゃんと説明できるか、不安だから。 悟史: あははは、そんなことないって。沙都子は僕なんかよりずっとしっかりしているしさ。 そう言ってにーにーは、優しい笑顔で私の頭を撫でてくれる。 いつまでも子ども扱いしないでくれ、という反抗心が正直ないわけでもないので、つい口がへの字になってしまうのを抑えられない。 だけど同時に、この心地よさは捨てがたくて……ふくれっ面になりながらも、私はなすがままそのあたたかさを受け入れていた。 悟史: それにしても……こんな言い方だと沙都子は怒るかもしれないけど、ちょっと意外な感じだね。 沙都子(私服): ? 意外って……絢花さんのことが? 悟史: ううん。もちろん、そっちもあるけど……僕が驚いているのは、沙都子に対してだよ。 悟史: 今までの沙都子って、その……他の人が困っていてもあまり気にしないっていうか、積極的に関わろうとしてこなかったからさ。 悟史: 正直、よくないと思ってたんだ。でも僕が言っても沙都子は馬の耳に念仏でさ。 沙都子(私服): もー! 私、馬じゃないもん! 沙都子(私服): まぁ、にーにーの話をたまに……たまーには?聞き流すことはあったかもしれないけど……。 悟史: そうだね……けど最近は、絢花ちゃんに対してずいぶん気を遣っているように見えるんだけど……何か理由でもあったりするの? 沙都子(私服): ……。別に、そういうわけじゃないわ。ただ、村の人たちは絢花さんに対してやりすぎじゃないかって思ったから。 悟史: うん……確かに、そうだね。絢花ちゃんは何も知らないうちにこの村に来て、一人ぼっちの生活を強いられているんだから。 悟史: ダム反対派も賛成派も関係なく、彼女のことをもっと気遣ってあげるべきだと僕も思うよ。 悟史: ……今まで思うだけで口にできなかった、いくじなしの僕が言うのも恥ずかしい話だけどね。 悟史: もっと勇気を出して、そういうのはよくないよって言うことができれば……教室の中だけでも、何かを変えられたかもしれない。 悟史: 今さらだけど、最近そんなことを思うんだ……絢花さんが僕たちのことを避けていたんじゃなくて僕たちが彼女を避けていたんじゃないか、ってさ。 沙都子(私服): それは……でも、だったら公由家は何をしているの? 沙都子(私服): 絢花さんがあんな扱いを受けているのに、放ったらかしって変じゃないの? 沙都子(私服): 後見人……? っていうのがどういうことか私はよくわかんないけど、もっと積極的に応援してあげるべきなのに……。 悟史: だね。……今度、お父さんたちにも話してみるよ。新しい土地へ出ていくことも大事だけど、#p雛見沢#sひなみざわ#rとお別れする儀式も考えるべきじゃないか、ってさ。 沙都子(私服): ……うん。 そうだ、彼女は頑張っている。 村の中で仲間外れにされても、ずっと頑張り続けて……それが今、報われようとしている。 あれ、でも……なんでだろう。 ようやく、絢花さんが報われるのに。村の皆から認められることは、いいことのはずなのに。 なんで私は、素直に喜べないんだろう……? …………。 その日、私は夢を見た。 そこで私は見知らぬ女の子と肩を並べて、楽しそうに通学路を歩いていた――。 梨花:私服: みー。沙都子、ここから学校まで競走なのですよ。 沙都子(私服): をーっほっほっほっ!負けませんわよ、※※~っ!! はしゃぎながら、村の中を走り回る。 ……とても楽しかった。 今みたいな、廃墟手前の人がほとんどいないような荒れ放題の土地じゃなくて、きちんと手入れされて農作物を実らせる田畑を走るのが。 追いかけてくる声が近づいてくるのが、楽しくて……楽しくて……。 この時間が、ずぅっと終わらなければいいのにと思って……。 思っ……て? 声: ……沙都子、沙都子。 沙都子(私服): ん……? ふわぁ……なぁに、にーにー? 悟史: ええっと……お母さんたち帰って来たから、もうすぐ夕飯にしようと思って起こしに来たんだけど……どうしたの? 沙都子(私服): え、なにが? 悟史: なにがって、沙都子……泣いていたよ?悪い夢でも見たのかい? 沙都子(私服): え……? よく、わかんない。 悟史: ……そっか。 悟史: ねぇ、沙都子。お父さんたちが沙都子に新しい服を買ってきてくれたんだって。着てみる? それとも、今度のお祭りに取っておく? 沙都子(私服): ……取っておく。 悟史: そっか。お祭り、楽しみだね。 沙都子(私服): ……うん。 Part 03: 沙都子(ノースリーブ): う、うぅうっ……! 買ってもらった真新しい服が汚れるまで私はうめき声をあげながら、両手両足で畳を叩く。 体の中が……燃えるように熱い。 窓の外では、悲鳴が聞こえる。助けを求める声が聞こえる。 沙都子(ノースリーブ): (なんで、こうなったの?私はただ、普通にお祭りを楽しんで……) でもちょっと具合が悪くなって、両親はいないからにーにーに連れて帰ってもらって。 敷いてもらった布団で眠って、目を開けて、そして……。 断片のように頭の中に流れ込むのは、絢花さんと同じように村の人から後ろ指をさされて……ひそひそと噂され、それに対して何も言えない自分の姿。 にーにーの姿はなく、私はただ黙って耐えている。 なんでそんなことになっているのか、わからない。でも耐えている自分の姿は、まるで、まるで……。 沙都子(ノースリーブ): (……絢花さんみたい……) 村の人からお前がダムに沈む原因になった、と後ろ指を指される絢花さんの姿に、自分の姿が重なって。 ……なんで? 絢花さんは何もしていない。……なんで? 私は何もしていない。 なのにどうして、全ての罪を押しつけるの?絢花さんが全部悪いの? 私が全部悪いの? 絢花さんが悪いから彼女の両親は死んだの?私が悪いからにーにーはどこかに行ってしまったの? じゃあどうすればいいの?!どうすればよかったの?! 簡単なことなら教えてよ!教えられないなら最初から黙っていてよ! 誰も教えてくれないから、こうして身を縮めて……亀みたいにまるまって自分を守るしかないんじゃない!! 心の中で悲鳴をあげた、直後。 ……後ろで、何かが立ち上がる気配がした。 沙都子(ノースリーブ): ……誰? どこから現れたのか、わからない……いや。ここにいるのは……私しか、いない。 沙都子(ノースリーブ): (私の、中から……?) 私の中から現れた何かが、ゆっくりと身を起こす。自分自身を守るために……私しか、私を守れないから。 沙都子(ノースリーブ): (……ま、待って……) 生まれたての赤ん坊のような足取りで、何かはよたよたと外に向かおうとしている。 あぁ、わかっている……自分が傷つかないためには、どうすればいいか。 ……そうだ。私を傷つける人が、全部いなくなってしまえばいいんだ。 だから、私から生まれた『何か』はよたよたと外へ向かっていこうとする。 私を傷つけようとする存在を、全部全部消してしまうために……ッ! 沙都子(ノースリーブ): (……力が、入らない) 止められない……けど、それも、いいのかもしれない。 だって……絢花さんは何もしなかったのに、傷つけられた。 なら、他人を傷つけた人が傷つけられるのは当然のことじゃない? だったら、このまま横になって待っていればいい。私を傷つけようとするものを、全部消してくれるまで――。 あぁ、でも……。 沙都子(ノースリーブ): (今の私を※※が見たら、なんて言うのかしら……?) 声: 沙都子、沙都子……。 沙都子(ノースリーブ): ん、んんっ……。 沙都子(ノースリーブ): ……絢花さん? 梨花(私服): みー。あや、か……? 沙都子(私服): ……梨花? 梨花(私服): そうです、ボクは梨花なのですよ。沙都子……誰と間違えたのですか? 沙都子(私服): えー? あ、うーん、あれ? えーっと……。 梨花(私服): 着替えが済んだのにまた寝ようとするなんて、今日の沙都子はねぼすけさんなのですよ。 沙都子(私服): あ、あら……を、をーっほっほっほっ!それは失礼しましたわ! 梨花(私服): 絢花……もしかしてこの図書館で借りたという本の登場人物ですか? 沙都子(私服): え? えぇ……。 梨花(私服): みー……沙都子が夜遅くまで本を読むなんて珍しいことをしたせいで、頭が混乱しているのですか? 沙都子(私服): わ、私だって本くらい読みますわ。 梨花(私服): みー……今まであまり見たことないのですよ。 沙都子(私服): うっ! で、でもこれは美雪さんに勧められた本ですし、読まずに断るのも悪い気がして……。 梨花(私服): どんな理由でも、本を読むのはいいことなのですよ。読み終わったら、ボクも読んでみるのです。 羽入(私服): あぅあぅ、どうしたのですか? 梨花(私服): 夜更かししたせいで、沙都子はおねむさんなのですよ。 羽入(私服): 大丈夫ですか、沙都子。 沙都子(私服): え、えぇ。大丈夫ですわ。 沙都子(私服): (……なるほど、本の影響でおかしな夢を) 梨花(私服): 朝ご飯ができたのです。みんなで揃って食べましょうですよ。 沙都子(私服): えぇ……今、行きますわ。 慌てて布団を畳みながら、ちらりと枕元に置いた本を見る。 沙都子(私服): (これは確か、宇宙から来た王子様と旅をする話……絢花なんて日本人は、出てきていないはずなのに) 沙都子(私服): (だとしたら、絢花さんとは誰なんですの……?)