Part 01: 梨花(私服): ……また、「運命の日」とやらがやってきたわね。 月明かりがほのかに室内を照らし出す中、私はワイングラスに入れたブドウの「飲み物」を口に含み……こくり、と喉に流し込む。 鼻腔いっぱいに広がる、芳醇な香り。果実を使った「飲み物」は世にあまた存在するが、やはり私にとってはこれが至高の逸品だった。 梨花(私服): 良い天気ね……。夜風も優しい感じで、気持ちいいわ。 グラスを畳の上に置き、窓の外に目を向ける。……月夜だと若干勢いが弱まっているものの、満天に瞬く無数の星々がとても綺麗だ。 天気予報によると、明日は絶好の祭り日和が深夜まで続くらしい。……雨の準備をしなくてもいいのは、まぁ有難いとでも言うべきだろう。 梨花(私服): ねぇ、羽入。#p綿流#sわたなが#rしが行われる日に雨が降ったことって、今までどれくらいあったかしら……? 羽入(巫女): 『……僕が記憶している限りで言えば、あまりなかった気がするのです。梨花は毎回、演舞を最後まで演じていたので』 羽入(巫女): 『もし、雨で演舞が中止にでもなっていたら……ひょっとするとその後の展開では違ったことが何か起きていたかもしれませんね』 梨花(私服): そうね。……まぁ町会のことだから、おそらく豪雨や雷雨であっても奉納演舞だけは何が何でもやらせていたでしょうけど。 ただ、そうなると私は翌日に疲労と寒さで高熱を出してダウンし……ここで寝込んでしまう。 それをこれ幸いとばかりに鷹野は、身動きのできなくなった私をここから運び出して……そして……。 梨花(私服): 『オヤシロさまの#p祟#sたた#rり』の象徴として私の腹を、古手神社で裂く。……なぁんだ、結局は同じじゃない。くすくす……。 羽入(巫女): 『……梨花』 悲しそうに眉をひそめながら、羽入がたしなめてくる。……そんな彼女に私は苦笑交じりに肩をすくめながら返していった。 梨花(私服): なんて……かつてはずっとそうだったのよね。だから私たちは、鷹野がそうならないように万全に手を打って……。 梨花(私服): その後に行われた綿流しを無事に終えて、昭和58年6月を越えることができた……はずだった。 …………。 だが、ある日突然意識を失い、再び目覚めると……またしても私たちは綿流し以前の「世界」に戻っていた。 梨花(私服): 『なんで……どうしてっ?何があったの? いったい私たちは何が間違っていたのよッ……?!』 手に入れたと思った幸せ、たどり着いたと喜んでいた未来……。 それらが、またしても無に帰したと思い知らされた私は……泣いた。 叫んだ。憤った。そして狂い、絶望し……その淵の一歩手前で偶然、ひとつの「可能性」に思い至ったのだ。 梨花(私服): 『鷹野じゃ……なかった……?』 数え切れないほどの繰り返しの果て、圭一たち仲間が起こしてくれた奇跡によって……私は恐るべき陰謀の全容を知った。 そこにあったのは、たったひとりで神になろうとしていた女性の執念と野望……さらには絶望と、狂気。 納得はできなくとも、理解はできた。少なくとも自分の大好きな人のために命がけで何かを為そうというのは、凄いことだと思う。 ただ……認めるわけにはいかなかった。私だけでなく、様々な夢や希望を抱く仲間たちのためにも。 だから、私は戦った。そして多くの人々の力添えと数々の奇跡の連鎖によって、ついに勝利をつかみ取ったのだ。 そこでもう、私は終わったと思っていた。鷹野やその部下たちだって、再度立ち上がるための余力も意義も残っていなかったはず……なのに……。 いわゆる『終末作戦』と『滅菌作戦』――#p雛見沢#sひなみざわ#r症候群を封じ込め、真実を闇に葬るべく大勢の命を奪うには、何かしらの利が必要だ。 鷹野には、それがあった。だからこそ彼女は全てを賭して、捨て身……いや玉砕的に事を為そうとしてきたのだ。 だけど……それ以外の可能性は?国家として考えると、ひとつの集落を滅ぼすのは全くもって理由が思いつかない。 何よりも、目的や意義がない。これはなんらかの営利目的を持つ企業の視点で考えても同様だろう。 梨花(私服): (だったら……どうして「敵」は雛見沢を滅ぼそうと考えたの?) 梨花(私服): (雛見沢の存在を消すことで、彼らが手に入れるメリットは……?) 挫けそうになる心を必死に鼓舞し、止まりそうになる思考に鞭を打って考えたが……思い当たったものは、何もない。 そして、また……私たちはこの日を迎える。全ての終わりと、そして新たな繰り返しの幕開けとなる、運命の「6月19日」を……。 梨花(私服): (けど……そうね。一度、この子の意見を聞いてみようかしら) そう思って私は、そばで正座する羽入に顔を向け……寝ている沙都子を起こさないよう声を潜めながら尋ねかけていった。 梨花(私服): ねぇ……羽入?後ろ向きでも、絶望したわけでもないけど……あなたの考えを、聞かせて。 羽入(巫女): 『? あぅあぅ、なんでしょうか……?』 梨花(私服): 雛見沢は……存在すべきだと思う?生きとし生ける多数派の人々にとって悪だとしても、私たちは未来を望む資格があるのかしら……? Part 02: 羽入(巫女): 『なっ……?!』 羽入の反応は、思っていた通り……いやそれ以上の驚愕と、怒りにも近い感情をはらんでいた。 羽入(巫女): 『#p雛見沢#sひなみざわ#rが、人々にとっての悪……っ?それはどういうことなのですか、梨花っ?!』 梨花(私服): ……大声を出さないで、羽入。沙都子が起きちゃうじゃない。 羽入(巫女): 『僕は念話で、あなたに意思を伝えているのです!沙都子には聞こえたりしないのですよ!』 梨花(私服): わかっているわ、冗談よ。……それでなくても私の頭に響くんだから、少しは加減してちょうだい。 羽入(巫女): 『っ……わかりましたのです』 やや不満顔ながらも、私のたしなめに応じた羽入は引き下がって怒鳴るのを止めてくれる。 そして、少しの間気を静めるように沈黙してから……再び念話を飛ばしていった。 羽入(巫女): 『今の質問の意図を……教えて下さい。なぜ梨花は、雛見沢が大多数の人々にとっての悪だという前提を思いついたのですか……?』 梨花(私服): 『水は低きに流れ、人は易きに流れる』……だったかしら。 梨花(私服): 一穂たちの影響なのかもしれないけど、私も図書館に通って本を読む機会があって……そんな一文を目にしたの。 梨花(私服): 運命が人の意思の集合によって動くものだとしたら……雛見沢で起きた悲劇は、私たち以外の大多数――「世界」が望んだ結果。 梨花(私服): それが揺るぎない事実なのだとしたら、私たちがやろうとしているのは運命を帰ることではなく……逆らう愚行でしかない。 梨花(私服): ……なんてことを、思うようになったのよ。 そう……これは今までのような絶望からの諦観ではなく、あえて言うのであれば「達観」だ。 タイムトラベル理論を提唱したある科学者によると、未来人が過去に赴いて歴史を改変したとしても……ある一定の地点で、自浄作用が働くのだという。 つまり、A地点からB地点に赴く際に道や交通手段を変えたとしても……対象が同じ目的地にたどり着くように仕向けるのだ。 梨花(私服): 幸せな未来を実現するために、私たちはずっと試行錯誤を繰り返して失敗と挫折を味わい……一度はこの手に、それをつかみ取った。 梨花(私服): でも、その行為自体が誰かにとっての不幸……私たちが見ていないところで何らかの悲劇を引き起こす原因になっていたのだとしたら……。 梨花(私服): 整合と安定を司る神の審判によって、私たちの行いは「悪」……大多数の「敵」としてなかったことにされてしまうかもしれない……。 羽入(巫女): 『梨花……』 梨花(私服): なんて……ね。まるで宗教家のような運命論を偉そうに語っているっていう自覚はあるわ。 梨花(私服): ただ、私が死んで……雛見沢が滅ぶ運命が「神」という存在によって定められたものだったとしたら……。 梨花(私服): ひょっとしたら私たちの「敵」は、本当に神様なのかもしれない。あんたよりもさらに上位の、超常的な存在が……。 羽入(巫女): 『…………』 羽入(巫女): 『梨花。もし、その通りだとしたら……あなたはもう、諦めるのですか?』 梨花(私服): それも選択のひとつかもね。悪の存在として大多数の他者に迷惑をかけて生きるよりも、ずっと潔いでしょうし。 梨花(私服): でも……。 羽入(巫女): 『でも?』 梨花(私服): もし、彼らの#p思惑#sおもわく#rがわかってこの世界に留まり続けるための理由と意義を見つけられるのだとしたら……。 梨花(私服): なんとか、それに一縷の望みを託したいの。私たちの選択や意思が運命に対しての「悪」や「敵」にならないために、どうするべきなのか……。 梨花(私服): その可能性を見つけ出す努力だけは最後まで諦めたくない……ってのは、さすがに虫のいい話かしら? 羽入(巫女): 『……そんなことはないのです。確かに運命がある程度定められて、そこには多数の人の意思があるのかもしれませんが……』 羽入(巫女): 『誰かの幸せのために誰かが犠牲になるような「世界」の理なんて……たとえ神の定めであっても、絶対に認めるべきではないのですよ』 梨花(私服): ……そうね。あんたもたまには、いいことを言うじゃないの。くすくす……。 いつになく真剣な表情でそう訴えかける羽入の様子がちょっとおかしくて……でも、ありがたく感じて私は、笑顔を返しながらグラスの残りを飲み干す。 ……明日は、かなりの重労働が待っている。全ての手順がもはや全身に行き渡っているとしても、そろそろ休んで英気を養うべきだろう。 梨花(私服): ……もう寝るわ。お休み、羽入。 羽入(巫女): 『寝る前に歯を磨くのですよ、あぅあぅ』 梨花(私服): はいはい。 Part 03: どーんっ、と大きく太鼓の音が響き渡った瞬間、一気に場が静まりかえる。 梨花(演舞): (……また、始まるのね) 数えるのも億劫に思えるほどの繰り返しの中、その度に演じ続けてきた#p綿流#sわたなが#rしでの大一番の舞い。 祭壇を取り囲むように焚かれた炎。社の前に作られた祭壇には、しめ縄で飾られた布団の山が積まれている。 ……それは厳かな神事だった。巫女役の私が、神官に扮した年寄りたちを引き連れて登場する。 ただ……いつもと違って富竹の気配がない。撮影のための場所が確保できなかったので、どこか別のところにいるのだろうか。 男の子: ねー。あの巫女様が持っている、おっきな棒みたいなのはなーに……? 母親: 祭事用の鍬よ。巫女さんしか触っちゃいけない神聖な農具なの。 ……演奏が止まった静寂のおかげもあって、大勢の中でこちらを見守る人たちの声が聞こえる。 私は祝詞をあげた後、祭壇に積まれた布団の山に歩み寄っていく。 そして、作法に基づいて鍬を振り……布団を裂くように演舞を開始した。 頭で段取りや手順を考えなくとも……手と足が演奏に合わせて、勝手に動いてくれる。 おそらく見ている人々は、数週間程度の特訓で身につけたものだと思っているのだろうが……私にとっては数百数千、数万の繰り返し。 だから、感慨などはない。ただ儀式を円満に、無難に……そして、丁寧に完遂する。 ただその一念だけを込めて、力を注ぎ……演舞の一挙手一投足を行っていた。 梨花(演舞): ……っ、……ふっ……! 額から、汗が止めどなく流れ落ちていく。少しずつ手足が重くなり、……息が苦しい。 数え切れないほど続けても、やはり鍬は重かった。技は叩き込まれても、力だけは変わらないからだ。 振りまわすたびに、重さに負けて身体が右に、左にと揺れ動いて……安定しない。 が……ふと居並ぶ観客の方へ目を向けると、たまたま視線の先に沙都子の顔が飛び込んできた。 沙都子(私服): 梨花……っ……。 梨花(演舞): (……沙都子) 心配そうに両手を組み、固唾をのんで見守っている彼女の様子に……申し訳ないけどくすっ、と笑みがこぼれてしまう。 毎回彼女は、……叔父によって連れ去られる最悪の事態が起こらない限り、私の奉納演舞を一切目をそらさずに見守ってくれている。 その真摯で純粋なまなざしは、いつも私に最後まで踏みとどまる力……そして覚悟を与えてくれるのが、とても嬉しかった。 …………。 やがて、大太鼓がどん……と鳴り、演舞の終了を告げる。 応じて私は動きを止め、締めの姿勢。続いて黙礼をし、祭壇を降りると……大きな拍手が迎えてくれた。 魅音(私服): いやー梨花ちゃん、お疲れさん!長い間練習を積み重ねてきた甲斐があったねー! 梨花(演舞): ありがとうなのですよ……にぱー♪ レナ(私服): わっ、すごい汗……!ちょっと待っていてね、冷たいお茶をあっちのテントでもらってくるから! 梨花(演舞): よろしくなのです。……みー?魅ぃ、圭一たちの姿が見えませんですが……? 魅音(私服): うーん……さっきから探しているんだけど、詩音も一穂たちも見つからないんだよ。 魅音(私服): ったく……せっかく梨花ちゃんが頑張ってくれたってのに、どこ行ったんだろ? 梨花(演舞): ……きっと一穂たちは、別のところで大事な役目を果たしているのです。だからあまり、責めないであげてほしいのですよ。 魅音(私服): 大事な役目……?まぁ、梨花ちゃんがそう言うなら私は別に構わないけどさ……。 沙都子(私服): お疲れ様ですわ……梨花。本当に見事な演舞でしたのよ。 梨花(演舞): ありがとうなのですよ、にぱ~☆ だから……私は、何度でも舞ってみせる。あの子たちがきっと、未来への突破口を開いてくれることを信じて……。