Part 01: 圭一(私服): おっ、監督じゃないですか。それと……一穂ちゃん? 一穂(私服): あ……こんにちは、前原くん。 入江: こんなところでお会いするとは、奇遇ですね。お友達のどなたかに何かご用でも? 圭一(私服): はい。魅音に、この前から借りている漫画を返しに行こうと思っていまして。 圭一(私服): 監督こそ、一穂ちゃんと一緒なんて珍しいですね。何かあったんですか? 一穂(私服): うん。菜央ちゃんが風邪を引いて、起きるのも辛そうにしてたから美雪ちゃんとどうしようか、って話になって……。 一穂(私服): ただ今日は日曜だし、さすがに診療所は無理かなってダメ元で連絡してみたら……たまたま入江先生がいて、電話に出てくれたんだ。 入江: 未処理のままだった書類を片付けようと思って、散歩がてら診療所まで来ていたんです。良いタイミングで連絡をいただけましたよ。 一穂(私服): ごめんなさい……仕事の邪魔をしちゃって。それに、まさか直接往診で来てもらえるとは思ってなかったから、申し訳なくて……。 入江: あはは、気にしないでください。今日は車に乗ってこなかったので、久しぶりに自転車に乗って向かうことも考えたんですが……。 入江: ちょうど鷹野さんも診療所におりましたので、往路は彼女の車で送ってもらって助かりました。今は診察を終えて、こうして戻っているところです。 圭一(私服): なるほど、そういうことですか。……で、菜央ちゃんの方は大丈夫なのか? 一穂(私服): 心配してくれてありがとう、前原くん。先生に診てもらったら、軽い風邪だろうって。家で美雪ちゃんがついてるから、大丈夫だよ。 一穂(私服): でも、ご飯の材料が足りてないから……先生と途中まで一緒で、私は商店街までお買い物に向かってるところなんだ。 圭一(私服): じゃあ、今日は部活ってやっていないのか? 一穂(私服): 一応、予定は入ってたんだけど……私たちが参加できそうにないんだったら中止でもいいかって、魅音さんがね。 一穂(私服): あ……もしかして前原くん、部活に参加することも考えてこっちに来たの? 圭一(私服): あぁ。もし俺も混ぜてもらえるようなら、ちょいと賑やかしに加えてもらおうと思ってさ。 一穂(私服): そうなんだ……ごめんね、私たちのせいで中止になっちゃって。 圭一(私服): ははっ、一穂ちゃんが謝ることなんてないって。風邪を引くのは事故みたいなもんだし、先生の話だと#p興宮#sおきのみや#rでも流行っているらしいしさ。 入江: 確かに、ここ数日は先週と比べても診察に来られる方が格段に増えている気配です。興宮からの患者さんも、何人かおられましたね。 圭一(私服): タイミング的には、興宮の方が先に流行り始めた感じだから……ひょっとしたら持ち込まれた可能性もあるかもな。 入江: そうですね。#p雛見沢#sひなみざわ#rと興宮の間での人の行き来は、普段から頻繁に行われていますので。 入江: ……とはいえ、どこで感染したのかと議論をしたところで風邪の特性上、それを特定することはほぼ不可能です。 入江: 鳳谷さんが感染したのは、運が悪かっただけ。そう思って割り切るしかないでしょうね。 一穂(私服): そ、そうですよね……菜央ちゃん、早く元気になるといいな。 一穂(私服): 美雪ちゃんもつきっきりで看病してるから寝不足気味で、うつったりしたら大変だし……。 圭一(私服): 一穂ちゃんこそ、気をつけろよ。3人で同居しているんだから、条件的に考えれば美雪ちゃんと同じだぜ。 一穂(私服): そ、そうだね……って、あっ……?ということはこうして前原くんと喋ってるのもあんまりよくないんじゃ……?! 圭一(私服): はははっ、心配いらねぇって!さっき監督が言ったように、風邪を引くかどうかは運次第ってやつだからな。 圭一(私服): それに、仲間から風邪をうつされたからって恨んだりはしないさ。一穂ちゃんだって、菜央ちゃんにうつされても文句を言ったりしないだろ? 一穂(私服): も……もちろんだよ!だって今まででもいっぱい助けてもらってるし、私が風邪をうつすことだってあるんだし……。 圭一(私服): そういうことだぜ、一穂ちゃん。仲間なんだからお互い助け合って、気遣っていかねぇとな。 圭一(私服): まぁ……そう言っておいて万一風邪を引いたら、相手に余計な心配をかけちまうからな。帰ったらうがい手洗いをしっかりしておこうぜ。 一穂(私服): う、うん……!前原くんも、体調には気をつけてね。もちろん、入江先生も。 入江: ご心配ありがとうございます、公由さん。医者の不養生なんてものは、お世辞にも褒められたものではありませんからね。 入江: 患者の方々にご心配をかけるなど、本末転倒。精々戒めさせていただきます。 圭一(私服): はははっ。まぁ監督に関して言えば、その点は全然心配していないんですけどね。 圭一(私服): 一穂ちゃんも菜央ちゃんのこと、しっかり看てやれよ。一緒に過ごす、大切な仲間なんだからさ。 一穂(私服): ……。うん、そうだね。こういう時に力になってこそ……だよね。 圭一(私服): ? どうした、一穂ちゃん。菜央ちゃんたちのことで、何か気になることでもあったりするのか? 一穂(私服): あ……ううん、別に。頑張って、2人の信頼に応えたいとはずっと思ってるんだけど……。 一穂(私服): 私って、そんなに2人のために役立つようなことをちゃんとできてるのか、……不安で……。 圭一(私服): …………。 圭一(私服): つまり、一穂ちゃんは……菜央ちゃんや美雪ちゃんから信頼されているのか不安だったりするってことなんだな。 圭一(私服): その割に一穂ちゃんは、2人のことをすごく信頼しているんだよな。……それはどうしてなんだ? 一穂(私服): それは……もちろん……。 一穂(私服): 私は、美雪ちゃんと菜央ちゃんのことがすごく……すごく、大好きだからだと思う。 一穂(私服): レナさんや魅音さん、他のみんなのこともだよ。もちろん、前原くんのこともね。 圭一(私服): ……一穂ちゃん。 Part 02: 一穂ちゃんたちの会話を聞きながら、俺は……ふと頭に浮かんだ自分の「汚点」に思いを馳せていた。 圭一: …………。 一穂ちゃんは、部活メンバーのことを信じていると言ってくれた。その理由は俺たちのことが好きだからだ、と……。 もちろん、その思いは俺も一緒だ。会って間もないが彼女に対しては好感を持っているし、信用できる子だと心の底から思っている。 そう……レナや魅音、沙都子に梨花ちゃん、羽入、詩音……俺は一穂ちゃんのように仲間のことを大切に思って、どんな時でも信じている。 そしてこれからも、信じていくつもりだ。たとえどんな困難が待ち受けていようとも、彼女たちを守って戦うことに何の躊躇いもない。 …………。 だけど、その信じているという気持ちと覚悟は以前にレナや魅音たちを「信じられなかった」後悔から生まれたもので……。 一穂ちゃんのように無垢に、純粋に好きとも言えないし……まして信じているなんて、とてもじゃないが胸を張って言えなかった。 ……今でも、夢に見ることがある。あれほどまでに心配してくれたレナや魅音を疑って、嫌って……拒絶した時の記憶を――。 #p綿流#sわたなが#rしが終わった、直後のこと。俺は大石さんから#p雛見沢#sひなみざわ#rでの『#p祟#sたた#rり』を聞かされ、勝手に村を恐れるようになっていた。 そして、そんな村で暮らすレナたちの暗い過去を知ったことで気味の悪さを覚えて、怖くなり……自分の方から距離を置き始めたのだ。 ……断っておくが、大石さんに罪はない。刑事として、毎年村で起きている怪死事件の真相を追い続けて……情報を得ようと必死だったのだ。 ただ……聞かされた時、こうも考えた。どうしてレナたちは俺に、そのことを直接教えてくれなかったのか……と。 結果論だが、あいつらの口から聞いておけばまだましだったような気がする。笑い飛ばすことだって、きっとできただろう。 なのに彼女たちは、何も言ってくれなかった。それどころか俺から真実を遠ざけて、隠そうとした。 だから……俺は、疑った。というより、深読みした。レナたちがひた隠そうとしているのは、俺に対して何らかの悪意を持っているからじゃないか、と……。 圭一: 『っ……だったら、何を信じればいいって言うんだよ……!』 悔しかった。悲しかった。腹立たしくて情けなくて、……憎かった。 どうしてあいつらは、俺を裏切った?仲間だと思って楽しくて嬉しくて、こんなにも心を開いて付き合えると思っていたのに……! 圭一: 『……っ……!』 だから……俺は、決心したのだ。もう何も信じない……頼ることができるのは、自分自身しかいないのだと。 圭一: っ……ははっ、あはははははっっ……! 笑える話だ。おかしくておかしくて、同時に情けないほど悲しくなって……涙が出てくる。 信じられるのは自分……? 頼れるのは俺だけ……? はっ……何を自惚れていたのだ、俺は?!この世で自分ほど信じられないものなど、他にはないというのに!! なのに……それなのに、俺は……俺はッ……!! レナ: はぅ、圭一くん……そんなものを持ってどうしたのかな、かな? 圭一: ……なんだよ。放課後に野球の素振りをして、何かおかしいってのか? レナ: そういうことじゃなくて……変だよ、圭一くん。何かあったの……? レナ: もしかして、どこか体調が悪かったりするのかな、かな……? 圭一: (……体調が、悪い?) ……そのわざとらしく心配するようなレナの態度に……俺の中で、ここ数日の出来事が浮かんでは消えていく。 体調が悪くなった……それはいったい、誰のせいだと思っているんだ? 俺の知らないところでおかしなことが起きて……今まで知らなかった事実を、他人から聞かされて。 それでおかしくならないやつがいたとしたら、よっぽどそいつの方が変じゃないか。 こう考えることは、間違っているのか?俺が狂っていると、お前らの目には見えるのか? 圭一: (冗談じゃねぇ……!) 圭一: ……とにかく、俺には構わないでくれ。じゃあな。 レナ: っ、圭一くん……?! …………。 今だからこそ、……わかる。あの時の俺は、完全にどうかしていた。奇妙で奇異で……恐ろしかったと思う。 にもかかわらずレナは、俺のことを心配して……精一杯勇気を振り絞って声をかけてくれたのだ。手を差し伸べようとしてくれたのだ。 それを打ち払い、去っていったのは……俺だ。あいつのことを疑うあまり、本当の優しさを無視して残酷に振る舞ったのは、俺の方だった……! …………。 そして、俺に関わってきたのはレナだけじゃなかった。 魅音: 大丈夫、圭ちゃん?この前から変だよ……何か心配事でもあるの? 圭一: 変じゃない。……俺はいつも通りだ。 魅音: いやいや、変だって!みんなあんたを見て怖がっているんだから、少しは自覚してってば! 魅音の甲高い悲鳴のような声が、……気に障る。 後ろで不安そうに見ているレナの態度もそうだ。なんでそんなにわざとらしく心配してみせる? 圭一: もう俺に話しかけるな。……じゃあな。 魅音: あっ……ちょっと、圭ちゃん……! …………。 なんて俺は、バカだったんだろうか。レナも魅音も、俺を心配してくれていただけなのに。 それなのに俺は、あまつさえ最後まで俺のことを気遣って家にまで来てくれた2人を……ッ!! 圭一: ……ぅ、うぁぁぁっ……うわあああぁぁぁぁあぁっっ!!! 記憶を思い出して……涙が止まらなかった。情けなくて申し訳なくて、その場で死にたいほど後悔と絶望が俺の心を黒く塗りつぶした。 だから、俺は……その贖罪のために、次こそはレナを、魅音を……みんなを信じるって。 (……そう、決めたんだ) Part 03: 一穂(私服): ……あ、もうこんなところまで来ちゃった。喋りながら歩いてると、あっという間だね。 圭一(私服): あ、あぁ……そうだな。 入江: 公由さん。鳳谷さんの容態が急変したら、すぐに電話をかけてきてくださいね。 一穂(私服): はい、ありがとうございます。 圭一(私服): 2人によろしくな。菜央ちゃんの病気が治ったら、また部活で戦おうぜ! 一穂(私服): うん! じゃあまたっ! 圭一(私服): …………。 圭一(私服): 一穂ちゃんは、本当に美雪ちゃんと菜央ちゃんのことが好きなんですね。 入江: えぇ。あそこまで素直だと、見ていて眩しいですね。……はは、柄にもないことを言ってしまいました。 圭一(私服): ……監督。 入江: ? どうしたんですか、前原さん。そんな怖い顔をして。 圭一(私服): 監督は……人を信じられなくなったことってありますか? たとえば相手を信じたいのに信じられなくなって、悩んだこと……とか。 入江: …………。 入江: もちろん、ありますよ。 圭一(私服): えっ……? 入江: とても大切な人を、信じられなくなったことがあります。でも、信頼できなくなった原因に明確な理由があったと知った時には、もう……何もかもが手遅れでした。 入江: 昔の話ですが、今後も忘れることはないでしょう。消化できる日なんて、一生訪れないかもしれません。 圭一(私服): …………。 入江: ただ……疑いたくなくても、疑ってしまうことは誰にだって起こり得ることです。 圭一(私服): 相手のことを、どんなに大切に思っていても……? 入江: そうです。 入江: 前原さんに何があったのか、私にはわかりません。詳しいことを言いたくないなら、きっとあなたにとって大きな傷として残っているという証拠なのでしょう。 入江: だからこそ……疑いたくなくても疑ってしまうのは特定の人物だけに起きる特殊な現象ではないことを、どうか知っておいてください。 圭一(私服): ……じゃあ、一穂ちゃんも? 入江: えっ……? 圭一(私服): 信じたくても疑ってしまうのが、特殊な現象じゃないって言うのなら……。 圭一(私服): 一穂ちゃんも、いつか切っ掛けがあれば美雪ちゃんや菜央ちゃんを疑うようになるかもしれない……ということですか? 入江: ……彼女も人間ですから。その可能性は、ゼロではありません。 入江: 今は明確に違っていても、未来はわからない。私たちは神様ではありませんから。 圭一(私服): …………。 入江: ですが……前原さん。彼女にはあなたや私がいるじゃないですか。 圭一(私服): ……っ……? 入江: 孤立や孤独は、破滅への一歩です。 入江: ですから、もし公由さんが周囲を疑ってしまうようなことがあったら……私たちで彼女を助けましょう。 圭一(私服): ……俺にできることなんて、あると思いますか? 入江: 失敗した人間だからこそ、できることがある……私はそう、信じたいです。 入江: そうでなければ、一度でも失敗した人間は全て消えてなくなったほうがいい……そういうことになりますからね。 圭一(私服): はは……監督が消えたら、みんなが困りますね。 入江: 前原くんが消えても、みんな困ります。私もメイド服の話をしてくれる人がいなくなったら、とても寂しいです。 圭一(私服): ……。じゃあ、消えるわけにはいきませんよね。 入江: えぇ、その通りです。 圭一(私服): ……監督がいてくれてよかったです。やっぱり、困ったらちゃんと相談するべきですね。 入江: お礼を言うのはこちらの方ですよ。 入江: 私も自分の失敗をずっと悔やんでいます。でもこうして話していると、後悔しながらも生き続けてよかったと、そう思えますから。 圭一(私服): ……じゃあ俺も、生き続けないと、ですね。失敗した意味を、次に生かすためにも。