「ママぁ!」
「母さんっ!!」
砂沙美は、倒れたちひろに駆け寄る。
魎皇鬼も一緒に向かおうとした……。
だが。
「……ミヤッ?」
この感じは……。
突然、魎皇鬼は、窓の外に微かな魔法の波動を感じた。
しかし、そこには誰もいない。
おかしいな。気のせいかなぁ?
魎皇鬼がそれを感じたのは間違いではない。
風に流され四散してしまったが、確かに、窓の外には魔法の物質があったのだ。
そんでもって。
そんな、砂沙美たちの様子を見ている津名魅様なのだが。
「あらあら。砂沙美ちゃんのママさんが大変だわ」
「ええ、そうね、津名魅」
「でも、きっと魔法少女プリティサミーがなんとかしてくれるでしょう。期待していますよ、プリティサミー。ね、裸魅亜?」
「ええ、そうね、津名魅」
今日の裸魅亜ってば、とっても素直だわ。いつもこうだといいのに。
「そうだわ。子供の頃みたいに、今日は一緒の布団で眠りましょ?」
「ええ、そうね、津名魅」
ぽよんぽよんしている裸魅亜に、津名魅は寄り添った。
「あら、裸魅亜ったら、急に柔らかくなったのね」
「ええ、そうね、津名魅」
お願いだ。気づいてくれ、津名魅様!
頼むから!
雷凰の町を、踊りながら歩いている少女の姿があった。
黒いレザーな服を身にまとい、肩にはオウムに似た鳥が止まっている。
「ジョイフル・ジョイフル、楽しいのん! 人の不幸はあたしのハッピー、噂話はシャドウ・リップ! イジメろ、イジメろ、サミーをイジメろ。泣かせ、泣かせ、サミーを泣かせ。ミサが歌えば、デビルがニッコリ。ミサが踊れば、悪が広がる。ステッキ掲げてレッツらゴー。マジカル・ガールはガッツだぜ!!」
ヘンな歌を口ずさんでいるその少女を見つけた一般市民の男の人が、驚きを込めて叫ぶ。
「あっ、おまえは、この町にヘンテコなモンスターを呼び出している、魔法少女……」
「ちりゃゃゃああぁぁっっ!!!!!!」
怪鳥のような叫び声とともに、少女は持っていたステッキを一般市民の男の頭部へ面撃ちする!
グサッ!!
なんか物騒な音がして、一般市民の男の人は意識を失う。
「オー、ソーリー。でもでも、あなたに、今、騒がれると、ミサってば、とーってもトラブルしちゃうのよ。ま、ここで出会ったのが、運のつき……つまり、ラック・ムーンってことで、ばははーい」
気絶している一般市民の男の人の頭をポンポンと叩いて、踊るように去ってゆく少女は、魔法少女ピクシィミサであった。
「ミサ、こんなところで寄り道してないでさ」
肩に止まってる留魅耶が、ため息交じりに言う。
「だって。ハッピーすぎる砂沙美ちゃん一家を見てると、ついつい邪魔したくなっちゃうんだもん。それにしても、あー、いいきみ。今頃、砂沙美ちゃんの家は大パニックね!」
そう。ちひろママが騙されて買ってきたパソコンのOSをハードディスクから消去し、CD─ROMを爆発させたのは、魔法少女ピクシィミサの仕業だったのだ。
「ちょっと、セコイよーな気もするけど……」
「いいじゃない。どうせ、このジャパンにあるパソコンを全部あーするんでしょ?」
「まあ、そりゃそーなんだけど」
「いいわ。とにかく、お姉様の元へ向かいましょ。そして、J─スタンダード計画をスタートアップ!」
魔法のステッキを掲げたミサは、魔法の物質を吸収し、それを身体に包んだ。
シュン!
瞬間的に彼女の姿が消える。
魔法の力を利用して光速以上の速さで移動したのだ。
彼女の目的地とは何処なのか……?
すぐに答えを出すが、ミサが向かった場所は秋葉原だ!
かつては数多くの家電ショップが乱立していた家電の王国であったが、最近ではディスカウント店の台頭もあって、主にパソコンやゲーム関係の商品を扱う店舗が増え始めている。パソコンの商品は、ディスカウントで売るには種類が多すぎるし、専門的知識も必要だからだ。
このようにして発展した秋葉原は、この町だけで、日本全国のパソコン総売上げの数%を占めるという、巨大なマルチメディア市場に変貌している。
アジアの電脳市場の顔と言っていいそんな秋葉原の駅前に、ワールド・スタンダード社が半年前に建てた日本支社はあった。
地上三〇階、地下三階の、秋葉原でも一際高いビルだ。
看板には、札束に埋もれて、葉巻をくわえながらパソコンを動かしているビフ・スタンダードのイラストが描かれており、その顔の部分だけが電動装置でフラフラと動いている。
普通こういう外資系の会社は、英字のかっこいいロゴマークがあったりするものだが、なぜか漢字で『世界標準を目指す、ワールド・スタンダード・日本支社』と書かれていた。
で、その最上階には、成田からビフ・スタンダードにずーっと付き合わされている阿重霞と季枝霞がいる。来ていただいたお礼です。そんな、ご無理をされては。そんなことはありませんよ。いいえ結構ですから。それでは私の面目が立ちません……てなわけで、ディナーに招待されていたのだ。
時刻は、夕方の六時半になろうとしているところだった。
夏の長い太陽も地平線の向こうに沈んでいる。
今から、中央通り沿いの商店が終業する七時過ぎまでが、この町が最も華やかになる時間帯だ。各ショップにある看板のネオンが光り、ライトアップされていく。
そう、これこそが電脳世界のエルサレム──秋葉原だ!
その夜景を眺めていたビフ・スタンダードは、阿重霞を見て、
「ミス・阿重霞。ニューヨークとまではいかないですが、日本の秋葉原の夜景もなかなかのものですね」
「そ、そうですわね」
「さっきまでは、街頭でダミ声を出しながらビラを配っていたり、秋葉原と関係なさそうな包丁セットを売ってたりしたのを見た時は……正直、驚きましたが」
「ほほほ。日本は、どこでも同じようなものです」
食事にあまり手を付けていない阿重霞は、話しかけてくるビフに、適当に調子を合わせていた。
とにかく、早く帰りたい。
帰って、お父様とお母様に、どーゆーつもりなのか聞いてみたかった。
もし季枝霞の言う通り、このビフ・スタンダードとの縁談が持ち上がっているのだとすれば、すぐにでも親子の縁を切って家を出るつもりだ。
親衛隊に天地様を呼び出させて、一緒に熱海か伊豆へ逃げようと、阿重霞は本気でそう考えていた。それより、川治あたりにした方がいいかしら……。
「……ミス・阿重霞?」
ビフに呼びかけられ、阿重霞は我に返った。
「すみません。少し、ボーッとしていたようで……で、何の話でしょう?」
「いよいよ、明日は我が社の新OS『シンクロニシティ』の発売日。日本が真の情報化社会の一員になれる、記念すべき日です」
「はあ、そうなのですか」
「これで、ビフちゃまは、世界のコンピュータ市場を完全に手に入れることになるのでちゅね」
「その通りだよ、小さいミス・阿重霞」
「あたちの名前は季枝霞でちゅ」
「おお、そうか」
ビフと季枝霞は、なんとなく話があってるよーな感じがする。
「季枝霞、お食事もいただいたし、そろそろ、お暇させてもらいましょう」
立ち上がろうとする阿重霞を、ビフは手で制した。
「まあ、まだいいじゃないですか、ミス・阿重霞。よければ、我が社のスイートでお泊まりになっても、私は全然構いませんよ」
「そんな。ご迷惑では……(こっちが全然構うのよっ!)」
「おねーたま。どうせなら、泊まっていけばいいじゃないでちゅか?」
「季枝霞ったら、無理を言わないの(あんた、そんなに私を、このメガネオヤジと結婚させたいってのっ!)」
阿重霞は射抜くような視線を季枝霞に放つが、妹様はそんなことお構いなしで、口の周りをデザートのバニラアイスでベタベタにしている。
「そうだ、ミス・阿重霞。今から面白いショーをご覧に入れましょう。窓の外を見ていてください」
「ショー、ですか?」
「ええ、きっと気に入ると思いますよ」
阿重霞に微笑んだビフは、隣に座っていた秘書の女性の耳元に近づき、では、よろしく頼むと告げた。
口許だけに笑みを浮かべた秘書は、指をスッと動かす。
すると。
秋葉原の駅前にある、地下一階から一〇階までが全部お肉屋さんというドラスティックな『万牛』ビルの屋上から、藍色の光が溢れだした。
大きく膨れ上がったその光は、パンと弾けて放射状に広がる。
延びてゆく光の末端は、まるでホタルのようにふわふわと漂い、秋葉原の町をより美しく染め上げてゆく。
阿重霞は、その光景に目を奪われてしまった。
「素敵……」
「ミス・阿重霞とお近づきになれた記念に、特別にお見せしました」
「あれは、花火か何かですの?」
「いえ、あれは魔法の物質を視覚的に見えるように……」