サムが、キーを叩いてバーチャピンポンのオープニング画面を呼び出す。
『あたし、シンクロちゃん。一緒に卓球しよ!!』
PCM音源からクリアな丹下桜っぽい声が響き、画面にきゃわいいバニーガールの女の子がカット打ちをしているCGが表示された。
「……ジャパニメーションのキャラクター?」
「そうです。日本の購買層を意識して、バーチャピンポンのイメージキャラに、この『シンクロ』ちゃんを正式採用してはどうか、との提案です。デザイナーは日本でも有名なアニメーター、宏鈴氏に依頼しました」
「……知っているよ。彼か」
「それと、ゲームにストーリー・モードを設けます。物語があるとないとでは、日本人のゲームへの熱中度が違うと統計にも出ておりますので。また、試しに作ったベータ・バージョンを日本のゲーム雑誌編集者に送ったところ……」
サムは、ファミ通を取り出し、クリップしてあった場所を広げてビフに見せた。

「……というソフトレビューが返ってまいりました」
「ほう、いけそうじゃないか」
「では、すぐにでも、仕様変更の許可を技術開発部に送ります」
「頼む」
ビフは再び摩天楼を眺めた。
灯は消えていない。この都市は眠らないのだ。
「完璧だ。標準的な完璧さだ。この日本語化されたシンクロニシティを、電脳世界のエルサレム、秋葉原で一〇億ドルかけてプロモーションする!」
「成功は目の前です。ビフ様」
ビフは両手を広げ、まるで全世界の人々に話しかけるように叫ぶ。
「地球の全ての人々が私のソフトを使い、ネットワークで結ばれる。それは、素晴らしいことだと思わないかね? 突出も異端もない、均一で均整のとれた均等な情報を送り合うことのできる画一された平均的世界。それが、私の求める標準世界だ!!」
「その思想、気に入ったわ!」
二人の男の背後から、女性の声が響いた。
部屋には、モニターの明かりしかないので、振り向いてもその女性の姿を確認することができない。
「私の標準的なセキュリティを抜けてきただと……?」
ビフは驚いていた。
この支社には、幾重にもセキュリティ・システムが存在する。
例え夜中であろうとも、たやすく入れるわけがない。しかもここは、特別な重役レベルのIDカードを持つ者以外入れないスイートルームなのだ。
床にあるディスプレイに照らされ、女性の姿が浮かび上った。
日本調であるが、鋭角的なデザインをしている服を着ており、腰からパックリと開いているスリットは、妖艶な女の雰囲気をさらに高めている。
しかし、こんな恰好をしている女が、まともな一般人でないことは一目瞭然だ。
ビフは標準的な思考をして、今、目の前にある危機を把握し、それを打開するために標準的な質問をしてみた。
「キミは何者だ?」
「魔法の国、ジュライヘルムの次期女皇、裸魅亜」
「第二候補だけどね」
腰に手を当て、ビシシッとキメている姉の肩に止まっていた鳥タイプの留魅耶が、例のごとく、しょーもない突っ込みをする。
だから。
「チェイッ!!」
裸魅亜は、留魅耶の首をつかんで地面に叩きつけた。
そのまま、ストンピングを繰り返す。
「チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ」
すでに留魅耶は失神していたが、裸魅亜様は動作を止める気配がなかった。
魔法の国ジュライヘルムでは、主婦がお魚くわえたドラ猫を追いかけるくらい日常的だが、地球では日常的でない。断じてない。
「チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ、チェイッ」
ご立腹された裸魅亜様が描く地獄絵図を、ビフとサムは呆然と眺めるしかなかった。
ビン底メガネの奥にある瞳を光らせ、このキテレツな女が何のためにやって来たのかをようやく理解したビフは、パチンと指を鳴らして、サムに告げた。
「この素敵なエンターテイナーたちに、チップを渡して、引き取ってもらってくれ。今は芸を見たい気分ではないんだ」
「誰が芸を見せに来たってのよっ!?」
ストンピングを止めて、裸魅亜がビブに近づく。
「違うのか?」
「あたしは、魔法使いなの? わかる? マジカル・ガールよ!! ドゥ・ユー・アンダースタンド!?」
「フッ、マジカル・ミセスの間違いではないのかね?」
「素晴らしい突っ込みです。ビフ様」
「なに、初歩的なジョークさ」
あっはっは。おっほっほ……と、和気あいあいと話すビフとサムに、裸魅亜様のお怒りは頂点に達した。
「るがああぁぁっ、だから、アメリカンな人間は嫌いなのよーっ!!」
魔法の国でも一、二を争う力を持つ裸魅亜は、そう叫びながら、体内に溜め込んでいた魔法の物質を部屋中に放射した。
フッ。
突然、モニターが消えた。
「……な!?」
スイートに設置されている五八台のコンピュータが次々と停止してゆく。
「どうしたことだ。私のOSが。ネットワークが!?」
こんなことが、あるはずがないっ!!
ビフは、慌てて、手近にあったパソコンのコンソールを叩いた。
ダメだ。反応がない。
このスイートには緊急時の補助電源もあるというのに。それすらも作動しないだと。
よく見ると、各コンピュータのメイン電源は入っている。その証拠に、電源ONを知らせる発光ダイオードが、暗くなったスイートを微かに照らしていた。
電源は生きている。だが、ソフトは動かない。
私のOSに欠陥でもあるのか。バカな!
そんなことはあるはずがないっ。私のシンクロニシティなんだぞっ!!
「言ったでしょう。これが、魔法使いであるあたしの力よ」
裸魅亜がそう言うと、コンピュータが再起動を始めた。
OFFになっていたスイートの蛍光灯も同時に点灯して、突然、部屋を覆ったその眩しさにビフは目を細めた。
「今のは、魔法で行ったというのか?」
「そうよ。あたり。もち。正解」
「魔法など、そんな非標準的なことがあるわけがない。いや、しかし、そう力でもなければ、今の現象は説明できない!」
「ビフ・スタンダード。あなたなら、私のこの力、どう使う?」
裸魅亜の言葉が、ビフの頭の中に響いた。
魔法の力。
人知を越えた力。
それが現実に存在している!
もし、本当に魔法の力を使えるとすれば、私はどうする!?
「そうだ。その力があれば、世界中のコンピュータに、私のソフトをインストールすることができる! そして、私はそうしたい!!」
ニヤリとして、裸魅亜は頷いた。
出だしは留魅耶のせいで今イチだったが、目の前にいるこの男は、確実に魔法という力の虜になっている。
ふっ、人間とはなんて欲望に忠実な生き物なのかしら?
心に棚を作って自分の正直な欲望さを、伊吹三郎のようにしまい込んだ裸魅亜は、床に膝をついて自分を見るビフに視線を向けた。
彼の目つきが変っている。
まるで、神に慈悲を求める哀れな小羊のように。
「あなたは神か? いや、悪魔でもいい。頼む。その力、私に貸してくれ!」
「もちろんよ。あたしは、そのために来たんだから……」
ビフの頰をそっと撫でた裸魅亜は、彼を立ち上がらせた。
二人の視線が交差する。
そして同時に手を挙げた。
「全ての人に『コンピュータ』を!!」
ビフが叫ぶ。
「全ての人に新鮮なる『情報』を!!」
裸魅亜が叫ぶ。
「全ての人に標準なる『生活』を!!」
同時に二人が叫ぶ。
それこそが、我々の求める『標準世界』!!
東京の南端にある雷凰区には、県との境に大きな川が流れており、美しく区画されたその川原には、区が管理するレジャー施設があった。
ゴルフ練習場、野球のグラウンド、サイクリングコース、釣り場……。
休日ともなると、多くの人で賑わう場所だ。
今は夏休みでもあるし、学生や家族連れたちが多く集まって、楽しい一時を過ごしている……のだが、そうでない知的生命体が一人だけいる。
砂沙美の兄、河合天地が、そうでない一人であった。
なぜかと言うと、彼は河川敷の一角にある鉄柵に縛られており、口には、さるぐつわをかまされているからだ。決してお縛りゴッコの縛られ役に満場一致で選ばれたわけではなく、単純に拘束されているのである。
「ムームー、ムームー!」
彼の必死の叫びも、ムームー語ではわからない。
そんな天地の側にニコニコしながら立っている女性がいた。
「ごめんね、天地。こんなことしちゃって。怒ってる?」
「ムームー!」
「あーん、よかった♡」
と、一人解釈しているのは、天地のクラスメイトであり、彼にぞっこん惚れて、いつしか二人はゴールイン……と企んでいるラブラブ女子高生、折笠魎呼だ。
切れ長の目と鋭角的なアゴは、彼女にキツイ印象を与えている……が、事実その通りだから、性格は顔に表れるものなんだな、あっはっは、である。
そんな彼女が着ている服は、男もののシカゴブルズのユニフォームに長めのキュロット、ハイソックスに、ホーキンスのスニーカーだ。タンクトップの脇から見えるルラアラァなラインは健康的でいいッスねって感じだし、頭に被っているスペース・インベーダーの帽子が、無秩序な彼女の魅力をさらに引き立たせている。キャップは、サイド部分に単5電池のボックスがあって、スイッチ一つでインベーダーがピコピコ光るスグレ物だ。
魎呼はインベーダーを光らせながら、天地に頰を寄せた。
「天地、おまえが悪いんだぜ。あんなヤツと一緒にいるから。でも、へ・い・き。これから、あのバカ女を、あたしがやってつけてやるから」
「ムームー!」
「あーん、天地、応援してくれるのねん♡」
ムームー語の翻訳が間違っていることを認識していない魎呼は、天地の間近でインベーダー君をピコピコさせる。もう少しでナゴヤ撃ちができそうだ。
「ムームー!」
だから、わかんねーってばよ、天地。
その時。
モーターボートが魎呼たちのいる河川敷に猛スピードでやってきた。
岩場に当たって、大きくジャンプしてもスピードを緩めない。
「来やがったな」
魎呼は、ボートの船首に腕を組んで立っている人影を見て、ニヤリと微笑む。
ドドドドド。ガツン。
体当たりするように岸に横付けして止まったボートから、腕組みしたままのポーズで、一人の女性が降り立った……と、言うか、衝突したせいで、船首にいた女性だけが物理法則に従って前にピヨ~ンと押し出されただけなのだが。
川原に降り立った女性の名を、高田阿重霞と言う。
高田財閥の長女であり、天地の同級生2。一年生でありながら、生徒会長を勤めるお喋婦人なお姉さまだ。
長く美しい眉毛、気品漂う小指の第二関節、ときめいてしょうがないくびれた鎖骨。
どこをどうとってもお嬢様だ。
もちろん、天地に萌え萌えで、部屋には弓道を練習している愛しの彼のパネルが七枚ほど飾ってある。
天地をはさむようにして向かい合った二人は、激しく睨み合った。
なのだが。
阿重霞の着ている服を見て、魎呼はプッと吹き出す。
「なんだ、阿重霞、その恰好は?」
阿重霞殿は、ピンクハウス系のワンピースをぐぐぐいっと御召になっていたのだ。
元々、歳上に見られがちな容姿をしている彼女だから、そのラブリーな服は似合うと似合わないのギリギリのラインを行ったり来たりしてて、でも、やっぱり、似合ってないの集合体『U』に含まれていた。
「この服は、お母さまがお茶会があるから着なさいって……もといっ! そんなことはどうでもいいんです。天地様を放しなさい!」
「ムームー!」
「ほら、天地様もこんなに嫌がってるじゃないの!」
阿重霞ちゃんも天地クンのムームー語をキチンと理解してないみたいでちゅね。
「うるせーよ、阿重霞。てめー、昨日、天地とどこにいやがった?」
魎呼の言葉にハッとなった阿重霞は、頰を上気させる。
「え、そ、それは。ですから、私の屋敷に……その……」