手に持ったマイクが小刻みに揺れている。震えている?
「砂沙美ちゃん。それは、仕方のないことなのよ」
「どうして? 砂沙美、わかんないよぉ」
まあ、そりゃそーだ。
「お願い、砂沙美ちゃん。ママを責めないで。よよよよ~♪」
スピーカーからママの大絶叫が響き渡る。
ぬぬ、負けそうだ。
でもでも、砂沙美は耳を塞いで、ママの攻撃に対する報復処置を……。
「いい加減にしておけよ」
……とろうとしたが、後ろから声をかけた天地に、止められてしまった。
「天地兄ちゃん」
「砂沙美、お金のかかる私立に子供が二人も通っているだけで、母さんにどれほど負担がかかってるか、わかるだろ? それにウチの店は、近くにレンタルCD屋ができたり、駅ビルの量販店が一〇%の割り引きを始めたりして、売上げが下がってきてるんだから」
「でも、でもでもっ!」
そんなことはわかっている。十分わかっているのだ。
全国に七〇〇〇店近くある、場末の小さなCDショップが、大手量販店の薄利多売攻撃に壊滅的な打撃を受けまくっていることを!
だけど、一昨日、美紗緒ちゃんと約束したんだもん。
一緒に行こうって。
こんな夏休みってないよ。休みに入る前に、リョーちゃんを抱えて、くるくる回ってた自分が、愚かすぎるよぉ……。
真珠に変わりそうな涙が、砂沙美の目に溢れる。
「砂沙美……」
その輝きを見た天地は、もうちょっともったいつけてから言おうと思っていた言葉を口にした。
「行ってきていいよ」
「……えっ?」
「オレの貯金、ちょっとだけ残ってるから、使っていいよ。これまで、オレが部活に専念できたのも、砂沙美ががんばってくれたおかげだからな。だからさ、今度は砂沙美が行ってこい。楽しんでこいよ、な?」
「天地兄ちゃん……」
砂沙美は天地を見た。微笑みが返ってくる。
「ホントにいいの?」
砂沙美は、新たにカラオケをセットしているちひろママを見ながら言った。
「な、なんとかなるよ………………なるよーにするからさ………………なればいいなーと思うから……………………あは、あははは………………はぁ」
鋭利すぎる砂沙美の突っ込みに、天地は、数日後から行われるちひろママとの生活をシミュレートして……すればするほど、ヨワッキーになった。
「ああ、おっ母さん、モノレールが見えるよ。海の匂いがするよ。みんな漫画の絵が描いてある紙袋を持ってるよ。ここが、ここが、流通センター~♪」
砂沙美と天地の感動的な会話を根こそぎ無視し、再びカラオケを始めたちひろママの歌声が、河合家の隅々まで充満してゆく。
キッチンの壁と冷蔵庫の隙間を歩いていたゴキブリが……死んだ。
なぜか死んだ。
そんなこんなで、砂沙美は林間学校に来ることができたのである。
ありがとう、天地兄ちゃん……。
砂沙美は、家にいる(はず)の天地に感謝した。
そうだ。天地兄ちゃんにおみやげ、買ってってあげなくちゃ。
帰りの電車を待ってる間は暇だし。ううん、美紗緒ちゃんに付き合ってもらおう!
「ねえ、美紗緒ちゃん……あ、あれ?」
いつの間にか、隣にいたはずの美紗緒がいなくなっている。
引率の先生に呼ばれでもしたのか。とにかくいない。いなかった。
どこに行ったんだろ?
「美紗緒ちゃん、美紗緒ちゃん?」
砂沙美の呼びかけが美紗緒に届くことはない。
なぜかというと、彼女は今、宿舎へ戻る雑木林にいるからだ。
美紗緒は、自分の三倍はあろうかという木の幹にもたれていた。
スカートが汚れないように、後ろ手で抑えながら。
美紗緒はちょっと困ったように、いや、確実に困ったような表情で、目の前にいる真嶋宏明に視線を向けた。
真嶋クンは、砂沙美と美紗緒のクラスメイトだ。砂沙美によく話しかけてくるし、移動授業では隣に座ることも多い。
でも、あたしにはあんまり話しかけてこないし、こんなところに呼び出されるような覚えなんて……。
もしかして。
心の警告音が鳴り、非常用の補助電源が作動した。
彼女の中で、未知なるものは、怖いものとイコールになってしまっている。
仕事のすれ違いから起きた両親の別居。
イジメられていた小学三年生の苦い記憶。
優しかったお婆ちゃんの死。
それらの体験が、彼女の心の中に、崩れることのないジェリコの壁を作り出していた。
砂沙美ちゃんと一緒なら平気だけど、一人ではダメだ。
そういう自分はダメだということに気づいているのだが、ダメなのだ。
やっぱり、砂沙美ちゃんに付いてきてもらえばよかった。
でも、考え事してたみたいだし……。
「あ、あのよぉ……」
美紗緒の思考を中断させるように、真嶋クンが話しかけてきた。
「何か……用、なの?」
「えっ、あ、ああ……」
曖昧に答えながら、真嶋クンは頭の後ろをボリボリとかいている。
この二日間、天野と河合はずっと一緒にいて、全然、二人っきりになるチャンスがなかった。せっかく、貯金箱ブッ壊して来たんだ。あのCD欲しかったけど……いや、そんなことはないぞ。断じてないっ!
そう、あれは夏休みのある日。
河合の家にいつも観ているアニメ番組のCDを買いに行った時だ。
ちょうど店番をしていた河合から、天野と一緒に林間学校へ行くという話を聞いた。
「真嶋クンは、行かないの?」
「親が行け行けってうるさくてさ。もしかしたら、行くかもしんねーけど」
咄嗟に噓をついた。
「へー、うらやましい。砂沙美なんか、許してもらうの大変だったんだから」
なんて話をした後、真嶋クンは持っていたCDを棚に大返却し、家まで大走破して、大貯金箱を大破壊し、大速攻で大林間学校に大参加することを大申請したのだ。
全ては、この瞬間のために!
真嶋クンは、伏目がちな美紗緒の瞳を見つめた。
ずっと気になっていた。一緒のクラスになってから。
きっかけは、すごく些細なことだった。
教室の床に落ちていた天野の消しゴムを拾ったのだ。
「これ、おまえんだろ?」
そう言って、天野の机に、なにげなく置いてやる。
「……あ」
天野は、置かれた消しゴムをギュッとつかんで、そのまま俯く。
何も言わない。
だから、そのまま離れて自分の席に戻った。
それだけだ。それだけのはずだった。
でも。
放課後。友だちとドッジボールして、下校時間のチャイムが鳴ったから帰ろうとした時、校門の脇のところに二人の女子が立っているのを見た。
河合と天野が立っているのを。
「ほら、美紗緒ちゃん」
「う、うん……」
河合に押されるようにして、天野が自分に近づいてくる。
「なんだよ?」
「あの、……その……」
天野は、もじもじしてて。
目を泳がせてて。顔が真っ赤で。胸のところで両手を握っていて。
「あ…………、ありがと」
「…………へ?」
何がだ?
「……消しゴム」
それだけ言うと、小走りに河合の方へ走っていった。
見ると、河合がこっちに笑いかけている。
消しゴム?
……あ、なるほど。ははっ。
そうか。そういうことか。
並んで歩いてゆく天野と河合の背中を見送る。角を曲がって姿が消えるまで。
それからだ。
なんとなく天野を目で追うようになったのは。
自分でもなんでかわからないけど、そうなってしまったのだ。
体育で見学ばかりしている天野が気になった。
河合と一緒にいて、恥ずかしそうに俯く天野が気になった。
クラスで班分けしようとする時、おどおどしている天野が気になった。
音楽の授業で、とても上手くピアノを弾いた天野のことが気になって仕方がなかった。
だから、オレはっ!
決意した真嶋クンは、俯いている美紗緒に向かって、その……。
「天野さぁ、実はさぁ……」
「うん……」
二人の瞳が軸線上で重なる。
「体育の時間は休んでるのに、こういう旅行だけは来るんだな」
まじまああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!
憎まれ口叩いてる場合かああぁぁぁぁっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!
「そんなわけじゃ……」
「あ、いや、オレ……だから、ちゃんと体育の授業を受けろって」
まじまああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!
そんなフォローが役に立つかああぁぁっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!
「……でも、あたし、身体……、弱いの……」
か細い声で、美紗緒はそれだけ言った。
喘息にかかっている美紗緒は、体育の授業を休むことが多い。
元気な砂沙美ちゃんを見ていると、動かない自分の身体がもどかしくて、しょうがないときがある。
ああ、そうだ。夏休みの最初の日に行った遊園地でも、気分が悪くなってしまって、砂沙美ちゃんに介抱してもらったんだ……。
もっと元気なら。
もっと元気なら……。
美紗緒がそんなことを考えている間、真嶋クンは、頭を抱えて彼女の周りをゴロゴロとローリング・クレイドルしていた。
オレってヤツは。オレってヤツは。
オレってヤツはああぁぁぁっっっっ!!!!
言いたかったことは、そんなんじゃないのにぃぃぃぃっっ!!!!!!
ゴロゴロ。ゴロゴロ。
……んなことしてる場合じゃないんだよ、セニョリータッ!!
ドロだらけになって立ち上がった真嶋クンは、美紗緒に向かって、
「天野、実はな、オレは……」
がんばれ、真嶋。今のおまえは、鼻の描き方が気になる『BOYS BE…』だ!
「オレっ……」
ドカッ!!
突然、後頭部に痛烈極まりない蹴りが入った。そんな真嶋クンは不幸だ。
しかし、蹴りをいれたのは、彼以上に不幸で受難で運のない子ちゃんだった。
「痛ってー!」
叫びながら真嶋クンが振り向くと、そこには、オウムのような鳥がいる。
「ひっ!」
自分の前に大きな鳥がいて、しかも、夜なので目が淡く光っている。
恐怖のスキルがレベルアップした真嶋クンの心は、驚きと怖さを悪魔合体させて、妖獣マジマーンになった。
「キイィィィィ」
鳥は、明らかに真嶋クンを狙っている。
頭のつむじの部分に向かってダイビングすると、くちばしを使ってスカイ・トリプル・ダンシングを大敢行!
容赦のない攻撃だ。躊躇という文字が欠落している。
「ちょっ……、なんだよ、やめろよっ!」
イジメたな。イジメたな。イジメたな!
攻撃を続ける鳥の心の中で、その言葉だけが呪文のように繰り返されていた。
目の前にいるポンと叩いたらポキッと折れて、フーッと息を吹きかけたらピューと飛んでいってしまいそうなマイ・リトル・ラバーをイジメるヤツは許さない!
神が許しても、ボクが許さない!!
姉さんが許したら……ちょっと考えるけど!!
「痛い、痛いって!」
「……えっ?」
真嶋クンの悲鳴を聞いた美紗緒が顔を上げると、そこには鳥さんがいた。
いつも自分の家に遊びにきて、たまに餌をあげたりしている、あの鳥さんだ。
どうしてここにいるのかという疑問は、もう起こらない。
いつも自分の側にいて、自分を見てくれているのだと、美紗緒はなんとなくそう感じていたからだ。
「キイィィィ」
頭を抱えながら宿舎の方に走ってゆく真嶋クンを、鳥は執拗に追った。
……が。
「やめて、鳥さん!」
美紗緒のその言葉に、鳥は動きを止める。
「お願い。もう、止めて……。平気。あたし、平気だから……」
美紗緒……。
鳥が美紗緒の足元に降り立つ。
魔法の国ジュライヘルムより、次元の壁を越えてやって来たその鳥の名は、留魅耶と言う。本来は栗色の髪をした少年なのだが、魔法の源である物質が極端に少ないこの惑星では、地球上の動物に似た存在──鳥に変身する必要があった。
なぜ彼が地球にやってきたのか。それには理由がある。
それは……。
『何やってんのよ! ええ、何をやってるっていうのよ、え? 留・魅・耶──ッ!!』
留魅耶の頭の中に、ハンパじゃなくて、世露死苦で、暗闇天使で、爆音小僧な念波が送られてきた。その余りの大きさに、身体がピクピクと痙攣する!
『ね、姉さん……!?』
ジュライヘルムにいる姉──裸魅亜からだった。
魔法の国の次期女王第二候補である彼女は、人々から敬れるべき存在であったが、その実態は、欺瞞と策謀と突発的な考え方に支配されている、ただのズルイ女だ。
留魅耶は、頭をジンジンさせながらも、これが念波であることに感謝した。
その名の通り、見ただけで石化しそうな姉の瞳を見ないで済んだことに。
『留魅耶、あたしが三時間前に言ったこと、覚えてる? 覚えてるわよねぇ!?』
裸魅亜は、低い声で疑問を投げかけてくる。
そのトーンで怒りの暖機運転が終了していることを推察した留魅耶は、即座にジュライヘルムで姉に言われたことを復唱した。
『う、うん。キャンプファイヤーなんか囲んで、幸せたっぷりな魔法少女プリティサミーこと、河合砂沙美を見てると食事がマズくてしょうがないから、リラックスした気分で食後の紅茶が飲めるように、ラブラブモンスターでもなんでもいいから出して、「ひいぃぃぃん」と、レッドゾーン風に泣き叫ぶまでイジメろ……だったよね?』
『そう。一語一句間違えてないわ。記憶力がいいわね。さすが、あたしの弟だわ』
『ど、どうも……』
その直後、さらなる念波のパンチが留魅耶を襲った。
『なのに! なぜ!? あたしの言ったことを実行していないの!? ああっ、なんか、アンタの部屋に行って、秘密にしているものを洗いざらい探して、国中に見せびらかしてやりたい気分だわ!!』
『そんな!』
『あー、足が勝手に動くわ。扉を開けたわ。廊下に出てるわよ。アンタの部屋のドアの前まで来たわ。どーしよっかな、どーしよっかなっ!!』
声しか聞こえないが、絶対に姉さんは自分の部屋の前に来ている。
姉の性格を嫌になるほど知りすぎているからこそ、留魅耶はそれを確信した。
『やるから。今からやるからー!!』
『留魅耶、姉さんの気持ちをわかってくれて、とっても嬉しいわ。かなり気分が落ちついてきたみたい。今だったら、紅茶もおいしく飲めそうよ』
今までの激怒スタイルからは、想像もつかないような優しげな声を裸魅亜は発した。
『だったら、そうして……』
『でもね!! まだ!! 気分が完璧じゃないのよ!! わかるでしょ!? この姉さんのアンニュイでモナムーな気分!! アンタにならっ!!』
『うんうん。わかる。すっげーわかるよ。わかりすぎて困るほどさ、姉さん!!』
『なら、とっとと、美紗緒を変身させんか────っ!!』
『は、はいいぃぃぃぃ!!』
念波が切れた瞬間にも衝撃が来る。受話器を叩きつけられたような音が、留魅耶の頭の中で、サラウンドしながらQサウンドしつつ6チャンネルのマルチオーディオだ。
「鳥、さん……?」
美紗緒は心配そうな表情で、コテンと倒れたままでいる鳥──留魅耶を見つめた。
首を動かして美紗緒を見る裸魅亜の頭の中に、まだ姉の声が響いている。
だから。
彼は反射的に、夜目に輝いていた金色の瞳を、深い藍色に変えた。
その輝きを見た途端、美紗緒の心の中にある『何か』が弾け飛び、身体がビクンと震えるほどの衝撃を受けた。
「あ、ああ……」
まただ。また、この感……覚…………。
あたし…………どうなっちゃ………… ヘン……。
…………嫌…… ……こんなことって…………… …う。
あ…… …砂沙……… ………マ… ……。
…い や…………… …… ……… …………な……。
き…………。 …… ……!
美紗緒の思考が、完全に途絶えた。
なのに身体は動いている。
ロボットのような規則的な動きで美紗緒が手を掲げると、時空間の歪みから魔法のステッキが出現し、彼女の掌に収まった。
ギュイイイイインンッ!
……なんて、あかほりさとるちっくな擬音をたてて、世界中に散らばっている魔法の物質が、少女の元へ導かれるように集まり、ステッキに吸収されてゆく。
そして、彼女は叫ぶのだ。
「ピクシィー・ミューテーション・マジカル・リコ────ル!!」
ステッキを掲げる。
回す。回す。股の下を通して回す!
右足を高く掲げる。
踊る。踊る。総てを受け入れ踊る!
髪の色が。服が。心が。
美紗緒の全てが変わってゆく──。
藍色の光の中から漆黒の女神が降臨した!!
ボンデージ・ファッションで、ミニスカートで、脚線美がぐびびで、帽子に付いている薔薇は血のような赤で、金髪が夜風になびいていた。
この世界とは違う、まったく別の次元にある魔法の国ジュライヘルムでは、現在、女王候補が真なる女王になるための審議を行っている。
審議の内容は、別次元にいる女王候補と魂を共有する人物が『善』の心の持ち主であることを証明すること。
女王第一候補である津名魅が見初めた少女は、河合砂沙美。
砂沙美は、魔女のバトンで魔法少女プリティサミーに変身し、世界の平和とご近所の繁栄と、津名魅を女王にするため、スーパー・フレックスタイムでがんばっている。
そして、今、魔法少女に変身している天野美紗緒こそ、女王第二候補である裸魅亜が見初めた少女であった。
というか、裸魅亜様は真なる女王の審議を受けてないので、見初めるも何もないのだが、津名魅の見初めた砂沙美ちゃんを邪魔して、自分が女王になるためにも、突発的に魔法少女にしちゃうわよコンチクショー! なんて考えて、彼女の心の奥底に魔法の『キー』を施したのだ。
もちろん、美紗緒がそれを望んだわけではない。裸魅亜の独断だ。
しかも、ジュライ側に察知されないよう、美紗緒が魔法少女になったときの記憶は、完全に封鎖するという念の入れようで。
少女の心にある『悲しみ』が変換され『力』となる。
その力を身につけた魔法少女の名は!!
「漆黒の闇に漂うミスティ・フラワー! ウキウキ通りでオッケーよ! 魔法少女、ピクシィ、ピクシィ、ピクシィミサ────────ッ!!」
両手を高らかに挙げてポーズをとったピクシィミサは、ちょっと今イチな口上だから、違うバージョンを考えようと心に決めつつ、パートナーである鳥タイプの留魅耶を見た。
なぜか、留魅耶は申し訳なさそうな顔をしている。ホワイ?
「ミサ、ごめんなさいなんだけど、姉さんの命令だから仕方がないんだ。サミーをイジメてくれるかなあ?」
「強烈、オッケ───────ッ!!!!!!!!!!!!!!」
ミサは、留魅耶に親指を突きたて、
「林間学校なんか参加してくれて、ハッピーしてる、砂沙美ちゃんを……」
手首を一八〇度返して、親指を下にグッと向けた。
「いや、そこまでやんなくても、いいと思うんだけど……」
いつになくやる気になっているミサに、留魅耶が言う。
ガサッ。
「……ホワット?」
草むらから音がした。誰かが近づいてくる。
ミサは魔法の力で、両目にノクト・ビジョンのような働きをさせ、やってくる人物を捕らえた。
「天野、天野……?」
現れたのは、先程、留魅耶に襲われて逃げ出してしまった真嶋クンだ。
一瞬、パニクってしまったが、天野を放っておくわけにはいかない。
彼は彼なりの勇気を振り絞って、恐る恐る戻ってきたのだ。
暗闇の中に人気を感じた真嶋クンは、美紗緒だと思って声をかけた。
「天野……おい、大丈夫か?」
「ドント・ウォーリー! 心配させちゃって、ゴメンね♡」
突然飛び込んできて、真嶋クンの手を取って自分の頰に当てさせ、ウインクしながらラブリーな言葉を浴びせかけたのは、もちろん偉大すぎる魔法少女ピクシィミサ様だ。
「お、おまえは……町で、怪物を呼び出してる……!?」
「ジャスト・ソー! 愛と正義と欲望と使徒の勅使、魔法少女ピクシィミサよっ!」
矛盾しまくった言動とともに真嶋クンにしなだれかかったミサは、彼の胸に『の』の字なんか書いてくれちゃってる。魔法少女はスキンシップが大切だ。
「天野は、どこだよ……?」
「ナイス・タイミングよ、ボーイ。あのね。ミサね、これからね、あるミッションをね、しなくちゃね、いけないのね。でね、ちょうどね、あなたがね、来てくれたからね、利用させてもらおっかな~ってね、シンキングしたのね。どう?」
「ど、どうって!?」
「オーケー。何も言わないで。ノット・トーキング、ノット・トーキング……」
「や、やめ……」
「ノット・トーキングッ!!」
どう? とか聞いておきながら、相手に有無を言わせない。
しかも、この突発的な思考は、彼女を生み出した裸魅亜そのものだ。
「あなたの身体に触れてみてアイ・シー。あなたは、心に思ったことが口に出せないのね。う~ん、なんてシャイ・ボーイ……と言えば、デヴィト・リー・ロス。君はTOOシャイはカジャ・グー・グー。わかったわ。ミサが言わせてあげる。あなたの全てをさらけ出してあげるぅぅぅぅっっっ♡」
真嶋クンに魔法のステッキを突きつけたミサは、自分勝手な論理作成と論理更新と論理保存に従って、その力を披露することに決めた。
裸魅亜からもらった魔法のステキなステッキ……プッ、ククッ……は、どんなものでもラブラブモンスターにしてしまう能力を持っているのだ。
「コ──リ──ング・ミスティ────クスッ!!」
迸る光。
魔法の物質が真嶋クンを包んでゆく。
手を振り回す。払い落とそうとする。
ダメだ、取れない!
な、なんだよ、これ。オレ、どうなっちゃうんだよ!?
怖い。怖い。怖い。
真嶋クンの心は恐怖で満たされている。
なのに、魔法の光が身体に染み込んでいく感触を味わった途端、誰かに抱かれているような気がした。
温かい感じがする。こんなに怖いのに。
どうしてなんだ……?
櫓が組まれた丸太が炭化し、キャンプファイヤーの炎の勢いが弱まってゆく。
あれから、一五分以上経っていたが、美紗緒が戻ってくる気配はなかった。
どこ行っちゃったんだろ?
最近よく、こういうことがある。
突然、美紗緒がどこかへ行ってしまうことが。
キョロキョロしていた砂沙美は、隣のクラスにいる顔見知りの女の子を見つけた。
メガネをかけて三つ編をしてる、学校の図書室で何度か会ったことのある娘だ。
「ねえ、美紗緒ちゃん、知らない?」
「美紗緒ちゃん……って?」
「髪が長くて、ヘアバンドしてて、可愛くて……」
「ああ、あなたと一緒にいる娘でしょ? ちょっと暗い感じの」
失礼な。
「見かけなかった?」
「え~っと、さっき、宿舎の方へ戻っていったような……違ったかな」
宿舎? まだ、キャンプファイヤーは終わってないのに、どうして……?
砂沙美は、美紗緒がいるであろう宿舎の方を見た。
その方向には。
ドドドドドドドド。
大きな土煙が上がっていた。
何かが近づいてきてる!?
「あ、あれはっ!?」
やってきたのは、全身がブルーで、涙を流しまくってて、おなかに『天野LOVE』と書いてある、絶対に地球上に存在しない、存在なんかさせるものかこの野郎っていうくらいの、るあアァらぁららァな生物だった。
「ラブラブモンスター!?」
砂沙美は驚愕した。
どうして、こんな野辺山の林間学校にまで、ラブラブモンスターが現れるのぉ!?
驚く生徒たちをかきわけて、キャンプファイヤーの前でモンスターが止まる。
振り返る。
実相寺昭夫風逆光になったモンスターは、右手をバッと掲げた。
「オレはぁ、ここに宣言しま───すっ!」
「な、何?」
「オレはぁ、雷鳳学園初等部、四年三組にいる、天野美紗緒がぁ、天野美紗緒がぁ……」
……美紗緒ちゃん、が?
「好きでありま───す!」
キャンプファイヤーを囲んでいた林間学校参加者、総勢八六名がその宣言を聞いた。
当の本人は、ピクシィミサに変身してしまってるんですけどね。
「な、なんなの……?」
あまりの出来事に、砂沙美の目はミライ・ヤシマだ。
そんでもって、真嶋クンは五代裕作だった。
ラブラブモンスターが美紗緒ちゃんを? なんで?
「天野ぉ、好きじゃああぁっっ!!」
モンスターは、近くで震えている女の子をつかんで、頰ずりを始める。
「ああ、天野、天野ぉぉぉぉぉぉっっっっっっ!!」
「あたし、違────うっ!」
砂沙美の上級生であるおかっぱ頭の女の子は、泣きながらお叫びになった。
「おっと、こりゃ失礼。ああっ、天野、天野はどこにいるんだっ!」
少女を放したモンスターは、次なる告白ターゲットに、上下角をマイナス二度修正して、カモンカモン……ロック・オン!
「はっ、キミか!?」
「あたしは鳴沢詩織って言うんです!」
「いー名前だっ! でも、天野じゃないっ!!」
「だから、鳴沢詩織なんですってば!! 天野さんは、あっちにいます!!」
詩織は、少し離れているところにいる少女を指さす。
「やっと見つけた。天野、あ・ま・の─────!!」
「私は天野は天野でも、天野由梨ですっ!!」
「いー声だっ! でも、キミは天野じゃないっ!!」
「だから、天野由梨なんですってばー!」
と、まあ。
こんな感じで、三八人いる女生徒全員を確認したモンスターさんは、ようやく美紗緒がいない現実に気づき、告白できない自分の不幸をうしみつ君!!
「ああっ、天野がいない。こんなにもキャンプファイヤーの炎は綺麗だと言うのにっ!! 天野がいない。天野がいない。天野がいないいっっっっっ!!」
強すぎる想いが成就されないと、どうなるのだろう?