炎の軌跡が波のようにうねり、星空へ向かって延びていた。
砂沙美と美紗緒の身体は、赤々と燃え上がる炎に照らされている。
そんな状態だから、苦悶の表情を浮かべてデンジャーなのかと思えば、全然そうではなくて、なんか楽しそうな不思議色ハピネスな笑顔で、体育座りなんかしてて、野外スピーカーからフランス民謡らしき音楽が流れていて、でも炎は熱かったりするから、困ったりしててオウ・シットなのかと思えば、二人は音楽に合わせて身体をダンサブルに揺らしながら、笑顔のユニフォーム交換をしていた。
つまり、これは……、
キャンプファイヤー!!
場所は……、
野辺山!!
……だった。
「楽しい2日間だったね、砂沙美ちゃん」
炎の温もりを感じながら、美紗緒が言う。
「うん!」
……来てよかった。
美紗緒の笑顔を見つめながら、砂沙美はそう思った。
山を登った時に見た景色は、んーもう、ビューチホーってくらい綺麗だったし、レクリエーションのゲーム大会(どっちが長い間ぼーっとできるか勝負)に勝って賞品はもらえたし。なにより、美紗緒と一緒の部屋で寝泊まりできたのが最高だ。
えへへ。写真もいっぱい撮ってもらったし、できあがりが楽しみ。
そうだ、アルバムも買わなくちゃ。写真屋さんでもらえる紙のヤツじゃなくて、ちゃんとしたヤツを。
キャンプファイヤーを囲んで、一生もんの記念になりそうなフォークダンスを踊る上級生たちを見ながら、砂沙美は、ずっとこのまま、こうしていたいと切実に願った。
しかし、雷凰学園初等部主催の林間学校は今日で終わる。明日は電車に乗って東京に戻らなければならない。
楽しい時間は永遠には続かない。続かないのだ。
……天地兄ちゃんたち、今頃どうしてるだろ?
ふと、そう思った。
かなり強引にこの旅行に参加したことを、砂沙美はちょっぴり後悔していたから……。
事の起こりは、八月も第二週に突入した頃で。
ごく普通であるはずの小学四年生の砂沙美ちゃんこと、河合砂沙美の楽しい夏休みライフは、往路を終えて復路に入っていた。
しかし砂沙美は、初日こそ美紗緒と一緒に遊園地へ行けたものの、実家であるCDショップの手伝いや、食事の用意や、洗濯や、早朝のラジオ体操や、朝九時から始まる怒濤のアニメ番組の連続再放送の視聴に忙殺されて、前述を否定してしまうが、夏休みなんて大嫌いだよ状態だったのだ。
大親友、大同志、大友達の天野美紗緒ちゃんも、教育ママの琴恵さんから塾へ行って勉強しなさい的強制労働を言い渡され、一緒に遊ぶ時間が取れない。
そんな週間漫画家のような日々が、二〇日間以上も砂沙美を襲ったのだ。
いくら砂沙美が我慢強いといっても限界はある。
なんったって、小学四年生のお子様なのだ。一〇歳なのだ。そばかすが気になる年頃なのだ。体重が二九キロで、六月一八日に生まれて……なのだ!
それなのに。
楽しみが塾の行き帰りに美紗緒が寄ってきてくれることと、夜ご飯の後片付けを終えた時にやる、サターン版『ぷよぷよ通』の素人芸っぽいデモ・コントを観るだけでは、腹わたがよじれるほど切なすぎる!!
遊びたいよ。遊びたいよ。遊びたいよ!!
そう、心から願うのも無理はなかった。
で、あるわけだから、砂沙美はあるアクションを起こすことにしたのだ。
それは。
「美紗緒ちゃんと一緒に林間学校へ行く約束したの。砂沙美、行く。行く、行く、行くったら行くのーっ!!」
子供らしく微笑ましい演技力で、砂沙美は居間のカーペットの上をゴロゴロした。
「ミャーッ、ミャミャミャ!」
砂沙美に頼まれたペットの魎皇鬼も、仕方なく一緒にゴロゴロしている。
そう。これこそ、子供にのみ許された特権、ダダこね攻撃!!
マイク片手に演歌の道を極めようとしていた砂沙美のママ、ちひろと、高校一年の兄、天地は、呆然として砂沙美と魎皇鬼の奇行を見守るしかない。
砂沙美の夏休みを、ここまで悲惨なものにした元凶の大元締めは、実はこの二人だ。
元演歌歌手のちひろママは、家事能力が0システムに侵されていて、夏休みだろうが平日だろうがカラオケ三昧ですっとばしてるし、優柔不断と不幸のニュータイプをサテライト・システムで体内に吸収している天地様は、なんと、弓道のインターハイ西東京予選3位に入賞するという迷惑な快挙をなし遂げてしまい、部活の合宿や本大会の準備で家にいないことが多かった。
時間をやりくりして天地の応援に行った砂沙美は、そこに悪い魔法少女が現れたり、天地を邪魔してきたり、ラブラブモンスターを呼び出してくれたりと大変だったのだが、まあ、それは魔法少女プリティサミーに変身してやっつけたし、関係ないからいいとしても、やっぱり二人のせいで砂沙美が忙しかったことに代わりはない。
「……はぁはぁ。ねえ、いいでしょ、ママ? お願い!」
ちょっとゴロゴロしすぎたのか、砂沙美は息を弾ませつつ、でも瞳はうるるるんと悲しみに暮れて、ちひろママを見つめた。
下がった眉が、懇願モードを発動させている!
なのに。
「先日買えなかったあの本が、新宿で三倍の値段で売られてる~♪」
砂沙美の懇願モードを無視しまくって、ちひろママは歌っていた。
「ママッ!」
「表紙はあの人、あのお方。ああ、欲しい。でも三倍。理不尽な世界~♪」
ちひろママの歌は止まらない。止める術もない。
仕方なく、砂沙美は待つことにした。
ちなみにママが歌っているのは、演歌歌手時代の自分の持ち歌である『東京流通センターだよおっ母さん』である。信じられないが、今から二五年前に作られた曲だ。
「母さん、母さん、足りないよ。一日じゃ、全部、買えないよ~♪」
たららりったらったら~ん♪
ようやく、最後のメロが終わりを告げた。
壁にかけてあるクォーツ時計の秒針がしっかり五つ分進んだ後、ちひろママは、砂沙美の激しいプレッシャーを真正面から受け止めた。表情が真剣だ。
「砂沙美ちゃん、林間学校は、お金かかるんでしょ?」
「うん、参加希望者のみだから、一万二千円必要だって……」
ちひろママの問いに、砂沙美の声のトーンがちょっとだけ下がる。この問題は避けて通れないマークスの山だ。
「じゃあ、ダメよ。ダメなのよ。ダメちゃんよー♪」
わざわざマイクを通し、メロまで付けてくれて、ちひろママは自分の意見を言う。
ママの山は、傾斜角一〇度のラルプ・デュエズよりも高く険しいのだ。
「でもっ!!」
「ウチは貧乏よ。貧乏なのよ。貧乏ちゃんよー♪」
あさっての方向を見て歌う。
決して砂沙美と視線を合わせようとしない。いい判断だ。
「そんなぁ。ママだって、採点機能付きのカラオケや、通信カラオケを買ったじゃない。カラオケのCDも、レーザーディスクも毎日のように買ってるし、通信は電話代がかかるんだよ!!」
砂沙美の一〇歳とは思えない言及に、ちひろママは悲しげな視線を向けた。