Part 01: デパートの中で着替え終わった詩音がようやく出てきた直後、「それ」に気づいたのは私ではなく一穂だった。 一穂(冬服): ……あれ? そういえば美雪ちゃんの姿、どこにも見えないんだけど……? 菜央(冬服): どうやら、はぐれたみたいね。……ったく、東京生まれの東京育ちって言ってたのになんで迷子になっちゃうのよ。 一穂(冬服): ま、迷子っ……?まさか、さっき詩音さんが巻き込まれたみたいに別の空間へ……?! 千雨: ……いや、それはないと思うぞ。美雪のやつ、さっき通ったショーウィンドウで飾ってたバッグを見て、立ち止まってたからな。 だいたい、あんなイカれた現象が立て続けに2度も起きてたまるか……なんて言い草は毒が強すぎるので、内心のみにとどめておこう。 千雨: すぐに追いついてくるもんだと思ってたが……そうか、そんなに気に入ったんだな。 菜央(冬服): 珍しいわね。美雪が興味を持つなんて……どんなバッグだったのかしら? 一穂(冬服): そ、そんなことより……探しに行かなくちゃ!菜央ちゃん、ついてきて! 千雨: おい、待て一穂。探しに行ってお前たちまではぐれたら、面倒が増えるだけじゃないか…… 私はそう言って呼び止めたが、2人は足を止めることなく駆け去っていく。 ……ただ、向かった先は大通り交差点の交番。さすがにこの人混みの中、美雪を探しに行くのは無謀だとわかっていたようで、ほっとした。 千雨: さて……私たちも、行くとするか。 詩音(冬服): えぇ。それにしても千雨さん、あんなことが起きた直後だってのにずいぶんと冷静ですね。 詩音(冬服): 考えたくもないことですが……美雪さんが私と同じ目に遭っている可能性もゼロではないんですよ。 千雨: あー……こんな言い方は変かもしれんが、あいつに何かよくないことが起きた時は必ず胸騒ぎがするんだよ。 千雨: そして今は、特に何も感じてない。つまり少なくともあいつは、無事ってわけだ。 詩音(冬服): ……なるほど。それは私がお姉に対して時々感じるのと、似たようなものかもしれませんね。 千雨: ほぉ……? やっぱ双子同士だと、そういう不思議現象があったりするのか? 詩音(冬服): えぇ、原理はわかりませんが。 なんてことを話していると、ふいに詩音が押し黙る。そして改まった表情になり、私に頭を下げていった。 詩音(冬服): ……すみません、千雨さん。敵をつり出すつもりが、そのまま連れ出される羽目に陥るなんて……さすがに予想外でした。 詩音(冬服): やっぱりあなた方に同行してもらって、正解だったと思います。本当にありがとうございます。 千雨: まぁ、大きな被害もなく全員無事でなによりだ。……にしても、詩音。お前もずいぶん大きな賭けに出たもんだな。 詩音(冬服): いえ……口ではあんなふうに言いましたが、実はそれほど危険ではないつもりだったんですよ。なにしろ銀座の街にこの時期、でしたし。 詩音(冬服): 例の跳ねっ返りどもは、色々と威勢のいいことをほざいたりもしているようですが……結局のところ、我が身可愛さが第一なやつらです。 詩音(冬服): そんな連中が、まさか衆目を集めた上で寝た子を起こすような度胸なんてあるわけない、と高をくくっていたんですが……。 詩音(冬服): 正直言って、千雨さんたちでなければ対処できない事態になるのは最悪の最悪で、ほぼ起こりえないと油断があったのも事実だったと思います。 千雨: ……なるほど。やっぱりお前は数%の確率とはいえ、「あれ」が襲撃してくる可能性も講じてたってわけか。 千雨: だから私だけじゃなく、「やつら」との戦いで頼りになりそうな一穂の同行を推奨してたんだな。……やっぱりお前はしたたかなやつだよ、詩音。 詩音(冬服): お褒めにあずかり、どうもです。まぁ私は不死身じゃありませんし命も1つだけなので、万全の手を打つのは当然のことです。 千雨: で……詩音。お前はどの辺りまで、今回の敵に関して把握してるんだ? 詩音(冬服): どの辺り……とは? 千雨: とぼけるな。さっき自分で言ってたように、お前は「カード」の力が必要になる相手が出てくる可能性を想定済みだった。 千雨: つまり、今回の敵が何者なのか……どういった意図で私たちの前に現れるのかを、ある程度知ってたということだ。……違うか? 詩音(冬服): ……正解とは言えませんが、かなりいいところを突いていると思いますよ。 詩音(冬服): とりあえず……今のところは私たちの間でだけの話、ということにしておいてもらえるとありがたいです。 そう前置きをしてから、詩音は歩き出す。私がその横に並ぶと口を開き、独り言のように語っていった。 詩音(冬服): ……千雨さん。私はあなたと同じように、つい最近までは一穂さんのことを疑っていました。理由は、おそらくあなたもご存じだと思います。 千雨: あぁ、そうだな。「世界」が変わるたびにいるやつがいなくなり、存在してなかったやつが突然現れたりして……。 千雨: そして、そういった事象が起きる時には必ずといっていいほど……一穂がいた。 千雨: だから私も、おかしな変化だの違いだのを発生させてるのは一穂……そう思って警戒したり、マジで実力行使に出ようとしたこともあったな。 詩音(冬服): くっくっくっ……実力行使とは穏やかではありませんね。さすがの私も、そこまで過激ではありませんでしたよ。 千雨: 抜かせ。「世界」の変化に立ち会った回数としては、私よりもお前の方がはるかに多かったはずだ。 千雨: そのたびに大切なものを失ったり、奪われたりした記憶を植えつけられてきたんだよな?……正直私だったら、とても穏やかな気分でいられたとは思えないんだが。 詩音(冬服): ……っ……。 詩音(冬服): ……よくもまぁ、私がひた隠しにしてきた本音をズバズバと暴いてくれるものですね。実はあなたって、超能力者だったりするんじゃありませんか? 千雨: そんな能力があったら、私はもっと先に手を打って連中に煮え湯を腹一杯に飲ませてやってるよ。 千雨: 私がお前の考えをある程度読んだりできるのは、ただの親近感だ。私が同じ立場だったらきっとこう考えて動く……ってな。 詩音(冬服): なるほど。つまりあんたと私は、ある意味で似たもの同士なんだって認めた方がよさそうですね。 千雨: 無理に受け入れる必要はないと思うぞ。私だってお前と似てるなんて思ってないし、そもそも思いたくもないんだしな。 詩音(冬服): あら……くすくす、そうですか?拒否されるのはちょっと心外ですね。 冗談なのか本気なのか、詩音は肩をすくめて笑う。……やはりこいつは苦手だ、と私は内心でため息をついた。 Part 02: 千雨: で……詩音。お前はこの「世界」に干渉しようとしてるやつらを何だと思ってるんだ? 詩音(冬服): 陳腐な表現で申し訳ありませんが、私は彼か彼女、もしくは「彼ら」のことを一応『神』だと見なしています。 詩音(冬服): なにしろ私や千雨さん、それに他の皆さんの記憶を気づかないうちに操作し、不変であるはずの過去や現在を別のものに置き換えるという、明らかに超常の力……。 詩音(冬服): これを行使できるのが人間である誰かなのだとしたら今まで信じてきた常識やら理屈やらが覆されて、わけがわからなくなってしまいますからね。 千雨: ……その点については、安心しろ。今でさえ、わけがわからん状況じゃないか。 詩音(冬服): くっくっくっ……確かに。『ツクヤミ』だの「カード」だの、おかしなモノがあふれかえっていますからね。 詩音(冬服): ただ……それをもたらしたものが全て『神』なのかと問われると、私の思う『神』の概念から外れすぎているので……ちょっと断言はできない感じです。 千雨: ふむ……じゃあ、お前の考える『神』ってのはどういったやつだったりするんだ? 詩音(冬服): ……。神様ってのは、いつか幸せにしてやると多くの連中にニンジンをぶら下げ、期待させるだけさせておいて……。 詩音(冬服): 実のところ、そいつらが苦しんでもがいたりあがいたりする様を見て楽しむ、加虐趣味を持った傲慢な存在だと思っています。 詩音(冬服): だから……だからそれに気づいた私は、いつか言ってやるつもりでいるんです。誰かそんな余興に付き合ってやるものか、ってね。 千雨: ……それがお前の、『神』というやつに対する考え方か。 そこに含まれる彼女なりの反発、そして憤りを感じて……私は少しだけ、共感とともに違和感を抱く。 もちろん、私にだって神だの運命だのに対してぶつけてやりたい恨み節、反感はある。……言っても仕方がないから、黙っているだけだ。 その辺りが、詩音との違い……そして「似ている」と言われる要素なのかもしれなかった。 千雨: なぁ、詩音。お前って、本当は――。 葛西: ……ここにいましたか、詩音さん。 詩音(冬服): 葛西……?! と、そこへ私の言葉を遮るようにして少し息せき切った様子で現れたのは、夜でもサングラスをつけた黒服の葛西さんだった。 千雨: 葛西さん……どうしてここに? 詩音(冬服): ……気づいていませんでしたか?葛西にはずっと、万が一が起きた時のために私の身辺を警戒してもらっていたんですよ。 千雨: いや……悪い、気づかなかった。 人の強い感情、特に殺意や敵意に対しては誰よりも敏感なつもりでいたのだが……。 それでも全く察知できないほど、葛西さんは殺気を消して潜んでいたということになる。……並大抵の技術じゃない。 千雨: 葛西さん……あなたは、いったい何者なんですか? 葛西: 詩音さんの運転手です。それ以上でもそれ以下でも、それ以外でもありません。 詩音(冬服): あとは、スイーツ好きのヒゲのおじさん、ですよね?くっくっくっ……。 ……そう言えば、あの喫茶店でパフェを完食していたな。この強面で甘党というのは、ある意味貴重かもしれない。 葛西: ……とはいえ、詩音さんの姿が一瞬消えた時は肝が冷えましたよ。あれは何だったんですか? 詩音(冬服): まぁまぁ、深く突っ込まない。みんな無事だったんですから、ね? 千雨: おい、それは私が言った台詞だ。 Part 03: 一穂(冬服): ……千雨ちゃん、詩音さん! 菜央(冬服): 交番のお巡りさんに、聞いてきたわ。どうやら美雪は、銀座の反対側の交番にいてこっちに向かってきてるそうよ。 千雨: なんだ、反対側に行っちまってたのか……。1/2の確率なのに、当てが外れたな。 詩音(冬服): 二者択一なんて、結果は大抵そういうものですよ。2つに1つだからなんとなく当たりやすいものだと思いがちですが……確率で言えば、50%。 詩音(冬服): 実際には外れる可能性も、結構あるわけです。 千雨: ……確かにな。それじゃ、この辺であいつを待つとしよう。 1丁目から4丁目の交差点なら、歩いて数分。人混みを抜ける速度を考えても、10分ほどだろう。そう思って私たちは、待ち構えていたのだが……。 …………。 詩音(冬服): えっと……今、どれくらい経ちましたか? 菜央(冬服): ……もうすぐ、30分ね。 千雨: おい……なんかあいつ、遅くないか? 一穂(冬服): ひょ、ひょっとして何か、あったんじゃ……? 思ったよりも待たされて少し苛立ち気味の私たちと、またしても悪い方向に想像の翼を羽ばたかせる一穂。 さすがに寒いし立ちっぱなしは疲れるのでどこかの喫茶店にでも入って待とうか、と提案しようと口を開きかけたその時――。 美雪(冬服): お待たせー、みんな!ごめんね、思ったよりも時間がかかっちゃってさー。 千雨: 遅いぞ、美雪。いったい何をやって……たのかはもうわかった。 不満交じりに疑問をぶつけようとしたが、その「答え」が美雪のすぐ横に立っていたので私は寸前で口をつぐむ。 それは……赤坂さん。警視庁の刑事で、いうまでもなく美雪の父親だった。 一穂(冬服): あ、赤坂さん……?どうしてあなたが、ここに? 赤坂: いや、ちょっとね。ちょっと立ち寄るところがあって、すぐに帰るつもりだったんだけど……。 美雪(冬服): 偶然そこでばったり会って、家族サービスに付き合ってあげてたんだよ。ですよね、赤坂さんっ♪ 菜央(冬服): ……なるほどね。 菜央ちゃんも事情をすぐに理解したのか、大きくため息をついて肩を落とす。 確かに、これは怒ってはいけない状況だ。特に彼女に至っては、美雪のことを詰ると思いっきりブーメランが戻ってくるだろう。 詩音(冬服): とりあえず、みんな合流できたことですし……本来の目的に戻りましょう。皆さん、覚悟はいいですかー? 一穂(冬服): お、おぉ……って、本来の目的……? 詩音(冬服): ほらほら、葛西っ!まだ買うものがたくさんあるんだから、しっかりついてきてー! 葛西: ……結構、たくさん買われたと思うんですが。クリスマスプレゼントでしたらもう人数分は揃っているのでは……? 詩音(冬服): せっかく来たんだから、この際自分の服とかも揃えておきたいの。さぁ、次はこのお店よ! 葛西: ……わかりました。 一穂(冬服): 葛西さんって……ちょっと近寄りがたい人だって思ってたけど、詩音さんに優しいんだね……。 菜央(冬服): 優しいって言うか……あれは、その……。 千雨: 召使いを通り越した、奴隷扱いだな。 菜央(冬服): ちょっ……千雨!あたしがあえて避けていた表現なんだから、そんなこと言っちゃダメでしょ?! 千雨: いや、思ってる時点で菜央ちゃんも同罪だと思うんだがな。……それより、あっちはどうする? 美雪(冬服): ……赤坂さーん!このバッグ、とっても可愛いですよね~?ほら、見てくださいよ~♪ 赤坂: うん……確かに、いい感じだね。若い女の子にも、よく似合いそうだ。 赤坂: 値段も手頃みたいだし……もしよかったら、クリスマスにはまだ早いけど付き合ってくれたお礼にプレゼントしようか? 美雪(冬服): えっ……いえいえ、そこまでじゃないです!ちょっとその、甘えてみたかっただけで……。 千雨: なんていうか、私には親子関係を通り越したヤバい絵面に見えるんだが……大丈夫か? 菜央(冬服): ……奇遇ね。あたしも同じ印象を持ったわ。 一穂(冬服): な、仲が良さそうに見えるけど……何か変? 千雨: いや……あれだと、飲み屋の若い子がおっさんにモノをたかってるみたいだ。 菜央(冬服): 赤坂さんって、現役の警察官……よね?だったらおかしな嫌疑をかけられる前に、美雪を引き剥がした方がいいかも……かも。 千雨: 確かにその通りなんだが、美雪の長年の夢を中断させるのはちょっとな……。 千雨: っていうか、あいつ親への甘え方を知らんのか?……知らないか、そうだったな。 一穂(冬服): あ、あははは……。