Part 01: 詩音(私服): えっと……葛西?悪いけど、もう一度最初から話してもらってもいい? 呆気にとられて口をぽかんと開けていた私は、なんとか我を取り戻して目の前に立つ葛西をまじまじと見つめ返す。 彼の表情はサングラスと固く引き結んだ口で隠されていたので、わかりづらくはあったが少なくとも嘘や冗談をいう人間ではない。 つまり、今聞いた事実はこの「世界」における真実として受け止めるべきなんだろう……けど……。 葛西: では、繰り返します。詩音さんはそもそも、聖ルチーア学園には通っておりません。確かに、以前にそんな話もあったようですが……。 葛西: あなたが中学に上がる前、その是非を巡って茜さんと頭首が刀を持ち出すほどの大騒動に発展して……結果として立ち消えになったのです。 詩音(私服): うわ……あの2人が本気でぶち切れてやり合ったとしたら、誰も口を挟めないよね……。 当時繰り広げられたであろう、修羅場の有様を頭に思い浮かべようとしたが……あまりにも恐ろしすぎて、途中で止める。 というより、2人ともよくぞ無事だったものだ。あの手練れ同士がやり合ったのであれば、腕どころか最悪どちらかの首が飛んでいてもおかしくないのに。 詩音(私服): (あるいは、演技……?皆の前で反対したという体裁を取り繕うために、わざと派手に激突を「演じて」みせた……とか?) その場にいなかった私には想像しかできないので、真相は闇の中だ。まぁ本人たちに尋ねたとしても納得できる答えは返ってこないだろう。 詩音(私服): ただ……それでも村のお堅い連中が、双子の禁忌について譲らないものと思っていたんだけどね。 葛西: 私も詳しく存じ上げないので、恐縮ですが……そもそも双子を憚る根拠を記した資料などは、現状だと残っていないそうです。 葛西: なにしろ双子が生まれるということそのものが、滅多に起こりえないレアケースですからね。 葛西: 口伝で継承されてきた習わしが、時代とともに内容が変化していった可能性も現時点では否定できないと思います。 詩音(私服): 確かに……多産系の動物と違って、人間は基本的に1人だけを産むメカニズムだからね。双子を不吉と捉えるのは、わからなくもないか……。 双生児やそれ以上の人数を妊娠した場合、出産の際における危険度は当然のことながら通常時よりも跳ね上がることになる。 そのリスクの結果として、死産はもちろん先天的な障害の発生……心身への著しい負担などで、母体の健康を害する可能性も考えられるだろう。 ゆえに現在ならまだしも、医療技術や知識の拙い過去において多産がいかに難しく、悲劇の温床となっていたのかは……深く考えるまでもなかった。 詩音(私服): まったく、迷惑千万な話だよね。本人にはどうしようもできないところで、忌み嫌われたりするんだから。 詩音(私服): 私だって、何も双子として産んでくれって頼んだわけじゃないんだよ? なのに……。 葛西: ……お気持ちは痛いほどわかります、詩音さん。ですがその台詞は、どうか胸の内にしまってください。 葛西: 特に茜さん、魅音さんの前では……お願いします。 詩音(私服): ……っ……。 深々と頭を下げる葛西の仕草と諫めの言葉に、私は軽口でも言ってはならないことを言った失態を悔やみ、……反省する。 母は当時、出産時の負担に加え村のしきたりのことを思って……おそらく相当悩んでいたに違いない。 それでも私たちを産むと決心し、頑張ってくれたのだ。……その思いを否定するのは、最低の侮辱になる。 そして、魅音……あの子は頭首になってからずっと、扱いの違う私に対して負い目と申し訳なさを抱いていた。 そんな2人が今の言葉を聞けば、どう思うだろう。……きっと生涯忘れられない、深い心の傷として苛まれるのは確実だった。 詩音(私服): ……ごめん、葛西。今のは本当に失言だった。できれば聞かなかったことにしてもらえる? 葛西: ご安心ください、詩音さん。私は元々記憶力のない男なので、帰る頃には忘れています。 詩音(私服): ありがとう、葛西。それと……。 失言の直後でばつの悪い思いを抱きながらも、私はさらに言葉を重ねる。言いふらすとも思えないが念のため、彼に釘を刺しておく必要があったからだ。 詩音(私服): さっき話した、私の現状のこと……これもしばらくの間、誰にも話さないで。特にお姉には、絶対に。 葛西: わかりました。……その上で、確認です。詩音さんは、こことは違う別の「世界」の記憶を持っている……それは事実なんですね? 詩音(私服): えぇ。信じられないと思うけど……その通りだよ。だからこそ今の状況について、あんたとの会話で答え合わせをお願いしたってわけ。 詩音(私服): 私の事情を把握して、かつ他への影響を最小限に抑えられる相手と言えばまぁ……あんただけだからね。 葛西: ……私を信用してくれて、ありがとうございます。ではまた、何がご不明なことがありましたら何なりとお声がけください。 詩音(私服): うん、よろしくね。 ひらひらと手を振ると、葛西は一礼して踵を返す。そして出ていく時に再度頭を下げてから、玄関の扉を静かに閉めた……。 Part 02: 詩音(私服): さて……と。 退出した葛西の気配が完全になくなるのを確認してから、私はノートを広げる。 詩音(私服): (以前にも、こうして思いつくままに何かを書き綴っていたことがあったっけ……) もはや遠い思い出になったあの「世界」でのことを振り返って……つい、苦笑が口元からこぼれ出る。 あの時の私は、いなくなった悟史くんのために必ずや謎を解き明かせてみせる、という感情に突き動かされて、暴走して……。 とにかく頭に浮かんだことを吐き出すように、整理のつかない情報……いや、愚かな妄想をとりとめなく書き殴っていた。 詩音(私服): ……今になって思うと、あれはもう駄文としか言いようのない落書きだよね。 詩音(私服): もしかして、私が死んだ後でお母さんか警察の誰かが読んだりしたのかな……?うぅ、恥ずかしいったらありゃしない。 せめてあのノートだけでも焼き捨ててから死んでおきたかったと、この場で身もだえしたくなる。……まぁ、それはさておくとして。 詩音(私服): 結局のところ……私は一応納得したようで、胸の内にくすぶっていた未練を捨てられなかった。それが私の、失敗だったんだ……。 そう呟きながら私は、ボールペンを手にしてノートに一文を書き込んでいく。それは……。 詩音(私服): 「どうやったら、悟史くんを救えるのか?」……か。 「世界」を移動できる力を行使するようになってから、ひとり部屋にこもって新しいノートと向き合った時に必ず書き込む一文が、それだった――。 詩音(私服): 監督……いえ、入江先生!お願いです、なんとか考え直してくれませんか?! もうこれが何度目かわからないほどの懇願、そして哀願を込めて……私は目の前に立つ白衣姿の入江先生に、勢いよく頭を下げる。 もし、それで聞き届けてもらえるのであれば私は恥も外聞も全てかなぐり捨て、その場で土下座を敢行していたと思う……が……。 入江: ……申し訳ありません、詩音さん。これはもう、上層部の決定なんです。 苦渋と怒り、そして悔しさを滲ませながら……入江先生は震える声でそう告げる。 ……わかっている。いや、わかっていたつもりだった。彼がこの冷酷な決断を下したのではないし、ましてや賛同など微塵もしていないことは。 それに、想像するまでもなく入江先生は自分の地位を引き換えにするほどの覚悟をもって、頑迷なお偉方たちと戦い続けてくれたと思う。 悔しさ、怒り、無力感……それこそ今の私が抱いているものの何十倍、いや何百倍もの負の感情に晒されてきたはずだ。 もはや子どもと呼べる年齢ではなくなったからこそ、大人の事情とやらを考慮しなければいけないことも重々承知の上だ。だけど……ッ!! 詩音(私服): あと1年……いえ、半年! 1ヶ月でも構いません!悟史くんはやっと、やっと私の呼びかけに対して応じてくれるようになったんです! 詩音(私服): あと少し……もう、本当にあと少しのところにまで来ているんです!だから……だからっ!! 入江: ……すみません、詩音さん。 詩音(私服): 謝らないでください!私は、あんたに謝ってもらいたいわけじゃない!! 詩音(私服): ただ、今回の決定をもう少しだけ待って……時間をくださいと言っているだけなんです! 入江: ……。全ては、私の力不足によるものです。こうお伝えするしかない私を、許してください……。 詩音(私服): 許すとか、許さないとかじゃない!謝ってくれなくてもいいから、もう一度……もう一度だけ、上に掛け合ってください! 入江: ……っ……。 詩音(私服): 入江先生ッ!! 入江: ……し、……って……! 詩音(私服): えっ? 入江: 私だって、こんな決定に納得したわけじゃないッ!生涯かけて、彼のことを救うと誓いを立てたのに!! 入江: なのに……なんでだ!! なんであいつらは偉そうにふんぞり返るだけで、私が必死にまとめた資料を読みもしないんだッッ?! 畜生おぉぉぉおおッッ!! 詩音(私服): っ……い、入江先生……?! #p咆哮#sほうこう#r、いや慟哭としか表現しようのないその叫びに……私は冷水を浴びせられたような衝撃を覚え、息をのむ。 ……昔から優しく、穏やかな人だった。こんなに激しく負の感情をあらわにした彼の姿は、おそらく初めて見たかもしれない。 だから……理解する。受け入れざるを得ない。この決定は覆すことがどうあっても叶わない、厳然で確固たる結末なのだと……。 入江: 彼の生命維持装置には、莫大な資金が必要です。病気のことを考慮してみても、医療保険制度が適用されるとは……とても思えない。 入江: そうなると、研究費……つまり、国の援助がどうしても必要なんです。 入江: そして、それを国の方針で打ち切られるという事実は考えたくなかったとはいえ、最初に覚悟しておくべき可能性の一つだったんです……っ……。 そう言って、入江先生は……泣いていた。 いい年をした大人が涙なんて、と誹りもあるだろう。だけど彼は……それほどに真摯で、必死だったのだ。 それを理解できないほど、私は薄情な女ではない。だけど……それでも、だけど……ッ!! 詩音(私服): ぅ、……ぅぅぅううぅあぁぁぁぁあぁっっ……!悟史くん、悟史くん、悟史くんッ……!! …………。 それから、どうやってここに辿り着いたのか……いや、それ以前にここがどこなのかもわからない。 気がつくと私は……草むらの中をかき分け、辺り一面が闇に包まれた中を力なく歩いていた。 いつ降り出したのか……雨が、冷たくて……痛い。髪がべったりと顔にはりついて視界を覆って、それが雨なのか涙なのかは……わからなかった。 詩音(私服): ……っ……。 私は……無力だ。大好きだった人が完全に命を落とそうというのに、何もできず……そばで見ていることも、できない……。 詩音(私服): (……。もう、楽になろうかな……) 悟史くんは、間もなく死ぬ。……現時点でも生きているのかと問われたら、肯定することが難しいのだが。 でも……だったらいっそのこと、先に彼の行く場所へ向かって到着を待つのはどうだろう……? 詩音(私服): (うん……そうしよう。どうせ私は、どこにも居場所がないんだし……) お姉や鬼婆たちは庇ってくれているが、村の連中が私のことをまるで腫れ物のように思っていることは……もう、知っている。 だったら……もう、消えよう。いなくなろう。そしてあの人が来るのを待って、そこで――。 綴: 『変えたいですか……あなたの、未来を』 詩音(私服): えっ……? …………。 そして……憔悴と絶望で、現実と妄想の区別もつかなくなっていた私は……。 そんな悪魔の囁きに、耳を貸してしまった――。 Part 03: 詩音(カーニバル): はーい皆さん、ここからがクライマックスです!どうかその目でしっかり、見ていてくださいね~♪ そう告げて私は、後ろに控える他のメンバーに合図を送り……今日まで練習を重ねてきたダンスを披露する。 陽気な楽曲が流れる中、沸き上がる歓声。あちこちで光るフラッシュが少しまぶしかったが、それすらもなんだか、心地いい感じだ。 詩音(カーニバル): ――はいっ、午前の部はこれでおしまいです!休憩を挟んで午後からも頑張りますので、どうか楽しみに待っていてくださいね~! 観客: 「「うぉぉおおおおおおぉおぉぉっっ!!!」」 詩音(カーニバル): ふぅっ。あー、疲れたぁ……。 控え室に入ってタオルで汗を拭いながら、私は部屋の隅に置かれたサーバーから麦茶を紙コップになみなみと注いで、それをあおり飲む。 大きな氷を中にぶち込んでいるだけあって、軽い頭痛を覚えるほどの冷たさだ。……味がやや薄くなっているのはご愛敬だが。 詩音(カーニバル): 企画当初はどうなるかと思ったけど……大勢の観客が集まって、周りの飲食店の売れ行きも上々。まずは大成功ってところかな。 派手で露出の多い衣装に対する批判の声も多少は覚悟していたが、外国の催し物という言い訳が意外に機能したのか、思ったほどじゃなかった。 むしろ、物珍しさから周辺の観光客に加えてTV局の取材陣まで訪れたほどだ。……やはりこの国は、すけべぇ産業が強いということか。 詩音(カーニバル): さて、後半の部も頑張りますか。今回のイベントが無事に終われば、とりまとめたお姉の評判も上がるでしょうしね。 詩音(カーニバル): ……っと、そういえば衣装の肩口が外れそうになっていましたね。とりあえず、ヘアピンで応急措置を……ん? そう呟きながら自分の荷物が置かれてある部屋の隅に歩み寄ると、口の開いた鞄が無造作に手前に転がっていることに気づく。 見紛うはずもなく、私の鞄だ。ここに置いた時は当然閉めておいたはずだから、つまり……? 詩音(カーニバル): 物盗り……? 何か、盗まれたの?! 慌てて飛びつくように鞄を拾い上げ、がばっ、と口を広げると私は中身を確かめる。 財布、定期入れ……は、入っている。現金も正確な額は覚えていないが、おそらく大丈夫だろう。 詩音(カーニバル): 化粧ポーチに、タオル、ハンカチも無事。特に何も盗られていないのかな……えっ?! 金銭的な被害がなかったことに安堵しかけたその時、はっと息をのんで再度、いや3度4度と中をかき漁る。 詩音(カーニバル): ない……ないっ! 詩音(カーニバル): あのノートが、なくなっている……?! 血の気が引く、というほどでもないが困惑に顔をしかめながら……私は辺りを調べる。 そして、鞄の口を開けっぱなしにしたことでうっかり中からこぼれ出た可能性に賭けたが、やはり……どこにも見つからない。 ここに来る時には確実に入れてあったので、紛失したことは疑いようのない事実だった……。 詩音(カーニバル): でも、いったい誰があんなものを……? ノートを奪った盗人の意図をはかりかねて、私は不可思議な事態に首を傾げる。 あそこに書き込んだ内容は、言わば私の備忘録だ。ただ整理もなくつらつらと殴り書きしたもので、他人が見ても有益性を見いだすことは難しいだろう。 それなのに……あれを盗んだ?なんのために? 何が目的で? 詩音(カーニバル): ったく……仕方ない。帰りに文房具屋へ寄って、新しいやつを買うしかないかな。 そこまで惜しむものとも思えなかったので、私はため息とともにさっさと諦める。 そして何気なく、窓の外に目を向けてカーニバルの様子を窺ってみると……。 詩音(カーニバル): え……富竹、さん……?! 驚いたのは、富竹さんがいたことではない。彼の手に、明らかに私のものと思しきノートがあることに気づいたからだ。 詩音(カーニバル): (富竹さんが、私のノートを盗んだ……?!) わけがわからず、とにかく私は彼に問い質そうと踵を返して控え室を出ようとする。 ……だが、実にタイミングが悪いことに午後の部の開始準備を告げるアナウンスがちょうど建物の外から流れてきた。 詩音(カーニバル): (あのノートは大したものじゃないから、あとで聞けばなんとかなる……はず) …………。 詩音(カーニバル): (けど……やっぱり、気になる。それに、嫌な予感もする……!) と、そこへ「お疲れ様~」と言いながら女の子が控え室の中へと入ってくる。 最近仲良くなった、クラスメイトのひとりだ。うまい具合に私と体格も、身長も近い……。 詩音(カーニバル): すみません……江口さん。無理なお願いかもしれませんが、聞いてもらってもいいですか?