Part 01: 美雪(私服): さーて、それじゃ昼食の準備をっと……んー? 美雪(私服): ねー、菜央。アレってどこにあるのかなぁ? 菜央(私服): なによ、アレって。ものを尋ねるなら固有名詞か、せめてそれとわかりそうなたとえを出しなさい。 美雪(私服): いや……だからアレだよ、わっかんないかなぁ。料理をする時に使う、野菜の……なんて言ったっけ? 菜央(私服): あのねぇ……本人のあんたが名前を忘れてるのに、あたしがわかるわけがないでしょ。 千雨: ん……?2人とも、台所で何の話をしてるんだ? 美雪(私服): あ、千雨いいところに。ちょっとアレを探してるんだけど……わかる? 千雨: ……ふむ、ピーラーか。それなら流しの下の引き出しで見たぞ。右の方を開けてみろ。 美雪(私服): おぅ、確かに……こんなところにあったんだね。サンキュー、千雨。 千雨: まったく。料理当番を周期的にやってるんだから、いい加減器具の場所くらい覚えておけ。 美雪(私服): へいへい、すみませんねー。……ところでお昼の献立は、アレでもいい?別のアレでも私は構わないけどさ。 千雨: ふむ。素麺も悪くないが、中華麺は賞味期限がそろそろ近いはずだしな。私は冷やし中華の方がいいと思うが。 千雨: 一穂と菜央ちゃんは、どっちがいい? 一穂(私服): え、えっと……私は、千雨ちゃんと同じでいいよ。 菜央(私服): あたしもそれでOK。……それより千雨、さっきもそうだけど今の美雪の言い方で「アレ」が何なのか、よくわかったわね。 千雨: ん? あぁ、美雪がピーラーを探してるとその前段階で言ってたから、なんとなくな。 千雨: あと、2つ目の提案の時に麺つゆにつける仕草をしてるのを見て、そう思っただけだ。 菜央(私服): だったらざるそばとか、他の料理の可能性とかもあったじゃない。それでズバリ当てちゃうなんて、さすがは幼なじみってところね。 一穂(私服): うん……私だったらきっと、ちゃんと名前を聞くまでわからなかったと思う。 千雨: 腐れ縁のなんとかってやつだよ。物心ついた時から一緒にいるせいで、ある程度ならこいつの考えそうなことは想像がつく。 千雨: まぁ……だからといってアレだのソレだのですませるのが連続した時は、さすがに腹が立ってすっとぼけてやりたくなることもあるがな。 美雪(私服): あははは。それでもちゃんと対応してくれるのが千雨の良いところなんだよねー。 菜央(私服): 調子に乗るんじゃないの。あんたの説明不足を補ってくれてるんだから、千雨にはもっと感謝しなきゃダメでしょ? 千雨: もっと言ってやってくれ、菜央ちゃん。こいつときたら、どうも誰かに感謝という概念が頭から抜け落ちて生まれたらしくてな……。 美雪(私服): してるでしょ、感謝は!でなきゃキミみたいな仏頂面の戦闘マシーンと、かれこれ10年以上も付き合ってないっての! 千雨: ……私は未来からやってきたアンドロイドか。一緒に溶鉱炉の中に沈んで、親指立てながらアイルビーバックでもしてやろうか? 一穂(私服): あ、あははは……。 菜央(私服): ふふっ……でも美雪と千雨を見てると、幼なじみっていいなーって思うわ。あたしには、そんな子が周りにいなかったし。 美雪(私服): そうなんだ。菜央のマンションの近くだと、年の近い子が住んでたりしなかったの? 菜央(私服): いないこともなかったけど、あたしのお母さんは仕事が忙しいせいもあってご近所付き合いをあまりしない人だったのよ。 菜央(私服): それに、あたしだけ少し離れた私立の小学校に通ってたから、その子たちとの接点もなかったしね。 千雨: 確かに。親同士の交流があってこそ、その子どもの接点が生まれるものだしな。 美雪(私服): 一穂はどう?#p雛見沢#sひなみざわ#rに住んでた頃に仲が良かった子とか、誰かいたりした? 一穂(私服): わ、私……? え、えっと……。 一穂(私服): いた……かもしれないけど、よく覚えてないの。それに、いたとしても10年前にみんな、その……。 菜央(私服): あっ……? 千雨: …………。 美雪(私服): ……ごめん、一穂。私、うっかり嫌なことを思い出させちゃったね……。 一穂(私服): っ……う、ううん……!私こそ、空気を悪くするようなことを言っちゃってその……ごめんなさい……。 美雪(私服): ……っ……。 千雨: ……あー、一穂。悪いがちょっと、調味料の買い忘れがあったみたいなんだ。 千雨: 村の商店街なら売ってると思うから、ひとっ走りして買ってきてくれるか?……菜央ちゃんと一緒に。 一穂(私服): えっ? う、うん……別にいいけど……。 菜央(私服): 行きましょう、一穂。自転車で行けば、あっという間よ。 千雨: 悪いな。すぐに昼食ができるよう、こっちは準備を進めておく。……美雪も、それでいいか? 美雪(私服): ……うん、わかった。それじゃ一穂、菜央。面倒をかけて申し訳ないけどよろしくねー。 Part 02: 菜央(私服): よかったわね、一穂。お目当ての品がすぐに見つかって。 一穂(私服): ……うん。 菜央(私服): お昼前に身体を動かしたから、お腹ぺこぺこよ。冷やし中華は大盛りにしてもらおうかしらね。一穂はどうする? 一穂(私服): 私は……普通でいいかな。 菜央(私服): しっかり食べないと、夏バテになるわよ。まぁ、だからって無理にお腹につめ込んでもかえって体調が悪くなるだけどね。 一穂(私服): あははは……そうだね。 …………。 一穂(私服): ……ごめんなさい。 菜央(私服): もう、なんであんたが謝るのよ。一穂はなにひとつ、悪いことなんてしてないじゃない。 一穂(私服): でも……私が余計なことを言ったせいで、美雪ちゃんに嫌な思いをさせちゃって……。 菜央(私服): 余計なことを言ったのは、あんたじゃなくて美雪。それも別に、悪意があってのことじゃないわ。 菜央(私服): むしろ……発端になったのは、あたしね。あんたの事情はよくわかって覚えてたつもりだけど、うっかり忘れかけてたのかもしれない。 菜央(私服): 幼なじみの話題を、一穂の前で出すべきじゃなかった。……傷つけてしまって、本当にごめんなさい。 一穂(私服): ううん、そんなことない……。話題を出されたこと自体は、別に嫌な思いをしたわけじゃなかったから。 一穂(私服): でも、どう合わせていいかがわかんなくて……あんな言い方になっちゃったんだ。 菜央(私服): …………。 菜央(私服): ねぇ、一穂。前から機会があったらって思ってたことなんだけど、聞いてもいいかしら? 一穂(私服): ? いいけど……なに? 菜央(私服): 一穂の自宅は、#p興宮#sおきのみや#rにあったのよね。そっちの方でも被害に巻き込まれたっていう家族とかはいたりしたの? 一穂(私服): うん……後で聞いた話だと、#p綿流#sわたなが#rしのお祭りには興宮に住んでた人たちもたくさん参加してたみたい。 一穂(私服): あと、大災害の後は他の場所に家族ごと引っ越したり、縁者に引き取られたりした人が結構いたそうだから……私みたいに、ね。 菜央(私服): そっか。昔からの知り合いがいても覚えてないし、会う機会もない……。 菜央(私服): それなのに、よくひとりでこの#p雛見沢#sひなみざわ#rを訪れる気になったわね。何か確かめたいこととかがあったりしたの? 一穂(私服): えっ……どうして? 菜央(私服): 美雪と千雨は、お父さんたちが捜査してた事件の真相を解明するためにここに来た。あたしも、会いたい人がいたから……。 菜央(私服): でも、一穂って雛見沢からメッセージがポケベルに送られてきて、それが何なのかを確かめるためだって言ってたでしょ? 一穂(私服): あ、……うん。 菜央(私服): そんな怪しくて、不確定すぎる情報を頼りに誰もいなくなった廃村に来ようって決心したのは、他にも何かあったんじゃないかな……って。 一穂(私服): …………。 菜央(私服): あっ……ごめんなさい。別に責めたりだとか、疑ったりだとかで言ったわけじゃないわ。 菜央(私服): ただ……ね。もし一穂が、あたしたちにも言えない理由で悩んだり、我慢したりしてるんだったら……。 菜央(私服): いつでもいい。あたしや美雪、千雨に打ち明けてもいいって思ってくれた時は、いつでも遠慮なく話してほしいな……って。 一穂(私服): 菜央ちゃん……。 菜央(私服): とはいえ、一穂にだって事情があると思うから別に無理しなくてもいいのよ。 菜央(私服): あたしだって、みんなに話し切れてないことがまだあるんだし……信じる、信じないってだけの問題じゃないってことはよくわかってる。 菜央(私服): だから、少しずつ心に整理をつけていきましょう。そうすることで、明日はきっといい日になる……あたしは、そう思ってるわ。 一穂(私服): うん……ありがとう。そう言ってもらえると、すごく心強いよ。 菜央(私服): ……。なら、よかったわ。 菜央(私服): 何はともあれ、急ぎましょう。お昼を食べたらレナちゃんたちと遊びに行くことになってるんだから、早く片付けないとっ。 一穂(私服): あははは……そうだね。 …………。 一穂(私服): いつでも、話してくれていい……か。 一穂(私服): いつか、美雪ちゃんや菜央ちゃん……他のみんなに打ち明けられる日が来るのかな。打ち明けても、本当にいいのかな……? 一穂(私服): 今はまだ……その決心がつかない。……ごめんなさい。 Part 03: 一穂(私服): はぁっ、はぁっ、はぁっ……!! うっそうと生える茂みをかきわけて、私はひたすら走り続けていた。 一穂(私服): っ、……なんでっ、どうして……っ?! 息が苦しい。ぜいぜいと呼吸を繰り返しても楽になるどころか、吐きたくなるような気持ち悪さしか感じない。 今、自分が進んでいる先は村の出口なのか、それともさらに奥なのか……。 そんなことを確かめる余裕もないまま、ただ私は「それ」から逃げることだけを考えて、必死だった。 一穂(私服): ここ……#p雛見沢#sひなみざわ#rだよねっ?なのに……なんなの、あれはッッ?! バケモノ: が、がが、ひ、ぎががががあがががが!! 一穂(私服): なんで、あんなのが追っかけてくるのぉぉッッ?! 背後から迫ってくる、巨大な「それ」。気配は遠ざかるどころかどんどん近づいて……。 荒々しい足音や何かが砕ける音、何よりも人ではない叫び声が大きくなっていく。 ……ばったりと出くわした瞬間、反射的に逃げてしまった。 私が知る「生き物」のカテゴリから明らかにかけ離れて、金属同士を擦り上げるような音を発する――巨大なイノシシにも似た、まさに「バケモノ」。 それが、今もなお私を追いかけている「モノ」の正体だった。 バケモノ: ぎ、な、なな、なななななななななな!! 怖気を催す殺意をむきだしにして、「それ」は逃げる獲物を追い続けている。 獲物は……私だ。この場面で私は、逆らうこともできない哀れでみじめな獲物でしかなかった。 一穂(私服): (ここで……死ぬ? 私、死ぬの?) 何もできずに?どうして死ぬのか、何に殺されるのかもわからないままに……? 一穂(私服): やだ……いやだ……いやだぁああああああっ!! 鹿骨市内、雛見沢地区……通称、『雛見沢村』。 10年前に発生した『雛見沢大災害』で住民全員が死亡して、それ以来は立入禁止区画に指定された、廃墟の集落だ。 現在は、大災害のもととなった有毒性の火山性ガスの噴出も沈静化し、危険な状態ではない、と調査結果が出されている。 ただ、それでも噂を聞きつけた物好きが時々足を運んでは、トラブルになっているという。中には行方不明になったり、精神を病んでしまったりした人もいるらしい。 だから私も、途中で警備の人に見つかって追い返されることを覚悟して立入禁止のロープを越え、村の中にやってきたのだ。 だけど……だとしても、これはっ……?! 一穂(私服): 知らない……知らないよぉッ! 一穂(私服): こんなバケモノがいるなんて、全然聞いてないよぉッッ! 悲鳴とともに叫ぶ抗議は、誰にも届かず消えていく。そして――。 一穂(私服): っ、きゃぁぁぁっ?! アスファルトを割るように伸びた木の根に気づくのが遅れて、足を取られた私はバランスを崩してしまう。 そのまま肩から落下し、地面に激突。 痛いと叫ぶ間もなく、私の頭上をバケモノの影が覆っていった。 一穂(私服): ひいっ、ひぃいいいいいっ……! 地面に尻餅をついたまま後ずさる私を追い詰めるように、バケモノも一歩、また一歩と近づいてくる。 凶悪に、赤黒く光る目。生臭い息がぶわっ、と顔にかかるほど近い距離で、牙だらけの口が大きく開かれた。 一穂(私服): ……っ、……あ、あぁ……っ……。 ……もう、逃げられない。ここで終わりなのか。 殺される理由もわからないまま、私はここでバケモノのエサになる……? …………。 …………やだよ。 私はまだ、何も知らないのに。 何もわからないまま、終わりたくない。 一穂(私服): ……、た、助けて……。誰か、私を……助けてよぉっ……!! 一穂(私服): はっ……?! …………。 一穂(私服): ゆ、夢……?あの時のことが、頭の中に蘇って……? 一穂(私服): …………。 一穂(私服): あの時から……全てが始まったんだね。 一穂(私服): 嘘つきの私が、美雪ちゃんたちを巻き込むことになったのはあれが最初……そして……。 …………。 一穂(私服): ……ごめんなさい。