Part 01: 「秋武 灯」と名乗った女の人の耳元で、山の端からの夕日を反射した華奢なピアスがきらりと光の粒をこぼして……揺れている。 ただ、それを妖しい印象に見せていたのは彼女の質問の中にあった、「昭和58年」と「#p雛見沢#sひなみざわ#r」……2つのキーワードのせいだった。 千雨: ……っ……。 すぐ隣に立つ千雨が、軽く息をのんで地面を踏みしめる音が聞こえる。 敵かそうでないかが判別できない以上、当然の反応だ。事実私も、女の人を見据えながら少しの反応も見逃すまいと慎重にうかがっていた。 灯: あれ……違った? 灯: 昭和58年の雛見沢に行って、戻ってきた中学生くらいの子たち……って聞いていたんだけど、人違いだったかな? 美雪(私服): …………。 好奇心、そして無邪気と無遠慮をないまぜにしたようなその表情に……良く知る人の顔が、ダブって見える。 美雪(私服): (川田さんと……似てる?) 昭和58年のゴミ山で、初めて出会った時の川田さん……なんとなく、それと近いものを感じずにはいられない。 もちろん、服装や顔などの見てくれは全然違うので、雰囲気がよく似ている……とでも言うべきだろうか。 美雪(私服): (……川田さんには、何度となく助けられた。絶望したくなるくらいの閉塞感に陥った時は、アドバイスみたいなこともしてくれた……でも……) いまだにあの人が、私たちにとって味方だという確証を得ることができなかったので……不気味な印象だけがますます大きくなっている。 だから、全くの見ず知らずの相手とはいえ彼女と近いものを感じる、ということはそれだけで懐疑心を覚えてしまうもので……。 私は息の詰まる緊張とともに、高鳴る心臓からの鼓動がやかましいほど耳の奥で騒ぎ立ててくるのを感じていた。 美雪(私服): あなたは、いったい……? 灯: さっきも言ったけど、単なる旅人だよ。だから、そんなに警戒しなくても大丈夫だって。 灯: まぁ、好奇心とおしゃべりが過ぎる、とは家族からもよく注意されるんだけどねー。 千雨: ……そういう台詞をさらっと語る行為そのものが、怪しさと胡散臭さを振りまいてるんだってことを自覚したほうがいいですよ。 そう言って腰を落とす千雨は、私以上に警戒心を尖らせているのか……鋭い視線を相手から逸らそうとしない。 ……もし、わずかでも不穏な動きを見せたら彼女は一切の躊躇もなく飛び掛かって、無力化するための暴力でさえ辞さないと思う。 悔しいけど、そこが私との大きな違いだ。……もっとも彼女に言わせれば「自制心がある方が、人としては優秀だよ」ということらしいが。 千雨: どうする、美雪……?このかべちょろ女、捕まえるか? それとも……。 ――殺すか。 そんな無言の問いかけをこちらへの視線に載せながら、千雨の手はポケットの中へと静かに移動していく。 中に収められているのは、『ロールカード』。狂気化した人間、さらには怪物ですら倒す力がある「それ」を使えば、その選択もきっと可能だろう。 美雪(私服): (まぁ、それは論外だとして……強引にでも情報を引き出すのはありかもしれない。……敵だったら、だけど) もっとも、相手の手札が未知数である現状で千雨を下手に突っ込ませるわけにはいかない。 美雪(私服): (どうする……戦うか、それとも……?) 額に浮いた汗がこめかみを通り、頬を撫でてあごからつたい落ちる……その直前。 灯: ……ふふっ。 女の人が……笑う。 芝居めいたその表情と笑い方は一見わざとらしくも見えたけど、ごく自然で、余裕に満ちていて……。 怖気などではない何かで、敵意を削がれるような……不思議な感じがした。 そして、次の瞬間――。 灯: ごめんねっ! どうやら私は、また言葉選びを間違えてしまったようだ! 美雪(私服): ……はぃ……? 子どものようなストレートな謝罪の言葉に、つい毒気が抜かれて思考が止まってしまう。 すると彼女は、へらっと余裕を保ったまま無邪気すぎる笑みを浮かべ、言葉を繋いでいった。 灯: いやはや、さすがに不躾というか唐突すぎたね。ただ、一応言い訳をさせてもらえると今日は、現地の軽い下見目的で訪れただけだったんだ。 灯: 正直言って、まさか本当に君たちと出会えるとは全然思ってなかったんだよ。 灯: で、思わず浮かれて口が滑っちゃった上、試すような物言いをしてしまったってわけだ……。すまない、申し訳ない! ごめんなさい! 美雪(私服): は、はぁ……。 こちらが聞きもしていない釈明付きでひたすら謝罪の言葉を繰り返されて、私は何とも言えずに唖然とその場に立ち尽くす。 不遜な口調も態度も、さっきと同じだ。ただ……実に奇妙な話だけど、適当な言葉でごまかすようには感じられない。 まして、今の言葉が嘘というのも違う気がする。……不思議な人という印象は、さらに強くなっていたが。 千雨: おい……どうする、美雪? 千雨も敵意を削がれたのか、苦手な煮豆を無理やり口に詰め込んだ時のように困惑しきった表情で、こちらへ顔を向けてくる。 ……仕方ない。ここまで素っ裸な態度で懐へと飛び込んでこられてしまっては、警戒し続けている私たちがまるでバカみたいだ。 美雪(私服): わかりました……もういいです。とりあえず、謝ってもらうほどじゃないので顔を上げてください。 灯: 本当かい? ありがとう……ゆぷぃ。 名前の通り、明かりでもつけたかのように女の人……灯さんの顔が明るくなる。 美雪(私服): (まぁ……秋武さんと被るとややこしいし、内心でだけは「灯さん」呼びでもいいよね) ……とはいえ、油断だけはしない。秋武さんと違って素性がまだわかっていない以上、腹を割って話すのは危険すぎる相手でもあった。 美雪(私服): その代わり、と言ってはなんですが……未来から云々って話をどこで知ったのか、教えてもらえませんか? 灯: うん、もちろんだとも。それは、今から10年前のことになるんだけど……。 千雨: ……そんな昔からの話を聞かされても。そもそも、私たちは長々とあなたのために時間を費やすほどに気を許してはいません。 千雨: 話してくれるのなら、どうか端的にお願いします。 ……慇懃無礼という表現が的確だと思えるようなまさに傲岸な口ぶりで、千雨は挑発まがいに話を遮って釘を刺す。 彼女なりに、目の前の相手の反応から品定めをしてやろうという意図があったのかもしれない。 ……だけど灯さんは、気にしたふうもなく「ふむ」とうなずくと、再びにこやかな笑みをたたえながら続けていった。 灯: うん、その目つきのきつい君の言う通りだね……よし!要点だけをかい摘まんで、説明しよう! 美雪(私服): ……話が早いっていうか、あっさりですね。 灯: 許してもらう代わり、ってことなんだからさ。そちらの要望は、最大限に聞くのが礼儀だよ。 あっけらかんとした感じに、灯さんはそう答える。……意外に懐が深い人なのかもしれない。 そしてこほん、と少しわざとらしい咳払いをひとつしてから彼女は、ゆっくりと語り始めた。 灯: 10年前の……ちょうど今頃だったかな? 灯: 当時、山の中にあるとても息苦しい女学園の1年生だった私は、ある先輩がその学園から脱走するのを手伝ったんだよ。 千雨: 脱走の手伝いって……いったい何をしたんです? 灯: うーん、それを話すと脱線しそうになるからまたの機会にね。とにかく脱走を決行する直前、彼女は私にこう伝えていったんだ。 灯: 自分には未来の記憶があるんだけど、その記憶の中ではさらに未来……10年後からやってきた女の子たちがいた、とね。 美雪(私服): ……っ……? 灯: 10年前の10年後だから、つまり1993年6月……そう、ちょうど今年のこのくらいの時間からやってきたという話だった。 灯: で、未来からきたというその子たちは元の未来に戻ったけど……おそらくもう一度、自分たちのいる昭和58年にやってくるだろう。 灯: そうさせないためにも、自分は時間を超える「ゲート」を壊しておく――。 灯: そして……私がもし「未来」の世界において彼女たちと出会うことがあったら……。 灯: ――できることなら、殺してほしい……と。 美雪(私服): ……なっ……?! 一瞬緩んだ緊張の糸が再び引き絞られる感覚に、私は背筋を伸ばす。 千雨に至っては目を吊り上げて口を引き結び、今にも攻撃を仕掛けんばかりに色めき立っていた。 灯: ……そんなに怖い顔をしなくても大丈夫だよ。そもそもの前提として、私はそういった頼みを聞くつもりがなかったし……実際、断った。 灯: それに、力の差がありすぎる。君たちが私なんかよりはるかに強いことは、一目見ただけでわかるからね。 灯: おまけにこの通り、私は丸腰だ。一般人としての知識と腕っぷししかない私がどう企んだところで、とても敵うわけがない。 灯: 特に、そっちの髪の長い子が相手なら鎧袖一触だ。……そのくらいの見立ては、できているんだろう? 千雨: ……まぁ、簡単に殺せるなとは思いました。 美雪(私服): ちょっ、千雨……?! 灯: ははは、その通り!苦しむ間もなく、一撃で昇天だろうね! さすがに言いすぎだと千雨をたしなめかけたが、灯さんは構わず笑いながら断言してみせる。 美雪(私服): (なんでこの人、物騒なことを言われたはずなのにおかしそうに笑っているんだろう……?) 懐が深いとさっき言ったけど、ひょっとしたら底抜けのバk……変わった人なのかもしれない。 美雪(私服): いくらなんでもあっさりと、認めすぎじゃないですか……? 灯: 基本的に運動は苦手なんだよ。……あっ、木登りとお手玉とビリヤードは多少自信があるよ! 今度勝負してみるかい? 美雪(私服): (……木登りとビリヤードとお手玉って、運動だっけ?一応身体は動いてるけど……うん、うん……ううぅん?) 共通点がありそうでなさそうな3つの単語は、まるで仲間はずれクイズのようだ。 ひとまず言えるのは、今の私にはその答えがさっぱりわからないということくらいだった……。 千雨: ……その、先輩とやらが。 再び気が緩みそうになった私とは逆に、千雨は注意深く神経をとがらせながら口を開く。 そして、先程の会話内容に含まれていた「疑問」を投げかけていった。 千雨: 「過去」に行ったことがあるという人間を、見つけるなり即座に殺せ……と言った理由は何なのか、その人から聞いてましたか? 灯: 確か、邪魔されたくないとか、なんとか……そんなことを言っていた気がする。 灯: おそらくだけど、未来からの来訪者というイレギュラーが自分の想定外に動いたりすることで、本来の目的を果たせなくなるのを恐れた……というところだろうね。 美雪(私服): …………。 灯: ん、なに?……もしかして殺してほしい、と先輩が言ったことをそのまま伝えてしまったから、気を悪くしたかい? 灯: でも、これは彼女の狂気性を知る上ですごく重要な台詞だと思ったんだ。だから正直に、言わせてもらった。 灯: 実際、先輩は相当追い詰められていたようだからね。そこまでしなければ目的を果たせない、という決意や覚悟の表れだったのかもしれないけど……。 千雨: ……。その先輩って、いったい誰ですか? 灯: 名前を言ったら、信用してもらえるかな?よし、じゃあ教えよう! 灯: ――園崎詩音。 美雪(私服): なっ……?! その名前から受けた衝撃はここまでの一連の流れでもっとも印象に残り、強い意味を持つ言葉だった……! 灯: 双子の妹に生まれたというだけで、全寮制の学園に放り込まれた……学園内では珍しくもない、可哀想な人だよ。 灯: そして、短い期間だけど……私の先輩だったんだ。 美雪(私服): 詩音……って、あの詩音のことですかっ?じゃあ、あなたが通ってた学園は聖ルチーア……?! 美雪(私服): (っ……しまった!) 口にした後、瞬間的に後悔した。……でも、もう遅い。 それまで2人へ交互に向けられていた灯さんの瞳は、確信を得たとばかりに私へと固定される。そして――。 灯: ……これで、答え合わせができたよ。つまり、君が詩音先輩の言っていたタイムトラベラーさんというわけか。 灯: しかも、即座にルチーアの名前が出てきた……なるほど、なるほど。 美雪(私服): ……っ……。 灯: で、反応がなかった長髪のお嬢さんの方は過去に行ってない。……それで合っているね? 千雨: ……だったら、どうだって言うんです? 灯: 大きな意味はない、単なる確認がしたかっただけさ。この後の説明の仕方が少し変わるからね。 美雪(私服): …………。 本当に、ただ確認したかっただけなのか。その疑惑は残るけど……こうなってしまっては開き直って、問いかけを重ねるしかなかった。 美雪(私服): ……どうして詩音は、学園を脱走したんですか? 灯: ……これも、10年前の話だ。詩音先輩は言っていた。 灯: かつて自分は、雛見沢で……取り返しのつかない失敗をしてしまった。 灯: その罪を償うためにも、絶対にあの村へ戻らなきゃいけない――ってね。 美雪(私服): 失敗……罪を、償う……? 灯: うん。その罪が何なのかは、何度聞いても詳しく教えてもらえなかったけど……あの時の彼女は死さえも覚悟している様子だった。 灯: だから私は、脱走に手を貸したんだよ。うまくいくかどうかの粗の多い計画だったから……成功したのは、彼女の執念だったんだろうね。 美雪(私服): 死も覚悟した……執念……? 千雨: 美雪……それに何か、心当たりがあるか? 美雪(私服): いや、わからない……。 未来から私たちが来ることを、知っていたのなら……それは前原くんと手を結んで私たちを助けてくれた、「あの」詩音ということになる。 私と一穂、菜央を『昭和A』から脱出させるために命を投げ出して戦ってくれて……そして……。 美雪(私服): (そんな詩音が、失敗した……?一時乗っ取られていた魅音がそう言うなら、まだわからなくもないんだけど……) 『昭和A』だと魅音は、何者かに操られて……私たちを全員、診療所で焼き殺そうとした。 その後、無事に窮地を切り抜けて皆に許された後も……彼女自身はその事実を引きずっていたように見えた。 だから、その失敗の償いだと言われれば「取り返しがつかない」という点に対してだけ多少の疑念は残るものの……まだ納得はできる。 ……でも、詩音の方は? 美雪(私服): (もしかして、梨花ちゃんを助けられなかったことを指してるのか……?) 私たち全員で助けようとして……でも、助けられなかった梨花ちゃん。 だけど、彼女を助けられなかった原因が詩音にあるかと言われれば……どうだろう? 致命的な失敗の詳細がわからないことには断言できないけど……違うような気がする。 美雪(私服): (それに詩音は、梨花ちゃんよりも沙都子の方を気にしていたような……) 千雨: ……。とりあえず。 と、思考の沼に沈み込みかけた意識が、千雨の冷静な声によって引き戻された。 千雨: なんにせよ、過去へ行く「ゲート」が潰されたのは確定みたいだな……どうする、美雪? 美雪(私服): ここにいても仕方ないし、いったん#p興宮#sおきのみや#rに戻ろう。例のおじさんと、連絡がつけられたらいいんだけど……。 灯: ……おじさん? 美雪(私服): あ、はい。たまたま興宮で工事現場に向かうおじさんに会って、ここまで送ってきてもらったんです。 そこまで言って、自分たちがあのおじさんに声をかけられた理由を思い出す。 彼は……確かに言っていた。私たちのことを、雛見沢に送った「2回目」だと。 だからてっきり、私は最初に送ったという女性を川田さんだと勝手に勘違いしていたわけなんだけど……。 美雪(私服): あの……秋武さん。もしかしてあなたも、彼に送ってもらったんじゃないですか? 灯: もしかして……タオルを巻いたおじさん?うん、そうだよ! きっと同じ人だね! 美雪(私服): やっぱり。興宮に戻る時は、仲間に頼んで車で送ってやるから声をかけてくれ……と、言ってましたよ。 灯: おや、私にはそんなことを言ってくれなかったな……。やはりキュートな少女たちには、ついおまけをしたくなってしまうのが人間のサガということか。 灯: なんと、ずるい! 灯: ……と言いたいところだけど、君たちはずるいことなんて全く、何ひとつとしてしていないんだなこれが。 灯: そして私も、自分と君たちを天秤にかけたら君たちの方におまけしてあげたくなることに気づいたよ。どうしよう、これ以上無いほどに納得できてしまった! 千雨: ……バカな思考遊びをしないでください。あんたに帰る方法があるのか確認するのを忘れてたって、おじさんは言ってました。……それだけのことでしょう? 灯: まさかの、フツーにうっかり?! 美雪(私服): …………。 なんだろう、この人。振る舞いが妙に芝居がかっていて……何を考えているのか、よくわからない。 美雪(私服): (信用していいかも、まだわからない……けど) 過去へ向かうルートが潰された以上、残された手がかりは過去に園崎詩音と出会ったと主張する彼女しかいないのも……確かだった。 美雪(私服): あなたには、聞きたい話がたくさんあります。……一緒に来てくれますか? 灯: もちろんだよ! ……ところで。そろそろ名前を教えてもらえないかな? 美雪(私服): ……名前、ですか。 一瞬息を詰め……ちらっと隣の千雨を見てから、私は少し考えた後に答えていった。 美雪(私服): ……赤坂、美雪です。 千雨: 黒沢千雨……。 私に続いて、千雨も渋々といった感じに名前を告げる。それを聞いて灯さんは、満足げに頷いて笑顔を見せた。 灯: 赤坂くんと、黒沢くんか。よろしくね! 「くん」づけか。……ますます芝居っぽい。 灯: で、私のことは下の名前で呼んでくれるとすごく嬉しいな! 灯: うーん、具体的にはどうしよう?仲のいい子たちからはあーちゃんとか、あー坊とか呼ばれているが。 美雪(私服): ……普通に灯さん、で。 灯: そっかー、うんうん。じゃあ、その呼び方でよろしく! にっこりと笑う彼女を前に、心が少しずつ……でも、確実に疑惑によって黒く塗りつぶされていく。 美雪(私服): (やっぱり……秋武さんから私たちの話を聞いてない……?) 自ら「秋武」付きで名乗った彼女は、背はお姉さんほどではないけど170はありそうだし、顔もお姉さんと似た風貌をしている……が。 本当に秋武さんの妹かどうか、まだ確証がない。 美雪(私服): (この人が嘘をついてる可能性も……ある?) 秋武さんの妹を騙る、全くの別人。その可能性は……全くのゼロじゃ、ない。 そもそも、本物の妹だとしても信用できるかは別の話だが……他人の名前を騙っていたとしたら、それどころの話じゃないだろう。 美雪(私服): (敵か味方か……慎重に、見極めないとね) 私はそう、自分自身に言い聞かせる。それまでは相手に気取られないよう、仲良しを装っていくことを心に決めていた。 千雨: ……もうすぐ日が落ちるな。とっとと興宮に戻るぞ。 美雪(私服): う、うん。 灯: よし、ではさっそく工事現場に行こうじゃないか! そう言って、くるんと踵で回転した自称「秋武灯」は笑顔を浮かべると……。 灯: 工事現場……どっちにあるか、わかる? 千雨: ……あっちだって言ってましたけど。 灯: よかった! 君たちがしっかりした子で! わざとなのか天然なのか、脱力する台詞で私たちをけむに巻いてから再び歩き出した。 美雪(私服): (……やっぱり、ただ抜けた人なんだろうか) まぁ、そうだと確定してくれたほうが安心できそうだけど……。 それから、祭具殿があった場所を離れ……工事現場へ向けて石階段へと向かう最中。 灯: ……ところでさ、君たち。 陽が落ちきった境内の静けさを破ったのは、やはり灯さんからだった。 灯: 黒沢くんはさっき、私を「かべちょろ女」と呼んだけど……かべちょろは南の方でヤモリを指す方語だろう? 灯: もしかして君、出身はそちらなのかい? 千雨: あぁ……私じゃなくて、父親が。よく口癖のように言ってたので、……つい。 千雨はつまらなさそうに、そう答える。そしてゆっくりだけど着実な歩みを止めないまま、前を歩く灯さんに顔を向けていった。 千雨: ……それより、あんたに確認したいんですが。 灯: ん、なにかな? 千雨: 未来からきたってやつの名前……園崎詩音から聞いてなかったんですか? 灯: 教えてもらえなかったんだ。どうやら詩音先輩は私を信用しきれなかったみたいでね。複数人いたということは聞いていたんだが、そこまでだ。 美雪(私服): 秋武さ……お姉さんからは?私たちのこと、聞いてないんですか? 灯: 『高野製薬』の崩落事故に、南井さんが連れて行った中学生の女の子2人が居合わせていた……って話かい? 灯: 詳しいことはもちろん、名前も聞いてないよ。もちろん、一緒に行動していた理由もね。 灯: でも、姉さんのことを知っている上でここに現れたということは、君たちが当事者……ということでいいのかな? 美雪(私服): ……そうです。お姉さんから教えてもらえなかったんですか? 灯: 聞かなかったんだよ。姉さんは職務に忠実な人だからさ。 灯: よくマスコミの情報源として、警察関係者云々とか名前があがるけど……あれはよくないね。うん、とてもよくない。 灯: 本来、職務上知り得た秘密はもっと厳重に取り扱わなくてはいけないんだよ。特に個人情報を入手できる官公庁関係者はね。 灯: まぁ、たいていの場合は自称・関係者だから本当の関係者かどうかは定かではないけれど、もし本当だったら大問題だとは思わないかい? 美雪(私服): ……。そうですね。 千雨: 秘密を守るって、大事ですよね……。 千雨のお父さんに麻雀の人数会わせで呼ばれた席で、捜査中の事件についての重要情報が飛び交っていたことを思い出し……私と千雨は、ともに気まずくなる。 私たちが捜査情報を外に言いふらさないと信頼されていたから、あの場にいることを許されたのだ……と思うことにしよう。 灯: だから姉さんは、可愛い妹相手だからという理由で仕事関係のことをむやみやたらに話したりしないんだ。 千雨: ……おい、美雪。この人、自分で自分のことを「可愛い妹」って言ったぞ。大丈夫か、頭? 美雪(私服): う、うーん……でも、秋武さんも妹さんは可愛いって言ってたし……。 美雪(私服): ……えっ……? そんなことを話して歩きながら、3人の先頭を行く私の足が鳥居にさしかかったところで……止まる。 そこには、なぜか……ここにいるはずのない人の姿が――あった。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……こんにちは、美雪さん。千雨さん。 美雪(私服): な、夏美さん……? Part 02: きっと、ここに一穂が現れたなら。私はきっと、喜びに我を忘れて駆け寄るだろう。 でも、夏美さんの姿を認めた瞬間に沸き上がった感情は……純然とした、困惑だった。 美雪(私服): 夏美さん……どうして、ここに? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: どうして……って、2人を迎えに来たんですよ。 千雨: 私たちを……? 背後の千雨が、訝しげに呟く。……すると、その隣に立った灯さんがあっ、と声をあげ手を大きく上げていった。 灯: あっ……やっぱり、藤堂さんだ!どうも、お久しぶりです! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……っ……? 美雪(私服): ……夏美さんのこと、ご存知なんですか? 灯: もちろん。南井さんの年の離れた友人だよね? そう答えてから灯さんは嬉しそうに千雨の前へと出ると、夏美さんと向き直る。そして親しげに、笑みを浮かべていった。 灯: 藤堂さん、私のことを覚えていますか?ほら、結構前ですけど私のバイト先に南井さんと一緒に来てくれたことがありましたよね~? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あ、えっと……。 灯さんに声をかけられ、夏美さんは戸惑った様子で小首をかしげる。 美雪(私服): (やっぱりこの人、秋武さんの妹じゃないんじゃ……?) 夏美さんの反応を見たことでそんな疑いが再び芽生えて、私たちは反射的に身構えかけた……が、 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 確か……秋武さんの、妹さんですよね? 灯: はい、灯です。覚えててもらえてなによりです……ゆぷぃ。 続けられた言葉に、軽く力が抜ける……どうやら、心配しすぎたらしい。 いや……だからってまだ、灯さんが信用できる存在だと断言できたわけじゃないのだけど。 美雪(私服): (にしても、「ゆぷぃ」ってなんだろう……?) 今聞くには小さい、でも小骨のようにつっかかる言葉に気を取られている場合じゃない。 灯さんの素性をより深く知るためだと思い、私は夏美さんに顔を向けると質問をぶつけていった。 美雪(私服): あの……お2人は、どうやって知り合ったんですか? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: うーん……南井さんに会いに広報センターに行ったらこの人がいて、そこで知り合った感じでしょうか……? 美雪(私服): ……灯さんが? 灯: そうそう。実は大学時代、私は職員の妹特権で広報センターのバックヤードに入り浸ってたんだよ。バイト先も近かったからね。 灯: 広報センターはいいよ! 無限にお茶が出てくる!まぁお茶代分の労働も出てくるけどね! 千雨: 妹特権って……あんた、広報センターで何をしてたんだ? 灯: 何をしていたと問われれば、そうだね……パピポーくんとラッシュウくんは知ってるかい? 千雨: パピ……? 美雪(私服): えっと……広報センターのマスコット……ですよね? 美雪(私服): (確か南井さんに最初に会いに行った時、彼女が入ってた着ぐるみが……えっと……パピポーくんとラッシュウくん、どっちだっけ?) 菜央が妙に気に入っていたから覚えている。どっちがどっちかは思い出せないが、確かシールをもらっていたはずだ。 灯: そう、パピポーくんとラッシュウくん……彼らは広報センターにおける表のマスコットを担っている。 灯: そして私は、広報センターにおける裏マスコットを担っていたんだ! 美雪&千雨: …………。 言っている意味がわからないというより、理解したくないという思いが頭をもたげて……私と千雨は、うろんな目を灯さんに向ける。 すると、さっきまでとは異なる「疑い」に満ちたその冷たい目に気づいたのか、夏美さんが困ったように付け加えていった。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あの……彼女が言っていることは本当ですよ。南井さん、親戚の子みたいに可愛がっていました。 灯: ほらごらん、そうだろうそうでしょう? 美雪(私服): そ、そうですか……。 ……まぁ、その話はまた次の機会だ。それよりも解消しておきたい疑問をぶつけるべく、私は夏美さんに向き直っていった。 美雪(私服): ところで、夏美さん……本当にどうしてここに? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……秋武さんに頼まれたんです。女の子2人だけで#p雛見沢#sひなみざわ#rに行ったらしいのだけど、やっぱり物騒だから迎えに行ってほしい……って。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 石段の下に、私の車を停めてあります。よかったら乗っていきませんか? 美雪(私服): あっ……助かります!ここまで送ってくれた人がいたんですけど、ちゃんと会えるかわからなかったから……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: そうなんですか。優しい人に会えてよかったですね。……さぁ、行きましょう。 歩み寄ってきた夏美さんに軽く背を押されながら、私は石段の方向へと進みかけて……。 灯: ――赤坂くん、待つんだ。 美雪(私服): えっ……? 初めて耳にした固い声に、とっさに振り返る。 灯: …………。 振り向いたそこに……さっきまでの浮わついたように喋り倒す灯さんはいなかった。 でもそれ以上に……灯さんの隣に立つ千雨が、彼女以上に鋭利な刃物のごとく研ぎ澄ませた視線を向けていた。 私ではなく、……隣の夏美さんへ向けて。 千雨: 美雪……こっちに来い。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……どうしたんですか?2人とも、そんな怖い顔をして。 千雨: …………。 千雨は小さく舌を打ってから、改めて夏美さんを冷淡な視線で見据える。 そして軽く息をついてから、固い口調を保ったまま言葉を繋いでいった。 千雨: ……藤堂さん、ひとつ教えてください。 千雨: 以前、美雪にお父さんが殉職した一件を話した時……あなた、言ってませんでしたか? 千雨: 雛見沢はダムの底に沈んだ、と。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: それが……どうかしましたか? 千雨: ……おかしいじゃないですか。実際雛見沢ダムの建設は、今年始まったばかりです。 千雨: 少なくとも、私の今の記憶……そして付け加えると、あの時に記憶してた内容だとダムはまだ……できてなかったはずなんです。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: …………。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……前に、お話ししましたよね。雛見沢がダムに沈んだ後で、何が起きたか……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 根も葉もない噂で差別されたり、精神的に不安定になったりする人がいたことは……事実なんです。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 学校でイジメを受けたり、会社を辞めさせられたり、結婚を反対されたり……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……私も、色々ありました。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: …………。 千雨: おかしなことを言ってるな、とは思いました。あの時、あなたは村がダムに沈んでから雛見沢出身者への差別が起きた……と言ってました。 千雨: ……ただ、あの場では黙ってたんです。単なる言い間違いの可能性もありましたからね。 千雨: でも……美雪と話をして、改めて思ったんです。 千雨: 藤堂さんの勘違いじゃなくて、雛見沢が既にダムの底に沈んだものと、本気で思ってる……いや。 千雨: あなたの「記憶」の中では、本当に水の底に沈んでたとしたら……? 千雨: 藤堂夏美さん……あなたは美雪と同じように、違う世界の記憶を持ってるんじゃないですか? 美雪(私服): ……っ……?! 切っ先を突きつけるような千雨の指摘を受け、私はとっさに夏美さんを見る。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: …………。 ……少し俯いて顔の見えない夏美さんは、否定も肯定もしない。 風が奏でる葉音を愛でるかのように……ただ、沈黙を守っていた。 灯: 藤堂夏美さん……反論があるなら、今、この場で言うことをお勧めするよ。 それから、灯さんの優しい口調に促されるようにして……ようやく夏美さんは、顔を上げる。 なぜか、とても優しい笑顔。……だけどその瞳には、以前にあった輝きがなんとなく曇っているようにも……見えた。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……。こんな話があります。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 過去に、不幸な事件があったAさんは……タイムトラベルでその事件が起きることを未然に防ぎ、元の世界に戻りました。 美雪(私服): ……ぇ……? 唐突に始まった語りに、私は唖然と目を見開く。だけど夏美さんは、そんな私を見つめながら……。 いや、私ではない「どこか」に目を向けたまま言葉を繋いでいった。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 元の世界では、事件で命を落としたはずのAさんの想い人……Bさんが生きていました。事件が起きなかったんだから、当然ですね。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: AさんはBさんと結婚し、幸せを掴みました。子どもも生まれ、幸せな家庭を築いて……。 美雪(私服): な、夏美さん……? 彼女が何を言っているのか……よくわからない。まるで昨日読んだ本のあらすじを諳んじるような気軽さで並べられたあらすじは、いったい……? 千雨: それは……何かの喩え話ですか? 引き絞られた弓のように片足を後ろへ引きながら、いつでも飛びかかれるように構える千雨の表情にも困惑が見える。 ただ、その隣の灯さんはなぜか表情を消し……その語りに黙って、耳を傾けていた。 千雨: ……よくある時間回帰もののあらすじですね。でも、それが何か?どうしてここで、そんな話をするんです? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 続きがあるからですよ。……問題は、過去を改変する前のこと。Aさんは元々、Cさんと結婚していたんです。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: CさんはAさんと一緒になったおかげで、変わる前の世界では幸せに暮らしていました。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: でも、過去が変わったことでCさんは別の人と結婚することになり……不幸な生活を強いられることになった。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: では、この身勝手な事実を知った時……Cさんはどう考えると思います? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……それが、私の答えです。 そう告げて、夏美さんは微笑みを絶やさないまま……。 美雪(私服): ……へっ……? 自分の意図とは関係がなく、声が出た。 急に身体が引っ張られて、視界のブレが収まった……と思ったら。 前からちょっと格好いいなと思っていた千雨の切れ長の瞳が、こぼれ落ちそうなくらい大きく見開かれて……いて? 美雪(私服): (……なんで千雨は、あんな顔をしてるの?) あぁ、確か……夏美さんが私の腕を掴んで、自分の方に軽く引き寄せて……。 何かを、押し当てて……る? 美雪(私服): ……ぇ……? 眼球だけを、僅かに動かして……こめかみに突きつけられた、夏美さんの手中に収まった鉄の塊を……見て。 美雪(私服): ――っ……?! 喉の奥で、声にならない悲鳴があがった。 近すぎて像がうまく結ばないけれど、これは、この冷たく黒い鉄の塊は……!! 美雪(私服): 銃……ッ?! 正解、と言葉の代わりにごりっ……と。こめかみに銃口が押しつけられた。 千雨: 美雪っ……?! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……動かないで。あなたが私を倒すより、引き金を引く方が早いです。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 大きさも威力も控えめですけど、美雪さんの命くらい……簡単に奪えますよ。 美雪(私服): ぐっ……?! その言葉を裏付けるように、夏美さんは素早く私の首に腕を巻き付けて……乱暴なくらいに強引に、押さえ込む。 細身のその身体のどこに、ここまでの力を秘めていたのか……首が閉まった瞬間、私の足がわずかに浮き上がった。 そのまま夏美さんは私を引きずるように石段へ向けて数歩後ずさり、千雨と灯さんから距離を取る。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 美雪さん、暴れないでくださいね。私も暴発は怖いので。 美雪(私服): なら、銃なんて下ろしてくださ……ぅっ! ごり、と銃口がこめかみへと突きつけられる圧迫感が、心臓が握りつぶされるような錯覚を引き起こす。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あんまり喋ると、うっかり撃っちゃいますよ。 猫の子でもあやすように、引き金を撫でる夏美さんの白い指先が目に入り……怒りよりも恐怖を伴って言葉を飲み込んだ。 千雨: くっそ……! ギリギリと歯を見せながら震える千雨……と、その背後。 灯: 藤堂さん……あなた、何をしているんですか? どこか冷めたような瞳で、言葉を向けてくる灯さん。夏美さんはそんな彼女に対し、わずかに熱を帯びた瞳で見返しながらいった。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 私は……変えたこの未来を、守りたいんです。この子たちが手に入れたという、ある「本」をある人に渡してね……。 灯: ふむ、変えた未来を守る……つまりあなたは、その前の未来を知っているというわけですか。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……。えぇ、そうです。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 私は……ある人に、見せられたんです。天国と地獄、その両方をね……。 Part 03: 1993年――。 夏美(高校生): …………。 夏美(高校生): (夕方……か……) 鉄格子によって遮られた窓の外を、ベッドに座り込んで見つめながら……私は頭に浮かんだことをそっと呟く。 夕暮れの空なんて、別に珍しくもない。昼と夕方、そして夜……私に許された外界の光景は、その3つの種類に天候の変化が加わったくらいだ。 何度も何度も、繰り返して映し出される空模様。……鳥や虫さえも、高い階に位置するこの病室には訪れることが一度もなかった。 夏美(高校生): ……ぁ……。 ふと、立てた膝と組んだ両腕に目を向けて……私は袖の汚れと臭いに気づき、顔をしかめる。 安物をしつこく使い古しているせいか、施設から支給された入院着は……無地のはずなのに、とても白とは呼べない。 千紗登ちゃんたちが抗議してくれたおかげで、しばらくの間は少しきれいな服に変わったけど……最近になって、またもとに戻ったようだ。 夏美(高校生): (……仕方ないよね。他の人たちのお世話とかで、職員の人たちは疲れ切っているんだから……) 誰に言うでもなく、むしろ自分自身を納得させるような言い訳が……口をついて出る。 そういえば以前、まだ私が「人間」だった頃にバイトしていた先の老人ホームでも、職員の誰かからそんなことを言われた……と、思う。 あの時の私は、人の悪意など認めなかった。理解なんて、絶対できなかった。 困った時、仲良しの人たちは力を貸してくれる。そして善行を積めばその分、かならずどこかでその報いが返ってくる……。 それが真実だと……思っていた。 夏美(高校生): …………。 鉄格子の向こう側の空は、綺麗に澄み渡っていた。 夏美(高校生): (綺麗だ……とても、綺麗だよ……) でも……ううん、だからこそ、だろう。 自分が今「監禁」されているこの部屋との落差が……酷く胸に痛くて……。 夏美(高校生): (……。どうして私、まだ生きているんだろう……) もう、何千何万回と繰り返してきた言葉を……私は言葉を発せなくなった喉の奥で、そっと呟いた。 ……11年前。その年、高校生だった私は生まれ故郷の#p興宮#sおきのみや#rから、家族とともに憧れていた都会の垣内に引っ越した。 夏美(高校生): 『これが、都会……?』 最初のうちは、見るもの全てが新鮮で楽しかった。TV番組や雑誌の中でしか見られないファッション、お店、なにより満たされた雰囲気がそこにあった。 こんな素敵な場所で暮らしながら、私は毎日を楽しく過ごすことができる……そう考えるだけで、全てが輝いて見えた。幸せだった。 …………。 だけど……本当の都会は、興宮や#p雛見沢#sひなみざわ#rなどとは比べ物にならないほど早く、忙しかった。 何より違っていたのは、学校の勉強の速度だ。たとえわからない問題などがあっても、先生たちはこちらがわかるまで付き合ってはくれない。 とにかく、必死についていかなければいけなかった。今まで以上に速く、そして大量にいろんなことを学んで、身につけて……。 ただ、そんな無理を毎日のように続けていくうち……私は気がつくと全身がおし潰されそうなほどの重圧と疲労、さらにはストレスを抱えるようになっていた……。 夏美(高校生): 『やっぱり、私たち……興宮から出ないほうがよかったのかな……?』 そんな後悔が押し寄せて、いつの間にか輝いていたはずの場所がひどく冷たく、怖いものに見えてきて……。 私の心は、まさに折れる寸前にまで追い詰められていた……。 …………。 だけど、そんな私にも心優しい友だちができた。それが佐伯千紗登ちゃんと、牧村珠子ちゃんだ。 2人は、私が田舎出身だということを決して笑ったり、馬鹿にしたりしなかった。ううん、それどころか――。 千紗登: 『あんまり肩肘張りすぎないほうがいいよ~?人の魅力は、学業の成績なんかじゃ測れないんだから』 珠子: 『……と、人の魅力をどこかに捨ててきて後悔しまくっているこの子がそこまで言うんだから、夏美も大事なことを忘れず自分のペースで、ね』 千紗登: 『おいこらぁ、珠子!私は魅力を捨ててきたんじゃない、ただちょっとどこに置いたか忘れちゃっただけなんだぁぁ!!』 暁: 『……何が違うんだよ、何が』 賑やかに、楽しそうに騒いで盛り上がりながら……引っ込み思案な私のことを気遣って、引っ張ってくれようとしている……優しい友達。 その存在がどれだけ、私の心を癒やして励ましてくれたか……言葉ではとても説明できない。 そして、さらに――。 転校してきて1年が経った後、私のもとに片思いをしていた藤堂暁くんという同級生に告白されるという幸せが訪れた。 暁: 『……知りたいんだ、公由のこと。何が好きで、どんなものに興味があるのか……』 夏美(高校生): 藤堂……くん……。 ……あぁ、なんて幸せなんだろう。これが私が憧れて望んだ、素敵な世界……ッ! このまま過ごすことができれば、楽しい生活を送ることができるかもしれない……。 私はそう、思っていた。どんな困難があったとしても、せめて願うことくらいはできるものだと信じていた。 …………。 だけど、そんなささやかな願いを打ち砕いたのは、6月に起きた雛見沢大災害だった――。 たくさんの人が、命を落とした。私が顔を知っている、知らないの区別が一切なくたくさんの人が……容赦なく……。 さらに大災害が発生後、追い打ちをかけるように旧雛見沢の出身者が各地で起こす騒動や凶行が……。 それを恐れて、迫害する周辺住民たちの噂が私の学校内でもささやかれるようになって……。 出身が近隣の興宮だとばれないよう、私は必死にひた隠しにした。時には嘘も言って、逃げ続けた。 …………。 だけど、最悪のタイミングでその秘密は恋人の藤堂暁くんが知ることとなった。 絶望した私は騒ぎの原因を作り出した祖母、そして両親を……次々に……。 夏美の祖母: 『夏美ちゃん……?どうしたんだい、何を持って……ひっ、ひいいいぃぃぃぃいいぃぃっっ?!』 夏美の母: 『っ? や、やめなさい夏美ッ?!あなた、いったい……ぎゃああぁぁぁああっっ!!』 夏美の父: 『は、話を聞くんだ……な、夏っ……ぐはッッッ!!』 私の幸せを邪魔する、酷い奴ら……すべて殺して殺して殺し尽くして、そして――。 夏美(高校生): 『藤堂くん……暁くん……私と、一緒に……ッ!!』 完全に狂気に支配されてしまった私は、最後は暁くんをも手にかけようとしたけれど……なんとか寸前で思いとどまって、逮捕され……。 未成年ということで罪は減刑されたものの、精神病院へと強制的に入院させられたのだ……。 夏美(高校生): (暁くん……暁くん……うぅっ、うああぁぁぁあっっ……!!) 年に数度、暁くんが、千紗登ちゃんが、珠子ちゃんが……来てくれた。 時に3人で、2人で……1人で。……でも、誰とも会えなかった。 会いたくない?……そんなわけがない。本当は、叫びたいほど会いたかった。 でも……でも私には、もう……みんなと会う資格なんて……ッ! 夏美(高校生): (どんな顔をして……会えばいいの……?) 私は、おばーちゃんを殺した。おとーさんを殺した。おかーさんを殺した。 みんなみんな殺して……最後は、暁くんまで……ッ。 夏美(高校生): (だって、それしか方法がなかった……) そうしなければ、彼は遠くに行ってしまう。 学生時代の思い出に変えて、私を置き去りにして……彼はきっと優しくて、幸せになれる人と結ばれる。 それが、私には耐えられなかった……絶対に許せないし認められなかった!! ……反省と後悔ばかりを繰り返している、今だってそうだ。 もし、面会することになった彼がちょっと照れくさそうに口を開いて……。 『結婚することに、なった』……なんて、口にすることがあったら……私はもう、耐えられない。 好きになった人の……幸せ。そして、好きになった人の幸せを望めない自分の醜い心に対して……。 もう……耐えられそうになかった……。 そんな地獄にも等しい孤独の日々を送る私にとって、もはや唯一の希望は……。 夏美(高校生): ……死にたい。 死なせて……欲しい。死んで、終わりにしたい。 だって、死ぬことでしか……私の罪は、許されないのだから。 なのに……それなのに病院の人たちは、誰も死なせてくれない。 食事を拒む私をベッドに縛り付け、点滴を差し込み、無理矢理に栄養を体内に送り込んで私をもっと生かそうとしている……。 ……どうして? どうして私なんかを、生かそうとするの?! 生かしたって、その意味がないのに?!生きたって、その理由がないのに?! 生きたくないのに生かされる。死にたいのに、死なせてくれない……。             …………。       あぁ、そうか。これが……罰なんだ。              苦しい。              悲しい。 早く……終わって。お願いだから、終わらせてください。 そんな呟きばかりを繰り返して、いつ訪れるかわからない死神の来訪を待ち続けていたある日のこと……。 「彼女」は前触れもなく、私の前に姿を現した。 夏美(高校生): …………。 夏美(高校生): (この人……誰……?) 雅: 公由夏美。過去を、変えてみたくはない……? 夏美(高校生): ……っ……? 過去を、変える……?自分よりもはるかに若い容姿をした少女は、そんな提案をしてきたのだ。 そして、一般人の立ち入りが禁止されているこの部屋にどうやって入ったのか、と問いかけるよりも早く……。 「彼女」は私に、1枚の「カード」を差し出した。 雅: ……これに触って。それくらいは、できるでしょう? 夏美(高校生): …………。 愛想なく、遠慮も物怖じもしないその物言いに一瞬苛立ちを覚えたけれど……。 無視したところで疑問が解決しないと考えた私は、恐る恐る、その「カード」に触れた。 すると、次の瞬間――。 夏美(高校生): ……ぁ……。 視界に映っていた灰色の屋内の壁やベッドが、虹色に染まって……ゆっくりと何かの、輪郭を浮かび上がらせていく。 まず目に飛び込んできたのは、建物……尖った屋根が特徴的な、おそらくは教会か。 あと、季節は冬のようで……あたり一面には銀色の雪が降り積もっている。 ……もう二度と、見ることがないと諦めていた外の景色……いや、それだけじゃない。 そこには、想像もできないほどの幸せな光景……ずっと憧れた、夢の世界が広がっていた……。 千紗登: 『おめでとう夏美、暁ー!』 珠子: 『おめでとう……2人とも、幸せにね!』 夏美(高校生): ……。……ぁ……。 花嫁衣装に身を包んで暁くんに寄り添い、皆に祝福を受ける……「私」。 そして、世界的な画家として成功を収める彼に寄り添って……幸せそうに微笑む、「私」……。 夏美(高校生): ……れは、……な……に……っ……?! ……麻痺と激痛で固まった喉を震わせて、私は何年ぶりかの声を……発する。 すると、何故か横に立っている「彼女」は無表情のまま……淡々と事実だけを告げていった。 雅: ……公由夏美。あなたに訪れていたはずの、もうひとつの未来が……これよ。 雅: 想い人は才能に見合った評価と栄光を手に入れて、あなたは適正にあった職について順調にキャリアを身につける。 雅: やがて……友達の祝福を受け、その彼と結婚。数年後には子どもができて、幸せな家庭を築き上げていく……。 雅: 本来なら……その手に掴んでいたはずの、現実。だけど「世界」が変わったことで、あなたは今の惨めな境遇に追いやられることになった……。 夏美(高校生): ……っ……?! 暁: 『夏美……その、綺麗だよ……』 夏美2: 『ありがとう、暁くん……私、本当に……最高に、幸せだよ……っ』 夏美(高校生): …………。 夏美(高校生): ……して。 夏美(高校生): どうして……どうしてどうしてどうして、どうしてッ?どうして私は、あの未来を掴むことができなかったの?! 夏美(高校生): 私の努力が足りなかったからっ?みんなのことを信じようとしなかったから……嘘を言い続けたからッ?! 夏美(高校生): なんで……なんで……ッううっ……ううぅぅ……!! 夏美(高校生): うわあああぁぁぁぁぁああぁぁぁっっ……!! 私は……泣いた。もう、悲しみの感情なんてとうの昔に枯れ果てたと思っていたのに……目から涙がこぼれ落ちて、止まらない。 押し寄せてくる……後悔と、絶望。 もはや、どれだけ望んでも手に入れることなどかなわないもうひとつの未来を目にしたことで、私は……っ……。 雅: この未来……もう一度掴みたいと、思う? 夏美(高校生): えっ……?! 雅: あなたさえ、その気があるのなら……私が手助けしてあげても構わない。……どう? 夏美(高校生): 変えられる……変えられるの、今からでもっ?! ……今になって振り返ると、それは明らかに詐欺師や悪党のたぐい……まさに、悪魔の囁きそのものだったと思う。 ううん……それでもよかった。だから私は、必死に彼女にすがっていった。 夏美(高校生): 変えたい……この未来を、叶えたいッ!私は何をすればいいのっ? 夏美(高校生): 何でもするから、教えて……お願いッッ……!! 雅: ……簡単なこと。私と一緒に、「世界」を変えてもらいたい……。 夏美(高校生): 「世界」を変える……?それって、いったいどうやっ……て――。 …………。 そして、再び目が覚めた時……。 夏美(高校生): えっ……? 事件を起こす前の私……私はまだ「汚れて」いない公由夏美になって、学生時代の自分の姿に戻っていた――。 Part 04: 千雨: つまりあんたは、祖母と両親を殺した記憶を持っていながらこの10年をやり直してきた……そう言いたいのか? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: えぇ、そうです。そのために何度も潰されそうになっても、私は耐えきった……ここまで、来たんです。 じりじりと距離を詰めようとする、千雨。それを牽制するように引き金に指をかけながら、夏美さんは暗い笑みを浮かべていた。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……確かに私は全ての理に背いた上、人の道からも外れてしまったのかもしれない。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: これからやろうとすることも、きっと……でも、あなたたちだったらどう? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 何もかもを失った地獄の中で、天国へ行くことができる蜘蛛の糸を天井から垂らされて……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あまつさえ過去の罪を「な」かったことにできると、甘い言葉をささやかれたら……? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: その糸を掴みたいと思うのは、当然のことですよね……? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: みんなきっと、そう思いますよね?それが、普通ですよね? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: たとえあとから群がってくる、同じように苦しむ人を残酷に蹴り落としてでも……ッ!! 私の首にヘビのように絡みつく腕に力が込められ、さらに締め上げられる。 美雪(私服): ……ぐっ……! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: だから……美雪さん。あなたが過去の誰かから預かったという、「本」を渡してください。 美雪(私服): ほ、「本」っていったい何のこと……がっ?! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あなたが持っていることは、すでに調査済みです。あれは、あなたたちが持っていても役に立たない、ただの白紙の紙の集まり……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 大人しく渡してくれたら、命は取りません。……もっとも、この後に起きる神の裁きで世界ごとなくなってしまうかもしれませんが……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: でも……安心してください。消えるのはあなたひとりじゃないし、苦しんだり悲しんだりすることもない。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: もちろん、こんなことで罪が許されるなんて思っていませんが……せめてそれだけは、あなたたちにだけ特別に教えてあげますよ……ッ! 美雪(私服): う……ぐ、ぁ……っ!! 呼吸器を狭められて、息苦しさに顔が歪む。 でも、物理的に喉が締められた私より、密着した夏美さんから伝わる彼女の呼吸の方がなぜか私以上に、か細く……。 そしてとても、苦しげに感じられたのは私の気のせい……いや、余裕だろうか……? 美雪(私服): ……っ……。 助けを求めたいのは、私のはずなのに。私以上に、夏美さんが助けを求めているみたいで。 状況と感情の間に走る断絶の深さに、意識が奪われそうになって……。 千雨: あー……。 と、しばらく黙って夏美さんの話を聞いていた千雨が、そこではじめて吐息のような声を出した。 千雨: ま、世界が終わる云々は置いといて……その状況に置かれたら、私でもそうするかな。 美雪(私服): ち、千雨……っ……? 千雨: 自分の好きなモンに囲まれて、望み通りの環境で幸せになりたいなんて、よくある……誰にでもある願望だ。珍しいモンじゃない。 千雨: それが取り上げられるかもって話になったら、そりゃあ……全力で抵抗するよな? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: そう、ですよね……?みんな、そうしますよね……? 千雨: あぁ。 声色に僅かに喜色をにじませる夏美さんに、千雨は軽く頷いた。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: だったら……! 千雨: でもさ……夏美さん。あんた、自分の好きなものをまるごと否定されたことって……あります? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: …………ぇ。 千雨: 私はありますよ。他人からすればすっごくくだらない……でも死ぬまで忘れない、嫌な体験が。 千雨: ガキの頃、子ども会で連れてってもらった水族館で初めて、サメがたくさん泳いでる水槽を見て……。 千雨: 今で言う、一目惚れってやつですか。一瞬で心奪われて、寝ても覚めてもサメのことばっか考えてました。 千雨: うちの母親、図書館の司書やってるんで。サメに関する本調べて借りてきてもらって、ずっと読みあさってましたね。 千雨: まぁガキには難しい本も山ほどありましたし当時は何が書いてあるか半分も理解できませんでしたが……それでも読んでいる間は楽しくて仕方なかった。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あの……。 千雨: 知ってます?サメっていろんなのがいるんですよ。 戸惑う夏美さんを無視して、千雨は喋り続ける。 千雨: 深海、浅瀬、寒い海、温かい海、大きさ……生まれ方すら違ったりするんです。母親の腹の中で育つやつもいれば、卵もいて。 千雨: サメについて知れば知るほど、楽しくてね。でもそれと同じくらい、手に入れた知識を……サメのことを誰かに話したくてたまらなかった。 千雨: ……でも、誰も聞いてくれなかった。有名なサメの映画、ありますよね。でっかい人喰いサメが出てくるやつ。 千雨: みんな、その程度のサメに対する知識しかないのに……知ったかぶったツラして言うんですよ。そんなの好きだなんて、おかしいって。 千雨: 私もその映画とか、原作小説とかは数え切れないほど見たり読んだりしたんで、内容は隅々までよく知ってるんですが……。 千雨: 連中って、その上っ面ばかりを偉そうに説明してくるんです。……こっちは全部、詳しく知ってるってのに。 そう続けた千雨の声は……平坦で冷静。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: …………。 夏美さんが戸惑っているのが私を抑える腕の震えから伝わってくる。 ……きっと、彼女はこう思っているはずだ。この子は、友達に銃を突きつけられてる状況でいったい何を言っているんだろう……? と。 それがわかるのは、私がほぼ同じことを思っていたからだったりするんだけど……。 千雨: サメなんて怖いとか、気持ち悪いとか。そんなの好きなんて気持ち悪いとか……。 千雨: あまつさえ、イルカのほうが可愛いとか無関係のものを引き合いに出してけなしやがる。 千雨: イルカは何も悪くないってわかってますよ?でも、バカな比べ方するイルカ好きのおかげで、こっちはすっかりイルカ嫌いになりました。 千雨: 自分の好きなものを散々に貶されてんのに、そうだねイルカの方がサメより可愛いよね~。 千雨: ……なんて、コロッと心変わりすると思ってんのかバカかあいつらは。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: それが……。 千雨: 父親も渋い面しやがるし、母親は外でサメのこと言うのはやめたらどうだって。 千雨の言葉は続く。夏美さんの声すら遮って。 千雨: 今思い返すと、母親は外で話さないほうがいいってたしなめただけで……。 千雨: 別に好きでいるのをやめろ、って言われたわけじゃなかったんですがね。 千雨: ただ、子どもだったんで……よくわかんなくて。好きでいるのを、やめろって……そう、言われてるように聞こえたんですよ。 千雨: だから……美雪だけでした。 千雨: 私のへったくそなサメの話にずっと付き合ってくれたのはね。 美雪(私服): ……っ……。 千雨: ガキの私のサメの話なんて、心の底からつまんなかったと思いますけど……私に悟らせない程度に、楽しそうに話を聞いてくれた。 千雨: それで私が話し終わったら、いつもこう言うんです。サメが好きじゃない人に、無理矢理話をしないほうがいいって……。 千雨: いつも同じことばかりを言う美雪に、私はそのたびうるせぇ、って言い返してました。 千雨: でも、どうやっても小言をやめないから美雪がそう言うなら仕方ないなって、ガキだった私はガキなりに考えて……。 千雨: 他の人に対してはほどほどに抑えたら……多少なら、話を聞いてもらえる程度になったんです。 くっ、と千雨の喉が鳴る。 千雨: 美雪が否定しなかったから……私は今、好きなものを好きだって断言できる。 千雨: けど……あんたが銃を突きつけてる美雪がいなけりゃ、私はそれすらできなくなってたんですよ。 千雨: ……あんたにとって大事な人がいるように、そいつは私にとって代わりのいない存在なんです。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: …………。 黙って千雨の言葉を聞き届けた夏美さんが、笑う。あぁなんだ、そんな話がしたかったのか、と。 ……まるで、蔑むように。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……子どもの戯言ですね。誰かに否定された程度でめげるくらいの好きなんて、その程度の底の浅い好きだったんじゃないんですか? ぞっとするほど色を含んだ声で……千雨の言葉を踏みにじった。 美雪(私服): (っ……!) 辛うじて自分を抑えられたのは、首を押さえられて銃が突きつけられていたから。 そうじゃなきゃ、たぶん……いや、ほぼ確実に私は夏美さんに掴みかかっていた……! 美雪(私服): ……ぐっ……!! 状況も忘れ反射的な怒りの衝動が沸き上がるほど、彼女の言葉はあまりにも侮辱的。 千雨: …………。 ……なのに。私よりずっと喧嘩っ早いはずの千雨は、特に気にした風もなく平然としている。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: だって、本当に好きだったら……周囲から何を言われても、自分の感情を貫けるでしょう? 千雨: ……そうかもしれないですね。 おまけに、そんな感じに同意までしたものだから私の方が困惑したほどだ。 長い間ずっと一緒にいた親友が、いったい何を考えているのか……わからない。今この瞬間だけは、見ず知らずの別人にさえ思える。 千雨: あんたは貫けたんですね。そりゃいい、羨ましい。 千雨: けど、周囲の否定や嫌な顔を見ても、自分が好きならそれでいい、他人なんて知ったことじゃないって……。 千雨: 当時の私は、そんな風には思えなかった。できなかったんです。 千雨: で……さっきの例え話ですけど。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……さっき? 突然の話題転換に、夏美さんはついていけないのか、聞き返す言葉はどこか年よりもずっと幼く聞こえた。 千雨: ほら、言ってたじゃないですか。他人がタイムトラベルで過去を変えたせいで、不幸になったCさんがどうちゃらってやつ。 千雨: 私なりに、答えがあります。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: そう。あなただったらどう……。 千雨: 知るか。勝手にしろよ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……ぇ……? 千雨: 理屈も正義も正しさも、思うのは自由だ!勝手にぐちゃぐちゃ言ってろ!! 千雨: ……だけどな!どんな可哀想な理由があっても、言い訳しても!美雪の頭に銃口突きつけた時点で聞く価値もねぇ!! 一歩、千雨がこちらへ踏み出す。その動きを見て私の首を絞める夏美さんの腕に、さらに力が込められて一瞬意識が遠のきかけた。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: っ……! この子が、撃たれてもいいんですか? 美雪(私服): ……ぅ……! 夏美さんが我を取り戻したように引き金に指をかけて私のこめかみに再度銃口を押しつける。 だけど、さっきの押しつぶされるほどの恐怖を感じない。鉄の冷たさが、私の体温で和らいだせい? いや、これは……? 美雪(私服): (夏美さんが、圧されてる……?!) 銃を手に人質を取っているのは、夏美さんだ。圧倒的に有利なのも、夏美さん。 なのに、何も持たない千雨の方が、夏美さんを圧倒している……? 千雨: ……なぁ、あんたに撃てるのか? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 撃てないと思いますか……?私はもう、一度撃ってるんですよ。 美雪(私服): (一度……?) 千雨: そうか、一度できたことなら二回目もできるってわけか。なるほど、なるほど。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: えぇ、そうです、だから……! 千雨: ……でもそいつ撃ったら、私はここから逃げるぞ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: えっ……? 一瞬、卑怯な言葉のように聞こえて……夏美さんは息をのみ、目を丸くする。 だけどそれは、卑怯どころではなかった。それ以上にもっと、どす黒くて……そして……! 千雨: あぁ……どんなことをしてでも、逃げてやるさ。で、お前の大事なモン探し出して……ぶっ潰してやる。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……なっ……? 千雨: 自分の幸せのために、そいつを殺すんだろ?なら私も、自分のためだけにあんたの大事なモノ……全部、潰してやる。 一歩踏み出した千雨の足裏で、ぱきりと軽い音とともに小枝が折れる。 千雨: 何年、何十年つぎ込んだって構わねェよ?ぜっんんんんっぶ粉々に、すり潰してやる。 千雨: そうだな……指先から頭のてっぺんまで潰された大事な人の死体を見たいなら、そいつを撃てよ。 千雨: 撃てばいいだろ? どうした、やれよ。ほら。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ――ッ……!! 現国の授業で先生に指されて教科書をけだるげに読み上げる時と同じように、つまらなさそうに言葉を紡ぐ親友の姿に……背後の夏美さんが一歩後ずさる。 彼女の狂気が揺らぐのを感じたのか、獲物を見据えたサメが口を開くように、千雨が顎を開き――吠えた。 千雨: ……ここで宣言してやる。よく聞け、クズ女。 千雨: 赤坂美雪を殺した瞬間!テメェの大事なモンは全ッ部、私の獲物だ!!! 千雨: テメェ自身が喰い殺されるよりも何万倍、何億倍もの痛みと苦しみと地獄を味わわせてやるから、覚悟しやがれぇぇぇッッ!!! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: …………。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: っ……ふ、ふふ…… #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あははははは……っ……! 美雪(私服): 夏美さん……? 彼女は……泣いていた。笑いながら、泣いていた。 子どもみたいにぼろぼろと大粒の涙を流しつつ、なのに大きな口を開けて、ケラケラケラケラケラケラケラケラ……と。 ……ちっとも楽しそうじゃない顔で、笑っていた。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あー……若い。若いですね。……ふふっ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: でも、わかります……そうですよね、他人の大事なものなんて、自分にはどうだっていいものですよね。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……昔の私なら、きっとあなたみたいに振る舞えたと思います。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: でも……もう、私には無理だなぁ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 今の私には……もう、そんな風には……なれそうに、ないなぁ。 美雪(私服): 夏美、さ……。 一瞬拘束していた腕が緩んだかと安心して。 美雪(私服): ……ぐっ?! 今まで以上に首を締め上げられ、ひきつぶされたカエルの断末魔のような声が自分の喉から飛び出した。 美雪(私服): (自分の気持ちを締め直す感覚で私の首を締めんのはやめてくれよ、クッソ……!!) #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 私だって、こんなことしたくない……! ギリギリと自分の歯をかみ砕くような軋む音。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 自分の大事な人を守るために、相手の大事なものを潰すなんて、誰がやりたいと思う?! 千雨: じゃあやめろっつってんだよ、聞こえねぇのか! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: わかってる……でも、やめられないんだよ! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 私だって、こんなことしたいわけじゃない!大好きな人と過ごす時間を守りたいだけ!あの時間を手放したくないだけ!! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 自分でも、悪あがきだって……この先は破滅しかないってよくわかっている……! 千雨: じゃあやめりゃいいだろうが! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: やめたら先がないんだよ!!さっきからそう言ってるじゃない! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 私にはもう、この道を選ぶしか……ッ!!守るには、これしか道がないの! 灯: ……。守りたいのはあなたのご主人、藤堂暁さんのことですか。 美雪(私服): え……? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……ッ……?! それまで存在が消えていたかのような灯さんが口に出した名前に、夏美さんの軋んだ音が止まる。 美雪(私服): (灯さん、逃げたかと思った……) そう錯覚するほど、存在感がなかった灯さんは今……私と夏美さんの視線を真正面に受けながら、逃げもせず悠然とそこに佇んでいた。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: それを、どこで?!まさか、千紗登ちゃんが……?! 美雪(私服): (千紗登……それって、確か夏美さんの友達の……?) 夏美さんと初めて出会った時、千雨と名前を聞き間違えた友達が……そんな名前だった気がする。 灯: ……佐伯総合病院の佐伯千紗登さんですよね。やはり彼女が手を回して、匿っていましたか。 灯: 大丈夫、彼女は何も言っていません。私がちょっと特殊な方向から調べただけです。 灯: ご主人……個展のために渡米した直後に、眠り病を発症されたそうですね。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ――っ……?! 灯: 公としてはともかく、彼がアメリカでの『眠り病』発症者の第一号に当たるとか。 美雪(私服): (『眠り病』……? 夏美さんの旦那さんが?) 銃を突きつけられた場所も含めて、頭の中が急速に冷えていく。 ――アメリカで『眠り病』を発症したら、どうなる? 美雪(私服): (おそらく、どこで感染するとしたら……日本以外に、考えられない) つまり、夏美さんの旦那さんは『眠り病』に国内で罹患し、国外に病気を持ちだした……という扱いを受けるだろう。 ――それが公になったとしたら、どうなる? 『眠り病』疑いがかかっただけの私や千雨に対しても風当たりはかなり強かった。 にも関わらず、私たちが日常生活が送れたのは……単純に社宅の住人たちが事情を理解して優しくしてくれただけに過ぎない。 登校していたら、間違いなく色々と言われていただろう。 美雪(私服): (例の件がなかったとしても、白眼視されるのは確実……) 母親たちが私たちを無理に学校に行かせなかったのも、それを危惧してのことだったかもしれない。 ……私ですら、そんな状況だ。 ――だとしたら、夏美さんの旦那さんは?ただでさえ一部の地域では人種差別がひどい欧米で、国外に病気を持ち出した形になる彼は……? 絶対に、確実に、嵐のような憎悪とともに、非難の標的にされるに違いない……!! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……だったら、だったら何だって言うんですか?! 灯: 安心してください。私が日本に戻った直後、彼は目覚められました。……他の眠り病患者たちと、一緒にね。 美雪&夏美: ……は? 想定外の言葉に、私の喉からも夏美さんと同じ声がでた。 美雪(私服): (え? だって、ユプミルナの薬が認可されて投薬されるのはまだ少し先の話……の、はず) #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: う、嘘だ……!そんなの知らない! 聞いてない! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ユプミルナの薬は、眠り病の軽症者にしか効かない!高野製薬の新薬だって、重症化した暁くんを治療することができなかったって……! 灯: そこの赤坂くんのような『繰り返す者』が、彼女と自分だけだと思ってましたか? 灯: アメリカ政府や医療機関だって、石頭じゃない。人の命を救うためだと確信と確証が持てたなら、取っ掛かりがペテンやオカルトだって彼らは信じます。 灯: まぁ、それなりのルートと理由作りは必要になりますけどね。 灯: それと、情報が滞っている件ですけど……あなた、彼女たちと接触した直後から行方不明扱いになってるご自覚はありますか? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: えっ……? 灯: あー……そのお顔だと気づいてなかったんですね。家にも職場にも顔を出さない状況では、連絡しようにも連絡が取れなかったんです。 灯: 覚えているかどうかわかりませんが……ご友人があなたの用意させた同意書があったので、彼への投薬は滞りなく行われたそうです。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: そ、そんな……そんなの……そんなの……! 夏美さんが痛みに堪えるように目をぎゅっと閉じる。 叩かれる直前のような子供のような顔で、痛みを叫ぶようなヒビ割れた叫びとともに。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 嘘だッーーっ……! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あぐっっ?! 夏美さんの拒絶の絶叫は、鳴り響いた轟音によって悲鳴に塗り替えられる。 私のこめかみを圧迫する痛みが消え、ブレた視界の端で拳銃が回転しながら空を舞うのが……見えた。 美雪(私服): (銃が……?!) ブレていた視界が完全な正常に戻る前に見えたのは……飛んで来た銃が地に落ちる前に遠くへ蹴り飛ばす、千雨の姿。 そして……灯さんの両手に握られた、煙をくゆらせる……夏美さんとは違う拳銃だった。 灯: ……銃社会と非銃社会の、意識の違い。 灯: 銃そのものを脅威とする日本と、撃ってこそ相手への抑止力になると考えるアメリカってやつです。 灯: この銃は低威力で貫通力もたかが知れてますが、さすがの私も人を撃つのは初めてでして……はは。自分の背中、汗でびっしょりですよ。 灯: でもまぁ……思っていたよりも衝撃がすごくて、震えていますよ。……というか実際、手だけじゃなくて全身がブルブルしています。 灯: あっぶなぁ……赤坂くんを撃たなくてよかった!本ッッッ当に、よかった! 出会った時のように一方的に喋りながらも、銃を構える灯さんの姿勢は微塵も揺るがない。 美雪(私服): ぅっ……! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ぐっ……! うめき声とともに、赤い液体を流す夏美さんが崩れ落ちるのと同時に、私は緩んだ腕の拘束を振りほどいて……一気に走り出す。 そして……。 美雪(私服): ち、千雨ぇ……っ! 千雨: ……美雪ッッ! 勢い余って体当たりのようになった私の身体は、千雨によってしっかりと受け止められた。 千雨: おい、大丈夫か?! 怪我ないか?! 美雪(私服): こ、怖かった……! 普通に怖かった…!昭和でわけわからない怖い目には遭ったけど、こっちの怖さは未経験だった……! 今でもまだ、銃を突きつけられた感覚が残っている気がして、虫を振り払うように自分のこめかみをバタバタと叩く。 そういえば、私が『昭和A』で大石さんと戦って気絶して……お父さんに運ばれている間、鷹野さんたちに銃を突きつけられたと聞いた。 お父さんたちには悪いけど、気絶しててよかった。下手に意識があったら、気絶するよりもはるかに足を引っ張っていたかもしれない。 美雪(私服): あ、ありがと……! 千雨のおかげで助かった! 千雨: ……そうか、よかったな。 千雨の手が、トントンと子どもをあやすように私の背中を叩く。 美雪(私服): でも、やっぱりサメに興味がない人に2時間も3時間もサメの話を続けたら嫌がられるのは当然だと今でも思う……っ!! 千雨: ……お前、結構余裕あるな? 美雪(私服): あるわけないじゃんバカー!!でも千雨の演技力のおかげで助かったありがとう!! 千雨: ……適当に、頭に浮かんだことを言っただけなんだけどな。 美雪(私服): あぁ、やっぱり! 美雪(私服): (そっか、あのわけわからない言葉はやっぱり全部演技だったんだ……!) それを聞いて、二重の意味で安堵した。 美雪(私服): (私のことをあれだけ大切に思ってくれてるってのは、そりゃ嬉しいけど……私に何かあったせいで千雨が殺人鬼にでもなったら、死んでも死にきれないよ……!) 美雪(私服): けど、適当にしてはすっごい迫力だった!女優目指せるよ、キミはさ! 千雨: ……ありがとよ。でも私が目指すのは、サメの研究者だけだ。 美雪(私服): あはは、そこは変わらないね……あはは。 美雪(私服): ……はぁ……。 ひとしきり喋り倒したら、少し落ち着いてきた。 灯: 女優が向いているのは同意だ。助かったよ、黒沢くん。君が気を引いてくれたおかげで、銃が取り出せた。 千雨: あんたが喋れってジェスチャーしたんだろうが。つか、やっぱ武器を隠し持ってやがったな。 千雨: それと、旦那さんが目ぇ覚ましてるなら、先に言えよ。切り札を最後まで持ちすぎだろうが。 灯: 手負いの獣状態の彼女が、赤坂くんに銃を突きつけていたんだ。それを言ったところで素直に聞き入れてくれるとは思えなくてね。 灯: 追い詰められている人が喜ばしい真実を差し出されても、それが故に受け入れられないものだよ。 灯: もう少し説得するべきかもしれなかったが、あれ以上は待てなかった。赤坂くんが危険過ぎる。 千雨: ……悪かったよ。 灯: 謝ることはないさ。 灯: 一口に追い詰めていると言っても、話を聞いてくれるかくれないかは相手や内容によって人それぞれだ。 美雪(私服): でも、なんで夏美さんが銃なんて……。 灯: 彼女は、日本で警察や自衛隊以外で唯一拳銃所持を認められている……麻薬取締事務所の捜査員だからね。 美雪(私服): えっ……? 灯: かなり優秀な人だと聞いていた。だからこそ、こんな凶行に走ったと聞かされた時は……正直、耳を疑ったよ。 美雪(私服): (じゃあ、あなたはなんで銃を……?) 問いかけを飲み込んだ私の眼前で、灯さんは、夏美さんに銃口とともに言葉を向ける。 灯: ……姉さんの名前を騙ったのは、決定的なミスショットでしたね。 灯: 姉さんが、あなたに赤坂くんたちを託すはずがない……なぜなら、私は藤堂さんが消えたことを姉さんからダイレクトに聞いていたんですから。 灯: だから、あなたが現れた時は驚きましたが……あなたも私がここにいて驚いたでしょうね。 灯: ……自首してもらえますね?今ならまだ、やり直せるはずです。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: …………。 傷を負った手を押さえていた夏美さんの肩が、ぴくりと揺れて。 ゆっくりと持ち上がったその顔は……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: っ……ひ、ひひひっ……あっははははははははっっ!! 笑って、いた。 今まで見たことのない顔で。 美雪(私服): (――――まずい!) 美雪(私服): 危ないっ! 異変に気づくと同時に叫ぶと、隣の千雨が弾丸のように飛び出す。 灯: ぐっ?! 獲物に飛びかかるヘビのしなやかさで千雨は灯さんのベストの襟を掴むと、彼女の首が絞まるのも構わず強引に身体を引っ張った。 千雨: ――ッ……! 間一髪、灯さんがいた空間が、巨大な刃のようなものによって切り裂かれる。 美しく白い尾を引く軌跡は、あのまま一瞬遅かったら灯さんの身体は真っ二つに切り裂かれていたことを示していた。 千雨: チッ! 千雨は灯さんを引っ張った腕に更に力を込め、その鍛えられた膂力に任せて方向を定め――。 灯: んぎゃっ?! 灯さんを文字通り……ブン投げた。 ひょろりと長い彼女の痩躯は、放たれた矢のように綺麗な曲線を描いて生い茂った草むらの宵闇へ吸い込まれるように消えていく。 灯: いったぁ?! 子どものような叫び声が、彼女が消滅していない唯一の証拠だった。 千雨: あんたはそこから出てくるな! 隠れてろ! 美雪(私服): 夏美、さん……? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あは、あははは……あははは! 夏美さんは笑っている。 でもその笑みは無理矢理絞り出したものではなく、心の底から楽しそうで……。 ……でも。なんだか、夏美さんじゃないようにも……見えた。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 甘い、甘いなぁ……!やっぱり表の私じゃ、これが限界か! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 幸せになりたいとか言いながら、いざとなったら殺すことすらできないなんて、自分の手をこれ以上汚せなぁい、なんて甘すぎる! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 暁くんに大事にされ続けたせいかな?そうかな、そうだよね……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……あぁ、きっとそうだ。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 暁くんが、私のことを大事にするから……!宝物みたいに扱うから……!綺麗なものみたいに呼ぶから……! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 彼の大事なものが、私の大事なものになって、大事なものがどんどん増えていって……! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: でも暁くんにとって一番大事なものでありたくて、綺麗で価値があるものであり続けたいなんて、分不相応な願いを持つから……! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: バカだなぁ! 優しくしてくれた人に、取り返しの付かないことをして……! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あぁでもどうしても戻れないし引き戻せない私はこのまま死ぬとしても最後に破滅するとしても――。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: もう突き進むしか出来ることがやらなくちゃ守らなくちゃ……! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……今ここでやめたら、本当に、完全に、なーーーーんの意味もなかったことになっちゃう! 吼えるように、叫ぶように笑う夏美さんを、夜の暗さよりも暗い闇が、包んでいて……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: くすくす、くすくす……あははは。 闇が晴れた後に現れた夏美さんは……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: こうなったら裏の私が、お前らを仕留めてやらないとだねぇ……! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あははははははははははははははははは!!!!! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッッ!!!! 美雪(私服): 夏美、さん……? そこにいたのは、もはや夏美さんと呼んでいいか怪しいほどの、別の……何かがいた。 いや、違う……違う! あぁ……あぁ、私はこれを知っている。とてもよく似たものを、知っている……! 知っている! だって、何度も何度も戦った! 美雪(私服): 『ツクヤミ』……?! 灯の声: ちょっ、なにが……?! 美雪(私服): 出てきちゃだめです! 背後の草むらから這い出てこようとする気配を叫んで制しながら、『ロールカード』を取り出す。 美雪(私服): (戦わないと……いや、私だけじゃ勝てない!) だとしたら……! 美雪(私服): ……千雨、力を貸して!私も、さっき足引っ張った分以上は頑張る! 千雨: 言われなくとも! 行くぞ、美雪ッ! Part 05: どれだけの間「敵」の猛攻をかいくぐり、その反撃に武器を振るい続けてきたのか……必死だったから、よくわからない。……覚えていない。 それくらいに、今回の「敵」は手強くて……正直に言って千雨と一緒じゃなければ体力はもちろん、いつ心が折れて倒れていたとしてもおかしくなかった。 美雪(私服): っ……ぅ、……はぁ、はぁっ……!! ……息が苦しい。喉の奥から血の臭いを感じる。膝が屈しそうになるのをなんとか耐えていたけど、腕の方はもう……両方とも上がりそうになかった。 千雨: ……っ、……大丈夫か、美雪……? 少し離れた場所から、千雨が顔を向けて私を気遣うように声をかけてくる。 彼女はその全身が汗と泥でまみれて、肩で息をしていたものの……姿勢に乱れはない様子だ。 ……この体力オバケが敵でなくて本当によかったと、私は内心で密かに幸運を神に感謝していた。 その一方で、「敵」は――。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……っ……ぅ……! さっきまでの異様な姿は跡形もなく消え去り、禍々しい気迫と凶気は……もう、感じられない。 目の前の地面に倒れているのは……夏美さん。もはや力は残っていないのか、その身体は痙攣するのみで……起き上がってくる様子はなかった。 美雪(私服): っ……はぁ、はぁ、はぁっ……! 千雨: ずいぶんと、手こずらせてくれたな……。 そう、忌々しげに呟く千雨に私は答えを返す余裕もなく……息を整えながら気力だけでも取り戻そうと、懸命に努める。 なんとか勝つことができたものの、以前の梨花ちゃんの時とは違って2人だけでの迎撃。……この劣勢でよくぞ勝てたものだ。 美雪(私服): (あの時も後半は、ほとんど一穂に任せっきりだったしね……。一緒にいてくれたら、余裕で抑えられたのに) 自分の力不足に歯がゆく思う部分はあるけど、それでも次に向けての反省ができるのは……勝って生き残ったからこその見返りだろう。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あ、……ぐ……っ……。 そして、夏美さんは……苦痛に呻きながらも、必死に手をついて起き上がろうとしていた。 千雨: っ、まだやる気か……ッ? 美雪(私服): ――待って、千雨!っ……夏美さん……!! さらに攻撃をかけようと身構える千雨を制してから、私はふらふらの足で夏美さんのもとへと歩み寄る。 彼女からはもう、さっきのような狂気もなければ激しい敵意は感じられない。 いや、それどころか……その衰弱しきった様子に既視感を覚えた私は、これ以上追い打ちをかけようとは思えなかった。 美雪(私服): しっかりしてください……夏美さんッ!! 地面に座り、夏美さんを抱き起こす。 油断を誘い、反撃される可能性もちらっとだけ頭の隅をよぎったけど……。 そんなことを心配するのも馬鹿馬鹿しいほど、彼女はもう……虫の息になっていた。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……、負け……ちゃった。ううん……最初から、勝てるわけがない勝負を挑んだんだから……当然、だよね……。 そう言って夏美さんは、閉じた目を開けて……弱々しく笑いながら、言葉を繋いでいった。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: っ……これはきっと、神様の罰……だね……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 私が……私は、たくさんの人の想いを……命を、踏みにじった、くせに……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 身の程知らずの幸せを……望んだから……それ、で……っ……。 美雪(私服): 夏美さん……っ……。 震えながら空へ伸びた彼女の手を、私は反射的に掴む。 こんなになるまで彼女を痛めつけておきながら、欺瞞かもしれない……それはよく、わかっている。 だけど、そうしたかったのだ。だって私は、この人がずっと悲しそうにして……辛い思いに苦しんでいるように見えていたから……。 美雪(私服): 身の程知らずって……幸せになりたいって思いに、資格や制限があるわけないでしょう……?! 美雪(私服): そりゃ……個人的には、まだ怒ってますよ?銃なんて突きつけられて怖かったですし、千雨を侮辱したこともまだ謝ってもらってない……! どんな葛藤と苦しみがあったとしても夏美さんの行いが正しいとは全然思えない。 私には、彼女の全てを肯定することなんて絶対にできない……でも……でもさ、でもさぁ? 美雪(私服): なにも、そんな……自分で必死に願って望んだ思いの全ての全てまで、そうやって否定しなくてもいいじゃないですか……! 美雪(私服): 私はそこまで否定しろだなんて思ってませんし、言ったりなんかしません!だって、あなたは……夏美さんは……! 美雪(私服): ただ……幸せになりたかっただけでしょう?自分の力で、明日を見たかっただけで……ッ! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……、……ぁ……。 夏美さんの瞳が、一瞬だけ大きくなって……握りしめた手が、震える。 そして、ようやく彼女は……おそらく残った力を振り絞って顔を、こちらに……向けてくれた……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……ごめんね。本当に……ごめんなさい……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 私……10年前から、何も変わっていないんだ。変わったつもりで、変われなかったんだ……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 人を傷つけて幸せになっても、先なんかないって……あの人も望んでいないって、痛い程わかっていた……つもりだったのに……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: あなたたちまで、傷つけてしまった……どんなに謝っても……許されるわけ……ないよ……ね……っ……! するっ……と。手のひらから抜けかけた夏美さんの手を、慌てて掴み直す。 ……手加減なんて、できなかった。そんなことを一瞬でも考えていれば、倒れていたのは私たちの方だと思う。 でも……でも、こんな彼女を見ていると……。 他にもっと、いい方法がなかったのかと後悔ばかりが押し寄せてきて……っ……。 美雪(私服): 夏美さん……?しっかりしてください、夏美さんッ! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……、過去へ向かう、……扉……。 美雪(私服): えっ……? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: おばーちゃんが、教えてくれた……昔話。#p雛見沢#sひなみざわ#rの他に、もうひとつ……あるって……。 美雪(私服): っ……それは、どこですか?! #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ごめ……なさい……私も、そ……までは……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: でも、神社を管理していた……古手……家……その、分家が……きっと、知って……っ……。 美雪(私服): 古手家の分家……?雛見沢に縁のある人が、まだ残ってるんですか?! 必死に言葉を絞り出している夏美さんに申し訳ないとは思いつつも……私は一字一句も聞き逃すまいと顔を近づけ、呼びかけ続ける。 でも……だけど……。 もはや、彼女の言葉はそよ風の音でさえかき消えてしまうかと思うほどに小さく……そして、儚いものへとなっていた……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 美雪、さん……。こんな……した私は……もう、幸せに……る資格……て、……ぃ……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: で、も……もし……許し……くれる、なら……ひと……だけ、願って……いい、……かな……? 美雪(私服): 願い……って、それはなんですか? #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: ……っ、……願い、し……ます……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 暁くんの……私の、大事な人がいる「世界」を……助けて、……くださ……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: 未来を……変えて……あなた……正しいと……思う、やり方……私には、選べなかった……方法で……。 #p藤堂夏美#sとうどうなつみ#r: お願い……しま……す……。 それだけを告げると、夏美さんの腕から力が、抜けて――。 彼女の背中から影があふれて霧散し、それが収まった頃……。 美雪(私服): えっ……?! 夏美さんの姿は、もうどこにも無かった。 千雨: き、消えた……?! それまで黙っていてくれた千雨も驚愕に目を見開いて、彼女の姿を探すように周囲を見渡している。 美雪(私服): (あぁ……また、か) でも……この消え方、私には見覚えがあった。 美雪(私服): 多分、見つからないよ……『昭和A』の梨花ちゃんと、同じ消え方だった。 千雨: ……っ……。 私から『昭和A』の顛末を聞いていた千雨は、それだけで全てを察したらしい。 「……そうか」とだけ呟いてから、夏美さんがいた場所を見つめながらその場に佇んでいた。 千雨: 夏美さんは……本当に、旦那さんを助けたかっただけなんだな。 千雨: どんなに反対され続けても、彼女を好きだって気持ちを貫いて、守ってくれた……そんな旦那さんに想われて、大事にされて……。 千雨: 自分も、大事にしたくて……幸せにしたかったってことか……。 美雪(私服): うん……夏美さんは本当に、旦那さんのことが大好きだったんだね……でも。 美雪(私服): 全てに逆らって好きを貫き通すことが、彼女にとっての本物の愛だったとしても……。 美雪(私服): できなかった人の好きはその程度、たいしたものじゃないって……言葉にしたのは、やっぱりダメだよ。 夏美さんが聞いていないからこそ、言えることだけど……私はこの一点において彼女とは絶対に、わかり合えない。 少なくとも、今の私が同意してしまったら……それは過去の千雨の好きを軽んじることになる。 楽しそうにサメの話をして、否定される度に悔しそうな顔をしていたかつての千雨の「好き」は取るに足りないものだったかもしれないけど……。 美雪(私服): 千雨の好きは、誰かと比較されるものでも小さいものでも……無価値なものでもなかったんだ。 美雪(私服): だからさ……千雨を侮辱したことだけは、消える前に謝って欲しかった……そう思ってるよ。 千雨: …………。 千雨はもう一度目を見開いたけど、すぐに元の切れ長の瞳に戻してちょっとだけ……笑ってくれる。 と、そんなことを話し合っていると背後に人の気配がして……私たちはほぼ同時に振り返った。 灯: ……もう、出てきてもいいんだよね。藤堂さんは、どこに行ったんだい? そこに立っていたのは、灯さん。かなり乱暴に退避させたが、どうやら彼女も無事だったようだ。 ……もっとも、千雨が草むらに投げ込んだ時にたんこぶでもできたのか、少しだけ痛そうに自分の右側頭部を撫でている。 とりあえず、どこにしまったのか……手に銃が握られていないことを確認してから私はすぐ側の地面を見つめ、返事していった。 美雪(私服): ……消えました。 灯: ……。どこに消えたのか、説明は可能かい? 美雪(私服): 自分にもわからないものは、説明できません。 美雪(私服): 私の推測ですが……この「世界」の夏美さんは、どこかで亡くなっていると思います。……遺体は、見つからないかもしれませんが。 灯: ……。ずいぶんと残酷な推測だね。まだ、彼女に対して恨みでも残っているのかい?酷い目に遭わされたんだから、当然だとは思うが。 美雪(私服): そういうことじゃないです。あと、もうひとつ言えることがあるとしたら……。 美雪(私服): 存在はともかくとして、あの夏美さんが言っていたことは全部嘘じゃなかった……ってことですかね。 美雪(私服): もちろん、彼女の言葉全てが本当だとは思いません。正直言ってることは支離滅裂でしたし、さっきの話にあった『本』とやらにも心当たりはありません。でも……。 『昭和A』の梨花ちゃんが消えた後の、羽入ちゃんの言葉――。 それが、夏美さんにも当てはまるなら……血を吐くようなあの叫びは、たとえ彼女の心の全てではなくとも……。 美雪(私服): 夏美さんそのものじゃなかったとしても……間違いなく、彼女の心のひとかけらでした。 夏美さんは本当に、ただ……愛する人を、助けたかっただけなのだ。 美雪(私服): (自分でも感情が中途半端だけど……あんなふうに後悔の言葉を口にされたら、あれ以上怒ったり恨んだりは難しいな) 消えてしまった今となっては、夏美さんに怒り続ける気力は残っていない。 それに……。 美雪(私服): (……『眠り病』が解決すれば、全部終わりってわけじゃない) 『#p田村媛#sたむらひめ#rの予知夢』の向こう側……人々が血を吐いて死んでいく光景。 彼女がそれを知っていたかは、今となっては不明だ。でも……『眠り病』が解決しただけではハッピーエンドにならないことを、私は知っていた。 美雪(私服): あと……夏美さんが教えてくれた情報があります。古手家の分家を探せ、って。 灯: 雛見沢御三家、古手家の分家ってことは……西園寺家のことかな? 美雪(私服): ……知ってるんですか? 千雨: 美雪、近づくな。 思わず立ち上がって灯さんに身を乗り出そうとした次の瞬間、私たちの間に千雨の身体が割り込んでくる。 そして彼女は、大きなため息とともに私の軽率を咎めるように呆れ顔でいった。 千雨: お前な……さっき夏美さんに捕まったこと、もう忘れたのか?怪しい人間に、不用意に近づくんじゃない。 美雪(私服): それは……ごめん。灯さんを警戒する反動で、夏美さんへの警戒が甘くなってたというか……。 千雨: そうだ。つまり、その迂闊さが原因の1割……で、8割はこいつってわけだ。 こいつ、の言葉とともに千雨があごで灯さんのことを示してみせる。そして、 千雨: こいつがお前を止めた時の声が原因だ。あれで一気に空気が変わって、夏美さんが警戒した。 千雨: あれがなけりゃ、もっとさりげなく車に乗る前に夏美さんからお前を引き剥がせた……まぁ、残りの1割は私のミスだけどな。 千雨: 正直夏美さんには、もう少し聞き出したいことがあったんだ。だから駆け引きをするつもりで、逆に美雪を危ない目に遭わせた……すまなかった。 千雨: けど、それ以上に銃を持ち歩いてるなんて想定外だ。夏美さんに気を取られてたが、私はこいつに対して警戒を緩めすぎてた……! そう言って千雨は、噛みつかんばかりに怒り満面で灯さんをにらみつける。 ……だけど、彼女は怯んだ様子もなく刃物のように鋭い眼光を真正面から受け止めていった。 灯: そうやって敵と決めつけないでほしいなぁ……。本気で脅したり危害を加えたりするつもりだったら、最初から君たちに向けて「これ」を出していたよ。 灯: これを出したのは本当に緊急措置で、仕方なくだ。嘘でもなんでもなく、神に誓ってもいいよ。 千雨: 単なる結果論だ。……で、ついでに付け加えるなら夏美さんに近づきかけた美雪を呼び止めた件についてはどう言い訳するつもりだ? 灯: あれは……うん、素直に謝ろう。ごめんなさい!騙すための手段として姉さんの名前を使われて、ついイラッとしてしまった! 美雪(私服): あぁ……それは……ちょっと、わかります。 多分、千雨やお母さんを騙すために利用されたら私も同じように思わず冷静さを欠いてしまうだろう。 美雪(私服): あと、冷静に何度か考えたけど……やっぱり私が、不用意に夏美さんに近づきすぎてたのがまずかった。 美雪(私服): だから、悪いのはお互い様。そういうことでいいんじゃない? 千雨: わかった……美雪がそう言うなら、不問にしてやってもいい。……けどな。 吐き捨てるように言いながら、千雨は再び灯さんを見据えると……さらに迫り、問い詰めていった。 千雨: 拳銃を持ってたり、雛見沢のことに詳しかったり……。灯さん、あんた……何者だ? 灯: まぁまぁ、そのあたりはおいおいね。とりあえず、藤堂さんの乗ってきた車を借り……れるのかな? 灯: やっぱりここは確実な方法として、工事現場のおじさんのところに行くべきだろうね。 千雨の問いを軽く受け流し、彼女はくるりと身体を翻す。 灯: 君たちも、一緒に来ないか? 美雪(私服): ……どういうつもりなんですか? さすがに意図が見えずに聞き返すも、彼女はにこにこ微笑んだままだ。 灯: このままじゃ、君たちは手詰まりだろう? 千雨: 自分は違う……とでも言いたそうだな。 灯: そうなんだよ。幸運なことに私にはまだ、いくつか調べる心当たりがあるんだ。 灯: 特に、さっき教えてくれた古手家の分家の情報……あれでちょっと、ピンときちゃってね。 だからさ、と彼女は続ける。 灯: 私のことは、疑ったままでいい。……よかったら、一緒に来ないかい? 美雪(私服): ……どうして? 灯: さっき、私のことを助けてくれたからだよ。 灯: あ……しまった、まだお礼を言ってなかった!助けてくれてありがとう! 美雪(私服): ……? それだけ、ですか? 灯: あと、姉さんと南井さんが君たちを気にかけていたから……では、納得できないかな? 美雪(私服): …………。 灯さんは本気で言っているようだ。だけど、どこまで本気なのか……わからない。 千雨: …………おい、どうする美雪。 千雨もどう判断したものかと、困ったような表情を私に向けてくる。 それに対して私は、すぐに答えを出せず……「ん?」と無邪気なまでに小首をかしげる灯さんの顔を見つめて少し、考え込んだ。 美雪(私服): (確かに、ここでこの人と別れても……自力で古手家の分家の人を探す方法が思いつかない) 私たちはただの中学生だ。何かしらの方法があるらしい灯さんとは立場があまりにも違う。 ただ……この人の存在はもちろん、ついていった先が安全だという保証は全くない。 夏美さんに向けられた銃口が、いつ私や千雨に向けられたとしても……不思議ではないだろう。 それでも……ついていくべきか?私の中で、天秤が激しく左右に揺れ続ける。 美雪(私服): (その前に、確認しないと) 息を吸って、吐いて……呼吸を整えてから、私は問いかけた。 美雪(私服): これだけは、教えてください。あなたの目的は……なんですか? 灯: そうだね……言えない情報をそぎ落として、最低限の言葉にまとめるとしたら……うん、やっぱりこれが一番適切かな? 灯: ……友達を、探しているんだ。 美雪(私服): …………! ぐらり、と。自分の中で何かが揺れる。 美雪(私服): (この人も、私と同じ……?) 私が一穂を探しているように、この人も、誰かを探している……? 千雨: ……おい、落ち着け美雪。本当に人を探してるかなんて、この言葉だけじゃわからないんだぞ。 灯: これに関して、嘘はついていないよ。確かに言えないことはあるが、目的は本当だ。 灯: もし、それが嘘だったとしたら……私のことを徹底的に侮辱してくれても構わない。なんだったら、命だって差し出そう。 灯: 他者に憎悪されるのは慣れてるし気にしないけど、目的のために年下の子供を騙して利用した挙げ句にガッカリさせてしまうくらいだったら……。 灯: 殺されたほうがマシなんだよ。……少なくとも、私はね。 美雪(私服): …………。 ふざけているようにしか見えない態度なのに、至極真面目くさった顔でそんなことを言うから余計に混乱する。 美雪(私服): (……千雨の言う通りかもしれない。友達探しが嘘だという可能性は……決して低くない) でも……もし、この人の言っていることが本当だとしたら……? 私とこの人は、対象は異なれど目的は同じだということになる。 美雪(私服): (信じていいのか、わからない……いや) そもそも、本人が言っていたじゃないか。 美雪(私服): ……疑ったままで、いいんですね? 灯: もちろんだよ。 灯: ただ、信じていいかもと思ったら……その時は信じてくれると嬉しいな! 美雪(私服): …………。 ちらりと隣の千雨を見ると、好きにしろと言わんばかりに肩を竦めている。……この場は私に任せてくれるつもりらしい。 もう一度息を吐いて……吸って。覚悟を、決める。 美雪(私服): ……一緒に、行かせてください。 灯: ありがとう! 私の渾身の決断を軽く受け止めた灯さんは、くるりと身体を翻し階段を指差した。 灯: さぁ、行こう! 美雪(私服): で……結局、これからどこに行くんです? 灯: まだ内緒! 千雨: ……おい、こいつ本当に大丈夫か? 美雪(私服): ちょっと心配になってきちゃったな……。 その後、私と千雨は灯さんと一緒に#p興宮#sおきのみや#rから穀倉に移動して……ホテルで一泊。 早朝、灯さんに言われるがまま新幹線の切符を受け取り、いくつか電車を乗り継いで……。 関東近郊にある、海辺の駅に下りた。 近隣にはいくつか有名な観光地があるものの、下りた駅はあまり栄えていない田舎らしく……。 夏休み少し前の今は観光客の気配もなく、近隣住民の姿も見えなかった。 灯: 朝の海辺はいいねー。散歩しているだけで、気分が明るくなるよ。 少しぬるい海風の中、私と千雨は地図も持たない灯さんを先頭に歩いていた。 美雪(私服): ……千雨、ずっと海を見てるね。サメ、見つかりそう? 千雨: あぁ。このあたりの湾なら、アカシュモクザメとかがいてもおかしくないはずだ。さすがにここからだと見えないだろうけどな。 灯: おや? 自然な流れで、サメの名前が出てきたね。もしかして生態系の分布図、全部覚えているのかい? 千雨: 関東近海の生態は、ある程度。あとこの辺りの沿岸にいるとしたら……イタチザメか? 灯: おぉ、本当に頭に入ってた……。 返事をする千雨から昨日あった敬語は、すっかり消えている。 敬語を外したのは、この人に探りを入れるため千雨なりに距離を詰めようとしているのだろう。 当の灯さんは、特に気にした様子もなく千雨の話にふんふんと頷いている。……その様子からおかしな素振りは見当たらない。 美雪(私服): (昨夜の電話で、秋武さんと連絡が取れたから本物の妹だって証拠は取れたけど……) やっぱり、この人を信用していいのかはまだ……わからない。 そもそも、昨日から灯さんは喋り続けているが彼女についてわかっていることは、そう多くない。 ……広報センターの裏マスコット(何者?)として、そこに勤める職員さんたちに可愛がられていたこと。 大学を卒業する直前まで、広報センターにほど近い銀座のプールバーでアルバイトをしていたこと。 南井さんに勢いで寝起きドッキリを仕掛けようとして普通に失敗し……しこたま怒られた後で、面白いことがあったこと。 美雪(私服): (……逆に言うと、それ以外のことは何もわからない) 美雪(私服): (冷静に考えると、昨日の夏美さんのこと……さっきまで喋っていた相手が消えた事実をあっさり受け入れるって、おかしくないか……?) それだけじゃない。学生時代、どうして詩音の脱走に手を貸したのかも……彼女が何故銃を所持しているのかも、いまだに不明だ。 美雪(私服): (言えない理由があるのか、言いたくないのか。単に言う必要がないと思ってるのか……) 私たちが聞いてないだけだから、答えていない……というのはあるかもしれない。 だから、思い切って聞いてみたら答えてくれるかもしれない……けど……。 美雪(私服): (下手につついて、やぶ蛇になったら元も子もないしな……) それに、彼女は私に疑ったままでいいと言ってくれたものの……向こうはこちらを疑っている様子がない。 そこに、どうにも引け目のようなものを感じてしまって、やりづらいことこの上なかった。 美雪(私服): (私が昭和58年で何をしてた……とか、全然言ってないもんなぁ) 向こうから聞かれなかったので、言ってないだけだけど。 そう考えると、灯さんもこちらに不用意に問いかけてやぶ蛇を恐れているのかもしれない。 互いにやぶ蛇を恐れ、睨み合っている状況か……まぁ、灯さんに睨んでいるつもりはないだろうけど。 美雪(私服): (そもそも、この人が探してる友達って誰なんだろう……) 秋武さんは、「妹は川田さんのことを友達と呼ぶだろう」……と言っていた。 だとしたら、思い当たる探し人の最有力候補は川田さんしか思い当たらない。 美雪(私服): (ということは、例のアメリカに情報を流した「繰り返す者」ってのも、川田さん……?だとしたらあの人って、本当に何者なんだ……?) どんなツテを持っていれば、一国を動かせるのかと考えかけて……やめる。 今の私が考えても、答えは絶対に出ない。そっちの問題は今は後回しだ。 美雪(私服): (川田さんの情報は……出し惜しまないとね) 川田さんについて私が知っていることはそう多くないが、私の立場を灯さん、川田さんを一穂に置き換えてみると驚くほど情報に重みが出てくる。 特に、高野製薬で彼女と出会ったことはいざという時の切り札に取っておきたい。 美雪(私服): (そもそも、なんで川田さんは高野製薬にいたんだろう……?) 自分の思考に区切りをつけ、前を歩く灯さんをもう一度見やる。 美雪(私服): (悪い人ではない……と、思うけど……) 昨夜も私と千雨用にホテルの別部屋を取ってくれたし、適当に見えてちゃんと気を遣ってくれているのは感じる。 美雪(私服): (けど、というか、でも、と、いうか……) ……昨夜、ホテルで千雨に言われたことを思い出す。 千雨: 美雪……お前って、灯さんのことが苦手だろ?怪しいとか信じられないとかじゃなく、人間的に。 美雪(私服): あー……そう見えた? 千雨: 向こうがあからさまに気づくほど、露骨じゃない。ただ、うっすらそう感じただけだ。 美雪(私服): そっか……自分でもなんとなく、そんな気はしてたよ。 千雨: 嫌いか? 美雪(私服): 嫌いじゃない……と思うけど、何を考えてるのかがよくわからなくてさ。 美雪(私服): うーん……そう考えると、やっぱ苦手なのかもね。 美雪(私服): #p穀倉#sここ#r来るまでの交通費とか宿代とかなんだかんだで全部払ってもらってるし……悪いとは思うんだけどさ。 千雨: こっちもちゃんと礼儀は払ってんだ。最低限、本人に悟らせないようにしとけばいいだろ。 美雪(私服): ありがと。けど、あの人って妙に勘が鋭そうだから……。 美雪(私服): 下手に口を滑らせると、取り返しが付かないことになりそうで……ちょっと怖いかな。 美雪(私服): 千雨はどう思う? 灯さんのこと。 千雨: 私はそこまで、苦手意識はないな……まぁ、隠し事が多い変な人だとは思うがな。 美雪(私服): あ、変な人だとは思ってるんだ。 千雨: あれを普通の一般人と呼ぶのは、さすがに無理があるだろうに。……ただ、お前の懸念はもっともだ。 千雨: 一方的にべらべら喋るのは、こっちの口を滑りやすくするため……って作戦に見えなくもないしな。 千雨: だから、お前はあんまり余計なことを喋るな。けど、必要だと思ったらお前の判断で情報を出せ。 千雨: 小出しにして揺さぶりをかけるのも、お前のタイミングに任せる。 美雪(私服): うん。詩音の件で、一度失敗したからね。相手の様子を見て探りを入れるとしても……相手にペースを握られないように気をつけるよ。 うっかりを装いつつ、手持ちの情報を小出しに見せて相手の反応を見るのは『昭和A』でもよくやっていた。 ……まぁ、わざとだって言わなかった一穂には真っ青な顔をされていたけど。今でもその判断は、間違っていなかったと思う。 美雪(私服): (事前に知らせたら、一穂の場合は露骨に態度に出してバレそうだもんなぁ……) それが一穂のいいところだったのだけど。 千雨: でも、東京からだとここの方が近いのに……あんたはどうして、先にこっちへ来なかったんだ? 灯: 都心を中心に円を描いて……考えられる最大値から円の中心に近づくように、って調べることにしたんだ。 美雪(私服): …………。 考えているせいで口数が少なくなる私とは反対に、千雨は少しでも情報を得ようとしているのか……積極的に灯さんに話しかけている。 美雪(私服): (灯さんに苦手意識はなさそうだけど、やりとりを任せっきりにするわけにはいかないし) 私が完全に黙り込んだら逆に不審がられる……適度に会話に入るようにしよう。 美雪(私服): ……逃げた犬の、探し方みたいですね。 灯: おや、よく知ってるね。もしかして犬を逃がした経験があるのかい? 美雪(私服): ずっと社宅住まいなんで、犬は飼ったことないです。……ただ、近所の友達の犬が別の犬に吠えられて、びっくりして逃げたのを探したことはあります。 千雨: ……6年の時のアレか。ありゃ大変だったな。 小6の時、昔から社宅に住んでいた子のご両親が夢のマイホームを社宅の近くに建てて……同時に犬も飼い始めた。 学区が変わらなかったその子の家に千雨と何度か遊びに行ったこともあったこともあり、散歩中に犬が逃げたと聞いた私たちも捜索隊に加入。 なんとか見つかった犬は、怪我はしてないもののどこをどう冒険したのか泥と葉っぱにまみれた姿で見つかって……。 捜索隊のメンバー全員、大笑いして安堵したものだ。 美雪(私服): (中学で学区が変わったから会ってないけど、里沙も犬も元気にしてるかな……) 黒い毛の人なつこい犬を思い出す視界の片隅で、灯さんがふむふむと頷く。 灯: なるほど。確かに犬は家から遠い位置へと少しずつ家に近づくように探した方が見つかりやすく……。 灯: 逆に逃げた猫を探す時は、まず身近なところを探して少しずつ距離を広げるように探すほうがいいと言うね。 千雨: そう言うあんたは、動物を飼ってたのか? 灯: 昔から実家で犬を飼ってるよ。今は3匹いて、ちょっと前に猫が2匹増えた。 ……犬猫合わせて5匹か。結構多い気がする。 灯: ただ、私たちが追っているのは犬でも猫でもない……わずかでも、手がかりが見つかるといいんだけどね。 そう言って灯さんは、考え込むように目を伏せる。……憂う素振りと雰囲気は年相応の大人に見えたが、すぐに表情が明るいそれへと切り替わった。 灯: でも、犬探しの手法で可愛い同行者を見つけ出すことができたからね。なんとかなる気がしてきたよ! 美雪(私服): (なるのかな……?) この人の底抜けの明るさは、どこから沸いてくるのだろう。羨ましい反面、不気味な感じがしなくもない。 千雨: ところで、これからどこに行くんだ? 灯: 探しに行く、というより会いに行く……かな?例の古手家の分家、その関係者にね。 美雪(私服): って……今から行く場所にいるんですか?! 灯: アポイントメントはないから、突撃直撃本番だ! 会えるといいね! 美雪(私服): そんな適当な……。 灯: と、いうわけで。君たちは一人旅が寂しい私という旅人が強引に連れてきた同行者……てな感じでよろしくね。 千雨: 感じ、じゃなくて……あんた、結構強引に私たちを連れて来てる自覚がないのか? 灯: …………。 灯: よく考えたらその通りだね! 美雪(私服): (……なんとかならない気がしてきた) 千雨と2人、荷馬車に乗せられた牛の気分で海辺を歩き続ける。 そして、迷いを感じさせない灯さんの歩みは……今まで見たことがない奇妙なしめ縄が祀られた小さな神社の鳥居をくぐった辺りで止まった。 灯: おっ……! 灯さんが声をあげると同時に、私も見つけた。 古手神社よりもはるかに小さな境内を、誰かがこちらに背を向けて箒を片手に掃除をしている。 灯: おーい! 灯さんが嬉しそうに声をかけながら手を振ると、箒を手にし、掃除の手を止めて振り返ったのは――。 巫女服の女性: ……どちら様ですか。 ――どこか影を帯びた、綺麗な巫女服の女性だった。