Prologue: 椋: 『今日も一日、特に何もありませんでした。しばらくお天気の日が続くとの予報なので、週末は買い物に出かけるのもいいかもです』。 椋: うん……これで、学級日誌の記入も終わりっと。何も書くことがないのはちょっと味気ないけど、やっぱり平穏無事が一番だよね。 椋: そう言えば、お姉ちゃんはまだかな?今日は一緒に帰ろうって約束してたんだけど……。 椋: とりあえず待ってる間、明日からのことでも占ってみようかな……ふふっ。 椋: 机の上に、カードを並べて……運勢は……。 椋: ……あれ……? 杏: お待たせー、椋。遅れてごめんね、ちょっと職員室で担任に捕まっちゃって……。さっ、帰りましょ。 椋: …………。 杏: 椋? どうしたの……って、また占いやってたんだ。 椋: あ、お姉ちゃん。 杏: ずいぶん真剣な顔でカードを見てたわね。ひょっとして、恐ろしい結果でも出たとか? 椋: お、恐ろしくなんてないよ……!占いはそんな、怖いものじゃないんだから。 杏: はいはい。で、何について占ってたの? 椋: えっと、その……明日からの私たちの運勢を占ってたんだけど……よくわからなくて……。 杏: ……わからない?そんなにひどい結果が出たってこと? 椋: う、ううん……「何も起こらない」だって。 杏: は……?なんだ、だったらいいことじゃない。別に心配することは――って……。 椋: 私の占いって、結果の大小はともかく「何か起こる」って出ることが多いでしょ?だけど今回は……うーん……。 杏: (確かに……椋の占いって、いつも真反対のことが起こるのよね。悪い結果の時は良い、逆の時は……) 椋: ……お姉ちゃん? 杏: (もしかして、また朋也か陽平あたりがトラブルを起こしたり巻き込まれたりして、何かとんでもないことが起きるとか……?) 杏: (まぁ、あの2人絡みだったら最終的には笑い話になることが多いし、そこまで心配はいらないと思うけど……) 椋: お姉ちゃんってば。 杏: え? あ、ごめんごめん。ちょっと別のことを考えちゃってて。 杏: まぁ、気にすることはないんじゃない?当たるも八卦、当たらぬも八卦なんだから。 椋: ……。だと、いいんだけど……。 椋: 最近は特に何事もない日が続いてたから、ちょっと、モヤモヤしちゃって……。 杏: ……椋……。 智代: 失礼する。……っと、E組の藤林姉も一緒だったか。これなら手間が省けたな。 杏: あれ……生徒会長?どうしたの、こんなところに。 智代: 実は、クラス委員の2人に折り入って相談したいことがあって来たんだが……少し、時間をもらってもいいだろうか。 椋: あ、はい。……どういった相談ですか? 智代: 詳しい話は、生徒会室でさせてくれないか。色々と見てもらいたい資料があってな……足労をかけて申し訳ないが、よろしく頼む。 杏: わかったわ。……ねぇ、椋。これってもしかして、占いと関係がありそう? 椋: うーん……どうだろ……? 智代: 占い……? それはいったい、何のことだ? 杏: ううん、なんでもない。とにかく話を聞きましょうか。 智代: そうか、助かる。では、ついてきてくれ。 ……古手神社のある裏山からさらに進んだ深い森の中に、古い大樹がある。 月明かりのみが照らし出す夜の闇の中……よく見れば小さな人影がひとつ……いや、ふたつ。 ひとりは、眠っている梨花と沙都子を置いてこっそりと家を抜け出してきた羽入だった。そして、もうひとりは――。 羽入(私服): ……田村媛命。あなたの協力が、また必要になったのです。 田村媛命: 『…………』 羽入(私服): あの時のように、僕が#p雛見沢#sひなみざわ#rから出る手伝いをしてもらいたいのですよー。 が、そんな羽入に対して話の相手……田村媛命は呆れたようにため息をつき、首を左右に振りながらいった。 田村媛命: 『……角の民の長……そなた、まだ懲りておらぬ也や?』 田村媛命: 『試しとして、あの手法を用いた時ならばいざ知らず……不都合が判明した現状でも行うことを望むとは、さすがに理解できぬ#p哉#sかな#r』 羽入(私服): あぅあぅ……そ、そうは言ってもこの方法しか、僕には案が思い浮かばないのです。 羽入(私服): だから、田村媛命。この僕からの、一生のお願いなのですよ~。 田村媛命: 『……角の民においては、一生の願いが二度も三度もある也や? あるいはこの短期に輪廻転生を行ったとでも?』 羽入(私服): そ、それはぁ、でも……あぅあぅ……。 田村媛命: 『……いま一度考え直し給え、角の民の長。本来雛見沢から出ることのできないそなたを、≪波動≫によって存在ごと情報化し……』 田村媛命: 『吾輩の支配下にある老樹を経由して遠隔地へと送る手段は、確かに成功……と申してもよい結果をもたらした哉』 田村媛命: 『されど、その最中に生じた誤作動の原因をいまだ探れぬまま再び実行するのは、危険以上に狂気の沙汰に等しい行い也や……!』 羽入(私服): きょ、狂気とはあんまりなのですよ……あぅ。 田村媛命: 『何を申す哉。これでも吾輩は、言葉を選んでそなたに申している也や。……もし望むならば吾輩の本音をそのまま伝えても善きが、如何に?』 羽入(私服): い、いえ……聞きたくないのですよ……。 田村媛命: 『率直に申して、阿呆極まりない哉。一度黄泉路に参りて後に、吾輩の前に姿を現すが身の程と知り給え』 羽入(私服): (聞きたくないって言ったのに、こんにゃろう……!) 田村媛命: 『……いずれにしても、そなたの存在を安定して遠隔地に送り届けるのは現状、吾輩も把握できぬ悪しき影響を与える恐れがある也や』 田村媛命: 『そのせいで前回は、街に住まう人々に無用の迷惑をかけ……そなたらもまた、あの面妖な連中と戦う羽目になった哉』 田村媛命: 『ゆえに、この手段は実用に向かないとの結論に達し、当分は使用を禁ずる……確かそなたは一度、そう申していたはず也や』 田村媛命: 『にもかかわらず、その舌の根も乾かないうちに再び使用したいと望むとは、正気か?それともそなたは、鳥頭とでも申すべき哉?』 羽入(私服): (っ……今すぐ、ぶん殴ってやりたい……!こっちの足元を見て、好き放題言いやがってくれているのです……!) 羽入(私服): (で、でも……こんちくしょうの協力がなければ、今の僕には何もできませんし……我慢、我慢……!) 羽入(私服): あ、あぅあぅ……。確かに、僕もその心配がないわけではないのです。 羽入(私服): ……ですが昨日、そうも言っていられない事情ができてしまったので恥を忍び、貴様……じゃない、あなたにもう一度会いに来たのですよー。 田村媛命: 『今一瞬、聞き捨てならぬ呼称がそなたの言に含まれていた気がしたが……流してやる也や。して、事情とは?』 羽入(私服): あぅあぅ、実は……。 Part 01: それは、数日前の放課後の#p雛見沢#sひなみざわ#r分校でのこと──。 部活を始めようと席を立った私たちは、ふと梨花ちゃんが何かの雑誌のようなものを読んでいることに気づいた。 美雪: んー? おーい、梨花ちゃん。熱心に読んでるけど、それって何? 梨花: みー、これは今朝の定期検診の時、入江の机の上に置いてあった高校の入学案内のパンフレットなのです。 梨花: 知人の依頼で、入江が取り寄せた時に1冊分が余ったそうなので、ボクがお願いしてもらってきたのですよ。 魅音: どれどれ……ってそれ、聖ルチーア学園の資料じゃんか。詩音が見たら悲鳴を上げそうだねぇ……。 そう言って魅音さんは、苦笑いとともに広げられた資料の中身を覗き込む。 パンフレットには明るく談笑する生徒の写真や、美辞麗句に満ちた文言がこれでもかとばかりに掲載されていて……。 学園の「真実」を知らない人が見たら、憧れや興味を抱いてもおかしくない内容だった。 一穂: (ルチーアかぁ……このパンフレット通りの学園だったら、どんなによかったか……) 実態を知っている身としては、乾いた笑いか重いため息しか出てこない。……もはや詐欺レベルじゃないだろうか。 菜央: ……あら?ここの写真の隅にうつってる人って、詩音さんじゃないかしら。 レナ: はぅ……ほんとだ。桜の木の下で笑っている詩ぃちゃん、かぁいいよ~♪ 思いがけずに見つけた知っている顔に、私たちはにわかに盛り上がる。 確かにレナさんたちの言う通り、写真の中の詩音さんはとても楽しそうで……なんだか輝いているようにも見えた。 一穂: (なんだろう……今よりもずっと、心から微笑んでるような気がする……) だとしたら、この笑顔を曇らせるほどにルチーアの学園生活が酷かったのだろうか。それとも……? 詩音: はろろ~ん♪どうも皆さん、こんにちはです。 そう言って、教室の入口からにこやかに顔を出してきたのは……たった今、私たちが話題にしていた詩音さんだった。 魅音: おっ、噂をすればなんとやらだね。いいところに来たよ、くっくっくっ……。 詩音: なんですか、お姉。人の顔を見るなり笑って……気味が悪い。 詩音: ん? 梨花ちゃま、読んでいるその冊子はなんですか? そう言って、彼女はなんとはなしに梨花ちゃんの手元に広げられた「それ」を覗き込み……。 詩音: げっ……! 冊子の中身が何かを知った途端、まるでガマガエルが潰れるような声を発して大げさなほどにのけぞってみせた。 詩音: そ、それは……もしや、まさか……っ、ルチーアの入学案内じゃないですか?! 梨花: みー。まさかも何も、そのものズバリなのですよ。 詩音: な……なんでそんな忌々しく、物騒なものがここに……?! 沙都子: ……震えておりますわね、詩音さん。そんなに恐ろしいんですの? 詩音: 恐ろしいんじゃなく、厭わしいんです!沙都子だってカボチャを見れば、こうなりますよね?!それと同じレベルですっ! 沙都子: ひ……ひいいぃぃぃっ?そ、そんな汚らわしい代物なんですの、これはっ?! 美雪: いや、沙都子まで何を共感してんのさ。っていうかここって、詩音が行ってた学校でしょ?元生徒のキミがそこまで嫌わなくても……。 詩音: 嫌いますよ、嫌って当然でしょうっ?あそこは学校なんかじゃありませんっ!むしろ工場ですよ、工場っ! レナ: はぅ……学校が工場?どういうことなのかな、かな……? 詩音: わかりやすく言うと、貞淑な無機物工業品の生産工場ってことですっ! 梨花: ……全然わかりにくいのですよ。何を言っているのか、さっぱりなのです。 詩音: だったら、はっきりと!あれは人間をロボットみたいな中身に変える、とんでもない場所です! 詩音: 個性を奪い、思考を破壊する!あんなところに入って、とても正気を保てるものでは――、っ?! そう力説してから詩音さんは、入学案内を手にしている梨花ちゃんの顔を見てはっ、と息をのみ……。 わなわなと震えながら、まるで異形の怪物を目にしたような表情で慄きながらいった。 詩音: ま、まさか梨花ちゃま……?中学になったらルチーアに行く、だなんて血迷ったことを言い出したりしませんよねっ? 梨花: みー……? いえ、さすがに中学まではこの分校で勉強をするつもりなのです。 梨花: ただ、高校は#p興宮#sおきのみや#r以外にどんなところが他にあるのか……ちょっと調べてみたいと思っただけなのですよ。 詩音: ……あぁ、そうでしたか。だったら安心しましたよ、はぁぁ……。 詩音: でも……だからって何も、よりにもよってルチーアはないでしょうっ? 詩音: 「ルチーア行くの、止めますか?それとも……人間やめますか?」なんて標語ができるくらいの場所ですよ、あそこは! 沙都子: 覚せい剤みたいな言われようですのね……。 詩音: ルチーアダメ、カッコ悪い! 菜央: ……気のせいか、今度は先進的な感じがするわ。 それになんだか、いつもの詩音さんとはキャラが違うような気がする。……ちょっと面白い。 沙都子: あ、ですけど……そうおっしゃるわりに詩音さん、これを見てくださいませ。 沙都子: ここのページの写真には、詩音さんが写っておりますが……ずいぶんといい笑顔をされているようにお見受けしましたが? レナ: うんうんっ。満開の桜と詩ぃちゃん、かぁいいよぉぉ~。 詩音: なっ……い、いつの間にこんなものを?!これ、完全に盗み撮りじゃないですか!プライバシーの侵害で訴えてやりますっ! 菜央: 訴えるって、大げさねぇ。……っていうか詩音さん、この写真のことを知らなかったの? 詩音: 知りませんよ! 完全に初見だし初耳です!葛西に頼んで、すぐに弁護士の手配を……! 魅音: ちょ、ちょっとちょっと!そんなくだらないことに、うちの顧問弁護士を使うんじゃないって! 高いんだよあそこっ? 詩音: くだらなくなんてありませんよ!それに、私の生き死にと等しいくらいの大問題なんですから、金は惜しみませんっ! 魅音: いや、惜しみなって!無断で弁護士引っ張り出すな、って婆っちゃと母さんに怒られるのは私なんだからさー?! 圭一: あー……詩音の話だけを聞いていると、ルチーアって地獄か何かみたいに思えてくるな。そんなに酷いところなのか、そこって? 詩音: 圭ちゃん、ナイスな質問です!そうです、まさにあそこは地獄そのものですよっ! 美雪: いや、地獄って……キミねぇ。話を盛るにしても、限度というものが……。 詩音: 全然っ! 学園中至るところに防犯カメラと称した監視カメラが設置されていて……学園内での言動は学園側にすべて筒抜け! 詩音: なので、少しでも学園に反抗的な態度や言動をすれば即、反省室という名の独房に強制連行されて卒業まで幽閉……! 詩音: 一度中に入ったら、二度と戻ってこない者も少なくない……まさにアルカトラズ、セントヘレナも真っ青の監獄ですよッ!! 沙都子: し、詩音さん……仮にも学び舎を比較する対象としては、不穏すぎる代物かと思いますけど……? 一穂: う、うん……ちょっとね……。 詩音: 何を言うんです、こんなのはまだ序の口ですよ!真偽不明の都市伝説じみた話は、いくらだってあるんですから! 詩音: 脱走者は拷問の末、秘密裏に処理される……そういう噂だってあったくらいなんですからね! レナ: 処理って……えええっ?ま、まさか殺されちゃうの?! 魅音: いやー……それは都市伝説の中でも、一番信ぴょう性が低いやつでしょ。 詩音: さぁ、どうですかね……実際行方不明者は、年に何人か出ていましたし。 圭一: なっ……ま、マジでっ?! レナ: ル、ルチーアってそんなに怖いところだったんだね……はぅぅ……! 梨花: みー……そうは言っても、厳しいってことはその分レベルが高くて、優秀な学校だと思いますですが……。 詩音: まぁ、それは認めます。優秀じゃなければ人に非ず、って校風ですからねー。 詩音: それに、一度でも赤点を取れば問答無用で『特別クラス』行きなので、みんな必死でしたよ。 羽入: ……『特別クラス』とは、どんなものですか? 詩音: 最悪という意味での「特別」です。教室に監禁された状態で、普通クラス程度の点数を取るまでずっと、自習の繰り返し……。 詩音: なにしろ学園の生徒は、みんな良家の子息子女。世間体ってのがありますから、たとえ成績不良でも退学なんてさせられません。 詩音: だから『特別クラス』に追いやって、監禁し……中身が矯正されるまで隠蔽するんですよ。 一穂: え、えっと……。 詩音: あと、娯楽もないストレスフルな閉鎖空間なので、陰湿ないじめも多いですね。家柄や成績で露骨な序列がついていますし。 詩音: 耐えきれずに脱走を試みる生徒も少なくないですが、もし見つかれば、反省室という名の独房行き。 詩音: 体面が最優先なので、不祥事はすべて内々で処理。その中には犯罪行為にあたることもあって……。 一穂: …………。 美雪: ……あのさ、一穂。キミってそんな、おっそろしい学校に通ってたの……? 一穂: そ、そこまで酷いところじゃなかったような……あ、あはは……。 菜央: ……どの程度の酷さだったのか、いつか聞かせてもらえる?場合によっては、告発してあげるから。 一穂: だ、大丈夫だよ……。 ……どうしよう。説明としては間違っていないところもあるけれど、明らかに誇張された点も多い。 ただ、私がそれをここで指摘するのは何かまずい気がする……。 詩音: ……というわけなので、梨花ちゃま。悪いことは言いませんので、ルチーアだけは絶っっ対、やめておきなさい! マジで! 魅音: あ、あんたねぇ……そこまで脅したら、梨花ちゃんも「うん」と答えるしかないでしょ? 魅音: それに結局のところ、決めるのは梨花ちゃん本人なんだから。外野があれこれ口出しするもんじゃないって。 詩音: そんなこと言って、梨花ちゃまが道を誤ったら誰が責任を取るんですか!私はこれでも、彼女の将来のことを思って……! 梨花: みー……詩ぃの気持ちはありがたいのですが、さっきも言ったようにこの資料は参考として見ているだけなので……。 梨花: 今のところ、ボクはルチーアに行くつもりはないのですよ。でも……。 すると梨花ちゃんは、決然とした表情で顔を上げ……この場にいる私たちを見渡していった。 梨花: 以前、魅ぃたちには言ったかもしれませんが……この村をよくするためにも、ボクは新しい知識や技術を手に入れたいのです。 梨花: そして、誰かに守られてばかりではなく誰かを守るために……もっと成長をしたいのですよ。 一穂: 誰かを、守るための……成長……? 梨花: はいなのです。だから興宮だけでなく、村の外の学校ではどんな勉強をして、どんな活動をしているのか……。 梨花: それを見て、知る機会がほしいのですよ。 一穂: 梨花ちゃん……。 凛と力のこもった梨花ちゃんの言葉に、私たちは圧倒された思いで押し黙る。 その確固たる決意は、その声と内容にはっきりと含まれていて……改めて彼女のことを、私はすごいと思っていた。 沙都子: 梨花……。 美雪: なるほど……梨花ちゃんは、そんな先の未来のことまで考えてたんだね。 レナ: はぅ~、すごいすごい……!レナ、梨花ちゃんのことを尊敬するよ~! 梨花: いえ……今のボクはそんな決意をしなければいけないくらいに、無力なのです。 梨花: だから、そんな自分を……変えたいのですよ。 詩音: ……。そういうことだったんですね。 詩音: すみません、私……梨花ちゃまがそこまで深く考えているとは思いもせず……余計な口出しをしてしまったかもです。 梨花: いいえ、気にしていないのですよ。詩ぃのルチーアの情報も、興味深かったのです。 梨花: だから、どこに進学するのかはそれも含めて……もっとよく考えてみるのですよ。 圭一: ああ、それがいいと思うぜ。進学ってのは、一生を左右するようなことなんだからな。 沙都子: そうですわよ、梨花。あなたまでもが圭一さんのようになったら、大変ですもの。 圭一: そうそう、俺みたいになったら……って、そりゃどういう意味だ沙都子ぉっ?! 沙都子: をーっほっほっほっ!言葉通りの意味でしてよ~。 レナ: あははは、大丈夫! 圭一くんにはいいところがいっぱいあるんだから。はぅっ♪ 圭一: ……おい、レナ。それも微妙にフォローには聞こえないんだが。 魅音: まぁまぁ、圭ちゃんもそのへんで。さて、今日はそろそろ帰るとするかね。 菜央: もうこんな時間なんだ……じゃあ、今日はこれでお開きってことで。 一穂: うん、また明日だね。 梨花: はい、また明日なのですよ。にぱー♪ Part 02: そして、帰り道。やはりさっきのことが気がかりなのか、梨花ちゃんは口数が少ない様子だった。 梨花: …………。 沙都子: はぁ……今日は、お腹が空きましたわね。お夕飯で、何か食べたいものはありまして? 羽入: あぅあぅ、元気の出るものがいいのです。お肉とかはどうですか? 沙都子: あら、それもいいですわね。梨花はどうかしら? 梨花: みー……ボクはあまり、お腹が減っていないのですよ。 沙都子: そんなこと言っていると、いつまでも大きくなれませんわよ。 沙都子: そうだ、今日はすき焼きなんていかが?牛さんはお高いので、お肉はブタさんになってしまいますけど。 羽入: ブタさんもおいしいのです。ぶーぶーグーグーなのですよ、あぅあぅ♪ 沙都子: では、ブーブーでまいりましてよ。ブーブーでもおいしく仕上げてみせますわ。肉がなんだろうと決め手はタレですものね。 羽入: あぅあぅ、甘めのタレがおいしいのですよ。 圭一: おっ、豚すきか。そりゃうまそうだな。 沙都子: をーっほっほっほっ!残念ですが、圭一さんの分はありませんわよ。ねぇ、梨花? 梨花: ……。はいなのです。 やはり梨花ちゃんは、上の空なのか反応が鈍い。明るく振る舞っていた沙都子ちゃんたちは、あまり効果がないと気づいてため息をついていた。 魅音: さて、どうしたもんかねぇ……。 レナ: はぅ……でも梨花ちゃんは、あんな将来のことまで考えていたんだね。 圭一: あぁ、まったくだな。毎日遊び歩いている俺には想像もつかねぇ重責だぜ。 詩音: ……なのに私、勝手に自分の事情を振りかざして酷いことを言ってしまったかもです。 魅音: まぁ、そんな気にしなくて大丈夫だって。梨花ちゃんは詩音と違って、器がでかいんだから。 詩音: うっ……まぁ、私はどちらかと言えば圭ちゃんに近い立場ですしね。 詩音: 梨花ちゃまやお姉と違って、村の将来に責任があるわけでもないので……。 魅音: いや、私はそういう意味で言ったわけじゃ……。 一穂: でも……何か私たちで、梨花ちゃんのためにしてあげられることってないのかな……? 美雪: んー、そうだね……まぁ相談したいって梨花ちゃんが言い出すまで、私たちは待っててあげるしかないと思うけど。 魅音: 確かにね。それ以外には特に……うん? 知恵: 園崎さーん、ちょっと待ってくださーい。 魅音: ……って、知恵先生? 知恵: はぁ、はぁ……よかったです、まだ学校に残ってくれていて。 魅音: えっと、何かご用でしたか? 知恵: えぇ。今、光坂高校の坂上智代さんという方から園崎さんにお話がある、とお電話が入っていて。 魅音: 光坂高校……ですか? 知恵: そうです。待っていただいているのでよければ出てもらえますか? 魅音: ええっと……。 魅音さんは戸惑った様子で、私たちの方に振り返ってくる。 どうやら、電話の相手に心当たりがないらしい。腕組みをしてしきりに首を捻っていた。 魅音: 坂上、智代……?うーん、誰だったっけ……? レナ: 坂上……坂上、智代……?以前どこかで、聞いたことがあるような……。 一穂: ……あっ! 美雪: おぅっ……ど、どうしたの、一穂? 一穂: ほら、坂上さんって、あの……以前#p興宮#sおきのみや#rの学校に体験学習で来てた都会の学校の人だよね? 魅音: えっ? えっと……体験、学習……? 一穂: 確か、生徒会長さんだって言ってたと思うんだけど……覚えてない? 魅音: 生徒会長? 生徒会長……生徒会長……。 魅音: ……あ、あぁっ!! そうだったそうだった!光坂高校の、生徒会長さんだ! 魅音: 体験学習で興宮の方に来たんだけど、トラブルがあって分校に来ることになった……! 沙都子: あぁ、あの方たちですわね。私もよーく、覚えておりますわ。 魅音: いやー、すっかり記憶から抜けていたよ。私も歳を取ったかねぇ。 魅音: あんなにドタバタした上にお世話になったってのにさ……あはははっ。 詩音: 若年性の健忘症とかじゃないですか?怖いですねぇ……監督に頼んで、一度頭の中を診てもらったらどうです? 魅音: ぐ……あ、あんただって思い出せなかったくせにー! レナ: あはは、レナもだよ。どうして忘れていたんだろうねぇ。 梨花: みー……それで、あの生徒会長さんが今ごろ魅ぃに何のご用なのでしょうか? 一穂: そうだよね……何かあったのかな? レナ: とにかく、とりあえず話を聞いてみたらどうかな、かな……? 魅音: そうだね。じゃあ先生、今から行きます! そう言って魅音さんは、ものすごい勢いで校舎に戻っていった。 そして、その日の夕方……。 私は魅音さんたちと一緒に、古手神社を訪れていた。 魅音: 悪いね、梨花ちゃん。夕食の準備時に呼び出しちゃってさ。 梨花(私服): いえ、大丈夫なのですよ。……今日はあまり、食欲もなかったですから。 一穂: …………。 梨花(私服): ……みー、変なことを言ってごめんなさいなのです。それで魅ぃたちは、どんなご用なのですか? 魅音: ちょっと梨花ちゃんに相談があってさ。今、少し時間をもらっても大丈夫かな? 梨花(私服): それは構いませんが……。何か、難しい話なのですか? ぞろっと居並ぶ面々に、梨花ちゃんは怪訝そうな表情を浮かべている。 そんな彼女に、詩音さんが「まぁまぁ」と緊張をほぐすように笑顔を向けていった。 詩音: 心配しなくても大丈夫ですよ、梨花ちゃま。たぶん、悪い話じゃありませんから。 レナ: そうだよ、梨花ちゃん。きっと喜んでくれるんじゃないかな、かな。 梨花(私服): みー、そう……なのですか? 魅音: うん。実はさ、今日帰りがけにかかってきた電話のことなんだけど……誰からか覚えている? 梨花(私服): はいなのです。坂上智代……以前、興宮へ体験学習に来ていた人でしたね。 魅音: そうそう。実はその智代から、私たちも向こうの学校の体験入学をしてみないか、って提案をもらったんだ。 梨花(私服): 体験入学……?それはいったい、どんなことをするのですか? レナ: 今度はレナたちが、向こうにお邪魔して……そこの生徒さんたちと一緒に学校生活を送ればいいんだって。 レナ: ちょっとした留学みたいなものかな、かな? 梨花(私服): 留学……ですか……。 詩音: ほら、私たちって来年は高校に進学ですしね。 詩音: ですから、受験生の立場としてどんなところを魅力に感じるのか、数日過ごしてもらってアンケートを集めたいそうなんですよ。 魅音: ただ、その学校で体験入学のイベントをするのはどうやら初めてらしくてさ。 魅音: いきなり、見ず知らずの中学生を呼び込むのはちょっと……ってことらしくって。 詩音: そういうわけで、多少気心の知れた私たちに白羽の矢が立ったんだそうです。 梨花(私服): みー……話はわかったのですが……。 沙都子(私服): そうですわね。それが、梨花とどんな関係があるんですの? 梨花(私服): ……ボクたちは、まだ受験生ではないのです。つまり魅ぃたちが村の外に出ている間、お留守番をするということなのですか……? 魅音: まぁまぁ、話は最後まで聞いてよ。 魅音: 智代が言うには、今回はあくまでテストだから別に受験生でなくてもいいって言うんだよ。 魅音: それこそ、まだ中学にもなっていない子でも所属する学校の許可さえあればOKだって! 梨花(私服): えっ……? レナ: もちろん、もう校長先生と知恵先生の許可は取ってあるよー! 梨花(私服): じゃ、じゃあ……ボクもその体験入学をさせてもらえるのですか?! ようやく話の趣旨を飲み込めたらしく、梨花ちゃんはぱっと嬉しそうな笑顔を浮かべた。 レナ: あははっ、そうなんだよ~♪梨花ちゃん、興宮以外の学校も色々見てみたいって言っていたよね? 梨花(私服): は、はいなのです……! 詩音: だったら梨花ちゃま、これはもってこいのナイスな提案だと思いませんか? 沙都子(私服): 本当ですわ、梨花。とってもいいお話じゃありませんの? 梨花(私服): は、はいなのですっ……。 魅音: 私たちも揃って行くつもりだからさ、梨花ちゃんも一緒に光坂高校の体験学習に行ってみようよ。……どう? レナ: 興味あるかな……かな? 梨花(私服): ……は……はいっ。ボクもみんなと一緒に体験学習に行きたいのですっ。 梨花ちゃんは一も二もなくうなずいた。さっきまでの沈んでいた表情は、もうすっかり明るくなっている。 魅音: よしっ! じゃあ決まりだ! レナ: 梨花ちゃん、楽しみだねっ。 梨花(私服): はいなのですっ。 笑顔を弾けさせて喜ぶ梨花ちゃん。ただ、その一方で──。 羽入(私服): …………。 一穂: ? どうしたの、羽入ちゃん。 羽入(私服): あ、いえ。何でもないのですよー。 梨花ちゃんと一緒に喜んでいる沙都子ちゃんはともかく……羽入ちゃんの様子になんとなく、私は違和感を抱いていた。 Part 03: そして、さらに数日後――。 美雪: 着いた~~~~~~~! #p雛見沢#sひなみざわ#rを出た一同は電車を乗り継ぎ、半日ほどかけて光坂高校のある街へとようやく到着した。 一穂: はぁ……無事に着いてよかったね。 圭一: ここに来るまで、結構な行程だったなー。ずっと座っていたから、ケツが痛いぜ。 詩音: あれえ、そうでした?圭ちゃんは途中、座っていなかった時も結構ありましたよね? レナ: あははは、そうそうっ。圭一くんはかぁいいバニーガールの姿で電車の中を練り歩いていたよ~。 圭一: あ、あれはお前らがやらせたんだろうが! 魅音: 罰ゲームなんだから、仕方ないでしょ?恨むんなら、勝負に弱い自分を恨むんだね~。 沙都子: まったく……圭一さんと来たらてんで歯ごたえがないんですから。 圭一: にしたって、電車の中だぞ?少しは手加減した罰ゲームにしてくれぇぇ!! 圭一: しかも、どこかの乗客が車掌さんに苦情を入れたせいで……俺はあの格好のまま、こっぴどく怒られたんだからな! 圭一: はぁ……すっげぇ恥ずかしいったらなかったぜ。 詩音: くすくす……逃げるように戻ってきたのは、そういうことだったんですかー。その光景をお目にかかれなかったのが残念です。 魅音: まったくだねー! 私たちの車両で怒られてくれたら、もっとよかったのにさ……くっくっくっ! レナ: はぅ……バニーさんのカッコで怒られている圭一くん、レナも見たかったよぉ~。 圭一: ふざけんな!あんな恥ずかしい姿、お前らにまで見られたりしたら切腹もんだ! 菜央: ……あたしはその場にいなくてよかったわ。そんな現場に居合わせてたら、こっちが恥ずかしくて死にたくなりそうだもの。 美雪: あはは、違いないね。私はちょっと見てみたかった気もするけどさ。 一穂: もう……みんな、はしゃぎすぎだよ。ここは雛見沢じゃないんだから、あんまり騒ぐと恥ずかしいじゃない。 魅音: おっと、そうだったね。たしかにちょっと浮かれすぎていたよ。 詩音: あー、でも……招待をされた時は身構えていましたが、この町はそんなに大都会って感じでもないんですね。 レナ: はぅ~っ、建物はいっぱいあるけど、なんだかかぁいい町だよ~♪ 菜央: ほんとね。規模は穀倉より小ぢんまりとしてるけど、騒がしい感じがなくて落ち着くかも……かも♪ 魅音: うんうん、雰囲気のいい街だね。初めてなのに、どこかホッとするよ。 沙都子: これなら、田舎からやってきた私たちでも気後れせずに過ごせそうですわねぇ。 一穂: だ、だからってはしゃぎすぎはダメだよ。 沙都子: 心得てますわ。ちゃんとレディーとして過ごしますわ。 レナ: レナも頑張るよ~、はぅはぅっ♪ 魅音: もちろん、私もね! 詩音: お姉は無理じゃないですか? 圭一: 確かにな。魅音はレディーってガラじゃないと……。 圭一: イデデデデデデッ! 魅音: だ・れ・が・ガラじゃないって~? 圭一: そ、そういうとこだぞっ!!いだいっ! いだいって! 一穂: だ、だから……はしゃいだりするのはやめようって言ってるのに……! なんとか私がなだめようと試みるものの、全員旅先ということもあってか、初めて訪れる街の光景に盛り上がっている様子だ。 と、そんな中……。 梨花: …………。 梨花ちゃんだけは、どこかに忘れものでもしたような……少し乗り切れない様子だった。 美雪: 梨花ちゃん、大丈夫? 梨花: ……みー? 美雪: いや、ここまで浮かない顔をしてたからさ。 一穂: そうだよね、電車の中でもずっと黙ってたし。……あ、もしかして乗り物酔いでもした? 梨花: みー、ボクはなんともないのです。ただ……。 沙都子: 羽入さんのことが、心配なのですのよね……? 梨花: ……はいなのです。羽入をひとりだけ、雛見沢に残してきてしまったので……。 菜央: ああ、そっか……。こんな時に体調を崩しちゃうなんて、ツイてないわね。 梨花: みー……つい浮かれてしまって、羽入のことをすっかり忘れていたのですよ。 そう言って梨花ちゃんは、申し訳なさそうに肩を落としてため息をつく。 一穂: (……「忘れていた」って、どういう意味だろう。羽入ちゃんがこの時期、体調を崩しやすいってこと?それとも……) なんとなく違和感が、ちくりと胸の内にわいて出る。ただ、彼女の表情を見ているとそんなことを聞くのも悪いように思えて……私は口をつぐむことにした。 魅音: 梨花ちゃん……ほんとによかったの?なんなら羽入の体調が回復するまで、日を改める相談を智代にしてもよかったのに。 梨花: さすがにそれは、みんなに申し訳ないのです。それに羽入も、自分の分まで楽しんできてほしいと言っていましたのです。 梨花: だから今回は、羽入の分までしっかりと勉強するつもりでふぁいと、おーなのですよ。 一穂: 梨花ちゃん……。 そう言って、ようやくぎこちないながらも元気に振る舞ってみせる梨花ちゃんの返答を聞いて、私たちは顔を見合わせて頷く。 今回の主役である彼女がここまで言うのだから、その意向に従ってあげるのが優しさだろう。……私たちは無言で、そんな同意をかわしていた。 沙都子: をっほっほっほっ、そうですわね~!では羽入さんには、何か喜びそうなお土産を買って帰るとしましょう。 一穂: そうだね。時間を見つけて、こっちのおいしいものでも探してみよう。 梨花: はいなのです。とにかくボクは頑張って高校を見学していっぱい体験をするのですよ。 圭一: はははっ。きっと梨花ちゃんのそんな体験談が、一番の土産になると思うぜ。 レナ: うんうんっ、圭一くんの言う通りだね!せっかくだから精一杯有意義に過ごして、いっぱいお話を聞かせてあげようよ。 梨花: そうするのですよ、にぱー。 菜央: そうと決まれば、早く行った方がいいわ。あたしたちのことを待ってくれてるんでしょ? 魅音: おっと、そうだった!じゃあみんな、光坂高校へレッツゴー! 全員: おー! 一穂: ふぅ……結構な坂だね。 レナ: でも、これって桜かな……かな?春は並木道に咲き誇って、きっと綺麗だろうね~。 詩音: ですね。この桜が一斉に咲いたら絶景ですよ。 今は青葉の桜並木を見上げながら、私たちは光坂高校へと向かう坂道を上って行く。 魅音: お、見えてきたよ。 やがて、その先に学校が見えて……校門の前に、何人かの人影が並んでいるのが目に入ってきた。 レナ: あれかな? 沙都子: ええ、あれですわね。あれは確か……。 風子: あっ、来ました来ましたー。おぉ~いっ。 大きく手を振っているのは、おそらく雛見沢で過ごしたひとり、伊吹風子さんだろう。 その手には、大きな星型の何か……きっと彼女の大好きなヒトデに違いない。 魅音: おー、懐かしいなぁ。 私たちも大きく手を振り返しながら、残りの坂道を駆け上がっていった。 魅音: どうも、お久しぶりです。 智代: ああ、久しぶりだな。遠路はるばる来てくれた事、感謝する。 詩音: いえ、こちらこそお招きいただいてありがとうございます。すっごく良いタイミングで、助かりました。 梨花: みー、そうなのです。素敵な機会をもらえてありがとうなのですよ。 智代: そう言ってもらえると、こちらもありがたい。……それと、話し方は以前のままで問題ないぞ。その方が堅苦しくなくて、助かる。 魅音: そう? じゃあ、お言葉に甘えて……これから数日間よろしくね、智代。 智代: ああ、よろしく頼む。 風子: 風子もまた、みなさんに会えて嬉しいです。おかげで、またヒトデをたくさん作りすぎてしまいました。はい、どうぞっ。 一穂: わ、わぁ……いいヒトデですね~。 レナ: うんうんっ、とってもかぁいいよぉ~。 風子: はい~、とっても可愛いのですぅ~。 ヒトデを抱きしめ、レナさんと風子さんは恍惚とした表情になっていた。 杏: あたしたちは、初めまして……よね? 杏: こんにちは、あたしは藤林杏。そして、こっちが……。 椋: 妹の、藤林椋です。みなさん、よろしくお願いします。 菜央: えっと……双子、なんですか?すごくそっくりです。 沙都子: 入れ替わりトリックが使えそうですわね。 椋: い、入れ替わりトリック……ですか? 杏: 顔は似てても、性格は全然違うんだけどねー。椋の方はおとなしい子だから。 椋: あはは、そうだね。お姉ちゃんの方は、ちょっと図々しくて……。 杏: こらっ。図々しいってあんまりでしょ? 椋: あ、ゴメン、つい……。 美雪: あはははっ。でも、やっぱり似てるかもね。 魅音: うんうん。楽しい体験学習になりそうだよ。 梨花: このたびはお世話になりますのです。色々教えてくださいなのですよ……ぺこり。 智代: あぁ、こちらこそよろしく頼む。では、さっそくみんなが寝泊まりをする学生寮へと案内しよう。 智代: ここが、あなたたちに宿泊してもらう学生寮だ。 魅音: はぁ……こんな綺麗な寮があるなんて、すごいねぇ。詩音が入っていた寮も、こんな感じだった? 詩音: うっ……思い出したくありませんね。まぁ、ここの方がずっと大きくて新しい建物だと思いますよ。 梨花: みー。1人に、1部屋ずつ使えるのですか? 智代: ああ、一応個室だ。広くはないが、その辺りは大目に見てくれ。 詩音: ……当然、監視カメラとかはないんですよね? 智代: は……? 監視カメラなんて、プライバシーの侵害じゃないか。もちろん、防犯カメラなら設置してあるが。 詩音: で、ですよねぇ。プライバシーがしっかりしていて、素晴らしいです……。 杏: ……いや、普通でしょ?ここは刑務所なんかじゃないんだから。 一穂: あ、あはは……。 もし刑務所みたいな学校があるって聞いたら、この人たちはどんな顔をするんだろう……?機会があったら、話してみよう。 梨花: みー、中に入っても大丈夫なのですか? 智代: ああ、今から案内しよう。ついてきてくれ。 そう言って坂上さんが、みんなを先導して寮に向かって歩き出す。 と、その時――。 陽平: ん? お……おおっ? 突然現われたその人は、私たちを見るといきなり目の色を変えて迫ってきた。 陽平: おおおおおおおおおおおお……っ?! 奇声を発して、異常なテンションだ。……正直、怖い。 レナ: な、なにかな……かな? 美雪: な、なにこれ……? だ、大丈夫なの? 智代: お……おい、春原っ……! 陽平: なんだなんだ、これはっ?カワイ子ちゃんの集団が、どういったご用でこの寮に!? 智代: ……春原、失礼だぞ。この方たちは、雛見沢からわざわざ来てくれた体験学習の生徒さんたちだ。 陽平: ほうほう、体験学習とな!それじゃキミたちは、まだこの学校のことを何も知らないってことだね? 一穂: え、ええ、今着いたばかりなので……。 沙都子: これから寮を案内してもらうところですわ。 陽平: なるほど……なるほど。だったら、この僕が案内しましょう! 陽平: それと便座カバー。 菜央: べ、便座カバー……? 魅音: えっと、何を言っているんです? 智代: ……あー、すまない。この男は春原陽平というやつなんだが……。 智代: 春原、不気味なマネはやめろ。みんなが怖がっているじゃないか。 陽平: 何が不気味なんだよ?この寮のことを誰よりも知ってる寮マスターの僕が、案内してあげようと言っているだけじゃないか。 陽平: それと便座カバー。 詩音: ……便座カバーを案内してくれるんです? レナ: は、はぅぅ……これって都会の挨拶だったりするのかな、かな……? 圭一: いや、そんなわけないだろ。あのー……いきなりナンパ紛いのことは勘弁してくださいよ。 杏: そうよ、この子たちの案内はあたしたちがするから、あんたは不要よ。だいたい、女子寮には入れないでしょうが。 陽平: お前らにこの寮の何がわかるってんだ?寮のことならこの僕に任せろ!一生寮に住んでもいいってくらい寮好きの僕に!! 風子: 一生寮に……?寮はそんなにいいものなんですか? 陽平: あぁ。……というか君たち、語尾に「便座カバー」がついた台詞を聞いて、なんで笑わないの? 陽平: この前岡崎が、今どきの女の子にウケる最新の一発ギャグだって言ってたんだけど……。 梨花: みー……そんなおかしなギャグは、今まで見たことも聞いたことも食べたこともないのですよ。 杏: 陽平……あんた絶対、朋也に騙されてるって……。 智代: とにかく、寮の案内は私たちがする。お前はこの子たちには近づくな。 陽平: 案内がいらないというなら、せめて僕と付き合ってくださいっっ!! 梨花: みぃ……っ?! 杏: はあっ? あんた、言うに事欠いて何をほざいてるのっ!? 椋: 付き合ってって、いったい誰と……? 陽平: みんなかわいいから、誰でもいいんで!同情でもボランティアでも僕は全てウェルカムですっ! 智代: ……おい。さっきから黙って聞いていれば、大事な客人に意味不明で不気味なことをペラペラと……。 杏: まったくよ!この学園のイメージがダダ下がりじゃないのっ! 智代・杏: 変態はスッ込んでろ(なさい)っ!! 陽平: うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? レナ: ひゃあぁ?!ひ、人が天高く舞い上がって……? 美雪: ちょっ……?!さ、さすがにそこまでやる必要はないんじゃない?! 陽平: ぐぇぇ……っ! 沙都子: あ、落ちて来ましたわ。 菜央: 桜の樹より高く吹っ飛ばされてたわよ?……生きてる? 魅音: 人間って、空を飛べるんだねぇ……おじさん今まで、知らなかったよ。 美雪: って、感心してる場合じゃないってば。大丈夫ですか、怪我は……っ?! 陽平: フッ……。 梨花: みー……生きているのです。 沙都子: それも、ほとんど無傷じゃありませんこと? 陽平: 心配してくれてサンキュー、可愛くて素敵なお嬢さん。その優しさに、僕は惚れたよ……。 詩音: ……あのー、すみません。あの人、ほんとに何者なんですか? 智代: 知らん。知りたくもない。 杏: 別にほっといていいわよ。真面目に相手してると、こっちの頭がおかしくなりそうになるしね。 詩音: は、はぁ……。 美雪: それより、本当に大丈夫ですか?ひょっとして、頭でも打ったんじゃ……! 陽平: ありがとう。キミは胸が寂しくてややボーイッシュな感じだけど、そんなところも嫌いじゃないよ。 美雪: …………。 美雪: ……あー、前言撤回。あっちの桜の木の下に埋めてきていい?来年きれいな花が咲くように。 杏: 木の上の次は、木の下ってわけ?いいんじゃない、気が利いてて。 陽平: え? いやいや、ちょっと待って!落差が激しすぎない? 美雪: いやー……悪いけど今、完全に地雷ワード踏んでくれたしね~。 陽平: ひいいいっ!? 一穂: ちょ、ちょっと待って美雪ちゃん!これからお世話になる先の人を桜の肥やしにしちゃだめだよ! 杏: こちらとしては、別に構わないけどね。 一穂: いいんですか?! 風子: 来年きれいな桜が咲くなら、その方がいいかもなのです。 陽平: あんたらみんな、どうしてそこまで薄情なんだ!! 智代: ……おい、いい加減にしろ。こんなやつなんかを養分にしたら、この学校の大切な桜並木が汚れるじゃないか。 智代: はぁ……みんな、すまない。来て早々アホの戯言に巻き込んでしまって。 陽平: アホ言うな! それと便座カバー! 杏: だから、ギャグになってないって……懲りないわねぇ。 椋: あはは……。 智代: まったく……ん? 智代: そう言えば、古河はどうした?体験入学の子たちを一緒に出迎えようと伝えたはずなんだが。 杏: そういえば姿が見えないわね。 椋: うーん、もうそろそろ来るはずなんだけど……。 一穂: えっ……古河さんって、ひょっとして……? 風子: あっ、来たみたいですー。 そう言って伊吹さんが指さした先に、小走りにやって来る女生徒の姿が見えてくる。 私たちも見覚えのある、懐かしいその姿は――。 渚: お、お待たせ、しましたっ……忘れ物をして、一度戻ったりしてて……。 必死に走ってきたんだろう、「その子」は息を切らせながらペコペコと謝っている。 そんな変わらない様子を見て、私たちは懐かしさと親しみを込めて彼女のもとへ歩み寄った。 一穂: お久しぶりです、……古河渚さん。 魅音: いやー、ほんと久しぶりだよね。元気だった? 渚: あ、はい……え……? えぇっ!? ただ、その子――古河渚さんはなぜか、私たちを見るなり大きく目を見開きながら驚きの声を上げた……。 Part 04: 渚: ど……どうして、みなさんがこの学校に……!? どういうわけか古河さんは、驚きどころか恐怖にも近い表情を浮かべて私たちを指差している。 その反応は私たちの予想をはるかに超えて、思わず戸惑ってしまうほどのものだった。 美雪: え、えっと……。 沙都子: あの……どうしてそんな、幽霊でも見るような目をされますの? 渚: だ、だって……。 魅音: あ、あれぇ……? ひょっとして私たちのこと、もう忘れちゃった……? レナ: #p雛見沢#sひなみざわ#rに来た時、智代さんや風子さんと一緒に仲良くさせてもらったこと……覚えていないのかな……かな? 渚: え……あ、そ……それはっ……!? 古河さんは、さらに驚きを強めた顔をする。その狼狽えぶりは、見ていて心配になるほどだ。 智代: どうしたんだ、古河?この寮に体験入学の子たちが来ることは、先日演劇部の部室で説明をしたはずだが。 渚: ご、ごめんなさい……。どんな子が来るのかまでは聞いてなかったので、その……驚いてしまって……。 智代: そうか? そんなに驚かせてしまったとは、むしろ済まなかった。最初からメンバーまでちゃんと話しておくべきだったようだな。 渚: い、いえ、全然……。わたしの方こそ、変な声を上げてしまってごめんなさい。 美雪: いえいえ、全然大丈夫ですから。 梨花: そうなのです、気にしないで欲しいのです。にぱー☆ 渚: は、はい……ありがとうございます。 渚: あの……よ、よろしくお願いします……! そう言って古河さんは、深々と頭を下げる。私たちはそれを見て、ようやく安堵とともに笑顔をとり戻すことができた。 一穂: こちらこそ、よろしくお願いします。色々と教えてくださいね、古河さん。 渚: は、はい……。 一穂: …………。 必死に平静を装ってはいるようだが、古河さんの様子はまだ少し戸惑いがあるように私たちには感じられた。 智代: では、寮の中を案内しよう。あ、それとうちの制服なんだが……手続き上、3着しか用意できなかったんだ。 智代: 魅音と詩音、そして特別に梨花の分だけだ。他の子たちは通常の制服で行動してもらうことになるんだが……問題ないだろうか? 魅音: うん、問題ないよ。全員分を用意するなんて、さすがに無茶だからね。 渚: …………。 一穂: …………。 一穂(私服): …………。 一穂(私服): はぁ……眠れない……。 寮で過ごす初めての夜。枕が変わったせいか、私はちっとも寝つけずにいた。 一穂(私服): 困ったな……。明日から体験学習が始まるのに。 一穂(私服): ……。このまま横になってても眠れなそうだし、ちょっと散歩でもしてこようかな。 私はまだ自分に馴染まないベッドから起き上がって、部屋を出る。 ……そして寮を、こっそりと抜け出した。 一穂(私服): 昼間も、騒がしいわけじゃなかったけど……。やっぱり、夜は静かだね。 見知らぬ夜の街を歩いていると、なんだか夢の中でもさ迷っているような気分になってくる。 そうしてあてもなく歩いているうちに、私はますます不思議な感覚に陥った。 ……と、その時だった。 一穂(私服): ? なんだろう……誰かに呼ばれてるみたいな……。 頭の中で、誰かが自分を呼んでいる……そんな感覚……いや、錯覚だろうか。 実際に声や言葉が聞こえるわけじゃないのだけど、囁き声のような、ノイズのようなものがかすかに聞こえてくるような気がする。 一穂(私服): ……こっち、かな? さらに不思議なことに、気になる方角へと足が無意識のうちに進んでいく。 まだよく知らない、初めての街。しかもこんな夜更けなのに、私は淀みなく歩みを続けていた……。 一穂(私服): あ……。 そう……「ここだ」。 頭の中で囁くような声に誘われて、私は足を止める。 そこは小さな公園。こんな夜更けに、もちろん誰もいない。 一穂(私服): ……っ……? かと思ったけれど、そこには人がいた。 しかも、見覚えのあるシルエット。……昼間久しぶりに会った、あの古河さんだった。 渚: ……え……? 一穂(私服): あ……。 お互いに、相手の存在に気づいて驚く。 まさか、こんな時間にこんなところで誰かに出会うとは思っていなかったのだから、彼女の反応は当然だろう。ただ……。 渚: あ、えっと……一穂、さん……? 一穂(私服): あ、はい。公由一穂です。あの……こんばんは……。 渚: こ、こんばんは……。 「こんばんは」で間違いはないのだけど、どこか場違いなことを言っているような気がしてしまう。 渚: ……あの、こんな時間にどうしたんですか? 一穂(私服): えっと、なんだか寝つけなくて散歩を……そうしたら、いつのまにかここに。 一穂(私服): 古河さんこそ、どうしてこんな時間に……? まさか、遊んでいたとは思えない。お互いそんな年齢ではないし、時間的にも不自然だ。 すると古河さんは、少し迷うように視線を泳がせてから……おずおずとした口調で呟くように言った。 渚: ええと、その……実はわたし……今度、お芝居をするんです……。それで、その稽古を……と思って……。 見ていて気の毒になるくらい、古河さんはおどおどしている。 それはただ引っ込み思案だからというだけではない特別な違和感を、私にも感じさせた。 一穂(私服): ……あの、古河さん。 渚: あ、は、はい……なんですか? 一穂(私服): 私たちって、もしかして……何か古河さんの気にいらないことをしちゃったりしましたか……? 渚: えっ……? そ、そんなことはないですよ?どうしてそんな……? 一穂(私服): 古河さん、昼間私たちと話してる時に妙に緊張してるというか、おどおどしてるというか……そんな感じがして……。 渚: あ……。 私の言葉に、古河さんははっとした様子で口をつぐむ。そして、どこか反省したような改まった表情になると、視線を落としながら言葉を繋いでいった。 渚: そんなふうに感じさせてたなんて……ごめんなさい。でも、一穂さんたちが悪いことをしたとか、そんなことは……本当に、全然ないんです。 一穂(私服): じゃあ、どうして……。 渚: それは……ただ、わたしが勘違いというか……変な感じになって……気持ちの整理ができてなくて……。 一穂(私服): 変な感じ……ですか? 渚: はい……。 古河さんは要領を得ない様子でうなずく。……彼女が何を気にしているのか、私はますます気になってしまった。 一穂(私服): あの、もしよかったら、もっと詳しく聞かせてもらってもいいでしょうか? 一穂(私服): 古河さんの、気になってることが何なのか。 渚: …………。 そう問われて、古河さんはまた黙り込んでうつむく。話そうかどうしようか、少し迷っているようにも見えるけれど……。 それでも、やがて決心が着いたのか、彼女はどこか覚悟の決まった顔を上げた。 渚: ……そう、ですね。ちゃんと話したほうがいいかもしれないです。 渚: じゃないと、みなさんを誤解させてしまって嫌な気持ちにさせてしまうかもしれないし……。 渚: でも……もしかしたら、すごく失礼な話をすることになるかもしれないです。 渚: それでも、怒らないで最後まで聞いてくれますか? 一穂(私服): ……はい。聞かせてください。 渚: ……わかりました。 そうして2人きりの公園の中、古河さんは口を開いていった……。 Part 05: そして古河さんは、たどたどしいながらも誠実に言葉を選びながら、彼女が知っている「事実」を私に語ってくれた。 一穂(私服): ……えっ? 私たちと出会ったのは、古河さんが見た「夢」の世界だった……? 渚: ……はい。 一穂(私服): …………。 その告白に、さすがに絶句してしまう。自分の現実が夢だった、などと言われても簡単に受け入れることはできなかった。 渚: あの……ごめんなさい。突然こんなことを言われても、困りますよね。 一穂(私服): あ、いえ。ビックリはしましたけど……。 一穂(私服): あの、もう一度確認させてください。古河さんは、あの日バスで寝てしまって……? 渚: はい。わたしはあの時、体験学習に向かう途中でバスの中で体調を崩して、寝込んでしまって……。 渚: 次に目覚めた時には、#p興宮#sおきのみや#rという町に向かっていました。 一穂(私服): そこで、私たちと会った……でも……。 渚: はい、あなたたちと出会って一緒に……あの、怪物たちと戦って……そして梨花さんという女の子を救い出した……。 一穂(私服): その部分は、私たちの記憶と一緒です。 渚: ですが……わたしはその後、途中のサービスエリアでもう一度目を覚ましました。 渚: そして、自分が体験してきたことが「夢」の中の話で、しかも訪れたはずの#p雛見沢#sひなみざわ#rにはもう誰も住んでないと教えてもらったんです……。 一穂(私服): 雛見沢には……誰も……。 渚: ……だとしたら、今日わたしがお昼に会って、ここでお話をしているみなさんはいったい……? 一穂(私服): ……っ……。 渚: あ……ご、ごめんなさい……!やっぱりこんな話、失礼ですよね……。みなさんのことを、まるで……幽霊、みたいに……。 渚: でも、わたしは……。 一穂(私服): ……いいえ、大丈夫です。ひょっとしたら、古河さんの言ってることの方が合ってるのかもしれないです……。 渚: ……え? 一穂(私服): だって……雛見沢が廃村になるのは事実ですから……。 渚: な……っ?! 今度は、古河さんが驚く番だった。彼女は私の言葉の真意が掴めないという表情で、窺うように見つめ返してくる。 渚: ……あの、それはいったい、どういう意味で……? 一穂(私服): それは……文字通りの……。 と、そこへ……公園の奥から、いくつかの足音が聞こえてくる。 美雪(私服): ――あっ、いたよ! 一穂(私服): っ、美雪ちゃん……? 美雪ちゃんの後ろには、菜央ちゃんの姿……2人は慌てた様子で、私のもとに駆け寄ってきた。 菜央(私服): はぁ、もう……こんなとこにいたのね……。 一穂(私服): えっと……あの、どうしたの? 美雪(私服): それはこっちの台詞だよっ。あぁ……でも、よかった!無事だったんだね、一穂……。 菜央(私服): 探したわよ、もう……!部屋に行ったら、いなくなってるから……。 一穂(私服): ご、ごめん……。 菜央(私服): で……?いったいこんな時間に、こんなところで何をしてたの? 一穂(私服): 眠れなかったから、ちょっと散歩を…… 一穂(私服): すぐ帰るつもりだったから、2人に心配をかけるとは思わなくて……。 美雪(私服): そうなんだ、まあ無事でよかったけどさ。 一穂(私服): 本当、ごめん……。でも2人こそ、どうしてこんな時間に私の部屋に? 冷静になってみれば、それも不思議だった。こんな夜更けに、それ相応の用事がなければ部屋になど訪れるはずがないのに……。 菜央(私服): それがね……寮に、幽霊が出たって……。 一穂(私服): え? 渚: ゆ、幽霊……ですか? 美雪(私服): 沙都子が夜になってお手洗いに出たら、角を生やした大きな影が部屋の奥の方に見えたって言うんだよ。 一穂(私服): 角を……。 渚: …………。 予想外の話に、私たちは思わず顔を見合わせていた。 渚: すみません、わたしまでついてきちゃって。 一穂(私服): いえ、あんな話をされたら気になりますよ。 美雪(私服): ……ん? ちょっと待った。寮の前に誰かいるよ。 菜央(私服): あ、本当だ。あれって……。 渚: 春原さん……?と、藤林さん……。 私たちが目にしたのは、なぜか杏さんに締め上げられてうめいている春原さんの姿だった。 陽平: た、たひけて……ぐぇっ。 杏: いい加減、素直に白状しなさい!あんたでしょ? あんたしか考えられないわ!! 陽平: し、知らにゃいものは、知らにゃ……ぐぇっ! 智代: ここまでされても白状しないとはな……。もっと締め上げてみるか? 椋: さ、さすがにこれ以上だと死んじゃうんじゃ……? 杏: こいつはそう簡単にくたばるタマじゃないわよ。さぁ、白状しなさい陽平! あんたでしょ?あんたがやったんでしょ!? 一穂(私服): あ、あのっ……春原さん、いったい何をしたんですか? 智代: のぞきだ。 菜央(私服): え? のぞきっ? 陽平: し、知らないって! 濡れ衣だ! 杏: まだ言うの……?白状なさい! 女子寮に忍び込もうとして脅かすような真似をしたんでしょ! 杏: 今認めたら、半殺しで許してあげるわっ! 陽平: じょ……冗談じゃない!そんな面倒な小細工をするくらいだったら、正面玄関から堂々と入ってやるよ! 沙都子(私服): ……全然威張れませんわね。 梨花(私服): そうなのですよ、みー……。 春原さんの妙な言い訳に、梨花ちゃんたちはみんな呆れている。 ただ、そうまでして否定する彼の反応に何かを感じ取ったのか……坂上さんは剣呑な表情を少し和らげ、声を潜めてのぞきこみながら言った。 智代: ……。本当に春原ではないのか? 陽平: 本当に違うってば!あんたら僕のことをなんだと思ってるんだ!? 杏: ……。まぁ確かに、落ち着いて考えたらあんたにそこまでの度胸があるわけもないわね。 そう言って杏さんは渋々、春原さんを解放する。……信頼されているのかいないのか、微妙な感じだ。 魅音(私服): ……とりあえず、覗きの可能性はないって考えてもいいんだね? 陽平: もちろんだ、神に誓ってもいいって!はぁ……にしても、苦しかった……。もう少しで妙な川を渡るところだったじゃないか。 椋: それって、かなり危なかったんじゃ……? 杏: なによ、意外とひ弱ねぇ。 陽平: あんたらが強すぎるだけだと思いますけどっ!! 智代: あー……すまない、みんな。まさか、ここに来てもらった初日早々にこんなトラブルに巻き込んでしまうとは。 智代: 生徒会長としてお詫びする。この通りだ。 詩音(私服): あ、いえ。生徒会長さんのせいではないですから。 魅音(私服): それより、春原さんが犯人じゃないとしたら、沙都子が見たのはいったい……。 沙都子(私服): そ、そうですわ。まだ安心できませんわよ。 智代: ああ、その通りだ。こちらでも急いで調査するつもりだが、しばらくはみんなも用心して欲しい。 魅音(私服): あのさ……もしよかったら、私たちも犯人捜しを手伝おうか? レナ(私服): うん、そうだね。みんなで調べたほうが早く原因が見つかるんじゃないかな、かな。 杏: いやいや、お客さんにそんなことはさせられないわよ。この学校の問題は、あたしたちの手で片づけるのが筋だし。 杏: もし犯人が見つからなかったら、ここの「こいつ」を犯人として一件落着に仕立て上げるから。 陽平: ひぃっ! えん罪こわい!何も落ち着いてないし、解決もしてないだろそれはっ!! 椋: そ、そうだよ、お姉ちゃん。もし他に犯人がいるなら、そっちを見つけないと安心できないよ。 杏: あー、まぁそれもそうねぇ。 智代: とにかく、寮母さんが戻ってくるまでの間は私もすぐに駆けつけられるようにしておく。 智代: 明日からは人を増やして、詳しく調べることにしよう。……怖がらせて、すまなかった。 沙都子(私服): いえ、おかげでもう大丈夫ですわ。皆さんも、私たちのそばにいてくれますし。 梨花(私服): みー、沙都子。今夜はボクと一緒に眠るのですよ。 美雪(私服): そうだね、今日は1人にならない方がいいかも。 詩音(私服): じゃあ、中に戻りましょうか。 とりあえず落ち着いたみんなは寮へと戻っていく。 一穂(私服): 美雪ちゃん、菜央ちゃん……ちょっといいかな? ただ、私は同じく寮に戻ろうとする美雪ちゃんと菜央ちゃんを呼び止めた。すぐ横には、古河さんも従ってくれている。 美雪(私服): んー、どうしたの? 一穂(私服): うん……2人にも聞いてもらいたいことがあるんだけど、いい? Part 06: 寮では、誰に聞かれるかわからない。そのため古河さんの提案で、私たちは彼女の家にやってきていた。 渚: すみません、ちょっと狭いですけど。 一穂(私服): いえ、こっちこそこんな時間に上がり込んじゃって。 時間が時間なので、すでに寝ているという彼女の両親を起こさないように……こっそりと部屋に上がらせてもらう。 美雪(私服): ここが、古河さんの部屋なんですねー。なんかイメージ通りって感じがします。 渚: そ、そうですか? 菜央(私服): ほわぁ……このぬいぐるみ、かわいい♪ 渚: あ、それはだんご大家族ですっ。わたし、だんご大家族が大好きで……。 大好きなキャラクターを褒められてか、古河さんの顔がパッとほころぶ。それで少しだけ、固かった空気が和んだ。 そのタイミングを見計らったように、美雪ちゃんが私と古河さんに訊ねかける。 美雪(私服): で……早速だけど、時間が時間だからさ。聞いて欲しいことって何? 一穂(私服): それが、あの……古河さん、私から説明していいですか? 渚: はい、お願いします……。 菜央(私服): 古河さんも関係してる話なのね。 一穂(私服): うん、実は……。 私は、古河さんの反応をうかがいながら彼女から聞いた話を2人にも説明した。 古河さんにとって、私たちと出会ったのは彼女の「夢」の中の出来事で、#p雛見沢#sひなみざわ#rは廃村になっていると教えられたことを……。 一穂(私服): ……ということらしいんだけど。 美雪(私服): なるほどね。それで古河さんは私たちに会った時に、あんなに驚いてたわけだ。 菜央(私服): そりゃ、「夢」の中の登場人物が実際に現われたら……驚くわよね。 渚: す、すみません……。 菜央(私服): いえ、古河さんが謝ることじゃないですよ。そうでしょ、美雪。 美雪(私服): うん、菜央の言う通りだよ。 渚: あ……ありがとうございます。 一穂(私服): でも……これって、どういうことなんだと思う? 美雪(私服): んー、そうだね……話を聞く限り、考えられるパターンは2つあるかな。 渚: え、2つ……? 美雪(私服): 1つは一穂が言った通りに、この状況が古河さんの「夢」の中の世界だっていう想定……。 一穂(私服): じゃあ、私たちは……「夢」の中にいるってこと?しかも自分の夢じゃなくて、古河さんの? 菜央(私服): あくまでも可能性よ。断定はまだ早いわ。 美雪(私服): そして、もう1つの可能性……。 美雪(私服): それは古河さんが、サービスエリアで朋也さんって人と交わしたやり取りの方が、現実じゃなかったという想定です。 渚: あ……そっちの方が、「夢」……だった? 渚: で、でも……どこかで「夢」と現実が入れ替わったような記憶というか、実感はないんですけど……。 美雪(私服): えぇ。……ただ、思い出してください。 美雪(私服): 坂上さんも他の人たちも、さっきは雛見沢から来た私たちを普通に受け入れてくれてたでしょう? 美雪(私服): ということはつまり、可能性としては完全に否定できないってことになります。 渚: あ……そ、そういえばそうでした……!本来だったら、なくなった村の人たちに体験入学の案内を出すわけがないのに……。 菜央(私服): ま、これが「夢」の中なら、他のみんながあたしたちのことを怪しまず普通に受け入れてくれるのも不思議じゃないけどね。 一穂(私服): そ、そうか……それもそうだね。うーん、ややこしい……。 菜央(私服): でも、古河さんが雛見沢の滅ぶ未来を知ってるってことは重要な要素だと思うわ。忘れずに覚えておきましょ。 渚: ……それは重要なこと、なんですか? 菜央(私服): ええ、だってあたしたちも、雛見沢がなくなった後の「世界」からここに来てるんだもの。 渚: そ……そうなんですか?じゃあ、みなさんは、ひょっとして……未来人……!? 美雪(私服): んー、どっちかと言えばタイムトラベルってより、『多重世界』を渡り歩いてるって感じかなぁ。 渚: 多重、世界……。 菜央(私服): 『パラレルワールド』って言ったほうが馴染みが深いんじゃない?日本語だと『平行世界』って表記になるけど。 渚: はい……でも、『多重世界』って言葉も聞いたことがあるかもしれません……。みなさんは、そう……だったんですか……。 一穂(私服): 古河さん、信じてくれるんですか? 渚: え? あ、はい。もちろんですよ。 一穂(私服): …………。 あまりにも純粋なその反応に、私たちの方がむしろ戸惑ってしまった。 美雪(私服): ……なんか古河さんって、すごく柔軟な思考の持ち主ですね。 美雪(私服): 普通こんなことを言われても、絶対信じないと思うんだけど。 渚: もちろん、理解するのは難しいですけど…… 渚: でも、わたしの話だってそれを言ったら同じです。普通なら絶対信じてもらえないようなことですから。 菜央(私服): あはは、確かにね。 渚: でも……みなさんは信じてくれました。だからわたしも信じないと、不公平です。 一穂(私服): 不公平……。 渚: はい。 きっぱりとした口調に、安心感を覚える。……やっぱりこの人は、とてもいい人なんだと心の底から思った。 渚: ……あっ、そうだ。 一穂(私服): どうかしましたか? 渚: あ、はい、実はちょっと思い出したことが……。 渚: 朋也くんが紹介してくれて知り合ったわたしの同級生に、一ノ瀬ことみちゃんという人がいるんですが……。 渚: その人のご両親が、美雪さんの今言った『多重世界』について研究してたそうです。 菜央(私服): え……多重世界の研究? 渚: はい。もしかしたら、何か力になってくれるかもしれません。 翌日、私たちは古河さんと一緒に光坂高校の図書館を訪れた。 彼女の言っていた人物は、日がな一日この図書館にこもっているらしい。 一穂: 優秀すぎて授業免除って、すごいですね。 渚: そうなんです、全国模試でも常にトップクラスだそうで……それで授業は出ずに自習が認められてるみたいで……。 美雪: そういう人っているんだよね。頭の出来が私らとは違う人が、さ。 菜央: ほんと、不公平よねぇ……。 一穂: えっと……美雪ちゃんも菜央ちゃんも、十分優秀だと思うけど。 菜央: でも、授業免除されてて、図書館で自習……?もしかして、勉強の虫みたいな人なのかしら。 渚: えっと、そういう感じでもなくて……あ、いました。あそこに。 ことみ: …………。 渚さんの指差す先に、その少女はいた。でも佇まいは、私たちが思い描いていたものとはまったく違っていた。 その子は机にかじり付いているわけではなく、床に女の子座りでぺたんと座り……まるで絵本を読む子どものように、本をめくっていたのだ。 菜央: ……え? あの本、全部洋書じゃない? 美雪: あ、本当だ。しかもあれ、物理学の専門書みたいだね。マジか~。 彼女が絵本のように読んでいるのは、現代物理学の洋書だった。 さらにその周囲にも、難しそうな分厚い本が散乱している。 絵本を読むようにそれらを読んでいるそのギャップが、彼女のイメージをますます浮世離れしたものにしていた。 菜央: 彼女が、一ノ瀬ことみさん? 渚: はい。いつもここで難しそうな本を読んでるんです。 渚: 物理学とかはわたしにはよくわからないですが、そういうのに詳しいみたいで……きっと力になってくれると思います。 美雪: そうですね、これは期待できそうだ。 渚: じゃあ、呼びますね。ことみちゃん。  : 古河さんが声をかけると、少女……ことみさんは静かに本から顔を上げた。  : そして、どこを見ているのか判然としない不思議な眼差しを、私たちの方へと向けてくる。 一穂: あの……こんにちは。 ことみ: ……こんにちはなの。 渚: 紹介しますね。こちらは、雛見沢っていうところから体験学習に来てる中学生のみなさんです。 一穂: あの……はじめまして。 ことみ: ……はじめましてなの。ひらがなみっつでことみ。呼ぶ時はことみちゃん。 美雪: え? ことみ……ちゃん? 言われたままを繰り返した美雪ちゃんの言葉に、ことみさんが嬉しそうに微笑む。どうやら、そう呼ばれて満足したみたいだ。 ことみ: よろしくなの。 一穂: よ、よろしくお願いします。私は……。 私たちは、それぞれことみさん……じゃなくてことみちゃんに自己紹介をする。 そして、すぐに美雪ちゃんが用件を切り出した。 美雪: いきなりですが、今日は一ノ瀬さんにお願いがあって。 ことみ: ……なんでやねん。 美雪: え? なんでやねんって……。 渚: あ、き、気にしないでください。最近ことみちゃん、漫才? ツッコミ?……の練習をしてるみたいで。 一穂: 漫才の練習? 菜央: って、なんでやねんっ。 ことみ: ……おお。上手、なの。 菜央: え、ほめられた? ことみ: 師匠……。 菜央: な、なんでやねん?! ことみ: おおお……プロ? 菜央: ち、違う違うっ!そんなキラキラした尊敬の眼差しで見ないでー。あたし、そういうんじゃないからっ。 なぜか菜央ちゃんは、謎のプレッシャーに押し潰されそうになっていた。 渚: あのですね、用件はお笑いのことではなく……。 美雪: 『多重世界』のことを教えて欲しいんです。 ことみ: 『多重世界』のこと……? 一穂: はい。実はですね、ちょっと不思議な話かもしれないんですが……。 私たちは、古河さんの「夢」の中の世界とこちらの現実の世界が奇妙な形で繋がっているのではないか、ということを説明する。 ことみ: …………。 その間、ことみちゃんはひと言も発せず、じっと私たちの話を聞いていた。 一穂: ……ということなんですけど。あの、こんな説明で伝わりましたか? ことみ: ……わかったの。 渚: 本当ですか? よかった……。 ことみ: なぞはとけたー。 菜央: え? 謎は解けたってまさか……。 美雪: この不思議な現象の謎が解けたってこと? ことみ: ぶい。とても興味深い話なの。 そう言ってことみちゃんは、ぽややんとしたつかみどころのない様子でまたうなずく。 しかも驚くべきことに、今の話だけでわかったことがあるらしい……。 一穂: あの……いったい何が起こってるんですか? ことみ: きっと、こういうことなの。 ことみちゃんは迷うことなくうなずくと、淡々と説明をはじめた。 ことみ: 実際に、渚ちゃんの夢とあなたたちの現実はつながったんだと思うの。 渚: ……本当に、そんなことが起きたんですか? 菜央: でも、どうやってそんな妙なことが? ことみ: その2つの世界がつながってしまったのはきっと、『共同幻想』が生み出されたのが原因。 一穂: 『共同幻想』……ですか? 美雪: 難しい概念だけど、単純にたくさんの人たちが共有している幻想……ってことでいいのかな? ことみ: たくさんのものが集まると、単純な総和を越えた上位の性質が発現することがあるの。 ことみ: 何らかの要因で、本来は別次元のものだった幻想世界と現実世界が繋がって、新しい『共同幻想』が生み出され……。 ことみ: その『共同幻想』をあたかもひとつの現実世界が成立したように、あなたたちが錯覚し……。 ことみ: それぞれの世界に存在していた人物が、一時的に共存できるようになったの。 一穂: …………。 渚: ええと……。 ことみ: なんでやねん。 一穂: は……? 美雪: ……ことみちゃん。たぶんそれ、使いどころが違います。 ことみ: あれ……? 一穂: 今の本当? 冗談? 菜央: 今のは冗談ってわけじゃないですよね? ことみ: なんでやねん。 美雪: いやいや、わけわかんないから。冗談じゃないですよね、理に適ってるし。 一穂: そ……そうなの? 菜央: うーんと、ずいぶんあっさりと複雑な解説をしてくれたけど……。 菜央: 要するに、どちらも現実世界ってことですよね? ことみ: そうなの。 渚: あ、やっぱり冗談じゃないんだ……。 菜央: どっちも現実として、じゃあこの場合、どっちが現実でどっちが幻想の存在になるんです?あなたたち? それともあたしたち? ことみ: 『多重世界』において、幻想と現実は区別できないの。どちらかが「実」になったら、もう一方は「虚」となるの。それは観測者の観測した瞬間に初めて決まるの。 ことみ: なぜなら世界において現実はたったひとつだけで、それ以外は存在しないものとして扱われるからなの。 美雪: つまり、私たちがいる「世界」は確実に存在していたとしても……。 美雪: キミたち別の「世界」にいる人間から見れば、幻想として扱われるってことか。ややこしいなぁ。 一穂: そ、そうだね……??正直まだ、私にはさっぱりなんだけど……。 渚: ……わたしもです。おふたりともよくあっさり理解できますね。 ことみ: そして、何かが観測して事実が決定するまでは、ただ「可能性」だけが存在してるの。可能性は無限なの。 美雪: ふぅむ、なるほどね……。 一穂: わ、わかるの? 菜央: 一応、ね。あたしたちの意識がその『共同幻想』を生み出したと言えるかもしれないってことでしょ? ことみ: そうなの。……でも、その原因までは不明なの。2つの世界を繋いだ何かがあるはずなの。 美雪: うーん、それが何かは気になるけど……。 菜央: 仕組みが何となくわかっただけでもすっきりしたわね。 渚: わ、わかったんですか? 一穂: ことみ……ちゃんもすごいけど、すぐ理解が追いついちゃう美雪ちゃんと菜央ちゃんの頭の回転の速さも、すごいね。 美雪: いや、はっきり理解できたわけじゃないよ。それに、ことみちゃんの説明が的確でかなりわかりやすかったからね。 一穂: そ、そうなんだ……。 菜央: じゃあ……寮で怪物が出現したのも、その歪な結びつきが原因ってことかしら? ことみ: そこまでは私にはわからないの。怪物の定義が曖昧すぎるの。 一穂: たしかに、怪物って何なんだろうね? 菜央: そうねぇ、幽霊か妖怪か、はたまた……。 ことみ: みんなは? 怪物、心辺りはないの? 美雪: んー、そうだなぁ……。 美雪: 以前に私たちの村で、ある子の存在を忘れそうになった時は、怪物が大きな老齢の樹に寄生して、悪さを働いてたけど……。 美雪: っていうか、あの樹を見つけてくれたのって古河さんだったよね。今回はどう? 何か感じない? 渚: え、ええと……。 渚: ご……ごめんなさい。違和感はあるんですが、それがどこなのかははっきりしなくて……。 一穂: いえ、謝らなくても。仕方ないですよ。 菜央: でも、何か手がかりが欲しいところね。 ことみ: ……ひらめいたー。 その時、またことみちゃんの棒読み声が響いた。 美雪: 何かわかったんですか? ことみ: 大きな老樹じゃないけど、私の自宅の庭の隅っこにもかなり高齢の樹が育ってるの。 ことみ: もしかしたら、それが関係してるかもしれないの。 渚: え? ことみちゃんちのお庭の樹ですか? 美雪: その樹に何か思い当たることがあるんですか? ことみ: ううん。だから、ひらめいたー。 一穂: って、ただの直感ってこと?!だ、大丈夫なのかなぁ……? 菜央: でも、手がかりは他にないわけだから……。一応当たるだけ、当たってみるのはどう? 美雪: うんうん、そうだね。天才のひらめきなら、私たちには理解できない意味か根拠があるかもだしさ。 菜央: そもそも、理論の出発点なんて所詮はひらめきよ。ニュートンだってアインシュタインだって、直感で歴史に名を残したようなものでしょ? 一穂: そ、そうなんだ……? 渚: とにかく、調べてみましょう。ことみちゃんのおうち、今からお邪魔してもいいでしょうか……? ことみ: ……なんでやねん。 菜央: いや、それ今違うから。 美雪: だめと言われても行かせてもらいます。 ことみ: ……おっけーなの。 魅音(CLANNAD): ここに、その樹があるんだね? 智代: それが、古河の言ってる不思議なことと関係があるかもしれないというんだな。 一穂: はい、そうかもしれないみたいで……。 その後私たちは、魅音さんや坂上さんたちにも同行を求め、ことみちゃんの家の庭を訪れていた。 わざわざ大勢で押しかけたのは、そこに前回と同じように『ツクヤミ』がいる可能性が高いと思われたからだ。 沙都子: それで、実際来てみてどうです?何か感じますの? 渚: ……っ! か、感じます!この庭のどこかに、強い気配が……! 具体的には言えないが、古河さんは何かを感じているみたいだった。 梨花(CLANNAD): 樹というのはあれなのですか? 庭の奥に、ひときわ古びた貫禄のある樹が生えていた。 ことみ: うん、そうなの。 魅音(CLANNAD): 樹のそばには、何もいないみたいだね。変わったこともなさそうだし……。 智代: よし、みんなで手分けして探そう。何がいるかわからないから気をつけるんだぞ。 詩音(CLANNAD): 何か発見した人は大声で他のみんなに教えてくださいねー。 私たちは庭に散らばり、それぞれに辺りを探って行く。 梨花(CLANNAD): ボクはこっちを探すのですよ。 …………。 一穂たちから離れて、私はひとりで庭の一隅の奥まった場所へと入っていった。 ガサッ……。 梨花(CLANNAD): ッ! その時、進む先の草むらで何かが動く。庭の隅に生えた、1本の若い樹の向こう側だ。 梨花(CLANNAD): …………。 私はその樹の向こうに鋭い視線を向けながら、気配を探り探り慎重に歩み寄っていった。 梨花(CLANNAD): みー……何かいるのですか?大人しく姿を現すのですよ……。 声をかけながら、その樹の向こうをゆっくりと覗き込む。 梨花(CLANNAD): ……みみっ?! が、その正体を確かめた途端、私は目を丸くして思わず固まった。 梨花(CLANNAD): ……羽入? 羽入(私服): あぅぅぅ……。 そこにいたのはなんと、泣きべそ顔の羽入だったからだ。 Epilogue: 梨花(CLANNAD): は……羽にゅ……! 声を上げかけて、私は慌てて口をつぐんで周囲を確かめる。 幸いみんな探索に夢中で、誰も気づいていない。 梨花(CLANNAD): ちょっと、こっちに来なさい……! 周囲を捜索している他のみんなに気づかれないよう、私は羽入を物陰に引きずり込んで身を隠した。 梨花(CLANNAD): あんた、なんでここにいるのよ……?! 羽入(私服): はみゅぅ……。 普段の口調をかなぐり捨てて、私は羽入に問いただす。すると彼女は、申し訳なさそうにうなだれていった。 羽入(私服): じ、実は……。 梨花(CLANNAD): 実は……なに? 羽入(私服): あ、あの後……#p田村媛#sたむらひめ#rに相談して、実験をしていたのです。 梨花(CLANNAD): 実験? 何の? 羽入(私服): ほんの短時間でもいいので、「意識」を飛ばして移動することはできないかと思って…… 羽入(私服): ずっと一緒に行動するのは難しいとしても、少しだけならと……。 梨花(CLANNAD): ……呆れた。あんた、そんなことしていたわけ?道理であっさり「行ってこい」と言うはずだわ……。 羽入(私服): あ、あぅあぅ……。 梨花(CLANNAD): けど……それがどういうわけでこんなことになっているの? 羽入(私服): 今度は、自分の身体の大きさを調節できなくて……。 羽入(私服): 寮に着いた時には、それはもうものすごい姿になってしまったのですよ。 梨花(CLANNAD): ……もしかして、沙都子が見たっていう「幽霊」は、あんたのことだったの? 羽入(私服): は、はいなのです……。 梨花(CLANNAD): ……はぁ。 呆れたような、どこかホッとしたような……複雑な感情の入り交じった大きなため息が、私の口からもれ出てくる。 幽霊の正体見たりドジ羽入、だなんて、冗談にしても笑えない。 梨花(CLANNAD): まったく……何をやっているんだか。暗くて姿をはっきり目撃されなかったのが不幸中の幸いね。 羽入(私服): はい、なのです……。 梨花(CLANNAD): とにかく、他のみんなに見つかる前にどこかに消えて。 羽入(私服): そ、そんなぁ~っ! 羽入(私服): あと何度か試せば、いい感じに安定できるやり方が見つかりそうなのですよ~。 羽入(私服): それに、この実験のためにあの田村媛にはものすっっごい借りを作ってしまったので……。 羽入(私服): 失敗したまま終わらせるわけにはいかないのですよ……! 梨花(CLANNAD): みー。そんなこと、ボクの知ったことではないのですよ。 羽入(私服): そ、そんなぁ……。 梨花(CLANNAD): いいから、言う通り消えなさい。お土産もちゃんと買って帰ってあげるから。見つかったらどう説明するつもりなの? 一穂: あれ? 梨花ちゃんは? 美雪: え、いない? どこ行ったんだろ?梨花ちゃーん? 梨花(CLANNAD): まずい、ほら、みんなが来るわ。 梨花(CLANNAD): 早く消えて。いいから消えて。すぐに消えて。 羽入(私服): そ、そんなに言わなくても……。わかったのです、もう帰るのですよ……。 智代: ん? どうかしたのか? 魅音(CLANNAD): それが、うちの梨花ちゃんが……。 梨花(CLANNAD): ほら、早くっ。 羽入(私服): はぅぅ、じゃ、じゃあ……。 羽入が消える。私は、彼女の泣きそうな顔が滲むように消えて行くのを確かめ、ほっとため息をついた。 梨花(CLANNAD): まったくもう、世話が焼けるったら。あんたの気持ちは、すごく嬉しいけど……。 梨花(CLANNAD): …………。 梨花(CLANNAD): 離れなきゃならないのよ……私たちは、いずれね……。 羽入のいなくなった茂みの奥に向かって、私はそう呟いた……。 日暮れまで庭の隅々にまで捜索を続けていた私たちだったが、結局怪物や変わったものは見つけられなかった。 渚: あ、あの……すみません。急に何も感じなくなってしまって……。 古河さんの違和感も、いつのまにか消えてしまったという。 魅音(CLANNAD): じゃあ、もうここにはいないってこと? 詩音(CLANNAD): 私たちに気づいて、どこかへ行ってしまったんですかね……? 渚: 何かいるような気がしたんですが……もしかしたら、気のせいだったのかも……。 急に自信がなくなったらしく、古河さんは小さくなっている。 梨花(CLANNAD): いいのですよ、何もないならそれが一番。 梨花(CLANNAD): いると思うから、そこに何かいるように思えるのかもしれないのです。 智代: そうだな、そういうものかもしれない。 ことみ: ……観測が、現実を固定するの。でも、それは単に可能性の1つでしかないの。 一穂: えっと……どういうことかな? 美雪: つまり、あんまり気にするなってことじゃない? 沙都子: でも、摩訶不思議な話ですわ。だとしたら昨夜、私が見たのは何だったんですの? 梨花(CLANNAD): きっと寝ぼけて、何かの影を見間違えただけなのです。 沙都子: 見間違いなんかじゃありませんわ。確かにこの目で見たんですのよ。 梨花(CLANNAD): みー……沙都子は、寮に怪物がいた方がいいのですか? 沙都子: そ、そういうわけじゃありませんけど……。 梨花(CLANNAD): なら、見間違いということにしておいた方がいいのですよ。きっともう、何も起きないのです。 沙都子: どうしてそんなことが言い切れるんですの? 魅音(CLANNAD): そうだよ。梨花ちゃん、何か知っているとか? 梨花(CLANNAD): いえ、そんな気がするだけなのですよ。 梨花(CLANNAD): でも、せっかくの体験学習なのですから嫌なことは早く忘れて……。 梨花(CLANNAD): 学校生活を目一杯楽しんだ方がいいのですよ。にぱー☆ 詩音(CLANNAD): そうですね、梨花ちゃまの言う通りかも。 レナ: うん、そうだね。梨花ちゃんももう大丈夫って言ってるんだし、気を取り直して体験学習を楽しもうよ。 沙都子: わかりましたわ。梨花がそこまで言うなら忘れますわ。 沙都子: 私は皆さんに危険がなければ、それでいいのですから。 梨花(CLANNAD): 危険なんてないのです。ボクが保証するのですよ。 梨花(CLANNAD): さ、もう帰るのですよー。 梨花ちゃんはそう言いながら、まだどこか納得のいかない顔をしている沙都子ちゃんの背中を押す。 そうして並んで引き上げていく2人を、私たちは微笑ましく見つめた。 一穂: 本当に大丈夫なのかな? 美雪: ま、梨花ちゃんがあそこまで言うんだから信じようよ。 菜央: そうね。何か起きたらまたその時に何とかすればいいんだし。 魅音(CLANNAD): まぁ、疑心暗鬼を生ずってね。勘繰りすぎるのもよくないよ。 詩音(CLANNAD): そういうことですね。じゃ、私たちも行きましょうか。 渚: はい。 どことなくすっきりした表情になって、みんなが庭から引き上げて行く。 ことみ: …………。 ことみ: 幻想と現実が入り混じって生まれた『共同幻想』の世界……ちょっと、面白そうなの。 一穂: ……? ことみちゃん、何か言った? ことみ: ううん、ただの独り言なの。