Part 01: ……思い出した。最初に違和感を抱いたのは、神社で設営が始まったあの日――#p綿流#sわたなが#rしが開催される数日前の夜だった。 沙都子(私服): ふぅ……いいお湯加減でしたわ。梨花ぁ、次はあなたの番ですから湯舟が冷めないうちに早く入って……? バスタオルで濡れた髪を拭き、居間に戻った私はしん、と静まり返った様子にあれ、と首を傾げる。 ……梨花の姿が、どこにもない。狭い室内なので少し見渡しただけで、一目瞭然だ。 流し台のシンクには、夕食に使ったお皿や茶碗がまだ残っている。私がお風呂に入っている間に片づけると言っていたのに、どうしたのだろう……? 沙都子(私服): ……。サンダルが一足、ありませんわね。 視線を移すと、玄関の扉の鍵が開いている。だから、梨花が外に出たのであろうことは一応すぐに推測がついたが……。 沙都子(私服): こんな時間に、また急なお呼び出しかしら……? まだ幼いとはいえ、梨花は#p雛見沢#sひなみざわ#r御三家――古手家の頭首だ。そのため、寄合で決を採る時などで突然呼び出されることも結構あったりする。 ただ、出ていくのならばせめて用ができたと言い置いてからでも遅くはないだろうに……と、私はぼやく代わりにため息をついた。 沙都子(私服): まぁ……今に始まったことではありませんけど。 そう、実はこれも珍しい話ではない。困ったことに梨花は、こういうイタズラをしてくる時が以前にも何度かあった。 そのたび、私が彼女を探しに行くべきかでやきもきしているのを見計らったように、ひょっこりと帰ってくる。……そして、 梨花(私服): ただいまなのです。……どうしましたか、沙都子? 屈託のない笑顔でそう小首を傾げながら、あの子はとぼけてみせる。そして、私が心配していたことを伝えると……。 梨花(私服): ……にぱー。 憎らしいことに、嬉しそうな笑顔を浮かべながらしれっと机の上や適当な場所を指さして言うのだ。 梨花(私服): ボクはここに、寄合に出かけることをちゃんと書き置きしてあったのですよ。沙都子は気づきませんでしたか? 沙都子(私服): あ、あら……? いつの間に……。 呆気に取られてそのメモを手に取り、私は注意不足だったことを梨花に詫びる。……が、それこそが彼女のトラップ。 何度かだまされた後に気づいたのだけど、そのメモ書きはいつも彼女が戻ってきた直後……私が目を離したスキを狙って置かれたものだった。 つまり、私が発見できなかったわけではない。だまされていたと知った時は悔しくて悔しくて、1時間ほど梨花と口をきかなかったほどだ。 沙都子(私服): まぁ……あの時はちゃんと謝ってくれたから、許してあげましたけどね。ですが……。 言葉に出してみて、はたと気づく。 梨花はイタズラ好きな面もあるけれど、相手が本気で怒るようなことは基本的にしない。特に、私に対しては絶対だ。 それに……あの時、梨花は確かに言っていた。「もうしませんのです」と。 口約束でもあの子がそう誓って破ったことなど、記憶している限り一度もなかったと思う。なのに今夜も、書き置きを残さなかった……。 寝巻きを脱ぎ、入浴前に着ていた服に着替えた私は玄関の扉を開け、懐中電灯を手に持って外に出る。 沙都子(私服): …………。 沙都子(私服): (梨花の懐中電灯は、置いてありましたわね……) 誰かの迎えがあったので持っていく必要がなかったのかもしれないが、無用心には違いない。そんなことを考えながら、私は周囲を見回した。 もう見慣れた神社の敷地内とはいえ、電灯もないので月明かりしか頼れるものがない。闇に閉ざされた視界は、やはり今でも怖く感じる。 ……もし梨花が、私をからかおうとどこか物陰に隠れていて脅かすようなことがあったら、今度はもっと強く怒ってみせることにしよう。 なんてことを考えて、なんとなく境内の方へと視線を移した――その時だった。 沙都子(私服): ……っ……? 暗がりの中にぼうっ、と輝く光のようなものが見えたような気がして、私は目を凝らす。 一瞬ホタルかとも考えたが、それにしては離れすぎているし……光も格段に大きい。 ただ、その輝きは徐々に小さくなり……やがて漆黒に溶け込むように消えていった。 沙都子(私服): な……なんですの、あれは……?! 得体の知れないもの……ひょっとしたら人魂でも見てしまったのかと思った私は、ぶるり、と身体を震わせる。 こんなことなら、お風呂から出た直後にお手洗いで用を済ませておけばよかった……なんて後悔をしつつ、私は足を前に踏み出した。 沙都子(私服): 正体を確かめておかなければ、おちおちと眠ることもできませんしね……ま、まぁただの目の錯覚だと思いますけど。 なけなしの勇気を振り絞り、私は自分にそう言い聞かせる。 もし、梨花を探すという大義名分がなかったら私はすぐさま家に戻り、何も見なかったことにして布団を頭からかぶっていただろう。 ……とはいえ、考えすぎだとは思いつつも万が一あの子の身に何かあったとしたら……? そんな懸念が、どうしても頭の中から追い出せなかったのだ。 沙都子(私服): ……ッ……! そこへ突然、ぞわぞわっとした悪寒が全身を撫であげるように駆け巡っていく。 なんだろう、この感覚は……?恐怖や不安とは全く異なる……負の感情……? ――と、その時だった。 沙都子(私服): っ……梨花……? 神社の本殿近く、石畳が敷き詰められたところの真ん中あたりでぽつん、と佇んでいた人影にそう呼びかけると、「その子」はこちらに振り返る。 梨花(私服): ……沙都子……。 月明かりに照らし出されたその顔、声は間違いなく私の親友……梨花のものだった。 Part 02: 沙都子(私服): どうしたんですの、梨花……?こんな時間に、懐中電灯も持たずに出歩くなんて。 思っていたよりも近くにいたことに安堵を覚え、さっき文句を言ってやろうと思っていたことも忘れて私は、梨花のもとへと歩み寄る。 ……やはり、私の心配しすぎだったようだ。この神社は、彼女にとっては勝手知ったる場所……たとえ目を瞑ってでも、移動が可能なのだろう。 ただ……よりによってなぜ、夜の遅い時間に?そのことがどうしても、怪訝に思えて仕方がない。 沙都子(私服): この辺りで何か、探しものでもあったんですの?もしそうなら私も手伝いますので、夜が明けてから改めてじっくりと……梨花? 梨花(私服): …………。 話しかけてから徐々に大きくなる違和感に、私は目を凝らして梨花の顔を覗き込む。 顔色はよくわからないが……なんだか、心ここにあらずといった様子だ。まるで寝ぼけているように、反応が鈍い。 それに、……この雰囲気は、まるで……。 沙都子(私服): 梨花……あなた、ひょっとして……? 羽入:私服: ……あぅあぅ? どうかしましたか、沙都子? 沙都子(私服): っ……?! 梨花の瞳の奥に「既視感」を覚えた私は、思わず顔を近づけて確かめようとしたが……背後から声がして、はっと振り返る。すると、 沙都子(私服): ……。あなた、誰ですの? 羽入:私服: っ、……?! そこにいたのは「見覚えのない」女の子だった。私や梨花と同い年くらい……いや、上か下かの見分けがつきづらい。 ただ、私が誰何する言葉を聞くや彼女は浮かべていた笑みをさっ、と凍らせて……息をのみながら驚いている様子だった。 沙都子(私服): (こんな子……#p雛見沢#sひなみざわ#rで見かけましたっけ。しかも今、私の名前を呼んで……?) 私の下の名前を知っているということは、どこかで知り合った可能性が考えられる。 でも、……どこで?分校の子ではないから、野球の試合?おもちゃ屋の部活? それとも……? 梨花(私服): ……沙都子。 頭の中の記憶を掘り起こしていたその時、梨花が静かな口調で呼びかけてきたので私は顔を戻す。 梨花(私服): …………。  : 月を背後に背負ったその姿は、なんとなく……神秘的な雰囲気を醸し出して可愛らしい。  : そして、つぶらな瞳の奥には漆黒が広がり見つめ合っていると吸い込まれそうで……。 …………。 梨花(私服): 戻りましょうなのです、沙都子。夜になると少し冷えるので、このままだと風邪をひいてしまうのですよ。 梨花(私服): 羽入も、帰って一緒にお風呂に入るのですよ。 羽入(私服): ……あぅあぅ、わかりましたのです。沙都子、その懐中電灯は僕が持つのですよー。 沙都子(私服): えぇ……お願いしますわ、「羽入さん」。 私はそう言って羽入さんが伸ばしてきた手に、持っていた懐中電灯を渡して握らせる。 ……直後、全身を駆け巡る寒気。たぶんお風呂から出てすぐに外へ出たせいで、湯冷めをしてしまったのだろう。 梨花(私服): みー。沙都子も冷えてしまったようなので、ボクたちとお風呂に入り直しましょうです。背中の流しっこをするのですよ、にぱー♪ 沙都子(私服): さすがに3人が一度に入ると、ぎゅうぎゅうになりそうですけど……たまにはいいかもしれませんわね、をーっほっほっほっほっ! …………。 ……ところで私、どうして外に出ようと考えたんだっけ? Part 03: 沙都子(覚醒): ……やっと、思い出しましたわ。私はあの時点から、ずっとあなた方……いえ、「お前」らに騙されていたんですのね……ッ?! 悔しさと怒りで爆発しそうになる激情を懸命に抑えながら、それでも目から血が迸るかと思えるほど強く鋭く、私は正面を見据える。 目の前に立っているのは、「梨花」――いや、その姿形を似せただけの偽者。 「羽入」という、あたかも同居人のように振る舞っていたあの女の子と同化して……今は頭から角を生やした、異形の姿だ。 ……。ただ、今ならわかる。どんなに容貌を模しても、あの子とは大違い。似ても似つかない無価値な存在だと……ッ! 沙都子(覚醒): それにしても……全員でブッ倒したものと思っておりましたのに、存外しぶといですわねぇ。しかも、またしても私の前に現れるなんて――。 沙都子(覚醒): でも……ひひっ、ひひひひひ……!少しだけ、感謝しますわ……だって……ッ!! 私は……嗤った。おかしくて、仕方がなかった。 人間は、心からの激しい怒りを覚えた時だと顔に笑みを浮かべてしまうとよく言われるが……! ここまでの憤怒を抱いたのは、おそらくきっと私の生涯でも最大、そして――最後だッ!! 沙都子(覚醒): 私をたばかった恨み! 梨花をかたった怒り!たった一度殺しただけで、許してもらえるものと思うなァァァアァァァァッッ!!! 弓から射放たれた矢のごとく、私は突進して泰然と構える「偽者」へ容赦なく攻撃を放つ。 身体が……いや、心さえも熱い。焼け焦げるようだ。その一方で思考はクリアに、超高速で動いて――。 沙都子(覚醒): ぅぅらああぁぁぁあぁっっっ!!!死ね! 死ねッ! 死にさらせぇぇぇぇえぇッッ!! 相手が迎撃……いや、防御?何かの動作を始めるよりも早く攻撃を繰り出す。 矢継ぎ早の連撃は「偽者」を吹き飛ばし、穿ち……もはや原形を留めぬほどに苛んでいった。 沙都子(覚醒): はぁっ、はぁっ、はぁっ……、ッ……!! 荒い息をつき、汗なのか血なのかわからないものを滝のように流しながら、私は地面に倒れ伏す残骸にとどめの一撃を食らわせる。 ……神社の境内で相対した時のように、霧散して跡形もなく消える「偽者」の骸。 もっとも……爽快感などはひとカケラもない。私の胸の奥で、澱のようにまとわり続けるのは後悔……そして何よりも、どす黒く淀んだ自己嫌悪だった。 沙都子(覚醒): 私が……気づくべきだった……気づかなければ、いけなかったんだ……ッ!!ぅ……あぁっ……ああぁぁぁあぁぁッッ!! 髪が千切れるほどに頭をかきむしり、私はおとがいをそらして叫び……慟哭する。 謎につながるヒントは、すぐ目の前にあった。私はあの時、誰よりも早く気づいていたのだ! なのに……なのになのに、それを見逃した!あまつさえ私は、私は……ッ!! 沙都子(私服): ……っ……、……ぅぐっ……? 梨花: みー、沙都子……?体調でも悪いのですか? 沙都子(私服): い、いえ……大したことは、ありませんのよ……。 魅音(私服): んー……ちょっと、熱があるみたいだね。冷や汗もかいているし、夏風邪でも引いたのかな? 羽入(私服): あぅあぅ……無理をすると、よくないのです。神社の集会所に入江が詰めているはずなので、診てもらって少し休んだほうがいいのですよ。 沙都子(私服): で、ですが……梨花の演舞がこの後に行われるのに……見逃すわけには……っ。 梨花: みー、無理はしないでほしいのです。ボクにとっては、沙都子の体調の方がなによりも大事なのですよ。 沙都子(私服): 梨花……。 あの時は、とても立っていられないほど急に気分が悪くなって、頭が重くて……。 そんな体調不良の状態で演舞を観覧すればかえって梨花が集中できなくなると考えた私は、断腸の思いで集会所で休むことにしたのだ。 …………。 そして再び目覚めた時には、園崎本家。詩音さんの話によると、私は熱が上がりすぎたので監督の手で診療所へと運ばれて……。 その後、操られた魅音さんたちの襲撃を受けたため他の人たちと一緒に園崎本家へと避難させられた……とのことだった。 …………。 だけど、……今なら、わかる。理解できた。 あれは「偽者」の梨花が計画を遂行するため、あの日の夜の記憶を思い出す恐れのある私を遠ざけるために仕組んだことなのだ。 そして……そして! その陰謀には、監督……入江先生も一枚噛んでいたというわけだ……!! 沙都子(私服): くくっ……くくくくくっ……あっははははははははははッッ!! 沙都子(私服): よくも……よくもこの私を、弄んでくださいましたわねッ……?! 沙都子(私服): 目の前で、梨花を奪われた上……千載一遇の機会を二度も得ておきながら、それに気づかない私は本当に大間抜けッッ!! 沙都子(私服): だから、よろしくてよ……えぇ、構いませんわ!これが私に与えられた、罰とでもいうのならッ! 沙都子(私服): この身体が血と肉の塊になる、その瞬間まで!私はお前らを1人でも、1匹でも多く道連れにして引き裂いてやるッッ!! 沙都子(私服): 梨花のいない世界なんて、私には意味がない!価値なんて皆無の、ゴミのような存在ッ!! 沙都子(私服): だから……壊してやる! 無に帰してやる!! 沙都子(私服): たとえ、お前らが何を企んでいようとっ!私は全ての罠を食い破って敵も味方も、そうでないものも滅ぼしてやるあァァァッッ!! その#p咆哮#sほうこう#rとともに、私は押し寄せてきた怪物たちの群れに立ち向かっていった――。 …………。 1983年6月某日、火山性の有毒ガスによる住民たちの大量中毒事故が発生。 大災害による犠牲者、約1200人。該当地区全域は閣僚会議によって封鎖、帰還困難区域として地図上から抹消。 …………。 住人、北条沙都子(11)。 遺体が発見されなかったため、行方不明者として処理――。