Prologue: 千雨: っ……やっと、ここまで来れたか。 暑さによるものではない額の汗を手の甲で拭い、私は大きく安堵の息をつく。 #p興宮#sおきのみや#rにたどり着くまで、緊張のしっぱなしだった。夜の田舎道は灯がほとんどないために真っ暗闇で、少し慣れたはずの光景が一変していたからだ。 おまけに未舗装の地面、あぜ道、水路……うっかり乗ってきた自転車ごと落ちたりでもしたら、擦り傷程度の怪我ではすまなかっただろう。 千雨: (さすがに、昭和だからって肥だめなんてものはないと思うが……ないよな?) 最悪すぎる「それ」にドボンとはまった事故だけは絶対にやめてくれと祈りながら、慎重に懐中電灯で前を照らしながら、ゆっくりと進んで……。 ようやく興宮だとわかる場所に到着して腕時計を見ると、普段の倍近くの時間が過ぎていた。 千雨: ……何やってんだよ、私は。 自嘲の思いがこみ上げてくるのを止められなくて、悪態とともに頭をごつっとハンドルに軽く叩きつける。 とはいえ、ここまで来てしまった以上は引き返すことなどできない。そう思い直して私は頭を上げ、再びペダルをこぎ始めた――。 詩音(私服): で、こんな遅い時間にご訪問というわけですか……。色んな意味でご苦労様、としか言い様がないですね。 千雨: ……うるさい。私だって、とんでもなく非常識でバカな真似だって自覚くらいはしてるさ。 詩音(私服): そこまでは言っていませんが……まずは、どうぞ。お姉のところのお茶と違って市販の安物ですから、お口に合うかはわかりませんが。 千雨: あぁ……いただく。 差し出されたグラスを手刀を切って受け取り、私は冷えたお茶を一気に飲み干す。 すると、ようやっと水分を補給した反動か全身が熱を帯びて、じっとりと汗ばんできた。 千雨: (タオルだけでも、持ってきて正解だったな……) なんて胸の内で呟きながら、周囲の目がないのをいいことに顔の他にも首や手足を乱暴に拭う。 と、ベランダへのガラス戸を全開にしながら振り返って苦笑を浮かべる詩音と目が合い……さすがに行儀が悪かったかと気まずくなった。 詩音(私服): まぁ、いつでも電話してきてくれればお話をする機会を設けるとは言いましたが……。 詩音(私服): まさか深夜近くに押しかけてくるとは、さすがに思ってもみませんでしたよ。 千雨: お前がバイト詰めで当分休みがないから、会えるとしたらこの時間帯くらいだって言ったからだろうが……ったく。 詩音(私服): ……社交辞令ってご存じですか?体よくお断りをしたつもりだったんですけど。 千雨: 悪いな。私は生まれも育ちも関東圏だから、「京ことば」的な言い回しを知らないんだ。 詩音(私服): くっくっくっ……やはりあんたは面白いですね。だからこそ、私も応じたわけなんですが。 詩音(私服): 帰りは葛西に、車を出してもらいます。自転車は朝方うちの若い衆に運ばせますので置いたままにして、乗っていってください。 千雨: ……助かる。正直、帰りのことは考えたくないと思ってたからな。 詩音(私服): いっそ泊まっていきますか?葛西に言って、隣の部屋を空けてもらうこともできますよ。 千雨: あ、いや……気持ちはありがたいが朝になって私がいないと知られたら、面倒なことになる。 詩音(私服): ……つまり、あのお二人には内緒でここに? 千雨: 菜央ちゃんはレナのところに泊まりにいってるから、正確には美雪だけだ。……いい具合に、早い時間に寝入ってくれたしな。 念のため、出る前に一階で寝ている美雪の姿を確かめてみたが、ぐっすりと眠っている様子だった。おそらく気づかれずに出られた……と思いたい。 詩音(私服): では、早めに片付けることにしましょう。……それで、私に相談があると言っていましたがどういった内容ですか? そう言って詩音は、多少涼しくなってきた室内の温度を調節するためにガラス戸を半分閉め、ベッドの上に腰を下ろす。 自然、床にあぐらをかいている私よりも視点が高くなる。……ちょっと嫌な感じだったがあえて無視し、私は口を開いていった。 千雨: ……単刀直入に聞く。結局お前は、公由一穂のことをどうしたいと思ってるんだ? 詩音(私服): えっ? あの、「どうしたい」とは……具体的にどういった意味ですか? 千雨: あぁすまん、言葉が足りなすぎた。つまり公由一穂の正体と所在をつかんだ後、どういう行動を起こすつもりなのか……。 千雨: それを聞いてなかったから、まずはお前の本心を教えてくれ。 詩音(私服): ふむ……要するに私は一穂さんとお会いした時、再会を喜んで抱きしめたいか、今までのことに文句を言いたいのか……。 詩音(私服): ……あるいは憎んで、殺したいのか。そういうことですね? 千雨: あぁ。その返答次第では、私の今後の協力の仕方も変えざるを得なくなるからな。 詩音(私服): なるほど……確かに。 そう言って詩音は、思案に暮れるように目を閉じる。……が、すぐに顔を上げると苦笑交じりに肩をすくめていった。 詩音(私服): 実際のところ……私はもう、彼女の存在をさほど重視していないんですよ。だからきっと、何もしないと思います。 千雨: あいつの存在を、重視してない……? 詩音(私服): はい。だって、あえて彼女に問いただすまでもなくこの「世界」におけるメカニズムは理解できたので。 詩音(私服): 残念なことに公由一穂がいてもいなくても、「世界」は変わってしまうんですよ。私たちが何かを望んだり、夢を見たりする限りは……ね。 千雨: は……? あっけらかんと突き放すような物言いに、私はぽかんと口を開けてしまう。 なぜなら、おかしな「世界」が続くのは公由一穂が謎の力でそうさせている……なんて言っていたのは、この詩音だったからだ。 千雨: お前……以前と言ってることが、違うじゃないか。急に考えを変えたのは、どういうわけだ? 詩音(私服): あれはあくまでも仮説であり、結論じゃないです。……ただ、混乱を招いてしまったのは事実なのでその点については謝ります。 詩音(私服): それでも……わかってしまった以上はこう答えるしかないんです。ですから、彼女が今後何をしようとも全然関係ない……。 詩音(私服): というわけで、今さらあの子を追いかける理由はなくなってしまったってわけですよ。 千雨: ……なんだよ、それは。 君子豹変す、とはよく言ったものだが……ここまであっさりと手のひらを返されると、さすがに困惑しかない。 それにしても、この態度の変化はどういうわけだ?以前に会って相談を受けた時から、何かあった……? 千雨: っ……まぁいい。前がどうこう言い出したところで水掛け論だから、とりあえずその前提として話を戻そう。 千雨: じゃあ、詩音……お前の今の考えだと「世界」が変わり続けるのは、私たちの意思の結果だってのか? 詩音(私服): その通りです。その中で彼女は、どこに正解があるのかを見つけ出そうとしている。 詩音(私服): そして私たちだけでなく、全ての人間が幸せだと信じられる完全無欠の「世界」を実現するべくあがき回っているってわけです。 千雨: つまり、あいつの力は「世界」を創造するのではなく無数に存在する「世界」を移動するためのもの、か……。 千雨: どうして公由一穂がそんな力を得たのか、そもそもあいつは何者なのか……。 千雨: ……そしてお前は、なんで知ってるんだ?疑問は山ほどあるが、とりあえずそのことはさて置くとしよう。 詩音(私服): あれ……いいんですか?こんな話をすれば、私はてっきりそのことを詰問されるものだと思っていたんですが。 千雨: どうせ問いただしたところでお前は適当にはぐらかすか、答えを先送りさせろと言うだけだろうしな。 詩音(私服): くっくっくっ……よくわかっているじゃないですか。 小馬鹿にするようなその笑いに、少しだけむっとなったが……咳払いをしてごまかす。 どうも気に食わないやつだが、現状に必要な情報を提示してくれるのはこいつだけだ。多少のことは目をつぶっておくべきだろう。 千雨: ……だから、ひとつだけ教えてくれ。一穂は……あいつは、理想の「世界」が見つけられると本気で思ってるのか? 詩音(私服): えぇ、結構ガチで信じてるようですよ。ただ、そのお節介のおかげで色んな「世界」をほぼ強制的に体験させられている……。 詩音(私服): 付き合わされているこちら側としては、たまったものではありませんけどね。 千雨: 強制的に、体験……? 詩音(私服): ……おや、気づいていませんでしたか?あなたに妙な格好をさせようとするイベントが、最近やけに連続して起きていたはずなんですが。 詩音(私服): あれって私たちの意地悪とか、あなたの運の悪さとかじゃなく……何者かの意思によってそうなるように仕向けられていたんだと思います。 詩音(私服): つまり、世界の変化になじめないあなたを周囲からの同調圧力によって取り込む……といった感じにね。 千雨: あんな衣装を無理やり着せられたくらいで、私が惑わされるとでも思ったってわけか……? 事実だとしたら、心外極まりない。ご機嫌を取るどころか、むしろ嫌がらせだと感じるレベルに達していたんだが……。 千雨: っていうか、お前も気づいてたなら止めろよ!知ってるのに、黙って見てたってことか?! 詩音(私服): すみません。恥ずかしがる千雨さんの反応が面白くて、わざと便乗させてもらったりしていました。……とまぁ、それはさて置いて。 千雨: おい、そこは置くなよ……。 そうぼやく私に向かって「まぁまぁ」となだめてから詩音は表情を改め……まっすぐに目を向けていった。 詩音(私服): どうやら公由一穂さんは、現状だと千雨さんの前にしか姿を見せないようです。 詩音(私服): ですから次に会った時は、彼女を引き留めてこの事情を説明するしかありません。 詩音(私服): そうすることで彼女は考えを改めて、元の世界に戻ってくる……のではないでしょうか。 千雨: いや、引き留めるって……簡単に言うなよ。どうすれば、それができるってんだ? 詩音(私服): そこまでは私もわかりません。……ですが、彼女が戻ってこない限りこのエンドレスループが終わることはないでしょう。 詩音(私服): 冗談でもお世辞でもなく……あなただけが、頼りなんですよ。 千雨: …………。 相談してもやもやした思いを軽くするつもりが果たすべき役目を押しつけられたかたちになり、私は憮然とする。 とはいえ、まず一穂を翻意させなければ今後もおかしな現象が続くと言われてしまっては無視することもできず……。 千雨: ……。わかった、やってみよう……。 渋々、頷くしかなかった。 Part 01: それから、数日後。 授業という名の自習を進めている間も私はどうやって一穂を説得するべきかについて考えあぐね、頭を抱えていた。 千雨(制服): もうやめろ、と言っても聞くわけがないだろうし……さて、どうしたものかな。 美雪: ……千雨? どうしたのさ、難しい顔をしながら問題集とにらめっこして。そんなに難しい問題? 千雨(制服): いや、そういうわけじゃないんだが……。 あいまいにごまかしつつ、私は数学の問題集を閉じて英単語の書き取りを始める。 別のことを考えている時は、こういった写経じみた作業の方が楽だろう。……全く覚えない、という欠点はあるが。 美雪: それはそうと、千雨。昨夜って外に出てたりしなかった? 千雨(制服): っ……気づいてたのか? 美雪: いや、半分寝た意識だったから夢かなー、って思ってたんだけど……やっぱりそうだったんだね。どこに行ってたの? 千雨(制服): ……詩音のマンションだ。聞きたいことがあったんだが、バイト終わりだとあの時間しかないって言われたんでな。 美雪には嘘をつきたくなかったので、事実だけを正直に答える。 それを聞いた彼女は、怪訝そうな表情を浮かべて私の顔をじっとのぞき込んできたが……。 美雪: ……そっか。じゃあ今度、気が向いた時にでも聞かせてよ。 さすがは幼なじみ、何かを察してくれたのか……それ以上は突っ込むことなく引き下がってくれた。 千雨(制服): ……すまんな、美雪。 美雪: いいよ。千雨があえて話をしないってことは、情報をまとめてる最中だってわかってるからさ。 美雪はそう言うと、途中だった問題集に顔を戻してシャープペンシルを走らせていく。 千雨(制服): …………。 ありがたさと、申し訳なさ。……一穂がいなくなって以来、美雪と菜央ちゃんにはそんな思いばかりが大きくなっていた。 そして授業を終えた、ホームルームの時間。 担任の知恵先生に課題の問題集を提出し、全員が席について諸々の連絡事項を聞く。 そして来週からの課題について説明した後、先生は県の教育委員会からの周知について語っていった。 知恵: 秋は芸術の季節、とよく言われます。美術の秋、読書の秋……それにちなんで県でも読書感想文のコンクールが毎年開かれています。 知恵: 皆さんの中で希望者があれば、ぜひ参加してみてください。優秀者は県知事さんからの表彰があるとのことです。 千雨(制服): (読書感想文……か) その後、魅音の号令の元で挨拶をすませて先生は教室を出ていった。 それを見届けてから、私たちは帰り支度を始める。今日は魅音に用があるとのことで、部活は無しだ。 美雪: ねー、魅音。読書感想文って課題が決まってるか、そうでないかの2通りがあったと思うけど……今回はどうなの? 魅音: この内容を見る限り、課題は決まっているみたいだね。 魅音: ただ、どれも読んだことがないタイトルばっかりだからまずは読むの必須、ってことになりそうだよ。 そう言って魅音は、知恵先生にあとで掲示板に貼っておくように、と渡された告知ポスターを机の上に広げてみせる。 千雨(制服): (……副賞は図書券か。お決まりと言えばその通りだが、これって意外に使いづらいんだよな……) 本屋によってはおつりが出ないこともあり、文庫本やコミックだと少しもったいない。 かといって、ハードカバーを対象にしてもそういった高価な本は図書館ですませるのが私たち学生の財布事情だったので……。 正直なところ財布に入れるタイミングが難しく、机の引き出しの中にしまいっぱなしになるのが一般的だった。 美雪: ……ちなみに魅音、こういったコンクールに応募したことは? 魅音: いやー、全然ないね。好きなアニメや映画の感想ならいくらでも出てくるけどさ。 魅音: 感想文のために興味のない本を読むってのが、どうも気が乗らなくて……迷っているうちに〆切が来てまた来年、って感じだよ。 千雨(制服): 確かに。本なんて強制的に読めと言われても、楽しいものじゃないしな。聖書や辞書を読めと言われた方が、よっぽど割り切れるぞ。 羽入: あぅあぅ……聖書はともかく、辞書は読書で読むようなものじゃないと思うのですが……。 梨花: みー。人にはそれぞれ価値観があるので、決めつけるのはよくないのですよ。 千雨(制服): あ、いや……今のはたとえであって、私だって辞書を読破するような真似は正直お断りだが……ん? 沙都子: どうしましたの、千雨さん?今回の課題図書のリストに、気になる本でも見つけまして? 千雨(制服): ……この作家の名前は、以前に見たことがあると思ってな。なんだっけか……。 そう言って私は、過去の記憶をたどってあっ……と思い出す。 そこにあった作者は、10年後……つまり私たちの時代でとある大賞を取って有名になったベストセラー作家だったのだ。 菜央: 思い出したわ……これって出版社が潰れて、絶版になった本よ! 菜央: 原稿も行方不明になったから再版できなくて、コアなファンだけが知ってる幻の名作だって新聞に載ってたわ……! 美雪: おぅ……そうだったんだ。さすが菜央と千雨、そういった話は詳しいね。 興奮した様子の菜央ちゃんとは対照的に、美雪は少し引き気味の様子だ。 千雨(制服): (そういえば、美雪って結構本は読むけど有名だの人気だので帯とかについてると、逆に腰が引けるタイプだったな……) 同じ本好きでもこういう違いが生まれるのか、と見ていてなかなか興味深いものを感じる。 魅音: へー、そんな作家さんがいたんだねぇ。レナはどう、聞いたことがあった? レナ: はぅ……レナも知らなかったかな、かな……。 そう言って魅音たちは、首を傾げている。……まずい。ここが10年前だということをついうっかり失念してしまっていた。 千雨(制服): あー……すまん。以前、本好きの芸能人が話題にしてたからついテンションが上がっちまってな。 千雨(制服): あと、絶版になったのは他の作品だった。似たタイトルだから勘違いしたんだ……だよな、菜央ちゃん? 菜央: っ……えぇ、そうだったわ。ごめんなさい、変なことを言っちゃって。 さすがと言おうか、菜央ちゃんはそれだけで私の意図を察したように話を合わせてくれる。 多少いびつに感じるやり取りだったので、冷や汗を感じないこともなかったが……。 魅音: そうだったんだ。まぁ勘違いすることって、よくあるよねー。 そう言って魅音が納得したように笑顔を返してくれたので、……心底ほっとした。 魅音: にしても、そんな人気作家さんだったらこういう課題図書でも面白いかもねー。 沙都子: それに、菜央さんがそこまで高い評価をしている作品でしたら、一度お目にかかってみたいですわ。#p興宮#sおきのみや#r図書館に行けば見つかるのかしら? 梨花: みー。みんなで本探し、ふぁいと、おーなのですよ。 千雨(制服): (……結構ミーハーだったんだな、魅音たちって) とりあえずそんな感想は、私の胸の内にしまっておくことにしよう。 Part 02: そして、週末……土曜日の午後。私たちは自転車を駆り、#p興宮#sおきのみや#r図書館へと向かった。 魅音(私服): あっ……おーい、こっちだよー! 図書館の入口で、魅音が手を振っているのが見える。私たちもそれに応えつつ、駐輪場へと向かった。 魅音(私服): いやー、家を出る直前に婆っちゃにつかまってあれこれ用事を頼まれちゃってさ。少し遅れたけど、他の子たちはもう来てるのかな? 美雪(私服): んー、どうだろ。私たちも今ここに着いたばっかりだしね。 菜央(私服): あっ……レナちゃんの自転車!うぅ、待たせちゃうなんて……やっぱり一緒に来ればよかったわ。 千雨: 途中でチェーンが外れたんだ、仕方ない。それに、レナが一緒だとあいつまで遅刻に巻き込んでたんだから、逆によかったと思うぞ。 菜央(私服): ……それもそうね。とにかく、急ぎましょ……あら? 駐輪所に自転車を停めて、私たちのもとへと戻ってきた菜央ちゃんが小首を傾げながら、私たちの後ろへと視線を向けて……立ち止まる。 それに気づいて振り返ると、ちょうどここに来たばかりなのか……自転車を手押しで歩いてくる詩音の姿が目に映った。 詩音(私服): ……あら、皆さんお揃いで。それにお姉も図書館なんて、珍しいですねー。何かご用でも? 魅音(私服): 図書館に用なんて、本を借りる以外にはないでしょ?読書感想文の課題書を探しに来たんだよ。 詩音(私服): 読書感想文……? お姉が、書くと?正気ですかっ? 魅音(私服): せめて本気と言ってよね……ってそれ、どういう意味?! 美雪(私服): まぁまぁ、魅音。詩音は別にからかってるわけじゃないんだからさ。 魅音(私服): からかっていなかったら、本気だってことっ?そっちの方がずっと失礼じゃんか! そう言っていきり立つ魅音に、詩音はわざとらしく驚いた表情で受け流している。 千雨: (この2人って、なんでこうもわざとらしい喧嘩漫才を繰り広げるんだ……?) 仲良しのアピールなのか、それとも他の理由か……いずれにしても適当に終わらせないと面倒だと思い、私は話を変えるべく詩音に尋ねかけていった。 千雨: 詩音こそ、図書館に何の本を借りに来たんだ?お前も読書感想文……ってガラには見えないんだが。 詩音(私服): 失礼ですねー……まぁ、その通りですが。私はちょっと、この図書館にお宝があると聞いて足を運んでみただけです。 千雨: お宝……?お前こそ、来るところを間違えてるんじゃないか? 魅音(私服): 詩音……ひょっとしてあんた、今年の課題図書が出すべきところに出したらプレミアものだってことをどこかで聞きつけて、確保しに来たとか……? 詩音(私服): プレミア……? なんですか、それは。そんなのを探すつもりだったら、図書館じゃなく古本屋にでも行ったほうがよっぽど効率的ですよ。 菜央(私服): ……まぁ、図書館の本を借りるじゃなくて盗ったりしたら、確実に犯罪よね。 詩音(私服): 私のお目当ては、そういうのじゃないです。あくまで、自分が宝だと信じられるものを手に入れようとここに来た……。 詩音(私服): そういうご理解で、よろしくです。 魅音(私服): ……何を言っているのか、さっぱりだね。とりあえず、あんたは好きにやってなよ。私たちは本を探しているからさ。 千雨: …………。 詩音の煙に巻いた物言いに……なぜか私は、引っかかるものを覚える。 千雨: (自分が宝だと、信じられるもの……?) どういう代物なのかは皆目検討もつかないが、それがこの図書館にあるというのか……? 千雨: おい……詩音。お前が探してるものって……? 美雪(私服): おーい、千雨ー。レナたちが待ってるんだから、早くおいでよ~。 詩音に歩み寄りかけた私を引き止めるように、背後から美雪たちの呼びかける声が聞こえてくる。 それを受けて振り返り、「あ、あぁ」と返事をしてから顔を戻すと……。 千雨: ……っ……? すでに詩音の姿は目の前から消えて、どこにも見当たらなくなっていた。 魅音(私服): よーし、それじゃみんなで手分けして本を探そう! 魅音(私服): 目当てのものを見つけたら、菜央ちゃんと千雨……あとは任せた! 千雨: あのな……魅音。せめて、中身に目を通して確かめるくらいはしろよ。 魅音(私服): いやー、おじさんって実用書は大好きなんだけど文字ばっかりの物語とかって……どうもね。 魅音(私服): とりあえず、あとでどんな話だったのかを教えてよ。その内容をうまくかいつまんで、感想文みたいにでっち上げるからさ! 千雨: その時点で感想じゃなくて、創作だろ。っていうか、どう考えてもズルだろ……! 魅音(私服): あっはっはっはっ!対価は秋のデザートフェスタ食べ放題ってことで~! そう突っ込む私の言葉を笑っていなしながら、魅音は本棚の奥へと逃げていった。 美雪(私服): デザートフェスタ食べ放題って……もう結構、チケットがたまりまくってるよねー。 千雨: あぁ……ことあるごとに、魅音がばらまいてきたからな。すでにハイパーインフレ状態だ。 菜央(私服): それに、新メニューの開発だの試食だので食べる機会をたくさんもらってるから、図書券並みに使うタイミングがわからないのよね……。 まぁ、これまで魅音には色々と世話になっているのでこの程度の協力なら惜しまなくてもいいだろう……。そう考えて私は、自分を納得させることにした。 レナ(私服): それじゃ菜央ちゃん、一緒に探そうね。あとよかったら、お薦めの本とかも教えてもらってもいいかな、かな……? 菜央(私服): え……えぇ、もちろんっ!じっくり読めるのもあっさり読めるのも、たくさん教えてあげるわっ! ……なんてことを話しながら、予想通りといおうか菜央ちゃんはレナとともに手を取り合って去って行く。 まぁ、あの2人はあれでいいだろう。それに梨花ちゃんと沙都子ちゃん、羽入ちゃんも3人で集まり、宝探し感覚で楽しそうにしている。 となると、残りは……。 美雪(私服): さてと……私たちも始めるとしますかね。どこから見てく? 千雨: ……すまん美雪、今日はひとりで回らせてくれ。課題図書を探すだけなら人の手は足りてるだろうし、私は奥にある書庫に入ってみたいんだ。 美雪(私服): そう? んじゃ、終わったら声をかけてねー。 そう言って美雪はあっさりと承諾し、本棚の奥へと向かっていく。 その後ろ姿に「すまん」と呟いてから、私は書庫に入っていった。 Part 03: 千雨: ……ずいぶん、散らかってやがるな。 そう言って埃っぽい室内の空気に顔をしかめながら、私は床に山積みになった本をかき分けて奥へと進んでいく。 美雪にあえて別行動を頼んだのは、この室内に何があるか調べたい……ということではない。この中に入った「何者か」が気になったからだ。 千雨: さっき確かに、この中に誰かが入っていくのが見えたような気がしたんだが……。 その後ろ姿は……なんとなくだが、私が見知ったやつであったように思える。 その勘を信じてあちこち歩き回り、人の気配を探してみたが……それらしきものはどこにも見当たらなかった。 千雨: そんなに広いところじゃないはずなのに……どこに行ったんだ? 千雨: もしかして、中に入ったように見えたのは目の錯覚……? そう思った私は、仕方なく引き返そうと踵を返しかけて――。 詩音(私服): ……誰ですか? その声とともに、突然物陰から姿を現したのは……詩音だった。 千雨: うわっ……?! 何もないと確かめた場所からの出現だったので、私は思わず悲鳴を上げてのけぞってしまう。 続いて、余った勢いで本に足を取られてその場に倒れかけたが……なんとかこらえ、踏みとどまることができた。 千雨: 危なかった……って詩音、そんなところで何をしてるんだ? 詩音(私服): 詩音……? 詩音(私服): ……あぁそうそう、そうでしたね。うっかりしていました。 千雨: は……? かみ合わない返答に、私は訝しさを覚える。 すると詩音は、軽く首を小刻みに動かし……過剰なほど愛想よく、笑顔を浮かべていった。 詩音(私服): それは私の台詞ですよ、千雨さん。こんなところに、どうやって入ってきたんですか? 千雨: あ、いや……私は、誰かがここに入るのが見えたから……まさかお前とは、思ってもみなかった。 詩音(私服): ……そうですか。 そう言って詩音は苦笑し、少し考えてから私に顔を向けていった。 詩音(私服): そうですね……あなたには色々と動いてもらったおかげで、なかなか楽しませてもらいました。 詩音(私服): そのお礼代わりに、見せてあげましょう。もしかしたら、何かの変化に繋がるかもしれませんし……くすくす……。 千雨: お礼……変化?おい、どういう意味だ? 詩音(私服): 説明するよりも、実際に体験してもらった方が早いです。……ついてきてください。 詩音はそう促して奥に進み、乱雑に本が収められた本棚の前に立つ。 そして一冊の本を取り出すと、それをおもむろに開いてみせた――と、次の瞬間だった。 千雨: なっ……?! 本の中から光がほとばしり、薄暗い室内が眩しいほどに照らされて私は思わず、目を覆う。 …………。 千雨: ……っ、……ぅ……。 そして、光が収まったのを感じて恐る恐る瞼を開くと……。 私の視界いっぱいに、豪奢なつくりをした奇妙な部屋が広がっていた。 千雨: こ……ここは、どこだっ?いったい何が、どうして……?! 壁一面に設けられた本棚には、ぎっしりと膨大な数の書籍。 それに加えて変わったオブジェが部屋のあちこちに置かれてあり、そして――。 魅音: 『……あれ、訪問者……?』 沙都子: 『あなたはいったい、誰……?』 そう言葉を発しながら、ふわふわと宙を浮かんでいた2つの光の球が私のそばに近づき、尋ねかけてきた……。 Part 04: 魅音:司書: 『その波動の不安定な感じ……あんたはどうやら、人間のようだね』 魅音:司書: 『それにしても、ここに足を踏み入れるなんて命知らずというか……珍しいこともあるもんだ』 千雨: っ、どういう意味だ……? まるで馬鹿にするようにくすくす笑う2つの光の球に、不愉快さを露わに尋ねかける。 すると「彼女」たちは輝きとともに人の形へと変わり、私がよく知る2人の人物となって顕現した。 千雨: 魅音……それに、沙都子……? #p園崎魅音#sそのざきみおん#r?: あんたの記憶の中から、私たちに近い存在の姿を借りただけだよ。 #p園崎魅音#sそのざきみおん#r?: 波動で言語化するのは結構疲れるからね……で、ここに来た目的は何? 千雨: いや、目的って言われても……そもそも、ここはどこなんだ? #p北条沙都子#sほうじょうさとこ#r?: あらあら……つまり何も知らないまま、来たというわけですのね。をーっほっほっほっ……! #p北条沙都子#sほうじょうさとこ#r?: ……ここは『刻の図書館』。カケラ世界の要素と事実を書き記した書籍の写本が収められていますの。 #p北条沙都子#sほうじょうさとこ#r?: 『図書の都』のバックアップとして、偉大なお方がつくられた場所でしてよ。 #p北条沙都子#sほうじょうさとこ#r?: 私たちはそのお方の命を受けて、「世界」の全てを記載した写本をつくり続け……こうして管理しているんですのよ。 沙都子の姿をした「彼女」は、誇らしげに、恍惚とした表情を浮かべながらそう語ってみせる。 ただ……その説明だけではいったい何のことなのか理解することができず、私はただ首を傾げるばかりだった。 #p園崎魅音#sそのざきみおん#r?: ……? 今の説明だけでわかんないの?やっぱり「人間」は頭の回転が鈍いというか、元のサルに毛が生えた知能しかないんだねぇ。 千雨: あんな言い方で、わかるわけないだろうが……。私の理解力が低いんじゃなく、お前らの説明力が下手ってことじゃないのか? #p園崎魅音#sそのざきみおん#r?: おーおー、言ってくれるじゃないの。普通だったらその首切り落として、頭蓋骨で杯を作ってやるところだよ。 #p園崎魅音#sそのざきみおん#r?: でもまぁ、ここに来た無謀と愚かさに免じて多少サービスしてやるとしますか。 そう言って魅音(?)は沙都子(?)を押しのけ、前に進み出ると私に向き合っていった。 #p園崎魅音#sそのざきみおん#r?: 『アカシック・レコード』って、聞いたことある?全世界の過去から未来における記録が個々の単位で収められた、万物のデータベースのことだけど。 千雨: ……名前くらいはな。そいつを読めば、人間ひとりひとりの運命が最初から最後までわかる……だったか? #p園崎魅音#sそのざきみおん#r?: まぁ、その理解程度で正解にしておこう。つまりここの本は、その運命が個々の都合で分岐した「世界」そのものってわけさ。 千雨: 個々の都合……だと? #p園崎魅音#sそのざきみおん#r?: そう。たとえば左右に分かれた道で、左を選ぶか右を選ぶかによって……その人物の運命は微妙に変化する。 #p園崎魅音#sそのざきみおん#r?: さらに、その人物と関わった周囲のヒトやモノ、全ての存在が玉突き事故的に影響を受けることになる。……その結果、未来は様々な流れへと推移する。 #p園崎魅音#sそのざきみおん#r?: となると、未来はとても1冊の本では書ききれない。それらの「可能性」によって枝分かれしたものを全てまとめたものが、この『刻の図書館』なんだよ。 千雨: ……。つまり、ここの図書館が『平行世界』構造の源流ってわけか。 千雨: それにしても……なんでこうまでしてバックアップをつくる必要があったんだ? 千雨: 本来の世界構造を統べている場所が存在するなら、コピーなんてつくる必要なんてないだろうに。 #p北条沙都子#sほうじょうさとこ#r?: もちろん、偉大なお方にちゃんとした理由があってのことですわ。 #p北条沙都子#sほうじょうさとこ#r?: ですが、それをあなたが知る必要なんてありませんのよ……! ニヤリ、と笑う沙都子と魅音の表情に不穏な気配を感じたその時……。 はっ、と違和感を覚えた私は自分の手を見下ろして、愕然と息をのむ。 なんと手だけでなく、身体が徐々に透き通り……私は今まさに消えようとしていたからだ。 千雨: なっ……こ、これは……?! #p園崎魅音#sそのざきみおん#r?: くっくっくっ……! やっぱり「人間」の身で、この空間にとどまることはできなかったようだね。 千雨: っ……どういう、ことだ……?! #p園崎魅音#sそのざきみおん#r?: 書庫の「世界」から漏れ出ている波動に干渉されて、あんたの存在が飲み込まれようとしているんだよ。 #p園崎魅音#sそのざきみおん#r?: さて、ここで引き裂かれた魂はどこの「世界」に飛ばされるのかなぁ……? #p北条沙都子#sほうじょうさとこ#r?: 中には崩壊して無に帰した「世界」もありましてよ。そこに流れ着いた時は、まぁご愁傷様ですわ……! 面白がるように、魅音と沙都子の姿をした2人は推移を見守ってくる。 それに対して私は抗う術もなく、今まで感じたことのない恐怖に悲鳴をあげそうになった……。 と、その時だった。 一穂(私服): ――千雨ちゃんっ!! 千雨: なっ……か、一穂?! Epilogue: #p園崎魅音#sそのざきみおん#r?: ちっ……この空間で実体を保持できるなんて、何者だっ? #p北条沙都子#sほうじょうさとこ#r?: こんな真似をして、タダですむと思うな!貴様のような羽虫程度のゴミ、偉大なお方がきっと消してくれる……! 一穂(私服): ……っ……。 そう言っていきり立つ2人に、一穂は怯えるどころか対等以上の気迫でにらみ返す。そして、 一穂(私服): 「彼女」に、伝えて。必ず、近いうちに……会いに行く。 一穂(私服): その時は、絶対に……あなたを殺す、と!! #p園崎魅音#sそのざきみおん#r?: っ……あーっはっはっはっ、こいつは面白い!まさかここまで傲岸不遜なことをほざく存在が、この「世界」の狭間で生まれるとは!! #p北条沙都子#sほうじょうさとこ#r?: をーっほっほっほっ、楽しみですわぁ!あなたが存在さえ認識できなくなるほどバラバラに、惨めに身体を切り刻まれる姿をお目にかかれる日が! #p園崎魅音#sそのざきみおん#r?: くっくっくっ……残念だねぇ、「人間」!羽虫がお前たちの「世界」では非力な存在であるように、「人間」ごときがあの偉大なお方に敵うはずもない! #p園崎魅音#sそのざきみおん#r?: お前たちは泣き、叫び、喚きながらも与えられた運命とその役目をただ従順に受け入れて、決められた枠内で動くことしか許されないのさ! 一穂(私服): っ……確かに、そうかもしれない。でも……! 一穂(私服): 虫だって、そしてウィルスだって……より大きな存在である人間を倒すことができる。乗っ取って、自分のものにすることも……! 一穂(私服): だから待ってろ、『運命』ッ!私は必ず、あなたたちのところにたどり着いてみせるからッ! #p北条沙都子#sほうじょうさとこ#r?: をっほっほっほっ! その言葉、忘れるな……!!もし再び会うことがあれば、我々が歓待してやろう! #p北条沙都子#sほうじょうさとこ#r?: 大事な者どもの生き血を絞ったワインをその五臓六腑に行き渡らせて、怨嗟と憤怒の声を死にたくなるほど盛大に聞き惚れるがいい……! 魅音・沙都子: あーっはっはっはっはっ!!! …………。 気がつくと、私と一穂は先ほどの図書館とは明らかに違う……奇妙な空間に移動していた。 千雨: な、なんだったんだ……今のは……?! 一穂(私服): ……ここまで来れば、もう大丈夫。もう危ない目に遭うことはないから、安心して。 千雨: ……っ……。 消えかけていた自分の身体が元に戻ったことを安堵する。 だけど……私は、助けにきてくれたことを心の底から感謝しながらも、一穂に言った。どうしても、言わずにいられなかったのだ。 千雨: なぁ、一穂……私は、お前がどういう目的があって動いてるのかいまだにわからない。 千雨: それに、あんな連中を相手にして何もできないってことは理解してる。だけど…… 千雨: いや、だからってひとりで行動するってのはなんか違うだろっ? 一穂(私服): …………。 千雨: それに、美雪も菜央も……あんなに仲が良かったお前のことを、まるで他人扱いだ! 千雨: 後腐れがないよう、未練を残したくないからそうしたってことはわかる……私だってそうする! 千雨: でもな……だったらなんで、私だけ記憶を残してるんだよ?お前はいったい、私に何をさせたいんだ?! 一穂(私服): 記憶を消さないんじゃなくて……消せないんだよ、千雨ちゃん。 千雨: えっ……? 一穂(私服): あなたは美雪ちゃんたちと「違う」から、私の力じゃ……どうしようもできない……。 千雨: っ……どういう意味だ、一穂? その問いかけに対して、一穂は悲しげに目を伏せる。そして私に答える代わりに、再び顔を上げていった。 一穂(私服): ……うん、そうだね。千雨ちゃんだけが覚えてる状態をこれ以上続けても、あなたを苦しめるだけだってよくわかった。 一穂(私服): だからもう一度、元通りにさせてもらう。でも……。 そう言って一穂は、私の手を取り……。 一穂(私服): ……私は、これからも……る。みんなの……が、……まで……』 美雪(私服): ……千雨? おーい、千雨ってば……。 千雨: ……っ……? 呼びかけられたことで意識を取り戻し、私はゆっくりと目を開ける。 そして、おぼろげな意識のまま視線を向けた先には美雪と菜央ちゃんの姿があった。 菜央(私服): こんなところで居眠りを決め込むなんて、いい度胸してるわね。気づかずに鍵をかけられたら、閉じ込められてるところよ。 千雨: あ、いや……私は詩音がここに入ったのを見て、それで……。 詩音(私服): ……はい? 私がどうかしましたか、千雨さん? そう言って、詩音がひょこっと顔を出してきた。 詩音(私服): えっ……私がこの中にいて、千雨さんと話していた……ですか? 詩音(私服): いえ、それはないですよ。だって私は今まで司書さんと、次年度以降の書籍の入れ替えのことでずっと話をしていましたんです。 詩音(私服): ここに入る理由もありませんでしたし……誰かと見間違えたか、夢でも見たんじゃないですか? 千雨: そう……なのか……? 魅音(私服): うん。それは私も見たよ。 魅音(私服): 探していた本があっさり見つかって、一服がてら冷たいものでも飲もうと思って外に出たら詩音が、事務室で話し込んでいるのが目に入ったしね。 千雨: (じゃあ、ここで私に本を見せてあの空間に飛ばしたのは、何者だったんだ……?) わけがわからず、首を振ってため息をつく。……と、その時だった。 美雪(私服): ほら、キミも何か言ってあげなよ……一穂。せっかくみんなで本を探しに来たってのにさ。 千雨: なっ……? その名前を聞いて、私は顔を振り向ける。 視線の先には、見間違えることなく一穂の姿がはっきりと映っていた……! 千雨: か、一穂……?! 一穂(私服): っ……どうしたの、千雨ちゃん?私を見て、なんでそんなに驚くの? 千雨: い、いや……それは……。 驚きを必死に抑えて、私は気を静める。 ……確かにあの時、一穂は戻ると言ってくれた。だから今の状態は、私が望んだものになったと思って差し支えがないのだろう。 …………。 だけど、そんな私の脳裏には……直前に彼女から告げられた言葉が反芻していた。 一穂(私服): 『……私は、これからも嘘をつき続ける。みんなの夢が、夢になって消えるまで……』