Part 01: ……見苦しい言い訳に聞こえるかもしれない。そもそも、誰かに信じてもらえるほど真っ当な人生を送ってきたとはとても言えんとわかっている。 だが……わしは元々、無理に荒立てて大事にする気など毛頭無かった。望んで険悪になったわけではなかったのだ……。 3年前、兄夫婦が転落事故で命を落とし……その遺児の2人を引き取るようにと役所の連中から言われた時、わしは断固拒絶するつもりだった。 当たり前じゃないか。さほど裕福でもないのに養うべきガキが2人も増えるなんてただただ迷惑で、面倒が増えるだけでしかない。 女房は、そいつらに支払われる親の保険金だの遺産だのを期待してか、むしろ前のめりになって役所の提案に従ったそうだが……。 わしはそんな金、全く期待していなかった。……信じてもらえないかもしれないが、正直欲しいとすら持っていなかったのだ。 鉄平: (まぁ、普段のわしなら女房のように小躍りして飛びついたかもしれんが……) 死んだ兄貴は腕っ節が強く、頭も切れるのでいろんなやつらに慕われていた。正直、憧れと同時に妬みも感じる……とてもかなわん器量持ちだった。 だから、ひょっとしたらわしは兄貴の遺産を何の努力もなくかっさらうことに対して負い目を感じていた……ような気がしないでもない。 いや、それ以上にわしは……そんな才覚のあった兄貴の忘れ形見の2人を、自分のそばに置きたくなかったのだと思う。 兄の悟史はまだいい。いかにも気弱そうで、言われたことに対して反抗する素振りもないからなんとかやっていけそうな気がする。 ……問題は、妹の沙都子だ。とにかくこの小娘はすぐ泣くくせに何かと逆らって、どんなに罵って怒鳴りつけても言うことを聞こうとしなかった。 鉄平: おおぉおらああッ、沙都子ぉ!おんどりゃ、風呂の磨いとらんかったんかい?!忘れんとやっとれっちゅう、何度も言うたやろ! 沙都子(私服): ……入りたいのなら、ご自分でやってくださいまし。私はお掃除もお洗濯も、言われたことはちゃぁんとやりましたのよ。 大声で怒鳴ったのにもかかわらず、沙都子はむっとした顔でそう言い返してくる。……それが余計に腹立たしく、憎らしかった。 鉄平: あぁん、なんねその言い草は!言われた手伝いができておらんのに、なんで謝らんねっ!! ……実を言うと、これはわしの勘違いだった。風呂の掃除は兄の悟史がやることになっていて、沙都子はきちんと自分の家事をこなしていた。 ただ、悟史は女房から急な買い物を頼まれて出かけていて……本来の風呂の掃除が後回しになっていたのだ。 ……しかし、そんなことなど知るよしもなかったわしは、沙都子が言われた仕事をサボったのだと早合点して頭にきた。 あまつさえ、酔って帰ってきた反動もあって……思わず彼女に、手を上げてしまったのだ。 沙都子(私服): ……っ……?! 軽くはたく程度のつもりで、それほど力は入っていなかったはずなのだが……沙都子は軽々と部屋の隅まで吹っ飛んでいった。 しかも当たりどころが悪かったのか、単純に暴力を振るわれたという恐怖からか……火がついたように大声で泣き出した。 沙都子(私服): ふ……ふわぁぁあああぁぁぁんんっっ!! やってしまった、という後ろめたさが胸の内にわき上がりかけたが……ちっぽけな矜持がその邪魔をして、代わりに怒りが覆っていく。 そうなると、もはや止まらない。さすがに暴力を振るうことはなんとか自重したが、怒りの感情が罵声となって苛烈に吐き出された。 鉄平: 何泣いとんね、こんのダラズッ!!家事もまともにやれんお前が悪いんちゅうのがわぁらんね! 沙都子(私服): わあああぁぁぁあぁぁんん!!にーにー、助けてにーにー!! 悟史: ただいま……って、どうしたの沙都子っ? と、そこへ実に間の悪いことに兄の悟史が帰ってきてしまった。 大声で泣く沙都子と、怒鳴り散らすわし……それを見て悟史がどんなふうに理解したのか、考えるまでもなく明らかだった。 悟史: や……やめてください、叔父さん!沙都子に暴力を振るわないでください! 鉄平: 暴力じゃあ?これはしつけっちゅうんね!仕事をやらんで怒られるっちゅうのは、当然じゃボケェ! 沙都子(私服): わぁぁぁあああぁぁん、にーにー!にーにーぃぃぃ!! 私、言われたことはちゃんとやったのにぃぃぃ!! 悟史: う、うん……わかっているよ、沙都子。だから、泣かないで……! そう言って悟史は、ちらりとわしに目を向けてきた。 その表情は、完全にわしを非難して敵視するように淀んで、頑なで……。 もはやこの2人と、わしとの関係は修復できないものと諦めるしかないほど、はっきりとした溝を感じていた……。 Part 02: 鉄平: だから、わしは家を出たんじゃ……!顔を合わせたところでお互い気分が悪くなるだけで、良いことないんね……。 実際、沙都子はわしの顔を見る時は……決まって虚ろで、一切目を合わせようともしなかった。 沙都子(私服): …………。 そんな辛気くさい顔を見せられて、こちらも好意的になれるわけがない。……だから自然と、顔を合わせなくなったのだ。 …………。 だが……転機が訪れたのは、それから3年後。 以前から懇意にしていた水商売の女、間宮リナが行方知れずになってから数日後……町のドブ川で死体となって発見された。 その有様は、伝え聞いた話によると見るに堪えないほど酷いものだったらしい。 男: なんでもあの女、あの園崎組の上納金に手を出して持ち逃げしようとしたらしいぜ。その報復で「見せしめ」に遭ったんだとさ。 鉄平: なっ……リナのやつ、なんちゅう恐ろしい真似をっ?そこまであいつが金に困っとん、全然聞いとらんね! 男: まぁ、相談しても無駄だと思ったんじゃねぇの?なにしろ鉄ちゃんときたらいつも金欠で、店にも安い酒しか入れておらんかったからなぁ。 下卑た笑みでニヤニヤしながら、頭にくることをずけずけと言ってくるそいつを殴りたくなったが……#p興宮#sおきのみや#rでの数少ないダチだったので、辛うじて抑える。 すると男は、仮にもわしの女が殺されたのをからかうのは不謹慎だと気づいたのか……顔をつるりと撫でてから、声を潜め話を続けた。 男: なぁ、鉄ちゃん……本当にリナから、今回の計画について何も聞いていなかったのか? 鉄平: ダラズがっ!もし聞いておったら、こんな場所で不用心にのんびりしとるわけがないんねっ! 男: ……だよなぁ。けどな鉄ちゃん、もしそうだったら興宮にはしばらく近づかんほうがいいぜ。 男: 園崎組の連中……上納金の一部がまだ見つからんって言って、リナの周辺の人間を調べておるって噂だからな。 鉄平: っ……な、なんねそれはっ?濡れ衣にもほどがあっちゅう、わしは無関係じゃ!! 男: いや、そりゃ付き合いの長い俺だから鉄ちゃんのことはよーくわかっているけど……あんたとリナの関係は、皆知っている事実だしさ。 男: 悪いことは言わんから、興宮を離れておけって。俺がうまく組の知り合いに言っておいてやるから……あぁもちろん、ただじゃないけどな。 鉄平: す……すまんね。恩に着るわ……。 何もしていないのに、命を狙われる……その事実にすっかり怯えてしまったわしは、男に言われるまま興宮を後にした。 …………。 ただ後になってわかったことだが、園崎組はリナが新しい男に鞍替えしていたことを掴んでいたので……わしは眼中になかったらしい。 それを知ったわしは、男に騙されたのだとわかって怒り狂ったが……もはやそれは、後の祭りでしかなかった。 鉄平: だからわしは、ほとぼりが冷めるまで#p雛見沢#sひなみざわ#rでおとなしく過ごすつもりだったんじゃ! 鉄平: 沙都子とも、多少は関係を改善してそれなりに揉めないように暮らす……!本気でそう、思っていたんね! 鉄平: だって、そうじゃろ?下手に沙都子と揉めたりして、そのことが園崎の小娘に耳に入りでもしたら……! 鉄平: あんのガキ、自分ちの連中に何命令しよるか考えただけで恐ろしかったんね……! 大石: 警察に捕まるよりも、ヤクザの報復が怖くて行動を律するってわけですか。……いやいや、情けない話ですねぇ。 鉄平: はぁ?……そんなん、当たり前じゃ!警察ちゅうんは能無し揃いやんね! 鉄平: 兄貴たちを崖から突き落とした犯人すら見つけられん!リナを始末したん誰かわかっていても、手を出せん!わしが窮地に陥っても、遠目で見てるだけやんね! 鉄平: そんな状況で、ヤクザの娘と繋がっている沙都子に暴力を振るうなんざ、寝た子を起こすのと同じじゃ!やるわけがないんね! 大石: ふむ。……だったらどうしてあんたは、あの時暴力を振るったんですか? 鉄平: そ、それは……っ……! 鉄平: はめられたんじゃ、わしは!あの小ずるい沙都子の、猿芝居になッ! 大石: 猿芝居……? Part 03: 職員: 『もしもし……? 私は児童相談所の者です。北条沙都子さんは、そちらにおられますか?』 鉄平: はぁ?役所の人間が、うちの沙都子に何の用があるんねっ! 職員: 『……申し訳ございません。これからうちの職員がお邪魔させていただきますが、よろしいでしょうか?』 鉄平: よ……よろしわけないん!今、うちの家ん中はひっくり返っているんね。まぁた日を改めてぇな! 職員: 『あ、いえ……沙都子さんに大至急確認したいことがございまして。恐れ入りますが、電話を替わっていただけないでしょうか』 鉄平: ちょ……ちょいと待っとれや。今、替わるよって……っ……。 そう答えながらも、わしは全身から汗が噴き出すような思いにとらわれていた。 鉄平: (なぜ……よりにもよって、こんな時に?タイミングが悪すぎやんね……!) 実は、沙都子の顔は……醜く腫れ上がっていたのだ。そうなったのは間違いなくわしが手を下したせいで、罪を逃れることなどできはしない。 ただ……思わず手を上げてしまったのにはわけがあった。きっかけが何かは覚えていないが、沙都子が逆らい……おまけに罵ってきたのだ。 沙都子(私服): 『本当に、どうしようもないお方ですわね……!働きもせず、家事などは何もできない無能者!控えめに言っても叔父さまは人間のクズですわッッ!』 鉄平: 『沙都子……おのれは……!言うに事欠いて、よくも……ッッ!!』 沙都子(私服): 『をーっほっほっほっ!瞬間湯沸かし器よりもすぐに熱して、パンツのゴムよりもキレやすい!』 沙都子(私服): 『もはや人間と言うよりも、獣!しつけのなっていない猿そのものでしてよ~!』 鉄平: 『こ……こんのダラズがぁぁぁ!!!』 怒りにまかせて手を振り上げ……それでも、握りかけた拳を寸前で平手に変えたわしは沙都子を脅すつもりで前髪付近をはたいてみせる。 すると、彼女はどういうわけか顔を突き出して……自然平手がその頬を打ちつけることになってしまった。 沙都子(私服): 『っ……ふ、ふああぁぁぁぁああぁんんっっ!!』 張り手をまともに食らうかたちになった沙都子は、食卓にあったものをぶちまけながら畳の上に倒れ……やがて、火がついたように泣き出す。 それを見たわしは、想定しなかった結果に動揺して狼狽してしまい、慌てて駆け寄りその小さな身体をできる限り優しく抱き起こした。 鉄平: 『だ……大丈夫か、沙都子っ?すまん、痛かったか……?!』 鉄平: 『殴るつもりはなかったんじゃ!なのにかっとなって、手元が狂って……許してくれ、この通りじゃ!』 沙都子(私服): 『いえ……私こそ、ごめんなさいですわ。今日は虫の居所が悪くて……』 鉄平: 『そ……そうじゃったんか?気づいてやれなくて、悪かったわ……!』 沙都子(私服): 『いいんですのよ。……そろそろ叔父さま、ご飯の準備をしますわね』 鉄平: 『あ、あぁ……よろしく頼むわ……、っ?』 その直後に、ちょうど児童相談所からの電話だ。まずい、まずいまずい、まずいっ……!! 鉄平: さ……沙都子ぉ……?わしら、さっきは揉めたんが仲良しやんね。そこぉ、間違えちゃおらんやんね……? 沙都子(私服): えぇ、もちろんですわ……叔父さま。さっきのことはもう、とっくの昔に水に流しておりましてよ。 沙都子はにっこりと気丈に笑い、肩をすくめてみせる。それを聞いたわしは安堵して、受話器の通話口から手を離してそれを差し出した。 沙都子(私服): もしもし……替わりましたわ。 職員: 『北条沙都子さんですね?その後はいかがですか。北条鉄平さんとの生活に問題はありませんか?』 沙都子(私服): …………。 沙都子(私服): ……けて。 職員: 『はい……?すみません、もう一度お願いします!』 沙都子(私服): 私を、助けてッッ!! 鉄平: さ……沙都子ぉぉぉっっ? 大石: ……というのが、北条鉄平の言い分だそうです。赤坂さんはこれを聞いて、どう思いますか? 赤坂: …………。 大石さんから渡された供述調書に目を通し……私はすぐに返事する気になれず、ため息をつく。 何度読み直してみても、話に一貫性はある。自分可愛さにでたらめな嘘を並べ立てたものだとはとても思えない……だけど……。 赤坂: 彼の言を全て信じるとなれば……北条沙都子さんが彼を陥れて逮捕させるために一芝居を打ったということになります。 赤坂: 私は、被害に遭った彼女のことをよく知らないので断言はしかねるのですが……。 赤坂: わが身を守るためとはいえ、小学生の子がここまでの算段を立てて動けるのでしょうか……? 大石: 北条沙都子嬢には、虚言癖がありました。児相の過去の記録にも、それに関することが複数の事例として載っています。それに……。 赤坂: ……? どうしましたか、大石さん。 大石: いや……すみません。確たる証拠もないのに、あなたに申し上げるわけにはいきませんね。……忘れてもらえるとありがたいです。 赤坂: ……わかりました。 大石さんが何を言いかけたのかについては、少々引っかかるものを感じたが……。 赤坂: ……これは、専門家に話を聞いた同僚からの又聞きのことなんですが。 赤坂: 結局のところ、被害者と加害者の認識や見解は絶対に一致しないところがあるようです。 赤坂: 軽く撫でただけ。愛情を込めて接しただけ。憎悪から手を出したわけじゃない……。 赤坂: そんなふうに加害者は必ず、言うんです。罪を軽くするための言い逃れの時もありますが、本気でそう思っている場合もある。 赤坂: ですが……被害者にその思いは伝わっていない。むしろ逆の感情を抱いていながら、防衛のため必死にそれを隠していただけで……。 赤坂: 今回のケースは、まさにそれでしょう。……同じ親として、自分がそうでないように襟を正したくなる思いですよ。 大石: お嬢さんは、もう5歳でしたっけ? 赤坂: えぇ……。 赤坂: 人見知りの恥ずかしがり屋な娘で……正直、あれはあまりよくないとは思っています。 赤坂: 無理に人見知りを克服させようとするのは、それこそ親のエゴです……が……。 赤坂: どこまでが教育で、どこからがエゴなのか……その境目がわからなくて、悩みっぱなしですよ。 大石: ……私は結婚どころか子どももいませんから、こんなことを思ってしまうのかもしれませんが。 大石: 将来を思うが故の親の背中を押す行為と、子どもを支配するための背中を突き飛ばす行為は傍から見ると紙一重なのかもしれませんね。 赤坂: …………。 ……きっかけが、あれば。 大石: ん? 赤坂: え? 大石: 赤坂さん、何か言いました? 赤坂: え? いえ、何も言いませんでしたけど……何か聞こえたんですか? 大石: それが、その……きっかけが、あればと。 赤坂: きっかけ……? なんの? 大石: いえ……すみません。聞き違いのようです。 赤坂: ……。きっかけがあれば、北条鉄平も正せたと思いますか? 大石: ……わかりません。ただ、そのきっかけを被害側に求めるのはあまりにも酷な話だと思います。 赤坂: ……私もそう思います。だとしたらそのきっかけは、天の恵みとか……。 大石: ですね。もし、そのきっかけが存在するなら……。北条鉄平には掴んでもらいたかったものですな。