Part 01: 徐々に意識が闇の中から引きずり出されて、頭の中がクリアになっていく。 圭一: ……っ、……ぅ……? そして目を開けると、視界に映し出されたのは見覚えのありすぎる「あの部屋」だった。 圭一: っ、……ぅ、ぉっ……? 思わずがばっ、と勢いよく上体を起こして……あまりにも急すぎる動作に眩暈を起こしかけたが、それがかえって今が現実であることを強調する。 ここは……俺の部屋。それも、#p雛見沢#sひなみざわ#rへ引っ越してきた際に親父が建てた新築の一戸建ての部屋で間違いなかった。 圭一: な……なんだこりゃ……?確か俺は、さっきまで……ぐっ……?! 俺はとっさに、記憶を呼び戻そうとする。……が、思い出せない。正確には頭に激痛が走り、何かを考える行為を邪魔してくるのだ。 圭一: いったい、どうなっているんだ……? わけもわからず俺は、とりあえず水でも飲んで気持ちを鎮めようと部屋を出かけて……畳の上にあったものを踏んづけてしまう。 無造作に置かれた「それ」を見下ろした俺はなんとなく手に取ろうとしたが……それよりも早く、階下から「圭一~」と呼ぶ声。 ただ……それが誰のものなのか一瞬で理解した俺は、驚きのあまりにその場で固まってしまった。 圭一: なっ……?! 慌てて部屋を飛び出し、階段を下りてリビングへと向かう。すると、そこには――。 圭一: お……おふくろ……?!それに、親父まで……?? 圭一の父: どうした圭一、ずいぶんびっくりした顔をして。私がここにいるのが、そんなに意外なのか? 圭一: あ、いや……そういうわけじゃなくて……。 親父のからかいに対して気の利いた返しが思いつかず、俺は言葉を濁しながら辺りを見回す。 いつもの風景……とは確かに違っているが、親父が朝食の席に居合わせていること自体はそこまで珍しいことではない。 頻度が若干少なめなのは、だいたいの場合親父は夜が遅いのでこの時間だと部屋で寝ているか、アトリエにこもって作業中だったりするからだ。 だから、親父の存在には違和感がない。あるとすれば、むしろ……。 圭一の母: ……圭一、いつまでそこにつっ立っているの?早く食卓について朝ご飯を食べないと、レナちゃんが迎えに来ても待たせちゃうでしょ。 圭一の父: うむ、女の子は宝だ。それも可愛い子であれば、それはもう奇跡的な金銀にも代えがたい至宝といっても過言じゃない。 圭一の父: そんな子が毎朝迎えに来るといううらやま……ではなくありがたいシチュエーションを、圭一はもっと大事にするべきだと思うぞ。 圭一の母: ……あなた? 圭一の父: いっ……いやいや! これは一般論の話であって私は別に妬んでいるわけではないぞっ?そもそも私には、母さんがいるんだからなっ?! 圭一の母: あら、ありがとう。嬉しいわ♪ 圭一: は……はははっ……。 朝っぱらから両親の仲の良さを見せつけられて半ば呆れつつも、俺はほっとした安堵を覚える。 圭一: (とりあえず、2人とも無事だったんだな。……よかったぜ) 正直……#p興宮#sおきのみや#rにいるから大丈夫だろう、となんとなく思っていたとはいえ、やはり多少の心配はあったのだ。 なんせ今、雛見沢はとんでもない状況だ。そんな中に万が一首を突っ込んだりしたら、取り返しのつかないことに……。 圭一: ――っ……? ……あれ? 俺は今、何を言った? 雛見沢が危ない……興宮なら、平気……どうしてそんな言葉が出てくるんだ? 圭一の母: 圭一……? もしかして、体調が悪いの? 圭一の父: 風邪でも引いたのか?なら無理をせず、今日は休んだらどうだ。 圭一: あ、いや……っ……。 ずきずきと痛むこめかみを押さえながら、俺は「何でもない」と手をあげて答える。 ……なんなんだ、さっきから。風邪の兆候どころか、身体はどこも悪い感じがしていない。 あえて言えば、頭の中にもやがかかって思考が働きづらくなっているくらいで……。 圭一の母: 大丈夫、圭一……? 圭一: あぁ、悪ぃ。別に心配いらないから、ちゃんと学校に――。 何て言いながら安心させようと、顔を上げた……その時だった。 圭一: ――ひっ……?! 気遣いの言葉をかけながら、俺を見下ろしてきた母さんの顔が……まるで能面のような無表情になっている。 いや、母さんだけじゃない。父さんの顔も、先ほどまでの気さくな笑顔は消え失せて……まさに……まさにッ? 圭一の母: 大丈ぶ、ケイイ、チ……?ダイジョウブ、ダイジョダイジョダイダイダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ 圭一の父: ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギグゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲッゲゲゲゲゲッゲッッッ 圭一: うっ……うわわぁぁぁあぁぁっっ?! Part 02: まるで、目を開けたまま見る悪夢のような光景に驚愕して、俺は転がるように家を飛び出した。 そして混乱のまま走り、たどり着いたのは……。 梨花ちゃんが以前、家族と住んでいたという古手家の本邸で今は暮らしている……東京からやってきた一穂ちゃんたちのもとだった。 こんなこと、仲間の誰にも話せない……だけどひとりで抱え込むには手に余りすぎるので、俺は彼女たちを頼ることにしたのだ。 美雪(私服): んー……なるほどね。キミが冗談を言うとは思えないし……ふーむ。 美雪(私服): ただ、今夜は#p綿流#sわたなが#rしだから。何があったのかについては明日から調べるってことでもいい? 圭一: そんな場合じゃないだろ?!俺の親が……! 菜央(私服): 落ち着いて、前原さん。あなたのご両親がおかしくなったとして……それで今、あたしたちに何ができるの? 圭一: そ、それは……! 美雪(私服): ……菜央。言いたいことはわかるけど、さすがに言葉がきついよ。 美雪(私服): けど……ごめん、前原くん。キミの気持ちはわかるつもりだけどさ、ちょっと頭を冷やしてからにしよう。 圭一: う、嘘なんてついてないぞ!この目で見たことを、そのまま言っただけで……! 美雪(私服): うん……けど、今何が起きてるのかわからないのは、私たちも同じなんだよ。 美雪(私服): とりあえず、今は情報が足りないよ。魅音たちとも相談したほうがいいと思うけど、どこまで打ち明けていいものかは……うーん。 一穂(私服): えっと……私、前原くんと一緒に様子を見に行ってきてもいいけど……。 菜央(私服): ……やめておきなさい、一穂。何かあったらどうするのよ。 一穂(私服): ご、ごめんなさい……。 美雪(私服): 前原くんの両親がおかしくなった原因は明日から調べる。それじゃ遅いかな? 圭一: ……っ……! 一穂ちゃんの提案はありがたかったが、慎重論ではねのけた菜央ちゃんの言い分は至極もっともだ。 最悪の場合、彼女たちを巻き込む危険だってあるのだから……ひとまず美雪ちゃんが提示する折衷案に同意せざるを得なかった。 みんなが綿流しの手伝いのために出て行った後……俺はただひたすら、祭の終わりを願っていた。 その間、ふいに頭に浮かんできたのは……自分への疑惑だった。 圭一: (もしかして俺は、過剰にとらえすぎていただけじゃないだろうか……?) 両親は俺を驚かせようと、おかしくなった風を装ってからかおうとしたのを俺が真に受けてしまっただけ……。 ひょっとすると美雪ちゃんたちは、そんな俺の考え過ぎを見越してここで頭を冷やせと言ったのではないか? ……そう思うと、何もかもがバカらしくなってきた。 圭一: ……とりあえず、祭が終わってから家に戻ればいいか。 俺はそう考えて、畳の上にごろりと横になる。途端に眠気が襲ってきたのでそのまま目を閉じ、まどろみの中に意識を浸していった……。 ……祭は、始まらなかった。神社に、両親のようになった人々が集まったからだ。 ケタケタと笑いながら互いを傷つけ合い、気が済んだかと思えばこちらに向けて集団で押し寄せて……。 おかしくなった中には魅音とレナもいたが……なんとか正気に戻すことができた時はホッとした。 どうしてこうなったのかの記憶は2人ともおぼろげの様子だったが……。 …………。 ただ……今は、後悔していた。 正気に戻さないほうが、もしかするとよかったのでは……と。 だって……だってだって……!! 圭一: あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!! 一穂(私服): ぐっ、……ぅうっっ……!! 一穂ちゃんに攻撃をいなされ、俺は口笛を吹きたい気分になった。 圭一: やるなぁ、一穂ちゃん!今の一撃を受け止めるたぁ、さすがだぜ! 一穂(私服): ……ッ……!! 俺は、嗤う。……だけど、飛び退いた一穂ちゃんがどうしてあんなに悲しい顔をしているのかわからない。 今、胸の中を満たす感情はたったひとつ……! 圭一: なぁ、楽しいだろ?!楽しいだろ、一穂ちゃん! 楽しい! 楽しい 楽しい! うっかり魅音やレナたちを、診療所で殺してしまったことを後悔するくらいに楽しい! あんな場所で、あっさり殺してしまうなんてもったいなさ過ぎた! 圭一: 俺の最高の部活メンバーとなら、この戦いももっと楽しめただろうになぁっ!きっとすっごく楽しかっただろうな! 圭一: なぁっ? 一穂ちゃんもそう思うだろっ! 一穂(覚醒): はぁ、はぁ、はぁ……! 息を整えながら、一穂ちゃんが低く構える。 何をしようとしているかはわからずとも、何を考えているかはわかる。 圭一(覚醒): おっ……? 必殺技でも出そうってのか! 一穂(覚醒): ……………。 圭一(覚醒): やる気か! いいな、おもしれぇ! 動くたびに、体温が上がる。心がふわふわと浮き上がる。 楽しい! 楽しい! もしかして、他の村の連中も同じだったのだろうか。 誰かと傷つけ合うのが楽しくて楽しくて楽しくて……ただ仲間になろうと誘ってくれただけだったのでは? 戦いながら移動して、気がつけば自分の家の前まで来ていたのも、両親に聞きたかったからもしれない。 あの時、父さんと母さんは俺と一緒に楽しくなりたかっただけだろう……ってな! 圭一(覚醒): なかなか楽しかったぜ、一穂ちゃん! 一穂(覚醒): 私は……。 一穂ちゃんが低く構え、地面を強く蹴り出す。 一穂(覚醒): ――楽しくなんか、ないよ。 真っ暗になった視界の中に響く、一穂ちゃんの声。 圭一(覚醒): ガ、ァッ……?! 楽しくない……? なんだそれ、おかしいぞ。 だったらなんで、俺はこんなに楽しいんだろう……? 圭一(覚醒): はぁ、はぁ、はぁっ……!! 布団を蹴り飛ばし、周囲を見渡す。 圭一(覚醒): ここ、興宮の俺の家……? #p雛見沢#sひなみざわ#rを追い出された俺たち家族が住み始めた新しい家。 だとしたら……。 圭一(覚醒): 今のは、夢……か? Part 03: カラン、とグラスの中で氷が音を立てる。喫茶店に来てから、随分長い時間が経ったようだ。 入江: なるほど……そんな夢を見たら、目覚めも悪くなって当然ですね。 圭一(私服): ただの夢だって、わかっているんだけど……なんだか、記憶が色々と生々しくてさ。 入江: えぇ、わかりますよ。私に怪しい注射を打たれて自分が変わってしまうなんて夢を見たら……。 入江: 町で私を見た瞬間に、前原さんの顔色が変わるのも無理ないですね。 圭一(私服): す、すみません……。 入江: いえいえ、お気になさらず。それにしても、その妙な夢ですが……心当たりはありますか? 圭一(私服): ……自分でも、よくわからないんだ。そんな夢を見る理由なんてないしさ。 圭一(私服): 俺……監督がそんな酷いことをする人じゃないってわかっているのに……。 入江: …………。 入江: ……あ、ちょっとすみません。少し、電話をしてきても構いませんか?大丈夫、すぐに戻りますので。 圭一(私服): いいけど、どこに電話……? 入江: 仕事の電話です。急用を思い出しましたので……失礼します。 鷹野: 『はい、もしもし』 入江: もしもし、鷹野さんですか?私です、入江です。 鷹野: 『入江先生……? 私の家に電話なんて、珍しいですね。何かありましたか?』 入江: 例の症候群についてですが、ひとつお聞きしたいことがありまして。 鷹野: 『っ……入江所長、それはお電話では……』 入江: すみません。ですが、どうしても至急確認しておきたいことがありまして。 入江: 例の症候群に、悪夢を見る……といった症状、もしくはそれに類似する症例はありますか? 鷹野: 『悪夢というのは、比喩ですか?それとも実際に眠っている間に見る夢、ということですか?』 入江: 実際に眠りながら、見る夢です。……そのような研究結果はありますか? 鷹野: 『……いえ、そのような症例は』 入江: ですよね。ありがとうございます。 鷹野: 『先生、それの何が……』 入江: 急いで対応する必要はないと思いますので、週明けに報告します。それでは。 入江: …………。 入江: お待たせしました、前原さん。 圭一(私服): あ……もういいんですか? 入江: えぇ、大丈夫です。それより前原さんの悩みについてですが。 入江: ……結論から言えば、気にすることはありませんよ。 圭一(私服): えっ……? 入江: 前原さんのような年頃の子は、脳の活動が活発ですからね。 入江: 夢は、記憶の整理中の過程に生まれる副産物です。もしかしたら昔見た映画やテレビ、小説のような物語を夢の中で現実と混在してしまったのかもしれません。 圭一(私服): えぇ……?俺、そういう話を見た記憶がないんだけどな……。 入江: 明確に記憶として思い出せないほど、遠い昔に見たという可能性はあります。 入江: 白衣、というのはある意味記号です。前原さん、#p興宮#sおきのみや#rに引っ越してきてから病院に行きましたか? 圭一(私服): い、いや……。 入江: だとしたら、直近で接した医師は私ですね。 入江: 前原さんの悪夢は医者ありき。そして現在、あなたに近しい医者がたまたま私だけだった。 入江: それだけの話ですよ。 圭一(私服): それだけ……? 入江: えぇ。現に私は何もしていないし、前原さんも私に何かをしたわけではない。私も疲れると悪い夢を見たりしますから。 圭一(私服): 例えば? 入江: そうですね……知り合いの屈強な男性の方々がメイド服で我が家に押しかけてくる夢、とか。 圭一(私服): げっ?! 入江: はは。実際、そういった方々がメイド服に腕を通すとは思えないんですけどね。 入江: いや、なかなかの目覚めでした。具体的には冷や汗がびっしょりと。 圭一(私服): そ、その夢の中に俺は出てきたり、とか……してない……です、よね? 入江: …………。 圭一(私服): 黙らないでくれよ! 怖ぇええよ監督! 入江: ははは、冗談ですよ冗談。ですから、気にしないでください。 入江: それよりも何か食べませんか?朝ご飯を抜いてしまいまして、話していたらお腹が減ってしまいました。 圭一(私服): 朝飯を抜くと身体によくないんじゃないか? 入江: ははは、これでは示しが付きませんね。 圭一(私服): 医者の不養生とかでぶっ倒れないでくれよ、監督。 入江: 心配してくれてありがとうございます。……さて、何食べますか? 圭一(私服): 監督のおごりだよな?せっかくだし、豪勢に食わせてもらうかな~! 入江: ははは。お手柔らかにお願いしますね。 入江: …………。 入江: (#p雛見沢#sひなみざわ#r症候群における疑心暗鬼が原因で悪夢を見た、とは断言できませんが……) 入江: (この様子なら、発症ではない……。ひとまず安心、と思ってもよさそうですね) 入江: …………。 入江: (それにしても、注射で病気を誘発させて患者を発症させる医者……) 入江: (私にも、そんな願望があるんでしょうか?はは、まさかまさか……)