Part 01: 一穂: おはよう沙都子ちゃん、梨花ちゃん。今日も朝から雨で、ちょっと残念だね……。 沙都子: あっ……おはようございますですわ、一穂さん。それに他の皆さんも。 美雪: うん、おっはよー……って、どうしたの2人とも。朝からなんだか困った顔をしてるみたいだけど、何かあったの? 梨花: みー、実はそうなのです。……ちなみに一穂たち、今日は体操服か何かの着替えを持っていたりしますですか? 菜央: 着替え? いえ、持ってきてないけど……今日って体育の授業なんてあったかしら? 千雨(制服): 出た時に時間割を見たが、なかったはずだぞ。というか、この分校だとたとえ雨が降ってても外で体育をやったりするのか……? 美雪: いやいや、さすがにやらないって。ガールスカウトの訓練じゃあるまいしさ。 梨花: みー……やっぱり、ダメだったのです。最後の望みが潰えてしまったのですよ……。 一穂: えっと……結局、2人はなんで困ってるの?あと、羽入ちゃんの姿が見えないんだけど今日は休みなのかな……? 沙都子: ……論より証拠、ですわ。この哀れな濡れネズミさんをご覧くださいまし。 一穂: 濡れネズミ?それっていったい……って、わあぁぁあぁっっ?! 羽入: あぅぅ……あぅあぅ……っ……。 美雪: ど……どうしたのさ、羽入っ?もはや立ち絵として表示するのも気の毒なくらいに、ずぶ濡れの泥だらけじゃんか?! 千雨(制服): おい、メタ的な表現はやめろ。……しかしまぁ、美雪がそう言いたくなるのも納得するほどの悲惨な姿だな。 一穂: で、でも……どうしてこんな有様にっ?まさか通学路で土砂崩れでもあったりしたの?! 魅音: いやいや、もしそんなことが起きていたら村挙げての一大事だよ。……よっこいせっと。 菜央: って、魅音さんに……レナちゃん?2人とも、その段ボール箱はどうしたの? レナ: はぅ~、おはよう菜央ちゃん。羽入ちゃんの着替えに使えそうな服を、何着か倉庫から持ってきたんだよ。 魅音: この前の部活で、罰ゲームにおあつらえ向きのやつを私のコレクションから厳選して用意していたからねー。いやいや、実にタイミングが良かったよ~。 千雨(制服): にしても……この濡れ方は尋常じゃないな。分校に来る途中で、何があったんだ? 梨花: みー、ボクたち3人が傘をさしながら通学路を歩いていたら、突然横から強い風にあおられて……。 魅音: で、運悪く支えきれなかった羽入がそのまま近くの用水路にドボン、ってわけ。 千雨(制服): なるほどな。……とにかく、そんな格好のままだと身体が冷えて風邪を引く。魅音たちの好意に甘えてさっさと着替えたほうがいい。 羽入: あ、あぅあぅ……それは僕も、よくわかっているのですが……。 千雨(制服): この際えり好みしてる場合じゃないだろ?手伝ってやるから、さっさと着替えて……。 千雨(制服): ん……? どうした美雪、なんで首を振る?それに一穂と菜央も、その両手バッテンはどういう意味だ……? 魅音: くっくっくっ……ほら、羽入……?千雨もこう言っているんだから、おとなしく着替えちゃいなって……! 羽入: あ、あぅあぅあぅ~!魅音は鬼ですが、千雨も負けず劣らず悪魔なのです!この僕に死ねというのですかー?! 千雨(制服): いや、服を着替えるくらいでオーバーだろ。どんなのがあるかちょっと見せてくれ、どれ……。 千雨(制服): って、なんだこの服はっ?どうして股間からアヒルの首が生えてるんだ?! 魅音: いや、アヒルじゃないって。これは白鳥の首だよ、よく見てみなって! 千雨(制服): やめろ見せるな、汚らわしいッ!今時バラエティーでもコントでも、TVに出たら即クレームの嵐になる類いのイカレ衣装だぞ?! 千雨(制服): アホったれが、こんなのに着替えろだとっ!もう少しまともな服を選んでやれ!! 一穂: あ、あははは……。 美雪: えっと、千雨さぁ……?魅音の手持ちの厳選コレクションだとそれ、一番「まだマシ」の服らしいよ……? 千雨(制服): はぁっ?季節外れのハロウィンでもやるつもりか?!もはやイジメのレベルだぞこれは!! レナ: はぅ~♪羽入ちゃんの白鳥姿、きっとかぁいいよ~!お持ち帰りぃ~♪ 羽入: あ、あぅあぅ~っ?誰か助けてくださいなのですよ~?! 千雨(制服): ちょっ……やめろ、レナっ!おかしな服を無理矢理着せるのは良くな――のわっ? 美雪: ぅおっ……かぁいいモードのレナのパンチをかわしたっ?さすが全国レベルの達人、ダテじゃないねー。 千雨(制服): な、なんだ今の一撃は……?まるで大砲みたいな威力だったぞ。まさか、「カード」の力か? 美雪: あ、それは違うよ。可愛いものを見ると途端にパワーアップする、レナの「かぁいいモード」ってやつだね。 千雨(制服): そんなスチャラカな理由で人外に化けるのかっ?どういうやつなんだこのレナってやつは?! 菜央: いいじゃない! 自分の好きなものを、素直に好きだと全力でアピールできる……なかなかできることじゃないわ♪ 千雨(制服): いや、そういう解釈は無理筋すぎるぞっ?えぇいっ、とにかく取り押さえて話を――おぅふ?! レナ: はぅぅ~っ! はぅ、はぅ、はぅぅぅっっ♪ 一穂: あぁあぁぁっ、ち……千雨ちゃん?!しっかりして――!! 千雨(制服): れ、連撃でくるとは思わなかった……がくっ。 美雪: あちゃあ……千雨でもダメだったか。もはや霊長類最強を名乗ってもいいかもね、レナは。いや、マジでさ。 Part 02: 菜央: ……とりあえず、ちょうど仕立て直しかけてたエンジェルモートの服があって、よかったわ。これなら、他のと比べてもまだマシよね。 千雨(制服): これで……マシだと?お前らの倫理って、どうなってるんだ……? 美雪: まぁまぁ……千雨。ほら、郷に入っては郷に従うっていうでしょ?キミも早く慣れたほうが良いって。 千雨(制服): 冗談は例の「カード」とバケモノだけにしてくれ……。さすがに身が持たんし、精神的にも限界点突破だ……。 一穂: ……っ……。 羽入(エンジェルモート): あ、あぅあぅ……助かったのです。もう少しで酷い目に遭うところだったのですよ……。 千雨(制服): いや、お前もなんで素直に着ようとするんだ?嫌だと言って断れば済む話じゃないか。 梨花: みー。罰ゲームの衣装はどんな理由があっても最後まで絶対に着なければいけないというルールがあるのですよ。 沙都子: ……梨花の言う通りですわ。でなければ私だって、先日の部活で負けた時に「あんな」衣装を身にまとうなんて、絶対にお断りでしたのよ。 沙都子: うぅ……あの時のトラウマが、また脳裏に蘇ってきましたわ……っ……。 千雨(制服): おい、美雪……あの気の強そうな子がここまで凹みまくるって、いったいどんな衣装を着せられたんだ? 美雪: ……聞かないであげて。さすがに「あれ」は私でも、沙都子が哀れに思えるくらいだったからさ。 千雨(制服): そこまでってことは、逆に興味が出てきたな……。まぁ私も鬼じゃないから、想像だけに留めておくが。 魅音: ちぇー、あとちょっとだったのにさ。あの白鳥のドレスを着て下校すれば、一躍村の人気者間違いなしだったのに。 千雨(制服): いや……ひょうきん族の間違いだろ?もし町であんな服を着てるやつを見かけたら、速攻払い腰でぶん投げてやるところだ。 一穂: あ、あははは……千雨ちゃんって、結構潔癖なところがあるんだね。 千雨(制服): あのな……このレベルで潔癖扱いされたら、BPOとかはどうなるんだ。秘密警察か? 千雨(制服): それはともかく……なぁ、美雪。あの子は、その……なんだ。えっと……。 美雪: ……あぁ、そういうことだね。ちょっと耳を貸して。 美雪: (ひそひそ)あの子の名前は、羽入……沙都子と梨花ちゃんの3人で古手神社の敷地内に住んでいる、下級生のクラスメイトだよ。 千雨(制服): (ぼそぼそ)すまん、恩に着る。……ちなみにだが、あの頭についてる「あれ」はいったいなんだ? 美雪: (ひそひそ)あー……帰った後で説明するから、とりあえず今だけは流してよ。 魅音: ……?ちょっと、2人で何をこそこそ話しているのさ?陰口を叩かれるっていい気分じゃないんだけど。 美雪: いやいや、違うって。私だって悪口は、面と向かって本人に直接伝えるのがポリシーだよ。 美雪: たとえば、「魅音の服を選ぶセンスは最悪だー!」とかさ♪ 魅音: ぐはっ?だ、だからってダイレクトに貶さなくても……! 菜央: 大丈夫よ、魅音さん。美雪が今言ったことは、冗談半分なんだから。 魅音: 半分本気ってことでしょ?! 千雨(制服): ……まぁ、与太話はこの辺りにしてだ。雨だけじゃなく風も強い日だと、傘をさしながらの登校は危険だと思う。 千雨(制服): 身体の小さい子とかは、特にな。それに水路とかの危ない箇所が柵なしであったりすると、事故にもなりかねんぞ。 レナ: はぅ~、それなら羽入ちゃんたちは雨の日に雨合羽……レインコートを着るといいんじゃないかな……かな? 一穂: うん……そうだね。レインコートなら強い風とかが急に吹いても、バランスを崩すことが少なくなると思うよ。 梨花: ……みー。それもいい手には、違いないのですが……。 一穂: ? どうしたの梨花ちゃん、何か問題でもあるの? 沙都子: 以前、似たようなことがあったので……私たちも雨合羽を買いに行ったことがありましたのよ。 沙都子: ただ、羽入さんの場合は、その……。 羽入(エンジェルモート): ……あぅあぅ。僕の頭の「これ」が邪魔になって、市販のレインコートだとフードに入らないのですよ。 千雨(制服): 頭の?……って、なるほど。確かに引っかかって、うまく収まらないかもな。 千雨(制服): (ということは、この村においてもこの子の頭の角は「特別」ってことになるな。しかもそれを、周囲が全く気にしてない……) 羽入(エンジェルモート): ……? どうかしましたですか、千雨? 千雨(制服): あ……いや、なんでもない。 千雨(制服): だったら、自作するってのはどうだ?雨粒を通さない生地も、町の手芸店に行けば取り扱ってる可能性があると思うぞ。 羽入(エンジェルモート): あぅあぅ、そうは言っても僕たちの中でそういう服を作ることができるほど、手芸がプロ並みに器用な人は……。 羽入(エンジェルモート): …………。 羽入(エンジェルモート): あぅあぅ、いましたのです!とっておきの、頼もしいデザイナーさんが! 菜央: って、あたしのこと……?別にまぁ、構わないけど……。 魅音: うん、いいねそれ!必要な素材とかがあったらおじさんが調達するから、なんでも言ってくれていいよ! 羽入(エンジェルモート): あぅあぅ、ありがとうなのですよ~。……ただ魅音は、デザインには一切ノータッチでお願いしたいのです。 魅音: いやいや、大丈夫だよー!さすがに普段着る服でおかしなことはしないって! 千雨(制服): ……おかしなことをしてるって自覚はあったんだな。 Part 03: 美雪(私服): ……と、いうわけで!菜央が仕立てたレインコートのお披露目です、どうぞっ! 羽入(レインコート): あ、あぅあぅ……ど、どうですか……? レナ(私服): は……はぅぅぅっ?かぁいいかぁいい、とっても素敵だよ~!! 魅音(私服): へぇ……いいじゃない。雨の日だから、カエルをあしらったデザインにしたってわけだね。 菜央(私服): えぇ。といっても、レインコートなんて作ったのは初めてだから……これでちゃんと役に立つのか、少し不安だわ。 羽入(レインコート): あぅあぅ、こんなにも可愛いレインコートならたとえ濡れてもへっちゃらなのですよ~! 千雨: いや、濡れたらダメだろ……?にしても菜央は、ほんとに手先が器用なんだな。 千雨: 私は、裁縫とかがあまり得意じゃないから……正直ちょっと羨ましいくらいだよ。 菜央(私服): ふふっ……そんなことないわ。あたしだって千雨みたいにスポーツ万能だったらどんなにいいか、って思ったりするもの。 美雪(私服): だよねー。近くに千雨がいるといないとじゃ、どんな場所にいても安心度が段違いだしさ。一家に一台、千雨ガード! なーんてねっ♪ 千雨: ……お前は私のことを、何だと思ってるんだ。 一穂(私服): あ、あはは……私は両方ともダメだから千雨ちゃんと菜央ちゃん、美雪ちゃんのことがすごく羨ましいし、憧れちゃうよ……。 千雨: 別に卑下することなんてないぞ、一穂。私も武道を多少はかじった身だからよくわかるが、お前の『ツクヤミ』に対しての動きは見事だった。 美雪(私服): 多少かじったって……全国トップクラスの千雨がそう言っちゃうと、なんか嫌みにも聞こえるよねぇ。 千雨: おいそこ、変に茶々を入れてくるな。……まぁとにかく、誰にだって他人から見れば羨ましいって感じる面があったりする。 千雨: けど、お前にはお前の持ち味があったりするんだから無い物ねだりより、その長所を意識して伸ばすように考えたほうがいいと思うぞ。 一穂(私服): あ、あははは……私にそんな、いいところがあるってあんまり考えたこともなかったけど……。 一穂(私服): でも、ありがとう。やっぱり千雨ちゃんは優しくて、素敵な人だねっ。 千雨: っ……あ、いや。なんか同い年なのに、偉そうな言い方になったな。適当に戯れ言だと思って、軽く聞き流してくれ。 美雪(私服): ……おぅ?ひょっとして千雨、照れちゃってる――ぉごっ? 千雨: ……そういう余計なことは、胸の内に留めておけ。 羽入(レインコート): ありがとうなのです、菜央!それに千雨たちも……! 今日からこれを着て、雨の日でも楽しく過ごすのですよ~あぅあぅっ♪ 羽入(レインコート): あぅあぅ~♪雨あめ降れふれ、あぅあぅ、あぅ~♪ 沙都子(私服): ほら、羽入さん。あんまり浮かれてはしゃぎながら歩いていると、うっかり躓いたりして危ないですわよ~。 梨花(私服): みー、少しくらいはいいと思うのです。羽入の好きにさせてあげようなのですよ。 沙都子(私服): ……えぇ。最近の羽入さん、悪いお天気続きということもあってあまり元気がないようでしたものね。 沙都子(私服): あんな可愛らしいレインコートをつくってくれた菜央さんには、本当に感謝ですわ。……私もちょっと欲しいと思ってしまいましてよ。 梨花(私服): みー。それなら今度、一緒に頼んでみようなのですよ。 沙都子(私服): 私たちの分も……ですの?さすがにそれは、厚かましい気がしましてよ……。 梨花(私服): もちろん、無償ではないのです。菜央が喜ぶような何かで、羽入の分まできちんとお返しするのですよ。にぱー☆ 沙都子(私服): それは良い考えですわ! 菜央さんが喜ぶとなれば、やはりレナさん絡みかしら……? 梨花(私服): みー。帰ったら3人で一緒に考えるのです。……羽入、あなたも力を貸してくださいなのですよ。 羽入(レインコート): えっ……?ごめんなさい梨花、何か言いましたか? 沙都子(私服): あらあら……すっかり羽入さんは、雨の中を歩くのを楽しんでおいでですのね。 梨花(私服): みー。ため息をつきながら傘をさしていた少し前とは、すっかり大違いなのですよ~。 羽入(レインコート): あ、あぅあぅ……だってこんなふうに、自分のためだけに着るものをつくってもらったのはなかなか無かったことだったのです……。 羽入(レインコート): 身につけているだけでも嬉しくて、ずっと着続けていたいくらいなのですよ~♪ 沙都子(私服): をーっほっほっほっ!さすがにレインコートを家の中で着ていたら、畳や壁が濡れてしまいましてよ~! 梨花(私服): では、今度はボクたちが喜ばせる番なのです。菜央たちのためにふぁいと、おーなのですよ。 羽入(レインコート): おー、なのですよ! あぅぁう♪