Prologue: 今も昔もサメ一途、そして一択だという姿勢に全くもって変わりはないが……特に子どもの頃は、海に関わるものに対してひときわ愛着が強かった。 たとえば、絵本や児童書だと海賊。大海原に船を繰り出して悪いやつらと戦ったり、宝物を探して冒険の旅に出る勇ましさに憧れた。 まぁ……少し成長してからはそもそも海賊自体が悪いやつらであり、宝物探しは窃盗罪の類いだと気づかされて、愕然としたのだが……。 それでも、広い世界で自由気ままに動き回る彼らの生き様はかっこよくて、素敵で……十分すぎるほどに魅力的だった。 ……それだけ私は、自分の置かれている現状に息苦しさと閉塞感を覚えていたのかもしれない。 辛い、逃げたいという後ろ向きな思いではなく、自分の行動や立場に私の意思が含まれていない……そんな空虚さを感じていたからだ。 千雨: (格闘技も最初は好きで始めたはずなのに、だんだん周りの期待やら#p思惑#sおもわく#rやらが大きくなってやりづらくなってたんだよな……) 他の連中に言わせれば、期待に応えるのは才能を持つ人間の義務であり特権なのだから、贅沢なわがままだ……とでも言うのだろう。 だけど、私は常に「私」でありたかった。何かをするにしても、考えるにしても決めるにしても常に自由な意思で、何者にもとらわれたくない。 ……とはいえ、そんな私の思いを理解してくれたのは今までに美雪だけだ。親でさえ若さだのを理由にして、まともに取り合おうとはしてくれなかった。 美雪(私服): 『一緒に警察官への道を進めないってのは、かなり残念だけどねー。……でも、それがキミの「夢」なんだったら、それでいいと思うよ』 あいつは笑顔で、そう言ってくれた。本人はもう覚えていないくらいに、その場限りの何気ない一言だったのかもしれないが……。 あの時の言葉が、周囲どころか自分自身さえ疑わしく思えて苛立っていた私の心をどれだけ救ってくれたか、きっと美雪は知らないだろう。 千雨: (自分の気持ちを正直に出して、そして動く……か。誰でも気安く口にできる言葉には違いないんだがな) ただ、身をもってそれを保証できるやつは少ない。だからこそ私は、実際にやってみせている美雪に強い憧れを抱いていた。 『父親が巻き込まれた事件の謎を解き、過去に何が起こったのかを暴いてみせる』――彼女は決意とともに、そう言ってのけたのだ。 ……大したやつだと思った。同じ立場に置かれた私なんて、親父を殺した犯人への憎悪はあっても、自ら動こうとは考えなかったのに。 私が美雪を手伝おうと考えたのは、それが一番の理由だ。正直言って謎だの敵討ちだのは、不謹慎極まりない話だが「どうでもよかった」。 親友が、なすべきことをなす結末を見届けたい……そのためなら信じない神にでも祈ってやるし、悪魔に魂をバーゲンセールで叩き売っても構わない。 友情? 尊敬? あるいは恋愛……?ふん、そんな小賢しい感情表現と一緒にするな。 私はただ、確かめたいだけだ。この世の中にまだ、信じるに足るだけの価値と魅力が存在しているか、あるいは残されているのかを――。 千雨(人魚): ……なんて、私なりに覚悟を決めてたさ。だから、イカれまくった「世界」に放り込まれてもなんとか平静を保ってられたんだ……たぶんな。 保持できていたのは、そばに美雪がいたからだ。正直内心では困惑などを通り越した狂乱状態で、ひとりだけだったら叫喚の嵐だったと思う。 とはいえ、慣れというのは恐ろしいもので……2度目の訪問となれば腹も据わり、不思議な現象が起きても驚きは少なくなった(困惑はあるが)。 だからこれ以上何が起きても、また誰が現れたりいなくなったりしても心を乱されるようなことはきっとない……という妙な自信があったのだ。 千雨(人魚): そう……あった、と思ってたんだがな……。 私はため息をつき、そんな開き直りの姿勢が甘かった、大甘すぎたと自らの増上慢(?)を反省する。 そして、船の甲板から身を乗り出し……見渡す限りに広がる大海原を呆然と眺めていた。 千雨(人魚): 陸地がどこにも見えない……サメ、どっかに泳いでたりするかな……? 現実逃避的に、大好きなサメを探そうとする。 そんな私の肩をぽんと叩き、殴りたいと思うほど呑気に話しかけてきたのはなぜか海賊姿になった美雪だった。 美雪(海賊): きっといるよ、千雨!これだけ広い海なんだから、サメどころかイルカや鯨だって探し放題だって! 千雨(人魚): いや、美雪……私が言いたいのは、そういうことじゃなくて……。 美雪(海賊): 目的地に行くまで暇だし、一緒に探してみる?なにか餌みたいなものでもばらまいたら、サメは好奇心旺盛だし近づいてくるかもねっ♪ 千雨(人魚): ありがたい申し出だが……美雪。頼むから私に構わず、放っておいてくれ……。 美雪(海賊): ……にしても、知らなかったよ。実はキミが人魚姫だったなんてさ。 美雪(海賊): どうして今まで、教えてくれなかったの?……あっ、ひょっとして誰かに知られたらいじめられるって思ったとか? 美雪(海賊): もー、そんなこと私がさせるわけないでしょ?陸に帰った後でもキミは大事な親友、絶対に守ってあげるって! だから――! 千雨(人魚): 話の根本がズレまくってることに、親友だったらまず気づきやがれええぇぇえぇっっ!! ぶち切れてこぶしを顔面に叩きつけたくなるような衝動を必死にこらえたものの、激情だけは抑えきれずに私は叫ぶ。 一応、これは夢……夢の「世界」の話だとはわかっているが、あまりにも突拍子のなさ過ぎる展開。 この状況を作り出した「彼女」に対して怒りをぶつけたい思いだった。 魅音(看守): よーし、野郎ども!航海は順調だ……そんなわけで酒盛りといこうぜ! 詩音(海賊): いい考えです、お姉!……じゃなかった、船長!美雪さんと千雨さんも、一緒にどうですか? 美雪(海賊): おっけー! 負けないからねー! 千雨(人魚): お、おい美雪っ……? 海賊衣装を身にまとった詩音に誘われて、美雪はいそいそと駆け去っていく。 酒盛りって言っても、全員未成年だろうが……なんてツッコミはこの空気だと場違い感がすごい。 千雨(人魚): ……。これが、お前の考えるハロウィンなのか……一穂……?! Part 01: ……なんて乱痴気騒ぎの始まりは、数週間前。 魅音と詩音に呼ばれた私と美雪、菜央ちゃんは貸与という名の譲渡で手に入れた自転車に乗り、#p興宮#sおきのみや#rへの道を駆っていた。 美雪(私服): いやー、この自転車って乗り心地が最高だねっ。ペダルをこぎ続けてても、脚に疲れを感じないしさ。 千雨: まぁ……そうだな。自宅で乗ってるやつより、手入れが行き届いてる感じだ。 さすが、10年前であっても大手メーカー製はひと味違うものだと改めて感心する。私が平成で乗っていたのより、はるかに上だろう。 菜央(私服): っ……ちょっと、2人とも……!もう少し、速度を落としてよ……! 菜央(私服): ただでさえこっちは車輪が小さくて、追いつくのも一苦労なんだからね……っ! 菜央ちゃんに背後からそう呼びかけられて、私と美雪はおっと、とこぐ力を緩める。 天気がいいのと流れる景色が綺麗だったので、つい普段の感覚で走らせてしまったようだ。 美雪(私服): ごめんごめん、うっかりしてたよ。……けど、だったら私か千雨のどちらかに2人乗りすれば楽だったのにさ。 菜央(私服): バカ言わないでよ。2人乗りは危ないから条例でも禁止されてるって、学校でも教わったでしょ? 美雪(私服): んー、でも昭和の頃だと2人乗りはまだOKだったはずだよ。だから気にしなくてもいいのに。 千雨: ……判断基準が、法律で禁止されてるか否かとはな。一応正しい姿勢だとは思うが、それってどうなんだ? 美雪(私服): いやー、だって自転車の禁止条例って都道府県によってまちまちだったり、現状に即してない規制があったりするでしょ? 美雪(私服): 社宅に住んでるお母さんたちも、文句を言ったり守らなかったりしてる人も多いしさ。あれって今後、結構な問題になると思うんだよねー。 千雨: まぁ……それはわかるがな。 自転車の2人乗りを完全に禁止されると、困るのは若い学生層よりも主婦層だ。それも、子持ちの母親への負担が確実に増大する。 保育園や幼稚園への送り迎え、買い物……自家用車に乗ってそれができれば最適だが、諸々の負担を考えればなかなか難しいだろう。 千雨: (道路事情にガソリン代、免許。ついでに主婦が自由に使える自家用車……都市部になるほど、厳しくなる) だからこそ、現状は黙認されているところが多いのだけど……安全性等の問題を鑑みれば、それもいつまで続くかはわからない。 千雨: (お上が法律の通りにさせたかったら、下々が従うように色々と便宜を図ることも大事なことだと思うんだがな……) 理屈では間違っていないが、為政者というものはどうしても現実に即した対応がワンテンポずれる。……実に因果な話だった。 菜央(私服): とにかく、よっぽどのことがない限りは安全のことを考えて行動しないとね。罰則がないから大丈夫、なんてのはセンスがないわ。 千雨: これに関しては、菜央ちゃんの方が正しいな。……というわけで美雪、お前は反省しろ。 美雪(私服): ぐっ……はいはい、わかりましたよ。警察官志望の分際で、ルールを破るようなことを言っちゃってすみませんでしたー。 そう言って美雪は、口を少しとがらせながら自転車にまたがってさっさと行ってしまう。 ……その後ろ姿を見送って、私と菜央ちゃんは苦笑まじりに肩をすくめ合った。 千雨: 悪いな、菜央ちゃん。2人乗りで行こうって誘ったのは、あいつなりに楽をさせてあげたかったんだと思う。 菜央(私服): えぇ、わかってるわ。……でも、たとえそうであったとしても美雪にはそれを理由にして、信念を曲げてほしくないの。 千雨: ……。あいつに代わって、礼を言うよ。 そして私は自転車に戻り、菜央ちゃんを先に行かせてペダルをこぎ出していく。 ……少し進んだ先の木陰には、停まってこちらを見つめている美雪の姿が見えた。 なんて小さな諍いを途中で行いながら、私たちは待ち合わせ場所のエンジェルモートへと到着し、駐輪スペースに自転車を停める。 そして店内に入り、壁やガラスにしつらえられた飾りつけを見てあっ、と声を上げた。 美雪(私服): これ……ハロウィン?そっか、もうそんな時期だもんねー。 詩音(魔女): はい。せっかくの実りの秋、何か食材をアピールできるようなイベントがないかと思って。 そう言ってやってきたのは、いつものようにバイト先の衣装に身を包んだ詩音……いや。 詩音(魔女): 外国に有名なお祭りがあると教えてもらったので、早速便乗させてもらいました。……どうです、似合っていますか? 彼女の姿は、先日のパレードで着た魔女の格好。その背後には、少し恥ずかしそうに裾のあたりを気にする魅音の姿があった。 千雨: ……って、魅音。もう経験済みだってのに、なんで恥ずかしがってるんだ? 魅音(魔女): うぅ……さすがに、遊園地って特殊な空間だったからそれほど気にならなかったけど……。 魅音(魔女): こうして接客の場でも、この格好っていうのはなんていうか……その、恥ずかしいよね……。 千雨: (あれだけ過激なウェイトレス衣装を着ておいて、今さら何言ってんだこいつは……?) なんてツッコミを入れたくなったが、さすがに空気を壊しかねないと思い直して黙っておくことにした。 詩音(魔女): で、今回相談したいことはイベント向けのお料理のメニューについてです。 詩音(魔女): 以前から菜央さんたちには、色々とイベントに合わせたアドバイスをもらったりしていましたが……。 詩音(魔女): 今回もライバル店との差別化と完全勝利のために、ぜひお力添えをお願いできると嬉しいです。 菜央(私服): ライバル店……って、何かやってくる感じなの? 詩音(魔女): はい。しかもどこでどう情報を手に入れたのか、うちと同じハロウィンをテーマにしたものです。 美雪(私服): ということはつまり、誰かスパイが……って身内を疑ったりするのは、よくないことだよね。ごめん、今の発言は忘れて。 詩音(魔女): そうしてもらえると助かります。……まぁ、もしそんな不届きで命知らずな輩がいたとしたら、タダじゃおきませんけどねー。 千雨: ……満面に笑みをたたえながら、物騒なことを言うな。聞いてるこっちが恐ろしくなってくるじゃないか。 菜央(私服): とりあえず、そういうことだったら協力するわ。ずるい手を使ってくるような相手に負けるなんて、道理が合わないにもほどがあるし。 美雪(私服): 確かにね。んじゃ、早速テーマと限定メニューを一緒に考えよ~……って、どうしたの千雨? 千雨: ……いや、いいのか?確かこの昭和の時代って、ハロウィンはそこまで有名なイベントじゃなかったはずだと思うんだが。 千雨: ライバル店の動きは確かに気になるが……派手に動くと、歴史を変えることにもなりかねんぞ。 美雪(私服): んー、まぁいいんじゃない?これまでだって未来の知識だのを披露してきたけど、特に大きな問題も起きてないしさ。 菜央(私服): ついに開き直ってきたわね、美雪……。 菜央(私服): まぁとはいえ、これが今の状況の手詰まり感を切り開く何かのきっかけになるかもしれないから、試してみる価値はあると思うわ。 千雨: ……まぁ、菜央ちゃんがそう言うんだったら言う通りにしてみるか。 美雪(私服): ちょっと、千雨……?それって私よりも、菜央がどう考えてるかが大事ってこと? 千雨: 当然だ。お祭り大好き、楽しけりゃなんでもいいっていうお前と違って菜央ちゃんはちゃんと考えて発言してるからな。 美雪(私服): ぐっ……? そんなことは、多分ない……とは、言い切れないかな……かな? 菜央(私服): 美雪……今度レナちゃんの真似をしたら、ブッコロがした上で切り刻むわよ。 厳しい評価を突きつけられて、反論できず言葉に詰まる美雪。 そんな2人のやり取りを見て、沙都子ちゃんたちはひそひそと言葉を交わしていた。 沙都子(私服): 以前は頼れる方だと思っていたんですけど……最近の美雪さんって、なんだかおバカキャラが定着してきた感じですわね。 梨花(私服): みー。しっかり者の菜央とうっかり者の美雪。そしてバッサリ切り捨て御免の千雨でとてもバランスが取れているのですよ。 千雨: 私は辻斬りか……?! Part 02: とりあえず料理のことは菜央ちゃんとレナに任せて、他の面々は何を手伝おうかという話になった。 魅音(魔女): くっくっくっ……美雪たちから聞いたところだとハロウィンと言えば仮装だって話だよね。だから、 千雨: ――断る。今度こそ私は手伝わん。 そう提案をしようとした魅音を遮り、私は釘を刺すを通り越してパイルバンカーを打ち込まん勢いで断固拒否の姿勢を見せる。 梨花(私服): みー。やっぱり切り捨て御免なのです。 なんて呟く梨花ちゃんのツッコミを聞き流し、皆に宣言するように言った。 千雨: 先に言っておく。私は流されてなし崩しにってのが一番嫌いだ。特に、全員がやってるからお前も……というのが気に食わない。 千雨: 仮装大会をやろうというのには反対しないが、自分が加わるかどうかについてはちゃんと希望を聞いてもらいたい。 魅音(魔女): いや、もちろん。っていうか、今までだって強制なんかしていないと思うんだけど……。 美雪(私服): だよねー。どっちかといえば、千雨が嫌よ嫌よも好きのうち……なんて姿勢で自分から着替えてることもあったしさー。 千雨: 断っっじて違うッ!!何度も言ってるように、自分から着替えてあちこち動き回っていたのは――。 レナ(私服): はぅ……レナたちは千雨ちゃんだと思っていたんだけど、違う人だったのかな、かな……? 千雨: いや、私だった時もあったが……目立った時にはだいたい、あいつが、その……。 梨花(私服): ……千雨の言っていることが、ボクたちにはちんぷんかんぷんなのですよ。 羽入(私服): あぅあぅ……写真にうつっていたのも、千雨で間違いなかったのですよ。 そう言って梨花ちゃんたちは、きょとんとした表情でつぶらで純粋な目を向けてくる。 その顔を見る限り……嘘を言っているようにも、からかっているようにも感じられない。 つまり、一穂の存在と入れ替わったという事実は私だけが認識していて……他の連中はみんな、違っているということだ。 詩音(魔女): ……話を戻しますね。では、どうすれば千雨さんも快く参加してもらえるんですか? 千雨: そうだな……あくまでこれは私個人としての希望だが、私はサメが好きだ。 千雨: だから、海系の衣装だったら前向きに考えられると思う。 詩音(魔女): なるほど、海系……船とかヨットとか、あるいはイカダにまつわる衣装がご希望ってわけですね。 美雪(私服): いや、イカダは厳しいんじゃない?それって漂流者ってことだから、見栄えは最悪だと思うしさ。 レナ(私服): はぅ……海系の、幽霊……海坊主さんなんてどうかな、かな? 魅音(魔女): いや、どう考えても可愛くないでしょ……レナの趣味には合うかもしれないけどさ。 沙都子(私服): というか、衣装が幽霊になるのはもうお決まりなんですの? 沙都子(私服): でしたら、私たちはあまり乗り気になれませんですわ……。 梨花(私服): 私たち、ではなく沙都子個人が、なのですよ。みー。 沙都子(私服): そ、そんなことはっ……あり、ますのよ……。 羽入(私服): あぅあぅ……沙都子が、梨花の用意した言葉トラップを回避したのですよ~。 詩音(魔女): あー、惜しい。今の言葉に引っかかっていれば、素敵な役割を沙都子にお願いするつもりでしたのに。 沙都子(私服): なっ……いったい何を企んでいましたの、詩音さん?! 詩音(魔女): えー、聞きたいですかぁ?それなら特別に教えてあげても――。 沙都子(私服): いっ……いえ、結構ですわっ!その素晴らしいアイディアは詩音さんだけの、永遠の謎にしてくださいましっ!! ……なんて話を騒がしくしている中、しばらく黙って考え込んでいた様子の菜央ちゃんがふと、顔を上げていった。 菜央(私服): ハロウィン……幽霊に加えて、千雨の希望する海……。 菜央(私服): それだったら、幽霊船なんでどうかしら? 美雪(私服): 幽霊、船……? 菜央(私服): えぇ。ハロウィンらしさは薄れるかもしれないけど、千雨希望の海にまつわる衣装なんかもできるはずよ。 羽入(私服): あぅあぅ、それも楽しそうなのです!だったらみんなで海賊の格好をして、お客さんをおもてなしするのですよ~! 美雪(私服): いや、幽霊船と海賊船はなんか違うような……まぁ、楽しけりゃそれでいいかな。 ……そんな感じで、次のハロウィンイベントの内容が決定する。 そして誰がどんな衣装を着るのかについては、「またしても」くじ引きを行うことになった。 千雨: くじ引き……か……。 美雪(私服): んー、どうしたの千雨?やっぱり嫌な予感とかがしたりする? 千雨: いや、それはそうだろ……ちなみにこのくじには、何も仕込んでないよな? 魅音(魔女): あっはっはっはっ、もちろんだって!だいたい、私が今までそんな小ズルいことをしたことなんてたまにはないでしょー? 千雨: ……おい魅音、日本語としておかしい台詞だと自覚あるか? 千雨: まぁ、とはいえ……海系ならそんなにイカれた格好はないだろうし、水着くらいだったら別にいいぞ。 私は自分を励ますつもりでそう呟きながら、渡されたくじを引く。 その結果、引き当てたのはなんと――。 Part 03: 場面は元に戻って……船の甲板の上。 そこで私はへたり込み、頭を抱えていた。 千雨(人魚): 確かに私は、海系の衣装ならいいと言った……あぁ、言ったさ……! 千雨(人魚): なぜなら、たとえきわどいデザインの水着でも海がテーマならまだ耐えられると思ったんだ……。 千雨(人魚): なのに……なのにっ……!これはどういうことだぁぁぁああぁっ?!! 怒りにブルブルと全身を震わせながら、誰もいない空間に向かって叫ぶ。 その衣装は、今までのきわどいデザインがまだ「とってもおとなしいフォーマル」に感じられるくらいの過激さ全開の人魚姫だったからだ。 千雨(人魚): なんで幽霊船に人魚姫が出てくるんだっ?どうしてハロウィンにマーメイド?!解釈違いにも限度ってモノがあるだろうが!! 美雪(海賊): んー、まぁ日本で海外のイベントを導入する時って、どうしてもそうなることが多いよねぇ。 美雪(海賊): バレンタインだって、日本と海外とじゃまるで別物になってるしさ。 詩音(海賊): クリスマスなんかもそうですよね。海外では家族で過ごすことが定番なのに、こっちだとカップルでデートがお決まりになっていたりして。 梨花(私服): みー。カレーといいラーメンといい、日本人は魔改造が好きな民族なのですよ。 千雨(人魚): いや、ここは変えちゃダメだろぉっ!魔改造どころか、原形を留めてないぞ?! 千雨(人魚): しかもなんで海の上っ?この船はどこでどうやって調達したんだ?! 次から次に出てくるツッコミ要素に、私は喉が破けんばかりの勢いでひたすら叫び続ける。 だが、そんな私の思いとは裏腹に他の一同は「何がそんなにおかしい?」と逆に不思議そうな表情を浮かべていた。 菜央(海賊): だから、言ったじゃない。今回は千雨の希望を最大限に尊重する、って。 菜央(海賊): で、あんたが海がいいって言うから魅音さんたちが船上イベントに変えてくれたんだって……もう忘れたの? 千雨(人魚): 確かに海が好きだとは言ったが、私が望んだのはそういうことじゃない……! 千雨(人魚): っていうか、なんで海のイベントにしたっ?#p雛見沢#sひなみざわ#rに海なんてないだろうが!っていうか、県自体が海無し県のひとつだろうが?! 美雪(海賊): んー、そういえば47の都道府県で海に面してない県は8つしかないんだってね。 美雪(海賊): それを思うと、日本って昔から海と密接に関わってきたんだなってしみじみと感じるよ。 千雨(人魚): しみじみかシジミか知らないが、私が今言ってるのはそういうことじゃない!! 羽入(私服): あぅあぅ……千雨。シジミは汽水性の貝類なので、海には生息していないのですよ。 千雨(人魚): だから、そうやって防壁迷路に迷い込ませるな!いつまでたっても結論に辿り着かないじゃないか?! あまりにも自分の想像とは違う様子と周りのボケっぷりに、私は息切れを覚えて天を仰ぐ。 詩音(海賊): まぁ、恥ずかしさのあまりパニックに陥っている千雨さんはそっとしておくとして……そろそろ皆さん、準備に取りかかってください。 菜央(海賊): えぇ、わかったわ。沙都子と梨花たちも、用意した海賊衣装に着替えてね。 梨花(私服): みー。海賊になるなんて初めてのことなので、とっても楽しみなのですよ~♪ 沙都子(私服): をーっほっほっほっ!間違えてお客さんの身ぐるみを剥いだりしないよう、せいぜい気をつけましてよ~♪ 羽入(私服): あ、あぅあぅ……むしろ沙都子は、わざと間違えたりしないか不安なのですよ~。 千雨(人魚): あ、おいっ……! いそいそとお客を迎え入れる準備を整える一同は私のことなど気にせず、さっさと去っていく。 そんな彼女たちを見送り、しばらく呆然とその場に固まっていたが……。 ふと我に返った私はあっ、と声を上げこの違和感ありまくりの超展開がおかしいことにようやく気づくことができた。 千雨(人魚): い、いや……ちょっと待て、おかしいだろ。私たちは確か、エンジェルモートに集まってハロウィンイベントの準備をしていたはずだ……! ともすれば何かに吸い込まれそうな意識を必死に食い止めて、……私は理性と思考をフル稼働させる。 ……そうだ。私たちは営業終了後の店内でそれぞれ役割を分担し、作業をしていたのだ。 衣装の最終調整は、レナと菜央ちゃん。飾りつけは沙都子、梨花ちゃん、羽入ちゃん。料理は魅音と詩音で……。 私は美雪と一緒に、店内や店外の掃除。そして他のみんなの補助などを行い、ある程度の目処が立ったところで……。 千雨: 『……すまん、詩音。さすがに疲れがキツくなってきた……少しだけ、仮眠してもいいか?』 詩音(私服): 『あ、はい……沙都子と梨花ちゃまも、あっちのソファーで眠っていますね。羽入ちゃんも……』 詩音(私服): 『すみません、千雨さん。あの子たちを控え室に運ぶのを、手伝ってもらってもいいですか?』 千雨: 『……あぁ、いいぞ。あのまま置いておくと、風邪を引くかも知れないしな……』 千雨: 『おーい美雪、ちょっと手を貸してくれ……ん?なんだ、もう寝てやがるのか……』 詩音(私服): 『……お姉もあっちで、轟沈しています。村の寄合の仕事とも掛け持ちで、相当お疲れの様子でしたからねー』 千雨: 『レナと菜央ちゃんも、厨房で毛布かぶって仲良く眠ってたしな……起こすのは悪いか』 詩音(私服): 『……私たちも、沙都子たちを運んだら少し休ませてもらうことにしましょう。あと、お姉と美雪さんには毛布を……』 千雨: 『っ……おい、詩音。床に座り込んじまったら、立つのが辛くなるぞ。あと少し、起き……て……』 千雨(人魚): ……そうだ、思い出した。 あの時、なんとか眠い目を開け……尽きかけた力を振り絞って私は、梨花ちゃんたちを控え室に運び込んだ。 そして魅音と詩音、最後に美雪の身体に毛布を掛けたところで……意識が飛んで……。 千雨(人魚): ということは……ここは、夢の中の世界……?それにしては、あまりにもリアルすぎるが……。 そもそも私は、当然のことながら海賊船に乗った経験は一度もない。よって見覚えなど、あるはずがなかった。 にもかかわらず、ここまではっきりとした現実と混同するほどの空間が発生した原因は……。 そんなものは、ひとつしか思い当たらなかった。 千雨(人魚): こんなイカれた状況を作り出したのは……お前なんだな、一穂?! 一穂(私服): …………。 そう言って顔を向けた先には、やはり遊園地と同じく……一穂の姿があった。 Part 04: 千雨(人魚): やっぱりお前だったか……一穂……。 一穂(私服): 千雨ちゃん……この中でも、意識を制御できるんだね。どうして? 千雨(人魚): どうして、って言われてもな……こんな恥ずかしい格好をさせられたら、誰だって正気に戻ると思うぞ。 私はそう答えて、苦虫をかみつぶす思いで自分の変わり果てた姿を見下ろす。 ……魚になりたいという夢はあった。尾ひれがあれば海を縦横無尽に、自由に泳げるのではと夢見たことが一度や二度ではなかったことも、確かだ。 ただ……だからといって、人魚になりたいと思ったことはない……はず。 なぜなら私の知る人魚は可愛くて、綺麗で……少なくとも自分とは真逆の方向にいる存在だと誰に言われるまでもなく理解していたからだ。 千雨(人魚): (……。本当に、そうか……?) 一瞬、ちらっと疑念めいたものが浮かびかけて……私は慌てて、それを打ち消す。 そして心の動揺を悟られまいとひとつ咳を払い、再び一穂に目を向けていった。 千雨(人魚): なぁ、一穂……遊園地での時にも同じ質問をした気がするが、お前はなんでこんな形で姿を見せようとするんだ? 千雨(人魚): 会いたければ、普通に会いに来ればいいじゃないか。なのに私と存在を入れ替わったり、こんな「世界」をわざわざ作り出したりして……意味がわからない。 一穂(私服): …………。 千雨(人魚): 記憶を改変したり、「世界」を創造したりする力をお前が持ってることについては……まぁいい。何か事情があるようだから、気にはなるが聞かないでおく。 千雨(人魚): だが……教えてくれ、一穂。お前がこうして、普通じゃない方法で私に接点を持とうとするのはなぜだ? 千雨(人魚): お前はいったい、私をどうしたいんだ?いったい、何をさせたいんだ……? 一穂(私服): ……この「世界」がこうなったのは、私の意思じゃないよ。 千雨(人魚): えっ……? そう言って一穂は、薄く……やや苦笑を交えるように口元を緩めていった。 一穂(私服): 「世界」を生み出そうと考えたのは、私の意思。自分の力がどれくらいのものか、どこが限界かを知っておく必要があったから……。 一穂(私服): でも、みんなの夢……今回は千雨ちゃんの希望を集めていったら、この「世界」ができあがったんだよ。 千雨(人魚): ……ってことは、こんなふうに私が人魚姫になったのも、自分で望んだ夢がそうさせたってのか? 一穂(私服): うん。千雨ちゃんは子どもの時、人魚姫になりたいって夢を持ってたんだよね……? 一穂(私服): だからこの「世界」が生み出された時に、その格好になったんだと思う。 そう言って一穂は、穏やかな表情で私を見つめ返してきた。 千雨(人魚): っ……そんなわけが……。 「世界」がこうなったのが、まるで私のせいだと言われているようにも聞こえて……思わず、否定の思いから激高しそうになる。 だけど……さっき浮かびかけた疑念を思い出した私は、自分を取り繕ってみたことに気づいて、その言葉を飲み込んだ。 千雨(人魚): (……一穂は、見抜いてたってことか) そう思い直した私は、素直に認めて肩をすくめる。そして彼女に苦笑を返していった。 千雨(人魚): 子どもの時の夢……か。確かに、人魚姫になってサメと一緒に大海原を泳ぎたいってことを考えたことがあったな。 千雨(人魚): でもまさか、この歳になって実現するとは思わなかったよ。……ひょっとして神様ってのは、嫌がらせをして楽しむのが趣味だったりするのか? 一穂(私服): 私は、神様じゃないよ。……ただ、そんな存在もいたりするのかもしれない。 千雨(人魚): ……。そうか。 今の返答で、私は2つの事実を察する。……つまり一穂は神という存在ではなく、その上位がいるということだ。 さらに、その上位的存在は複数いて異なる意思と価値観を持っている……? 千雨(人魚): 要するに……お前は自分の持ってる力を試すために、こうやって私たちを弄んでるのか。……美雪たちが聞いたら、怒るだろうな。 一穂(私服): っ……それは、よくわかってるよ。だから、私は……っ……。 ……あえて聞かなくても、その続きはわかる。そういう不遜な立場で力を振るうと決めたからこそ、こいつは私たちのそばから離れたのだ。 おそらく近くにいれば情がわき、自由に行動ができないと思ったのだろう。その気持ちは理解できる……だが……。 千雨(人魚): ……だったらどうして、そんな行動を始めたんだ? 一穂(私服): えっ……? 千雨(人魚): 私はお前が、手に入れたおもちゃで遊ぶように誰かの運命を翻弄するようなやつだとは思ってない。……だとしたら、何か理由があるはずだ。 千雨(人魚): それを、私は聞きたい。……なんでお前は、「世界」への干渉を始めたんだ? 一穂(私服): …………。 一穂(私服): ……もうすぐ、全ての「世界」が崩壊する。ここだけじゃなくて、千雨ちゃんたちがいる#p雛見沢#sひなみざわ#rも、元の「世界」も……。 千雨(人魚): なっ……?! 予想していなかった答えを返されて、私は二の句が継げずに言葉を失う。 そんな私に、一穂は真剣な表情のまま話を続けていった。 一穂(私服): 世界の構造が……壊れかけてる。色んな可能性の分岐から、たくさんの平行世界が生まれてきたけど……。 一穂(私服): それがだんだん、おかしくなり始めてる。このままだとみんなの存在が、「世界」ごと消えてしまうかもしれない……。 千雨(人魚): それって、つまり……私たちが同じ時間を繰り返したり、別の「世界」から移動してきたりしたことが影響してるのか? 一穂(私服): ……ううん。それだけで「世界」は崩壊したりはしない。 一穂(私服): もっと大きな、私たちではとても認識できないような存在が……何かをしようとしてる。 一穂(私服): 私はそれを突き止めるために、みんなの……を……。 千雨(人魚): っ? おい一穂、今何を言おうとしたんだ……?! 私はそう問いかけるものの、一穂の姿は徐々にノイズ混じりになり……やがて、消えてしまう。 そして私の意識もまた遠のいて闇が覆い、そのまま気を失ってしまった。 Epilogue: 千雨: ……っ、ここは……? 目を開けて辺りを見回すと、たくさんの机と椅子が視界に入ってきた。 千雨: …………。 ソファに手をついて立ち上がり、室内を見回す。もうすっかり見慣れた、エンジェルモートの店内だ。 窓の外は白々と明るみを帯びて、耳を澄ませると鳥の鳴き声。……夜が明け、朝が顔を出していた。 美雪(私服): ふにゅ……んぅ……。 詩音(私服): っ……すぅ、……ん……。 魅音(私服): んかぁ……く~……。 少し離れたソファや床では、毛布をかぶった美雪や詩音、魅音の姿が見える。 結局、梨花ちゃんたちを控え室に運び、寝入った子たちに毛布を持ってきた時点で私と詩音は力尽きてしまったようだ。 千雨: ……夢、か。考えてみれば、当然そうだよな。 海賊船を借り切って船上イベントなんて、コストがかかる上に集客もままならない。 妄想にしては突拍子がなさ過ぎると私は肩をすくめ、そして夢で見た内容を反芻した。 千雨: 「世界」が崩壊する……か。私たちは、あいつのために何ができるんだろう……? 考えてもいい案は出てこなくて、ため息をつく。……と、 美雪(私服): んぅ……ん……? そばで寝転がっていた美雪が起き出し、私に話しかけてきた。 美雪(私服): どうしたの、千雨……?なんか顔色が悪いけど、変な夢でも見た? 千雨: ……いや。今の現実が夢じゃないようにって、神様に願ってるだけだ。 美雪(私服): ……?千雨、もしかして寝ぼけてる……? 寝ぼけているのはお前だろうが、とのツッコミ文句を喉元で飲み込み……私は、窓の外に目を向ける。 秋にしては眩しいくらいの、強い日差し。絶好のイベント日和であることを喜びながら、私はふと呟いていった。 千雨: 一穂……お前は、神様になりたいわけじゃないんだな……。 千雨: だったら、何をする気なんだ……?もしかして、神様とでも戦うつもりで……?