Part 01: 生徒会長: ふむ……なるほど。夏期休暇前のタイミングで彼女が一時帰省の許可を申請してきたのは、そういう事情があってのことだったんだね。 沙都子(高校生夏服): えぇ……。ぎりぎりまで迷っていたようでしたけど、村の町会から是非にと要請がありまして。 生徒会長: ……細かい突っ込みで申し訳ないが、そもそも村なのになぜ「町会」って言うんだい? 生徒会長: 私は君たちの故郷について門外漢だから、そのあたりの名称の使い方が少々気になってね。 沙都子(高校生夏服): 私もまた聞きの知識なんですけど……「#p雛見沢#sひなみざわ#r村」というのは鹿骨市への編入前の名称で、行政上では「雛見沢地区」という扱いなんですの。 沙都子(高校生夏服): ただ、雛見沢では今もなお『御三家』という名家が強い権限を掌握しておりますので、同じ市内でも「村」として自治的な扱いになっているそうですわ。 生徒会長: つまり、「町会」という自治組織が村の運営を事実上行っているというわけか。……そりゃまた複雑というか、面倒だねぇ。 沙都子(高校生夏服): まぁ善きも悪きも、私たちにとってはそれが当然の日常でしたので……普通に受け入れて暮らしておりましたけどね。 沙都子(高校生夏服): それに、今になって思い返すと御三家の方々は手段の是非があったとはいえ、雛見沢のことを真剣に考えておられました。 沙都子(高校生夏服): 私の先輩の魅音さん、そして梨花も……若く経験が浅い中で寂れゆく村をどうやって立て直すべきか、常に悩んでいましたわ。 生徒会長: で……その御三家のひとりである古手梨花くんがこの6月に行われる村祭り……『#p綿流#sわたなが#rし』の巫女を務めるってわけか。 生徒会長: きっと綺麗に着飾ってみせるんだろうねぇ。叶うことならその奉納演舞とやらがどんなものか、ぜひこの目で見たいもんだよ。 沙都子(高校生夏服): ……また学園を抜け出そうとお考えですの?私が申しあげるのも差し出がましいかもですが、おやめになったほうがよろしいと思いますわ。 沙都子(高校生夏服): 最近は、監視の目が厳しくなってきましたし……なにより、今の生徒会を快く思わない連中がよからぬことを企んでいると聞いておりますので。 生徒会長: おや、北条くんの耳にも入っていたか。となると、その動きもかなり具体的な段階に入ったとみてよさそうだね……くくっ。 沙都子(高校生夏服): そう余裕をぶっかましているってことは、すでに対策を講じて準備済みなんでしょうけど……あまり大騒動にならないことを祈るばかりですわ。 生徒会長: あははっ、よく言うよ。もしそうなったら、積年の恨みをここで晴らす絶好の機会――なんて言って君が一番大暴れしそうだけど。 生徒会長: にしても……君が古手くんに同行しないとは少し意外だね。雛見沢の人たちにとって、年に一度の重要なイベントなんじゃないの? 沙都子(高校生夏服): 祭事を司る梨花と違って、私はあくまで村祭りへの一般参加者としての扱いですからね。外出許可をいただくには、説得力が乏しいですわ。 生徒会長: そうかな……? 最近は冠婚葬祭以外でもちゃんと納得できる理由さえあれば、学園側も柔軟に対応するようになったと思うんだけど。 沙都子(高校生夏服): それに……成績をまだ維持できているとはいえ、帰省後のテストでしくじるようなことがあればこれまでの努力が全て水の泡ですしね。 沙都子(高校生夏服): あと1ヶ月待てば夏季休暇にも入りますし、今回は見送ることにしましたのよ。 生徒会長: それは私の見立てだと、理由として50%……いや30%程度でしょ?残りの本音部分としては、どうなの? 沙都子(高校生夏服): はぁ……ほんとに会長さんは、容赦がありませんわね。そのあたりについては忖度をしてくださってもよろしいでしょうに。 沙都子(高校生夏服): ……正直なところを申し上げますと、私が一緒に村へ帰れば梨花が辛い立場になると考えたのですわ。 生徒会長: ほぅ……それは、どうして? 沙都子(高校生夏服): 会長さんのご事情と同じですわ。私たちの行いに賛同して応援してくれる人がいれば、それと反対の方々もおられる……。 沙都子(高校生夏服): 梨花が雛見沢を出て、この聖ルチーア学園に入ったこと……村の一部の方々は、いまだにあまり良く思っておりませんの。 沙都子(高校生夏服): その中には、雛見沢のことを捨てて離れるように私が梨花を唆した、という御仁もおりまして……。 生徒会長: ん? 確か君たちから聞いた経緯だと、学園に誘ったのは古手くんの方だったんじゃ……? 沙都子(高校生夏服): ……不満と非難のはけ口さえ存在すれば、彼らにとって真実は重要ではないのですわ。ただでさえ私は、村の厄介者扱いでしたし。 生徒会長: そのあたりについては、以前君からも聞いたよ。……救われない話だねぇ。 沙都子(高校生夏服): 今年の正月も、私が一緒にいるとお年寄りたちがやってきて……そう悪しざまに言ってきました。そのたびに梨花が否定して、いらぬ面倒を……。 沙都子(高校生夏服): ですから私、今回は同行するのを控えようと思いましたの。その方があの子も、お役目に専念できるでしょうしね。 生徒会長: ……そっか。君がそう考えての判断だったら、私としては何も言わないことにするよ。 生徒会長: ただ……古手くんは寂しがるんじゃないかい?まぁ私としては北条くんがいてくれると、気の合う話し相手を独占できて嬉しいけど……ん? 梨花(高校生): あっ、沙都子……と、会長?どうして2人がここに? 生徒会長: 寮に戻ってきたら、姿を見かけてね。それで軽く雑談をしていたら、つい盛り上がって話し込んでしまったんだよ。 梨花(高校生): ……そうでしたか。ごめんなさい沙都子、待ち合わせをしていたのに来るのが遅くなっちゃって……。 沙都子(高校生夏服): 別に構いませんわ。会長さんのおかげで、さほど退屈でもありませんでしたしね。 生徒会長: ははっ、お役に立てて何よりだ。それじゃ、これ以上はお邪魔虫みたいだから私は退散するとするよ。……あと、北条くん。 沙都子(高校生夏服): なんですの、会長さん? 生徒会長: ……「カード」は、ぎりぎりまで残しておく。もし必要になったら言ってくれ。 沙都子(高校生夏服): ……っ……? 生徒会長: さーて、今日の夕飯は何かなぁ……? 沙都子(高校生夏服): …………。 梨花(高校生): どうしたの、沙都子? 沙都子(高校生夏服): いえ、なんでもありませんわ。 Part 02: 梨花(高校生): それじゃ沙都子、行ってくるわね。月曜の朝には戻って、午後からの授業にはちゃんと出席するつもりだから。 沙都子(高校生夏服): えぇ、道中お気をつけてくださいまし。 梨花(高校生): もちろん。お土産は何がいいかしら……何かリクエストはあったりする? 沙都子(高校生夏服): をーっほっほっほっ!お気遣いは結構ですわぁ。 沙都子(高校生夏服): 梨花が無事に戻ってきてくれることが、私にとっては何よりのお土産でしてよ。 梨花(高校生): …………。 沙都子(高校生夏服): あら、どうしましたの梨花。何か心配事でもありまして? 梨花(高校生): ううん、そうじゃなくて。……本当に、沙都子は明るくなったわね。入学直後の頃とはまるで別人みたい。 沙都子(高校生夏服): 当時は勉強に補習、そして反省室……まさに悪夢のコンボでしたものね。正直、学園に来たことを何度も後悔しましたわ。 梨花(高校生): ……。ごめんなさい、沙都子。あなたの気持ちも考えず、私のわがままに巻き込んでしまって……。 沙都子(高校生夏服): もう……その話はとっくに過去のことでしてよ。私はあの頃と違うと、何度も申し上げましたのに。 沙都子(高校生夏服): 最初こそあぁでしたけど、今のルチーアはなかなか悪いものではありませんわ。クラスでも、話の合う人ができましたし……。 沙都子(高校生夏服): なにより、梨花がいつも私のそばにいて優しく気遣ってくれている……これに勝る幸せは、他に思い付きませんわ。 梨花(高校生): ……。ありがとう、沙都子。私もあなたにそう言ってもらえて、とても幸せよ。 梨花(高校生): 向こうに着いたら、すぐに連絡するわ。あと、帰る前にもちゃんと電話するからね。 沙都子(高校生夏服): でしたら、寮を出る前にお願いしますわ。もっとも朝は何かと忙しいので、応対がおざなりになってしまうかもしれませんけど。 梨花(高校生): あははっ、了解。そろそろ行くわ、あとのことはよろしくね。 …………。 だけど、まさかそう言って送り出したことを死ぬほど後悔することになるとは……その時の私は全く予想していなかった。 沙都子(高校生夏服): えっ……? あの、会長さん。そういう冗談は笑えませんので、やめていただけませんこと? 生徒会長: 私も、笑えない冗談を言うつもりはないよ。信じがたい話だけど、事実だ……これを見てくれ。 沙都子(高校生夏服): っ? ま、まさか……そんなはずッ……?! がくがくと震える手で、私は便せんを広げ……力がこもって思わず破りそうになる。 ……なんとかこらえたとはいえ、少し裂け目が入ってしまった。しかし会長さんはその無礼を咎めるどころか、ベンチの背もたれに身を預け――。 生徒会長: ……まいったねぇ。 そう呟いて、大きく息をつきながら天を仰ぐ。……ここまで心を乱された様子の彼女を見たのは、おそらく初めてのことだろう。 沙都子(高校生夏服): ……っ……! 恐る恐る、縦書きの便箋の右端に書かれた文字を見つめて……何度も、わが目を疑いたくなる。 沙都子(高校生夏服): た、……「退学願」……?! 声に出してみても、まだ信じられない。間違いなくこれは、梨花の字……だけど……?! 生徒会長: ……ちょうどその郵便物を受け取ったのが、私の知り合いの事務員さんでね。担任の手に渡る前に、転送してくれたんだ。 生徒会長: ここだけの話、次の生徒会選挙では古手くんと北条くんを役員の候補に推薦するつもりだ、と彼女に話したことがあったからね……。 沙都子(高校生夏服): ……っ……! 初めて聞かされた会長さんの目論見に、少し驚きもあったが……。 もはや思考が焼き切れたように停止した私は、凍りついたまま言葉を発することもできなかった。 沙都子(高校生夏服): (……ありえない……!) ありえないありえないありえない、ありえない!絶対にこれは何かの間違いだッ! だって梨花は先日も、ルチーアに入ったのは自分のわがままで……そこに私を巻き込んでしまったことが申し訳ない、と言っていた。 なのに、私をこの学園に残したまま自分だけがさっさと辞める……っ?バカな、彼女はそんな無責任な子じゃない! なにより、親友である私に一言の相談もなくこんなにも大事な決断をするわけが……ッ? 沙都子(高校生夏服): わ、私……梨花に会って、確かめてまいります!外出許可をいただくことはできませんか?! もはや、それしか真実を確かめるすべはない。そう考えて私は、会長さんに助力を懇願する。 学園内では、反会長派が彼女の失態を期待してあちこちで監視の目を強めている状況だ。そんな中で、無理をお願いするのは心苦しい……。 それでも、今私が必要とする手助けを頼める相手は、この人しかいなかった……! 生徒会長: …………。 生徒会長: ……2日だ。私が全力で、君たちのために時間を作ってみせる。その間に、真相を確かめてきてくれ。 沙都子(高校生夏服): っ……あ、ありがとうございます、会長さん!このお礼は、後日必ず……っ! 生徒会長: もちろん。生徒会でこき使ってあげるから、覚悟しておいてくれ。あと……。 生徒会長: 考えすぎかもしれないが、……悪い予感がする。君の方でも、他に力を貸してもらえそうな人に心当たりはないかい? 沙都子(高校生夏服): 心当たり……っ……。 自分にとって一番必要となるものを持ち、距離と時間のコストを補完してくれる上で多少の無理を聞いてくれる……。 そんな人は、ひとりしか思いつかなかった。 Part 03: ……#p雛見沢#sひなみざわ#rに入ったのは、真夜中といっても差支えのないくらいの遅い時刻だった。 ただ……学園を出たのが昼過ぎであったことを考えれば、予想以上に早く到着できたと思う。車を利用できたありがたさを、改めて実感した。 沙都子(高校生私服): 車を出してくれて助かりましたわ、魅音さん。電車で向かうとなると、今日中に着くのはほとんど不可能と考えていましたので……。 魅音(大学生私服): いやー、逆にナイスタイミングだよ。そろそろ車検に出そうか、ってちょうど考えていたところだったからさ。 魅音(大学生私服): 詩音のやつにも連絡しようと思ったんだけど、今のあの子は沙都子以上に、雛見沢にとって鬼っ子扱いされているからね……。 魅音(大学生私服): とりあえず、「最悪」の事態に備えて葛西さんにだけ連絡を入れておいたよ。……あとで聞いたら、怒るかもしれないけど。 沙都子(高校生私服): えぇ……ありがとうございます、魅音さん。 うっかり、連絡をした時にその辺りの注意を伝えそこなって少し心配していたのだけど……さすが、言わずとも察してくれていたようだ。 詩音さんには申し訳ないが……今の彼女を雛見沢に呼び寄せるのは、非常に危険すぎる。 私も詳しい話を聞いたわけではないが、村の人たちと雛見沢をどう運営するかでもめ事を起こし、現在は村を離れているという。 そんな詩音さんに同行を求めれば、もちろん力は貸してくれるとは思うけれど……事態の打開より、火に油を注ぐ可能性が高いだろう。 沙都子(高校生私服): (もっとも……私たちが今やろうとしている行動も、村のためになるものではないのかもしれませんけどね……) いずれにしても、「最悪」の決断を下すのはまず詳しい事情を突き止めてからだ。それからでも遅くはない……はず……。 魅音(大学生私服): にしても……沙都子から連絡をもらった時は、耳を疑ったよ。梨花ちゃんは正月に会った時もルチーアで頑張る、って言っていたのに……。 魅音(大学生私服): 心境の変化にしたって、おかしすぎる。誰かに余計なことを吹き込まれたとしても、絶対あり得ないって! 沙都子(高校生私服): えぇ……私も、わけがわかりませんのよ。少なくとも私たちに相談もなく、勝手に退学なんて決めるはずがないのに……っ! 魅音(大学生私服): 沙都子……。 沙都子(高校生私服): とにかく、本人に直接会って確かめないことには何とも申し上げられませんわ。 沙都子(高校生私服): ……すみません、魅音さん。大学の前期試験が控えている時期ですのに、ご無理を申し上げてしまって……。 魅音(大学生私服): はっ、何を言っているのさ。……むしろ私はこんな事態になって、責任を感じているところだよ。 魅音(大学生私服): 私が#p綿流#sわたなが#rしに参加していれば、もっと早い段階で何があったのかを突き止めることができたのに……っ。 沙都子(高校生私服): あの……別に責めるつもりはありませんが、どうして魅音さんは今年の綿流しに参加をしなかったんですの? 魅音(大学生私服): しなかったというか……戻ってくるな、って公由のおじいちゃんを通じて、婆っちゃから連絡があったんだよ。 魅音(大学生私服): 沙都子にだから、正直に話すけど……実は私、昨年度の成績があまり良くなくて必修単位を危うく落としそうになってさ。 魅音(大学生私服): で、仮にも園崎家の次期頭首がそんな体たらくでどうする、って母さんや婆っちゃに怒られて……。 魅音(大学生私服): 今年はしっかり勉学に励め、って釘を刺されていたんだ。それで……。 沙都子(高校生私服): …………。 そういう理由で、里帰りはするな……なんとなく筋が通っているようだが、明らかに矛盾がある。 なぜなら、雛見沢にとって綿流しはなによりも重要な祭事であり……そこに御三家が関わるのは、もはや義務といってもいいだろう。 沙都子(高校生私服): (それなのに、あえてしきたりを破ってでも魅音さんに学業を優先させ、不参加を命令……?) 少なくとも、園崎家がそこまで魅音さんの学歴取得を重視していたとは思えない。……大学進学さえ、消極的な賛成だったはずだ。 沙都子(高校生私服): (そもそも、数日帰郷しただけで成績に大きな影響が及んだりするはずがない……) 実際、魅音さんは連絡を入れただけで快く力を貸してくれている。本当に余裕がなければ、断っているだろう。 つまり、魅音さんをあえて不在にした上で梨花だけを呼び寄せた……? なぜ? 沙都子(高校生私服): なんにせよ、梨花本人に真相を確かめましょう。どう対処すべきかは、それが判明してからですわ。 魅音(大学生私服): 同感だね……! よし、もうすぐ古手神社だ。この辺に車を停めておこう。 そう言って魅音さんは車を道の脇に停め、キーを差したままエンジンを切る。 そして、車から降りた後もドアのロックをかけずに歩き出した。 石段を上がり、およそ半年ぶりに古手神社を訪れた私たちは鳥居をくぐって境内へと足を踏み入れる。 すると、……そこには……ッ? 沙都子(高校生私服): なっ……?! 魅音(大学生私服): こ……これはどういうことっ?! 愕然と目を見開きながら、魅音さんは裏返った声でそう叫ぶ。 ただ……声を発することができただけ、彼女の方がよほど勇敢だったのかもしれない。 現に私は、慄然と言葉を失い……その場で凍りついたように立ち尽くして思考どころか動作すらできなかった。 大量に集まった村人たちが、演舞の檀上をぐるりと取り囲んでいる。……彼らが向ける視線の先には、梨花の姿。 梨花(高校生オヤシロ): ――――。 流れる汗を飛び散らせながら……彼女は表情を変えず、祭事用の鍬を振りかざして淡々と踊っていた。 沙都子(高校生私服): り、梨花……? 村の守り神に演舞を捧げるのは、巫女である古手家頭首の役目。 だから、衆目を集めた壇上で梨花が踊っていても不思議ではない……が! 沙都子(高校生私服): (それは、『綿流し』が行われる日の話……!祭りはもう、とっくに終わっておりましてよッ!) 沙都子(高校生私服): 梨花……梨花ぁ! 弾かれたように駆け出すと、私は村人の群れを押しのけ、かき分けて進み……壇上に向かって、必死に呼びかける。 が……梨花は、答えない。それどころか、私が近づいてきたことすら気づかないように、一心不乱に舞っていた。 沙都子(高校生私服): 梨花……答えてくださいましっ!いったいどうしたんですっ? 何があったの?……私のことが、わからないのッ?! 梨花(高校生オヤシロ): ――――。 ふいに、舞の動きを止めた梨花がおもむろに顔をこちらへ向けて……壇上から、私を見下ろしてくる。 沙都子(高校生私服): ……っ……? その目に射すくめられた私は……全身に巡る血が凍りついたかと思うほどに、慄然と立ち尽くした。 ……この子は、……誰だ。 梨花と出会ってから一度も見た覚えがないほどに冷たくて、妖しい……怖気を催すような、不気味に閃く瞳。 いや、……違う。私はこの瞳の彩り、そして輝きに似たものをどこかで見たことがある……! でも、……どこで? いつ見た?わからないわからないわからない、わからないッ! 魅音(大学生私服): ……逃げて、沙都子っ!! 沙都子(高校生私服): ――っ……?! 魅音(大学生私服): こいつら、みんな正気じゃない!そこにいる梨花ちゃんもだッ! 魅音(大学生私服): だから、早く逃げ……っ、沙都子、後ろッ!! 沙都子(高校生私服): えっ……?! そう叫ぶ魅音さんの声を聞いて、はっと弾かれたように振り返った私は――。 梨花(高校生オヤシロ): ――――。 いつの間にか近づいてきた梨花が壇上から、手に持っていた鍬を頭上高く振り上げている姿を最後に見て――っ……。 …………。 梨花:高校生私服: ……子……。 声が、……聞こえる。 梨花(高校生私服): ……沙都子、沙都子ってば! 沙都子(高校生私服): ……っ……?  : 目を開けると、視界一杯に梨花の顔が大写しになっていた。 沙都子(高校生私服): あ……あれっ……?どうして、梨花がここに……?! 梨花(高校生私服): どうして、って……電車に乗って雛見沢へ向かっているから、いても当然でしょ。 沙都子(高校生私服): えっ……? 梨花(高校生私服): まだ寝ぼけているようね……今年の綿流しは一緒に参加しよう、ってあなたが提案してくれたんじゃない。 沙都子(高校生私服): 一緒に……参加……? 必死になって、私は記憶をたどる。 沙都子(高校生私服): (確か、私は……今年の綿流しは梨花に迷惑をかけまいと思って、参加を見送ったはず……?) …………。 いや、違った。出発ぎりぎりのタイミングでやっぱり梨花が心配になり、会長さんに無理を言って外出許可をもらったんだった。 『この借りは、いずれ生徒会で返してもらうよ』……そう言っていた会長さんの顔が忘れられない。今度はどんな難題を押しつけられるのだろう……? 梨花(高校生私服): それにしても……私はともかく、あなたまで外出許可を出してもらえるなんて思わなかったわ。あの会長、いったいどんな手を使ったのかしら。 沙都子(高校生私服): …………。 沙都子(高校生私服): じゃあ、さっきのは私の、夢……でしたのね。 梨花(高校生私服): ? 夢、って……どんな内容だったの? 沙都子(高校生私服): 悪夢……でしたわ。私がうっかり努力することを忘れてしまって、それで……。 梨花(高校生私服): くすくす……沙都子が努力を怠るなんて、ずいぶん昔のことを思い出していたのね。 梨花(高校生私服): でも、今のあなたは誰よりも努力家よ。それは一番近くでずっと見てきた私が、絶対に間違いないって断言できる。 梨花(高校生私服): だから、その夢は現実になったりしないわ。……安心して、沙都子。 沙都子(高校生私服): …………。 沙都子(高校生私服): ありがとうですわ、梨花。そう言っていただけると、さっきまでの嫌な思いが吹き飛びましてよ。 梨花(高校生私服): ふふっ……よかった。もうすぐ停車駅だから、荷物をまとめましょう。 梨花(高校生私服): 駅前には、魅音たちが車を出して迎えに来てくれているって話だし……村まではのんびり向かうことができそうね。 沙都子(高校生私服): えぇ。半年ぶりに皆さんと会うのが、今から楽しみでしてよ。