Part 01: 圭一(私服): ……。俺の努力してきたことって、結局何だったんだろう……? 担任の教師から普段の素行について懇々と説教を受け、職員室を出た後……俺は悄然とそう呟いていた。 学校の勉強は、わりと好きな方だった。手応えのある問題に挑んで答えを導き出すのは、パズルを解くような達成感があった。 塾に入ってから、その思いはさらに強くなった。講師の先生は教え方が上手で、その通りにやればどんな難問でも面白いほどすらすら解けたからだ。 ただ、その分……学校の授業がつまらなくなった。進みが塾より遅い上、教科書の内容をなぞるだけ。……退屈に思えて仕方がなかった。 クラスの連中に対しても、不満があった。勉強よりもTVや雑誌、連載コミックの話題……それも誰もが知っている内容ばかりだ。 ……正直言って、全員がバカに見えていた。 塾通いのおかげで俺は、テストの点数が学年でもトップクラス。その結果を報告するたび、両親は大げさなくらいに喜んでくれた。 満点を取った時などは、いかにも高級っぽいレストランで腹一杯食べさせてもらって……本当に、誇らしい思いだった。 …………。 ただ、不思議なことに……テストや通知簿の内容は先生から高く評価されても、クラスにいる連中にはむしろ逆に働くことの方が多かった。 「優等生」「勉強好き」はむしろ、悪口だった。それよりも足が速かったり球技がうまかったり、ゲームや漫画をたくさん持っているやつが人気者で……。 テストでいい点を取っても、それがかえって軽侮の対象にさえなることがあった。自慢なんてすれば、それこそ嫌味なやつ扱いだ。 圭一(私服): (「学生は勉強が本分」……なんて大人たちは何かにつけて言っていたが、明らかに矛盾だよな。俺たちの間では、それが誇りにならないんだから) 最初のうちは、俺も接点を持とうとした。テストの点数が伸び悩んで親に文句を言われた、と愚痴っているやつには、手を差し伸べてみた。 この問題はこう解けばいい、とか、暗記のコツはこうやればいい、とか……。 だが……ダメだった。価値観が違っていたのだ。彼らにとって学校の勉強とは、自分たちの生活から切り離しておきたい邪魔な苦行のひとつで……。 勉強のことなんて話題にもしたくないし、ましてそのやり方を同年代から教わるのは屈辱この上ない様子で……嫌悪された。 圭一(私服): (だからあいつらは、塾に通う俺を無視した。大人に媚びへつらっていい格好をしやがって……なんて感じに思っていたんだろうな) 圭一(私服): (俺もバカらしくなってくだらなくて、歩み寄ろうとするのを辞めちまった……) その結果……俺は孤独になった。もっともそれは自分の意思を通した上でのことだし、せいぜい満喫するつもりでいたものの……。 自分のやってきたこと、努力していることが「数字」でしか返ってこない状況に……徐々に物足りなさを覚えるようになっていた。 塾講師: 『いい高校、大学に行けばお前と同じ考え方をしているやつがきっと見つかる。だから今は、目の前のことを頑張ればいい』 親も塾の先生も、そう言って励ましてくれた。その言葉に後押しされて俺は、しばらくの間我慢してみようと思った……のだけど……。 担任: 『前原くんはもっと、クラスのみんなとの協調性を持つべきですね。今のままだと、仲のいい友達ができませんよ』 圭一(私服): 『……別にいいです。進学した先で、もっといい仲間を探します』 ……その言い方が生意気に思われたのかもしれない。機嫌を損なった担任の先生は、威厳を取り戻すべく今度は俺に対して強権を振りかざしてきた。 担任: 『……ですが、どのように学校生活を送っているかということも、内申点に含まれます。それが受験に関わることも忘れないでください』 圭一(私服): 『えっ……?』 担任: 『それに、たとえテストでいい点を取ったとしても前原くんの授業態度は目に余るものがあります。しっかり反省して、改善に努めてください」 圭一(私服): 『……っ……』 冷たい口調でそう言われた時……俺の中でこらえていたものが弾け飛んだ気がした。 先生にしてみれば、憎まれ口を叩く生徒にせめてもの反撃をしてやるつもりで、特に考えもなく発した言葉だったのかもしれない。 だけど、まだ子どもだった俺はそんな風に大人から突き放されたことがショックだった。……思考がパニックになるのを抑えられなかった。 俺は、俺のできることを一生懸命やっているんだ!学校の勉強が向いているって言われたから頑張って、テストでもいい点を取ってきた! なのに、あいつらはそれが嫌味だと言いやがる!運動ができるやつ、ゲームや漫画を持っているやつは自慢してもみんなからちやほやされているのに?! それに、先生も先生だ!俺はもっともっと自分の知らないことを知りたいのに、教科書の内容をだらだらと読むだけでッ!! 俺は、やりたいことをやっちゃいけないのか?周りのペースに合わせて、ご機嫌を取って!それが大人たちの言う、協調性だってのかっ?! 圭一(私服): (っなんでだよ……!) ただ、その不満は誰にも打ち明けることができず……胸の内に収めるしかなかった。理解してもらえるとは、とても思えなかったからだ。 その時の俺は、誰も信用できなくなっていた。ある意味、周囲の連中のことを見限った……いや、見下していたのだろう。 その孤独感と身勝手なうぬぼれは、いつしか邪な欲望と混ざり合って、そして……。 …………。 あの時のことは、もう思い出したくない。 Part 02: 圭一(私服): ……なんてことが、前の学校であったわけだ。で、今はこうして#p雛見沢#sひなみざわ#rに引っ越してきたってわけさ。 美雪(私服): ……なるほど。私としては、一穂たちと待ち合わせの時間つぶしに「以前のキミの学校はどうだった?」って軽い感じに聞いてみたつもりだったんだけど……。 美雪(私服): なんか、予想以上にキミが通ってた学校は面倒なところだったみたいだね。藪をつついて蛇どころか、竜が出てきちゃった……。 圭一(私服): あ……すまねぇな。話し出したら、つい止まらなくなっちまって。 美雪(私服): あははは、冗談だって。話を振ったのは、そもそも私からなんだしね。 美雪(私服): ……ただ、気を悪くしないで聞いてね。そのことをどうして私に話す気になったのか、理由を聞かせてもらってもいいかな。 圭一(私服): 理由……? 美雪(私服): うん。あと、「ここだけの話にしてくれ」って前もって断りを入れたってことは……レナや魅音たちは知らないってことだよね。 美雪(私服): あの子たちには話さなくて、私にだったらいいと思ったのは……どうして? 真剣なまなざしを向けながらも、美雪ちゃんは違和感が引っかかっているように怪訝な表情を浮かべている。 まぁ、当然の反応だろう。むしろドン引きして嫌な顔をしたり、あるいは重い事実の吐露に耐えかねて茶化したりしないだけ、彼女は誠実な性格だと思う。 圭一(私服): (こういうところが、警察官向きってやつか……いや、案外学校の先生も似合っているかもな) そんな勝手な感想を抱きつつも、俺もごまかすことなく正直に返すことにした。 圭一(私服): いや……なんていうか、美雪ちゃんが以前に話してくれたことを思い出してさ。 圭一(私服): 美雪ちゃんって、東京の進学校に通っていたんだよな?だから、もしかしたら俺のいた学校と違っていたのかもしれねぇと思ったんだ……。 美雪(私服): 成績を自慢したら、その子をハブにするってやつ?んー、そうだね……。 美雪(私服): 少なくとも、私の周囲にそういう風潮はなかったよ。だってみんなの関心はどんな高校、大学に行って何を勉強して……何になりたいかが大半だったからね。 美雪(私服): お互いが競走相手って考えるよりも……言い方は変かもしれないけど、戦友って感じかな。同じように頑張っていこうって感じにさ。 美雪(私服): だから、わからないところは教えたりテスト範囲を予想したりして……点数が良かったらそれぞれよかったねー、って言い合ってたよ。 圭一(私服): ……そっか。なんか気持ちのいい感じだな。 美雪(私服): まぁ、スポーツができる子がモテてたのは同じだと思うよ。あとは顔がよかったりとか、話が上手だったりする子が人気者だった。 美雪(私服): あ……でも、千雨っていう私の幼なじみは武道で全国レベルの実力者だったんだけど、あんまり人気はなかったかな。 美雪(私服): 元々人当たりがキツいし、本人も誰かに合わせてご機嫌取り……ってのが大の苦手だったからね。 圭一(私服): はは、そいつは確かにくせ者ってやつだな。 圭一(私服): ……っと、すまねぇ。美雪ちゃんの友達に対して、失言だった。 美雪(私服): いや、別にいいよ。私だって、あの子のことをそう思わなくもないしね。……今頃くしゃみでもしてるかも、ふふっ。 圭一(私服): ははっ……じゃあ、わりと勉強に関しては話題にしてもおかしくない、って感じだったんだな。 美雪(私服): ……まぁ、地元組はね。 そう言って美雪ちゃんは、苦笑交じりに肩をすくめてみせる。 その反応に違和感を覚えた俺が怪訝な目を向けると、彼女はあっ、とばつが悪そうに視線をそらしたが……。 やがて、頭をかいて大きく息をつき……遠くを見つめたまま口を開いていった。 美雪(私服): 前原くんのところは、塾に行ってるかどうかで仲間割れの基準になってたかもしれないけど……。 美雪(私服): 私のところは、地元組と移転組の間で対立構図ができてたんだよ。 圭一(私服): 地元組と、移転組……?それってどういう違いなんだ? 美雪(私服): いわゆる、元から校区内に住んでた世帯と引っ越してきたりして新しく加わった世帯だよ。所得の高低も関係してたしね。 美雪(私服): それぞれが価値観とかルールとかが微妙に違ってて、たとえば家庭ゴミの分別、団体行動での役割の範囲……。 美雪(私服): 私の入ってたガールスカウトでも元々いた連中と新規で加わった子たちとで、かなり考え方が違ってたりしたんだ。 美雪(私服): で、まぁ朱に交わって赤くなるって結構大変だから……攻撃的にもなるよねー。 美雪(私服): 私たちは今までこうだった、だからこっちに合わせろ……てな感じにさ。 美雪(私服): 面倒なのは、どっちも自分が正しいと思ってるところ。そして、認めたら妥協……つまり負けだとお互いが勝手に決めつけてる。 美雪(私服): おかげで、学校内でも二極化しちゃってさ。居心地が悪くなったのは、間違いないね。 圭一(私服): ……。なんか、それだけを聞くと……学校とかに限らず人間ってのは面倒なもんだな。世捨て人の気持ちがわからなくもないぜ。 美雪(私服): そうだね。私も、さっき言った千雨って親友がいてくれてなかったら、どうなってたかわからないし。 美雪(私服): けどさ……前原くん。だったらキミは、どうして雛見沢に来てからは他のみんなと仲良くやれるようになったの? 圭一(私服): えっ……? 美雪(私服): だって、こう言ったらあの子たちに失礼だけどレナはともかくとして魅音は、あんまり勉強が好きじゃないみたいだしさ。 美雪(私服): キミがさっき言ってた、「自分とは合わない」子の典型だよね。それなのに仲がいい……どうして? 圭一(私服): それは……ん……。 ずばりと突きつけられた質問に、俺はしばらく黙って考え込む。 そして、ひとつの答えに気づき……言葉を繋いでいった。 圭一(私服): 最初はたぶん、……美雪ちゃんの言う通り見下していたところがあったかもしれねぇ。でも……。 圭一(私服): あいつら、褒めてくれたんだよ。勉強ができる、すごい……って。 圭一(私服): あと、向こうから教えて、って来てくれたんだ。それに応えたら、笑顔で「ありがとうね」って感謝してくれて……。 圭一(私服): だから俺も、あいつらの誘いに乗っていろんなことを一緒にやってきたんだ。そして、知らなかったことをたくさん教わって……。 圭一(私服): …………。 美雪(私服): 前原くん……? 圭一(私服): そっか……そういうことか。俺は……認められたかったんだろうな……。 圭一(私服): 褒めてもらいたいとか、優位に立ちたいとか……そんなことよりもお互いに認めて、尊敬し合う。 圭一(私服): そういう仲間が、ほしかったんだよ。 美雪(私服): …………。 圭一(私服): ……ありがとうな美雪ちゃん、今日は話ができて本当に良かったぜ。 美雪(私服): そう? まぁ、私の与太話が何かの役に立ってくれたんだったら、こっちも嬉しいよ。 …………。 美雪(私服): 社会の中で生きる以上、誰かとの軋轢や衝突は避けられない……か。 美雪(私服): 自分で言っててなんだけど、普通に生きるって……難しいものだね。前原くんのことは笑えないなぁ……。 一穂(私服): あっ……美雪ちゃん!遅れてごめんね、待たせちゃった? 美雪(私服): ううん。適当に時間をつぶしてたから、全然気にもならなかったよ。 菜央(私服): なら、よかったわ。……あら?あんたの座ってるベンチの横に缶コーヒーが置いてあるけど、さっきまで誰かがいたの? 美雪(私服): あー……うん。ちょっとその子と、人生相談をしてたんだ。 一穂(私服): 人生相談……? 美雪(私服): 気の合う仲間と知り合えるってのは、それだけでもすっごく幸せなことなんだ……ってさ。 Part 03: 圭一(トレジャーハント): おい……沙都子。本当に、こっちの方向で合っているんだよな? 沙都子(トレジャーハント): えぇ、間違いありませんわ。……たぶん。 圭一(トレジャーハント): 「たぶん」ってなんだよっ?間違いないって言って、矛盾しているじゃねぇか! 沙都子(トレジャーハント): そんなことを言われても、裏山でこっちの道を通るのは久しぶりすぎてよく覚えていませんのよっ! 沙都子(トレジャーハント): そこまで仰るなら、圭一さんは1ヶ月前の夕食で誰と何を食べたのかちゃんと記憶していましてっ? 圭一(トレジャーハント): メシとトラップを一緒にするな!そもそも仕掛けをつくったのはお前自身なんだから、どこで何を置いたのか忘れるんじゃねぇっ! 沙都子(トレジャーハント): それくらいトラップを無数に用意したということですのよ!最初の頃に試作したものなんて、どんな仕組みだったのかすでに忘却の彼方ですわっ! 圭一(トレジャーハント): 数撃ちゃ当たる、下手な鉄砲かっ?だいたいお前ってやつは、いつもいつも――! 美雪(山登り): あー……2人とも。ここで言い合いをしてても不毛なだけだから、とりあえず進んでみようよ。 美雪(山登り): もし変なものにあたった時は……そうだね、運がなかったってことで。OK? 圭一(トレジャーハント): OKじゃねぇよ!先頭切って進むのはこの俺なんだぞっ?つまりダメージを受けるのも、俺だ! 魅音(私服): そんなこと言ったって、くじ引きで先頭になったんだから仕方ないでしょ?いい加減腹をくくりなって、圭ちゃん。 美雪(山登り): そうそう、鉱山の中に入っていくカナリアになった気分で、軽やかに歌いながら……ねっ。 圭一(トレジャーハント): ……。カナリアって、鉱山の中に有毒ガスがあったら真っ先にくたばる役目だったよな……? 美雪(山登り): …………。 魅音(私服): 頑張れ圭ちゃん!やっぱり男の子はこういう時、頼りになるねー! 圭一(トレジャーハント): ここぞとばかりに男子ってところを押し出してくるんじゃねぇ!……はぁ。 これ以上抗ったところで事態が好転するはずもなく、俺は大きくため息をついて顔を上げる。 そして覚悟を固めると、沙都子が昔トラップを仕掛けたという一本道へと足を踏み出し――。 沙都子(トレジャーハント): ……あっ。 圭一(トレジャーハント): って、おい! 今の「あっ」はなんだ、沙都子っ?何か気づいたのか、それとも思い出したのか?! 沙都子(トレジャーハント): い、いえ……大丈夫ですわ。……皆さん、下がって物陰に身を隠して下さいまし。 圭一(トレジャーハント): ちょっと待て、聞こえたぞっ?お前、俺に対しての言葉と正反対の注意をみんなに伝えているじゃねぇか?! 沙都子(トレジャーハント): き、気のせいですわ……それより、圭一さん。 圭一(トレジャーハント): ? なんだ、俺にも注意があるのか……? 沙都子(トレジャーハント): 走ってくださいまし!全速力、ダッシュで!! 圭一(トレジャーハント): へっ? いきなり走れって言われても……の、のわぁぁああっ? 圭一(トレジャーハント): な、なんだぁぁああっ?どうして俺めがけて、槍が降ってくるんだぁぁあ?! 沙都子(トレジャーハント): それは当然、私のトラップだからですわ。……もう半年ほど前に仕掛けたものなのに、ちゃんと動くんですのね。 圭一(トレジャーハント): おかしなところで感心しているんじゃねぇ!と、止めてくれぇえぇええぇっっ!! 沙都子(トレジャーハント): ちょ、ちょっと待ってくださいまし……!確か、記憶通りだとこの辺りに安全装置があって槍の発射を止めることが……よいしょ、っと。 圭一(トレジャーハント): ぐおおぉぉぉぉおおぉっ?こ、今度は毛虫の大群がぁぁああぁあっ?! 沙都子(トレジャーハント): 間違えましたわ。こっちじゃなくて、そっちを……。 圭一(トレジャーハント): ら、落石だぁぁぁあああぁっ?! 沙都子(トレジャーハント): おかしいですわね……これ、でしたかしら? 圭一(トレジャーハント): のぉおおおぉぉぉっ?頭上から網が落ちてきて……って、いい加減にしろおおぉぉぉおっ!! 美雪(山登り): ……なんて悲鳴を上げまくってるけど、前原くんは全部かわしてノーダメージじゃんか。んー、やるねぇ……! 梨花(私服): みー。圭一は運の悪さはピカイチなのですが、勘の鋭さもトップクラスなのですよ。にぱー☆ 圭一(トレジャーハント): いや、嬉しくねぇ!そんなふうに褒められても全然嬉しくねぇぇぇ!! 圭一(トレジャーハント): はぁ、はぁ、はぁ……ったく、沙都子のおかげでひでぇ目に遭ったぜ。 美雪(山登り): お疲れ様、前原くん。……でもそう言ってるわりに、キミはなんだか楽しそうに見えるけど? 圭一(トレジャーハント): 別に楽しんでなんかねぇよ……いや……。 圭一(トレジャーハント): やっぱり、俺にとっての宝は……自分の知らなかった面白い発見や刺激なのかもって、そう思っただけさ。