Part 01: 新人看護婦: そろそろご遺体の方は、焼き場に移動した頃ですかね。……まだ、カメ先生が亡くなった実感がないんですが。 先輩看護婦: まだもうちょっとかかるんじゃない?通夜の段階で全国からお医者さんやら患者さんやらがわんさか押しかけていたしね。 中年看護婦: ぽっくり逝ったわよね……まぁ、あんな無茶な働き方を続けていたら長生きできないかもしれないってことは、本人が一番わかっていたと思うけど。 新人看護婦: でも、先生って独身でしたよね?喪主の名前……。 先輩看護婦: 色々あったみたいだけど、結局引き取ったみたいよ。例のトンネル崩落事故の件で、責任感じちゃったんでしょうね。 中年看護婦: それもあるだろうけど……父親には絶対遺産を渡すものかって意気込んでいたみたいだから、それもあるんじゃない? 新人看護婦: あれ? カメ先生って、お父さんはいないって前に言っていた気がするんですけど……。 中年看護婦: あぁ、それね……ちょっとややこしい話なんだけど。カメ先生、子どもの頃に満州にいたのよ。 新人看護婦: 満州からの引き上げ民だったんですか? 中年看護婦: えぇ。父親が死んだって聞かされて戦後命からがらお母さんと日本に戻ってきたのに……実はその父親は生きていて、先に帰っていたらしくて。 中年看護婦: しかも妻子が死んだと思って早々に新しい嫁と子どもを作っていてね。そのショックでお母さんは早死にして、後妻の子とも色々揉めたらしいのよ。 先輩看護婦: はぁ……そりゃビタ一文も渡すもんかって意地になるわよね。 中年看護婦: でも、結構多い話よね。うちの大叔父も戦争で死んだって聞かされていたのに、10年後になってひょっこり現れて、大騒ぎになって……。 新人看護婦: あの……前から気になっていたんですけど。崩落事故を予言した子が先生の担当だったって話……本当なんですか? 先輩看護婦: そうよ。15になるまでは小児科、次は#p内科#sウチ#rで……結局転院してから、何年いたんだっけ?かなり長かったと思うんだけど。 中年看護婦: 人生の大半を、うちで過ごしたんじゃないかしら。ほら、小児科で毎年やっている夏祭りがあるじゃない。射的やヨーヨー釣り……あれ始めたのも彼だから。 中年看護婦: 病院から出られない他の子どもたちのために、って最初は小規模だったんだけど……カメ先生や他の先生が後押しして、今みたいな恒例行事になったのよ。 新人看護婦: へー……。 先輩看護婦: 小児科の子たちも、彼の言うことはよく聞いたからねぇ。どうしようもない悪ガキは小児科のお局様がシメてくれたし、当時の小児科はあの子のおかげで平和だったわ。 中年看護婦: ……せっかく病気が小康状態になった頃なのにね。許可が下りたらキャッチボールして遊ぶんだって楽しみにしてたから……無念だったと思うわ。 新人看護婦: みんな言っていますよね。あんないい子があそこまで一生懸命言っていたんだから、素直に信じてやればよかった……って。 新人看護婦: ただ、トンネルが落ちてくる夢を繰り返し見るって言われても……医者にはどうしようもない気がしますけど。 中年看護婦: 私も言ったのよ。国がちゃんとメンテしていれば起きなかった事故だって……まぁ、カメ先生には届いてなかったみたいだけど。 先輩看護婦: 家族も信じなかったみたいだからね。……今頃天国で再会して、信じてやれなくてごめんって謝ってるんじゃないかしら。 先輩看護婦: まぁ、優しい性格の子だったからきっと笑って許してあげていると思うわ。 新人看護婦: ……そうであって欲しいです。 Part 02: 大石: ……どうも赤坂さん。ちょいと遅くなってしまいましたかねぇ、申し訳ない。 赤坂: いえいえ、こちらこそ。お忙しい中お時間をいただいてしまい、すみません。 大石: なっはっはっはっ、忙しいだなんてそんな!あなたのような方に言われてしまうと、皮肉か嫌みだと思って落ち込んじゃいますよ~! 赤坂: ……いえ、本当に今は暇を持て余しているんですよ。捕り物劇が1つ解散になって、派手に動かないよう上司からも釘を刺されていますからね。 赤坂: とはいえ、大恩ある大石さんをそんな暇つぶしなどでお付き合いさせるのはあまりにも不敬。……というわけで今夜は、ご相談に上がった次第です。 大石: ふむ……伺いましょう。もっとも私としては、あなたの誘いであればただの暇つぶしであろうと喜んで付き合わせてもらいますけどねぇ、んっふっふっふっ! …………。 大石: ……なるほど。あなたほど家庭思いの人が家族サービスを放り出してまで#p雛見沢#sひなみざわ#rに来たのは、そういう理由があってのことでしたか。 大石: いやいや……仮にも公安のエースであるあなたがこんな辺鄙な場所に物見遊山で足を運ぶだなんて思っちゃいませんでしたが……むむむ……。 赤坂: ……大石さん。正直この件については、上層部のほとんどが懐疑的……というよりも全く信じていません。 赤坂: ですが、これが事実だとすれば大変なことです。雛見沢と#p興宮#sおきのみや#rはもちろんのこと……日本全土、いや世界中の全ての国が危機にさらされることになる。 赤坂: そうなってからでは、遅すぎる……ですから私は、たとえ誇大妄想狂だと罵られようとも動かなければいけないと思っているんです。 大石: ……そういうことでしたら、赤坂さん。私も、誰にも言わないつもりでいたんですが……ちょいと与太話をしますので、聞いてください。 …………。 赤坂: なるほど……やはり、大石さんもそうでしたか。私のような関係の薄い人間でもそうだったので、もしやと考えておりましたが……。 大石: 最初の頃は、自分の頭がおかしくなったのかと思って柄にもなく悩みましたよ。疲れのせいで現実と妄想がごっちゃになっちまったんじゃないか、ってね。 大石: ですが……あなたほどの理知的な方がそう言ってくださったおかげで、救われました。いや、話を聞いてくれてありがとうございます。 赤坂: とんでもないです、私こそ。……で、大石さん。これからどうされるおつもりです? 大石: なっはっはっ……情けないですが、そのあたりになるとお手上げってのが正直なところです。こういう経験は、なにしろ初めてのことですからね。 大石: しかもよりにもよって、刑事人生にようやく一区切りをつけようって間際に巻き込まれるたぁ……長生きはしたくないものですな、んっふっふっふっ。 赤坂: そんなことはありませんよ、大石さん。長らく警察に籍を置かれているあなただからこそ、今回の件では是非ともお知恵をお借りしたいんです。 大石: ……? そりゃいったい、どういう意味で? 赤坂: 確たる証拠をつかんだわけではないんですが……おそらく「繰り返し」を経験している人間は、他にも雛見沢の内部に存在していると思います。 赤坂: それも、大石さんたちが疑ってマークしている対象とは別に……かなりの力を持った「子」がです。 大石: ふむ……あえて「子」という名詞を使うってことは、確かに私たちの狙いのセンとは違うみたいですね。で、それは誰だと……? 赤坂: ……「とおりゃんせ」。 大石: ? 赤坂さん、今なんておっしゃいました? 赤坂: 1930年……関東大震災が起きた直後、被災地で遺体が発見されず行方不明になった子の幽霊が曰くありの場所で出没して……。 赤坂: 生きている人に決まった条件下で接触する、という噂があったそうです。 赤坂: ただその子は、名前すらも忘れていて……誰彼構わず、自分が何者なのかと尋ねていたと。 赤坂: そのため、実際に会ったと主張する者の証言から『なまえのない子』という通称で言い伝えられているとのことでした。 大石: まぁ、よくある怪談的な民間伝承ですね。にしても、関東圏内での幽霊さんがこの雛見沢といったいどういうご縁があるというんですか? 赤坂: 「とおりゃんせ」……昔からの有名な童歌ですが、これには発祥と呼ばれる土地がいくつかありましてね。 赤坂: そのひとつが、神奈川県の高天村という小さな集落にある神社だと言われているんですよ。 大石: んむむ……高天村、ですか。以前に聞いたような……でも、どこで……? 赤坂: ……西園寺家。大石さんでしたら、きっとご存知だと思います。 大石: あっ……そうでしたそうでした、思い出しましたよ!いやいや、赤坂さんもずいぶんお人が悪いですねぇ。この私の記憶力を試すなんて……んっふっふっ! 赤坂: …………。 大石: おや、どうしましたか。私の顔をじっと見てきて、何か気になることでも? 赤坂: いえ、なんでもありません。……それで、話の続きですが。 赤坂: その「なまえのない子」は、誰かに接触する時必ず「とおりゃんせ」の歌を口ずさんでくるそうです。そして――。 赤坂: その歌を最後まで聞くと、自分がいるところとは違う別の「世界」に送られるとのことです。 大石: …………。 大石: 赤坂さん。あなたが何をおっしゃりたいのか、よくわかりましたよ。 大石: つまりあなたは、私を含めて雛見沢に関係する全ての人間を疑っている……そういうことですね? 赤坂: ……。お怒りはごもっともだと思います。即座にここで殴られても当然のことだと、覚悟の上で私は申し上げています。 赤坂: ですが……だからこそ、大石さん。あなたにぜひとも、お力を貸してもらいたいんです。 大石: ……っ……。 大石: ……赤坂さん。5年前にあなたと友誼を結ばせてもらったことを、私は感謝しなければいけませんね。 大石: さもなければ私は、若造が何を思い上がって、なんて勝手に激高してこの席を立っているところです。そして真実を手に入れる機会を、永遠に失っていた……。 赤坂: 大石さん……では……っ? 大石: 定年を間際に控えて、正直持て余していた老体です。どうかご随意に、使い潰してやってください。 赤坂: ……ありがとうございます、大石さん。あなたのお力添え、決して無駄にはしません。それだけは天地神明に誓って、お約束します。 大石: なっはっはっはっ、大げさですよ赤坂さん~!……ではちょいと、河岸を変えるとしますか。巻き込みたいやつらに連絡をつけたいんでね。 赤坂: はい、ぜひとも。よろしくお願いいたします……! Part 03: 富竹: お願いだ……聞いてくれ、鷹野さん! 富竹: 君はもう、世界中のありとあらゆるものが憎くて信じられなくなったかもしれない……その気持ちは、僕にもわかる……理解できる! 富竹: だけど、それでも……最後に僕のことを、信じてくれないか……? 富竹: 君のことだけは、絶対に僕が守り抜いてみせる!たとえ職を失うことになったって、構わない……! 富竹: お願いだ、鷹野さん……!今からでも遅くない、考え直してくれっ……! 鷹野: …………。 鷹野: ねぇ、ジロウさん。あなたは……神の存在を、信じる? 富竹: ……は……? 質問の意図がよくわからず、僕は唖然と口を開いたまま鷹野さんを見返す。 すると彼女は、いつもの微笑をたたえた妖しいそれではなく……どこか物憂げな、伏し目がちの顔を向けていった。 鷹野: 私は……正直言って、信じていなかった。いえ、その表現は正しくないわね。信じていると言いながら実は信じていなかったんだって、最近になって気づいたの。 鷹野: だから、自分が神に等しい存在になれるとも思っていたし……運命なんて、人の強い意思で打ち破れるものだと疑ったりしなかった。 鷹野: そう思うことで私は自らを鍛え、育ててきた。そして必要となるものを身につけ、従えて……味方に引き込もうと努力を重ねたつもりよ。 富竹: ……あぁ、わかるさ。そんな君だからこそ、僕は心を惹かれたんだ。どんな時でも味方でありたい、そう思って……。 富竹: だから……今回の相談は君に対する最大級の裏切りだ。呆れられて怒られ、憎まれて恨まれたとしても君にはその権利があるし、資格があると覚悟している。 富竹: でも……それでも僕は、君のことを……! 鷹野: ……いいえ、ジロウさん。私が言いたいことはそういうことじゃない、そうじゃないのよ……。 鷹野: ……ジロウさん。私はね、確かに神と呼べるような存在と会ったのよ。そしてその力を見せつけられて、思い知らされた……。 鷹野: 所詮人間は、神から見れば虫けら同然で……取るに足りない、たとえ反抗しようとも何もできないちっぽけな存在なんだ、って。 富竹: 鷹野さん……? 鷹野: ……あなたは理解できないでしょうね。でも……でもね、ジロウさん……? 鷹野: これでも私……あなたのことを愛しているのよ。あなたのためなら、今の地位を捨てても構わない……いえ、実際に心を決めて捨てたことがあった。 鷹野: 慎ましくて……豊かではないけれど優しい亭主と、可愛い子どもたちに囲まれたあたたかで平凡な家庭……それと引き換えなら、夢を諦めていいと思ったの。 鷹野: だけど……それなのに、その神というやつは……! 鷹野: そんなささやかな願いすら、私に許してくれなかった!!どこまでも私を罰して、苦しめて、嘲笑い続けた!! 鷹野: だから私は、決めたのよ!そこまで神が私を追い込んで追い詰めるというなら、どこまでもあがいてやろうってね!! 富竹: ……っ……?! 鷹野: 世間の人々は、私のことを悪人か狂人とでも思うんでしょうね。……愛するあなたでさえ私のことをそう思って、忌み嫌うのかもしれない。 鷹野: ……それに、ジロウさん。私はこれまであなたに、ずっと酷いことをしてきた。あなたの記憶の中でも……それ以外でも……。 鷹野: だからこれが、あなたに対する贖罪と、心からの……愛の証のつもり。もし許されるなら、それだけは信じてほしい。 鷹野: ……いえ、それすらも私には身に余るものね。だからあなたは、愛に冒され狂ったひとりの女が増上慢にも神に戦いを挑み、惨めに敗れた……。 鷹野: ……そう思ってくれるだけで、私は十分よ。 富竹: ……。だったら鷹野さん……教えてくれ。君はどうやったら、救われるんだい? 富竹: 幸せになれないって自分でもわかっているのにどうして悪の道を選ぼうとするのか、僕にはどうしても、納得できないんだよ……! 鷹野: …………。 鷹野: きっとそれが、この「世界」で神という輩が私に与えたもうた使命なんでしょうね……。 その憂いに満ちた笑みは、とても美しくて……。 そして何より、……恐ろしさに満ちていた。