Part 01: 千雨: は……? 犬が怖い? 一穂(私服): い、犬だけじゃなくて猫とか、他にも色々……。 千雨: つまり……なんだ、動物全般が怖いのか。 一穂(私服): う、うん……。 美雪(私服): たっだいまー! 冷凍品が安売りしてたから買いだめてきちゃった~! 菜央(私服(二部)): あんたね、調子に乗って買いすぎなのよ。はぁ、腕が痛い……。 一穂(私服): あ、おかえりなさい。 美雪(私服): ただいま一穂、千雨! 絢花さん帰ってきた?洗濯終わった? なんの話? 千雨: 一度に聞くな、面倒くさい。……絢花さんはまだ帰ってきてない。洗濯は終わった。 千雨: んで今は、一穂から動物が怖いのをどうにかしたい、って相談されてたんだ。 菜央(私服(二部)): ……そうなの? 意外ね。一穂は動物好きなんだとばかり思ってたわ。 一穂(私服): えっ……なんで? 千雨: まぁ、一穂みたいなおとなしいタイプはだいたい動物が好きなことが多いからな。 一穂(私服): ……そうなんだ。私、変なのかな? 美雪(私服): いやいや、気にすることないって。そういう人が多いってだけで、変なんかじゃないよ。大丈夫大丈夫! 一穂(私服): う、うん……。 美雪(私服): んー……で、動物が怖いのを克服したいの? 一穂(私服): うん……ずっと考えてたんだ。この前、美雪ちゃんたちは通りかかった犬を可愛い可愛いって、撫でてたでしょ? 一穂(私服): でも私だけ、可愛いと思えなくて……撫でることもできなかった。 一穂(私服): だから、どうにか仲良くなる方法を千雨ちゃんに教えてもらえないかと……お、思いまして。 千雨: あのちっさい犬が怖かったのか……?『ツクヤミ』に対してはあんなに強気に出られるのに、不思議なやつだな。 一穂(私服): ご、ごめんなさい……。 美雪(私服): まぁ、動物は意思疎通ができる時もあるけど『ツクヤミ』は無理だし、全然違うじゃん。 美雪(私服): でも、千雨って結構動物とすぐ仲良くなれるし、相談相手にはぴったりかもねー。 千雨: ぴったりかどうかは疑問が残るが……それで、一穂は私に何をしてほしいんだ? 一穂(私服): えっと……な、仲良くなるためのあ、アドバイスとか……よ、よろしく願いします! 千雨: ……こんな程度のことで頭を下げるな。外でやったら軽く見られるぞ。 一穂(私服): ご、ごめんなさい……。 千雨: 謝るな。 一穂(私服): …………。 美雪(私服): 千雨、千雨。……キミ、言い方がキツイよ。 菜央(私服(二部)): 言いたいことはわかるけど、勘弁してあげて。一穂、何も言えなくて涙目になってるから。 千雨: ……悪かった。けどな……。 千雨: 別にいいんじゃないか、仲良くならなくても。 一穂(私服): な、仲良くならなくてもいいって……どういう意味? 美雪(私服): おーい千雨、それじゃ答えになってないよ。 千雨: なってるだろうが。……そもそも、一穂の悩みはなんだ? 一穂(私服): え……? 菜央(私服(二部)): 犬と仲良くできなかったこと、じゃないの? 千雨: そりゃ主題が違うだろ。……一穂、ちょっと思い出してみろ。 千雨: みんなが犬を囲んで可愛い可愛いって言ってる間、何を思った? 何に困った? 一穂(私服): こ、困ったことって言われても……。 千雨: 考えてみろ。何が一番困った? 一穂(私服): えっと、あっと、う、うぅうっ……。 千雨: 自分の感情だろ。きっちり思い出して言葉にしろ。できないはずないだろ。お前のことだぞ? 一穂(私服): ……ぅ…………。 美雪(私服): 千雨……そういう言い方したら一穂が余計に混乱するからさ。言い直して。 千雨: は? そんなに強くは言ってないぞ。 美雪(私服): 言い直して。 千雨: ……わかったよ。 千雨: あー……みんなが犬と遊んでた時に、最初に思ったことを思い出してみろ。ゆっくりでいい。 一穂(私服): えっと……。 一穂(私服): みんな、あの犬のこと可愛いって言ってたけど、私はあんまり……可愛いって、思えなくて。 千雨: ちゃんと言えたじゃないか。……つまり一番困ってんのは、そこだろ? 一穂(私服): えっ……? Part 02: 千雨: みんなが可愛いと思った犬を、一穂は可愛いと思えなかった。それが引け目になってんるんじゃないか? 千雨: つまりだ、一番変えたかったのは犬と仲良くなれない自分じゃなくて、犬を可愛いと思えなかった自分の心に対してじゃないのか? 一穂(私服): それは……そう、かも。 千雨: だとしたら、今の一穂に必要なのは犬と仲良くなる方法じゃなくて……。 千雨: みんなが好きだけど、自分は好きじゃないものとの付き合い方だろ。 一穂(私服): ……仲良くならなくて、いいのかな? 千雨: だめなのか? 水族館に行くとみんなイルカを可愛いってちやほやしてるが、私はそんなふうに思ったことがない。 千雨: けど、だったらそれはおかしなことで……みんなに合わせてイルカを好きになって、仲良くなるように努力しなくちゃいけないのか? 一穂(私服): そ、それは……。 千雨: どうなんだ? 美雪(私服): 千雨、また口調が戻ってる。……えっとね、一穂。 美雪(私服): 動物と仲良くなりたいって思ったこと自体は悪いことじゃないと思うよ。でもね……。 美雪(私服): みんなが動物が好きだから仲良くなりたいって理由だと、仲良くなるまでの道のりが辛くないかな、ってちょっと心配になるんだけど……どうかな? 一穂(私服): ……それは。うん……辛いと、思う。 菜央(私服(二部)): 好きこそものの上手なれ、って言うものね。必要だからやらなくちゃ、だとやっても身につくのは遅いって言うし。 美雪(私服): そうそう。だから千雨は一穂が無理して犬と仲良くならなくてもいいんじゃないかなって言いたいんだよ。 美雪(私服): ……言い方が乱暴な上に、遠回しだけどさ。 千雨: 言い方はともかく、これ以上ないくらいに最短距離の説明だろ? 美雪(私服): 最短距離を全速力ダッシュして、肝心の一穂を置いてけぼりにしちゃ意味がないでしょーがっ! 千雨: お前は一穂に甘すぎるんだ。前から感じてたことだがな。 美雪(私服): 千雨がスパルタ過ぎるんだって! 菜央(私服(二部)): ……子どもの教育方針で、揉めてる親みたいね。 千雨: あぁんっ?それだと、どっちが父親なんだよ?! 美雪(私服): って、突っ込むところはそこっ?! 一穂(私服): け、喧嘩しないで……! 美雪(私服): ……あー、ごめんごめん。私たちっていつもこんな感じだから、大丈夫だよ。言い合ってるように見えるかもだけど。 千雨: そうそう。これくらい喧嘩の内に入らないから安心しろ。 一穂(私服): そ、そうなんだ……? 美雪(私服): えーっと……とりあえず私の意見だけど、今すぐ動物と仲良くならなくちゃ、って焦る必要はないんじゃない? 美雪(私服): もし一穂がみんながどうとかじゃなくて、自分から仲良くなりたいって思う動物が現れたら、その時その子と仲良くなる方法を考えようよ。 美雪(私服): それにほら、一穂と仲良くなりたい動物が現れて、その子と遊んでるうちに好きになるかもしれないでしょ? 一穂(私服): ……う、うん。 千雨: おい美雪、そもそもの問題がズレてるぞ。一穂が一番避けたいのは、動物と仲良くなれないことを誰かに変だ、おかしいって批判されることだろうが。 千雨: ちなみに、菜央ちゃん。答えがわかりきった質問をして申し訳ないが、一穂が動物が苦手だとわかったところでバカにしたり、批判めいたことを言ったりしないよな? 菜央(私服(二部)): 言わない以前に、思わないわよ。 千雨: もちろん私も言わない。……だったら、この4人は問題なしだな。 美雪(私服): えっ、私は確認しなくていいの?反対意見を言うかもだよ? 千雨: お前がそんなことを言いだしたら、その時は熱でも出て頭おかしくなったんだろ。 一穂(私服): え、えっと……。 千雨: 安心しろ、一穂が動物が嫌いなことを責め立てるやつが現れたら、そいつは二度となめた口がきけないようにしてやる。 美雪(私服): おーい千雨、暴力での解決方法を一穂に植え付けるのはやめてよね。 美雪(私服): この前も絢花さんを相手にそれをやって、揉めに揉めたことを忘れたの? 千雨: あれはあれで解決したからいいだろ。一穂も絢花さんも、自分の意見を言わなさすぎなんだよ。 一穂(私服): ご、ごめんなさい……。 千雨: あ……いや、別にそれが悪いって言ってるわけじゃないんだが……。 美雪(私服): 今の一穂に、千雨の素の言い方はキツすぎるから伝え方を考えて、って言ってるんだよ。 美雪(私服): ……まぁでも。一穂が相談できるようになったってだけ、私たちのことを信用してくれるようになったんだね。 美雪(私服): それに関しては、素直に嬉しいよ。 一穂(私服): わ、私みんなのことを、信用してるよ……? 千雨: 信頼と信用は別だろ。以前のお前なら、絶対こんなことは相談しなかっただろうしな。 一穂(私服): ……そ、そうかな……? 菜央(私服(二部)): 前はそうだとしても、今は違うんでしょう?だったら、いいじゃないの。 美雪(私服): そうそう、一穂はちゃんと成長してるよ!だから焦らなくても大丈夫。 一穂(私服): ……うん。 Part 03: 一穂: でさ……あれから、ずっと考えてたんだ。 みんなを逃がして、その背中が見えなくなってから……私はひとり、空を仰ぐ。 そして、伝えたい相手に伝えられないとわかっていながらも……言わずにはいられなかった。 一穂: 私……本当に成長できてるのかな、って。 一穂: 千雨ちゃんからちゃんとしろって怒られて、美雪ちゃんや菜央ちゃんに励まされて……そんな毎日しか、過ごせてないのに。 一穂: 本当に、成長できてるのかなってずーっと……ずーっと考えてたんだ。 血の臭いが漂う風を感じながら、私は隣に佇むそれを撫でる。 柔らかいようで固くて、冷たいようで温かい。 生き物のようで、単なるモノのようで……どっちだろう。どっちでもいいかもしれない。 一穂: それでね、やっと……やっと、わかったんだ。 一穂: 私……私のことが、嫌いだったんだ。 一穂: あ……ちょっと違うかも。好きになりたい理由がなかったんだ。 一穂: 自分自身のことを、好きになる理由がなかった……千雨ちゃんがイルカを好きじゃないみたいに。 一穂: でも、今はちょっとだけね……自分のことを、好きになりたいんだ。 一穂: この世界に来て……みんなが私を、生かしてくれたから。 一穂: 迷惑をかけて、足を引っ張ってた私だけど、みんなが守ってきた価値はあったってこと……証明したい。 そう呟いてから、こちらへとやってくる『ツクヤミ』たちの姿を見据えて……私の身体に絡みつく「それ」を見上げる。 一穂: …………。 絢花さんが説明してくれたけど……絡みつく「これ」が結局何者なのか、私自身にもよくわからない。 でもきっと、これは……#p田村媛#sたむらひめ#rさまが言う、私が「捨てた」ものなのだろう。 一穂: ……。それなのに、離れないんだね。 捨ててしまったのに……私のそばから、離れない。ぴったりひっそり、寄り添ってくっついている。 きっと、どこかに行け、離れろと拒絶して懇願しても……この子は、私についてくる。どこまでも、どこまでも。 ……きっと、死ぬまで。 一穂: それなら、一緒に、戦おうか。 みんなを守って、守りきれたら……成し遂げられたら。 一穂: ちょっとだけ、自分のことを好きになれる気がするんだ。……あなたのことも。 一穂: だから、頑張ろう。 ――うん。 呼応する声は、自分の声によく似ていて。 あぁ、姿も形は違うけど……この子も私の一部なんだと実感していた。 ……顔を、戻す。 ツクヤミ: 『ギィイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!』 迫り来る『ツクヤミ』が私を殺そうとしてくる。みんなを殺そうとしてくる。 一穂: だから……ここは通さない。 隣の存在とともに、一歩を力強く蹴り出す。 一穂: 絶対に、通してたまるかぁああああ!!!! 戦おう。 戦って戦って……少しでも自分を好きになれたら。 自分が頑張りたいから頑張ったよって、千雨ちゃんに報告するんだ! 美雪ちゃんと菜央ちゃんに、見守ってくれてありがとうってお礼を言うんだ! 胸を張って、みんなの背中に追いつくんだ……! 一穂: (そしたらきっと……きっと、今まで一穂を守ってきてよかったって思ってくれる!) 一穂: (私も、自分のことがちょっとくらい好きになってもいいって思えるようになって……そして……っ……) 美雪: もしもし、千雨? ……仕事、大丈夫?そっち今何時? たぶんだけど夜中だよね? 千雨: 『気にするな。ちょうどこっちの海が荒れてて、明日の海洋調査が中止になったところだ。』 美雪: そっか……留守電を聞いて、びっくりしたよ。電話で連絡くれ、なんて珍しいね。 千雨: 『ちょっと思い出したことがあってな……一穂のことで』 美雪: ……さらにびっくりした。千雨から、その名前が出るなんてさ。 美雪: 10年間私が一穂を探すことに批判的で、いつも「やめろ」の一点張りだったのに。 千雨: 『見つかる気がしなかったからな……お前は、それでも探してたんだろ?』 美雪: ……結局千雨の言う通り、全然見つかってないけどね。それで、何を思い出したの? 千雨: 『一穂が犬と仲良くなりたいって、相談してきたことがあったよな……?』 美雪: あー……千雨が別にみんなに合わせて無理矢理仲良くなる必要はないって返したやつ? 千雨: 『あぁ……あの時は自分の意見を曲げても、いいことなんてないって思ったが』 千雨: 『今になって、あれでよかったのかと思ってな。あんな別れ方するなら、お前の言う通りもう少し優しくしてやれば……って』 美雪: …………。 千雨: 『お前ならわかると思うが、一穂のやつは気弱すぎて少し押されたら断りきれなさそうな性格だった』 千雨: 『だから、少なくとも自分の意見を主張できないと……嫌なことは嫌だって言えるようにならないと、将来が危ないと思ってたんだ』 千雨: 『まぁ……下手をすりゃ、美雪や私まで巻き添え事故で痛手を負いかねなかったからな』 美雪: また憎まれ口を叩くねー。素直に一穂が心配だったって言えばいいのに。 千雨: 『ふん……どうだろうな』 美雪: ……。ねぇ、千雨。 美雪: 確かに10年前、昭和58年の「世界」に行った時の千雨は、強引だったり強情だったりしたけど……あの頃私たちはまだ子どもで……なんの力もなかった。 美雪: 千雨のやり方は、全部正しくなかったかもしれないけど……私たちをあのわけわからない状況から守ろうとしてくれたことだけは伝わってるよ。 美雪: だから一穂は、自分が残って私たちを逃してくれたんだと思う。 千雨: 『……。一穂のことは、結局守ってやれなかった』 美雪: それは私も同じだよ。……きっと、菜央も同じことを思ってると思う。 美雪: だから、今度日本に戻った時は連絡してよ。3人で飲もう。菜央も会いたがってる。 千雨: 『わかった……なぁ、美雪』 千雨: 『お前は、諦めないのか?』 美雪: うん。千雨たちに強要するつもりはないけど……私は、ずっと探し続けると思う。 美雪: だって、会いたいからさ。 千雨: 『……そうか』 千雨: 『一穂は、ずっと誰かに認められたがってたからな。お前がそうまでして探す価値があったって知ったら、あの子も喜ぶんじゃないか』 美雪: そうだったかな?……それなら、なおのこと探し続けないとね!