Prologue: 平成元年、秋――。 寮への戻りが少し遅くなったので、私は制服姿のまま沙都子の部屋を訪れた。 梨花(高校生): 相談したいことがあるって言っていたけど……どんな用件なのかしら? タイミング的には、今度の文化祭直後に行われる全国模試に関する話が一番ありそうだが……。 前回の合格判定はお互いにすこぶる良かったので、今後の展望で彼女から泣きつかれるようなことはたぶんない……と思う。 梨花(高校生): だとしたら、志望校を変更したいとか……今さら? これも、ちょっと考えられない。私たちが数ヶ月後に受験を予定している大学は、どれも厳選に厳選を重ねたものばかりだ。 あれ以上に良い大学となると、もはや旧帝大か海外の名門校くらいで……不合格のリスクは今よりもさらに上昇する。 もし浪人することになったとしても、学費面は任せていいと入江は報告をするたびに太鼓判を押してくれたが……。 自分たちの分不相応な挑戦の尻拭いを彼にさせるというのは、さすがに甘えすぎにもほどがあるというものだろう。 梨花(高校生): ……まぁいいわ。ここであれこれと考えるより、本人に直接聞いた方が早くて確実だしね。 などと考えているうちに、部屋の前に到着した。とりあえず同室の子への最低限のマナーも含め、軽く扉にノックする。 梨花(高校生): 沙都子、来たわよー。 …………。 梨花(高校生): ……沙都子? 私よ、聞こえないのー? 返事がない。中の明かりはついているので、誰かいることは確実なのだが……。 梨花(高校生): ……失礼します。 中にいるのが沙都子ではない場合の用心として、私は改まった口調で一言添え……扉を開ける。 ……が、中に足を踏み入れた途端私はぎょっ、と目を見開きながら息をのんでしまった。 梨花(高校生): って……何よ、これ……? 足の踏み場もないほど、無数の紙くずが床のあちこちを埋め尽くすほどに転がっている。 いつもとは違う、異様な光景。もしかして部屋を間違えたかと思って、少し慌てかけたが……。 沙都子(高校生): はぁ……。 部屋の奥の机に向かっていた背中がすっかり見慣れたあの子のものだったので、ほっと胸をなで下ろした。 私が入ってきたことにも気づいていないのか、沙都子は何かに没頭している様子だ。 とりあえず、もう一度声をかけようとして……何やら気怠げな感じのため息が聞こえてきた。 沙都子(高校生): 生徒の有志を募って何かの芸をしてもらうのは、やはり付け焼き刃にしかなりませんわねぇ……。 沙都子(高校生): かといって、有名アーティストを呼べるほど予算などはありませんし……いえ、そもそも教師陣が賛成するわけがありませんのよ。 彼女はうなりながら片手で頭を押さえつつ、何かを書き込むようにペンを走らせている様子だ。 沙都子(高校生): お金があってもダメ。お金がなければもっとダメ……えぇいくたばれ、資本主義ッ! そんな叫びとともに手を止めると、紙を両手でぐしゃぐしゃと丸める。そして振り返りもせず、背後の私に向けてぽいっ、と放り投げた。 梨花(高校生): きゃっ……? 大きく放射線を描きながら、紙の玉は私の頭にぽふん、と直撃。 痛くはなくとも驚きでつい出てしまった悲鳴に、ようやく気づいたのか沙都子が首だけで振り返った。 沙都子(高校生): あら、梨花……いつの間にそこにいたんですの? 梨花(高校生): いつの間にって……ずいぶんとご挨拶ね。ノックもしたし、何度か呼びかけたのに返事もしないんだから。 沙都子(高校生): ……それは失礼しましたわ。集中していて、気づきませんでしたのよ。 はぁ、と沙都子はため息をつきながら椅子ごと身体を回してこちらへ向き直る。 同室の子の姿は、どこにも見えない。食事か入浴に出ているのか、避難したのか……もし後者だったとしたら、実に気の毒な話だ。 梨花(高校生): まったく、この床の惨状はなに……?寮母さんに見られたら、どやされても言い訳ができないわよ。 沙都子(高校生): あとでちゃんと片付けますわ……ちょっと厄介なことを頼まれてしまって、どうしたものかと悩んでいましたのよ。 梨花(高校生): 厄介なこと……? 足元に転がる紙の玉のひとつを拾い上げ、私はそれを広げてみる。そしてタイトルらしき一文を読んで、……思わず眉をひそめた。 梨花(高校生): って、何よこれは。『平成元年度聖ルチーア学園文化祭のイベント企画について』……? 沙都子(高校生): 来週の理事会に生徒会が提出する、文化祭についての企画書の草案ですわ。 梨花(高校生): 企画書って……あんた、生徒会長はもう引退したでしょう?どうして沙都子がこんなことしているのよ? そう……沙都子が生徒会長だったのは少し前までのこと。現在は受験に専念するため、後輩にその座を譲っている。 先日の選挙では大人しくも芯のある有望株を無事に新会長へと就任させて、ようやく肩の荷が下りたと2人で笑い合っていたのだけど……。 梨花(高校生): 引き継ぎだって、ちゃんと済ませたでしょう?私も手伝ったんだから、大方の進行は任せても問題はなかったと思うんだけど。 沙都子(高校生): いえ……実はその新会長があまりにもな状況に追いやられてしまったので、ちょっと手伝いを申し出たんですの。 沙都子(高校生): なんでも理事会から、「文化祭では新しい年号を記念した国際色のあるイベントを、生徒会の主導でやってもらいたい」とご要望があったそうで……。 梨花(高校生): つまり……沙都子が引退して、今度はその子が生徒会の自治権の縮小を狙う連中の標的になったってこと? 梨花(高校生): その失点を狙って、無理難題の提案か……まったく、性懲りもない。 沙都子(高校生): あら。私が会長さんから会長の座を引き継いだ時は、この程度など可愛く思えるほどの猛攻でしたわよ? 梨花(高校生): あれは、あの会長がやり過ぎたからよ……かといって、反動的に元へと戻そうとする懐古主義者たちには嫌気がさすけどね。 私たちが「会長」の肩書きで思い浮かぶ顔は、昨年卒業した前々生徒会長だ。 多くの憎悪と嫌悪をその身に受けながらも、ゆぷぃゆぷぃと謎の奇妙な笑い声をあげてほがらかに卒業し……。 外部大学へ進学していった彼女を、私は結局好きになれなかったが……学園にもたらした変革の意味と意義は、一応認めている。 ……沙都子が会長に懐いたことにはいまだにあまりいい気がしていないので、もう二度と会うのは御免だが。 沙都子(高校生): ……あらあら。 どうも前々生徒会長の話になると、つい渋い顔をしてしまう。そんな私を見て、沙都子はからかうような笑みを浮かべた。 沙都子(高校生): 梨花も変わりましたわね。入学当初はあんなに学園に馴染んでお嬢様然だったのに、そんな悪い言葉を口にするなんて。 梨花(高校生): どこかの誰かに感化されたのよ。 沙都子(高校生): 確かに、会長さんはインフル並みに感染能力の高い人でしたものねぇ。 梨花(高校生): あのね……私が感化されたのはあんたよ。あの人じゃないわ。 沙都子(高校生): だとしたら、会長さんから私を媒介にして梨花に感染した、ということですわね。 梨花(高校生): 日本脳炎の感染経路じゃないんだから……そうなると会長がブタで、沙都子が蚊になるわよ。 沙都子(高校生): たとえ話ですわ……本当に、梨花は会長さんのことが苦手ですわねぇ。 梨花(高校生): ……っ……。 図星を突かれて、思わず黙り込んでしまう。そんな私を笑ってから、沙都子は表情を改めると話を戻していった。 沙都子(高校生): 学園側が、会長さんの残した自由な気風を完全に払拭したいのは、目に見えてますわ。 沙都子(高校生): それは予想していましたから、反動的な干渉も想定した上で現生徒会長には色々とレクチャーしてきたつもりですの。 沙都子(高校生): ……でも、初お披露目の場でここまでの修羅場の対応を求めるのは、さすがに酷というものでしてよ。 梨花(高校生): 確かに……そうね。 沙都子(高校生): えぇ。ですので、今回だけは多少手を貸してあげようと思いますの。 沙都子(高校生): とはいえ、向こうの提示してきたテーマがかなり難解で……正直苦戦していましてよ。 梨花(高校生): さっき、企画書でもざっと読んだけど……新しい年号を記念した国際色のあるイベントって、具体的にはどういうものなの? 沙都子(高校生): それがないから、困っているんですのよ。言うだけ言って、あとは生徒会にお任せですわ。 梨花(高校生): ……完全に丸投げってことね。 沙都子(高校生): えぇ。おまけに、以前行ったアイドルステージやミスコンなどでは二番煎じだ、インパクトが薄い、全く新しいアイディアを出せ……。 沙都子(高校生): 新生徒会長が何を提案してもダメダメ、イヤイヤ、ヤダヤダ……。 沙都子(高校生): あれではまるで赤ん坊! 昔の私の方がまだ聞き分けのいい子でしたわよっっ?! 梨花(高校生): (そうだったかしら……?) 心の叫びはさておき、沙都子が介入した経緯だけは理解できた。 何を提案してもダメダメでは、どれだけやる気に満ちあふれていようと新会長の心が先に折れかねない。 その状況を見かねた沙都子が、間に入ったということだろう……。 梨花(高校生): それで、どうするの? 沙都子(高校生): 情けない話ですけど……現状の私でもお手上げというのが正直なところですわ。 沙都子(高校生): 会長さんに手紙で助けを求めようかとも思いましたが……さすがに時間が足りませんし。 梨花(高校生): まだ、あの人との文通続けているの?会長に頼るのも、あまりいい策だとは思えないけど。 梨花(高校生): バレた時にきっと、うるさく言われるわよ。2年前の先輩の力をまだ借りるなんて、とかなんとか難癖をつけられて……。 沙都子(高校生): では、梨花によいアイディアがありまして?あなたに相談というのは、そういうことですのよ。 梨花(高校生): うっ……。 当然の問いかけとはわかっていても、いざ尋ねられてしまえば言葉に詰まってしまう。 梨花(高校生): 突然そんなことを言われても、何も思いつかないわよ。私は魅音や圭一、あの子たちじゃないんだから……うん? 沙都子(高校生): どうしましたの? 梨花(高校生): ……。文化祭って、10月よね? 沙都子(高校生): え、えぇ……。 戸惑いながらも頷く沙都子を見ながら、頭の中に浮かんだおぼろげな光景が鮮明になっていく。 #p雛見沢#sひなみざわ#rで魅音たちと一緒に行った、奇妙なイベント。 梨花(高校生): 新時代っぽくて、国際色のある……か。だったら、「あれ」がいけるんじゃない? Part 01: 昭和58年、秋――。 レナ(私服): はい、お茶……熱くないかな、かな? 一穂(私服): ううん、ちょうどいいよ。いただきます……。 土曜日の、学校終わりの昼下がり。のんびりとした空気によく合う、淹れ立ての緑茶がとてもいい香りだ。 でも……部屋の中に揃った面々の間では、ちょっと緊張した空気が漂っていた。 梨花(私服): ありがとうなのですよ、みー。 美雪(私服): にしても……魅音の家なのに、レナは自分の家みたいに慣れてるよね? レナ(私服): 魅ぃちゃん家にはよく遊びに来ているから……はい、これは羽入ちゃんの分だよ。 羽入(私服): あぅあぅ、ありがとうなのです。……相変わらず、レナの淹れるお茶はとても美味しいのですよ。 一穂(私服): うん……本当だねぇ。 沙都子(私服): で……肝心の魅音さんと詩音さんはどちらに? 美雪(私服): 沙都子たちが来る前に電話がかかってきて、そっちに行っちゃったよ。 ずっ、と片手でお茶を飲んでから……美雪ちゃんが軽くため息をついてみせた。 美雪(私服): 魅音が電話で呼び出してきたってことは……また何か困ったことが起きたんだろうね。 菜央(私服): それは言いっこなしよ。普段から魅音さんたちには色々とお世話になってるんだから。 菜央(私服): この前もお野菜とかたくさんもらっちゃったし、遊びにも連れ出してくれて……。 菜央(私服): たまの無理難題くらいは笑って聞いてあげないと……でしょ? 一穂(私服): (たまには……だったかな?いつもだったような気が……) 疑問に思ったことを口にするよりも早く、美雪ちゃんが手にした湯飲みをテーブルに置く。 そしてやれやれ、と肩をすくめながら菜央ちゃんの顔をのぞき込むようにしていった。 美雪(私服): 菜央ってさ……この#p雛見沢#sひなみざわ#rに来てから、なんかすごく成長してない? 美雪(私服): 私よりもずっと大人っぽいと言うか……態度が落ち着きすぎてるように感じるんだけど。 菜央(私服): ……つまりあたしが、同年代の子どもよりも老けて見えるってことかしら? 美雪(私服): いやぁ、そんなことないよ。今のは悪口じゃなくて褒め言葉だって。 一穂(私服): (そんな感じの言い方だったかな……?) 褒めているというよりも、心配しているような……不安げな口ぶりに聞こえたのは、私の気のせいではないと思う。 羽入(私服): ……美雪。その肩書きは菜央ではなく、むしろ他の誰かさんにこそふさわしい肩書きなのですよ! 羽入(私服): 大人びた? 老けた?そんなレベルではないのです!僕の知っている誰かさんは、もっと……! 梨花(私服): みー……今日の夕食はキムチどっちゃり、トウガラシマシマシのキムチ鍋で決定なのです。 羽入(私服): ひぃっ?!ぼ、僕は梨花がどこかの誰かさんだなんて言葉になんかしていないのですよー?! 美雪(私服): どう思う、沙都子。 沙都子(私服): 梨花が子どもっぽくないのは今さらですわ。 ずっ、とお茶を飲む沙都子ちゃん。こっちはこっちで、違う意味で大人っぽく見える。 レナ(私服): はぅ……でも、美雪ちゃんの気持ちもちょっとわかるよ。無理していないかなって、ちょっと心配になっちゃうよね。 美雪(私服): そうそう。子どもなんてすーぐ大人になるんだからさ。 美雪(私服): 菜央はまだ子どもなんだから、そんなに早く大人っぽくならなくてもいいのにってね。 菜央(私服): ……そうね。あんたがもっとしっかりしてたら、あたしは子どものままでいられたかもね? 美雪(私服): ぐあーっ! 致命傷ーっ!! 一穂(私服): み、美雪ちゃーんっ!! 美雪(私服): それ言ったらおしまいじゃないかよぅ!いや、確かにそうだけどさぁ!悪かったね子どもっぽくてさ、ふんっっ! 菜央(私服): だったら床でジタバタ暴れるのやめなさい。ほこりが舞うし、駄々っ子みたいよ。 一穂(私服): だ、大丈夫だよ美雪ちゃん!美雪ちゃんは頼りになるからっ! 沙都子(私服): ……そこは嘘でも大人っぽい、とか言う場面ではありませんの? 一穂(私服): ……あっ?! 美雪(私服): うわーん! 一穂にもコイツガキだなーって思われてるーっ!! 一穂(私服): ご、ごめんなさい……? 菜央(私服): はぁ……あたしは自分が子どもっぽいとか大人っぽいとか、別に気にしてないわよ。 菜央(私服): あたしは、自分がやりたいことをやりたいようにやってるだけ。 菜央(私服): だからあたしは大丈夫よ、レナちゃん。……それに、大人っぽいっていいことじゃない。 美雪(私服): …………。 レナ(私服): …………。 菜央ちゃんはそう言い切ったけど、美雪ちゃんはもちろん、レナさんも微妙に納得した顔をしていないように見える。 確かに菜央ちゃんは、自分がやりたいようにやっているのも事実だろう。 でも、その部分に美雪ちゃんとレナさんが危うさを感じているのもまた事実で……。 一穂(私服): (わ、私はどうすれば……?!) 羽入(私服): あぅあぅ。菜央も美雪も一穂もまだまだ子どもなのですよ。 沙都子(私服): ……羽入さんがそれを言いますの? そんな沙都子ちゃんのツッコミと同時に、閉じられていた襖が音を立てて開かれた。 詩音(私服): ――戦争です。 美雪(私服): おぅ、物騒。 レナ(私服): せ、戦争っ? 驚く私たちをよそに、魅音さんと詩音さんは床へと腰を下ろす。 戸惑う私たちをぐるりと見渡す魅音さんの瞳は冷たく凍え……反対に詩音さんは怒りに燃えていた。 詩音(私服): 前に話したかと思いますが……穀倉でエンジェルモートと張り合っていたライバル店のこと、覚えていますか? 沙都子(私服): そんなことを仰っていましたわね……で? 詩音(私服): どうやらあのライバル店、本店と支店を丸っと外資系企業に買収されたみたいでして。来月から経営方針が一新されるとのことです。 一穂(私服): ……つまり、エンジェルモートとの競争に負けて他の企業に買われちゃったってこと? 菜央(私服): そうとは言い切れないわ。国内と違って外資系の企業は、成長度や安定性を判断材料としてM&Aをかけることが結構あるもの。 菜央(私服): 2つ以上の他社を内部に取り込むことで規模を拡大し、グループ全体の収益性をさらに向上させたりとかね。 美雪(私服): ……そういう発言が年不相応というか、どう考えても小学生の発言とは思えないんだけど。 菜央(私服): 新聞の受け売りよ。あんたも新聞を掃除とたき火に使うだけじゃなくて、中身を読みなさい。 一穂(私服): あ、あははは……。 一穂(私服): (えむあんどえーって、なんだろう……?) 魅音(私服): えむあんどえー……は、よくわからないけど。よくある閉店! 倒産! じゃなさそうだよ。 詩音(私服): 菜央さんの言う通りです。事実あのお店はいまだに潰れていませんし、経営する上層部が変わるだけのようです。 レナ(私服): はぅ……外資の人たちは大金を出してそのお店を買い取っても利益が出るって思ったのかな? かな? 詩音(私服): おそらく。穀倉周辺のエリアは発展性があると判断したんでしょうね。 詩音(私服): そしてバックが外資系となると、とんでもない規模の資本がつぎ込まれるかもしれない……いえ、この状況だとほぼ確実にそうなるでしょう。 詩音(私服): そんな相手とまともにぶつかっても、こちらの劣勢は目に見えています。 沙都子(私服): 戦争として考えるなら、敵は勝てると思ったからこちらに攻撃を仕掛けてきたということですのね。……その辺り、どうなんですの? 魅音(私服): ……正直言って、かなり厳しいね。 魅音(私服): 大火傷をする前に首都圏と穀倉の店は閉じたほうがいいんじゃないか、ってのが園崎家の大半の意見だよ。 レナ(私服): エンジェルモートを経営している人に出資を頼まれたけど、園崎家はそれに応えるのに後ろ向き……ってこと? 魅音(私服): ……さすがレナ、鋭いね。 魅音(私服): このままだと大資本でジリ貧になるのは目に見えているし、何か手を打たなくちゃいけない。 魅音(私服): けど、そのための増資を銀行に頼むには難しいみたいでね。まず向こうの出方を見る、って手もあるにはあるけど。 沙都子(私服): ……様子見は、あまりいい手とは思えませんわね。それだけの相手であれば準備が整い次第、全力で仕掛けてきてもおかしくありませんのよ? 沙都子(私服): それに、一度撤退して敵に明け渡した陣地を取り戻すのは……かなり困難なことですわ。 沙都子(私服): 敵より自軍の戦力が劣っているなら、なおさら。退くのは負けを認めるのと同意義ではありませんの? 羽入(私服): かと言って、防衛戦を敷くにしても守り切るための作戦が現状ない……。 レナ(私服): 打つ手がないから、銀行からお金が借りられない。 美雪(私服): 金額も安くないだろうし、戻ってくる目処がないといくら身内でもお金を貸しにくいよねー。 梨花(私服): みー……魅ぃはどうしたらいいと思うのですか? 魅音(私服): うーん……私も正直、どうしたものかと考えあぐねているってのが本音だね。 魅音(私服): 閉店を視野にいれてると言っても各店の料理やサービスに関しては申し分ない上、一定の評価も貰っている。固定ファンもいるしね。 詩音(私服): それ以前に、何もせず撤退なんて悔しいじゃないですか。 詩音(私服): せめて、ここまでやってダメなら諦めもつく……って状況まではあがきたいです。 詩音(私服): というわけで、それぞれ作戦を出し合うことになったので、みなさんのお考えも提供してもらえないかと思って……。 詩音(私服): こうしてお集まりいただいた次第です。 梨花(私服): ……みー。エンジェルモートのお店を盛り上げるための作戦を考えて欲しいことはわかったのです。 梨花(私服): ですが、さすがにすぐに打開策は思いつかないのですよ。 魅音(私服): もちろん、それはわかっている。だから、ちょっと時間かけて考えてみてよ。 沙都子(私服): 具体的にはどれくらいですの? 魅音(私服): ……明日くらいまで? 美雪(私服): おぅ、超近々。 一穂(私服): 本当に時間がないんだね……。 とはいえ、魅音さんと詩音さんが困っているなら力になりたい。 レナ(私服): このままだと落ち着いて部活もできないよね……うん、わかった。レナも何か、考えてみるね。 魅音(私服): 助かる! ありがと~! 詩音(私服): この戦争、必ず勝ち抜きましょうね。 美雪(私服): ……。前から思ってたけど、魅音と詩音って詩音の方が血の気が多い? 梨花(私服): みー……時と場合によるのですよ。 Part 02: ――翌朝。 一穂(私服): ふぁ、おはよう菜央ちゃん……あれっ? 起き抜けの眠い目をこすりながら台所をのぞきこむと、そこにいたのは美雪ちゃんだった。 一穂(私服): ……今日の朝食当番って、菜央ちゃんじゃなかった? 美雪(私服): んー、なんかまだ眠そうだったからもう少し寝かせてあげたほうがいいかな、って。 美雪(私服): 幸い今日は日曜日だし、急いで起きる必要はない……っと。 ひょい、と美雪ちゃんが手首をスナップさせるとフライパンの中にふんわりとした卵焼きが裏返る。 相変わらず、見事な手さばきだ。……けど、今は彼女の器用さに感心するより菜央ちゃんの様子が気にかかっていた。 一穂(私服): やっぱり菜央ちゃん、昨日の夜遅くまで起きてたの……? 美雪(私服): みたいだね。夜中、気づいたらどこにもいなくて探したら……2階の空き部屋で寝てるのを見つけて、毛布をかけといたよ。 一穂(私服): えっ……2階に上がってたの……? 美雪(私服): 私を起こさないよう、上に行って色々と作業してるうちにうたた寝をしちゃったんだろうねぇ。 一穂(私服): それって……昨日魅音さんたちに頼まれた、新しいイベントのアイディアの話? 美雪(私服): うん。あの子の周りに走り書きのメモとか、昨日の帰りに図書館で一緒に借りた本とかが散らばってたよ。 美雪(私服): ……でも、内容を見る限りだとどうにも煮詰まってるみたいでね。 一穂(私服): 菜央ちゃんも……いい案が浮かばないのかな? 美雪(私服): 昨日今日じゃ、さすがにねー……一穂はどう? 一穂(私服): ごめんなさい……。 美雪(私服): 謝ることはないって。私も思いつかないしさ。 美雪(私服): まぁ、大人が雁首揃えて考えても打開策が出てこないくらいなんだから、無理もないって……っと。 まな板に移動させた熱々の卵焼きを包丁で切りながら、美雪ちゃんは後ろに立つ私に背中越しに話を続けていった。 美雪(私服): この前、みんなでエンジェルモートに行った時……ご飯を食べながら楽しそうにしてる菜央を見て、レナがぽろっと言ったこと……覚えてる? 一穂(私服): えっ……? 美雪(私服): レナって、あんまり外食とかしないけど……エンジェルモートで食べるのは好きだ、って。 一穂(私服): ……そうなんだ。 曖昧に答えながら、私はいつの話だったかと思案に暮れる。 思い出そうとするけれど……出てこない。そんな私の様子に気づいてか気づかなかったのか、美雪ちゃんは苦笑しながら言葉を繋いでいった。 美雪(私服): 菜央はちゃんと覚えてたんだろうねー。だからあの子は、あぁも必死になってるんだと思うよ。レナが好きなものは、菜央にとってもきっと……。 美雪(私服): ……あ、卵焼きのカット数間違えた。一穂、あーん。 一穂(私服): えっ? あ、あーん……もぐっ。 慌てて開けた口に、卵焼きの切れ端が放り込まれる……ちょっと甘めで美味しい。 美雪(私服): きっと菜央は、エンジェルモートが一部でも撤退したら、その外資系に攻勢をかけられて……。 美雪(私服): 近いうちに、#p興宮#sおきのみや#rの店まで潰されると考えたんじゃないかな……ってさ。 一穂(私服): もぐ……それは、もご……さすがに……。 美雪(私服): 私も、急にそこまでの事態にはならないと思う。……けど菜央って、性格的に深く考え込んだら行き着くところまで行っちゃうタイプだからね。 美雪(私服): だから、レナが好きって言ったお店を守りたいって頑張ろうとしてるんだろうけど……今のままだと先に身体を壊しそうだよ。 一穂(私服): ……っ……。 ごく、と卵焼きを飲み込むと同時に頷く。……レナさんの大事な場所を守りたいという、菜央ちゃんの優しい気持ちはわかる。 一穂(私服): (私だって、レナさんが大好きだもん。でも……) 一穂(私服): レナさんはそんなこと……望まないよね? 美雪(私服): うん、間違いなくそうだろうね。だから、手遅れになる前に対策を……ん? と、その時。玄関から聞こえてきたチャイムに美雪ちゃんが料理の手を止める。 そして反射的に、「はーい」と応えながら手を拭こうとしたけど……それを見た私は、慌てて我に返って彼女を引き留めた。 一穂(私服): 私が出てくるよ。美雪ちゃんはそのまま、料理を続けて。 美雪(私服): そう? 悪いね、よろしく。 誰だろう、と思いながら私は玄関の扉を開く。そして、晴れた秋空を背に立っていたのは……。 美雪(私服): 一穂ー、誰が来……あ。 手を拭きながら台所から戻ってきた美雪ちゃんを迎えたのは、私と来訪者……レナさんと魅音さんたちだった。 魅音(私服): 菜央ちゃんって、まだ寝ている……? 美雪(私服): うん。昨日夜遅くまで起きてたみたいだから……今は2階でぐっすりだよ。 起こさないように美雪ちゃんが声を潜めて説明すると、そっか、と魅音さんは申し訳なさげに口を開いた。 魅音(私服): レナから聞いたよ。菜央ちゃん、私たちが頼んだ打開策を考えるって昨日図書館に直行して、ずっと頑張っていたって。 詩音(私服): ……私とお姉もあれから、自分たちなりにあれこれ考えてみたんですよ。 詩音(私服): 正直……向こうの店の情報を知れば知るほど不利を通り越して相手にならないな、という感想しか出てこなくって。 詩音(私服): 事前の客寄せとしてばらまく宣伝の量も、段違い。まさにザ・大国の力ってのを見せつけられている感じでしてね……悔しいですが。 レナ(私服): はぅ……だからね。菜央ちゃんたちには、毎回とっても面白いアイディアを見せてもらっていたけど……。 レナ(私服): だからといって、エンジェルモートの進退までも背負わせてしまうのは、違うと思うんだよ。 レナ(私服): それでも……昨日の図書館の菜央ちゃんはなんとかしなきゃって、すごく自分自身を追い詰めすぎている感じがして……。 そう言ってレナさんは、自分の両手をぎゅっと握る。そして俯いていた顔をあげてまっすぐにこちらを見て続けた。 レナ(私服): それでレナが、魅ぃちゃんと詩ぃちゃんに相談してね……。菜央ちゃんにもういいよ、って言ってもらおうと思ったんだ。 美雪(私服): んー……それは、逆に私たちとしてもありがたいね。菜央のあの感じから考えると、自分から降参、とは絶対に言ったりしないと思うからさ。 魅音(私服): ごめん……本当、申し訳ない!私たちもテンパっていて、無茶すぎる頼みをみんなにしちゃってさ。 魅音(私服): 正直に言うとそこまで思い詰めるほど、真剣に考えてくれるとは思っていなかったんだよ。……菜央ちゃんにも、ちゃんと謝らないと。 魅音(私服): ……っていうか、詩音が戦争とか言うから!あんたの言い方が大げさすぎるんだよ! 詩音(私服): お姉だって、これは侵略だーとか戻る途中で言っていたじゃないですか! レナ(私服): はぅ……2人とも、ケンカしちゃ駄目だよ。菜央ちゃんは、まだ寝ているんだから。 魅音(私服): っ……ごめん。 詩音(私服): すみません、つい……。 一穂(私服): (すごい、猛獣使いみたい……) 場違いな感動を覚えていると、魅音さんと詩音さんは気まずそうに俯く。2人とも、相当責任を感じているようだ。 美雪(私服): んー……まいったね、どうも。本来なら、私の方から2人に安請け合いしたことを謝らなきゃって思ってたのにさ。 美雪(私服): あの時は大人びてると言ったけど、菜央はまだ子どもなんだから……あの子が素直に受け止めすぎることを考慮しておくべきだったよ。 気まずいのは美雪ちゃんも私も同じだ。今回も菜央ちゃんに頼りっきりで……自分たちは積極的に動こうとしなかった。 かと言って、彼女になり代わって現状を打破できるアイデアが出るかと言われても……それは……。 一穂(私服): (たぶん……無理だ) 無理をしても、どうにもならない。それは事実だし、動かしようがない。 でも菜央ちゃんは、諦めたくなくて……受け入れることができないでいる。 一穂(私服): (でも、そんなの……レナさんも私たちも、望んでない) だから、菜央ちゃんが起きてきたらみんなで説き伏せて……止めるしかない。 そんな朝に似つかわしくない重苦しい空気の中、「あぁそうだ」と呟きながら詩音さんがふと何かを思いついたのか、私たちに顔を向けていった。 詩音(私服): ちなみに一穂さん、美雪さん。お二人は『ハロウィン』ってのをご存じですか? 美雪(私服): ハロウィン……? Part 03: ちょっと意外な質問に戸惑いを覚えながら、私は美雪ちゃんに振り向いていった。 一穂(私服): 美雪ちゃん……ハロウィンだったら、何度か魅音さんたちともイベントでやったことがあった……よね? だと言うのに、なぜ詩音さんは私たちがハロウィンを知らないような口ぶりで話を振ってきたのだろう……? 美雪(私服): へっ……? でも、美雪ちゃんは驚いたように目を丸くしてから、いやいやと顔の前で両手を振りながら返していった。 美雪(私服): 一穂……まだ、寝ぼけてる?私たちが#p雛見沢#sひなみざわ#rに来たのは今年の6月で、まだ半年も経ってないんだよ。 美雪(私服): ようやく10月を迎えたばかりだってのに、ハロウィンで何かしたわけないじゃんか。しかも何度も……なんて、ありえないよ。 一穂(私服): あ……そ、そうだね……。私の勘違いみたい……ごめんなさい。 慌てて両手を振って恥ずかしさに肩をすくめる。と、そんな様子を見たのかレナさんが笑顔を浮かべながら、私に優しく声をかけてくれた。 レナ(私服): あははは……一穂ちゃんは美雪ちゃんたちとずーっと一緒にいるから、きっと過去に見た記憶が混ざっちゃったんじゃないかな、かな? 美雪(私服): あー、あるある。私にも経験があるよ。クラスが違う子なのに、何年か前の体育祭、大盛り上がりだったよねーって話を振ってさ。 美雪(私服): いやあの時、クラス違ってたから! って冷静に指摘されてハズカシー! なんてさ。 魅音(私服): 都会は子どもが多いから、きっとそういうことが起きるんだろうねぇ。 責める気配が微塵もない、穏やかなやり取り。……だけど、私は顔をあげられない。 一穂(私服): (……そうだったっけ?) 何度もみんなでハロウィンを楽しんだ記憶が、私の中にはある……のに。 この雛見沢で美雪ちゃんや菜央ちゃんと一緒に、いろんなことをして、そして……あれっ? 一穂(私服): (どんなことを、したんだっけ……?) 思い出そうとしても、浮かんだもやは形にならず……何も映してくれない。 美雪ちゃんの言う通り、雛見沢に来たばかりの私たちがハロウィンを楽しんだ経験があるとはとても思えない……のだけど……。 詩音(私服): あー……話がちょっと脱線しましたね。で、お二人ともハロウィンをご存知ですか? 詩音(私服): アメリカとか海外では、結構ポピュラーなお祭りというか……行事らしいんですが。 一穂(私服): う、うん……。 美雪(私服): 一応ね。けど、それがどうしたの? 詩音(私服): あ、いえ。実はこれ、裏から掴んだ情報なんですが……。 詩音(私服): リニューアルが10月ということもあって例の店は、どうやらハロウィンをテーマにして記念イベントを行うそうなんですよ。 魅音(私服): まぁハロウィンって言われても、私たちには馴染みどころか知見が全くないものだからさ。 魅音(私服): 何をやるのかも、まぁ見当がつかないし……だけど一般の人たちって、話題になりそうな目新しいものが好きでしょ? 魅音(私服): となると、注目をさらわれるのは確実。だとしたらこっちも、目新しいものを出さなきゃ勝負にならないんだけど……。 魅音(私服): ハロウィンに代わるものって、何も思いつかないんだよねー。だから……。 菜央:私服: ――それよッ!! 突然叫び声が上がり、ドドドドッと地響きのような足音とともに階段の方から飛んで来たのは……! 一穂(私服): な、菜央ちゃん……?!どうしたの、2階で寝てたはずじゃ……? 菜央(私服): ごめんなさい……とっくに起きて階段で話を聞いてたんだけど、入るタイミングが見つからなくて……。 菜央(私服): でも……それならいける!勝機が見えそうよ! レナ(私服): それって……どれのことかな、かな? 菜央(私服): ハロウィンよ!なんで10月なのに、あたしはそのことを忘れちゃってたのかしら……!! 魅音(私服): い、いけるって……菜央ちゃんも、ハロウィンがどんなイベントか知ってるの? 菜央(私服): もちろんよ! ついでに日本人向けには、どうアレンジしたらいいのかもね! 菜央(私服): これからきっといい勝負になる……いえ、例の店に勝つことだって可能だわ! 興奮したように、鼻息荒く宣言する菜央ちゃん。するとその目の前で、レナさんは膝をつきながら目線を合わせていった。 レナ(私服): はぅ……無理はしないで、菜央ちゃん。あなたがすごく頑張ってくれているのは、レナたちもよくわかっているんだから。 菜央(私服): ……ありがとう、レナちゃん。でも、無理なんかしてないわ。 菜央(私服): そして、大風呂敷なんかも広げてない。 レナさんを見返す菜央ちゃんの瞳に浮かぶ、昨日までにはなかった自信満々の……光。 それを見ていると、ダメだとは理解しつつも彼女にまた期待してしまう思いを止められなかった。 菜央(私服): あたしたちがとるべき手段は、相手と同じテーマをぶつけて最大限でメリットをかすめ取る……。 菜央(私服): つまり、『バンドワゴン効果』よ! 一穂(私服): バンドワゴン……って、何? 詩音(私服): 英語で『先頭車両』って意味ですよ。 魅音(私服): あんた英語、できたの……?! 詩音(私服): いや、別に普通ですよ。逆になんで、これくらいのことを知らないんですか? 詩音(私服): 日本語のことわざで近いものだと、『勝ち馬に乗る』とも言いますが……なるほど。 詩音(私服): 相手の広報宣伝能力を逆手に取って便乗し、こちらの集客に繋げようって作戦ですか。 それだけで菜央ちゃんの意図がわかったのか、詩音さんはにやり、と不敵な笑顔を浮かべた。 レナ(私服): はぅ……つまり、どういうことかな……かな? 詩音(私服): 要するにですね……ハロウィンをテーマにこちらも同じような宣伝告知をするわけです。 詩音(私服): さらに、それを踏まえた上で料理やイベント内容を日本人向けにアレンジする。 詩音(私服): うちは向こうより規模が小さいですが、その分大きな会社と違ってフットワークが軽いので、先んじた行動を取れる……。 詩音(私服): さらに彼らの流した宣伝も、こちらの宣伝に繋がる。なんせ同じハロウィンを扱っているわけですからね。 魅音(私服): なるほど……さらに言うと、クオリティ面でこっちが上回ることができれば、エンジェルモートの評判も便乗して上がる……。 魅音(私服): 私たちサイドが一日でも早くハロウィンイベントの発表をしてしまえば、後から発表したライバル店は二番煎じ! 目新しさはこちらに来るってわけか! 魅音(私服): うん、いけるよこれ!打開策どころか、大逆転さえ狙える妙案だ!! 美雪(私服): ……もはや、なんで菜央が『バンドワゴン効果』なんて知ってるの?って疑問は持っちゃいけないって感じだね。 一穂(私服): えぇと……でも、大丈夫かな?ハロウィンでいくって決めたのは向こうが先だよね? レナ(私服): ……でも、まだ誰も知らないイベントは最初から存在していないのと同じだよ。 美雪(私服): まぁ、ハロウィンは元々誰のものでもない……いわゆるお盆とかお正月とかの風習だからね。 美雪(私服): それに、人間の思考は単純だからね。最初に見たものの印象を強く持って、イコールそのものだと「刷り込まれる」。 レナ(私服): はぅ……親鳥の「刷り込み効果」だね。 魅音(私服): そもそも真っ向勝負で勝ち目がないなら、こっちは絡め手でいかせてもらわないとさ。 詩音(私服): えぇ……誰にケンカを売ったか、目にものを見せてあげましょう。 詩音(私服): さて、忙しくなりますよ。善は急げ、早速沙都子たちにも連絡して……。 詩音(私服): そうだ、圭ちゃんにも協力してもらいましょう! 菜央(私服): 衣装も大事よ。早急に作らないと! さきほどまでの沈痛な空気が嘘のように、にぎやかさを増す部屋の中……。 レナさんと美雪ちゃんが、安堵したように視線を合わせるのが見えた。 レナ(私服): ……肝心なのは、これからだね。 美雪(私服): うん。全員がハロウィンでぶっ倒れて本物のお化けの仲間入りしないように気をつけないとね。 Part 04: キッチンスタッフA: 未完成のデザート、あと何品?! キッチンスタッフB: あと3品!トッピング用飾りチョコの硬化待ちです! 戦争状態のキッチンからの喧噪と、走り回るウエイトレスさんたちの足音。 そんな騒がしさとハロウィン仕様に飾られた店内の一角で、私たち部活メンバーは円陣を組んでいた。 魅音(司書): みんな……今日を迎えるにあたって、本当によく頑張ってくれた! 魅音(司書): だけど、これからしばらくの間はもっと頑張ってもらうことになる! 魅音(司書): それを思うと、本当に心苦しい……でも!みんなに対する感謝と誠意は言葉だけでなく、報酬としてしっかりと還元していくから! 魅音(司書): そして、ここに約束するよ……私たちは、必ず勝利するんだとッ!!! みんな: おおおぉおぉぉっっ!! リーダーの鼓舞に、場が沸き立つ。全員が、ハロウィンやそれに近しい衣装などに身を包み……戦う準備は万端だった。 魅音(司書): 特にレナ、菜央ちゃん!衣装ばかりか、このイベントのために味と見栄え、両面で最高の料理とデザートを考えてくれた! 魅音(司書): 詩音は数日後に控えた穀倉店で、対敵主力と戦う指揮を執るから今日ここにはいないけど……あの子が太鼓判を押していたよ! 魅音(司書): 「これなら勝てる……いや、絶対に勝ってみせる!」ってね! 沙都子(司書): をーっほっほっほっ!ハロウィンなるイベントがどんなものなのか、私たちはよくわかりませんけど……。 沙都子(司書): この衣装と料理の数々を見るだけでわくわく感が止まりませんのよ~! 沙都子(司書): ただ、私! カボチャ料理だけは!断固! お断りですので! 沙都子(司書): はぁ……この場に詩音さんがいなかったこと、本っっ当に助かりましたわ~。 梨花(小悪魔): 安心してくださいなのです、沙都子。詩ぃからちゃんと食べさせるように言われているのです。みー☆ 沙都子(司書): な、なんですって……?! 羽入(小悪魔): あぅあぅ……! 窓の外を見てくださいなのです!お店の前、ものすごい行列になっているのですよ! 羽入(小悪魔): 僕たちは今、まさに歴史が生まれる瞬間に立ち会っている実感があるのですよ~! 梨花(小悪魔): みー……こんなにお客さんが集まってくれたのは、記憶している限りでも初めてだと思うのですよ。 沙都子(司書): あの……カボチャを食べさせるという依頼は冗談ですわよね? ねぇ梨花?お願いですから、嘘だと言って下さいまし……! 沙都子ちゃんが梨花ちゃんの肩を掴んで、ガクガクと揺らしている。その横では菜央ちゃんとレナさんが、笑顔を交わしていた。 レナ(ハロウィン): 頑張ろうね、菜央ちゃん!……あ、でも疲れた時はいつでも言ってね? 菜央(海賊): ありがとう。でも、レナちゃんが一緒ならあたし、どこまでも頑張ってみせるわ! 圭一(ハロウィン): 無理すんなよ、菜央ちゃん。力仕事なら任せてくれ! 圭一(ハロウィン): その他雑用でも何でも、この俺が全力でサポートしてやるぜぇぇ! レナ(ハロウィン): ありがとう、圭一くん。一緒に頑張ろうねっ!! 美雪(ハロウィン): ふふ……よかった。 レナさんと前原くんに挟まれた菜央ちゃんを見て、美雪ちゃんがうんうんと嬉しそうに頷いている。……隣の私も同じく、温かな思いをかみしめていた。 美雪(ハロウィン): 私と一穂は、外で客の呼び込み……はもう必要なさそうだから、列整理がメインだね。 美雪(ハロウィン): んじゃ、外で待ってる人たちにも退屈させないようにうまくやってくるよ。 一穂(悪魔): 『トリック・オア・トリート』で、お菓子を配る……んだよね? 一穂(悪魔): あとは仮装した下級生の子たちと一緒に、路上パフォーマンス……できるかな……? 魅音(司書): あっはっはっはっ、大丈夫だよ!この日のために、みんなで練習したんだからさ。 一穂(悪魔): う、うん。私、頑張るねっ! 励まし合い、気合いを入れ合う。 短い時間での準備は確かに大変だった……けど、それ以上に手応えを感じているのが大きい。 幸い、誰一人として今日に至るまで倒れなかった。無理も無茶も多少はあったし、万全とは言いがたい。 それでも、全員揃って本番を迎えられた。だとしたら、あとはもう……戦うだけだ。 魅音(司書): みんな! こいつは侵略戦争だ!この#p興宮#sおきのみや#rだけなら、なんて気弱なこと言っていたら根こそぎこっちの陣地をかっ攫われるよ!! 魅音(司書): 皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ!!……というわけでみんな、よろしく!! みんな: おおおおぉっぉぉおおおおっっ!! Epilogue: 平成元年、秋――。 梨花(高校生): お疲れ様、沙都子。 沙都子(高校生): お疲れ様ですわ、梨花。 夜も更けた部屋でかちん、とグラスをぶつけると濃い紫の液体……ブドウのジュースが揺らいで見える。 もちろん、お酒じゃない。でも、ただのブドウのジュースでもない。 最高級のワインにも用いられる特別なブドウを使用した、まさに特別な「祝杯」だった。 沙都子は一息に飲み干して、表情を緩ませる。……それを見る私も、同様に満ち足りた気分だ。 沙都子(高校生): あぁ~……疲れた身体に甘さが染みますわ。 梨花(高校生): そうね。突貫の準備で大変だったけど、無事に乗り切ることができたと思うと……おいしさも倍増ね。 沙都子(高校生): 梨花にもずいぶん手伝ってもらいましたわね。やはりあなたにお声がけをして、正解でしたわ。 梨花(高校生): くす……沙都子ってば、最初は自分だけでどうにかしようとして、袋小路に陥りかけていたんでしょう? 梨花(高校生): だったら、もっと早くに相談してくれたらよかったのに……水くさいわよ、今さら。 沙都子(高校生): ……今日の梨花は、意地が悪いですわね。会長さんが隠していた秘蔵のジュース、もうわけてあげませんのよ? 梨花(高校生): え……これって、あの会長の私物……? 甘いジュースが口の中で一気に渋くなった気がして、顔をしかめる。 梨花(高校生): ……それ、先に言って欲しかったわ。なんか飲む気が失せちゃった。 沙都子(高校生): そんな顔をすると思ったから黙っていてあげましたのに……ですが、ジュースはジュース。この飲み物そのものに罪はありませんのよ? 沙都子はくす、と意地悪そうに笑いながらグラスにおかわりを注ぐ。 そして、さっきまでの一気飲みが嘘のようにゆったりとした仕草でジュースを口に運んだ。 沙都子(高校生): 今回の文化祭は仮装に装飾、そしてお菓子……目新しさに加えて欧米の文化を知らしめる素晴らしいイベントだったと。 沙都子(高校生): 新会長は学園の理事長から、お褒めの言葉をいただいたそうですわ。 梨花(高校生): ……ハロウィンは悪魔崇拝のイベントだ、って最初に大反対していたのを忘れたのかしら? 沙都子(高校生): をーっほっほっほっ!この学園のお偉方が都合のいい頭をしているのは、今に始まったことではありませんわ。 沙都子(高校生): ただ、そんなイベントではないと胸を張って否定できたのは……梨花のおかげ。 沙都子(高校生): あなたがまとめて提案してくれた『ハロウィン』についての書類が効力を発揮してくれたんですのよ。 梨花(高校生): くす……私はただ、以前の記憶を思い出しただけよ。 梨花(高校生): でも、あの時イベントの趣旨を理解するために、って勉強したことが今になって役立つとは思わなかったわ。 沙都子(高校生): まったく、何事も経験ですわね。 梨花(高校生): それにしても……一番の立役者のあなたが評価の対象にならなかったのは、やっぱり納得できないわね。 今回イベントが成功した成果は、現生徒会長をはじめとした……生徒会のもの。 少なくとも、書類上はそうなるだろう……だからそこに、沙都子の名前は残らない。 梨花(高校生): 沙都子、あんなに頑張っていたのに。 沙都子(高校生): をーっほっほっほっ、そんなことは些事! どうでもいいんですのよ~! 沙都子(高校生): 私はもう、引退した身。これから後輩たちが会長さんや私たちの築き上げてきた変革の風を引き継いで、さらに発展させてくれれば……。 沙都子(高校生): 私はそれが、一番嬉しくて……幸せでしてよ。だってそれが生きた爪痕を残すことなんですもの。 梨花(高校生): ……そうね。『金を残すは三流、仕事を残すは二流、人を残すは一流』か。昔の人はよく言ったものだわ。 沙都子(高校生): あら、いい言葉。私にピッタリですわ~! そう言って笑いながら、沙都子がジュースのおかわりを私のグラスに注いでくれた。 再びどちらともなく乾杯を交わして、荒波を乗り越えた心地よい余韻に浸る。 さまざまなことが濁流のように流れていた頭の中が、不意に空っぽになっていく中……。 ふと泡のように浮かんできたのは、10年前の一穂たちの顔だった。 梨花(高校生): ねぇ、沙都子。……今の私たちでさえハロウィンは、かなり新しいものとしてほとんど認知していなかったのに……。 梨花(高校生): あの3人は、ハロウィンのことにずいぶんと詳しかったわね。 沙都子(高校生): えぇ……確かに。 沙都子(高校生): それに、ただの子どもの仮装行列でしかなかったハロウィンを、よくぞ日本人好みのイベントに仕上げてくれたものですわ。 沙都子(高校生): あの時なんて、相手の店が完敗を認めるほどの大成功でしたし。 梨花(高校生): くすくす……地方イベントだったから、さほど全国には広まらなかったみたいだけどね。 梨花(高校生): でも、直後に相手側から「対立ではなく今後は協力し合おう」と言質を引き出すことができたのは、驚きだったわ。 沙都子(高校生): 今はどうなってるんでしょうね、あの外資系のお店。今度帰った時、魅音さんたちに聞いてみたいですわ。 梨花(高校生): ……そうね。 沙都子の意識が当時のライバル店へうつったのを理解しつつ、私は別の方向へ意識を向ける。 梨花(高校生): (本当に、あの子たちは何者だったのだろう……?) 一穂、菜央、美雪。……#p雛見沢#sひなみざわ#rで過ごした彼女たちとのかつての記憶を思い出そうとすると、なぜか……思い出せない部分がいくつも浮かぶ。 まるで、記憶という地平に無数の穴が空いているようだ。 穴があるから失ったことはわかっているのに、そこに何があったか……頭に浮かんでこない。 その穴のひとつから幸運にも掘り起こせたのが、ハロウィンの出来事だった。 そこでの教訓を思い返すことができたからこそ……今この瞬間の喜びを得られたのは間違いない。 梨花(高校生): (どんなに強大な相手でも、決して諦めてはいけない……そして) 梨花(高校生): (そして……無理を必要以上に美化しない) 頑張ろうとする菜央をそっとレナが隣から、後ろから美雪が支える姿を……私は見た。 その記憶が沙都子にもあるはずだ。だからこそ、無理をしようとした新会長に力を貸すことを決めたのだろう。 ……そのせいで、若干ミイラ取りがミイラになりかけたのはまぁ、沙都子の可愛いところではあるけれど。 沙都子(高校生): そういえば、梨花。 梨花(高校生): なぁに、沙都子。 沙都子(高校生): 東京では今度、ハロウィンをテーマにした大々的なイベントが行われるそうですのよ。 沙都子(高校生): よろしければ今度、一緒に遊びに行きません? 梨花(高校生): 東京……。 東京、の文字に美雪たちの顔が浮かぶ。 梨花(高校生): (あの子たちは今、どうしているのかしら) 直接会って、尋ねてみたい気持ちはある。雛見沢で一緒にハロウィンを楽しんだことはまだ覚えている?……と。 梨花(高校生): (もし、知らないと言われたら……) まるで、閉じられた箱を前にしたようだ。いつでも開けられるけれど、開けてしまったらもう開ける前には戻れない。 だから、私は……。 梨花(高校生): (……やめておこう) ハロウィンは死者と生者が交わる日。それが過ぎてしまったら、死者も生者も互いの世界へと帰る。 梨花(高校生): (もう、ハロウィンは終わってしまったから) 細かいところはあやふやで曖昧だけど、とても楽しい特別な思い出だったとラベルだけ張り付けて……。 胸の内側に真実を箱ごと、仕舞い込むことにした。それで終わらせて、困ることはなにもない。 ……少なくとも、今ここにいる古手梨花には。 沙都子(高校生): 梨花……? 梨花(高校生): あ、いえ……外出許可の言い訳を考えていただけよ。大学の下見を兼ねて、ってのはどうかしら? これからの未来に思いを馳せれば、次々に話題の花が咲いていく。 ハロウィンが終わっても、私たちの夜はまだまだ終わりそうにない――。