Prologue: #p雛見沢#sひなみざわ#r中心部からさらに奥まった山の方には、小さな温泉宿と宿泊客を対象にしたお店がいくつか並んでいるところがある。 元々は、村の人たちが利用する小ぢんまりとした公衆浴場しかなかったのだけど、園崎家が資金を集めて増改築したことで、今ではちょっとした観光地だ。 そして、その施設のひとつが今日私たちが集まって部活を行っているからくり仕掛けの宿泊兼遊戯施設――。 通称、「忍者屋敷」だった。 回転する壁や、隠し階段に隠し通路。物を隠すことができる床の収納……等々があちこちにあり、建物の中はまるで迷路のように入り組んでいる。 これは以前、魅音が北陸地方の某所にあるという忍者寺をヒントにして「観光客を呼ぶための目玉にしたい!」と考えたのがそもそものきっかけだ。 できた当初は、物珍しさのおかげかTV番組にも取り上げられたりして……その話を聞きつけた観光客が押しかけ、私たちもお手伝いに駆り出されたほどだ。 この建物内では色々と楽しむことができるのだけど、最近では「何分以内に全面クリア?」というタイムアタックがちょっとしたブームになっている。 特に、最後の関門『池の修練場』はリタイアや大幅に時間をロスする子が続出することもあって、見ているほうも大いに盛り上がる難所だった。 圭一(冬服): さぁ、行くぜ……!まずは息を整えて、落ち着いて……ッ! レナ(冬服): はぅ……圭一くん、頑張って~!その池の飛び石障害を越えたら、完全クリアだよー! 水をたたえて広がる池を目の前に、前原くんは最後の勝負に挑まんとして緊張をみなぎらせた面持ちだ。 ここまで彼は、全ての障害をノーミスでクリア。タイムも現在トップの沙都子に肉薄していて、十分逆転のチャンスがある位置につけていた。 魅音(冬服): とはいえ、美雪とレナはここの攻略でかなり失速しちゃったからね~。さて圭ちゃんは、どこまで縮められるかなぁ……! 美雪(冬服): くっそー! あそこでしくじらなかったら私がトップをもぎ取ってたはずなのにぃ……! 菜央(冬服): それは無理よ。あんた、最初にスタートしたレナちゃんと同じ場所で失敗してたじゃないの。後追いなんだから、断然有利だったはずなのに。 美雪(冬服): ……そういう菜央は、私が引っかかった手前の石で足を取られて大きく遅れを取ってたよね……? 菜央(冬服): あたし、運動はそこそこでいいんだもの。最下位にならなければ、それで十分よ。 美雪(冬服): おぅ、クラスに時々存在する優等生な宣言……!なんか腹が立つから頭、わしゃわしゃしていい? そう言って私は、隣の菜央の髪を無造作にかき混ぜる。彼女が「やめてー!」と嫌がってもお構いなしだ。 ……といっても、ここで暴力的なことは絶対にしない。なぜなら側にいるレナによって、容赦なく報復の鉄拳が飛んでくるからだ。 沙都子(冬服): コケてくださいませ、コケてくださいませ!コケろコケろコケろコケろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちてしまえぇぇ……ッ!! 菜央をからかったことで少しだけ溜飲の下がった私が反対側へと目を向けると、沙都子が両手を組みながら祈り……いや、呪いを捧げている。 ゲームの開始直前に前原くんと「とある賭け」をしたこともあってか、すごく……必死の形相だ。可愛い顔が台無しだが、あえて見なかったことにする。 羽入(冬服): ……あぅあぅ、沙都子。そんなふうに拝んで呪いをかけても、意味や効果はないのですよ。 梨花(冬服): みー、そんなことはないのです。 梨花(冬服): さっきあの飛び石障害で「池に落ちろー」とボクが願ったら、羽入はドボンしてくれたので思いが通じたのですよ。にぱー☆ 羽入(冬服): あぅあぅ……!僕のことを応援してくれていると見せかけて、梨花はそんなことを考えていたのですかー?! 梨花(冬服): そっちの方が盛り上がると思ったのです。案の定、みんな大爆笑だったのですよ。みー♪ 羽入(冬服): あぅあぅあぅ!お笑い芸人みたいに扱わないでほしいのですよ~! なんてやり取りが交わされたりする中、呼吸を整えたのか前原くんは地面を蹴り、池に浮かぶ飛び石を、一気に飛び越えていく――! 圭一(冬服): ……っと?! のわっ……? 2度、固定されていないダミーを踏んで片足が沈みかけるも、即座に体勢をリカバー。そして、そのまま速度を緩めることなく……! 圭一(冬服): どりゃああああああ!!! 魅音(冬服): ゴ――ルっっ! 魅音が片手に握った旗をあげると同時に、隣の詩音がストップウォッチを止める。さすが双子、こういう時も実に息が合ったものだ。 圭一(冬服): おっし、クリアだクリアー!タイムはどうだ、詩音っ? 詩音(冬服): っ……お見事です、圭ちゃん……!沙都子がさっき記録したタイムを、コンマ4秒上回りましたよ! 圭一(冬服): ぃよっしゃああぁぁぁあっっ!! 詩音から結果を聞いた前原くんは、会心の笑みとともに右拳を天に突き上げる。 逆に、勝利の雄叫びを上げる彼とは対照的に沙都子は悔しげな表情で膝から崩れ落ちた……。 圭一(冬服): どうだ、沙都子ッ! これで俺がトップ、今日こそは首位奪還だぁぁぁああぁっ!! 沙都子(冬服): し、信じられませんわ……!私のあの、ベスト・オブ・ベストの記録をあっさり塗り替えてしまうんなんて……っ! 梨花(冬服): ……みー、沙都子も頑張ったのです。かわいそかわいそなのですよ、にぱ~♪ そんな沙都子の頭を撫でながら、梨花ちゃんは恍惚とした表情で慰めている。 いや……これって慰めているのかな?むしろ、ただ面白がっているだけのように見えるのは、私だけの気のせい……? 圭一(冬服): というわけで……沙都子、覚悟はいいな! 圭一(冬服): 覚えているか……? 前回は俺にメイド服を着せた上で、エンジェルモートで働かせるという屈辱を与えてくれたことを……! レナ(冬服): はぅ~。メイドさんの圭一くん、かぁいかったよ~♪ 魅音(冬服): あれは常連さんにも大受けだったね~。圭ちゃんの勇気を称えた大喝采、大爆笑の雨あられってやつ? くっくっくっ……! 詩音(冬服): あとで聞いたら、新しい扉を開きそうになった人もいたらしいですよ。……ちなみに男性です。 圭一(冬服): 戸締まりしておけ、そんな扉はァ!ごほん、そんなことよりも……。 詩音を一喝した前原くんは、ひざまづく沙都子を見下ろし……ニヤリ、と不敵な笑みを見せる。 ……あー、絶対これって彼女にとって最悪の結末が待っているようだ。まぁ因果応報、自業自得だから仕方がないのだけど。 圭一(冬服): 俺と1対1での勝負を受けたこと、忘れたとは言わせねぇぜ!今回は、お前が屈辱を味わう番だ……沙都子っ! 沙都子(冬服): ぐぐぐっ……し、仕方ありませんわね……!不本意ではありますが勝負は勝負、甘んじてメイド服の罰ゲームをお受けいたしましてよ! さすがは沙都子、潔く腹をくくってみせる。逃げようとしないその覚悟は立派なものだ。しかし……。 魅音(冬服): くっくっくっ……沙都子、そうじゃないよ。さっき、罰ゲームの衣装をちゃんと確かめなかったの? 沙都子(冬服): へっ……? 魅音(冬服): まぁ、袖とスカートの裾はメイド服だけどこいつのボディ部分は……ほれっ。 ぴらん、と魅音が広げた「それ」は、メイド服……というか、そもそも服と呼ぶにはあまりにも厳しい……。 はっきり言ってしまえばまぁ、「破廉恥の極み」というものだった。 沙都子(冬服): ……んなっ? こ、これはほとんど水着ではありませんの?! 沙都子(冬服): こんなものを私に着せるなんて、圭一さんは変態紳士を通り越して純粋なる犯罪者でしてよー!! 圭一(冬服): はっはっはっ! 勝負の前に衣装をちゃんと確かめてNGを出しておかなかったお前の失敗だ、沙都子っ! 圭一(冬服): この日のため監督に頼んで特注したメイド衣装、その身にまとって地獄を味わいやがれぇぇぇ!! 梨花(冬服): ……みー、頼まれてこんな衣装をつくる入江も頭のネジが何本か外れているのですよ。 羽入(冬服): そ、それは言い過ぎ……でも、なさそうなのですよ。あぅあぅ……。 沙都子(冬服): じょっ……冗談は寄せ鍋ちゃんこ鍋でございましてよーっっ!!ふ、ふわぁぁあああぁぁんんっっ! さしもの沙都子も想定外の恐怖を感じたのか、泣き叫びながら脱兎のごとく逃げ出す。……が、 魅音(冬服): こらっ、逃げるな沙都子! 詩音(冬服): 待ちなさい、沙都子―!私が可愛く可愛く仕上げてあげますからね~! すぐさま、その後を魅音と詩音が岡っ引きよろしく追いかけていったので……捕まるのはまぁ、時間の問題だろう。 Part 01: 一穂(冬服): ……はぁ、ただいま……。 何があったのか、魅音さんと詩音さんが沙都子ちゃんを追いかけて去っていくのが視界の隅に映ったけれど……。 それを気にする余裕もなくなっていた私は、悄然と肩を落としながらとぼとぼと歩いて美雪ちゃんたちのもとへと向かった。 美雪(冬服): ……あ、おかえり一穂。遅かったね。 一穂(冬服): う、うん。ちょっと濡れた服を着替えるのに手間取っちゃって……。 美雪(冬服): にしても、さっきは災難だったねー。この前はぎりぎり半濡れ程度で済んだけど、今日は最終的に全身ずぶ濡れになるとはさ。 一穂(冬服): そうだね……。菜央ちゃんが着替えを持ってきてくれたおかげで、助かったよ。ありがとう、菜央ちゃん。 菜央(冬服): ……今日のあんた、危ない気がしたのよ。朝からちょっと変だったしね。 美雪(冬服): あぁ……朝起きたら、1階の私と菜央の間に一穂が寝てたからびっくりしたよねー。 美雪(冬服): どうしたの、寝ぼけてた? やっぱ具合でも悪い? 一穂(冬服): ううん、体調は大丈夫。ただ、ちょっと夢見が……。 一穂(冬服): はっ、はっくしょんっ!! 菜央(冬服): ……大丈夫? 一穂(冬服): うん、大丈夫……ぷっ……。 美雪(冬服): ……ぷ? 一穂(冬服): ぷるぶしゅっ! 美雪(冬服): おぅ、ずいぶんアクロバティックなくしゃみだねー。 一穂(冬服): ご、ごめんなさい……。 菜央(冬服): 別に謝るようなことでもないでしょ。……もしかしたら、身体が冷えたのかもしれないわね。帰る前に大衆浴場へ立ち寄って、少し温まりましょう。 美雪(冬服): 出かけ間際も乗り気じゃなさそうだったから、やっぱやめといた方がよかったかな……。こっちこそ無理に誘っちゃって、ごめんね。 一穂(冬服): う、ううん……。ひとりで留守番するほうが、寂しかったと思うし……。 美雪ちゃんと菜央ちゃんは、いつも通り優しい。でも、その気持ちが……今日はとても、申し訳ない。 ……実は昨日、久しぶりにお兄ちゃんの夢を見た。ただ、その後ろ姿を追いかけても追いかけても、全然追いつかなくて……。 ようやく、この「世界」のお兄ちゃんが死んでいることを思い出した瞬間……目が覚めたのだ。 そんな夢見の話を、私は2人に言えなかった……言ったところで困らせるだけだと、わかっているから。 羽入(冬服): あぅあぅ……元気を出してくださいなのです、一穂。ズブ濡れなのは僕も同じなのですよ~。 背後からの声に振り返ると、そこには微妙に髪を濡らしたままの羽入ちゃんがいた。 一穂(冬服): ……そっか。羽入ちゃんも池に落ちちゃったんだよね。 羽入(冬服): それだけではなくて、仕掛けにもひっかかったのです。足がまだちょっと痛いのですよ……あぅあぅ。 梨花(冬服): みー。というわけなので、今日の最下位は羽入か一穂なのですよ。 羽入(冬服): あぅ……それは仕方ないので、罰ゲームも甘んじて受けるつもりなのですが……。 羽入(冬服): 僕はずっと、失敗ばかりなので……次回以降の部活が忍者屋敷の時は、参加を遠慮させてもらいたいと思ってしまったのですよ……。 一穂(冬服): う、うん……私も正直、もう一回やってもずぶ濡れになる結果しか見えな……ぷしゅっ! 美雪(冬服): ……おぅ。普段は部活を楽しみまくってる筆頭の2人が、ここまで言うとはね……。 菜央(冬服): 一穂なんて、ボードゲームやカードゲームだと何度負けても懲りずに挑戦してくるのに……。 梨花(冬服): みー……。 みんな、顔を見合わせながら……本気で心配をしてくれている様子だ。 それが、どうしても申し訳なくて……乾かし損ねた髪の先から、ひやりとした空気が服の隙間へと流れ込んでくるような気分だった。 レナ(冬服): はぅ……そうだよね。不利すぎるゲームは、やっていても楽しくないよね。 レナ(冬服): レナは失敗しても、上手な子を見ているだけでとっても楽しいけど……苦手なゲームを続けても、2人だって面白くないんじゃないかな、かな……。 一穂(冬服): えっと、それは……。 羽入(冬服): あぅあぅ……情けないのですよ。 一穂(冬服): ご、ごめんなさい……。 梨花(冬服): みー、謝ることはないのですよ。みんなが楽しんでこそ、部活は盛り上がるのです。 と、そんな中……。 圭一(冬服): はぁ、はぁ……つ、捕まえたぞ沙都子……。 沙都子(冬服): ふわぁ~ん! 猫の子よろしく捕まえられた沙都子ちゃんと確保した前原くん……そして、魅音さんと詩音さんが帰ってきた。 魅音(冬服): お疲れ……って、どうしたのみんな?なんか表情が暗いけど、何かあった? レナ(冬服): はぅ……あのね、魅ぃちゃんに詩ぃちゃん。この忍者屋敷って、今のままだと楽しめる子と楽しめない子で分かれちゃっているよね。 レナ(冬服): 圭一くんと沙都子ちゃんの勝負みたいに、応援しながら楽しむのも大事だと思うけど……やっぱりゲームは、遊んでこそだから。 レナ(冬服): 苦手な子でも楽しめるように、ルールを変えられないかな……かな? 圭一(冬服): うーん……レナの言うことはわかるけど、それはなかなか難しいと思うぜ。 圭一(冬服): なんせこういったからくり屋敷ゲームは、回数を重ねるたびにパターンがある程度決まってくるからなぁ。 菜央(冬服): そうね……一度パターンを覚えちゃったら、正確に早くクリアするってことがメインになるわ。となると、最終的にはタイムトライアルよね。 魅音(冬服): まぁ……実際、この忍者屋敷って最初の頃は結構話題にもなって、お客さんがたくさん来ていたんだけど、なかなかリピーターがつかなくてさ。 魅音(冬服): んで、その打開策として「何分で脱出ができたら忍者認定!」って方針を変えた結果がこの制度ってわけ。 魅音(冬服): でも、今度はハイレベルを求められたせいで運動の苦手な人はお断りします、ってな感じに敷居が高くなっちゃったのも事実だしね……。 魅音(冬服): 私たちも久しぶりに遊んでみて、あー、このままだとまずいな~とは思ったよ。 詩音(冬服): まぁ、長引くと今楽しんでいる人と新しいものを求める人で、どうしても求めるものが違ってきちゃいますしね。 梨花(冬服): 今楽しんでいる人は、このままで変えて欲しくないし、楽しくない人は楽しめるようにしてもらいたい……。 梨花(冬服): どちらの意見も間違ってはいませんが、確かに両立は難しいのですよ。みー。 美雪(冬服): うーん、二律背反……アンビバレンツってやつだね。 詩音(冬服): とはいえ……パターンを読めなくするくらいに複雑にするのは、設備構造とコスト面の関係で限界がありますし。 詩音(冬服): とりあえず、可能な範囲で新しいフロアは今のところ建設中なんですが、それを追加してもどれだけ効果があるかは……。 沙都子(冬服): まぁ、新しい関門を用意してもゲームそのものが一変するわけではありませんしね。 沙都子(冬服): とらえるトラップではなく、楽しませるトラップ……加減が難しいところですわ。 話し合ってはみたものの、いい案は出てこない。……もっとも、すぐに解決策が出てくるのであればみんなもこの状況を放置なんてしていないだろう。 圭一(冬服): 仕方ない。こういう時は……。 一穂(冬服): こういう時は? 圭一(冬服): 古手家の秘宝だ! 梨花ちゃん、倉庫に何かないか?この状況を解決してくれるような、便利な道具とか! 羽入(冬服): あぅあぅ、それはさすがに安直なのですよ……。 梨花(冬服): みー……それに、そんな怪しげな代物は倉庫の中になかったと思うのですよ。 羽入ちゃんはもちろん、梨花ちゃんも思い当たる品はないらしい……けど。 一穂(冬服): 古手家の秘宝で、怪しくないものってあったっけ……? 沙都子(冬服): 逆に、怪しくないものが思い浮かびませんわ……。 羽入(冬服): あぅあぅっ、そ……それは……。 梨花(冬服): みー。とりあえず何か使えるものがないか、探してみましょうなのですよ。 圭一(冬服): 全力で受け流したな、梨花ちゃん……。 Part 02: そんなわけで、私たちは大衆浴場で汗を流した後古手神社へと向かい……。 たどり着いた梨花ちゃんの家の倉庫で、何か面白……じゃない、役に立ちそうなものはないかとみんなで手分けをして探し始めた。 美雪(冬服): んー、いろんなものがあるけどいざ何に使うか、って考えてみるとよくわかんないものが多いね……。 美雪(冬服): ……あ、そうだ!この倉庫の中にあるものを使って、忍者屋敷をオバケ屋敷的に改造するとかはどう? 圭一(冬服): おぉ、それも面白そうだな!俺はいいと思うが、どうだ? 詩音(冬服): ……ダメです、却下です。もし客が恐怖でパニック状態になったりしたら、事故の危険が出てくるじゃないですか。 美雪(冬服): んー、そっか。オバケ屋敷とかって、そのための非常口を用意してたりするもんね。さっき話してた増設工事で追加するってのは? 詩音(冬服): そう簡単に計画を変えることはできませんよ。工期も伸びるし、さらに費用がかかって予算オーバーになるのが目に見えていますしね。 沙都子(冬服): そもそも、非常口があったとしてもパニックになると気づきづらいでしょうし……お役には立たないと思いますわ。 レナ(冬服): はぅ……そういう時って、たとえば係の人が来てくれるんじゃないのかな、かな……? 魅音(冬服): そうなるとスタッフの増員を考えないといけなくなるから、なおのこと難しいよ。人件費ってのは一番ネックになる要素だからさ。 レナ(冬服): はぅ……面白いことって、実現するのは大変なんだね。 魅音(冬服): まぁ、それでもやらなくちゃいけないのが辛い現実ってやつなんだけどね。このままだとジリ貧が確実だからさ。 手を動かしながらも、お喋りは盛り上がっている……ただ、ロクなものが見つからない。 ひとつひとつ取り上げては梨花ちゃんや羽入ちゃんにどういう効果と力があるのか、と尋ねてみたけど、残念ながらどれも私たちの望むようなものではなかった。 美雪(冬服): にしても……何か困ったことがあると古手家の倉庫に入って、使えそうなものを探すってのはそろそろ考え直したほうがいいかもね。 美雪(冬服): いや、他に妥協案が見つからない状況でこう言うこと言うのもなんだけどさ……。 詩音(冬服): 確かに……美雪さんの言う通りですね。 詩音(冬服): おまけに、状況が良くなるのであればまだしも大抵の場合はもっと酷いことになって……誰かが痛い目に遭う結果になってばかりですし。 梨花(冬服): みー。全ては古手家のご先祖様が、必要な注意や欠点をちゃんと残したりすることなく適当な管理をしていたことが原因なのです。 梨花(冬服): ……要するに諸悪の原因は、羽入にあると思うのですよ。 羽入(冬服): な、なんで僕のせいになるのですかーっ?! 一穂(冬服): あ、あはは……。 そんな2人のやり取りを見て苦笑いをしながら、私は手近な箱を退け……倉庫の中をぐるりと見渡す。 最初に倉庫の中を見た時に感じた……奇妙な感覚。これはいったい、どういうことなんだろう……? 一穂(冬服): あの……梨花ちゃん。この倉庫って、最近お掃除とか……した? 梨花(冬服): みー、していないのです。ボクたちだけでは重いものを運ぶのは難しいのですよ。 一穂(冬服): ……そ、そうだよね。 頷きながら、首を傾げる。 一穂(冬服): (物の配置が、私の記憶してたのと違う……?何が、とは言えないんだけど……うーん……?) 気のせいかもしれないと思いながら、みんなと一緒に騒ぎつつ倉庫にしまわれたものをそれぞれ開封して使えないか、確認していく。 と、その時……。 一穂(冬服): ……? 棚のひとつに収められた、見覚えのない青い箱がふと気になって……私は、それに近づく。 そして箱を取り出し、木製のフタを開けてみると数枚の古びた布の中に収められたものは……。 一穂(冬服): ……鈴……? 野球のボールほどの、古びた大きな鈴だった。 菜央(冬服): ……一穂、何か見つけたの? レナ(冬服): はぅ~、おっきな鈴!それにとってもかぁいいよ~♪ 一穂(冬服): う、うん。……どんなものか、見てみようよ。 集まってきたみんなを促し、私は一度外に出て縁側に箱を置いてみる。 少しだけ汚れた金色の鈴は、太陽の照り返しで鈍く光を返してくれて……なんだか、素敵な感じだった。 一穂(冬服): あ……ふたの裏に、説明書みたいなものが入ってるよ。梨花ちゃん、これって読める? 裏に挟むように折りたたまれた古い紙を手渡すと、梨花ちゃんは開きながら眉間にしわを寄せていった。 梨花(冬服): みー、みみみ……。これは『戸開きの鈴』と書いてあるのです。 梨花(冬服): どうやら、これを締め切った室内で鳴らして部屋の扉を開けると……違う場所に行けるらしいのですよ。 圭一(冬服): 違う場所……って、どこだ? 詩音(冬服): なんだか曖昧な説明ですね。違う場所、と言ってもいろんな解釈があると思うんですが。 菜央(冬服): っていうか、またしても非科学的な代物をしれっと紹介してくれてるわね。……それって、何か危険な副作用や代償があったりしないの? 菜央(冬服): たとえば、扉を開けた先は違う場所や時代、異世界や異次元とかで……鳴らして扉を開けた人は、二度と帰れなくなっちゃう、なんて……? 一穂(冬服): 異世界って……どんなところ? 菜央(冬服): そうね、あくまでもあたしの想像だけど……死んじゃったはずの人が生きてる世界なんかも、その中に含まれたりするのかしら。 一穂(冬服): …………。 魅音(冬服): ふーむ、もしそうだったら面白いかもだね。……で、実際のところはどうなの? 羽入(冬服): そういった注意書きは、特にされていないようなのですよ……ですが、あぅあぅ? 羽入(冬服): こんな道具が古手家にあったなんて、僕の記憶にはなかったのですが……。 魅音(冬服): んじゃ、とりあえず実際に鳴らしてみてどんなものか試してみようよ。……というわけで圭ちゃん、よろしく! 圭一(冬服): って、俺かよ?! 詩音(冬服): でも、圭ちゃんもこの鈴が何なのか気になっちゃっているんじゃないですか……?さっきから、目がキラキラしていましたしね。 圭一(冬服): いや、気になるけど……なんか、未来の不思議な道具みたいで面白そうだしな。 圭一(冬服): つまりこれがあれば、どこにでもある家の扉が別の場所につながる不思議な入口に早変わりする……って考えたらいいってのか? 美雪(冬服): あ、そっか。そういうことになる……のかな? 圭一(冬服): で、夜になったらこれを使って、扉を開けて……。 圭一(冬服): たとえば、レナの家のお風呂に繋がっていたらどうなっちまうのかな~、げへへへっ! レナ(冬服): はぅ……その時のために今から水鉄砲を買っておこうかな、かな? 魅音(冬服): あ、レナ。私がとっておきのやつを持っているから、今度貸してあげるよ。木の板を撃ち抜けるような、超水圧のをね! 圭一(冬服): おいおいっ! 俺の顔面に穴を開ける気か?! 魅音(冬服): ……当然でしょ。そんな不届きな真似を考えるようなやつに、かける温情なんてないっての。 圭一(冬服): じょ、冗談だって……魅音、目がマジだぞ。 沙都子(冬服): …………。 前原くんたちのやりとりをよそに、沙都子ちゃんは興味深げに鈴を見ている。そして、 沙都子(冬服): これって、閉まっている場所の扉を変えるんですよね?……じゃあ、開けた場所で使ったらどうなりますの? 一穂(冬服): そうだね。……ちょっとだけ、鳴らしてみようか。 私は箱の中に手を入れて、少し冷たい鈴をそっと取り出す。 菜央(冬服): あら……一穂がこういうものに積極的に手を出すなんて、珍しいわね。 一穂(冬服): な、なんだか気になって……。 一穂(冬服): どうすればいいのかな?えーっと……えいっ。 鈴を握ったまま、上下に軽く振る。 羽入(冬服): ……。鳴らないのですよ。 美雪(冬服): 大きく振らないとダメなのかもね?もう一度、今度はしっかりやってみて。 一穂(冬服): う、うん……はぁっ! 風切り音がするほど大きく振りかぶると、涼しげな音が鳴り響いた。 けど、この音は……。 魅音(冬服): なんだか、代わった音だね?鈴というか……笛っぽい……? ちら、と魅音さんが私……正確には、私の首からさげられた笛を見る。 魅音(冬服): 一穂の笛とか、鳴らしたらそういう音が出そうだよね。 詩音(冬服): えぇ。確かに、そんな感じの音でした。 一穂(冬服): そ、そう……かな……? 梨花(冬服): みー……ですが、何も起きないのですよ。 羽入(冬服): あぅあぅ……。 しばらく待ってみたが、何かが起きる気配はない。……やはり、密閉された部屋でないとダメなのか。 圭一(冬服): けど、音は鳴るんだろ?……よし、物は試しだ。やってやる! 意を決したのか、そう言って前原くんが鈴をつかんで、倉庫の方へと歩いていく。 魅音(冬服): あー……そういえば、一穂が笛を吹いているところってこれまで見たことがなかったね。 魅音(冬服): もしかして、壊れていたりするの?修理できる人なら知っているから、よかったら紹介してあげるよ。 一穂(冬服): う、ううん……そういうわけじゃ……。 レナ(冬服): 笛なんて日常だと、鳴らすことってあんまりないもんね。クマとか、野生動物が出た時……とか? 菜央(冬服): 痴漢や、変質者対策……?そういえば笛じゃないけど、紐を引くと音が鳴るブザーを持ってる子が同級生にいたわね。 沙都子(冬服): と、東京って……なかなか恐ろしげな場所ですのね。防犯装置がないと、町を歩くことができないんですの? 美雪(冬服): 人が多いと、どうしても変な人は出てくるからねー。 そんなことを話している間に前原くんは倉庫に入り、戸を閉めて……。 あの鈴の音が、聞こえてきた。 美雪(冬服): おっ……? 詩音(冬服): ……今、鳴りましたか? 沙都子(冬服): 鳴りました……わ。 魅音(冬服): さて、どうなるかな……? Part 03: 一穂(冬服): ……っ……。 レナ(冬服): はぅ……圭一くん……。 全員が固唾をのんで、前原くんが入った倉庫を見守っている。 だけど、どれだけ待っても反応がなく……しんとした静けさで、逆に耳への痛みを覚えるほどだった。 沙都子(冬服): ……何も起こりませんわね。まさか圭一さん、本当に違う世界へ行ってしまいましたの……? 沙都子ちゃんの言葉で、全員が緊張を覚えて……魅音さんが、意を決したように中へと呼びかけた。 魅音(冬服): け……圭ちゃん、どう?声が聞こえたら、出てきてよー……。 すると、その直後――。 圭一(冬服): ……よぉ、待たせたな。 おもむろに倉庫の扉が開いて、中から困った表情をした前原くんが現れた。 魅音(冬服): あ……あれっ?フツーに出てきちゃったけど……どういうこと? 詩音(冬服): その鈴……鳴らしましたよね?外からでも、ちゃんと聞こえていましたし。 圭一(冬服): あぁ、鳴らした。……けど、何も起こらなかったな。 それを聞いた途端、どっと力が抜けて大きくため息が口からもれ出る。 他のみんなも、私と同じだったのかやれやれと苦笑いをしたり、胸をなでおろしたりとそれぞれの反応で安堵している様子だった。 沙都子(冬服): どうやら、紛い物だったようですわね。……大山鳴動して鼠一匹、肩透かしもいいところでしてよ。 レナ(冬服): はぅ……沙都子ちゃんって、難しい言葉をよく知っているんだね。それってどういう意味なのかな、かな? 美雪(冬服): 大騒ぎして山の中を捜索してみたのに、見つかったのはネズミ一匹しかいなくてがっかりした、っていう昔の故事だよ。 梨花(冬服): みー……圭一がとんでもない場所に飛ばされてみんなが大騒ぎになることを期待していたので、確かにボクもちょっとだけがっかりなのですよ。 詩音(冬服): とんでもない場所って……具体的には? 魅音(冬服): 銭湯の男湯……とかじゃないよね? 圭一(冬服): おいおい、冗談じゃねぇぞ……!女湯ならまだしもだ! 美雪(冬服): 女湯だったら、別の意味で大問題だよ。つか、犯罪だって。 菜央(冬服): ……最低。 圭一(冬服): じょ、ジョークだジョーク! #p雛見沢#sひなみざわ#rジョーク! 圭一(冬服): まぁ要するに、道具に頼らず自分たちでなんとかしろ、ってことでいいんじゃねぇか?! 菜央(冬服): ……無理矢理、話をぶった切ったわね。 レナ(冬服): はぅ……でもこの鈴ってかぁいいから、レナがお持ち帰りしてもいいかな、かな? 圭一(冬服): いいのか?万が一暴発が起きないとも限らないぞ? 一穂(冬服): …………。 前原くんが手にした鈴をじっと見ていると……くすんだ金色の中で、影がゆらりと動いたのが私の目に映る。 一穂(冬服): えっ……? なんだろう、となんとなく振り返り、私が背後へと視線を向けた先には――。 一穂(冬服): あ、あれはもしかして……! 視線を向けた先。いつもの神社の境内。その一角である林の中に、目が、目が、目が――?! 魅音(冬服): なにあれ、『ツクヤミ』の群れっ?! 美雪(冬服): めちゃくちゃ数が多い……っ!とにかく倒そう、みんなっ! 一穂(冬服): う、うんっ! 魅音(冬服): はぁ、はぁ、はぁ……さ、さすがにちょっと疲れた……ね。 レナ(冬服): はぅ……最近見かけることがなかったから、久しぶりだったよね……。 美雪(冬服): なんか、戦いながら結構移動しちゃったよ……って、境内まで来ちゃってたんだ。 美雪ちゃんの言う通り、周囲を見渡すとすでに周囲の光景は梨花ちゃんの家から本殿のある場所へと移動している。 魅音(冬服): ……そうだ圭ちゃん、鈴は? 圭一(冬服): あれか? なくしたりすると大変だから、家の縁側の方に置いておいたぞ。 魅音(冬服): じゃあ、それを片付けて今日は解散しようか。 沙都子(冬服): そうですわね……。 そういってぞろぞろと、みんなで縁側に向かい……。 縁側を前にして、怪訝な思いを抱き……その理由が判明した途端、私たちは絶句した。 梨花(冬服): ……みー、鈴が見当たらないのです。 羽入(冬服): あ、あぅあぅあぅ……どこにもないのですよ~! 圭一(冬服): そ、そんな……!確かに俺は、ここに置いたはずだぜ?! 菜央(冬服): あたしも見たわ。前原さんの言ってることに、間違いはないと思う。 魅音(冬服): ふーむ……圭ちゃんならうっかりがあっても、菜央ちゃんがそう言うなら確かだろうね。 圭一(冬服): おいおい……俺ってそんなに信用がないってのか? 魅音(冬服): あっはっはっはっ、冗談だって。でも、だとしたら鈴はどこに……? 圭一(冬服): おい……まさかとは思うが、さっきの連中と戦っている間に誰かが持ち去ったとは考えられねぇか? 詩音(冬服): 可能性としては、無きにしもあらず……ですね。 詩音(冬服): ただ、痕跡が何ひとつ残されていないこの状況ではそれを突き止めようにもお手上げですが。 梨花(冬服): みー……。 圭一(冬服): ごめんな、梨花ちゃん。預かった鈴をなくしちまって。 梨花(冬服): 問題はないのです。羽入が言っていたようにそもそも、いつから倉庫にあったのかよくわからないものだったのですよ。 羽入(冬服): あぅあぅ、そんなふうに僕を責めるように見ながら言わないでくださいなのですよ~! 一穂(冬服): …………。 美雪(冬服): ひとまず今日は解散か。一穂、帰るよ。 一穂(冬服): えっ……? 菜央(冬服): 帰るわよ、一穂。 一穂(冬服): あ、うん……。 Part 04: そして、数日後。 魅音(冬服): いいアイディアを思いついたんだ!みんなにも聞いてもらいたいから、忍者屋敷に集合して! ……という魅音さんによって、私たち部活メンバーは放課後に再び忍者屋敷へと招集された。 圭一(冬服): で、魅音。いいアイデアってなんだよ? 魅音(冬服): 実はさ、昨夜TVでやっていたバラエティーを見てピーンときたんだよ! 魅音(冬服): 設備のトラップだけに頼るんじゃなくて、邪魔する側……鬼ごっこで言うところの鬼を追加すればいいんじゃないか、ってね! 圭一(冬服): おぉ、なるほど……! 圭一(冬服): 確かにそのやり方なら、スポーツみたいに攻撃側と守備側で分かれて、ポイント制とかで勝ち負けを競うことができるかもしれねぇな! 美雪(冬服): んー、そういや私たちの時代……じゃなかった。東京の番組でもやってたよ。 美雪(冬服): 鬼側に捕まらないようトラップを抜けるのって、怖くないオバケ屋敷みたいで楽しそうだよねー? 菜央(冬服): ……あんた、この前からやたらとオバケ屋敷やりたがってるけど、何かに触発でもされたの? 美雪(冬服): んー、特に思い当たるものはないけど……単純に考えても楽しそうでしょ? 菜央(冬服): 怖いトラップ屋敷なんて単なる地獄じゃない。せめて怖くないオバケがいいわ。 沙都子(冬服): あの……菜央さん、それはオバケと呼んで差し支えがないものなんですの? レナ(冬服): はぅ~、かぁいいオバケさんもいいよね~。見つけたらお持ち帰りしてもいいかな、かな? 圭一(冬服): レナがどの基準で、かぁいいオバケを決めるかは気になるところだがな……。 沙都子(冬服): えっと、話がこんがらがってきましたが……、怖くないオバケ役とやらを、一穂さんと羽入さんにお任せするということですのね? 沙都子(冬服): 魅音さんの言う通り、それならお二人も楽しむことができるかもしれませんわ~。 羽入(冬服): あぅあぅ、わかりましたのです。みーんな僕が捕まえてあげるのですよ~、あぅあぅ! 梨花(冬服): みー。それならオバケよりも、鬼の方がよい気がするのですよ。 一穂(冬服): そ、そうかな? 確かにそうかも……。 魅音(冬服): いーや。鬼もオバケも今回は却下! 魅音(冬服): 一穂! 羽入! 衣装を準備したから、それに着替えてくれる? 一穂(冬服): えっ……? 魅音さんに屋敷の中に連れられ、数十分後。 魅音(くノ一): よーし、着替え完了! 一穂(くノ一): あの、魅音さん……これは? 魅音(くノ一): 決まっているでしょ?からくり屋敷と言えば、忍者……くノ一! 魅音(くノ一): というわけで一穂には、鬼でもオバケでもなく忍者になってもらうからね! 一穂(くノ一): り……理由はわかったけど、なんでこんなに隠す場所が少ないの?!武器を収納する場所はたくさんあるけど……! 魅音(くノ一): くノ一と言えば、こういう衣装が定番でしょ?私の衣装も大して変わらないから、安心して♪ 一穂(くノ一): そ……そういう問題じゃなくてー! 羽入(冬服): あぅあぅ……。 と、そこへおずおずと……普通の私服姿の羽入ちゃんがやってきた。 魅音(くノ一): あー、ごめん羽入。思いつきで用意したから一穂と私のはうまく着られたんだけど、あんたのはちょっと、合わなかったみたいだね……。 羽入(冬服): 僕はこれで十分なのですよ。服は違えど、心は立派なくノ一なのです。 魅音(くノ一): お、よく言った!その心は大事だよ、羽入! 一穂(くノ一): 私が不十分だよ! 服を返してー! 魅音(くノ一): んじゃ一穂に、羽入。うまく部屋に隠れて圭ちゃんや沙都子を妨害しちゃってねー。 魅音(くノ一): おじさんも容赦なく、あいつらをふんじばってやるつもりだからさ……くっくっくっ! 羽入(冬服): ……一穂。こうなった魅音は話を聞かないのです。諦めて、一緒に頑張るのですよ。 一穂(くノ一): うぅ……。 魅音(くノ一): 最近、圭ちゃんと沙都子の二強状態が続いてるのは部長としてさすがにまずいなー、と思っていたからね。かと言って他の子にハンデつけるのも、おかしいしさ。 魅音(くノ一): これでようやく、思う存分反撃ができるってもんだよ! 一穂(くノ一): は、反撃……? 羽入(冬服): 僕も梨花を見返してやるのですよ~。くノ一羽入、梨花も沙都子も全力で捕まえるのです~っ! 魅音(くノ一): いいねいいね、そのやる気!……というわけでこれ、屋敷の地図。2人に渡しておくよ。 魅音(くノ一): それじゃ、くノ一トリオ! 散ッ、開! 羽入(冬服): おーっ、なのですよ~! あぅあぅ☆ 2人はかけ声をあげながら、屋敷の奥へと消えていく。 残された私は、とりあえずどこに隠れるか考えようと地図を広げようとして――。 一穂(くノ一): えっ……? 声が聞こえた気がして……立ち止まる。 一穂(くノ一): な、何……? Part 05: ――数時間後。 魅音&羽入: いえーいっ!(あぅあぅ~!) ハイタッチを決める魅音さんと羽入を見ながら、あたしは思わず呟いた。 菜央(冬服): まさか、ここまでなんて……。 忍者屋敷プラス、鬼ごっこ。参加者の勝利条件は、入って出口から外に出ること。参加者はすでに何度か屋敷内に出入りした経験アリ。 そんな相手だから、鬼の方は不利だと思っていた。そう、思っていたんだけど……。 圭一(冬服): くっそー! まさかあんなところに魅音が隠れているなんて思うはずないだろ?!完全に油断しちまったぜ……! 沙都子(冬服): うぅっ……私も、つい気を取られた瞬間に背後から羽入さんに飛びかかられて……かわす余裕もありませんでしたわ。 そう言って前原さんと沙都子は、がっくりと肩を落としている。 一穂たちが中で準備している間、2人が「すでにクリアしたことのある忍者屋敷だ。多少の妨害をされても楽勝っ」――。 そう高笑いしていた分、あっさりと捕まって邸内から引きずり出されたのはさぞ屈辱だろう。 沙都子(冬服): レナさん……逆にどうやって1位を取ったんですの? レナ(冬服): ちょっと遠回りしてみたの。ほら、急がば回れって言うでしょう? 菜央(冬服): さっすがレナちゃん……頭脳プレイの勝利ね! 美雪(冬服): やっぱそれが一番正しかったかぁ……私は遠回りしようとして、逆に迷ったけど。 菜央(冬服): 生兵法は大怪我のもとって言葉、知らない? 梨花(冬服): そういう菜央は、あっさりと魅音に捕まっていたのですよ。 菜央(冬服): あんただって羽入に捕まってたじゃないの。 梨花(冬服): みー……。 レナ(冬服): まぁまぁ、今回は魅ぃちゃんと羽入ちゃんの計画が勝ったってことだよね。はぅ~。 レナちゃんはさりげなくあたしたちの間を取り持つと、でも……と軽く目を伏せた。 レナ(冬服): 今日の忍者屋敷はちょっと変な感じだったね。扉を通ったら、前に通った時と違うところに出ちゃった気がしたんだけど……。 レナ(冬服): レナの気のせいかな、かな? 沙都子(冬服): ……レナさんもですの?私も同じようなことがありましたわ。 沙都子(冬服): ルートを間違えたのかと思いましたが……ひょっとして、忍者屋敷を改築したんですの? 詩音(冬服): そんなお金と時間があるわけないじゃないですか。からくり屋敷ならではの錯覚ですよ。 詩音(冬服): ……ですよね、圭ちゃん? ストップウォッチを手にした詩音さんは、そう言って前原さんに同意を求める。 だけど彼は、それに対して「いや……」と呟いてから、真剣な面持ちで口を開いていった。 圭一(冬服): 負けた言い訳みたいに思われるのは嫌だから黙っていたんだが……俺も通っていて、前と違うなって感じたぜ。上手く言えないけどよ。 魅音(くノ一): えー、そんなことないと思うけどな。天井や床を移動したけど、地図通りで特におかしなところはなかったしさ。 羽入(冬服): あぅあぅ、僕も同じなのですよ。 圭一(冬服): あと……廊下を歩いている時に、笛みたいな音が聞こえてこなかったか? 菜央(冬服): ……。そういえば……。 聞いた時は、設備の金属が軋む音かと思って気にもしなかったけど……言われてみれば、以前はそんな音など聞いたことがなかったと思う。 魅音(くノ一): とりあえず、忍者屋敷でくノ一と鬼ごっこは悪くないアイディアでいける感じだね。追いかける方を変えても、楽しそうだしさ。 沙都子(冬服): では私、次は追いかける方がやりたいですわ! 魅音(くノ一): いいけど、余計なトラップを仕掛けるんじゃないよ? 沙都子(冬服): よ、余計ではありませんわ!私の作戦のひとつ、いわばスパイスのひとつまみってものでしてよー! 圭一(冬服): 仕掛ける気満々じゃねぇか!しかもお前の「ひとつまみ」ってのはバケツ山盛りの量だろうがっ?! おそらく被害者一号になるであろう前原さんが叫び、場は和やかな雰囲気に包まれる。 けど……1人、足りない。誰の姿が見えないかは、すぐにわかった。 美雪(冬服): ねぇ……一穂はどこ? まだ中? 梨花(冬服): そういえば、まだ出てきてないのです。 最終走者であるあたしが終わった後、詩音さんが終了の声をかけて、魅音さんと沙都子はすぐに屋敷の中から出てきた。 でも……一穂だけ、姿が見えなかった。 詩音(冬服): ……聞こえなかったんでしょうか。 レナ(冬服): はぅ……そもそも、今日はずっと屋敷の中で一穂ちゃんを見ていない気がするの。 詩音(冬服): どこかで昼寝でもしているんですかね? 圭一(冬服): 一穂ちゃん、どこでも眠れるのが特技だったのか? 美雪(冬服): 聞いたことはないけど……仕方ないなぁ。 美雪はポリポリと頭をかきながら、屋敷の扉を開いて中に入り……。 美雪(冬服): おーい一穂、そろそろ帰るよー!キミも外に出てきなよ……って、あれ? なんて言いながら、外に出てきた。 美雪(冬服): …………。 驚いた顔で美雪は再び屋敷に飛び込み……。 即座に屋敷から飛び出して来た。 屋敷に入って出て、入ってを繰り返す美雪の姿はまるで自分のニオイを嗅ごうとその場でぐるぐると回転する犬のようだ。 普段はおふざけ大好きな部活メンバーも意図が全く読めなくて閉口した表情を浮かべていた。 菜央(冬服): ……何やってるのよ、それってコントのつもり? 美雪(冬服): ち……違う! 違うんだよ! 呆れ顔で突っ込むと、美雪は心なしか青い顔で首を左右に振っていった。 美雪(冬服): 何度も中に入ろうとしたのに、外に出てくるんだ!まるで、入口と出口が同じ向きになったみたいに……! 菜央(冬服): は……? Epilogue: 魅音(くノ一): だったら、こっちの勝手口から入れば……って、また外に出た?! 沙都子(冬服): 窓から入っても、やっぱり玄関から出てしまいましたわ……!これっていったい、どうなっているんですの?! 最初こそ、美雪の言葉をみんな信じなかった。 いや、彼女を信じなかったのではなく……何を言っているのか、わからなかったのだ。 ……ただ、事態は5分もかからず急転した。 圭一(冬服): くそっ、どこから入っても入った場所から出ちまう……! みんなが挑戦して……全員、すぐに出てくる。まるで駆け出すような勢いで。 理解不可能な状況をそれぞれ体験してから、事態の深刻さをようやく理解し始めていた。 菜央(冬服): ねぇ……もしかして。 菜央(冬服): 前原さんたちが言ってた笛の音って、昨日倉庫からなくなった『戸開きの鈴』のそれだったんじゃないの……? レナ(冬服): 笛の音に似ていた、あの鈴のこと……? 羽入(冬服): ってことはつまり、一穂はこの中に閉じ込められたままなのですか……?! 梨花(冬服): みー……全部の扉、窓も同じなのです。この調子だと、全てがダメだと思うのですよ。 思いつく限りの方法を試した。だとしたら、他に何が……?! 美雪(冬服): ……一穂ーっ! 一穂――っ!聞こえたら返事してーっ!! 美雪はさっきからずっと呼びかけている。呼びすぎて声は掠れかけているけれど、屋敷の中は静まりかえるばかりだ。 菜央(冬服): …………。 どうしよう、一穂がこのまま出てこなかったら。一穂が、違う場所に飛ばされてしまったとしたら……! 詩音(冬服): ……ちょっと、どいてください。 詩音さんがゆらりと立ち上がる。 詩音(冬服): お姉。 その手には『ロールカード』……?! 詩音(冬服): 私、#p忍者屋敷#sココ#rの修理代くらいは稼いでいますし……一穂さんには、それなりに借りがありますからね……ッ。 そう言いながら、彼女は思いっきり忍者屋敷を壊そうと腕を振りかぶり――! レナ&圭一: 待って、詩いちゃん!(待て、詩音!) 左右からレナちゃんと前原さんに抑えられた。 詩音(冬服): なっ……何をするんですか! レナ(冬服): ダメだよ、詩ぃちゃん! 落ち着いて! 圭一(冬服): もし建物を壊したせいで、閉じ込められている一穂ちゃんに影響があったらどうするんだ?! 詩音(冬服): じゃあ他にどうすればいいんですか?! 圭一(冬服): だから、それを考えるんだよ! みんなで! 詩音さんをレナちゃんと前原さんが必死に抑えようとする中。 魅音(くノ一): ……ぁ……! 魅音さんが、青ざめた顔を持ちあげた。 魅音(くノ一): 詩音、あれは?! 追加ルート!! 詩音(冬服): ……っ……! 途端、詩音さんの力が抜ける。 圭一(冬服): ルート……? 魅音、なんの話だ? 魅音(くノ一): ……不確かな話だから、賭けになるけど。 そう前置きして、魅音さんは続けていった。 魅音(くノ一): 前に詩音が言ったの、覚えてない?忍者屋敷を今、可能な範囲で増築しているって。 魅音(くノ一): 実はこの近くに、洞穴があったことがわかってさ。戦時中の防空壕か、あるいはもっと前に掘られた採掘場の名残かもしれないんだけど。 魅音(くノ一): この忍者屋敷の地下通路から近いところにあったから……地盤確認のために軽く掘り進めていたんだよ。 魅音(くノ一): で、つい最近……その洞穴が忍者屋敷の地下と繋がったはずなんだ。 美雪(冬服): ……そこって、扉はある? 魅音(くノ一): 立ち入り禁止のテープのみ!上に続く扉は、今換気のために開けっぱなし! レナ(冬服): つまり、扉はなしで中に続いてるってことだね。……もしかしたら、いけるかも。 圭一(冬服): よし……可能性がゼロじゃねぇなら、行ってみようぜ! 私たちは温泉街を出てしばらく歩き、詩音さんの案内に従って洞穴の中に足を踏み入れた。 真っ暗で、ライトをつけてようやく隣の人の顔が見えるようになる……それほど、狭い場所だった。 それでも立ち入り禁止のテープをくぐった先にぽっかりと開いた穴があり、その道をたどっていくと……。 羽入(冬服): あぅあぅ……なんだか、泣き声みたいなのが聞こえませんか? ぽつりと呟いた、羽入の言葉。耳を澄ませるよりも先に……美雪が動いた。 美雪(冬服): 一穂っ……! 菜央(冬服): いるなら返事しなさい、一穂!! 美雪の後を追って、あたしも走り出す。 沙都子(冬服): 美雪さん?! 菜央ちゃん?! 詩音(冬服): 2人とも、走らないでください!この穴はまだ補強とかをしていないので、いつ崩れるかわからないんですよ?! 背後から制止する声が聞こえるけれど、構わなかった。 一刻も早く、今は走りたい! 奥へ進みたい! 菜央(冬服): (一穂、どこにいるの……?!) 先を進む美雪の背中を追ってたどり着いたのは、ぽっかりと口を開いた大きな広場だ。 そして、そこには……。 並んだ牢の中のひとつ……その隅で膝を抱えてうずくまる、くノ一の格好をした一穂だった。 一穂(くノ一): うぅ、うぅうっ……うぅうっ……。 美雪&菜央: 一穂! 一穂(くノ一): うぅぅ……えっ……?美雪ちゃん、菜央ちゃん……? みんな……? 涙で濡れた顔を上げた一穂の顔を確認して、美雪とともに扉に飛び付く。 美雪(冬服): 待ってて、今開けるから! 魅音(くノ一): やっと追いついた……美雪、菜央!それ、中からだと開かないようになってるけど外からだと簡単に開くようになってるから! 菜央(冬服): ……ッ、開いたわっ! 背後からの魅音さんの言葉通り、あたしは簡単に鍵を外して美雪が扉を開け放つ。 一穂(くノ一): うぁあああああ!!! 途端、一穂の身体が勢いよく飛び出してきた。 美雪&菜央: うわっ!(きゃっ!) あたしと美雪は彼女を支えきれず、巻き込まれるように地面に倒れる。……でも、手は離さない。 泣きじゃくる一穂に抱きつかれたまま、美雪と2人で苦笑いしながら冷たい地面に寝転がった。 一穂(くノ一): ありがとう、ありがとう……! 一穂(くノ一): 気がついた時には牢屋の中で、ここがどこかわからなくて、助けも呼べなかったから……っ。 沙都子(冬服): とらわれのくノ一、救出成功!……って感じですわね。 圭一(冬服): よかったー。一時はどうなることかと思ったぜ。 レナ(冬服): 詩ぃちゃん、案内してくれてありがとう。 詩音(冬服): お姉の読みが当たったおかげですよ。たまには役に立ちますね。 魅音(くノ一): たまには、は余計だよ!……でもまぁ、結果オーライってやつだね。 圭一(冬服): というか、ここってどこなんだ? 詩音(冬服): 忍者屋敷の地下です。新しいオプションを追加しようということで、牢屋とかを作っているとは聞いていましたが……。 魅音(くノ一): まさか、第一号が一穂になるなんてさ。 菜央(冬服): ……なんにせよ、無事に連れ戻すことができてよかったわ。って、あら……? 私は一穂が閉じ込められていた牢の奥に何かが転がっているのを見つけ……ぞっとした。 鈍い金色に光る、こぶし大のそれは……まさか。 菜央(冬服): 一穂、それってまさか……? 一穂(くノ一): あ、えっとね……。 一穂(くノ一): ……気がついたら、床に転がってたの。 梨花(冬服): この、忍者屋敷で……ですか? 一穂(くノ一): う、うん。なんでかなって思って拾おうとしたら、その……うっかり、音が鳴っちゃって。 一穂(くノ一): それで慌てて、みんなのところに行こうと扉を開けたら、いつの間にか牢の中にいて……。 羽入(冬服): 鳴ったせいで『戸開きの鈴』が発動して、閉じ込められたということなのですか……? 一穂(くノ一): ……ごめんなさい。 菜央(冬服): もう、不用心ね。そんなの気軽に触るんじゃないわよ。 梨花(冬服): みー……一穂が不用意なのはともかく、鈴を鳴らさずに持ちあげるのは無理なのです。 梨花(冬服): ……というわけで、責任を持って羽入が回収するのです。 羽入(冬服): あ、あぅあぅあぅ~!なんで僕の責任になるのですか~?! 美雪(冬服): にしても……なんでそれが、この忍者屋敷の中に転がってたんだろうね……? 魅音(くノ一): まぁ、今日はいろいろあって疲れたからさ。それを確かめるのはまた今度ってことにしようよ、ね? 魅音さんに促されて、それもそうだと同意し元来たルートから帰ろうと足を向けようとして。 一穂(くノ一): ……ごめんね。 背後からの謝罪に、美雪と2人揃って同時に振り向いた。 一穂(くノ一): ごめんなさい……う、うっ、ううっ……。 美雪(冬服): どうしたどうした。泣くな泣くな。 菜央(冬服): 無事に見つかったんだからそれでいいのよ。 一穂(くノ一): ごめんなさい……ごめんなさい……!2人に、もう、会えないかと思った……! 美雪と2人で、一穂の肩をそっと抱きしめる。 ……よっぽど怖かったのだろう。こんなふうに泣きじゃくる一穂を、初めて見た気がした。 美雪(冬服): 見つけられて、本当によかった。 菜央(冬服): えぇ、見つかっただけで十分よ。 ……今日は真っ白なお米をたくさん炊いて、一穂の好きなおかずをいっぱい作ってあげよう。 怖い目にあって傷ついたくノ一には、それくらいしてあげてもいいだろう。 菜央(冬服): ……おかえりなさい、一穂。