Part 01: レナ(冬服): ……?インターフォンを鳴らしても、誰も出ない……? レナ(冬服): さっき電話した時は、今日はずっと家にいるって言っていたんだけど……急用でも入ったのかな、かな? レナ(冬服): もう一回だけ、押してみよう。……魅ぃちゃーん? 魅音の声: 『……はーい?』 レナ(冬服): あっ、やっと出てくれた。電話でも言ったけど、この前に借りていたコミックを返しに来たよー。 魅音の声: 『って、レナ……もうそんな時間っ?ごめん、悪いけど中に入ってもらってもいい?玄関の鍵、開いているからさ!』 レナ(冬服): う、うん……? わかった。それじゃ、お邪魔しまーす……。 レナ(冬服): はぅ……どうしたの、魅ぃちゃん?何か用事があるなら、コミックだけを返してレナはもう帰るけど。 詩音(冬服): どうも、レナさん。足下の悪い中、お疲れ様です。 レナ(冬服): あっ、詩ぃちゃんも来ていたんだね。2人で何かしていたのかな……かな? 魅音(冬服): ごめんね、レナ。来るってことを忘れていたわけじゃないんだけど、ちょっと詩音と話し込んじゃってさ。 魅音(冬服): わざわざ返しに来てくれて、ありがとね。……っと、コミックと一緒にタッパーが。これってキュウリのお漬物? レナ(冬服): うん。いい感じにできたからお裾分けしようと思って、持ってきたんだ。 詩音(冬服): それはありがたいです。ちょうど塩気のあるものが欲しかったんですよ。早速いただきますね~。 魅音(冬服): あ、こら詩音っ!手づかみではしたないでしょ! 詩音(冬服): いいじゃないですか、これくらい。……んー、いい浸かり具合です。 詩音(冬服): さすがはレナさん、適度なしょっぱさと清涼感が甘ったるくなった口をさっぱりとさせてくれますよ。 詩音(冬服): っと、お茶がぬるくなりましたね。レナさんの分も含めて、淹れ直しましょう。お姉、追加のお湯を頼めますか? 魅音(冬服): へいへい、ちょっと待っていて。今、台所から持ってくるからさ。 詩音(冬服): お願いしますねー……おや?このコミックのタイトル名は覚えがありませんね。どういった作品なんですか? レナ(冬服): 最近発売したばかりの、スパイものだよ。すっごく面白かった~、はぅっ♪ 詩音(冬服): へー……(ぽりぽり)。 魅音(冬服): お待たせー……って、だからひとりだけで好き勝手に食べないでよ!私の分もちゃんと残しておいてよねっ。 詩音(冬服): はいはい……ところで、お姉。やっぱりさっきの話、レナさんにお願いするのが一番だと思うんですが……どうです? 魅音(冬服): んー、まぁ……確かに、任せて安心できるのはその通りだけどさ。 レナ(冬服): はぅ……どうしたの魅ぃちゃん、詩ぃちゃん? 魅音(冬服): いや、うん……来てもらっていきなり、こんなことを頼むのはさすがにどうかとわかっちゃいるんだけど……。 魅音(冬服): ……レナ。今度ちょっと、スパイをやってくれないかな? レナ(冬服): はぅ……スパイ……? 詩音(冬服): いや、お姉。そんな唐突すぎる頼み方をしても、レナさんだって困ってしまいますよ。 詩音(冬服): 要するに、レナさん。今度のバレンタインに向けて、ちょっとした情報収集活動をお願いしたいんです。 レナ(冬服): えっと……ごめんね。詩ぃちゃんの説明でも話がちょっと見えないかな、かな……? 詩音(冬服): まずは、そのための衣装がありますので……寸法が現状のままでも大丈夫か、とりあえず試着してもらってもいいですか? レナ(冬服): えっ、あ……あの……?! Part 02: 詩音(冬服): ……うん、ぴったりです。お姉と私が着ると少し小さかったんですが、無駄にならなくてすみましたよ。 レナ(黒ドレス): はぅ……つまりレナは、魅ぃちゃんたちが用意してくれたこのドレスを着て……。 レナ(黒ドレス): 今週末に穀倉のホテルで行われる、バレンタインチョコレートの試食パーティーに参加すればいいってことかな、かな? 魅音(冬服): うん、そういうこと。パーティーの主催は、最近エンジェルモートを露骨に潰しにかかっている、例のライバル店のオーナー会社。 詩音(冬服): そのパーティーで発表されるメインデザートが、またしてもエンジェルモートで来週発表予定のチョコスイーツと同じだという噂がありまして。 レナ(黒ドレス): ……それって、菜央ちゃんが考案してくれた『ガトーショコラ』ってチョコケーキのこと? 魅音(冬服): そうそうっ。あんな斬新な発想のケーキを同じタイミングで偶然に思いついたなんて、ちょっと考えられないでしょ? 詩音(冬服): えぇ、そうですよね……チョコ味のケーキはいろんな種類がありますが、半生状態で作り上げたものは初めて見ました。 詩音(冬服): たとえ東京では珍しくないものだとしても、それを同じ地域で同時発表だなんてありえないです。 レナ(黒ドレス): ……でも、先に発表されたら後発は不利だよね。主張しても、こっちが真似をしたって言われちゃう。 魅音(冬服): せっかくの新作なのに、ケチをつけられたらたまったもんじゃないからね。だから状況を確かめて、その上で対策を講じておきたいんだよ。 詩音(冬服): で、お願いしたいのはケーキの味の確認……それから、ちょっとした人物照会です。 レナ(黒ドレス): 人物、紹介……? 詩音(冬服): 「紹介」ではなく、「照会」の方です。何人かの写真をお見せするので、そいつが会場にいるか確認してもらいたいんです。 魅音(冬服): もちろん、見つけられなかったらそれはそれで構わないよ。あくまで現場にいたら教えてほしい、って程度の話だからさ。 詩音(冬服): 会場への送迎、バックアップなどの諸々はこちらでうけたまわります……どうですか? レナ(黒ドレス): うん。……でも、どうしてレナに頼むのか理由を聞いてもいい? 魅音(冬服): 私たちは面が割れていて行けないから……可能な限り、信頼できる子に頼みたいんだよ。ただそう考えると、人数は限られる。 魅音(冬服): 一穂は最初の目的を忘れて、美味しいチョコをいっぱい食べたよー……なんてのほんんと帰還してくる可能性が高いしね。 魅音(冬服): もしくは緊張で何も喋れず、口にもできずに半泣きで成果なしに戻ってくるかのどちらか……! 詩音(冬服): まぁ、一穂さんって意外に責任感が強いので私は後者だと思いますけどね。 レナ(黒ドレス): 一穂ちゃんはすっごく頑張り屋さんだから、何もできないことはないと思うけど……。 レナ(黒ドレス): ただ……向き不向きの判断だけで言うなら、偵察とかはちょっと難しいのかもしれないね。 詩音(冬服): ぇぇ。だから今のところ、最有力候補はレナさんと菜央さんだったんですよ。 詩音(冬服): ほら、菜央さんって都会っ子感がありますし……パーティーの場とかにも慣れている、とご自分で言っていたことがありますしね。 詩音(冬服): ですから、向き不向きで言うなら一番向いているとは思うんですが……ただ……。 魅音(冬服): 今回の新作を手がけた本人ってのが……ね。もし盗作が事実だったら、嫌な気分になると思うし。 レナ(黒ドレス): はぅ……そうだね。なるべく菜央ちゃんには、内緒のままで解決するようにしたいかな……かな。 レナ(黒ドレス): ……あれ?それじゃ、美雪ちゃんと千雨ちゃんは?あの2人なら大丈夫だと思うんだけど。 魅音(冬服): 千雨は全員で行くなら、まぁ引き受けてくれるだろうけど……単体となると、ねぇ? 詩音(冬服): まぁ会場に、サメの水槽でもないと無理ですよ。……なんてのは冗談としても、目つきの悪さがいかにも偵察って感じが否めませんからね。 レナ(黒ドレス): (……詩ぃちゃんって、千雨ちゃんのことがあまり好きじゃないのかな……かな?) 詩音(冬服): あと、美雪さんの方は……彼女なら、まぁなんとかしてくれるかもとは思いますけどね。 魅音(冬服): あれぇ?あんた、真っ先に美雪はダメって言ったじゃんか。 レナ(黒ドレス): はぅ……美雪ちゃんも、結構器用だと思うけど。 詩音(冬服): いや、美雪さんの場合は……その……。 詩音(冬服): 雀荘とか飲み屋とか、親戚の宴会とか……庶民感? 下町的? そういう場所であれば確実に向いていると思います。 詩音(冬服): ただ、高級ホテルのバレンタイン試食会となるとちょーっと突撃させるのは酷かなぁと思いまして。 詩音(冬服): ……ま、案外上手くやりそうな気もしますけど。 魅音(冬服): どっちなんだよ、まったく。 レナ(黒ドレス): はぅ……でも、結局1人しか行けないんだよね? 魅音(冬服): うん。あいにく参加するためのパーティー券が、1枚しか手に入らなかったからね。 魅音(冬服): 2枚あったら、バックアップを詩音に任せていっそ私が乗り込むって手もあったんだけどさ。 レナ(黒ドレス): ……様子を見に? 魅音(冬服): 威力偵察。 詩音(冬服): 威力……? 威圧の間違いじゃないですか? 魅音(冬服): まぁ園崎の次期頭首が来たってわかれば、向こうも少しは対応を考えるんじゃないかって。 魅音(冬服): ただ……私や詩音が単体で乗り込むのは正直デメリットの方が上回るんだよねぇ。 レナ(黒ドレス): ……わかった。じゃあこの後、レナはどうすればいい? 詩音(冬服): え? ちょっ、レナさん?もうちょっと話を聞いてから判断していいんですよ? レナ(黒ドレス): ううん……レナ、菜央ちゃんが考えてくれたあのチョコケーキがどんな風にお客さんたちに喜んでもらえるか、すごく楽しみにしていたの。 レナ(黒ドレス): だから、もし本当に盗まれていたのだとしたらすぐにでも対策を考えたい……駄目かな、かな? 魅音(冬服): …………。 魅音(冬服): ……ありがとう、レナ。じゃあ、任せるよ。作戦名は……! パーティースタッフ: こんにちはお嬢さん、チケットを拝見致します。 レナ(黒ドレス): はい、どうぞ。 パーティースタッフ: ……結構です、ありがとうございます。それでは、どうぞごゆっくりお楽しみください。 レナ(黒ドレス): (チョコレートの匂いでいっぱいかと思ったら、そうでもないんだね……) レナ(黒ドレス): …………。 レナ(黒ドレス): (いけないいけない、ついかぁいい会場に見とれちゃった) レナ(黒ドレス): (でも、なんだかここって見覚えが……すっごく昔、ここに来たことがあったような……) レナ(黒ドレス): (確かあの時、一緒にいたのは……) レナ(黒ドレス): …………。 レナ(黒ドレス): (いけない、今は集中しないと) レナ(黒ドレス): (チョコレートスパイ・レナ……大事なお友達のために、任務遂行するよっ!) Part 03: 圭一(冬服): …………。 レナ(冬服): ……なんて、そういうことがあって。綺麗なドレスを着せてもらって、パーティー会場に潜入したんだよ。 圭一(冬服): ……レナ。 レナ(冬服): はぅ……どうしたの圭一くん? 圭一(冬服): 俺を殴れ……!! レナ(冬服): えっ……?な……なんでかな、かな?! 圭一(冬服): お前のその拳で、思いっきり殴れ……!そして愚かな俺を、容赦なく断罪してくれ……! レナ(冬服): だ、だからどうしてレナが、圭一くんにそんなお仕置きをしないといけないのかな? かなっ?! 圭一(冬服): あれは……何日前だったのか忘れたが……穀倉の街を歩いている時に、レナの姿を見たんだ。 圭一(冬服): けど、声をかけてもレナは気づかなかったのか、俺のことを無視して行っちまって……! レナ(冬服): …………。 レナ(冬服): って、やっぱり圭一くんだったの?!ごめんねっ、一瞬もしかしたらって思ったんだけどあの日はスパイのことで、頭がいっぱいで……! 圭一(冬服): いや、……わかっている。だから、気づかなくて当然だと思う。 圭一(冬服): それに、まさかそんな大事なことを任されている時に穀倉で俺と出くわすなんて、考えたりしないよな。 圭一(冬服): 俺も、家族と一緒に歩いていたしさ。……だが、今ここでお前から話を聞くまで正直に打ち明けると、こう思っていた。 圭一(冬服): もうすぐバレンタイン。……こそこそする理由は限られていると。 圭一(冬服): レナはもしかして、俺……げふんげふんっ。 圭一(冬服): みんなへのバレンタインのチョコを作るために、わざわざ材料を買いに行ってくれたんじゃないかと! 圭一(冬服): それを俺に見られたのが恥ずかしくて、逃げた!もしくは……。 レナ(冬服): もしくは? 圭一(冬服): …………。 圭一(冬服): なんというか、その……俺が気がつかないうちに何かをやらかして、レナを怒らせたんじゃないか……とか。 レナ(冬服): …………。 レナ(冬服): はぅ……なんだか、両極端だね。 圭一(冬服): ……俺もそう思う。悪かった、レナ。 レナ(冬服): ううん、気にしないで。 レナ(冬服): でも、圭一くんにすごく真剣な顔で話があるってここに呼ばれた時は、正直ちょっと不安だったけど……。 レナ(冬服): そういうことだってわかって、すごくほっとしたかな……かな。 レナ(冬服): 何があったか、全然わからなかったからね。 圭一(冬服): ……わからないのを置いておいて、何があったのかを説明してくれたのか。 圭一(冬服): それに比べて俺は、自分が想像できる範囲で結論付けるのはよくないってわかっていたのに……。 圭一(冬服): 俺は、俺ってやつは……! レナ(冬服): は、はぅ……圭一くん、そんなに自分を責めなくてもいいんだよ。 レナ(冬服): だって、そもそもレナがスパイをやっているなんて普通は想像できない……よね? 圭一(冬服): そりゃそうだけどな……情けないぜ。バレンタインって、男が貰うか貰えないかの2つに1つの戦争だと思っていたんだが……。 圭一(冬服): まさかそんなところでチョコレート#p戦争#sウォーズ#rが起きていたとはな。 レナ(冬服): あははは。戦争って意味なら、女の子にとってもバレンタインは戦争だよ。 レナ(冬服): 心を込めて作ったチョコを受け止めてくれるかは、当日渡そうとしないとわからないんだもん。 圭一(冬服): ……そういうものか?普段の流れから考えて、わかるんじゃないか? レナ(冬服): ……ううん、わからないよ。 レナ(冬服): どれだけ準備を重ねても、その日その時になってみないと結果がわからないのは、どんなことでも同じだと思うから。 レナ(冬服): ドキドキしているのは、渡す方も渡される方も同じなんじゃないかな……かな。 圭一(冬服): ……そっか。で、そのチョコケーキの件はどうなったんだ?写真の相手は、パーティー会場にいたのか? レナ(冬服): はぅ……ごめんね、それは言えないの。誰にも言わないでって口止めされたから。 レナ(冬服): でも、パーティーでお披露目されたケーキは菜央ちゃんが作ったガトーショコラじゃなかった。食感がちょっと似ていたけどね。 レナ(冬服): これはレナの想像だけど……真似しようとしてもできなくて、時間もないから近いところで妥協したんじゃないかな、かな。 圭一(冬服): そっか、ならよかったぜ。……ただ、口止めってのは気になるな。 圭一(冬服): もし、情報を漏らしていたやつが魅音たちの身内の中にいたんだとしたら、穏便に済むとは……さすがに……。 レナ(冬服): 圭一くん……? 圭一(冬服): あ、いやなんでもない。……けど、レナってすごいな! 女スパイ・レナ!なんか、カッコイイぜ~! レナ(冬服): はぅ……お仕事がなければ普通に楽しいパーティーだったんだけどね。 レナ(冬服): とってもお洒落で、おいしそうなものがたくさんあって……圭一くんやみんなと一緒に行きたかったよ。 圭一(冬服): お、俺たちが全員でスパイやるのか……?なんか最近流行っているあの作品みたいで、面白そうだなー! レナ(冬服): あははは。圭一くん、レナがやりたかったのはスパイじゃないよ。みんなと楽しい、バレンタインパーティーの方だから。 圭一(冬服): ……じゃあ、やるか。 レナ(冬服): えっ……? 圭一(冬服): 今レナが言った、バレンタインパーティーだよ。俺たちで開こうぜ! 圭一(冬服): 菜央ちゃんから聞いたけど、本来は海外だと男の方からチョコじゃなくて、贈り物を渡すのが礼儀らしいからな。俺からみんなへの、バレンタインだ! 圭一(冬服): まぁ、当然俺だけじゃできないから……レナたちにも手伝ってもらうことになるけど。 圭一(冬服): せっかくだし、やりたいならやってみようぜ! レナ(冬服): ……あはは。 レナ(冬服): あはっ、あははは!もう、なんでそうなっちゃうのかな……かなっ。 レナ(冬服): でも、うん……うん。すっごく楽しそうだね! 圭一(冬服): 楽しそうじゃねぇよ。楽しいパーティーにするんだ! レナ(冬服): うん!やろう、みんなでお洒落なバレンタインパーティー!圭一くんも、うんとおめかししてきてねっ! 圭一(冬服): おっ……おう! 任せとけっ! レナ(冬服): あははは。楽しみだなぁ。 レナ(冬服): (……別に、この前行ったお洒落で素敵なパーティーじゃなくてもいい) レナ(冬服): (やっぱりレナは、大好きな人たちと楽しめるパーティーの方がいいかな……かなっ!)