Part 01: ……いつからその「異常」が始まったのか。われながら油断がすぎると反省しているが、よく覚えていない。 ただ、はっきりと意識をしたのはいつも通りの生活を送る中……なにげなく「あの子」に呼びかけた時だった。 羽入(私服): 梨花ぁ、ちょっといいですかー? 梨花(私服): …………。 羽入(私服): ……梨花ー?どうしたのですか、あぅあぅ~。 梨花(私服): みー、……羽入?急に話しかけられて、びっくりしたのですよ。 羽入(私服): えっ……?僕は何度も、梨花の名前を呼んでいたのですよ。 梨花(私服): そうだったのですか……?気づかなくてごめんなさいなのです、みー。 羽入(私服): あ、いえ……。 そう言って謝る梨花の返答に、私は違和感を抱く。 反応を見る限り、ちょっとからかう感じで無視したようには感じられない。本当に聞こえなかった、と言いたげな表情だ。 ……そして、おかしな現象はそれだけではなかった。 沙都子(私服): 梨花ぁ~、ちょっと相談したいことがあるんですけど……って、わぷっ? 背後から駆け寄ってきた沙都子が立っていた私の身体に正面からぶつかり、弾かれた格好で芝生の上に尻餅をつく。 いきなりの衝撃に二、三歩とよろめいたが、なんとか踏ん張って倒れずに済むことができた。 沙都子(私服): あ、あら……? ごめんなさいですわ、羽入さん。そちらにいたことに気づくのが遅れてしまって。 羽入(私服): あぅあぅ……僕はずっと、ここに立っていたのですよ。 沙都子(私服): そうでしたの? おかしいですわね、よそ見をしていたつもりはないんですけど……。 羽入(私服): …………。 ……こういう時に相談ができるのは、やはり同じ神の立場にある存在。そう考えた私は、#p田村媛#sたむらひめ#r命のもとを訪れることにした。 羽入(私服): ……。僕も、変わりましたね。 荒れた山道を踏みしめて進み、日中の暑さから額ににじんできた汗を拭って空を仰ぎながら……私はくす、と笑う。 以前なら、他に頼る術もないので仕方なく……と気が滅入る思いで渋々と『鬼樹の杜』までの道を歩いていたものだが……。 今では、かつての仇敵とも呼べる存在にこうして会いに行く口実ができたことを密かに喜んでいる自分がいて、少しおかしい。 さらに田村媛命も、近頃は私が呼びかけると面倒そうに不機嫌な表情を浮かべるものの……私をあまり待たせずに顕現するようになった。 そして用が終わった後、さっさと消えることなくお茶などをして雑談に応じてくれることもあって……いい関係が構築できていると思う。 羽入(私服): まぁ、当初は応える際に対価を求めたり、ぐちぐちと嫌味を言ってきたりしたので腹立たしさは若干ありましたが……。 それも、神の矜持とやらを名分にした照れ隠しなのだとわかった今は、特に不快ではない。むしろ心地よいと感じる時さえあって、楽しかった。 羽入(私服): (こういう関係は、もしかしたら……いえ、もう「友」と呼んだところでさして差し支えないのかもしれませんね) と、そんなことを考えているうちに道が開けて見慣れた老齢の大樹が視界の中に映し出される。 ――『鬼樹の杜』。霊験あらたかな力を宿すその大樹こそが、異なる「世界」に繋がる門としての存在。 そして今は、田村媛命がこの「世界」に存在を一時的に固定するための仮の宿でもあった……。 羽入(巫女): 田村媛命ー?もしいたら、返事をしてくださいなのですよ~。 …………。 沈黙が流れた後、そよ風がひとつ吹き抜けて木々がざわめく音が聞こえてくる。……と、 田村媛命: ……またそなたか。今度は何用だ? そう言って、やはり口をへの字に曲げながらこの「世界」における神としての超常の存在――田村媛命が私の前に顕現した。 とにもかくにも、私は自分の身に起こった異常な状況を田村媛命に聞いてもらうことにした。 羽入(巫女): ……なんてことが、ここ数日続いているのです。あなたはこの状況についてどう思いますか? 田村媛命: 角の民の長よ……吾輩はそなたの悩み相談係ではない#p也#sなり#rや。 田村媛命: なんでも吾輩に聞けば善きと考えるは、正しきながらも安直な姿勢だと弁え給え。 羽入(巫女): そうは言っても、僕にはあなた以外にこんなことを相談できる相手がいないのですよ。 田村媛命: ……何を言う#p哉#sかな#r。本来神とは、孤高にして超然たる存在也や。 田村媛命: 故に他と交わるを善しとせず、己に起こった異については己のみで解決するが神の矜持かつ義務であるものと知り給え。 羽入(巫女): あぅあぅ……それは、僕もわかっているつもりなのですが……。 淡々とした口調で田村媛命からそう窘められて、私はしゅんと肩を落とす。 ただ……以前のように、なじる感じではない。むしろ私に神としての矜持と自覚を促すという、気遣いのような柔らかさがあった。 そして、それが証拠に……彼女は大きくため息をつきながらも、ゆっくりと言葉を繋いでいった。 田村媛命: ……仕方なき哉。なれば、そなたの現状とやらを知るために波動の流れを診てしんぜる也や。 田村媛命: これは特別かつ、浅からぬよしみの所以による慈悲の行いであることと、しかと知り給え。 羽入(巫女): いいのですか? ありがとうなのです……!やっぱり田村媛命は、とても頼りになるのですよー。 田村媛命: ふん……。断っておくが、吾輩が此度そなたの願いを聞くのはあくまでも同じ「神」の存在として、そして……。 羽入(巫女): あぅあぅ、わかっているのです。僕とあなたとの関係だからこそ、聞いてくれているのですよね? 田村媛命: ……えぇい、そういう信頼はこそばゆい也や。ともあれ角の民の長よ、しばらくの間待つ哉。診るための「空間」を用意するゆえに。 羽入(巫女): あぅあぅ、ここではダメなのですか……? 田村媛命: 全く無為とは申さぬが、ここは混ざりものが多い也や。……それに原因とやらに、心当たりがなくもない。 田村媛命: そして引き受けるからには、正確を期すが吾輩の矜持。ゆえに従うが最善と知り給え。 羽入(巫女): もちろんなのですよ。そういうところが、田村媛命の真面目で素敵なところだと……。 田村媛命: も、もういい!そなたは最近、口さがなく他の神に対して世辞を使いすぎ哉……! Part 02: それから、数刻後。#p田村媛#sたむらひめ#r命からの合図に私が応じた次の瞬間……視界が暗転して、闇に閉ざされる。 そして間もなく、「世界」は彩りを取り戻し……なんとも形容しがたい空間が、目の前に広がった。 羽入(巫女): あぅあぅ……ここは、どこなのですか? 田村媛命: 吾輩の宿る鬼樹によって紡がれた、『連携』による「世界」#p也#sなり#rや。 田村媛命: わかりやすく申すと、そなたらが存在する『カケラ』の世界と類似と思えば近しい#p哉#sかな#r。 羽入(巫女): あぅあぅ……あなたは、こんな「世界」で僕たちのことを見守ってくれていたのですね。 羽入(巫女): でも、こういった異世界が存在していたなんて……今まで全く知覚することができなかったのですよ。 田村媛命: 存在していた……とは似て異なる也や。実際これは、そなたからの「頼み」に対処しようと試みた際に生まれ出た、いわば副産物の類い哉。 羽入(巫女): 「頼み」……?ひょっとして、僕が#p雛見沢#sひなみざわ#rを一時的に離れるための手助けをお願いしたことですか? 田村媛命: #p然#sしか#rり。あれは吾輩の古よりの力を用い、鬼樹の霊的な繋がりを活用した御業也や。 田村媛命: そして、神の存在を構築する膨大な情報を処理すべく、物理的な現実の「世界」と表裏一体になったもうひとつの「世界」……。 田村媛命: いわゆる「仮想」の現実とも呼ぶべき概念を維持するために鬼樹の霊力が生み出したのが、この空間である哉。 羽入(巫女): 仮想現実……? つまり、マンガなどでよく取り上げられる空想的な科学設定が本物になったということなのですか……? 田村媛命: 理論が実践よりも先行するのは、学術において必定。たとえ人の子が娯楽で編み出した創作であろうとも、未来を思い描くのであれば科学的研究と同じ哉。 田村媛命: いずれにせよ、これは吾輩でさえ当初は想定していなかった事態。故にこの空間もまた、未知が残る場所也や。 羽入(巫女): ……。そのように不確かなものを、別世界の神である僕にさらけ出しても大丈夫なのですか? 田村媛命: ……? それはどういう意味哉? 羽入(巫女): もちろん僕は、この空間における不可思議な力や現象を悪用なんてしません……するわけがないです。 羽入(巫女): ですが、『カケラ』の世界と同様に神が支配する「世界」の理は、神の存在を確たるものと保証する……大切な後ろ盾。 羽入(巫女): にもかかわらずそこに他の神を導くことは、「世界」そのものの構造を危うくされるだけでなくあまつさえ支配権を揺るがす危険もあるのでは……? 田村媛命: ……不倶戴天といがみ合う時期は、すでに過ぎた。今は必要に応じて手を貸し、あるいは借りることも大義のためには考慮に入れるべきと弁えた也や。 羽入(巫女): 田村媛命……。 田村媛命: まぁ、そなたに対しては釈然としない思いも残る上……信を委ねても善いものかどうかの怪訝は若干あるといえばあるが……。 田村媛命: そなたの先ほどの言を借りれば、神が頼れるものはやはり神のみ。 田村媛命: 今はかつての蟠り、恨みつらみをさて置き、困難に対しての善処を惜しまぬことも肝要と考え方を改めた所以哉。 羽入(巫女): ……わかりましたのです。あなたが手を貸してくれるのであれば、これほど心強いことはないのですよ。 羽入(巫女): あ、でも……どうして僕に対する認識が弱まったことを調べようとして、この「世界」に来ることが必要になったのですか? 田村媛命: そなたの頼みを聞いて、吾輩は雛見沢の外へ出す術をここにおいて構築した。……つまり、それが原因ではと考えられる故也や。 羽入(巫女): えっ……? それは、どうしてなのです? 田村媛命: 以前も説明したかと思うが……角の民の長よ。そなたが雛見沢の外に出られるようになったのは、存在を情報化して複数の霊樹を中継地とし……。 田村媛命: 移動先に一番近しい霊樹にて顕現を行い、身体と意識を一時的に転送した措置によるもの哉。 羽入(巫女): あぅあぅ……電話線を通じて音声を送るように、物質と精神を遠くに送ったというわけなのですね。 田村媛命: 然り。その手段は吾輩の力と術により、寸分の狂いも瑕疵もなく成功した……が……。 田村媛命: あるいはその際、元々の情報源であるそなた自身の存在に全ての因子が還元されないまま再構築が行われた可能性もあると考えた也や。 羽入(巫女): ……えーっと。ということは、僕がこうなった全ての原因は、田村媛命の失敗による可能性が高ぃ……もがっ? 田村媛命: ……口の利き方に気をつけ給え、角の民の長。そもそも吾輩に無茶な依頼をかけてきたのはま・ち・が・い・な・く、そなたであった哉。 田村媛命: そして、付け加えておくが……先ほども申した通りここは、吾輩の支配する空間也や。ゆえに、吾輩がその気になれば、そなたの存在は――。 羽入(巫女): わ……わわっ、わかりましたのです!無礼な発言を即時撤回して謝罪するのですよー!あぅあぅあぅあぅ~!! 田村媛命: ……よかろう。ならば格別の慈愛でもって、聞かなかったことにしてやる哉。 羽入(巫女): あ、あぅあぅ……仲が良くなって率直に言動が出るようになった分、恐ろしさもさらに倍、なのですよ……! 田村媛命: ……まだ何か申した也や? 羽入(巫女): な、何も言っていないのです!ただの独り言、戯言なのですよ~? 田村媛命: ……まぁいい。では、始める哉。この空間に身を委ね、以前雛見沢を出る時に行った精神の集中と接続を試み給え。 羽入(巫女): わかりましたのですよ。あぅあぅっ……。 Part 03: …………。 田村媛命: 数多の「世界」への接続に、異常履歴は無し。角の民の長自身も、存在に伴う波動においてぶれや乱れは見られない#p哉#sかな#r。 田村媛命: つまり何度も行われた転送は常に成功しており、還元による再構築も問題なく行われている。となると、やはり他の原因が関与して……むっ? 羽入:巫女: ……ッ……。 田村媛命: 巧妙に隠されているが……この1本の接続線には見覚えがない#p也#sなり#rや。履歴も……情報として残っていない。 田村媛命: これは、どこに繋がっている哉?過去、未来……現在……いずれとも異なる。 田村媛命: だとすれば、「可能性」による平行世界……?いや、それにしては伝わってくる気の流れが禍々しすぎる……しかも……?! 羽入(巫女): ……どうしたのですか? 僕の中に伝わってくるあなたの迷いの感情が、大きくなっているように感じられるのですが……? 田村媛命: ……。これは、いったい何也や? 田村媛命: (この接続線と繋がっている「世界」だけ……他の数多とは明らかに違う気配をはらんでいる哉) 田村媛命: (まるで、これは……夢……?角の民の長から意識や記憶を奪い、あたかも夢幻の中にあるように錯覚させて……) 田村媛命: (その上で巧妙に別の意思を自我へと割り込ませ、他者による「世界」の中に放り込んだような……?) 田村媛命: (されど、それを可能にしたのは何者だ?人の子の如く、神に夢を見せることができるのは同じ神の座にいるものでしか能わざる也や……) 羽入(巫女): #p田村媛#sたむらひめ#r命……? 田村媛命: あ、いや……相済まぬ。吾輩が懸念していた問題らしきものは、特になかった。ただ……。 羽入(巫女): ただ……なんですか? 田村媛命: ……角の民の長よ、しばし待て。吾輩が直接乗り込んで、正体を掴んでくる哉。 羽入(巫女): えっ……?そ、そんなことをしても大丈夫なのですか? 田村媛命: 万全、と確約するのはさすがに憚られるが……ここは吾輩の気と波動によって構築された世界。 田村媛命: たとえ不意を突かれたとしても、易々と攻略されることは神の御名に誓ってあり得ぬと断ずるも可能なことと知り給え。 羽入(巫女): ……あなたがそこまで言うのであれば、きっと勝算があるのですね。 羽入(巫女): わかりました。全てをあなたの意向と判断にお任せするのですよ。 田村媛命: ……では、しばらくここで待つ哉。 田村媛命: さて、とりあえず来てはみたものの……ここはどの#p雛見沢#sひなみざわ#r也や? 田村媛命: いや……この古めかしさと殺意に満ちた波動からしてここはかつての呼び名である鬼ヶ淵か……むっ? 羽入(巫女): …………。 田村媛命: 角の民の長……?なにゆえ、村の中心部にてその姿をさらしているのだ? 田村媛命: そなたは鬼ヶ淵の守り神として、来るべき時……あの古手梨花なる人の子が生を受けるその日まで、姿を神社の奥深くに潜ませていたはず……? 羽入(巫女): ――っ……。 田村媛命: しかも、そなたの手に持つ剣……なぜだ?形状こそ鬼狩柳桜……だが、刀身から発せられる波動と気の流れが……違う……?! 羽入(巫女): っ、……ぅぅぁぁあああぁぁっっ!!! 田村媛命: なっ……? 血迷ったか、角の民の長!そなたはいったい、何と戦おうとして……?! ツクヤミ: 『ッ、グググ……グオォォォオァァアァッッ!!』 田村媛命: あれは……鬼……ではない……? 田村媛命: まさか……『ツクヤミ』か……?! 羽入(巫女): あああぁぁぁああぁっっっ!!! 田村媛命: っ、倒したか……? いや、まだだ!とんでもない数の『ツクヤミ』が、角の民の長を四方から屠らんと迫ってきている……?! 田村媛命: いったい、何が起こっている也や……!これはあの者の、記憶の中にある事象……?いや、それにしては……波動の色が……! 田村媛命: ともあれ、逃げよ角の民の長!そなたひとりの力では如何ともし難き哉っ!! 羽入(巫女): っ、はぁ、はぁ、はぁっ……! 田村媛命: くっ……吾輩の声は聞こえぬ也やっ?しかも、このままでは吾輩の存在を物理的に保ち続けることが能わず哉……! 田村媛命: なぜだ……? ここは鬼樹の霊気によって構築された「世界」のひとつであるはず!にもかかわらず、吾輩の手に余るのは……?! 采: お前にできないことは、もはや何もない……わけではないです。 田村媛命: っ……そなたは、采……? 田村媛命: 吾輩と角の民の長を共倒れさせた上で「世界」の支配を目論んだ不届きな『来訪者』が、何故ここへ現れた也やっ? 采: 説明しているだけの時間が、ある……とは絶望的に言えないのです。 采: 我についてこない……とお前は確実に困ります。我も……。 田村媛命: っ……わかった。不本意なれど、吾輩を導く哉っ! 采: ……っ……。 田村媛命: なんとか、振り切った也や……しかしここは、いったい……? 采: ……ここは、お前が作り出した空間の狭間。少し拝借して、我の居場所を作ったのです。 田村媛命: 勝手な真似を……と、言える状況でもない哉。あれは、いったいどういった事象也や……? 采: 我の口調を真似していい……はずがないのです。 田村媛命: ……その喋り方、いい加減止める也や。説明の内容を聞き取ることも実に難く、なによりも甚だ耳障り哉。 采: くっふふふふ、やっぱり田村媛命は相も変わらずチョー融通利かず!面倒でウザいことチョーこの上ないです! 田村媛命: ……先に尋ねる也や。あのような状況を生み出したのは、ひょっとして貴様がまた何かを企んで……?! 采: はっ、言いがかりはチョー腹立たしいのです!我はお前こそ元凶だと思って、会った際に絶対ぶん殴ってやると決めていたのですよ! 采: 貴様の「世界」に忍び込み、この空間を設けたのもスキを見て一撃報いるためのチョー深謀遠慮だったのです! 田村媛命: そなた……ではない……?であるならば、いったい何者の仕業也や? 采: お前以外に容疑者を考えていなかった我に、そんな質問をされてもチョー答えられないのですよ。とはいえ……。 田村媛命: ? どうした、采よ。何か思い当たる節でも存在する哉? 采: この現象は、まるで中国の故事にて語られた不可思議な状況にとても似ているのですよ。えっと、あれはなんと呼んでいたのか……うーん……。 田村媛命: ……神の分際で、健忘の域に入っているようだな。さっさと退き、夢の中の世界で楽隠居するが万物の益に繋がるものと弁えるが善きと知り給え。 采: 誰がボケているとっ?やっぱりお前を殺して、我の視界の隅に映る汚物をチョー取り除いてやるのですよー……ん? 采: 今のやり取りで、思い出したのです。『胡蝶の夢』……お前はこの現象のことを、どのように捉えるのですか? 田村媛命: 胡蝶の、夢……? …………。 田村媛命: んっ……ここは……? 羽入(巫女): あっ……無事だったのですね、田村媛命!何事もなくて、よかったのですよ~! 田村媛命: …………。 羽入(巫女): ……あぅあぅ、どうしたのです?何やらお顔の色が優れないようにも見受けられるのですが……。 田村媛命: ……。いや、何でも無い哉。きっと、吾輩の気のせいも含まれている也や。 田村媛命: 特に異常も認められぬ故、元の場所へ戻る哉。吾輩についてくるが善しと従い給え。 羽入(巫女): あぅあぅ、わかりましたのです。戻ったらお礼に、甘いおはぎかシュークリームをあなたにご馳走するのですよ~。 田村媛命: …………。 田村媛命: 相済まぬが、今日は遠慮する也や。また日を改めて、声をかけてくれると有難い哉。 羽入(巫女): ? わかりましたのです。ではその時までに、買い出しをしておくのですよ。 田村媛命: 了解した也や。 …………。 田村媛命: (胡蝶の夢……か) 田村媛命: (現実と夢想……どちらを真実と見なして、その反対を虚構と捉えるかの違いは紙一重。ならば、この角の民の長は……) 田村媛命: ……やはり、迂闊に他者と交わるとろくなことが起きぬ哉。 羽入(巫女): えっ……何か言いましたか、田村媛命? 田村媛命: いや……ただの戯れ言也や。 田村媛命: (……そうだ。今のは本心ではなく、ただの愚痴だ) 田村媛命: (なればこそ、いずれ吾輩は……「友」のために動かなくてはならぬ哉……)