Part 01: ……あれから、半年。今の状況を、私は受け入れたつもりだった。 鷹野(軍服): ……っ、……ぁ……。 目を開けると、視界に映るのは白い天井。個室にもかかわらず、ベッドの周りには間仕切りのカーテンがぐるりと囲んでいる。 ほのかに漂ってくる、消毒薬の独特の匂い。……昨夜までは挿し花の甘い香りがあったはずなのだが、そばの花瓶を見るともう枯れてしまっていた。 鷹野(軍服): ……。先々週に持ってきてくれたものだから、むしろ長く咲いてくれたと言うべきなのかもしれないわね。 そんなことを呟きながら、私はおとがいを反らして再び天井へと視線を戻す。 季節が変わり、もうすぐ年も変わる。身体にもどこか問題があるわけではないのだが……まだ退院の許可が出るには、時間が必要とのことだ。 もっとも、一時的な外出は何度か許してもらえているので特に退屈してはいない。……それどころか、毎日のように「あの人」が顔を出してくれるのでとても満たされている。 食事は病院食などではなく、何でも食べることができる。だから入院というより、ホテル暮らしのような気分だった。 鷹野(軍服): ……。でも……。 何度も戒めた。自分にとって今の境遇は、過ぎたるものと言われても反論できないほどに幸せだとよくわかっている。 それでも、……時々、考えずにはいられなかった。あの時全てがうまくいっていれば、自分だけでなく「あの人」も今より幸せだったのではないか、と……。 一瞬でも、東京が増援を送ってくれたのだと思った私だけが馬鹿だった。 彼らの様子では、すでに自分たちの負けがだいぶ前からわかっていた素振りだった。……私だけに、それが伝えられていなかったのだ……。 鷹野(軍服): どういうことなの!!状況がさっぱりわからないわよ小此木ッ!! 小此木: 手詰まりってヤツです。富竹が呼んだ番犬が到着したんですよ。 鷹野(軍服): 番犬?! な、名前は聞いたことがあるけど……山狗と似たようなものでしょう?!どうして応戦しないのよ!! 小此木: ご冗談を……。山狗は所詮、防諜部隊です。対して番犬はほんまもんの戦闘部隊ですわ。……ハナから勝ち目なんざありませんね。 わずかに3人残った隊員たちも、それを認めるように疲れきった目を私に向ける。 その、失望に満ちた表情を見て……私は全身の血の気が引き、急速に悪寒が駆け巡っていくのを感じていた。 鷹野(軍服): だ、だいたい……どうして番犬が来るのよ!富竹は捕まえているのに、どうして!!他にスパイがいるんじゃないの?! それは誰よ!! 山狗隊員C: ……三佐、すでに診療所が襲撃され、富竹二尉が奪い返されたことはご存じないのですか……。 隊員のひとりが恐る恐る口を挟むと、小此木が余計なことは言うな、というような仕草をする。 その報告は、今の私にとっては青天の霹靂であり……同時に、さらなる怒りと苛立ちをかき立てるものだった。 鷹野(軍服): そ、そんなの聞いてないわよ!! それはいつよ!! 鷹野(軍服): どうなってるの、小此木!!それに村から逃げられないよう、封鎖部隊というのもいるんでしょう?! 小此木: …………。 彼らは、もう私の問いかけに答えようとはしてくれなかった。 ……まるで、私だけが置いてきぼり。私だけが何も知らない。私だけが仲間外れにされている……。 隊員たちは小此木を見て、その指示だけを待っている。私の指示なんか誰も待っちゃいないし、聞く気もないのがもう態度でわかった。 山狗隊員A: ……隊長、指揮車より無線です。インカムをどうぞ。 小此木: ……鳳1だ。 山狗隊員B: 『隊長、郭公より最終連絡です。“カッコウを実行せよ”』 小此木: ……カッコウ、了解した。 山狗隊員B: 『指揮車を番犬が包囲中です。投降を勧告しています。……いかがしますか』 小此木: ………指揮車、……いや、太田、安達、ご苦労だったな。投降を許可する。武装解除して以後は番犬の指示に従え。 山狗隊員B: 『……指揮車、了解』 小此木: 各員その場で聞け。指揮車が制圧された。すでに診療所も制圧されているだろう。 小此木: 我々は全てのバックアップと装備を失った。全班は壊滅。個々の隊員たちも武装解除に応じているだろう。山狗の完全敗北だ。 鷹野(軍服): ……く、……まだよ……!何とか東京の野村さんに連絡を取るのよ!! 鷹野(軍服): 番犬が何よ! 番犬に匹敵する部隊を送り込んでくれるわ!! 鷹野(軍服): Rは生きていたのよ?! 終末作戦の実行は可能だわ!!それをすぐに野村さんに連絡しないと! そのためにはまず東京への連絡手段を取り返すことが重要よ! 鷹野(軍服): こうなると村の連絡網を遮断したのが裏目に出るわね。指揮車を奪還するしかないわ!指揮車の無線で東京に連絡して、応援を呼ぶのよ!! 鷹野(軍服): 幸い、指揮車は今、あっさり降伏してみせたから奴らも油断してるはず。小此木と3人も隊員がいれば充分可能よ!! 鷹野(軍服): まだ6月19日!! 作戦開始は……えぇと21日? 22日だったかしら……? 鷹野(軍服): まだ間に合う……まだまだ間に合う!!ここから巻き返すわよ、小此木!すぐに指揮車の奪還を実行しなさい!! 小此木: …………。 山狗隊員A: …………。 鷹野(軍服): くっ、……な、……何で誰も私の言うことを聞けないの……!! 鷹野(軍服): 私は三佐よ?! 小此木よりずっと偉いのよ!!小此木の言うことは聞けて、どうして私の言うことが聞けないの!! 小此木: ……三佐。さっきから飛び回ってるヘリが言う通りですわ。このゲームはうちらの負けです。これ以上の往生際の悪さは互いに得になりませんね。 鷹野(軍服): な、何を言うの小此木!! まだよ、もう挫けるの?!あなたもRが生きているのを見たでしょう?! 鷹野(軍服): 今日の一日が狂いだしたのはRが死んだなんて噂が流れたからよ?! でもRは生きていた!!今日の一日はなかったことになるのよ!! 鷹野(軍服): 緊急マニュアルはまだ生きてるわ。女王感染者が生きている以上、あらためて殺せば、そこから48時間の緊急マニュアル執行可能な時間が……!! 小此木: 三佐、緊急マニュアルがどうこうって次元じゃ、もうないんですよ。もう東京は女王感染者とか、それが死んだら48時間とか、もうどうでもいいんです。 小此木: 終末作戦は完全に失敗しました。……我々のクライアントはすでに証拠の隠滅に走り回っているでしょう。 小此木: 我々の役目もおしまいですわ。山狗なんて面白い部隊を10年ほど指揮させてもらいました。貴重な経験ができましたわ。 小此木: それも今日でおしまいです。……そして三佐、あんたの役割ももうおしまいです。 鷹野(軍服): な、……何よそれ……!!私の役割?! 何のことよ……!! 小此木: 三佐。あんたの役目は、……その手に持っておられるスクラップ帖を育て上げることです。 鷹野(軍服): な、……何の話よ……?! 小此木: #p雛見沢#sひなみざわ#r症候群って病気があるこたぁ疑いません。だが、女王が死ぬと48時間で村中が大パニックになるってぇのは、へへへへ、見た者がいません。 小此木: ホントかウソかなんて、わかりゃあしないんですよ。 鷹野(軍服): 馬鹿なことを言わないで……!!ほ、……ほら、書いてあるわよッ?!どど、どこのページかしら……。 鷹野(軍服): ほ、ほっ他の類似の脳内寄生虫症の症例から類推して、とと、統計的に、……ど、どこよ……こんな時に限って……ぅううぅぅ……!! うろたえながら、私はスクラップ帖を捲る。……指が震えて、混乱してしまって、どこのページだったか思い出せない……。 そのスクラップ帖を、小此木がぴしゃりと叩くと、それはバサリと――。 いや、下は泥の水溜りだったから、……ばちゃりと、音を立てて地面に叩きつけられた。 スクラップ帖が開かれたまま泥の水溜りの上にうつ伏せになり、……その泥の色を吸い取って変色していった……。 鷹野(軍服): な、何をするの……ッ!!こ、これは大切な……!! しゃがんで拾おうとしたそのスクラップを、小此木は目の前で踏みつけてみせた。 ……力強く踏んだ拍子に飛び散った泥の飛沫が私の顔を汚す……。 自分の命よりも大切にしてきたスクラップ帖が、……無惨に泥の中に踏みつけられるのを見て、私は呆然とするしかなかった…。 Part 02: 小此木: 三佐。……このスクラップに書いてあることが本当だろうとでっち上げだろうと、どうでもいいことなんですんね。 小此木: 真実だろうと虚偽だろうと、実は誰も気にしてませんのですわ。 鷹野(軍服帽子なし): そ……それは……どういう……意味よ……。 そう言いながらも、小此木の足の下からスクラップ帖を引っ張り出そうとするが、小此木の踏み付けからそれを解放することはできなかった……。 小此木: 東京のクライアントが期待してたのは、そのスクラップ帖の中身を、どれだけの人間が信じてくれるかってことなんです。 小此木: 本当か嘘かはどうでもいい、ただ、信憑性さえありゃよかったんです。 鷹野(軍服帽子なし): 本当か嘘か、……どうでも……いい……。 小此木: そうです。どっちでもいいんです。 小此木: でっかい研究所で、偉い先生方が研究して、これこれこういう結果ですっていう専門用語だらけの難しい資料を作ってくれて……。 小此木: 中身などロクにわからねぇ連中を騙せるだけの信憑性ってヤツを、そのスクラップ帖に与えることが、あんたの役割だったんです。 鷹野(軍服帽子なし): 嘘なんかじゃないわ……!!私と祖父が何年にもわたって研究してきて……!あ、足を、……どかしなさいよ……。 こうしてる間にも……どんどんスクラップ帖が泥に濡れていく……。 私はせめて泥が染みないようにスクラップ帖の回りから泥を払うような真似をするが、……何の意味もない。 小此木: 女王が死んだら村は皆殺し。そういうとんでもない話をお偉方に納得させられりゃあよかったんです。 小此木: ……#p雛見沢#sひなみざわ#r症候群が脳みそに寄生してどうこうとか、んなこたぁ誰も興味ない。政治的アクションに使えるかどうかにしか興味がなかった。 小此木: んなことはあんただって充分承知していたでしょうが。……そして、今や誰もこんなインチキスクラップは信じやしません。 小此木: このスクラップ帖に大勢が賭けた。そして負けたんですわ。……山狗もこのスクラップ帖に厚く張って負けた。それだけのことですんね。 鷹野(軍服帽子なし): イイ、イイイ、インチキスクラップなんかじゃない……!!これは真実なのよ、全部真実……!! 鷹野(軍服帽子なし): おじいちゃんが調べて、私が調べて、……そして書き上げてきた真実の研究結果なのよ……!! 鷹野(軍服帽子なし): だって、みんな信じてくれた……!だからあんな立派な研究所を作ってくれたのよ?! 鷹野(軍服帽子なし): 信じてくれたからみんなみんな……、そう野村さんだって、だからこそ私に声をかけてくれたのよ……!! 鷹野(軍服帽子なし): この研究の真価をわかってくれるクライアントはきっと他にだっているわ……! だって、この研究は人類の未来の可能性に、きゃッ!! 小此木に蹴られたとわかったのは、地面にべしゃり、と転がってからだった。 私の身体は、……あまりに華奢で軽く、後ろにころんと転んで、着衣も泥に塗れさせた……。 無様な姿で尻餅をつく私を見下ろそうとするかのように、あまりに淡白な表情の小此木が歩み出る。 小此木: 幸いなことに、東京のクライアントも、……そしてうちらも、三佐にまだ期待している役割があるんですわ。……おい。 小此木が言うと、隊員の1人が拳銃を手渡す。 彼は弾倉を確認した後、その銃を無造作に私の前へと放ってきた。 鷹野(軍服帽子なし): な、……何よ、……これ……。 小此木: 三佐。そいつで自分の頭ぁ、ブチ抜いてくれませんか。 鷹野(軍服帽子なし): ……え……。 放られた、その無慈悲な金属の塊を見る……。……銃など入江機関で何度も見てきた。 怖いなんて思ったことなかった。……それに、……初めて怯える……。 小此木: よくあるヤツですわ。……トカゲの尻尾ってヤツです。 小此木: 三佐。敗軍の将の責任ってヤツで、そいつで自分の頭、ブチ抜いてください。 鷹野(軍服帽子なし): そ、……そんな……。 人に、本当の意味で死ねなんて言われたことはない。 自分で死んで見せろなんて言われたこと、……一度だってない……。 小此木: クライアントもうちらも、三佐が死んでくれりゃあ、三佐があることないことやってくれたってことで、うまぁく丸く終わらせられるんです。 小此木: ……すでに東京はその準備に入ってますんね。 鷹野(軍服帽子なし): ばば、……ばばば、……馬鹿なこと言わないで……、そんなこと…でで、…できるわけ……んぐ、……ぅううぅぅ…。 震える口からは、……言葉とも嗚咽ともつかないものが零れるだけだ……。 小此木: まぁ、無理ならいいんです。今のあんたにそこまで求めるのは酷でしょ。 小此木が銃を抜き、こちらへと向けてくる。 他の隊員たちは銃を向けなかったが、……私が死ねば全てが丸く収まることを、その無表情な目で突きつけてくれた……。 小此木: ……投降を説得するも、頑なに拒否し抵抗。銃撃戦になり、やむなく射殺。……そっちが本当の筋書きなんです。 小此木: ……自殺用の銃は、……短くない時間、世話になったことへの俺なりの気遣いだったつもりです。 鷹野(軍服帽子なし): そそ、そんな筋書き嫌よ……、嫌よいや……。そんなの誰が考えたのよ、……嫌よ……。 小此木: あんたがさっきから助けを求めたいって言っておられる、東京の野村さんです。 鷹野(軍服帽子なし): ……ぇ……。 小此木: 終末作戦が失敗した時に備え、ダメージコントロールを図る作戦ってぇのも、ちゃんと併せて用意してあったんです。 小此木: ……野村さんの暗号名は郭公。そして三佐の暗号名は雛でしたね。……郭公が卵をどこに産むかご存知ですか? 鷹野(軍服帽子なし): ………そ、……そんな……。 小此木: 郭公の卵はよその鳥の巣に産み付けられ、そこから孵った郭公はですね、元々の巣の雛を突き落として、巣を乗っ取っちまうんだそうです。 小此木: 巣から落ちた飛べない雛は、地面でのたくり、……まぁ普通は、野犬や山狗に食われて殺されちまうってことですわ。 私は……小泉のおじいちゃんにもらったたくさんのお金で、……山狗を買収して、……頼もしい味方を得たつもりでいた。 ……小此木は粗野な感じの男だけど、頼れる男だと勝手に思ってきた……。 でも、……その巣は、……いつの間にか、……乗っ取られていたのだ……。 小此木: 三佐。あんたの味方なんていなかったんです。 小此木: あんたは、東京のクライアントが描いた絵の通り踊って、緊急マニュアルってヤツを煽ってくれりゃあそれで充分だったんですよ。 小此木: ですが、その舞台も幕が降りて、……あんたにステージから退場してもらおうってことになった、ってことですわ。 小此木: そら。あんたの大好きなスクラップ帖。……そいつを左手に抱きながら、……右手で銃を拾ってください。 ようやく解放された泥だらけのスクラップ帖を、私は必死に取り戻す。 そして、それを両手で抱きながら、……ただただ、……泣いた……。 鷹野(軍服帽子なし): ……ううぅうぅうぅうぅ…………うううぅぅぅうぅうっぅうぅ……。 鷹野三四の人生なんて、……最初から最後まで茶番だった。 今こそ、……今こそ、あの時に、……あの施設の金網の中に戻る時なのだ……。 震える私の手が、……冷たく冷え切った拳銃を握る……。 小此木: 弾は1発ですから慎重に。……頭蓋骨は案外、弾を滑らすって話ですわ。 小此木: 口を開けてそん中に撃つのがよくあるやり方です。……ほら、銃を持って、構えて。……そして、死んでくださいな。 鷹野(軍服帽子なし): ……ぅぅ……ぅううううぅ……ううぅぅううう……!! ……山中に、銃声がひとつ、……木霊した……。 その銃声を聞いて、番犬の隊員たちが殺到する。小此木たちは両手を挙げて投降した。 小此木: へ、へへへへへ……鷹野三佐も一緒でしたんが、……どうしても投降は嫌だと渋りましてね。 小此木: ……今の発砲は、三佐がこっちに銃を向けたんで撃った威嚇射撃です。 番犬隊員: レトリバー7よりリーダー!小此木二尉と山狗隊員3名を逮捕!鷹野三佐はこのすぐ近くを逃走中の模様! 番犬隊員: 足跡が南西方向へ消えているがブッシュが濃い、それ以上の追跡は不能! 大至急応援を!! 番犬隊員: 鷹野三佐は武装している、繰り返す鷹野三佐は武装している! 番犬隊長: レトリバーリーダーよりオール。重要手配犯の鷹野三佐が現在逃走中。 番犬隊長: 鷹野三佐は武装している模様、注意されたし。逃走地点を中心にパトローリングで封殺せよ。 …………。 小此木: 逃げ切れるとは思いませんが……まぁ、それもあんたの選択だ。テメェの決着は、テメェでつけなせぇ。 Part 03: ……何が間違って、何が足りなくてこんな結末になってしまったのだろうか。 絶え間なく雨が地上へと降り注ぎ、しとどにずぶ濡れて泥だらけになりながらも頭の中に巡り続けるのはそんな思いだった。 鷹野(軍服帽子なし): はぁ、はぁ、はぁっ……! 息が苦しい。全身が重い。うっかりすると意識が遠のきそうになるので、必死に残りわずかな気力を振り絞る。 それでも、目からこぼれ出ていく涙だけは止まらず……わめき散らして叫びたいくらいの悔しさと悲しさは、抑えることができなかった。 #p高野美代子#sたかのみよこ#r: 『神さまのばかッ!!……どうして!!どうして私がこんな目に遭わなくちゃならないの?!』 #p高野美代子#sたかのみよこ#r: 『私が何をしたの? 何もしてない!!ただ普通に生活してただけ。そんな私がどうしてこんな目に遭わなくちゃならないのッ!!』 絶望と怒りを抱き、喉の奥から血が迸るかと思うほど雨が降りしきる天に向かって叫んだ幼い自分の姿が、脳裏に蘇ってくる。 鷹野(軍服帽子なし): っ……ぅ……ううぅ……!! 忘れたつもりだった。……いや、もはや思い出さなくてもいいくらいに私は絶大な力を手に入れたはずなのだ。 なのに、どうしてあの時のことが今さらになって蘇ってくる……? 別の人間、いや神になるべく捨て去ったつもりでいた黒い感情が、なぜ……?! 鷹野(軍服帽子なし): (そんなの……決まっているじゃない……) あの日のように、叫びたかった。訴えたかった。……だけどもう、そんな力がわいてこない。 なぜならもう、私の心は完全に折れて……恨みや憎しみの感情さえも絶望に覆われてしまっていたからだ。 ……あの時の私は怒りと悔しさ、そして憎悪の局地にいた。ただ、それと同時にどうしようもない無力感で絶望していた。 どんなにあがいて抗っても、何もできない。何も変わらない。 私の進む先はただひとつの道しか残っておらず、しかもその果ては行き止まりの虚無だ。 進んでも地獄。とどまってもすでに足場は崩れかけ、暗黒の奈落が私を飲み込まんと待ち構えている……。 むろん、引き返すことなんてできるはずもない。なぜなら私は、そこに居続けるのが嫌で苦しくて厭わしくて、ここに来るしかなかったからだ。 でも……だったら私は、どうすればいい?あえて出口のない行き止まりとわかっていても、前に行くしかないというのか? あるいは、全てを諦めてこの場で自らの運命に決着をつけろとでも……? 鷹野(軍服帽子なし): ……っ……!! 手に握りしめた拳銃を見下ろして、ぎりっ……と奥歯をかみしめる。 小此木は、……この拳銃で自決しろと言った。だけど私は、それに抗って……逃げた。 そして今もなお、どうしても諦められずどこに行くあてもないのに逃げ続けている……。 鷹野(軍服帽子なし): ……嫌だ……。 嫌だ。いやだいやだいやだいやだいやだ、嫌だッッ!! 私はまだ、何もできていない。どこにもたどり着くどころか、向かってもいない。 ようやく、……ようやく夢を掴むことができるまで権限と機会を得て、満を持した上でこの地を訪れ……多くの時間と努力を重ねてきたのだ。 そして、あと一歩……叶えるべき夢の影を踏み、背中が見えて手を伸ばせば触れられるところまでたどり着くことができたのだ。 なのに、……ここで諦める? 膝を折って屈する? 死んでから、大好きなおじいちゃんに再び会って……私は必死に頑張ったと胸を張って言えるのか……?! 鷹野(軍服帽子なし): ……っ……。 鷹野(軍服帽子なし): ……ない……。 鷹野(軍服帽子なし): 私は、絶対に……諦めないッッ!!諦めてたまるかぁぁぁあああぁぁぁッッ!!! ……なんて過去の出来事を、最近立て続けに夢で見た。しかもよりによって、最後だけが改変されている内容で。 目が覚めると、我ながら実に意地汚くて未練がましいと汗だくの顔で苦笑を覚えたものだが……。 ある日、……私のもとに「あの子」が現れた。そして彼女は、私に悪魔の提案を持ちかけてきたのだ――。 鷹野(軍服帽子なし): ……。失われるはずだった生命を辛うじて得て、愛する人が私を支えてくれると約束してくれた。 鷹野(軍服帽子なし): 地獄で仏、なんてものじゃない。本当に、ギリギリの……奇跡がもたらしてくれた私にとって救いの、安らぎの場所……。 鷹野(軍服帽子なし): わかっているわ……えぇ、わかっているのよ。これを逃したら、捨てたら、諦めたら……私に待っているのは地獄と、絶望だけだって。 鷹野(軍服帽子なし): でも……でもね、……ジロウさん……。 鷹野(軍服帽子なし): 私はね……聞いてしまったの。知らなければいいことを、知ってしまったのよ……。 鷹野(軍服帽子なし): 「世界」を……そして、「運命」を変える方法がまだあるんだってことを……だから……ッ! …………。 鷹野(軍服帽子なし): ごめんなさい……ジロウさん。やっぱり私は、あなたにふさわしい女じゃなかったわ……。 富竹(自衛官): やぁ、遅くなってごめんね鷹野さん!新しくこの部屋に生ける花を選んでいたら、すっかり遅くなってしまって……。 富竹(自衛官): あれっ……いない。どこに行ったのかな、鷹野さん……?