Part 01: 晴れ乞いの儀式で花嫁役をすると決まったその日、羽入ちゃんはどこか沈んだ表情だった。 羽入: …………。 一穂: 羽入ちゃん、大丈夫? 羽入: …………。 一穂: 羽入ちゃん? 羽入: えッ?!あ、はい? なんでしょう? 一穂: ボーッとしてるから、大丈夫かなって思って。大丈夫? 羽入: えっと……はい、大丈夫なのですよー。 一穂: ……本当に?あの、こんなこと言ってごめんなさい。でも、あの……。 一穂: もしかして、白無垢の……生け贄? 役が嫌だったり……してる? 羽入: え? いえ、それは……あぅあぅ……。 魅音: あれ、羽入そうなの?もし本当に嫌なら、無理をさせるつもりはないんだけど……どうなの? 美雪: 梨花ちゃんの判断にケチをつけるわけじゃないけど、なんなら私たちから言ってあげようか? 梨花: みー……羽入、そうなのですか? 羽入: ……いえ、大丈夫なのです。大役すぎて、ちょっと緊張しているだけなのですよ。 沙都子: 本当に大丈夫ですの?みなさんの言う通り、無理はいけませんのよ。 詩音: そうですよ。村のための儀式だろうがなんだろうが、個人が犠牲になる時代じゃないんですから。 梨花: ……そうですね。詩ぃの言う通りなのです。もし羽入が、本当に気が進まないのなら……。 羽入: い、いえ……ッ!僕は、やりたいのです! 菜央: 本当にいいの? みんなが言ってるように無理してやるもんじゃないんだから。 羽入: ……いえ、本当にやりたいのです。この村のために……僕ができることがあるなら、全力でやってみたいのです。 一穂: 羽入ちゃん……。 魅音: よし、じゃあ予定通り羽入にやってもらおう!梨花ちゃんも、それでいいよね? 梨花: はいなのです。羽入がいいなら、それが一番なのですよ。 羽入: 精一杯、大役を務めてみせるのです。上手にできないこともあるかもしれないのですが、みなさんよろしくお願いしますなのですよ……あぅ。 梨花: ……羽入。あとでちょっと付き合ってくださいなのです。 羽入: え? あ、はい……。 羽入: 梨花……?こんなところで、どういうご用件なのですか? 梨花: ちょっと、確かめておきたいことがあるのです。……晴れ乞いの儀式のことで。 羽入: っ……あ、あぅあぅ…… 梨花: ……羽入。あなたは、かつてこの村を守っていた古の神々に後ろめたさを感じているのですか? 羽入: えっ? そ、それは……っ……。 梨花: みー、やっぱり図星なのですね。 羽入: 後ろめたさ、というわけではないのですが……この僕があの神様たちを頼ってもいいものなのかわからないのです……。 梨花: ……そうですね。そもそも『稲荷大明神』とは、かつてあなたがこの村から追い出した神々。だから複雑な思いを抱くのは、当然のこと――。 羽入: ぼ、僕が追い出したわけでは……ッ!! 梨花: みー、わかっているのです。羽入はそんなこと、ひと言だって頼んだりはしていない。 梨花: すべて、この村の民が勝手にやったことなのです。 羽入: 僕のためにやってくれたのかも、しれないのですが……。 梨花: ……それはどうかしら。彼らがあんたを信じた、そういう態度を殊更大きく見せたのは、自分たちが救われたいという強い気持ちの表れ……。 梨花: 結局は、自分のためと言っても差し支えはないと思うわ。 羽入: それは、そうなのかもしれないですが……。 梨花: きっと、今のあんたの心境としては……#p雛見沢#sひなみざわ#rの人たちと古の神々との間で、板挟みになっているところなんでしょうね。 羽入: あぅあぅ……そうなのです。みんな、僕がここに来る前からこの村を……土地を守っていた神様たちだったのです。 羽入: それなのに、僕が来たせいで……。 梨花: ……羽入。あんたがそこまで責任を感じることはないわ。 梨花: 羽入には、どうしようもできないこと……仕方のないことだったんだから。 羽入: ですが……。 梨花: まぁ……そんなに責任を感じるのなら、なおさら今回の儀式を成功させるべきだと私は思うんだけどね。 羽入: どういうことなのですか、梨花……? 梨花: この儀式を通して、古の神様たちと仲直りをするのよ。 羽入: 仲直り……ですか? 梨花: そうなのですよ、にぱー☆ Part 02: そして、その夜── 田村媛命: 『古の儀式を以て古の神々と調停を結ぼうとする#p哉#sかな#r。安直な考え#p也#sなり#rや』 私たちの密かな目論みを、#p田村媛#sたむらひめ#r命は簡単に切って捨てた。 羽入(私服): あぅあぅ……すみませんなのです……。 梨花(私服): 羽入、あなたが謝ることはないのですよ。 梨花(私服): それに、それが第一の目的ではないのです。あくまでも、晴れ乞いの儀式が重要なのです。 田村媛命: その効果も甚だ疑問也。この疎ましい地雨が古の神の呪などとはまさに戯れ言の類也や。 梨花(私服): みー、それはそうかもしれないのですが……。 梨花(私服): ですが、この雨を恐れている村の古い者たちがそう信じているのですから、それを祓うという形式を取るのが最善なのですよ。 田村媛命: ……実に回りくどいこと也や。人の世は毎日が祭の如く馬鹿げた処哉。 梨花(私服): 神だって祭りが好きなのですよ。 羽入(私服): はいッ、お祭は大好きなのです。 田村媛命: …………。 梨花(私服): それに、羽入にとっては古の神々と向き合ういい機会になるのです。 羽入(私服): え? 僕が、向き合う……ですか? 梨花(私服): はいなのです。古い神々に対して、色々とわだかまっている気持ちがあると、羽入は言っていたのです。 梨花(私服): それを、今回の儀式を通して古の神々に伝えてあげればいいのですよ。 羽入(私服): 僕の、気持ちを……? 梨花(私服): 神事もまた祭なのです。祭とは、神にこちらの世の気持ちを届けるものでもあるのですよ。 田村媛命: ……そちらの勝手な言い分也や。吾輩はさようなことで絆されはせぬ哉。 梨花(私服): そうかもしれないのです。でもだからこそ、それはどんな気持ちだっていいのですよ。羽入が伝えたいことを伝えればいいのです。 羽入(私服): 僕が、伝えたいこと……。 田村媛命: 神が其に応えるか否かは、疑問也や。実に浅ましき上に虚しき行いであると知り給え。 梨花(私服): かまわないのです。羽入の気持ちが済めば、それでいいのです。 田村媛命: ……。神の都合は知らぬとは、まこと恐れ知らずな巫女也や。 梨花(私服): ……何度も死んでいれば、恐れ知らずにも不遜にもなるってものでしょう?あんたなんかに遜るほど落ちぶれちゃいないわ。 田村媛命: ……っ……。 羽入(私服): ……わかったのです、梨花。僕はやってみるのですよ。 田村媛命: ……ふん。 羽入(私服): 明日の儀式、僕の気持ちを全て込められるように頑張るのです。 梨花(私服): それがいいのです。ボクも応援するのですよ、にぱー☆ 羽入(私服): 僕の気持ちが伝わったら、この雨が止む……そんな覚悟で臨んでみせるのですよ。 田村媛命: 斯様に都合のよい考えがよく浮かぶもの哉。 羽入(私服): ……っ……。 梨花(私服): 大丈夫なのです。羽入がそう決めたなら、それでいいのです。決めたことをやるだけなのですよ。 田村媛命: 好きにすれば良き哉。さあらば、儀式前に古の神たちに一言断わりを入れておく也や。 羽入(私服): わ、わかったのです……!ひとまず田村媛命、僕たちのために会う時間をくれて感謝するのですよ。 梨花(私服): ボクも付き合うのですよ、にぱー♪ …………。 田村媛命: 古手家の巫女……そして、#p末裔#sまつえい#rか……。 田村媛命: あの角の民の長には、実に過ぎたる輩哉。 梨花(私服): 懐かしい場所なのです。以前は、ここに古い祠が残っていたのですが……。 羽入(私服): それも、もう草に埋もれて見当たらないのですよ。 梨花(私服): 古の神々がいた場所……。まだ何か感じるですか? 羽入(私服): あぅあぅ……ダメなのです。 羽入(私服): むしろ神様のいなくなった場所に、神を騙るよからぬ者たちが住みついているようなのですよ。 梨花(私服): よからぬ者……『はぐれ稲荷』ですか? 羽入(私服): はい……。 梨花(私服): 人の不安に付け込む悪霊……ですか。 羽入(私服): これじゃ、神様はここに戻ってこれない……いえ、戻ってこようとは思わないのですよ。 梨花(私服): ……わかったのです。そっちは儀式までに、ボクがなんとかしておくのですよ。 羽入(私服): 1人で?……だ、大丈夫なのですか? 梨花(私服): ふん……はぐれ稲荷ごときに、私が遅れを取るとでも思っているのかしら? 梨花(私服): だから、羽入。あなたは古の神々のことだけを考えるのですよ。 羽入(私服): はい、ありがとうなのです。 羽入(私服): ですが、この聖域にはぐれ稲荷が住みついているなんて……。 梨花(私服): まあ、当然と言えば当然なのです。元々ここにいた神々は、とうの昔にこの村を追い出されたのですから。 羽入(私服): あぅあぅ……。 梨花(私服): 羽入のせいじゃないのですよ? 羽入(私服): ですが、あの時……僕が村の人たちにちゃんと僕の気持ちを伝えられていれば……。 羽入(私服): 今のこの村のあり方は、もっと違っていたのかもしれないのです……。 羽入(私服): 誰も欠けず、仲良く暮らしている「今」もあったのかもしれないですよ……。 梨花(私服): 過ぎたことを言っても、仕方ないのですよ。 梨花(私服): 未来は「今」作られているのです。羽入のこれからは、そしてこの村のこれからも今の行動次第なのですよ。 羽入(私服): ……はい、わかっているのです。とにかく、今は明日の儀式のためにできることをするのです。 梨花(私服): ときに、羽入……神が死ぬとは、どういうことだと思いますですか? 羽入(私服): え? それは……もちろんその存在が、人々に完全に忘れ去られた時なのです。 梨花(私服): そうなのです。村の民がこの地の神をこの村から追い出したというのは……その神を忘れ去ったということなのです。 羽入(私服): で、でもッ……!僕は、忘れていないのです……! 梨花(私服): はい。そしてボクは、羽入に忘れられた神々のことを教わって……存在を知ったのです。 梨花(私服): そして他に、お魎のように昔話を覚えている村人もまだいるのです。完全に忘れ去られたわけではないのです。 羽入(私服): ……はい。 梨花(私服): だからこそ、明日の儀式には可能性があるのですよ。古い神々もまだ、完全に忘れ去られたわけじゃない。だからまたその神の名を広めることも、きっと……。 羽入(私服): 明日……もし、明日……儀式のあとに本当に雨が上がったら……。 羽入(私服): そこに立ち合った人々は、神の存在を信じるのです。 梨花(私服): この村の人たちは信心深いですから、あっというまにめちゃくちゃ信じるのですよ。にぱー☆ 羽入(私服): はいなのです。強く信じられるほど、その神の存在は強固になるのです。それに……。 羽入(私服): 神だって、頼られて役に立てれば嬉しいのですよ。 梨花(私服): では、明日はせいぜい頼らせてもらいましょうなのです。にぱ~♪ 羽入(私服): はいなのです、あぅあぅ。 しっかりと頷き返してから……羽入は鬱蒼と茂った森に向き直った。 羽入(私服): みんな……ここにいた神様たち……聞こえているかはわかりませんが、明日は僕たちに力を貸してくださいなのです……。 羽入は目を閉じて、静かに手を合わせる。それを見て、隣で私も静かに手を合わせた。 梨花(私服): よろしく頼みますなのです。 羽入(私服): …………。 雨の中……私たちはいつまでも、そこにいるかもわからない古の神に祈り続けていた……。 Part 03: 魅音(私服): いやー、本当によく降るねぇ。 詩音(私服): そりゃそうですよ。だから今日はわざわざ手の掛かる儀式をしようって話なんじゃないですか。 魅音(私服): もちろんそんなことはわかっているけどさ。 レナ(私服): レナも、魅ぃちゃんの気持ちはわかるよ。最近だと、毎朝起きて一番に思うのは「今日も雨かぁ」だもんね。 羽入(私服): 大丈夫なのです。僕たちが今日の儀式で、頑張るのですよ。 沙都子: そうですわね。羽入さん、今日はよろしくお願いしますわ。 羽入(私服): こちらこそ、よろしくお願いしますなのです。 魅音(私服): じゃあ、2人ともそろそろお着替えといこうか。 詩音(私服): おや、いよいよ白無垢へのお着替えですね。 沙都子: ええ、いよいよ本番ですわ。昨日の特訓の成果を見せてさしあげますから。 レナ(私服): 沙都子ちゃんは昨日、和服の所作を特訓したんだもんね。 美雪(私服): そうそう。最後にはなかなかサマになってたんだよ。 詩音(私服): 2人の白無垢姿、楽しみですね。 菜央(私服): ねぇ、羽入。あんたは本当に大丈夫なの? 羽入(私服): 着物は大丈夫なのです。儀式の方は、ちょっと心配ですが……。 美雪(私服): なぁに、為せば成るってやつだよ。とにかく儀式したってことが重要なんだから、気楽にね。 羽入(私服): はい、そうするのです。 魅音(私服): おーい、2人とも急いで。白無垢ともなると着付けに時間がかかるだろうからさ。 沙都子: 今行きますわ。 羽入(私服): じゃあ、行ってくるのですよ。 レナ(私服): はぅ……2人とも、きれいだね~。 美雪(私服): ほんとほんと。沙都子も特訓の成果が出てるじゃない。 詩音(私服): 梨花ちゃまがなかなか来てくれないから、ヒヤヒヤしましたけどね。あと、一穂さんも姿が見えませんでしたし。 一穂(私服): あ、あははは……心配をかけて、ごめんね。 菜央(私服): 一穂も一緒だったんでしょ?いったい何をやってたのよ? 一穂(私服): それが……ちょっと色々あって……ごめんなさい。 魅音(私服): まあいいじゃない、間に合ったんだしね。 美雪(私服): そうだね、今は儀式に集中しよう。 圭一(私服): 沙都子もたいしたもんだし、羽入もいい感じだな。この調子なら無事に終わりそうだぜ。 魅音(私服): うん、あの2人ならきっと大丈夫だよ。 一穂(私服): このまま無事に終わったとして……雨、止むかな? 菜央(私服): いい加減、そろそろ止むタイミングなんじゃない?ここまで降り続いてればいつ止んでもおかしくないわ。 魅音(私服): 大丈夫、大丈夫。沙都子も羽入も梨花ちゃんも、見事に務めを果たしてくれているしね。 詩音(私服): そうですね、きっと。……あ、儀式が終わったみたいですよ。 美雪(私服): 2人が戻って来るよ。傘を差してあげた方がいいんじゃない? 一穂(私服): あ、そうだね。 一穂(私服): 沙都子ちゃん、羽入ちゃん、傘どうぞ。 羽入(白無垢): ありがとうなのです。 沙都子(白無垢): まだ降ってますわね……あら? 一穂(私服): ん? どうしたの? 沙都子(白無垢): みなさん、空を見てください。あれ……。 羽入(白無垢): え? ……あッ! 羽入(白無垢): 雲が……風に流されて……? 沙都子(白無垢): ええ、雲間に青空が見えてきましたわ! 一穂(私服): 本当だ……空、明るくなってきた。 レナ(私服): す……すごいね、はぅ……ッ!本当に晴れてきたよ! 圭一(私服): マジかよ……。 菜央(私服): でも、まだ雨は完全に止んでないじゃない? 美雪(私服): そうだね、まだ天気雨だ。 魅音(私服): ……あ、これってあれじゃない?まさに、狐の嫁入りってやつ。 一穂(私服): あ……。 圭一(私服): ああ、そうか!天気雨は狐の嫁入りって言うよな! 羽入(白無垢): 本当なのです……。これは狐の嫁入りなのですよ。 梨花(私服): 村の頭の固いお年寄りたちも、空を見て騒いでいるのです。 レナ(私服): あはは、空に向かって拝んでいるね。みんな、とってもかぁいい笑顔だよぉぉ~♪ 圭一(私服): だな……この調子なら、もうすぐ雨も止むぜ。 美雪(私服): そうだね、天気雨は長く続かないもんだしね。 一穂(私服): じゃあ、やっぱり儀式の効果があったのかな?そういうことなんだよね……? 菜央(私服): そう? 偶然じゃない? 梨花(私服): 偶然でもいいのですよ。降り続く雨が呪いだと恐れていた人たちがみんな、ありがたがって拝んでいるのです。 魅音(私服): そうだね、これできっと年寄りたちも元気になるよ。羽入も沙都子も、梨花ちゃんもお疲れさま。 羽入(白無垢): …………。 梨花(私服): 羽入? 羽入(白無垢): 僕の気持ちが、通じたってことなのでしょうか? 梨花(私服): はい、そうなのですよ。だって、羽入はそう決めたのですよね?本当に雨が止んだら、そういうことだと。 羽入(白無垢): はい……そうなのです。 梨花(私服): なら、『稲荷大明神』がそれに応えてくれたということなのですよ。 羽入(白無垢): ……そうですね。僕も、そんな気がするのです。 梨花(私服): なら、自分の感じていることを素直に信じればいいのですよ。 圭一(私服): おお、雨が上がるぞー! 羽入(白無垢): ……はい、そうするのです。 羽入(白無垢): 稲荷大明神さん、古い古い神様のみんな……どうも、ありがとうなのですよ……!