Part 01: 一穂(私服): 菜央ちゃん。2階の掃除、終わったよ。 菜央(私服): お疲れさま、意外に早かったのね。あたしもちょうど洗濯物が片づいたところだし、美雪が戻ったらお茶をいれて一休みしましょう。 一穂(私服): うん。ところで、美雪ちゃんはどこに? 菜央(私服): 庭で草刈りよ。しばらく放っておいたせいですごい有様になってたから、ばっさりと綺麗にしてくるって息巻いてたわ。 一穂(私服): そっか。雑草ってちょっと目を離しただけで、あっという間に成長しちゃうもんね。 菜央(私服): えぇ。かなりの量だったし、美雪ひとりで厳しいようならあたしたちもあとで手伝いに出たほうが……あら? 美雪(私服): 今戻ったよー。はぁ、喉乾いちゃった……。 一穂(私服): お疲れ様、美雪ちゃん。草刈りの作業はもう終わったの? 美雪(私服): まぁ、あれくらいの広さだったらね。以前に「軽い」悪さの罰で、警察団地の庭一面を綺麗にさせられたことを思えば、全然楽勝っ。 菜央(私服): 庭一面って……あんたの住んでたところ、確か結構大きい団地って言ってたわよね。どれくらいの敷地面積だったの? 美雪(私服): ……思い出したくない。あの罰と百叩き、どっちか選べと言われたら即答で百叩き一択だよ……。 一穂(私服): そ、そんなにすごい重労働だったんだ……。 美雪(私服): 幼馴染と2人でやったから、まだ耐えられた。もしひとりだったら、絶対逃げてたねー。 美雪(私服): そんなわけで、草刈りは無事に完了。といっても根っこまでは手が回らなかったから、見えてる葉っぱ部分を刈った程度だけどね。 菜央(私服): 根っこが残ってたら、また生えてくるじゃない。スコップでも使って掘り返したりしなかったの? 美雪(私服): 無理無理。すっごく深いところまで伸びてるし、人の手で根絶やしは難しいって。たぶんあれ、1メートル以上はあったと思うよ。 菜央(私服): 雑草の根っこって、そんなに長いんだ……。だったら、農薬とかを使うしかないのかしら。 美雪(私服): んー、この時代に市販してる農薬だとそこまで性能のいいのは売ってないだろうし、効き目があるかは怪しいところだね。 美雪(私服): それにあんまり強い薬だと、今度は目の前の畑や田んぼの作物まで弱らせる可能性もあるし……今後も目立ったところを取り除くのが精一杯かな。 菜央(私服): そう。とりあえず、お疲れ様。お茶と何か甘いものを出すから、美雪は手を洗ってきなさいよ。 美雪(私服): はーい。 一穂(私服): 雑草、か……。 菜央(私服): ? どうしたの一穂、何か気になることでもあった? 一穂(私服): あ、ううん。最初に来た頃は、庭の雑草が伸びてる印象ってあんまりなかったんだけど……そこまでの時間が経ったんだ、なんて思って。 菜央(私服): 言われてみれば、確かにその通りね。最近はすっかりこの生活に慣れたから、感覚が麻痺しかけてたけど……。 菜央(私服): こういうことを取り上げても2人と知り合って、結構な時間が過ぎたことを思い知らされるわ。 一穂(私服): ……うん。この#p雛見沢#sひなみざわ#rで私は、菜央ちゃんと美雪ちゃんと一緒に共同生活を送ってる……考えてみると、なんだか不思議な感じだね。 美雪(私服): お待たせー……って、一穂?なんかポケットから音がしてるよ。 一穂(私服): えっ? あ、ほんとだ。ポケベルに番号が表示されてる……これって#p田村媛#sたむらひめ#rさま? 菜央(私服): ずいぶんと突然な連絡ね。どうする、一穂? 一穂(私服): ちょっと、電話してみるよ。もし急ぎの用事とかだったら大変だしね。 美雪(私服): んじゃ、私が電話をかけてみるよ。そのポケベル、ちょっと貸してね。番号をピ、ポ、パっと……。 田村媛命: 『……吾輩#p哉#sかな#r。そなたら、3人とも息災#p也#sなり#rや?』 美雪(私服): おかげさまでねー。雛見沢での暮らしもすっかり長くなったから、今では草むしりがうまくなりました。 菜央(私服): 普通に話しなさいよ、美雪。またヘソでも曲げられると厄介なんだから。 一穂(私服): あ、あははは……。 田村媛命: 『ふむ……今日はミユキが応対か。されど、そなたが苦痛を強いられているのであればそれはこれまでの自身の行いによる因果応報哉』 田村媛命: 『よって吾輩の言動に端を発することではない故、己が業について深く省みて慎むべきと知り給え』 美雪(私服): 私の運気を、天中殺にまで引き下げてくれたポンコツ神様には言われたくない台詞だねぇ……! 菜央(私服): だから、止めなさいって。ほんとすぐに怒るんだから……あんたは瞬間湯沸かし器なの? 美雪(私服): いや、だってあっちがムカつくことを言ってくるから、つい反応しちゃって……。 菜央(私服): みえみえの挑発に乗せられてどうするのよ……。下手に出ておけば満足するチョロ神なんだから、黙って対応しておきなさい。 田村媛命: 『……聞こえているぞナオ、誰がチョロ神だ?』 一穂(私服): っ、すみません……! 菜央(私服): なんであんたが謝るのよ、一穂。 一穂(私服): ご、ごめん……つい、いつものくせで。 田村媛命: 『……まぁよい哉。それはさておき、念のための確認だが……現状は如何也や?』 美雪(私服): 別に、報告するほどのことは起きてないよ。平穏無事で、異常なし。これからお昼のお茶で一休みって感じだね。 田村媛命: 『……左様哉。もし些細でも異常あらば、疾く疾く吾輩に報告をし給え。怠惰こそ忌むべき悪業と心に刻みつける也や』 美雪(私服): んー、もちろん私たちはそのつもりだけど……だったらせめて、そっちの連絡先を教えてよ。一方通行じゃ、タイムロスが起きちゃうでしょ? 田村媛命: 『それはできぬ哉。そなたらからこちらへと接続を行わば、吾輩の居場所が露見する也や』 田村媛命: 『不便については、吾輩も承知の上……然れどもそれが安全策と信じ、現状の手段を唯一かつ確実な術と知り給え。……では』 美雪(私服): あ、ちょっと! 今の話はどういう……? 美雪(私服): ……って切れちゃったよ、電話。ほんと一方的というか、こっちの都合なんてお構いなしって感じだよねぇ……。 菜央(私服): まぁ、いいじゃない。報告するほどの大きな事件が起きてないのは、考え方によってはいいことだと思うしね。 美雪(私服): なにをのん気な……んなこと言ってていいの?私たちはバカンスで避暑地を訪れた、普通の観光客じゃないんだよ。そもそも――。 …………。 田村媛命: ……満月か。カズホたちの「世界」では、今は昼とのことだったが……。 田村媛命: これを見ると、「あの日」のことを思い出す哉……。 …………。 田村媛命: ……。虚しき抗いだとは、自覚している也や。されど……吾輩は……。 Part 02: ……吾輩を久方ぶりの覚醒へと導いたのは、『魂』に伝わってきた些細な波動の乱れだった。 田村媛命: ……っ……? さほどに強くなく、禍々しさも感じられない……ただの雑音のような気配。 ゆえに脅威とは全く考えられず、そのまま眠りに戻ってもよいと一度は考えたのだが……。 田村媛命: ……。かの地ではあの日より、どれくらいの時が過ぎた#p也#sなり#rや……? ふとした疑問が思考の中に浮かんだことで、意識はまどろみから確かなものへと移行する。 ひとたびそうなってしまうと、再び気持ちを休眠へと戻すのは怠惰にも感じられた吾輩はとりあえず、目を開け――。 自らの存在を『カケラ』の空間から、懐かしき「あの場所」へ移動させることにした。 ……辺りは闇に閉ざされて、視界が覚束ない。月の明かりのみが、地上の様子を照らしている。 田村媛命: ……。ふむ……。 とりあえず気を放って周囲に注意を払ってみたが、反応を示すような「モノ」は存在しない様子だ。 そもそもこの辺りは、吾輩の神域。この地の民は勿論のこと……獣どころか虫さえ近づけない場所なので、至極当然なのだが。 田村媛命: ……『鬼樹』も、以前と変わらぬ姿#p哉#sかな#r。もっとも、力を備えてすでに育ちきったのだから目に見えた変化など起こるはずもなかろうが……。 そう呟きながら吾輩は、天高く幹と枝葉を伸ばす自らの宿り木――『鬼樹』にそっと手を触れる。 わずかに感じる、あたたかみの波動。力が伝わってくる感じがして、少し心地いい。 田村媛命: (やはり、先ほどわずかに抱いた「違和感」は何かの錯覚だった也や……?) そんな思いもちら、と脳裏をかすめたが、原因がわからぬまま無為に戻ったのであれば寝覚めの悪さだけが残ってしまう。 そう思い直した吾輩は、せめてこの地の時間が「あの事件」以来どれだけ経ったのかだけでも知りたいと考え……場所を移動することにした。 吾輩は雑木林を抜け、山道を下った先にある「あの者」の住まいへとたどり着く。 自らの身体より発せられる「神威」は、ここに来る途中から極力抑え込んである。そのせいで移動には難儀したが、念のためだ。 田村媛命: ……「あの者」とは、顔を合わせたくない哉。会えばまた何か、言いがかりをつけられぬとも限らぬであろうし……。 同じ神の身として情けなさも若干覚えるが……「あの者」がこの地に住まう角の民の長であり神格化された存在である以上、争いは不毛。 ゆえに吾輩は、時間の推移によりこの地がどのように変貌したのかを知った後、すぐに立ち去ればよい……。 そう、思っていた。他に行うべきことは何も考えておらず、不安や懸念なども抱いていなかった。 田村媛命: なっ……?! だから、……驚愕した。「あの者」の住まいから少し離れたところにある、角の民の集落を一望できる場所に足を運んで……。 声を、失った。吾輩自身の今見ている景色が信じられず、立ちすくんで動けなくなってしまった……! 田村媛命: 角の民の集落が……「死んでいる」……?! 星の動きと、肌に伝わる感覚から鑑みて……現在はまだ、夜も浅い時間だ。この地の表現で表すと、夕食前後といったところ。 なのに……建物のことごとくに、明かりがない。いや、そもそも生命が全く感じられない……? 田村媛命: (確か、吾輩の記憶通りならこの地には数百……いや、千を超える角の民が存在していたはず……!) 田村媛命: (それらが全て消え失せたというのか……っ?終焉を告げる負に満ちた波動を、吾輩のもとに一切伝えることもなく……?!) しかも、驚きすぎたためにうっかり「神威」を周囲に向けて解き放ってしまったのに、必ず引っかかるはずの「あの者」の気配が――。 ない。角の民の長独特の意思どころか、存在そのものを感知することができなかった……! 田村媛命: い、いったい……何が起きた也やっ?このようなこと、長らく続いた星霜の中でも一度たりとて起こりえなかった哉……?! 状況と経緯が飲み込めず、理解できず……混乱した吾輩は思考をわずかの間、止めてしまう。 だから、……油断した。背後から忍び寄る気配に反応するのが遅れた吾輩は、身構える間もなく――。 田村媛命: ……ぐああぁぁあっっ?! 激しい衝撃と「痛み」の感覚が後背に迸り、その場に膝をついて倒れてしまった……。 Part 03: 田村媛命: ぐっ……ぅ……!! 意識が遠のくかと思うほどの激痛に顔をしかめながら、吾輩はうめき声を絞り出す。 ……「痛み」を覚えたのは、いつ以来だろう。そもそも、神である吾輩に傷を負わせられる輩は世に数えるほどしか存在していないはずなのだ。 だとしたら、今……吾輩を襲ったのは、いったい……? 采: くっふふふふふふふッ、くっはっはっはっは……!! と、その時……不快な響きを伴った笑い声が、少し離れた場所から聞こえてくる。 それに対して吾輩は、接近に気づかなかった己の迂闊を悔やみながら……懸命に顔を上げ、声の主を確かめるべく目を向けた。 采: くふふふ……くっふふふふッ……! 視線の先にいたのは、……少女だった。その姿形だけを見れば、人間のようにも見えないこともない……が……! 田村媛命: ……っ……?! 無邪気にも映る笑みとは裏腹に、伝わってきた邪悪な敵意と殺意に……ぞっ、と戦慄を覚えてしまう。 そう……あの者は間違いなく人間では「ない」。さらに言うと、明らかに味方では「ない」……! 田村媛命: そ、そなたは……いやっ!貴様はいったい、何者#p也#sなり#rやっ?! 采: ? くっふふふ……くっひひひひひ……! 吾輩が誰何を投げかけると、目の前の者は一瞬きょとん、と目を見開き……そして、再び嗤い出す。 ……そう、「笑う」ではなく「嗤う」だ。神である吾輩を完全に見下し、凌駕するほどの波動を全身から放って――。 自惚れでも思い上がりでもない尊大さでもって、小さな身体にも関わらず吾輩を圧倒するほどの存在感を示しながら、傲然と見下ろしていた……! 采: なぁんだ……#p田村媛#sたむらひめ#r命、汝は我のことを覚えてやがらないのですね? 田村媛命: っ……そ、それはどういう意味#p哉#sかな#r……? 采: 意味も何も、今言ったまんまなのです。あれほど激しい争いを繰り広げたっていうのに、記憶を無くしたなんてチョー拍子抜けなのです。 田村媛命: ……激しい、争い……? 采: くっふふふふふ……この分だと、汝には例の力が働いていないと考えたほうが良さそうなのです。 采: ま、それは我にとっても好都合。手のひらの上で転がされている現状の扱いには、チョーむかつくところもあるのですが……。 采: 我はこの地に降り立ち、根を下ろして花を咲かせて繁栄することが至上の望み。だからありがたく乗ってやるのですよ。 采: この地だけでなく、世界各国の人間を養分にして我は理想郷をチョーチョー作り上げるのですよ!くっははっはっはっはっはっはっはっ!! 田村媛命: そ……そのようなことは、吾輩が……決して……!! 采: あー、無理無理。チョー無理なのです。我だけでなく汝も、そして角の民の長さえ決まった運命から逃れることはできないのです。 采: だからもう、チョー大人しく従うのです。汝にできることは、もはや慈悲を求めて神に祈ることのみ……! 采: ……あ、そういえば汝、神だったですね?くっひひひひひ!、実にチョー無力な神なのです!カッコ悪いのです、ミジメの極みなのです! 采: 汝みたいな口だけエラソーな能力なしは、土を掘り返して実も花もできない植物でも育てていればいいのです! 采: あ、むしろ掘るのは自分の墓穴かな?その中にずっぽり埋まって、しくしくさめざめチョー泣いていなさいですよー! くっふふふ! 田村媛命: …………。 田村媛命: 誰が……能力なしだと……っ……? 采: ……へっ……? 采: な、なななっ?汝、その格好と目は、いったい……?! 田村媛命(覚醒): つけあがるなよ、塵芥が……!古来より神として降臨して以来、この地を守ってきた「私」の力……! 田村媛命(覚醒): そんなに知りたければ、しかと見るがいい!!貴様ごとき羽虫、この手で世界の全てから葬り去ってくれるわぁぁあああぁぁッッ!!! 采: こ……こここ、こんなの聞いてないのです、チョー初めて見るのです?! 采: や、やばいやばいやばいやばい、ヤバすぎるッ?ここはチョー撤退なのです……むぉわぁっ?! 田村媛命(覚醒): 逃がすか……どこにも……!「私」を侮り顕現させた愚かさの意味、しかと味わわせてやる……!! 采: ひっ……ひいいいぃぃぃいぃっ?! 田村媛命(覚醒): この企み、何者の意思によるものか知らぬ……興味もないッ! だが、「私」の愛してやまぬこの地に邪な干渉をもたらした罪と咎……! 田村媛命(覚醒): その身体と魂、全てで贖わせてやるぁぁぁあぁぁッッ!!! 采: ぎゃっ、ぎゃわわわぁぁぁあッ!! …………。 田村媛命: ……幸い、あの時の記憶は吾輩の中に残った哉。あの者を捕らえることが叶わなかったとはいえ、せめてもの慰めにはなった也や。 田村媛命: されど……吾輩が得た真実は、もはや……。 …………。 田村媛命: 吾輩は、無力な神哉。「あの子」に待ち受ける運命を知りながら、何もできない……情けない存在也や……。 田村媛命: だから……せめて、祈らせてほしい哉。吾輩の知る常識さえ凌駕する「神」が本当にいるのであれば、「あの子」を……。 田村媛命: いや、「あの子たち」の未来にわずかなりとも幸せがあるように……。