Part 01: 熊谷: ふぅ、只今戻りました~……って大石さん、もう戻っておられたんですか? 大石: おぉ熊ちゃん、お疲れ様です。そちらの捜査で何か進展がありましたか? 熊谷: いやぁ、相変わらずですよ。のれんに腕押し、ぬかに釘って感じでうまいことかわされっぱなしです。 熊谷: やっぱり連中、こういう事態になった時の対応に慣れていますねぇ。引き出すには長期戦の構えと、多少の増援が必要になってくると思いますよ。 大石: いや……今回に限っては、おそらくそのどちらも出番が無いでしょう。当初の予定よりもあっさり、終結すると思います。 熊谷: えっ? 終結ってことは大石さん……竜宮礼奈と会ってきて、何か急所になりそうなアリバイの粗とかを引き出したんですか? 大石: いえいえ、粗どころか彼女、素っ裸状態でした。……っと、こいつは女性に対して適切な表現ではありませんでしたね。撤回します。 大石: 竜宮礼奈ですが……話を切り出す前から、私に言ってきましたよ。 大石: 『必ず、全てをお話しします。だからあと少しだけ、気持ちを整理する時間をください』……。 大石: そう言って、頭を下げられちゃいましてね。……彼女はもう、覚悟を決めている様子でした。 熊谷: はぁ……そうなんですか。ということはやっぱり、大石さんの睨んでいた通り竜宮礼奈の犯行ということで間違いなさそうですね。 大石: まぁ私としては当初、園崎家のやつらが後ろで糸を引いていることも少し期待して、連中に揺さぶりをかけていたんですが……。 大石: 残念ながら、そのセンはなさそうです。いわゆる家庭内のトラブルによる犯行、ということで一件落着になるでしょうな。 熊谷: ……? そのわりには大石さん、失礼ですがあんまり嬉しそうに見えませんね。何か、納得できないことでもあるんですか? 大石: いや……どうもね。こいつは刑事の勘ってやつで根拠はないんですが、あの竜宮礼奈は何か違う気がするんですよ。 熊谷: 違う……というのは? 大石: 自分の環境を守るためだとしても衝動的にかつ、突発的に殺人を犯すことができるやつってのは基本的に思考が「悪」に振り切っているんです。 大石: たとえば、どんなに腹が立ったとしても普通の人は誰彼構わず凶器を振るいませんよね?少しでも知った顔の相手だったら、なおさらです。 大石: つまり、相手の存在を物理的に否定する行為……殺人を選択肢の中に組み込む人間は、それだけで相当「特殊」な思考の持ち主なんですよ。 熊谷: ……確かにそうですね。ぶん殴ってやりたいと思うようなやつはいても、さすがに殺すまではしないと思います。 大石: なっはっはっはっ。特に熊ちゃんは家庭持ちですし、守らなきゃいけないものがありますからねぇ。 大石: とはいえ、殺人を犯した後……そいつらは2つの選択を迫られるわけです。「悪」として、そのまま開き直るか――。 大石: あるいは、慌てて「善」に戻るか……そのどちらかをね。 大石: 「悪」のまま生きることを選んだやつは、実に簡単です。自分の行為を正当化して誇示したりもするから、あっさり認める。 大石: このパターンは、かなり少ないでしょうね。相当の覚悟、勇気ってやつが必要になりますから。 大石: あるいは、社会性が生来欠けているとかね。いずれにしても、こういう連中は日常に対して愛着がなく、捨てることも躊躇しません。 大石: 一番多いのは、「善」……「悪」の行為をなかったことにして、今までの日常に戻ろうと足掻く連中です。 大石: こういう場合、犯人は必死に誤魔化そうとします。何を聞いても答えないか、嘘を重ねる。時には論理的に、アリバイを構築する。 大石: だから、その矛盾点を突っついてボロを出させるのが我々の仕事ってやつなんですが……会った印象だと、竜宮礼奈はそのどちらでもない感じなんですよ。 大石: まるで、罪を犯したことを最初から覚悟しているのに、自分以外の何かを必死に守りたいと考えているような……。 大石: 例えるなら、誰かの罪を肩代わりして自首してきた人なんかが、あんな雰囲気をまとっていたりしますかねぇ……。 熊谷: って……大石さん。つまり竜宮礼奈は犯人じゃないってことですか? 大石: んん~、そのあたりの判断が難しいんですよ。例のヤマで容疑者になりそうな人間は、彼女を除いて他には思いつきませんし。 大石: ……とにかく今は、竜宮礼奈の自首を待つのみです。ただ、まかり間違って「自裁」を選ぶ可能性もありますので、身辺の監視を密にしておいてください。 熊谷: わかりました。 …………。 大石: ……同情はしますよ。あんなクズども、世の中から下水のように気安く排除できればどんなに気が楽なことか……。 大石: 因果な職業ですよ……まったく……。 Part 02: 赤坂: もしかして、富竹さんのお名前は……偽名ですか? 富竹: ? えっと……すみません、どうしてそう思ったんですか? 赤坂: あぁ、すみません。お話を聞いているうちにもしかして……と思いまして。 赤坂: 先に言っておきますけど、本名を明かせない理由は推察できますので、深く聞くつもりはありません。 赤坂: ただ、私たちが一緒にいるところを見られた場合、言い訳をどうするべきか考えていまして……。 赤坂: 偽名の場合、学生時代云々と答えると逆に怪しまれるかもしれないな、と。 富竹: 普通に、雛見沢で会って意気投合した……では駄目ですかね? 赤坂: あぁ……確かに。すみません、考え過ぎて問題を逆にややこしくしてしまったようです。それでいきましょう。 富竹: いえ、お気遣いありがとうございます。……ちなみに、警察でもよくあるんですか?偽名を使うことって。 赤坂: 幸い、私は今のところ1度も使ったことはありませんが……とっさの時に使う偽名はありますよ。一応、公安の所属なので。 富竹: なるほど。警察と防衛庁……大本を辿れば似たような組織ですし、偽名疑惑が生まれたのはそこからですか。 赤坂: 警視庁と防衛庁だけに限りませんが、官公庁同士の横の繋がりは意外に多いですよね。 赤坂: 会合とか、共同訓練とか、出向とか……。 富竹: えぇ。いざという時に協力関係を結ぶにあたり、お互いの組織に知り合いがいるに越したことはありませんから。 富竹: 共通の知人がいると、話題に事欠きませんし……私たちの場合は梨花ちゃんでしょうか。 赤坂: えぇ……ところで、調査の方はどうですか? 富竹: 今のところは、ひとまず進めているとしか……赤坂さん、大石さんの方はどうですか? 赤坂: お会いして話はしましたが……協力してもらえるかどうかは、微妙なところかと。 赤坂: 4年前にお亡くなりになったダム建設の監督さん……作業員たちと喧嘩の末に亡くなったその人の事件が、大石さんの中で予想以上に大きかったようです。 赤坂: 大石さんは彼をおやっさんと呼んでいて、とても親しい間柄でした。 赤坂: 大石さんは今年で定年ですから、なんとか今年中に彼の仇を取りたい。その気持ちはわかりますが……。 富竹: ……焦っているんですね。 赤坂: えぇ。でも、私には大石さんを責めることは……できません。私が同じ立場なら、あぁなっていたでしょう。 赤坂: どうにか彼の焦りを拭うことができれば、心強い味方になってくれるとは思いますが。 富竹: …………。 赤坂: なんとか、考えてみます。この状況ですから、味方は1人でも多いほうがいい……っと。 赤坂: ……すみません、時間です。私はそろそろ失礼します。 富竹: どちらに? 赤坂: 梨花ちゃんたちと、約束があるんです。 Part 03: 梨花(私服): ……赤坂。あの電話ボックスの辺りで、今日はさよならなのです。 赤坂: いや、家まで送るよ。まだ時間は早いけど真っ暗だしね。 梨花(私服): みー……今日のボクの家……古手神社は、お祭の準備で人がたくさん残っているのです。 梨花(私服): ボクが赤坂と一緒にいるところを誰かに見られたら、村のみんながびっくり仰天してしまうのですよ。 赤坂: ……あぁそうだね、それは盲点だった。ごめんよ、うっかりしていた。 梨花(私服): いいのです。あの辺りなら、まだ道案内をしていたと言えばうまくごまかせるのですよ。 梨花(私服): だから、……っ。 赤坂: ……梨花ちゃん、大丈夫かい?少し、顔色が悪いようだけど。 梨花(私服): ……。赤坂。 赤坂: なんだい? 梨花(私服): 赤坂は……今までに期待しすぎて、疲れてしまったことが……あったりしますですか? 赤坂: …………。 赤坂: 梨花ちゃんは、疲れているのかい? 梨花(私服): ……そうかもしれないのです。 梨花(私服): ボクは……少し。ほんの少しですが……疲れているのかも、しれないのです。 赤坂: 疲れの理由は、検討がついているって感じだね。 梨花(私服): はいなのです……。 梨花(私服): ボクはかつて、3つ振ったサイコロがみんな6になった……そういう奇跡のような「世界」を見ることができました。 梨花(私服): いえ……見てしまった、と……今はそう言ったほうが、いいのかもしれないのです。 赤坂: …………。 梨花(私服): それまで、側にいる人が言ってくれていたのです。……多少いいことがあっても、期待しすぎるなと。 梨花(私服): でもその人は、最後には強い武器があると。一緒に奇跡が起きることを信じてくれて……その果てに、ボクは奇跡を得ました。 梨花(私服): でも、その奇跡が……目を開けたら、全部……なにもかも失われていたのです。まるで、手にしたはずの奇跡が夢だったみたいに。 赤坂: …………。 赤坂: すまない、梨花ちゃん。その奇跡というものが具体的に何を指すかは私にはわからない……けど、うん。 赤坂: そこに辿り着くまでに、どれほど大変だったか……おこがましいようだけどほんの少しだけ……わかる気がするよ。 梨花(私服): ……っ……。 赤坂: 梨花ちゃんは、その6の目のサイコロの「世界」を取り戻したくて、富竹さんや私に相談してくれたんだね。 梨花(私服): ……相談することが大事だと、大切な人が言ってくれたのです。 梨花(私服): だから今回も、相談することでまた奇跡が起きるかもしれない、と。 梨花(私服): ただ、そう期待すると同時に本当にこれでいいのか、不安になってしまって……それで……。 赤坂: ……それで、疲れてしまったんだね。 梨花(私服): ……はいなのです。 赤坂: その、梨花ちゃんの大切な人は……今はどこにいるんだい? 梨花(私服): ……わからないのです。知っている人も、きっといません。 梨花(私服): きっとここにいたら、信じることが大事だと言ってくれたと……そう思うのですが……。 赤坂: ……ありがとう、梨花ちゃん。 梨花(私服): ……みー?どうして赤坂がお礼を言うのですか? 赤坂: 相談してくれたってことは、私に……期待してくれたんだろう? 赤坂: もしかしたら、相談することで何かが変わるかもしれないって。 梨花(私服): それは……。 梨花(私服): ……そこまでは、考えていなかったのですよ。 赤坂: はは、じゃあ無意識に期待してくれたってわけか。それでも嬉しいけど……ただ、どう答えようかは悩ましいところだね。 赤坂: ……私もまだ若造と呼ばれているけど、この年だ。自分ができることを精一杯頑張っても、報われなかったなんてことは1度や2度じゃない。 赤坂: いつもそういう時、自分を怒鳴りつけてやりたくなる。どうしてもっと上手くできなかったんだ、ってね。 赤坂: でも……後から冷静に考えると、これは自分ではどうにもできない問題だったな、って気づくようなことも多かったんだ。 赤坂: とはいえ、渦中にいると気づかない。気づかないまま、ままならない状況に心だけが削られていく……。 梨花(私服): ……。それは、辛いのです。 赤坂: そうだね、辛い。でも……自分の意思で何かを変える行為には、こういう苦しさはつきものだと思うんだ。 赤坂: ちなみに梨花ちゃん、麻雀はわかるかい? 梨花(私服): ? はい、わかりますですが……。 赤坂: 麻雀の配牌がグチャグチャだった時、どういう手なら辿り着けるか考えるだろう? 赤坂: 考えることを諦めて端から牌を捨てるだけでは、いつか飛ばされてしまうだけだからね。 赤坂: でも、どうすればいいか考えるのは疲れるし……考え続けて、負けた時はやっぱり落ち込む。 赤坂: 希望を維持することは、とても大切なことだけど……自分の中でその思いを保ち続けることは大変だ。 赤坂: そういうわけだから……梨花ちゃん。こんなことを言われても困るかもしれないが、少し休んだ方がいい。 梨花(私服): えっ……? 赤坂: 自覚はないかもしれないけど、今の梨花ちゃんは少しどころかかなり疲れているように見える。 赤坂: いろんなことを考えているから、仕方ないとは思うけど……疲れている時ほど、思わぬところから不意打ちを食らって、対処が遅れてしまう。 赤坂: 学生時代、徹夜麻雀の最後の最後で倍満直撃で飛ばされた私からの忠告だ。……休むことは、とても大切だよ。 梨花(私服): ……ありがとうなのですよ、赤坂。今日はお風呂に入って、ぐっすり眠るのです。 赤坂: あぁ。そうするといい。 梨花(私服): では赤坂、この辺りで。 赤坂: じゃあまたね、梨花ちゃん。 梨花(私服): ……さよならなのですよ、赤坂。 梨花(私服): …………。 梨花(私服): ……ぐっすりなんて、眠れないわよ。 梨花(私服): ……羽入…………。 梨花(私服): あんた、どこにいるの……? 梨花(私服): どうすれば、また会えるの……? 梨花(私服): 羽入……っ…………。