Prologue: 平成5年――。 千雨: (……今、何時くらいかな) 左腕のダイバーズウォッチに視線を落とすと、液晶画面の時刻は午後9時になろうとしている。 予定より、遅い時間になってしまった。帰り道で不審者に遭っても撃退できる自信はあるが、それでも母は不安に思うかもしれない。 千雨: (一応、家に連絡を入れておくか……っと) そう内心で呟きながら店の奥の公衆電話を見てみたが、タイミング悪く2台とも他の客が利用中のようだ。 後ろに並ぶのも急かすようなので、とりあえずどちらかが話し終えるのを待つとしよう。そして私は、隣に座る自称「公安」の女性――。 調査活動で偶然知り合った秋武灯さんと、彼女を胡乱げな目で見つめている魅音……いや、正確には「詩音」に視線を戻した。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: ルチーアの中等部以来ですね……秋武。まさかあんたが、警察関係の職に就いていたとは思いませんでしたよ。 灯: ……意外ですか? 私としてはこの上なく、自分の得意分野を存分に活かせる仕事だと結構満足しているんですけどね。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: その点については否定しませんよ。……ただ、私が知るあんたは会話の端々とかで体制に対する批判を結構口にしていたはずです。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: それを思い返すと、公僕を選んだのがちょっと予想外に感じたんですよ。私立探偵とかの方がまだ納得できるってものです。 灯: ふむ、私立探偵ですか……それもいいですね。今の職をクビになった時は、前向きに考えてみます。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: ぬけぬけとまぁ……にしても、秋武。あんたはどうやって私の素性を突き止めたんですか?後学のために教えてもらえるとありがたいです。 灯: ふふん。国家権力をもってすれば、日本国民の個人情報を入手するなんてことは朝飯前……。 灯: と言いたいところですが、正直かなり苦労しました。#p雛見沢#sひなみざわ#r大災害における生存者の所在を調べるだけでも、偉いさんたちのハンコがいくつも必要でしたからね。 灯: おまけに聖ルチーア学園からは、先輩の在籍記録が綺麗さっぱりと消し去られていた……どうやったんです、あれ? 魔法でも使ったんですか? #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: ――――。 その問いに対して詩音は怪訝そうな表情を見せたものの、口を真一文字に引き結んで押し黙る。 すると、秋武さんは「……なるほど」と小さく呟いて……そしてぽん、と手を叩いてからちょこんと頭を下げていった。 灯: すみません、先輩。質問されていたのは私ですから、それにお答えする前に聞くのは無礼ってわけですね。では、まずは私から……。 灯: 最初は、ただの当てずっぽうです。生き残った園崎魅音さんの動向を調べているうちに、実は詩音先輩が入れ替わっているんじゃないか……。 灯: そんな仮説を立てて証拠を少しずつ集めていくと、だんだんと疑いが確信に変わっていったんですよ。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: そんなに私、証拠らしいものを残していましたか?入れ替わってからは魅音と同じ振舞いを心がけて、親族にも見抜かれたことがなかったはずなんですけど。 灯: ありましたよ。まぁ確たる証拠の大半は、私が記憶していたあなたの学園での発言内容です。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: 発言内容……? 灯: 覚えていませんか? 10年前に私は、あなたから色々な話を聞かせてもらいました。たとえば……。 灯: 「自分は、こことは違う「世界」から来た」「出身の村が、謎の惨劇によって壊滅した」――。 灯: 私は、先輩と話をしたあとに部屋に戻ってから忘れないようノートに書き留めていたので……おそらく間違いはないと思いますよ。 秋武さんはそう言って鞄からノートを取り出し、古く薄汚れた表紙を開いてみせた――。 詩音: ……以上が、私が同じ時間の「繰り返し」の中で 精一杯あがいてきた、「今日」この時点までの顛末です。 灯: …………。 詩音: くっくっくっ……まぁ、信じられませんよね。 酷い戯言を語っているって思われても仕方がないと、 我ながら呆れちゃいたくなるくらいです。 詩音: 悪い夢か、あるいは虚言、妄想…… 好きなふうに解釈してもらっても一向に構いません。 自由に、存分に吟味してみてください。 詩音: いずれにしても、あんたがとにかく話せと言うから 全部ぶちまけてやりました。……これで満足ですか? 灯: はい。……なかなか波瀾万丈に加えて濃密な内容で、 久しぶりに思考回路をフル稼働させた気分です。 灯: 往年の名作とされたパニックホラー映画でも、 ここまでの要素を盛り込んだものはないでしょう。 まさに『真実は小説よりも奇なり』の類いですね。 詩音: いや、それを言うなら「真実」じゃなくて 「事実」じゃないですか……って、あれ? この2つって同じ意味でしたっけ? 灯: 似ているようで、違いますよ。 「真実」は人によって観点や解釈が変わりますが、 「事実」は客観的に見た出来事そのものです。 灯: つまり、今のお話には園崎先輩の主観が 入っている以上、「真実」の方が正しいと思います。 詩音: 人の数だけ真実があり、正義が存在する……。 つまり私にとっては紛れもない真であっても、 あんたにとっては偽……そういうことですか? 灯: いいえ。……私にとっても、 今のあなたのお話は「真実」です。 詩音: えっ……? 灯: 残念ながら客観的な観点がない以上「事実」ではない。 ですが私は、自分の意思と判断で「本当」だと思った。 だから、「真実」なんです。 灯: ……信じますよ、あなたのお話。 これが、私の嘘偽りない本心からの答えです。 灯: いやー、本当に……妄想や創作にしてはやけにリアルで生々しかったので、聞いていて思わず恐ろしさに身震いしたものですよ。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: はんっ、よく言いますね……!話の途中で何度凄んでみせても全っ然怖がらないし、身を乗り出しながら続きさえ促してきたくせに。 灯: あははっ、そうでしたっけ?……でも、知的好奇心が刺激されたのは事実です。先輩の話は、非日常の極みが満載でしたからね。 灯: それに、先輩から雛見沢のことを聞いていなければ私は黒沢くんと接点を持つ機会がなかったと思います。……だからあなたには、とても感謝しているんです。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: 言葉だけで感謝されても、正直微妙ですね……。それに、あの時の私は八方塞がりで余裕がなかったからほとんど愚痴同然に吐き出しただけですし。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: けど……そっか。10年前のことをそこまで覚えられている上にメモまで残っているんじゃ、ここですっとぼけても無意味でしょうね。 そう言って詩音は、降参とばかりに両手を軽く挙げてみせる。そしてため息をつくと、肩をすくめながら秋武さんに目を向けていった。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: ただ……あんたも酔狂なやつですよ。よくもまぁ愚痴だらけの与太話を覚えていて、あまつさえ真面目に受け止めたものです。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: 喋った本人である私が、誰に何を語ったのかさえたった今聞かされるまで忘れていたってのに。 灯: 会話の記憶というものは、語った本人より聞いた相手の方が良く覚えているものですよ。……それを受けて、今度は私がお聞きします。 そう言ってから秋武さんは、詩音に問いかけていった。 灯: 詩音先輩。あなたが10年前の雛見沢での惨劇を生き延びたことと、姉の園崎魅音さんと入れ替わったこと……。 灯: この2つは、何か関連があったりするんですか? #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: ――――。 その質問に対して詩音は、虚を突かれたように軽く息をのんで再び口を引き結ぶ。 が、今度はにやり……と妖しい笑みで口元を歪ませると、冷たく鋭い視線を向けながら嘲りを交えた口調で答えていった。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: えぇ……ありますよ。だって私は、お姉の命を引き換えに今日まで生き延びてきたんですからね。 千雨: なっ……それは、どういう意味だ?! #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: 言葉の通りです。私はお姉たちを助けられる立場にいながら、彼女たちを見捨てて生き残った。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: そして、都合良く空いたお姉の戸籍へこれ幸いとばかりに自分自身を滑り込ませた。大災害の生存者、園崎魅音として……ね。 千雨: っ、お前っ……?! 衝撃の告白をした詩音に、私は思わず激高して立ち上がってしまう。 ……が、それに対して秋武さんは動じた様子も見せず、肩をすくめながらやや呆れ口調でたしなめるように言った。 灯: 相変わらず、自分を悪人に見せたがる癖が抜けないようですね……詩音先輩。 灯: 事実は1つとしても、解釈と言い方次第で真実はどんな形にでも変化する……自虐に走るのは、安易すぎる「逃げ」ですよ。 千雨: っ……どういうことです、秋武さん? その言葉の意味がすぐには理解できず、私は秋武さんに補足を促す。 すると彼女は、苦笑交じりに首を動かしながら私の怒りを静めるように穏やかな口調で言った。 灯: だってこの人は、一度ならず学園を抜け出して雛見沢に戻っているんですよ? 本当の悪人なら無視して、自分の身の安全を守るはずなのに。 灯: 助けられたのに助けられなかったのは、おそらく事実でしょう。……だけど、それは見捨てたわけじゃない。 灯: お姉さんとの入れ替わりを決意したのだって、自分を守る以上の目的があった……違いますか? #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: ……っ……。 まさに図星だったのか、詩音の表情から余裕めいた嫌な笑みが消えて……やや悔しそうに、彼女はそっぽを向く。 そんな「先輩」に向かって秋武さんはにっこりと笑いかけると、さらに言葉を募っていった。 灯: 私たちは当面、目的と利害関係が一致した仲間だと思っています。……だからこそ、あなたにも正直になってもらいたいです。 灯: あなたが追い求めている真実と、「復讐」……少なくともある程度のところまでは、私たちもご一緒させてもらえないでしょうか? #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: …………。 懇々と説くような、秋武さんの口調。それに対して詩音は、うつむいたまましばらく沈黙を貫いていたが……。 やがて大きく息をつくと、今度は苦虫をかみつぶしたような顔を上げて後輩をにらみ返すようにしていった。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: ……ったく、はっきり思い出しましたよ。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: あんたに雛見沢の話をしようと思ったのは、そうやって斜に構えたような顔を少しでも動揺させたかったからでしたね。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: だけどあんたは、驚くどころか逆に興味津々とばかりに食いついてきた……あんたこそ、いったい何者なんです? #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: それに、千雨さん。あんたもこいつと、どこでどういった経緯で知り合うことになったんですか……? 千雨: それは、……。 詩音のその質問に対して、私は秋武さんとどこで知り合ったのかを話そうと口を開きかける。 だが、その前に彼女が私の言葉を遮るようにしれっとした口調で答えていった。 灯: 私は、ただの一般的な警察関係者ですよ。強いて言うなら、そうですね……。 灯: 最近始まった、洋画ドラマをご存じですか?宇宙人とか超常現象とか、オカルトを題材にしたものです。 灯: 私、実はあれが大好きなので似たようなこの案件にぜひ首を突っ込みたい……って、こういう答えで納得してもらえますか? #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: できませんね。ふざけているようなら、殴りますよ。 灯: ですよねー。じゃあ、説明のベクトルを変えます。……詩音先輩、10年前の雛見沢ってどんな感じでしたか? #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: どんな感じって……どういう意味です? 灯: おそらく先輩であれば、ちょっとしたイベントの際に起きていた「変化」にも気づいていたはずです。 灯: そして、その際になにげなく姿を現していた奇妙な「存在」のことも――。 Part 01: ――昭和58年、9月。 長い長い夏休みを終えた、9月の初日。私たちは日直で先に家を出た梨花ちゃんよりも少し遅れて、分校へと向かっていた。 美雪: んー、ようやく新学期の始まりだねっ!待ちに待った、って感じがするよ~。 菜央: そうなの? てっきりあんただったら毎日が夏休みだったらいいのにー、って言いそうな気がするんだけど。 美雪: そこまで私はナマケモノじゃないよ……。まぁ、自由で気楽な毎日を過ごしたいってのも確かに願望としてはあるけどさ。 美雪: やっぱり学校とか、バイトとか……何かを学んで何かに貢献してるって実感がないと、だらけ気分が後ろめたく感じてくるからねー。 菜央: 「働かざる者食うべからず」ってことかしら。でも、こっちでの夏休みは林間学校の手伝いやらなにやらで、結構忙しかったほうだと思うわ。 美雪: んー……それは確かに。懐も潤ってやりがいもあって、悪くはなかったね。 菜央: あと……あたしは、レナちゃんから料理のことを活動の合間に教わったりして、すごく勉強になったのよ。 美雪: おぅ……そういえば菜央の作る料理って、夏休み前半と後半でかなり内容が進化したよねー。一穂も、そう思わなかった? 一穂: えっ? あ、うん……そうだね。 一穂: 菜央ちゃんのお料理はいつもおいしいけど昨日食べたビーフシチューは、すごく……えっと……なんていうか……。 菜央: 無理に言葉を探さなくてもいいわよ……一穂。おいしく食べてくれただけで十分なんだから。 一穂: ご……ごめんなさい。 美雪: ……どうしたの、一穂?朝から元気がないみたいだけど。 一穂: そ、そんなことないよ。ただ……えっと……。 一穂: ごめんなさい……なんでもない。 心配そうに見つめてくる2人に申し訳なく思いながら、私はぎこちなくごまかしてなんとか笑みを作る。 ……実際は、「なんでもない」ではなかった。正直に言って夏休みの後半は、ずっと困惑が頭の中から離れてくれなかった――。 夏祭りが行われることになった、あの日の夕方。 私たちは、いなくなった羽入ちゃんを救い出すため……#p田村媛#sたむらひめ#rさまの助言に従って梨花ちゃんとともに裏山の奥へと向かった。 そこで囚われていた彼女を発見して、襲ってきたツクヤミもなんとか撃退して胸をなで下ろしたのだけど……。 一穂: ど、どうしてあなたが……ここに……?! 突然現れたその人物は、私たちに向かってゆっくりとした動作で歩み寄り、そして――。 私の意識は、そこで……途切れた。そして、どれくらいの時間が過ぎたかわからないほど気を失った後……。 美雪: あ……あれっ?ここは……いったい……? 私たちは、古手神社の境内にいた。そして、夕闇に染まる遠くからは村祭りの開始を告げる、祭り囃子の賑やかな音色が聞こえていた……。 一穂: (あれは……確かに、私の知ってる人だった。なのに……) 誰と会ったのか、……記憶を必死にたぐり寄せてもその顔が全く映像として浮かんでこない。 まるで砂入りの消しゴムをかけたように、その部分だけが乱雑に削り取られてしまっていた。 一穂: (どうして私……あそこで出会った人のことを覚えてないんだろう? それに、美雪ちゃんと菜央ちゃんも……) 気がついてから2人に尋ねてみたが、彼女たちは誰どころか……出会った事実さえ忘れてしまっている様子だった。 梨花ちゃんに尋ねてみても、返答は同じ。とりあえず羽入ちゃんが戻ってきたことを幸いとして、謎の解明は後日ということになっていた……。 美雪: ……一穂? と、そんなことを考えて沈んだ気持ちでうつむいていると、視界の中に隣の美雪ちゃんが首を傾けてのぞき込んでくるのが見えた。 一穂: あ……ご、ごめんなさい。なに? 美雪: 夏祭りの、例の一件だけど……梨花ちゃんも含めて何も思い出せないんだから、しばらく放置ってことでいいんじゃない? 菜央: そうよ。無理に思い出そうとしても、かえって負担とストレスがたまるだけだと思うわ。 一穂: ……うん。 とても納得なんてできないけど、2人にこれ以上心配をかけるわけにはいかない。そう考えて私は、なんとか頷いてみせる。 すぐに思考を切り替えられずいつまでも引きずってしまうのは、私の悪い癖だ。それはよく、……わかっているつもりだった。 新学期を迎えた始業式は、無事に終了した。……といっても、校長先生の簡単な訓示が教室の中で行われただけなんだけど。 そして、帰り際にホームルームが行われて……。 明日からの予定についての説明の後、知恵先生が私たちに向かって深々と頭を下げていった。 知恵: 魅音さん……そして他の方々も、夏休み期間中は本当にお疲れ様でした。お陰さまで周辺の小中学校や地域の子ども会からも、お礼の言葉を預かっています。 知恵: それもこれも、皆さんが林間学校やキャンプの運営に関わってくれたおかげですよ。 魅音: いやー、そう言って感謝してもらえるのは嬉しいといえば確かに嬉しいんですが……。 魅音: まさか臨時の1件や2件だけじゃなく、夏休み終盤まで利用があるとは思いませんでした。予想外の大繁盛でしたよ。 レナ: はぅ……みんな、大変だったね。でも、とっても楽しかったよ~! 沙都子: をーっほっほっほっ、ですわねぇ!以前には温泉旅館のお手伝いもしましたけど、それと同じくらいにやり甲斐がありましたわ! 梨花: みー。来てくれた人たちに喜んでもらえて、本当によかったのですよ。 圭一: へへっ、だな! それに#p興宮#sおきのみや#rの学校の子たちも手を貸してくれて、すごく助かったぜ。 そう。知恵先生か、あるいは「あの人」から打診の相談があったのか……運営の手伝いで興宮の学校の有志が駆けつけてくれたのだ。 その中には前原くんの知り合いもいて、力仕事などで大いに助けられたりもした。……本当にありがたく、頼もしかったと思う。 知恵: 素晴らしいご活躍ぶりでしたよ。手伝ってくれた興宮の先生方も、皆さんの手際をとても感心しておられました。 知恵: 今後は、学校内の様々なイベントでも私たち分校と積極的に関わっていきたい、とありがたいお言葉をいただいています。 美雪: んー……お隣さん同士で地域的にはさほど離れてないのに、これから積極的にってのはこれまではそんなに交流がなかったってこと? 魅音: 合同体育祭とかはやっているよ。ただ、どちらかというと対抗戦という意味合いが強くて、交流って雰囲気じゃないけどね。 圭一: へへっ、確かにな。……ん? 圭一: おかしいな……その体育祭とやらで魅音たちを相手にして戦ったような記憶があるんだが……俺の勘違いか? 魅音: えっ……圭ちゃんも? 実は私もなんだよ。 魅音: けど、興宮との対抗戦で圭ちゃんがあっちのチームで戦うわけがないし……そもそも引っ越してきたの、今年だよね? 圭一: あぁ。誰かと勘違いしているのか、あるいは夢で見たか……なんか、変な感じだな。 レナ: はぅ~! 同じ夢を2人で見るなんて、恋愛ドラマの恋人同士みたいで素敵だよ~♪ 魅音: は……はぁあぁぁあぁっ?な、ななな、なんでそういうことになるのさー?! そんなことを話し合いながら、魅音さんたちはわいわいと盛り上がっている。 私も、場の空気を壊すまいと曖昧に笑いながらやり取りを見守っていると……知恵先生がこほん、と咳払いする声が聞こえたので、視線を教卓に戻した。 知恵: それで、興宮の先生方から提案があったのですが……皆さんはブラジルのリオデジャネイロで行われている、『カーニバル』のことをご存じですか? Part 02: 一穂: ブラジルの、『カーニバル』……? 知恵先生が口にしたその言葉に、全員が少しの困惑とともに顔を見合わせる。 すると、真っ先に美雪ちゃんが手を上げて説明の先を促すように尋ねかけていった。 美雪: えっと……それっていろんな衣装を着て街中を踊りながら練り歩いたりするやつですか? 知恵: はい。#p興宮#sおきのみや#rの中学校では今年の文化祭で、そういった仮装行列を行うことが以前から予定されていたそうなのです。 知恵: その会議の中で、先日の林間学校の肝試しで竜宮さんや園崎さんの着ていた衣装のことが話題になりまして……。 魅音: あー、確か肝試しの怖さを引きずらないように種明かし的な仮装行列をやったんだよね。 沙都子: 結構楽しんでもらえて、何よりでしたわ。カメラを構えられた時は少し緊張しましたけど……。 梨花: みー。がくがくぶるぶるだった人たちも明るいところで衣装を見て、喜んでくれたのですよ。 レナ: 菜央ちゃんが頑張ってくれた、渾身の作品だもんね。明るいところで見てもらえてよかったよ~、はぅ♪ 菜央: そうね。あたしも、色々と衣装を作ることができて楽しかったかも……かも。 美雪: まぁ、強いて問題だった点を挙げるとすればやっぱり例の妖狐が――。 魅音: み、美雪っ! それはしー、レナにはしーっ!! レナ: ――――。 沙都子: れ……レナさんっ? あの、もう過ぎたことですし菜央さんも無事だったのでどうかれ、冷静に……?! レナ: ……あははは、大丈夫だよ沙都子ちゃん。レナはもう、怒ってなんかいないから。 レナ: けど、次に出会った時は……ちゃんときっちり退治してあげないとだねっ☆はぅはぅ♪ 一穂: (レナさん……可愛い口調と笑顔でそう言ってみても、目が全っ然笑ってない……っ?) もう1ヶ月近く経ったというのに、相変わらずだ。……よほど、菜央ちゃんの姿に化けてイタズラを試みたあの妖狐のことが腹に据えかねているのだろう。 できればもう二度と、妖狐が#p雛見沢#sひなみざわ#rを訪れてもレナさんの前に姿を現しませんように。……他人事ながら、そう願わずにはいられなかった。 知恵: ? あの、「ヨウコ」って何の話ですか……? 梨花: みー、知恵が気にすることではないのです。……それで、肝試しの衣装がどうしたのですか? 知恵: あ、そうでした。あの衣装は先生から見ても、本当に素敵な衣装でした。それで、その噂を耳にした興宮の生徒さんが……。 富竹: せっかくの機会だから、分校のみんなにも参加してもらってはどうか、って話が出てね。知恵先生に相談させてもらったんだよ。 梨花: みみっ……? 一穂: と、富竹さ……じゃなかった、富竹先生っ? 突然現れた富竹さんの姿に、私だけでなく梨花ちゃんも驚いたのか目を丸くしている。 この「世界」の彼は、フリーのカメラマン……ではなく、興宮の学校の先生だ。受験対策を担当する、れっきとした教師……だけど。 視界の中に映るまで、全く気配に気づかなかった。……いつ教室に入ってきたのだろう? 富竹: やぁみんな、久しぶりだね。受験対策の勉強、夏の間もしっかりやっていたかな? 魅音: も、もちろんです……って、富竹先生?なんで他の子じゃなく、私をまっすぐに見てくるんですかっ? 富竹: あははは、ごめんごめん。夏の受験対策の講義で一番頑張っていたのが、君だったからね。 富竹: そういえば、聞いたよ。園崎さんは穀倉の学習塾の集中講座に参加して、休み期間中も頑張っていたそうじゃないか。 富竹: 君は気持ちさえ途切れなければ、ちゃんとそれなりの成果を出せる子だ。だから最後まで、頑張るようにね。 魅音: は……はい! 頑張ります、富竹先生! 優しい励ましを受けた魅音さんは嬉しそうに、立ち上がって最敬礼とばかりに頭を下げる。 ただ……私はやっぱり、本来だとカメラマンの富竹さんが興宮の教師だという事実に、どうしても違和感が拭えなかった。 一穂: 梨花ちゃん、あの……。 梨花: みー……今は魅ぃやレナたちに気取られないよう、周りに合わせるのですよ。 一穂: ……うん。 他のみんなから、怪訝な雰囲気は感じられない。事情を私たちから聞いている美雪ちゃんと菜央ちゃんさえ、魅音さんをからかいながら素直に受け入れている様子だ。 となると、ここは梨花ちゃんの言う通り変に反応をしないほうがいいのだろう……きっと。 富竹: あ、そうそう。実は家庭科部の子たちが、衣装のデザインをした竜宮さんや鳳谷さんに興味津々でね。ぜひ話を聞きたいと言っているんだ。 菜央: 家庭科部って……興宮の学校には、そんな部活動もあるの? 富竹: うん。それで、もしよかったら一緒に衣装のデザインや仕立てをできないか、って相談したいそうなんだけど……どうかな? レナ: はぅ、レナは構いませんが……菜央ちゃんはどうかな、かな? 菜央: あたしは、レナちゃんが一緒なら……。 そう言ってやや戸惑いながらも、レナさんと菜央ちゃんは了承する。 と、そんな彼女たちをよそに私の背後では美雪ちゃんと梨花ちゃんがひそひそと小声で言葉を交わしていた。 美雪: あのさ、梨花ちゃん……興宮の文化祭で仮装行列をやるってキミ、これまでの「世界」でもあったりした? 梨花: ……みー、初めてなのです。そもそも興宮の学校に家庭科部があったことさえ、聞いたことがなかったのですよ。 美雪: なんだか、おかしなことが起きているみたいだね。これも何かの前触れなのか、それとも……。 沙都子: ? 梨花……それに美雪さん、2人で何を話しているんですの? 梨花: なんでもないのですよ、にぱー♪ それぞれにごまかして、2人は話に戻る。 とりあえず反対する理由もないので、私たちは富竹さん……ではなく、富竹先生の提案を受け入れることにした。 知恵: それでは、興宮の窓口の生徒さんを紹介しますね。……入ってきてください。 一穂: ……えっ……?! 知恵先生に促されて、教室に入ってきた生徒の顔を見た私は……思わず息をのんで、言葉を失う。 梨花: みみっ……?! 魅音: げっ? あ、あんたは……?! そして、梨花ちゃん……さらには魅音さんも驚愕の人物だったようで、2人ともそれぞれに声を上げて反応していた。 詩音: はろろーん、皆さん。興宮の窓口役を仰せつかりました、園崎詩音です♪ なんと、それは……今は聖ルチーア学園に通っているはずの詩音さんだったからだ。 Part 03: そして、夜――。 沙都子ちゃんが寝るのを見届けてからやってきた梨花ちゃんを迎え入れて、私たちは詩音さんと古手邸の居間で話し合うことにした。 一穂(私服): 梨花ちゃん……羽入ちゃんは、ここに呼ばないの? 梨花(私服): 迷ったけど……止めておきましょう。沙都子もあの子の存在を思い出していないようだから、奥の部屋に居させておくわ。 一穂(私服): ……わかった。 羽入ちゃんを詩音さんと合わせないのは、まだ彼女に対する疑いが解けていないからだろうか。……ひとまず、梨花ちゃんの判断に従うことにする。 詩音(私服): では、改めて美雪さんたちに自己紹介しますね。私は魅音の双子の妹の、園崎詩音です。 若干のよそよそしさを含ませつつ、詩音さんは美雪ちゃんと菜央ちゃんにそう言って挨拶する。 ……この「世界」だと詩音さんは、美雪ちゃんや菜央ちゃんと初対面。だから面倒だけど、この手順は必要だった。 菜央(私服): ……本当に、魅音さんとそっくりなのね。髪型を変えて入れ替わったら、初見では絶対にわからないと思うわ。 詩音(私服): 実際、気づかれませんでしたよ。例の全国模試が行われた前後で、何回か話をしたこと……覚えていますか? 菜央(私服): えっ……あれが、そうだったの?確かに、なんとなく雰囲気が違ったようにも感じたけどテスト前で気合いが入ってるからだって思ってたわ……。 詩音(私服): ……さすがですね、菜央さん。勘のいい方だから、あなたと話す時は結構注意していたんですよ。 菜央(私服): あたしのことを、知ってる……つまり詩音さんは、一穂と「同じ」ってわけね。 それに対して素直に答える代わりに、詩音さんは肩をすくめてみせる。 私と「同じ」……それはすなわち、別の「世界」の記憶を持ってこの「世界」にやってきたということだった。 美雪(私服): で……詩音、って言ったっけ。キミはどうやって、こっちに戻ってきたの? 美雪(私服): 一穂から聞いた話だと、確かキミは全寮制の聖ルチーア学園に通ってるんだよね。ということは、つまり……? 学園からの「脱走」……その言葉が、真っ先に私の頭の中に浮かび上がってくる。 事実、これまでの「世界」での詩音さんは聖ルチーア学園を脱走して#p興宮#sおきのみや#rの学校に復学していた。去年と今年の違いこそあれ、可能性は高いと思う。 だけど詩音さんは「違いますよ」と手を振りながらからからと笑い、そして大きくため息をついていった。 詩音(私服): 夏の間ルチーアにいたのは、事実ですけどね。始業式に気がついたら……興宮にいたんです。 菜央(私服): 気がついたらって……どういうこと、それ? 詩音(私服): 私だってわけがわからないんですよ。ただ、そう説明するしかないんです。 詩音(私服): 始業式の後、教室で2学期に向けた退屈な説明を担任から聞かされて、ついうたた寝したところを叩き起こされたと思ったら……。 詩音(私服): 教室もクラスメイトも、全くの別物に一変していたんですからね。 美雪(私服): 別物って……つまり、眠ってる間にルチーアから興宮に移動してたってこと? 詩音(私服): えぇ、そういうことです。本当に驚きましたよ……その場で叫ばなかっただけでも、自分で自分の胆力を褒めてあげたいくらいです。 菜央(私服): ……そうね。目が覚めたら「世界」が全然違うものになってたなんて……。 菜央(私服): もしあたしが同じ目に遭ったら、パニックになっちゃうかも……かも。 詩音(私服): まぁ、同じような体験を何度もしてきたからこそ動揺も少なかったのは事実ですけどね。 詩音(私服): ……ただ、今の話を聞く限り美雪さんと菜央さんは、以前の「世界」の記憶を引き継いではいないんですね。 梨花(私服): えぇ。この中では私と、一穂だけ。美雪と菜央は、あくまでも私たちからの伝聞として知っているだけ。 美雪(私服): といっても、話のあらましは把握済みだし……それを疑わずに受け入れているつもりだから、状況の把握度で言えばそう変わらないつもりだよ。 美雪(私服): それにしても、前提と認識がこうもコロコロ頻繁に入れ替わるのはやりづらいというか……頭がおかしくなりそうだね。 菜央(私服): 難しく考えたり、無理に整合性をつけようとしたりしても余計に情報がこんがらがるだけよ。 菜央(私服): 何が変化したのかをしっかり把握して、都度対応していきましょう。 ため息をつく美雪ちゃんに対して、菜央ちゃんは柔軟に現状を受け入れた様子を見せる。 一穂(私服): (菜央ちゃんって、本当にいつも冷静だね。年下とはとても思えないよ……) そんな苦笑を内心で覚えつつ、2人が状況を理解してくれることに感謝する。 そして美雪ちゃんは、自らを鼓舞するように両の頬を自分の手のひらで軽く叩くと……私たちをぐるりと見渡していった。 美雪(私服): まぁ確かに、菜央の言うように難しく考えすぎるとドツボに落ちるだけみたいだから……シンプルに情報を整理して、やれることを片付けていこう。 美雪(私服): とりあえず今のところ、特に害というかデメリット的なものも感じないし……しばらくは様子見に徹するのが得策かな。 美雪(私服): ちなみに梨花ちゃんと詩音は、どう思う? 梨花(私服): ……美雪と同意見よ。たとえ何者かの意思が背後に働いているとしても、それに右往左往したみっともない姿を見せるのは腹立たしいしね。 詩音(私服): 私も異存ありません。お姉やレナさんたちの力を借りられないのは心許ないですが……。 詩音(私服): お声がけをしたところで、また前提を書き換えられたら無意味ですからね。 美雪(私服): じゃあ、まずは興宮の学校からの提案を受け入れて何か変化があったら報告し合うことにしよう。 美雪(私服): 私たちはもちろん注意するつもりだけど、梨花ちゃんと詩音も頼んだよ。 梨花(私服): えぇ、わかったわ。 詩音(私服): せっかくのイベントなのに、心から楽しめないのはちょっと残念ですが……仕方ありませんね。 そう納得し合って私たちは、今後に向けた方針についての話し合いを終える。 そして、用は済んだとばかりに腰を上げかけた詩音さんに対し……私は梨花ちゃんに目配せを送ってから、質問を投げかけていった。 一穂(私服): っ……あ、あのっ……詩音さんっ。最後にひとつだけ、いいかな……? 詩音(私服): ? なんですか、一穂さん。 振り返った詩音さんは、怪訝そうに首を少し傾げながら私を見つめている。 本当に私と「同じ」であれば、彼女は当然「あの子」のことを覚えているはずだ。だから……。 一穂(私服): 詩音さんは、その……羽入ちゃんのことを、覚えてる……? 詩音(私服): …………。 詩音(私服): えぇ、もちろんです。梨花ちゃまの遠い親戚……古手羽入さん、ですよね? 梨花(私服): ……。そう、よかったわ。 ほっと胸をなで下ろすように、梨花ちゃんが息をつく。美雪ちゃんと菜央ちゃんも、それぞれ納得した表情で顔を見合わせていた。 一穂(私服): …………。 それから私たちは、夜も遅いので解散する。そして、それぞれ寝る準備をして用意された寝床についた……のだけど……。 一穂(私服): …………。 一穂(私服): (やっぱり……おかしい) まだ確定したわけではないので言葉にはできなかったが、「彼女」の動向に注目すべきかもしれない。 そんな疑念と違和感を、私はさっきの会話の中からおぼろげながらも胸の内に抱いていた――。 Part 04: そして、#p雛見沢#sひなみざわ#r分校・#p興宮#sおきのみや#r中学校の合同文化祭の日。 一般にも公開されるメインイベントとして銘打たれた雛見沢・興宮合同の『学生カーニバル』は、興宮の一般道路を使って行われることになった。 レナ(カーニバル): は、はぅ……すごい人……!こんな大勢の中で、こんな格好で踊りながらできるのかな? かな? 沙都子(カーニバル): をーっほっほっほっ、心配ありませんわ!レナさんと詩音さん、そして私の艶やか衣装ならきっと人気を集めること間違いなしでしてよ~! 魅音(髑髏鎧): しかしまぁ、改めてみるとすごい衣装だね……デザインにOK出した私が言うのもなんだけどさ。 羽入(小悪魔): あぅあぅ、詩音の衣装に至ってはもはや水着を通り越して、裸同然なのですよ~。 そう言って羽入ちゃんは、自分が着るわけでもないのに真っ赤な顔だ。 ちなみに、羽入ちゃんの存在についての記憶は、例の深夜の話し合いの後……魅音さんたち全員がどういうわけか取り戻していた。 どこで、何の力が働いたのかはわからない。……だけどその事実は、私が疑念を抱く「彼女」の影響をより強く意識させることになった。 詩音(カーニバル): 菜央さんデザインの衣装があまりにもセクシー路線だったせいで、家庭科部の子たちのやる気に火をつけちゃったみたいでしてね。 詩音(カーニバル): まぁ私は、目立つ姿こそ大歓迎なので全く構わないのですが……お姉だったらきっと、くじを引いた瞬間に逃げ出していたでしょうね。 くじ引きで参加メンバーに選ばれたレナさん、そして詩音さんと沙都子ちゃんはお互いの衣装を見比べながら、楽しそうに盛り上がっている。 ただ……あの衣装を見て、改めて思った。魅音さんもそうだろうけど、参加メンバーに自分が選ばれなくて……本当に、良かった……! 一穂(アニバドレス): な、なんか……水着よりも露出度が高いよね。リオのカーニバルって、みんなあんな感じなの? 菜央(アニバドレス): あたしも現地の様子をテレビで見ただけだから、正確に把握してはいないけど……たぶんそうよ。むしろ大人しいくらいじゃないかしら。 一穂(アニバドレス): っ、あれで……?! 嘘でしょ?! 正直言葉は悪いかもしれないけど、もはや「裸踊り」に近いと思う……。 魅音(髑髏鎧): けどまぁ、すけべぇな連中は仕方ないとして……思った以上に見物客が集まったね。最初の合同イベントとしては、上々じゃないかな。 圭一(アンドロイド): にしても、男としては目のやり場に困るぜ……記録のためにカメラを構えようにもなんだか気後れするっていうか、覚悟が決まらねぇよ。 魅音(髑髏鎧): 盗撮とかじゃないんだから、そこまでプレッシャーに感じなくてもいいんじゃない?堂々としていれば、大丈夫だよ。 魅音(髑髏鎧): ……まぁ、「あの人」は開き直りを通り越してちょっとぶっ飛びすぎかもしれないけどさ。 某メイドハンター: おぉっ、おおおおぉぉぉおおおっっ!!沙都子ちゃんが……あの沙都子ちゃんが、なんというあられもないメイド姿にッッ?! 某メイドハンター: これはもう、貴重です! 永久保存です!網膜だけでなく脳裏にも焼きつけ、死ぬまで記憶の中に残してまいりましょう!! 沙都子(カーニバル): あ、あの……監督?どう見てもどう捉えられても、さすがにこれはメイド服などではありませんのよ……? 某メイドハンター: そんなことはありません!メイド服とはすなわち、既成概念に囚われない主たちの願望によって具現化されたもの! 某メイドハンター: そして、カーニバルとは「饗応」の宴!つまりご奉仕のために集まったあなた方は、まさにメイドの精神を持つと呼ぶにふさわしい! 某メイドハンター: ゆえにこれは、メイド服なのです!誰がなんと言おうと、私がそう決めました!!ビバ・メイドカーニバルっっっ!!! 圭一(アンドロイド): なぁ、魅音……いいのか、あれ?さすがにちょっと、止めたほうがいいと思うんだが。 魅音(髑髏鎧): とりあえず、手を出して悪さをするわけじゃないからしばらく放置しておこう。……念のため、近くの店で大石さんたちにスタンバってもらっているしね。 圭一(アンドロイド): 信用しているのかしていないのか、微妙なラインだな……。 一穂(アニバドレス): あ、あははは……。そういえば美雪ちゃん、さっきからずっと静かだけどどうした……の……っ? 美雪(アニバドレス): ……ちっ……! 一穂(アニバドレス): ひっ? み、美雪ちゃん……?! 美雪(アニバドレス): なんかさぁ……盛り上がってるところに水を差すみたいで、一応言葉に出すのは憚ってたんだけどさ……。 美雪(アニバドレス): さっきから、見てるだけで敵意……いや殺意がわいてくるこの感情はなんだろう? 美雪(アニバドレス): 今すぐに、全てを灰燼に帰したいという衝動が抑えきれない……ッ!! 一穂(アニバドレス): ちょ……ちょっと待って美雪ちゃん!なんでそんなに怒ってるの?! 美雪(アニバドレス): 怒ってる……? 何言ってんだよ、一穂。私は怒ってなんかいないよ、ただ自然界の不条理にかるーく異議を申し立てたいだけさ……! 一穂(アニバドレス): (ぜ、全然軽くじゃないし、絶対怒ってる……?!) 梨花(キャスト): ……みー。その気持ちはよくわかるのですよ、美雪。 梨花(キャスト): ボクも今、核ミサイルの発射ボタンが目の前にあったらうっかり思いあまってポチッとしてしまいそうなのですよ。 一穂(アニバドレス): み……美雪ちゃん、梨花ちゃん落ち着いてっ!今回はくじ引きであの3人が選ばれただけで、それ以外に他意はないから! 美雪(アニバドレス): ……じゃあ一穂、私と梨花ちゃんがあの格好をして……似合うと思う? 一穂(アニバドレス): ……っ……?! 梨花(キャスト): 一穂にお仕置きなのですよ。……羽入。 一穂(アニバドレス): えっ? ちょっ……梨花ちゃんっ?羽入ちゃん、どうして私を背後から羽交い締めするの?! 羽入(小悪魔): あ、あぅあぅ……ごめんなさいなのですよ、一穂。僕もとばっちりは勘弁なのです。 一穂(アニバドレス): た、助けてえぇぇぇえぇぇっっ?! 菜央(アニバドレス): ……なにやってるのよ。それぞれ成長期が違うんだから、体型の差を嘆いてもしょうがないでしょ? 美雪(アニバドレス): くっ……そりゃ、菜央はいいよ!無限の可能性を秘めてるんだしさー!呪われちまえ、ばっかやろー!! 菜央(アニバドレス): ……なんであたし、何もしてないのに罵声を浴びせられてるのよ? そんな感じに盛り上がって、カーニバルの開始が刻一刻と近づいて皆の気合いが高まる中……。 スタート地点に向かう参加メンバーの3人の背中を目で追っていると、詩音さんの声がその背中越しに私のところまで届いてきた。 詩音(カーニバル): あー……そういえば菜央さん、それにレナさん。富竹先生の姿、どこかで見かけましたか? レナ(カーニバル): ううん。今日はまだ会っていないけど……何か別の用でもあるのかな、かな? 詩音(カーニバル): ……そうですか。 2人の返答を聞いて、詩音さんは何かを納得したように頷くのが後ろ姿でもはっきりと見える。 だけど、その意味を確かめる前に彼女は大勢の人混みの中に紛れ、やがて見えなくなった……。 Epilogue: そして再び、平成――。 過去に行われた『カーニバル』のことを秋武さんに質問されて、詩音はそれに逐一とはいかずともそれなりに答えていく。 そして、当時の仲間たちの動向やどんな会話があったのかを粗方聞き終えると……秋武さんはふぅっ、とため息をついてみせた。 灯: ありがとうございます、詩音先輩。大方は私の調べた資料の通りだったので、安心しました。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: ……調査済みだったら、聞くまでもないでしょうに。ずいぶんと回りくどいことをするもんですね。 灯: どれだけ客観的に見せかけた資料でも、誰彼の手が入ればバイアスがかかるものです。それを確かめるには、別方面からの情報……。 灯: つまり、現地にいた人の知見こそが大きな役割を果たすんですよ……っと。 そう言って秋武さんは、ボールペンで何かを書き込む手を止めてノートをぱたん、と閉じる。 そして私の前のテーブルに、すっ……と100円硬貨を置き、指で店の奥を指し示していった。 灯: あっちの公衆電話、空いたみたいだよ。今のうちに家へ連絡しておいたほうがいいんじゃない? 千雨: っ……気づいてたんですか? 灯: 人の視線には、結構敏感な方だからね。……ほら、早く行かないと別の誰かに取られちゃうよ。 千雨: ……。わかりました、お借りします。 少し後ろ髪を引かれつつも、私は席を立つ。そして背中越しに「返さなくてもいいよー」と呼びかける秋武さんの声を聞きながら、電話のある場所へと向かった。 灯: それにしても……詩音先輩。10年前のことなのに、よくぞ色々と覚えていたものですね。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: まぁ……自分が参加したのだから、一応はね。けど、そのイベントに何かおかしなところでも……? 灯: えぇ、不思議なんですよ。合同文化祭ということで両方の学校の責任者……つまり教師の名前が資料には書かれていたんですが。 灯: 知恵留美子先生の名前はあっても、富竹ジロウなる人物はどこにも見つけられなかった。 灯: さらに言うと、それ以降富竹ジロウの存在は#p興宮#sおきのみや#rの中学校から消えている……退任だの転任だのも行われていなかったのに、ね。 灯: これって、どういうことでしょう……? #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: さぁ……あんたも聞いていた通り、「世界」がいつの間にか、何の前触れもなく変わってしまう事象が度々ありました。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: いるはずのものが消えて、いないはずのものが突然現れる……てな感じに。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: だから富竹さんが突然姿を消して、存在すらなくなったのも……そのせいでは? 灯: えぇ、確かに事実としてはその通りでしょう。……ですが、「消える」という事象が起きた時に偶然ではなく、意図的に働きかけた者がいる。 灯: 私はその可能性を考えて、調べて……ひとりの人物に辿り着きました。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: ? それは、いったい誰ですか……? 灯: 詩音先輩。あなたは、そのパレードの日に午後から衣装を別の生徒さんに代わってもらっていましたね。 灯: それはどうしてなのか、教えてもらえますか? #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: パレードを、代わってもらった……私が……? 灯: ……あの日のこと、覚えていませんか? #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: さぁ……もう10年前のことですから、はっきりと覚えていませんよ。たぶん疲れとか体調不良とかで、代役を頼んだのでしょうね。 灯: ……いいえ、違います。私は、あなたと代わってもらった本人からの証言を得ました。 灯: 詩音先輩……あなたは富竹ジロウの失踪、いや「消滅」に関わっている。そして、この人と会っていた……そうですよね? そう言って秋武は、懐から取り出した1枚の写真を詩音に差し出す。 それを見た彼女は、大きく目を見開いて息をのむほどに驚いた表情を見せた。 #p園崎詩音#sそのざきしおん#r: その写真……いったい、誰が……?! そこに写っていた人物は、2人。それは詩音と……もうひとり……。 灯: 名前はご存じですよね。西園寺雅……あなたに誘いをかけて道を誤らせた、いわゆる「悪魔の使い」です。