Part 01: ……その違和感は、普段なら錯覚と思って気にも留めず流してしまいそうになるほど、小さくて些細なものだった。 梨花(私服): ……っ……? ぷつり、と音もなく頭の中で何かが「途切れる」ような感覚。頭痛かと思ったが、その後痛みらしき刺激は全く感じない。 だけど次の瞬間、意識が内側へと吸い込まれるように目の前の視野が急に遠ざかり……そして、元に戻る。 ……立ちくらみ? 貧血?いや、そういった病的なものとも違うようだ。 ただ……かすかな響きだったけれど、確かに「声」が聞こえた……と思う。 そして、おそらく必死の思いで伝えてきた言葉……私はその内容を反芻し、これまでずっと抱いてきた疑問にひとつの答えを導き出していた。 羽入(私服): ……梨花? 私の少し前を歩いていた羽入がこちらへ振り返り、怪訝そうな顔で歩みを止める。 羽入(私服): どうしたのですか?なんだか、顔色が良くない感じに見えるのですが。 梨花(私服): ……なんでもないわ。ちょっと、目眩のようなものを感じただけよ。 嘘や隠し事もなく、私は正直に今の感覚を言葉にして伝える。 すると羽入はあっさりと納得し、「それならよかったのです」とにこやかにこちらへ笑いかけていった。 羽入(私服): あと少しで、#p綿流#sわたなが#rしの日が来るのです。梨花の奉納演舞が一番の見せ場になるので、体調を崩さないよう気をつけるのですよ~。 梨花(私服): ……しつこいわね、大丈夫よ。 今さら言われるまでもないことなので、私はやや食傷気味の気持ちをにじませながらそう返してため息をつく。 村人たちの手前、準備を怠っていないように振る舞っておく必要があるので練習は欠かさないが……もはや演舞の手順は頭でなく、身体が覚えている。 それに、慣れたおかげで以前だと相当力を込めて集中しなければできなかった鍬の振り上げも、最近ではさほど頑張る必要もなく扱えるようになった。 ……実のところ人間は、全力を出しきって身体の各部を傷つけまいと本能が無意識下で働き、力を抑える仕組みになっているという。 また、どんなに力を入れても重心や配分次第で作用点に効率的な伝達が行われなくなるので、それが余計な疲労や怪我の原因となってしまうのだ。 私は「繰り返す」ことで、そういった武道的な加減を体感的に学んでくることができた。おかげで今では、達人よろしく効率性を会得しつつある……と思う。 梨花(私服): (まぁ、体の捌き方を自然に身につけられたのは武道の知識を持つ羽入のおかげでもあるんだけど。ただ……) 今の感覚とその後のやりとりに思いを馳せて、私は……感謝と同時に戸惑いを覚える。 いったいどこまでが「彼女」だったのだろうか。そしてどこから入れ替わって……そして……。 羽入(私服): ……? やはり、少し疲れているのですか? 梨花(私服): それにしても……羽入。あの子たちのこと、いったいどうしたものかしらね。 羽入(私服): あぅあぅ……あの子たち、とは? 梨花(私服): 大丈夫よ。ここは私たち2人しかいないんだから、本音で喋ってくれてもいいわ。 梨花(私服): あの子たちと言ったら、最近仲間に加わったあの3人のことに決まっているじゃない。 羽入(私服): 一穂と、美雪……そして菜央のことですね。 周囲に人の目がないことを確かめてから、羽入は神妙な表情で頷いてみせる。 そして私は、ポケットの中に手を差し入れて「カード」の所在を確かめてから……彼女に向き直っていった。 梨花(私服): 一穂が何者なのかはいったん置いておいても、美雪の名字があの「赤坂」っていうのは……偶然にしても、奇妙な感じよね。 梨花(私服): それに、菜央……「鳳谷」って名字に聞き覚えはないけど、あの顔立ちは……もしかしたら、そういうことなの? 羽入(私服): ……その点については、僕もよくわからないのです。とりあえず彼女たちは、敵と見なす存在ではないと思いたいところなのですが……。 羽入(私服): 僕たちが推測する人物だというのが事実だとすれば、年齢として10年ほどの差異があります。にもかかわらず、彼女たちはあの姿でここを訪れた……。 羽入(私服): いったい何者の力が働いてそれを可能にしたのか、全くわからないので……今は様子を見るしかないと僕は思うのですよ~。 梨花(私服): ……そうね、確かに。 羽入の意見はもっともだと思いつつ……私は別の思考を働かせる。 彼女たちの素性は不明だが……これまで私たちが「繰り返してきた」中でも異常とも呼べる変化は、何かのきっかけをもたらそうとしているのかもしれない。 だとすれば、動くのは今か……?もし先ほど受け取った「メッセージ」が事実だったのなら、このまま流れに任せていても進展はないのだから……。 羽入(私服): そちらも大事なことではありますが……梨花。あの3人よりもまず、片付けておくべき問題があるのですよ。 梨花(私服): ? 何のこと……? 羽入(私服): もちろん、圭一のことです。前原圭一……今年の春に家族とともに#p雛見沢#sひなみざわ#rへ引っ越してきて、そして……。 羽入(私服): あなたがこの村から追い出した、彼の処遇についてです。 Part 02: ……思い出すのは、6月に入ってからのこと。東京で親戚の法事があるという理由で、圭一は分校を数日の間休むことになったのだ。 生徒数の減少もあって、教室内で空いた机は幾つもあったが……彼が普段座るところを見ながら魅音は、はぁぁと寂しげにため息をついていた。 魅音: 圭ちゃん、まだ戻ってきていないんだねぇ……。予定だと昨日の晩には帰るって言っていたのに、向こうで何かあったのかな? レナ: はぅ……もしかしたら、何かトラブルがあって帰れなくなったのかもしれないね。 沙都子: だったらせめて、戻りが遅くなることをレナさんか誰かに伝えてくださったらよろしいのに。気の利かないお方ですわねぇ、まったく。 そう言って沙都子は、少し不機嫌そうな顔をして憎まれ口を叩く。 ……とはいえ、落ち着いて考えてみると彼女の発言には若干の違和感が否めない。 なぜなら、圭一が#p雛見沢#sひなみざわ#rにやってきたのはほんの1ヶ月ほど前で……あえて気を利かせるほどそんなに長い付き合いでもなかったからだ。 梨花: (……そういえば沙都子って、会って数日で圭一に懐いていたのよね) 過去の経緯もあり、初見の相手にはなかなか心を開かない彼女にしては珍しいこともあるものだと、私も最初の頃は驚いたものだ。 ただ、沙都子に傷があるように圭一もまた傷ついていて……そんな無意識の共感が相まって、心を通じ合わせたのだろう。 勝手な邪推かもしれないけど、私はなんとなくそう思っていた。 梨花: みー、沙都子。圭一の家庭にも色々と事情があるはずなので、許してあげてほしいのですよ。 沙都子: えっ? いえ、許すもなにも……私は別に怒ってなどおりませんわ。 沙都子: ただ、皆さんに気配りがあってもいいのでは、と思っただけで、私は全然気にしておりませんのよ。 そう言って沙都子は、慌てて取り繕うように強がってみせる。 ただ……申し訳ないが、バレバレだ。そしてこういうところが沙都子の可愛さの所以なのだが、深く突っ込むとムキになるのでこの辺にしておこう。 魅音: あっはっはっ! まぁそれくらいに、圭ちゃんの存在が私たちの日常に溶け込んでいる……ってことの裏返しなんだろうけどさ。 レナ: はぅ……そうだね。昨日は魅ぃちゃん、昼休みと放課後に何度も圭一くんの名前を呼びそうになっていたもんね。それに、今朝の登校だって……。 魅音: んなっ……れ、レナっ?それはみんなには内緒にしていて、ってあれほど言ったでしょー?! よほど恥ずかしい失敗でもやってしまったのか、魅音は慌ててレナの口をふさごうとする。 あの男勝りを振る舞っている魅音が、必死に隠してきた乙女らしさをこうも見せるとは……やるじゃないか圭一、大関スケコマシ。 知恵: ……あら?皆さん、そこで集まってどうしましたか。もう予鈴はとっくに鳴っていますよ。 魅音: えっ、そうでした?すみません、全然気づきませんでした……みんな早く、席についてー。 慌てて魅音は私たちに着席を命じると、全員が席に座ったのを見届けてから号令をかける。 魅音: きりーつ、気をつけー! 礼っ!おはようございまーす! 知恵: はい、おはようございます。では出席を……っと、前原くんは今日も休みでしたね。 レナ: あ、はい……。昨夜帰ってくる予定だったそうですが、今日呼びに行っても、まだ戻っていないみたいで……。 知恵: あぁ、大丈夫ですよ。今朝、学校に連絡があって戻りが1日延びたとのことです。他の皆さんにもよろしくって言っていましたよ。 魅音: えっ、ほんとですか?……なぁんだもう、何かあったのかなって心配して損しちゃったよ~。 沙都子: をーっほっほっほっ!まぁ別に私は、心配などしておりませんでしたけどね~。 レナ: はぅ~、それじゃ明日からはいつもの待ち合わせ場所で待っていても大丈夫かな、かな……♪ ……さっきまで沈みがちだった教室の様子が一変して、和気藹々としたいつもの賑やかさが戻ってくる。 連絡があったと言うだけで、この盛り上がりよう。つくづくすごい存在感だと、私は改めて感じていた。 知恵: はいはい皆さん、私語はそのくらいで。前原くん以外の欠席はありませんね?それでは、ホームルームを終えて授業を始めますよ。 一同: はーいっ♪ …………。 梨花: 新しい風……やっぱり、必要よね。 私は改めて、その意味と価値をかみしめる。だからこそ、私は……。 彼を絶対に、守らなければいけないのだ。何を置いても、どんなことをしても……! Part 03: 梨花(私服): 確かに、そうだったわ。圭一が来ることで、#p雛見沢#sひなみざわ#rに新しい風が吹く。そして良くも悪くも、変化が訪れる……。 梨花(私服): それは、彼自身の才能といったものじゃない。あくまでも圭一の存在に宿った「世界」の選択……運命というものが、そうさせているんでしょうね。 羽入(私服): はい……その通りなのですよ、梨花。だからこそ、教えて下さい。 羽入(私服): どうして、それほどまでに変化の力を持っていると考えられる圭一を雛見沢から追い出したのですか?僕はその点が、どうしても理解できないのです。 梨花(私服): …………。 羽入(私服): 魅音たちが言っていました。……圭一をはじめ前原一家が雛見沢を離れるきっかけとなったのは、あなたが皆に彼の悪所業を訴えたことだと。 羽入(私服): 「圭一にいじめられた」……あなたはそう主張し、皆が圭一を追い出すように仕向けたそうですね。それを受けて、彼を仲間の輪から爪弾きにした。 羽入(私服): 突然の豹変に、さぞ圭一も戸惑ったことでしょう。さらにその空気は、分校だけでなく雛見沢全体にまで広がって……前原一家は村人から集中攻撃を受けた。 羽入(私服): 結果として彼らは雛見沢に居られなくなり、#p興宮#sおきのみや#rに引っ越してしまった……そうですよね? 梨花(私服): えぇ……その通りよ。 羽入(私服): どうして、そんなことをしたのですか?少なくとも彼は、暴走することがあっても……あなたの味方になってくれる人だったはずです。 羽入(私服): なのに、理由はわかりませんが……あなたは僕に相談もなく、彼を拒んで排除した。それが僕には不思議で、納得できないのです。 梨花(私服): ……っ……。 羽入(私服): 教えてください……梨花!最近のあなたはどこか変というか、おかしいのです。何かとても、良くないものを感じるのです。 羽入(私服): いったいあなたに、何があったのですか?ひょっとして、永遠に続く同じことの「繰り返し」で自暴自棄になってしまったのですか? 羽入(私服): だとしても、諦めないでください!心が挫けず、そして折れなければ未来はきっと――。 梨花(私服): えぇ……でしょうね。そう信じて、まだまだ諦めるつもりなんてないわ。……だからね、羽入。 梨花(私服): あんたは……いえ、「お前」はいったい誰だ……? 羽入(私服): っ……り、梨花……? 羽入(私服): あ、あぅあぅ……いったい、何を言い出すのですか?本当に、おかしくなってしまったのですか……?! 梨花(私服): ……とぼけるのもいい加減にして。私があの子と、いったいどれだけの長い期間を一緒に過ごしてきたと思っているの? 梨花(私服): たとえ姿かたち……それこそ意識で繋がる波動が同じ性質のものであったとしても、違いはわかる。 梨花(私服): それに、どこかへうまく封じ込めたつもりなのかもしれないけど……残念ながら、届いているのよ。 梨花(私服): 「そいつは僕の偽物です、騙されないで……!」ってあぅあぅ訴えかけている、あの子の声がね……! 羽入(私服): …………。 梨花(私服): さぁ、答えて……あの子はどこッ?そしてお前の正体を、ここで明かしなさい! 羽入(私服): ……何を言っているのです、梨花?やはりあなたは、狂ってしまったようですね。 羽入(私服): くすくす……くっくっくっ……あっはっはっはっはっはっはッッッ!!! 梨花(私服): ……っ……?! 羽入:私服: 認めてあげましょう、角の民の#p末裔#sまつえい#rよ。あなたは実に聡明で……そして、愚かであったと。 羽入:私服: これまでのように、知らないフリをして「繰り返し」を続けていれば、きっと正しい道を見つけて昭和58年の壁を越えることだってできたでしょうに……。 羽入:私服: 人間でありながら、身の程知らずにも神の力を疑ってあまつさえ誰何を突きつけるなど……実に傲慢。 羽入:私服: ゲーム盤の駒は駒らしく、意思など持たず指し手の言う通りに動くが分相応の器量と知るがいいッッ!! 梨花(私服): なっ……?ぐっ……うううぅぅぅううっっ……?! 羽入:私服: ……今のあなたをこの「世界」に置いたままだと、せっかくの均衡に乱れが生じてしまう。だから申し訳ないけど、退場してもらうわ。 羽入:私服: だから、おやすみなさい……次に目覚める時は幸せな未来を掴めることを祈っておいてあげるわ。 羽入:私服: もちろん、祈るだけだけどね……あはははは、あーっはははははははッッッ!!! 梨花(私服): っ……諦めない、諦めるものかっ……!! 梨花(私服): 私は、絶対……必ず仲間たちと、一緒に戻ってくる!そして憎ったらしい偽者のあんたの顔を、血と涙でぼろぼろになるまでぶん殴ってやるからッ!! 梨花(私服): 覚えてなさいよ……クソッタレがああああぁぁあッッッ!! …………。 羽入:私服: 捨て台詞としては、大したものね……。さすがはあの角の民の長の、末裔だけはあるわ。さて……。 羽入:私服: あんなのでも、突然居なくなると他の連中の意識に多少なりとも何らかの支障が生じるかもしれないから……うまくごまかす手段を講じることにしましょう。 羽入(私服): さて、と……。 …………。 羽入:私服: うん……なかなかの見栄えね。同じ血を引くだけあって波動が似ているから、これくらいは造作もないわ。 羽入:私服: あと少しで#p綿流#sわたなが#rしのお祭り……さて、どんな顛末になるのか特等席で観させてもらうとしましょう。 羽入:私服: くすくす……くっくっくっ……あーっはっはっはっはっはっはっっっ!!!