Prologue: 現存する歴史の資料には、様々な種類のものがある。 たとえば、著名な学者や国家に所属する役人たちが長い年月をかけて断片的な資料を整理し、編集したもの。 これはある程度、信頼を置いても良いだろう。正確な情報を残しておかなければ記録としての価値はなく、必要に応じた資料としての役割を果たせないからだ。 ……もっとも、多角的に事実を集めるのにも限界がある。また、国家あるいは編纂に携わった人々の解釈が加わる以上誰の立場からも間違いなく真実である、という断定は難しい。 とはいえ、「公式」と称される以上研究資料の軸として用いられる価値は保証されているので、大きな懐疑がさし挟まれるような事例の発生は極めて稀だ。 それに準じる資料としては、民間の言い伝えなどがある。これらには後世への教示的な要素が含まれることもあり、一定の真実味がある。 ただし、民間伝承についても仲介する人々の意図、あるいは時代性が反映されることが避けられず……実際の内容が口伝の繰り返しで、微妙に変化していく。 ……つまり、歴史に残る記録とは動かせない過去の事象をまとめたものでありながら……これが真実だ、と証明することができない。 現代でも独自解釈で生み出された「同人誌」があまねく存在するように、過去においてそれと類似した「書物」が作られ……現在まで残ったとしても。 それが本物だと証明することができないのと同時に、偽物だとみなすことも極めて難しいことだった。 未来と同じく、過去も時間の推移によって変化する。実に矛盾した話ではあるが、それもまた真実なのだから……。 それは、桜の新芽がちらほらと木々の枝間に姿を見せて色づきを見せるようになった、とある春の日のこと――。 羽入(巫女): ふぅ……んしょ、っと……。 裏山のわずかに踏み跡が残る程度の道をたどり、私はとある場所へと向かっていた。 羽入(巫女): あぅあぅ……梨花と沙都子は夕方まで帰ってこないと言っていたので、好都合なのです。 羽入(巫女): ……とはいえ、いつ来ても通りにくい道です。もう少し整備して周りの芝や草を刈っておかないと、道がわからなくて迷子になってしまうのですよ。 そんな愚痴めいたことを呟きながら、私は包みを片手に不安定な山道を登っていく。 羽入(巫女): ……よいしょ、っと。 しばらくして辿りついたのは、大きな樹がそびえ立つ……杜の開けたところ。 そこで私はすぅ……と息を吸い込み、「彼女」がどこにいても聞こえるように大声で呼びかけた。 羽入(巫女): 頼もぅ、なのです~。いたら出てきてくださいなのですよ、#p田村媛#sたむらひめ#r命~。 …………。 数秒……いやもう少し長かったかもしれないが、鳥の鳴き声と風に揺られる葉音だけが響き渡る。 そして、念のためもう一度声をかけてみようと息を吸いかけた次の瞬間……私の目の前に、神衣をまとった「彼女」の姿が顕現した。 田村媛命: ……まったく。 「彼女」は田村媛命……私と同じく神格をもった存在で、かつては不倶戴天の敵でもあった。 だけど、最近は少し関係が変わりつつある。その証拠に彼女は不機嫌そうな仏頂面に見えるが、特に怒っているわけではない様子が伝わってきた。 田村媛命: もはや訂正を求める気も起こらぬが、人の子が輩のもとを訪れるような呼び出し方は止める#p也#sなり#rや。 田村媛命: そなたと吾輩は、長らく此の地にて相容れぬ仇敵としてぶつかり合ってきた関係。……にも関わらず、昨今は馴れ馴れしく付きまとわれて甚だ厭わしき#p哉#sかな#r。 羽入(巫女): あぅあぅ……そんな冷たいことを言わないでください。最近は何かと僕たちのことを気にかけて、力を貸してくれたりして本当に感謝しているのですよ~。 田村媛命: 勘違いは止める也や。そなたらのためを思って、吾輩が動いていたわけではない哉。 田村媛命: ただ、降りかかる火の粉がこちらにまで及んで延焼するかもしれぬ恐れを懸念して……自らの身を守るがゆえの派生としてそうなっただけ也や。 努めて感情を抑えるように、田村媛命は淡々とした口調でそう返してくる。……ただその態度を見てふと、私の頭にある言葉が浮かんできた。 羽入(巫女): ……ツンデレ? 田村媛命: 断じて違うッッ!! 吠えるように否定されてしまった。……もっとも、今の言葉は私も思いついただけで正直意味がわからない。どこで覚えたのだろうか? とはいえ、彼女に意味を尋ねたらもっと気分を害して引きこもってしまいかねないので、あえて黙っておくことにする。 これも、最近になって交流が増えたおかげだろう。なんとなくだけど引き際がわかるようになっていた。 羽入(巫女): ……それにしても、田村媛命。 田村媛命: 何ぞ? 羽入(巫女): 実際、あなたがこんなにも頼りになる存在だったとは思ってもみなかったのです。 羽入(巫女): 言い方は適切ではありませんが、『ツクヤミ』なる存在が引き起こした昨今の騒動にはその点だけ感謝しているのですよ。 田村媛命: 何を悠長なことを言っている哉。やつらのおかげで此の地はおろか、「世界」全体の構造が危機に瀕しているというのに……。 羽入(巫女): 確かにその通りなのです。……ですが、世界の危機という意味で言えば他にも色々とあったのです。 羽入(巫女): 実際、あなたと本気で闘う羽目に陥った時は僕自身も相当の覚悟で臨んだものですよ。 田村媛命: ……否定はせぬ也や。まさにあの時こそ、神としての存亡をかけた死闘であった哉……。 そう言って田村媛命は、過去に思いを馳せるように木々の枝葉の間からわずかに覗かせる空を見上げる。 天気予報だと、当分の間は晴れの日が続くとのことだ。おそらく来週には桜の花が見頃になるだろう。 羽入(巫女): …………。 ……桜のことを考えると、胸が苦しくなる。封印したはずの過去の記憶が心の隙間からにじみ出て、何かを……いや、「誰か」を形作ろうとして……。 田村媛命: して……角の民の長。此度は何用也や? 羽入(巫女): ……ぁ……。 そう尋ねてきた田村媛命の声で私は我に返り、陥りかけた夢想から自分の意識を引き戻す。 そして彼女に向き直ると、まずはここから……とばかりに深々と頭を下げた。 田村媛命: っ……何の真似哉、角の民の長? 羽入(巫女): あぅあぅ……今日はあなたに謝りたくて、ここに罷り越したのですよ。 田村媛命: ……吾輩に、謝罪とな……? Part 01: 私が教室に戻った時、レナさんは黒板にチョークを並べていた。 黒板は消し跡が目立たないほど、綺麗になっている。さすがというか、見習いたいほどの手際の良さだ。 一穂: あの……レナさん。花瓶のお花のお水って、これくらいでいい? レナ: うん、それくらいで十分だよ。今日の日直のお仕事は、これでおしまいだね。 一穂: うん……よっと。 窓際の卓の上に花瓶を置き、ようやく私は緊張を解いてふぅっ……と息をつく。 洗面所からここに来るまで、気が気じゃなかった。うっかり躓いて水をこぼすことはもちろんだけど、万一花瓶を床にでも落としたら目も当てられない。 「日直なんて大した仕事じゃないから、気楽にやっていいよー」なんて、魅音さんたちにも言われていたけど……。 分校での日直の仕事は初めてだったので、やり遂げられるか昨夜から不安でいっぱいだった。 一穂: 丁寧に教えてくれてありがとう。日直当番がレナさんと同じで、ほんとによかったよ。 レナ: あははは、どういたしましてっ。……でも、順番だと菜央ちゃんが今日の日直になる予定だったはずなんだよね? 一穂: うん。昨日の晩に、ちょっとトラブルが起きちゃって……それで。 レナ: はぅ、トラブル……?いったい何があったのかな、かな? 一穂: えっと、それが……。 沙都子: おはようございますわ~。 と、その時教室の扉ががらり、と音を立てて開き、登校してきた沙都子ちゃんたちが中に入ってきた。 一穂: あ……おはよう、沙都子ちゃん。梨花ちゃんと羽入ちゃんも。 沙都子: 日直のお仕事、お疲れさまですわ~……ってレナさんと、一穂さん……? 沙都子ちゃんは少し怪訝な表情で、私を見つめてくる。そして黒板に書かれた日直の名前を確かめ、小首を傾げていった。 沙都子: ……おかしいですわね。昨日の放課後、日直仕事の最後に次の方のお名前を書いた時は菜央さんでしたのに……私の勘違いかしら? 梨花: みー。確かに沙都子は帰る時、菜央の名前を書いていたのですよ。 羽入: あぅあぅ、だとすると菜央は今日休みなのですか? 一穂: え、えっと……休みじゃなくて、ちょっと別の用事が入ってて……。 どう説明しようかと悩んで口をもごもごさせていると、扉付近の羽入ちゃんの後ろから中に入ってくる2人の姿が目に映った。 美雪: おはよう、みんな~。ごめんね一穂、ひとりだけ先に行ってもらっちゃってさー! 菜央: ……おはよう。 一穂: …………。 いつも通りに、元気な美雪ちゃん。……そして彼女とは対象的に、表情の冴えない菜央ちゃんがとぼとぼとした足取りでこちらに歩み寄ってきた。 梨花: みー……具合でも悪いのですか、菜央? 菜央: ううん、あたしは平気。ただ、ミシンが壊れちゃって……。 沙都子: ミシン……?菜央さん、そんな高価な物をお持ちでしたの? 美雪: 前原くんのお母さんのだよ。倉庫の隅にあったのをちょっと前に見つけて、許可を取って使わせてもらってたんだけどさ。 美雪: 昨日の夕食の後、菜央が使ってたら突然……。 レナ: だ、大丈夫?!菜央ちゃんは怪我したりしなかったのかな、かなっ? 菜央: うん……針とかは特になんともなかったんだけど、動力部が焼けちゃったらしくて。 菜央: 丁寧に扱ってたつもりでいたんだけど、作りたいアイデアが一気に出ちゃったからって無理させたのが悪かったのかも……かも……。 そう言ってぐすっ、と菜央ちゃんが鼻をすする。他の人からの借り物を壊してしまっただけに、相当責任を感じている様子だった。 美雪: んー、話を聞く限り菜央が東京で使ってたミシンは最新型のめちゃくちゃいいやつっぽいから、加減を間違えたのが原因だろうね。 梨花: ミシンは、修理に出したのですか? 美雪: もちろん。私が早起きして、自転車で#p興宮#sおきのみや#rの電気屋さんに行って修理に出してきたよ。 美雪: んで、家で待機してた菜央と合流して結果報告をしつつ登校してきたってわけ。 沙都子: 朝から興宮に?それはまた、ご足労でしたわね……。 美雪: 地元のミシン屋さんで購入したんだったら、電話一本でお店の人に引き取りに来てもらうことも簡単にできるんだけどねー。 美雪: どうやら東京で買ったものだそうだから、直接持ち込んでくれって言われちゃってさ。 梨花: みー。お店の人もアフターサービス込みで販売をしているので、それは仕方ないのですよ。 ミシンが異音を立てた後に動かなくなり、私と菜央ちゃんが困っておろおろする中……美雪ちゃんの行動は素早く、的確だった。 彼女はすぐさま前原くんの家に電話して了承を取り、それから魅音さんと、彼女から聞いたミシン屋さんに電話して……翌朝一番に持っていってくれたのだ。 あまりの手際の良さに私たちは驚いたものだけど、美雪ちゃんの住む社宅でも何度か同じようなことがあったので、それで対処方法を学んでいたらしい。 梨花: みー……菜央。圭一のお母さんは、ミシンを壊したことを怒っているのですか? 菜央: ううん……電話では、全然気にしないでって。むしろメンテナンスが甘かったせいでごめんね、って謝られたわ……。 沙都子: なら、いいじゃありませんの。たまたま起きた不幸な過失なのですし、菜央さんがそこまで責任を感じる必要はないと思いますわ。 菜央: うん……だけど、謝罪も弁償も求められなかったのが逆に申し訳なくて……。 羽入: あぅあぅ……ミシンは直るのですか? 美雪: パーツを交換すれば、来週には戻ってくるってさ。保証期間内だったから、費用も発生しないみたいだしね。 美雪: ただ、菜央はそれだと気がすまないみたいで。何かお詫びというか埋め合わせになるような、うまい手がないものかなぁ。 一穂: うーん……埋め合わせといっても……。 沙都子: ミシンを壊したお詫びをミシンでするなら、新品を購入してお渡しする……というのはなんだか違う気がしますわね。 梨花: みー。それに元々のミシンと合わせて2台になっても、使い道がなくて困ってしまうのですよ。 羽入: あぅあぅ、腕が4本必要になってしまうのですよ。 美雪: いや、別にミシンを2台同時に動かす必要はないんだから、腕はそんなにいらないでしょ。 そもそも、腕4本でミシンを2台動かす様子は……想像してみるとちょっと気持ち悪い。ないと思う。 レナ: はぅ……それにミシンって高価なものだから、菜央ちゃんからお詫びだって渡されたとしても困っちゃうんじゃないかな、かな……? 美雪: だとしたら、修理代は必要なかったとしても菓子折とかを渡してお詫びに行くのが無難かなぁ。 一穂: うん、それしか思いつかないね……。 菜央: でも、本当にそれでいいのかしら……?菓子折って言っても結局お金を使ってるわけだし、かえって気を遣わせちゃうかも……かも。 美雪: んー、それを言われるとさすがに……ん? 魅音: おっはよー!ごめんごめん、ちょっと町会の方から呼び出しがあって遅れちゃってさ~。 そう言って、教室に飛び込んできたのは大きな紙袋を携えた魅音さんだった。 魅音: ……あれ?みんなそこで集まって、何を話していたの? 美雪: あ、おはよう魅音。昨夜は急に電話して悪かったねー。 魅音: いやいや、あれくらいはお安い御用だよ。興宮のミシン屋は、うちの母さんたちもお得意にしているところだからさ。 梨花: ……みー?美雪は、魅ぃにも電話をしていたのですか? 美雪: まーねっ。地元のお店だったら、やっぱ魅音に口添えしてもらってたほうが対応とかで段違いだと思って。 沙都子: ……美雪さんは、公務員向きの方ですわね。事を円滑に運ぶためにそこまで関係各所にお気を回されるとは、お見事ですわ。 美雪: あはははっ、これも大人から教わった処世術ってね。でも、おかげで朝一番でも快く対応してくれたからすっごく助かった。ありがとうね、魅音♪ 魅音: どういたしまして。困った時はお互い様ってね。 魅音: で……そういや理由を聞きそびれていたけど、結局ミシンがどうしたのさ? 一穂: うん、実は……。 魅音: ふむ、なるほど。とりあえずミシンが直りそうなのはよしとしても……。 魅音: 菜央ちゃんは、壊したって事実に対して何かの形で圭ちゃんのお母さんに償いたいってわけか。 菜央: えぇ。借り物を壊して、元通りに修理したからそれでおしまい……って納得できないのよ。実際、修理の手配は美雪に頼りっきりだったし。 美雪: んー、そっちはあんまり考えてもらいたくはないんだけどなぁ……。持ちつ持たれつで、菜央には他で助けてもらうこともあるわけだしさ。 菜央: ……わかってるわよ、これはあたしのわがままだって。でも……。 魅音: ……だとしたら、ひょっとするとうまい手があるかもしれないよ? レナ: はぅ……どういうこと、魅ぃちゃん? 魅音: 実は知恵先生に頼んで、放課後になったらこれを分校の掲示板に貼らせてもらうつもりだったんだ。……ほら、見て。 そう言って魅音さんは、筒状に巻いていた紙を紙袋から取り出して机の上に広げる。 それはポスターで、絵と模様の側面に大きな文字でこう書かれていた。 一穂: 『#p雛見沢#sひなみざわ#r演劇発表会』……? Part 02: 美雪: 演劇発表会……ってことは、劇をやるってこと? 魅音: うん。まぁ、例によって#p興宮#sおきのみや#rのゲストハウスで行うイベントが、ここのところ不足気味でね。 魅音: 園崎家としても、バックアップを約束して建設をした以上……放ってはおけないってことで有志を募るイベントを開くことになったんだよ。 レナ: えっと……じゃあこれって、プロの劇団の人じゃなくても出場していいってことなのかな、かな? 魅音: そういうこと。ちなみに優勝したチームには豪華な景品を進呈! 魅音: エンジェルモートのデザートフェスタ招待券に、温泉宿で夕食フルコース付きのペア宿泊チケットが副賞につく予定だよ~! 一同: …………。 その内容を聞いた私たちは、一様になんとも微妙な表情でお互いの顔を見合わせる。 確かに、一応豪華……とは言えるかもしれない。ただ、その内訳は要するに……その……。 沙都子: ……思いっきり自分たちの持ち回りで用意した商品ですのね。バックアップにしては少々ケチり過ぎではなくて? 魅音: うぐっ……?! 梨花: みー、沙都子。事実だからといって、そういうことをはっきり言ってはいけないのですよ。 魅音: ぐぐぐっ?! 羽入: り……梨花ぁ!その言い方は逆にトドメを刺してるのですよ! 魅音: のぐほはっ?! 結局、羽入ちゃんの指摘が致命傷だったようで……魅音さんは肩を落としてとほほ、とうなだれていった。 魅音: しょうがないじゃん……急遽決まった話だから、予算を割く余裕がなかったんだよ。 魅音: 町会の連中も、もう少し早い段階で言ってくれたらこっちも対処のしようがあったのにさ。いつも私に無茶振りばっかりして、ぶつぶつ……。 一穂: た、大変だね……魅音さん。 菜央: 温泉旅行、か……。 お年寄り連中に対しての不満を愚痴る魅音さんを私たちがとりなす中……菜央ちゃんだけは熱心に、ポスターに書かれた景品をまじまじと見つめている。 その顔つきはさっきまでの沈んだものではなく、何かを思いついたように目が輝いていた。 菜央: そういう流れでもらったチケットだったら、誰かから渡されたとしても受け取りやすい……。 菜央: じゃあこれを、前原さんのご両親にプレゼントすれば少しは喜んでもらえるかも……かも。 美雪: ……確かにね。少しどころか、かなり喜んでもらえると思うよ。 菜央: そ……そうよねっ?あ、でもあたし演劇なんてやったことないし……何をすればいいのかしら……? ぱっ、と明るい表情になりかけた菜央ちゃんは、そう言って再び視線を落としてしまう。 ……と、そんな彼女に横から顔を出して励ますように笑いかけたのは、沙都子ちゃんだった。 沙都子: あらあら……ずいぶん水臭いことを申しますわね、菜央さん。だったら、私たち全員で劇をやればよろしくて? 菜央: えっ……?で、でも温泉旅行のペアチケットは1つでしょ?みんなの分の賞品はなしになっちゃうじゃない。 魅音: 温泉はそうだけど、デザートフェスタチケットは舞台の参加者は裏方含めて全員分プレゼントだよ。ほら、ここにも書いてあるしね。 羽入: あぅあぅ、じゃあ全員で参加してもみんなでおいしい思いができるのです!甘いもの食べ放題なのですよ~! 魅音: それにさ……ここだけの話、有望なチームも見当たらないみたいだからありあわせ集団でもかなりいけると思うよ。 美雪: んー、まぁ刷るのもタダじゃない分校に告知ポスターが回ってくるくらいだから、推して知るべしってやつだね。 魅音: そうそう! つまり参加すれば、ほぼ優勝は間違いなし!出来レースと言うやつぁ、かかってきやがれってんだ! 一穂: あ、あははは……。 開き直って豪語する魅音さんに、私たちはなんだかなぁ……と顔を見合わせて苦笑する。 ただ、そんな中でも菜央ちゃんは本来の真面目さを発揮して「……それでも」と言葉を繋いでいった。 菜央: どうせ出場するなら、観に来てくれた人たちが納得する形でいい舞台を作って……優勝したいわ。紹介してくれた魅音さんの顔を立てるためにもね。 魅音: 菜央ちゃん……。 菜央: だから、みんな……力を貸してくれる? レナ: もちろんっ! おずおずと私たちに顔を向けてくる菜央ちゃんに、いの一番に答えたのはレナさんだった。 レナ: 菜央ちゃんの頼みだったら火の中水の中、だよっ!レナに手伝えることがあったら何でも言ってねっ!はぅはぅっ♪ 一穂: わ、私たちだって……だよね、美雪ちゃん? 美雪: そりゃね。前原くんのご両親にお世話になってるのは、私たちだって同じなんだからさ。 美雪: っていうか、こういう時は私が提案すべきなのに菜央に先を越されちゃったねー……あははっ。 なぜか、遠い目で呟く美雪ちゃん。その隣で沙都子ちゃんが、ふふんと胸を張ってみせた。 沙都子: をーっほっほっほっ、部活メンバーの頼みですもの!当然、異論なんてあろうはずがありませんわ~。 梨花: みんなで優勝目指して、ふぁいと、おーなのですよ。にぱー☆ 羽入: あぅあぅ、頑張るのですよ! そう言って私たちは、意気揚々と盛り上がる。……と、そんな中でひとり魅音さんが申し訳なさそうに手を上げながら口を挟んでいった。 魅音: あー……残念ながらおじさんは運営側だから、みんなみたいに演劇には参加できないんだよ。ごめんね菜央ちゃん、協力できなくてさ。 レナ: はぅ……そういう規約があるのかな、かな? 魅音: 規約はないけど、手伝いを頼まれているんだよ。となると、役者として舞台に立つ時間がないと思うしさ。 魅音: だから大道具の手伝いとか、事前に人手が必要だったら遠慮なく言っていいよ! 魅音さんは明るくそう言ってくれたけど……笑うその表情には、少しの陰りを感じる。 一穂: (魅音さん……もしかしたら、提案しておいて自分だけが参加できないからみんなに引け目を感じてるのかな……?) と……その時、私と同じことを感じたのかふいにレナさんが彼女に話を向けていった。 レナ: ……じゃあ、魅ぃちゃん。もしよかったら、レナたちの舞台の脚本を書いてもらってもいいかな……かな? 魅音: えっ……脚本? 意外すぎる方向の提案に、魅音さんは目を丸くする。それを聞いた美雪ちゃんたちも、驚いたように身を乗り出しながら彼女たちの話に参加してきた。 美雪: 舞台脚本って……魅音、書けるの?あれって結構難しい作業だと思うんだけど、大丈夫? 魅音: んー、まぁ……舞台脚本は経験がないけど、話を考えたりするのはまぁ、そこそこできるよ。漫画だったら書いたことがあるしさ。 魅音: ネームに下書き、ペン入れにトーンに背景、写植に校正、入稿、出版、頒布までお任せあれ、ってね! 羽入: あぅあぅ、魅音は漫画家も編集者も出版社も本屋さんも全部1人でやれてしまうのですよー! 胸を張る魅音さんと、はしゃぐ羽入ちゃん。……その一方で私は、今の話に一抹の不安を感じる。 一穂: (漫画と舞台の脚本の作り方って、同じなのかな?よく知らないけど、ちょっと違うような……?) 梨花: …………。 梨花ちゃんも、私と同じ疑問を持ったのか難しげな表情で考え込んでいるようにも見えるけど……。 でも、今のところ何も言わない。……だから私も、とりあえず口をつぐむことにした。 沙都子: あら……? 今の口ぶりですと、美雪さんは舞台の脚本を書いたことがあるようですわね。 美雪: えーっと……あると言えば、あるのかな。まぁ既存の絵本を、社宅の子どもたち用に脚本形式で仕立て直しただけだけどね。 魅音: そうなの? 経験者がいるのは心強いね!ネームで小説っぽいのは書いたことがあっても、舞台の脚本をどう書くか教えてもらいたいしさ。 魅音: よっし! んじゃ、超絶面白い舞台脚本を書きあげるってことで……まずはネタ探し!今日は放課後、興宮の図書館で集合! みんな: おーっ! Part 03: そして、放課後。 私たちは図書館の司書さんの許可をもらって読書スペースの一角を借り、脚本作りのため制作会議を行うことにした。 美雪: 今回の上演時間、40分か……だとしたら、既存のお話を下地にした方がいいんじゃない? 魅音: えー、オリジナルが書きたいなぁ。 レナ: あははは。レナも機会があったら、魅ぃちゃんのオリジナル脚本を読んでみたいけど……上演時間が短すぎるんじゃないかな? かな? 菜央: アニメ2話分より、少し短い程度かしら。 魅音: 言われてみると、登場人物の紹介も含めて起承転結……うーん、確かに短いね。 魅音: じゃあ、今回は腕鳴らしってことで……私のオリジナル脚本は次回のお楽しみに! 羽入: あぅあぅ、次回を楽しみにしてるのですよ~! 沙都子: それでは、何か題材になりそうな面白い本をみんなで探しましょうですわ。 梨花: ふぁいと、おー、なのですよ。 ……それから、だいたい1時間後。 私たちはそれぞれ図書館の本棚を見て巡り、古今東西の様々な本を手にして再び集合した。 魅音: うーん……どれもピンと来ないね。 魅音: 美雪が探してくれた演劇脚本集は執筆の役に立ちそうだけど……肝心の題材がどうも。 集まった本をパラパラとめくりながら、魅音さんはため息をつく。……どうやら、これと閃くようなものがないらしい。 レナ: はぅ……童話、昔話、偉人の伝記……どれを舞台にしても盛り上がりそうな気がするけど。 魅音: いい話なのはわかるけど、今ひとつ琴線に触れるようなものがないんだよねぇ。 羽入: あぅあぅ、魅音はどんな題材で書きたいのですか? 魅音: うーん、それが……正直自分でもわからないんだよ。書きたい! って気持ちはあるんだけどさ。 沙都子: なんだか答えの無いクイズを出されている気分ですわ。 菜央: 編集者になった気分ね。……ロープでも買ってこようかしら? 一穂: な、菜央ちゃん!魅音さんは逃げたりなんかしないから、なにも椅子に縛り付けなくても……! 梨花: ……2人とも、マンガの読み過ぎなのです。魅ぃは逃げたりなんかしないのですよ。 魅音: いや……そもそも作家をロープで縛り付けるってどう考えても諸々の問題で逆効果になりそうだけど。にしても、どうしようかな……。 魅音: あっ……そうだ!こうなったらいっそ、ここにある本を全部ひとつにまとめるってのはどう? 一穂: まとめる……? 魅音: 例えばさ、昔話の主人公たちが集まって……そう、「太郎」つながりで桃太郎と金太郎、浦島太郎が鬼退治をするってのは? 沙都子: ……最初の2人はともかく、浦島太郎が釣り竿でどう戦うのかという問題が出てくると思いましてよ。 魅音: 浦島太郎には玉手箱があるでしょ?それで鬼たちを全部老人に変えて弱らせて、あとの2人が一斉攻撃で倒す! 梨花: みー……主人公らしい戦い方じゃないのです。それではまるでテロリストなのですよ。 美雪: んー……それっぽいゲームなら以前社宅の友達にプレイさせてもらったことあったけどさ。 美雪: それだと浦島太郎は、魔法使い的なポジションで妖術とかを使うんだよ。タイトルも確か――もごっ。 そう語りかけた美雪ちゃんの口を、菜央ちゃんの小さな手がぱっとフタをする。 菜央: ……やめなさいって、美雪。また色々すっ飛ばした知識を披露するつもり? 美雪: むーい(はーい)。 どうやら、また時代を飛び越えた発言が出そうになっていたようだ。……危ない、危ない。 美雪: ……まぁさておき、今のアイデアはいいけどちょっと舞台で表現するのは難しそうだよね。演出に大がかりな道具が必要になりそうだし。 魅音: なるほど……そういうことを考えると、舞台の脚本を書くのって色々と勝手が違うね。準備のことも考慮すべきってわけか……。 一穂: 新しい題材を探すにしても、魅音さんがピンときて……かつ演劇の脚本にしやすい話を探すって、難しいね。 菜央: でも、このままじゃ話が進まないわよ。服で言うなら、脚本はデザイン。決まらなくちゃ、パターンも作れないんだから。 沙都子: 残念ですが、今回は既存の脚本を借りるのはいかがでして?幸い美雪さんが、いくつか見つけてくださったことですし。 美雪: 参考にはなるだろうけど、使うとなるとどうだろう?非営利の舞台とはいえ大会だし、今から連絡を取って大会本番までに許可が下りるかな……? 沙都子: 使用にあたって、許可が必要ですの?それもまた面倒な話ですわね……。 梨花: ここは演技力でカバーするしかないのですよ……羽入、頑張ってくださいなのです。 羽入: あぅあぅあぅ?!僕に何の役をさせるつもりなのですか~?! 一穂: み、みんな落ち着いて……。 レナ: はぅ……。 喧々諤々とした話し合いが続く中……しばらく黙っていたレナさんが、ふいにぽつりと口を開いていった。 レナ: せっかく演じるなら、#p雛見沢#sひなみざわ#rにまつわるお話の方が村の人も喜んでくれると思うけど……そんな昔話ってあったりしないのかな、かな……? 沙都子: それはいい考えですわね。馴染みのあるお話の方が、きっと審査員の心も掴めるでしょうし。 魅音: うーん……実は私も同じことを考えたんだけど、それらしい話が思いつかないんだよね。 魅音: 梨花ちゃん、雛見沢の昔話で劇にできそうな話ってあったりする? 梨花: みー……。 その問いに、梨花ちゃんは首を横に振る。彼女の反応を受けて魅音さんも、肩をすくめながらため息をついてみせた。 魅音: 梨花ちゃんがノーアイディアとなると……私たちもお手上げって感じになるかなぁ。 梨花: みー……力になれなくて、申し訳ないのですよ。 美雪: いやいや、梨花ちゃんが謝ることなんてないって。とはいえ、どうしたもんかねー……。 美雪ちゃんの言葉を最後に、全員が押し黙ってしまい……。 鷹野: ――話は聞かせてもらったわ! 菜央: ほわぁっ?! レナ: 菜央ちゃん、図書館だから大きな声はダメだよ?……レナもびっくりしたけど、はぅ。 菜央: ご、ごめんなさい……。 沙都子: わ、私も心臓が飛び出るかと思いましたわ……。 羽入: あ、あぅあぅ……。 一穂: …………。 梨花: 羽入、一穂。しっかりするのですよ。 梨花ちゃんが口をパクパクさせる羽入ちゃんと、驚きすぎて固まった私の肩を揺さぶる。 そう……颯爽な笑顔と妙な不気味さを携えて私たちの前に現れたのは、入江診療所の鷹野さんだった。 魅音: た、鷹野さん……え、なんで?ひょっとして、立ち聞きしていたんですか? 鷹野: くすくす、立ち聞きとは失礼ね。 鷹野: 図書館に来たらあなたたちが楽しそうにずいぶん盛り上がっていたから、何を話しているのかと思って耳をそばだてていただけよ。 梨花: ……それを立ち聞きというのですよ、みー。 なんて梨花ちゃんのツッコミも気にせず、鷹野さんはもう一度繰り返していった。 鷹野: とにかく、話は聞かせてもらったわ。 美雪: おぅ、強引に話を進める気だ。 鷹野: 雛見沢にまつわる短いお話を探してるのよね?だったら、ピッタリの本を最近見つけたのよ。 そう言って鷹野さんは、肩にかけたバッグの中身をあさり始めた。 魅音: へっ……?そんなものどこで見つけたんですか? 鷹野: 最近ちょっとした偶然から手に入れたものなんだけど……これを見て頂戴。 そう言って手に持っていた古い資料の中から、とある冊子を差し出してくれる。 それは、古い本をコピーして再びホッチキスで束ねて本状にしたもので。 羽入: えっ……? そのタイトルに当たる部分を見た瞬間……隣の羽入ちゃんが何か思い当たることがあったのか、あっと声を上げて目を大きく見開いた。 羽入: その書物の題名は……まさか……?! Part 04: ……それは、いつの頃の話でしょうか。 燃え盛る炎の中、人々が逃げ惑っています。周辺に無造作に転がっているのは、多くの人々の死体でした。 まさに死屍累々。おびただしい数の死体が横たわるここは地獄のような様相です。 ほんの少し前まで人々が平和に暮らし、笑い合い、わずかな先の未来を夢見ていたとは思えません。 そして息絶えた人々の死体の側で、じゃりっ……と足音がしました。 焦げた地面を踏みにじるようにして現れた夜の闇よりも真っ暗な衣装をまとった女が、にたり……と怪しい笑みを浮かべています。 黒衣の女: くすくす……あーっはっはっはっはっ! 黒衣の女: みんな死ね、死ね、死ねッ!!この世を汚すゴミどもは皆、血肉を散らして大地に根を下ろす草木の養分となるがいい……! 黒衣の女: あーっはっはっは! そう言って高笑いしながら、ひとり、またひとりと逃げ遅れた人を血の滴る剣で切り捨てていくのです。 逃げ惑う人々は、獰猛な獣に追い立てられた哀れな子うさぎのよう。 そして一人、また一人と命が刈り取られていきます。 と、そんな中……幼い子どもを抱えた母親が、女の前で足を取られて転んでしまいました。 黒衣の女: …………。 子を抱えた母親: ひっ……ひぃぃ……っ……。 子を抱えた母親: ど、どうか……この子だけは……お慈悲を……! 必死に子どもをかばって懇願する母親に、黒衣の女はにっこりと微笑みかけ……。 黒衣の女: だぁ~めッ……! 凶刃を振りかざした、その時――! 田村媛命(闇ドレス): ……もうやめよ、※※っ! 恐怖と絶望に陥った母子をかばったのは、同じく闇の衣をまとった女……。 しかし彼女こそ、この地の豊穣を祀る神々のひとり、#p田村媛#sたむらひめ#r命だったのです……! 田村媛命(闇ドレス): 早く逃げよッ! 子を抱えた母親: は、はいっ! 脱兎のごとく逃げる母子を見送ってから、彼女は顔を戻し……凶悪な笑みを浮かべる女に立ち向かい、叫びました。 黒衣の女: なぜ……邪魔をする? 田村媛命(闇ドレス): 当然#p哉#sかな#rっ……! そして剣をふるい、薙ぎ、斬りつけながら懸命に呼びかけ続けるのです。 田村媛命(闇ドレス): 人に失望し、この世に絶望した怒り、憎しみ、恨み……そして悲しみを宿したそなたの感情は私にもわかる……理解できるッ! 田村媛命(闇ドレス): だが、もうやめよ!人を傷つけ、苦しめ、命を奪ったところで、そなたの守りたかったものは戻ってこないッ! 田村媛命(闇ドレス): 徒に憂さを晴らしたところで残るのは、己に対する嫌悪と悲嘆の感情のみだというのがなぜわからんのだ?! 黒衣の女: くっくっくっ……綺麗事をっ!人は学ばないし、成長しない! 黒衣の女: 期待したところで最後は自分の心の弱さに負けて裏切って、結局は元の木阿弥! 黒衣の女: ならばもう、すべてを無に帰して作り変えるしかないのだ!人を変えるのではなく、世界そのものをッッ!! 田村媛命(闇ドレス): そう決めつけることこそがそもそもの間違いだと、何度言ったら理解できるのだぁあぁぁっっ!! 叫びながら田村媛命は数十、数百の剣の打ち合いの末……。 黒衣の女: あぐっ……?! 黒衣の女を、地に叩き伏せました。 田村媛命(闇ドレス): っ……終わり#p也#sなり#rや。 そして切っ先をかざしてみせながら、厳かな声で告げました。 田村媛命(闇ドレス): 吾輩は……いや、私は此の地に住まうもの全てが生まれ、育ち……そして新たな命を生み出すことに祝福をもたらす神。 田村媛命(闇ドレス): ゆえに、此の地の者を決して見捨てたりはせぬ。何度躓き、挫折しようとも彼らが再び立ち上がるのを信じ、待ち、許してやることこそが神としての矜持。 田村媛命(闇ドレス): ……それは※※、そなたも同じであったはずだ。 黒衣の女: ……っ……?! 田村媛命(闇ドレス): まだわからぬのか?そなたは、私の長年の仇敵……あの者にあらず。 田村媛命(闇ドレス): あの者が長らくの旅路にて澱として溜め込んだ負の感情を切り離した際、それを悪しきものが利用して生み出された偽りの存在……。 田村媛命(闇ドレス): 神ではなく、ただの悪だ。ゆえに――。 田村媛命は、力の全てを剣に注ぎ込みます。そして大上段にそれを振り上げると、渾身の力を込めて真っ向から斬り下ろしました――! 田村媛命(闇ドレス): わが友を返してもらうぞ……魂魄とともに、無に帰すがよいッッ!!! 黒衣の女: っ、ぐわああああぁぁぁああっっ!! Part 05: 園崎家に集められた私たちの手には、書き上げたばかりだと言う台本の初稿。 知り合いの店でコピーして、ホッチキスで留めたというそれが私たちの手元に配られてから、十分ほどが経過して……。 魅音(私服): 舞台としての時間配分はあとで調節するとして……内容、どうだった? 言葉にしがたい微妙な感情を表情に含ませながら、魅音さんはおずおずと私たちに感想を求めてきた。 魅音(私服): あくまで、鷹野さんから借りた資料をそのままにして組んでみたお話だけど……みんなはこれを読んで、どう感じた? 美雪(私服): んー……。 最初にパタンと本を閉じた美雪ちゃんは、うん……と頷いて。 美雪(私服): 第一印象としては、魅音ってやっぱすごいなと思った……かな。 美雪(私服): ちゃんと舞台の脚本になってる。これなら舞台の設置もできるし、お話としても最後まで筋が通ってると思う。 美雪(私服): なにより、2人の神がそれぞれ人間にとっての善と悪の側に立つことになった根拠と経緯もしっかり描かれてる。 美雪(私服): けど……んー……。 菜央(私服): ……これを#p雛見沢#sひなみざわ#rの人たちに見せるってのは、どうなのかしら。 言いよどみ、眉間にしわを寄せて口をへの字に曲げる美雪ちゃんから引き継ぐように、菜央ちゃんが正直な思いを告げて言った。 菜央(私服): 鷹野さんは……この名前が書かれていない悪魔の正体は、『オヤシロさま』から分裂した「悪」が具現化して人格を持ったものって主張してるのよね? 菜央(私服): でも、たとえ分裂したものとはいえもとは『オヤシロさま』だったものが悪の側に回るってことだから……。 レナ(私服): はぅ……やっぱり観る人によっては、嫌な気分になっちゃうんじゃないかな……かな。 レナ(私服): 正直レナは、あんまり楽しんで観る気になれないよ……。 沙都子(私服): 私も……話自体は面白いと思いますけど、『オヤシロさま』と同じ姿のものが敵になるのはいかがなものかと思いましてよ。 梨花(私服): …………。 沙都子ちゃんがちらりと横目で見た先では、梨花ちゃんが厳しい表情で脚本を睨みつけている。 羽入(私服): あぅあぅ……。 一穂(私服): …………。 その背中から立ち上る静かだが威圧感のある気配に私も羽入ちゃんも声をかけられずにいるが、2人とも脚本に対する感想は似たようなものだと思う。 すなわち……面白いが、納得できない。それが私たちの一致した意見だった。 一穂(私服): (でも……魅音さんも頑張って書いてくれたし、全部を否定するわけには……) 魅音(私服): だよねー。 一穂(私服): ……って、魅音さんも納得してるの? 魅音(私服): そりゃ私は、雛見沢の人間だからね。 おずおずと伝えた私たちの感想に対して、魅音さんの反応は実にあっさりと言うか……むしろ納得の様子だった。 魅音(私服): 『オヤシロさま』の扱いもそうだけど、この#p田村媛#sたむらひめ#r命っていう神様の知名度の低さもネックになってると言うか……。 魅音(私服): 正直、えっ、田村媛命って誰? みたいな。書いていても知らない神様がいきなり出てきて、救世主面されてもな~とかって思っちゃってさ。 一穂(私服): え、えっと……雛見沢だと、田村媛命って神様は有名じゃないの? 魅音(私服): うん。少なくともおじさんは聞いたことがないねぇ。 一穂(私服): (……そっか。魅音さんたちは田村媛さまのことを知らないからそう思っちゃうんだ……) 私もつい最近、知ったばかりだけど……田村媛さまは存在しているし、とても頼りになる神様だ。 一穂(私服): (でも、田村媛さまが存在するってことを説明するには、私たちが未来から来た話をしなくちゃいけないし……) どうすればいいか葛藤する私の横で、美雪ちゃんがふーむと声をあげていった。 美雪(私服): 筋書きはよくある話だとは思うけどね。悪者が暴れているところに救世主がやってきて、退治してハッピーエンド。 梨花(私服): みー……悪いやつが『オヤシロさま』じゃなかったら、あっさり納得していたと思う部分が逆に怖いのですよ。 レナ(私服): うん……今までいろんなところで聞いた昔話の悪者も、実際はどうだったのかなって思っちゃうよね……はぅ。 羽入(私服): あぅあぅ……。 沙都子(私服): ……それにしても鷹野さんは、いったいどこでこんな資料を手に入れられたんですの? そう言って沙都子ちゃんは、古文書をまとめたコピーの束を指で摘まみながらひらひらと揺らしてみせる。 それに対して梨花ちゃんはふるふると首を振って彼女自身もわからない、といいたげな表情をしていった。 梨花(私服): みー、鷹野は神奈川の古文書専門家が見つけたものを買い取ったと言っていましたが……実に謎なのですよ。 魅音(私服): それに、これって鷹野さんの話だと……別の言語から再翻訳されたものらしいって言っていたよね? 魅音(私服): 一つ前の文が何語で書かれたのかはわからなかったらしいけど……雛見沢にまつわる話には間違いないって。 沙都子(私服): 羽入さんはこの話のタイトルだけはご存知でしたの? 羽入(私服): あぅあぅ、噂話としてちらっと聞いたことがある程度で、よく覚えていないのですが……。 羽入(私服): 僕が記憶している限りだと、こんな内容ではなかったと思うのですよ……。 レナ(私服): つまり、雛見沢近辺で生まれた話が別の言葉に翻訳されて、また日本語に訳されて鷹野さんの手元に来たってことかな……かな? 菜央(私服): だとしたら、これを書いた人は『オヤシロさま』に恨みでもあったのかしら……? 美雪(私服): ……恨みの有無はともかくとして、源氏物語の写本問題を思い出すね。 美雪(私服): 現存する資料書籍の中に、作者の紫式部が実際に書いたものは1冊も残っていないってやつ。 菜央(私服): えっ……?じゃあ、現代に残ってるのは誰が書いたの? レナ(私服): 写本って言って、作者が書いた原本を別の人が手で書き写したものなんだって。 美雪(私服): 実際に、後世で加えられた巻もあったらしいよ。といってもその写本すら現存していないそうだから、どんな話だったかは今じゃわからないみたいだけど。 美雪(私服): だから現代に伝わってる他の源氏物語も、最初からずっと同じだったか断言ができないんだってさ。 羽入(私服): ……源氏物語のように、この本も途中で誰かが変えたかもしれない可能性があるということなのですか? 羽入(私服): あぅあぅ……美雪は昔のお話に詳しいのですね。 美雪(私服): 友達のお母さんが図書館で働いてて、色々と教えてもらったんだよ。……それに私、内容を変えた理由は恨みとは限らないと思う。 魅音(私服): じゃあ、なんで変えたんだと思う? 美雪(私服): んー、たとえば水で濡れて文字が歪んだ本を書き写そうとして結果的に変わってしまった……とか? 美雪(私服): 2回も翻訳を挟んでる以上、別の可能性もある。ただどんな理由にせよ、古い本だって話だし……事実を知ってる人はもうこの世にはいないだろうね。 梨花(私服): みー……確かに美雪の言う通り、真相は闇の中なのです。 梨花(私服): なので鷹野が持って来た本は、昔の人が書いた創作物……偽りの歴史という扱いでいいと思うのですよ。 梨花(私服): 少なくともボクは、これが本当に起こった出来事を忠実に書き記したお話だとは思わないのです。 羽入(私服): 梨花……。 一穂(私服): わ……私も、そう思う! そう結論付けた梨花ちゃんの意見に同意する。他の皆も同じらしく、物語に対する見方は決まった……が。 レナ(私服): はぅ……でもこの脚本は、どうしよう?せっかく魅ぃちゃんが書いてくれたんだから、舞台で使うことはできないのかな、かな……? 魅音(私服): まぁ私としては、全部お蔵入りにしてもいいんだけど……この本を嬉々として薦めてきた鷹野さんのことを考えると、ちょっと……ねぇ? 沙都子(私服): どうしてボツにしたのか、根掘り葉掘り理由を聞かれるのは間違い有りませんわね。 一穂(私服): 実は似たような話が伝わってるけど、そんなものは「な」かったって主張するためにボツにした、とか勘ぐられたりして……? 菜央(私服): もしかしたら鷹野さん、素知らぬふりをして梨花や魅音さんに探りを入れてきたのかもしれないわね。これと似たような話が雛見沢に残っていないか、って。 レナ(私服): はぅ……鷹野さんって、そこまで意地悪なことを考えていたのかな? かな? 美雪(私服): あの感じだと、単にひょんなところから見つかった新発見をみんなに知ってほしいってだけかもね。……まぁ真意は、本人しかわかんないんだけどさ。 一穂(私服): ……それにしても、いったいどうすればいいのかな。 ボツにすれば、鷹野さんに勘ぐられる。でもみんな、このまま舞台にはしたくない。 一穂(私服): だとしたら、どうすれば……? 沙都子(私服): ……では、こうしてはいかがでして?お話の田村媛命を『オヤシロさま』に変えて、悪の『オヤシロさま』を別の神様にするんですのよ! 一穂(私服): えっ? そ、そんなことしていいのかな……? 美雪(私服): なるほど……私はアリだと思うよ。最初にこれは古い本を元にした創作です……って、ちゃんと前提を示すのは必須だけどね。 レナ(私服): それに、本来のお話は善悪が逆だったって可能性も否定できないんじゃないかな? ……かな? 一穂(私服): その理屈だと、田村媛さまが悪い神様ってことになっちゃうけど……。 羽入(私服): あ、あぅ……。 美雪(私服): 私は田村媛命の名前自体が、そもそも誰かが勝手に付け加えたもの……という可能性もあると思うけどね。 一穂(私服): あ、それもそうか……。 レナ(私服): そもそも、元のお話が正しいものかわからない以上、レナたちがどれだけ考えても答えは出ないと思う。 レナ(私服): はっきりわかっているのは、一番詳しいはずの梨花ちゃんがこんな話は聞いたことがない、って断言していることだけだから。でも……。 レナ(私服): 最終的に決めていいのは、魅ぃちゃんだよ。元の本があっても、ここにあるこの脚本は魅ぃちゃんが書いたものだから。 レナ(私服): 決める権利は、魅ぃちゃんにしかないと思う。 美雪(私服): だね。元の話の作者も訳者も再翻訳者も不明だし……個人的にはとっくに全員死んでて、著作権も翻訳権も切れてる可能性が高いと思うけど。 梨花(私服): みー……どうなのですか、魅音。 魅音(私服): …………。 最後に梨花ちゃんから問いかけられて、魅音さんは視線を軽く彷徨わせる。そして、 魅音(私服): ……個人的には、沙都子の言う通り、善悪を逆に書き直して脚本にしたい。 魅音(私服): 正直、鷹野さんにこんな本は全部間違いだ! って真正面から否定するよりも、実はこうだったかも? って違う案を出した方が納得してくれる気がするんだよね。 羽入(私服): ……鷹野は納得するでしょうか? レナ(私服): しないかもしれないね。……でも、鷹野さんでさえ古本の作者も出所もわかってない以上、正反対の話を出されても完全に否定しきることは不可能だと思うよ。 魅音(私服): レナの言うとおり、何が正しいかわからない以上、私たちはこの本を完全に否定することはできない。 魅音(私服): だったらせめて、違う可能性を提示してどっちがいいか見た人がそれぞれ選べるようにしたいんだ。 魅音(私服): ……それと私は、『オヤシロさま』はいい神様だって主張したいしさ! 羽入(私服): 魅音……。 美雪(私服): 別に私たちは歴史研究者を名乗ってるわけじゃないし、好きなトンデモ珍説を掲げてもいいと思うけどね~。 美雪(私服): ほら、源義経は実は奥州で死なずに大陸に渡ってチンギスハンになった説……とか。 沙都子(私服): えっ、そうでしたの?! 梨花(私服): みー、沙都子。トンデモ珍説という前提を忘れてはいけないのですよ。 羽入(私服): あぅあぅ、前提を付けるのを忘れてはいけないという理由がわかったのです……。 沙都子(私服): ちょ、ちょっと考え事をしていたせいで前提を聞き流していただけですわ~! レナ(私服): じゃあ魅ぃちゃんが脚本を完成させたら早速練習だね。頑張っていい舞台にしようね、菜央ちゃん。 菜央(私服): えぇ、そうね……頑張りましょう! 舞台の方向性が決まり、皆の顔が明るくなる。これから頑張って行こうというやる気に満ちあふれていて。 ……私だけが、この決定に対して複雑な思いを抱えていた。 一穂(私服): (確かに田村媛さまは、雛見沢でそれほど有名じゃないようだけど……ちゃんと存在してて、おまけに私たちに力を貸してくれている) 鷹野さんの本がどこまで、真実を書いていたかはわからない。 でも本の中で、田村媛さまが人々を守ろうとしていたことはなんとなく……そうだろうな、と受け入れていた。 一穂(私服): (……存在を消されるって、かわいそうだな) 一穂(私服): (敵がオヤシロさまじゃなくても、田村媛さまがみんなのために頑張って戦ってくれた可能性だってあったかもしれないのに……) 菜央ちゃんは舞台を成功させることに夢中で、美雪ちゃんはそもそも鷹野さんの本がどこまで本当だったのかを疑っている。 だからこんなことを悩んでしまうのは、私だけ。それがほんの少しだけ寂しくて、でも……。 一穂(私服): (あの本に書いてあったことが事実で、『オヤシロさま』が悪い神様だとはやっぱり思えないよ……) 一穂(私服): (こういう時こそ、ポケベルに連絡を入れてくれればいいのにな……) 田村媛さまに直接、こういう理由なので話を変えてもいいですかと聞いて許可を貰えたら、私の気持ちも軽くなるのかもしれない。 でも田村媛さまは緊急時にしか、連絡をしてくれない。 ……当然のように、私のポケベルはいつまでたっても鳴らなかった。 一穂(私服): (せめて、お礼くらいしたいな。でも、お礼する方法なんて……あっ……) 羽入(私服): …………。 Epilogue: ……春風と呼ぶには少し冷たい風の吹く中、私の話はようやく終わりを迎えた。 田村媛命: ……それで、演劇会とやらはどうなった#p哉#sかな#r。 羽入(巫女): あぅあぅ。演劇発表会は無事に行われて、『オヤシロさま』を扱った僕たちのチームは文句なしに優勝を勝ち取ったのです。 羽入(巫女): 鷹野は「なるほどこういう解釈で来たのね」とあれはあれで満足そうだったので、ちょっと意図がよくわかりませんでしたが……。 羽入(巫女): 菜央もお礼を受け取ってもらえて、みんなも喜んでいたのです……だから。 羽入(巫女): そのお礼を、伝えに来ました。……#p田村媛#sたむらひめ#r命。 羽入(巫女): そして……存在をなかったことにしてしまって申し訳ないと、皆に代わって謝りに来たのですよ。 私はそう言って、再び頭を下げかける。……だけど田村媛命は、呆れたように鼻を鳴らして無用とばかりに首を振っていった。 田村媛命: 別に構わぬ哉。たかが芝居#p也#sなり#rや。これこそ真実であると主張するならまだしも、偽りであると理解した上で皆が楽しんだ……。 田村媛命: 此の地で生きとし生けるものに喜びと安らぎを与えること……それこそが吾輩の本懐であり、望むべきことと知り給え。 田村媛命: ゆえに、徒に生半可な知識を与えて混迷をもたらすは不信と惑乱の兆しにしかならぬことを思えば、そなたらの判断は正しかったこと哉。 田村媛命: むしろ吾輩を単に逆転させ悪しき者として喧伝しなかったことだけでもよしとする也や。 羽入(巫女): それを聞いて、僕も救われたのですよ……あぅあぅ。 田村媛命: そも、我らの間に諍いはあれどその書物のような愚かな出来事は存在しなかったと記憶しているが……耄碌したか、角の民の長よ。 羽入(巫女): ちゃんと覚えているのです!昔、そんな話を風の噂で聞いた時はみんなが馬鹿な話もあったものだと笑い飛ばしたのも! 羽入(巫女): ただ、まさか本にまで現代に残っているなんて……。 そう言って私は、肩を落とす。 羽入(巫女): でも、本が現存している以上そんなことはなかった、単なる噂だったと僕が主張しても証拠がないのです。……それに。 尻すぼみになっていく声を必死につなぎ止めるように、私はぐっと唇を噛みしめた。 羽入(巫女): ……田村媛。今の僕は、どう見えますか?あなたが知る角の民の長に、見えるでしょうか……? 田村媛命: ……自らの道を模索する、若人のようなことを口にするはいと恥ずかしき哉。 羽入(巫女): あぅあぅ、これでも真剣に悩んでるのですよ~! 田村媛命: 知らぬ。第一そのようなことがなくとも、吾輩はそなたが、角の民の長以外に見えぬ也や。 田村媛命: そして元の話が仮に真実とて、己の分身が悪鬼の輩に利用されたことが罪だと申すのか……熟慮して答え給え。 羽入(巫女): ……さすがに、そんなことは言わないのです。己が不明と過失の意識も無く、身に覚えのないことで罪を認めるのは……理不尽で愚かな行為なのですよ。 田村媛命: ならば貴様に、咎は存在しない哉……ただ分身を利用されるとは、神として実に迂闊ではある也や。 羽入(巫女): だから、あのお話の僕は僕じゃないのです~っ! だんだんと地団駄を踏む私を、田村媛命は呆れたように見ていたが……やがてその瞳をすっと細める。そして、 田村媛命: ……然して、角の民の長よ。 田村媛命: 功を誇るつもりは毛頭ないが、そなたが吾輩の立場に成り代わって自らへの信心を深めさせた此度のことは、大きな貸しとして覚えておく哉。 田村媛命: ゆめゆめ忘れず、いつか必ず返すべきことと心に刻み込み給え。 羽入(巫女): あぅあぅ……そう思って、これを持ってきたのです。 そう言いながら、私は手にしていた包みを広げる。透明なタッパーの中にはおいしそうな桜餅が2つ、可愛らしい感じにちょこんと並んでいた。 羽入(巫女): 一穂がオヤシロ様へお供えしていたものをこっそり預かって持って来たのです。一緒に食べるのですよ~。 田村媛命: む……?いやしかし、それはそなたへの供物であって吾輩へのものでは……。 羽入(巫女): 手紙も同封されてあったのですよ。 そう言って私は、包みの中にしまわれていたノートの切れ端を広げる。 そこには一穂が手づから書いた、私と田村媛命に対する文面が綴られていた。 羽入(巫女): 一穂は、あなたにお供えしたかったけどどこに置いていいかわからなかったので、僕に……『オヤシロさま』に託すと書いているのです。 羽入(巫女): 「存在を消してしまって、ごめんなさい。でもおかげで菜央ちゃんの笑顔が戻りました。ありがとうございます」……と。 田村媛命: ……そういうことなら、いただく哉。 田村媛命と私は、並んで腰を下ろし桜餅を食べ始める。 田村媛命: 一足早い花見も、また風情也や。 言葉少なく、たった2人のお花見は緩やかに過ぎていく。 ……遠くの方で桜の木が一本、早咲きの花を開かせているのを見つけるのがどちらが早かったか競い合うようになるまで。 平和なお花見は、夕暮れまで続けられた……。