Part 01: 下級生A: ……古手さん。今日は色々とお話ができて、本当に楽しかったです。貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。 梨花(高校生冬服): いえ、こちらこそ有意義なひとときでした。近いうちに、またご一緒させてもらってもよろしいかしら? 下級生B: えぇ、もちろんですっ!学園一の才媛と誉れ高い方とお茶会ができるなんて、これほど幸せで名誉なことはありませんわ! 梨花(高校生冬服): くす……そんな、大げさです。私も時間の許す限り調整をさせてもらいますので、いつでもお声がけをしてくださいね。 下級生C: あぁ、もったいないお言葉……!先ほど全員で撮らせていただいた写真は、現像して生徒会室にお持ちします! 梨花(高校生冬服): ありがとうございます。それでは、私はここで失礼しますね。ごきげんよう、皆さん。 下級生A: ごきげんよう、古手さん……! …………。 梨花(高校生冬服): はぁ……お腹いっぱい。今夜の夕食、控えておこうかしら……。 いつもより若干膨らんでいるように感じられるお腹をさすりながら、私は大きくため息をつく。 誘いが重なったとはいえ、1日3回は無茶がすぎた。きっと胃袋の中では3種類のお茶がぽちゃぽちゃと波打っていることだろう。 梨花(高校生冬服): 出されたお茶菓子は、最後がクッキーで2回目がケーキ。1回目は……何だったかしら? 若いくせに健忘症か、と沙都子が聞いたら笑うかもしれないが……どんなに美味しいものでも連続すれば、残る印象が薄くなるというものだ。 とりあえず、味についてはグルメ評論家のようにもっともらしく解説込みで絶賛しておいたので、それぞれの主催の子の面目は十分に立ったと思う。 梨花(高校生冬服): 接待をしている会社営業の人たちって、ひょっとしたらこんな気分なのかもしれないわね……。 まだ働くどころかやりたい仕事も決まっていないくせに、ずいぶん思い上がった発言だと自覚した上でそうぼやく。 ……沙都子が聖ルチーア学園の生徒会長に就任して以来、私は積極的にお茶会の誘いを受けるようにしていた。 以前なら断っていた気位の高いグループであっても相手を立てて好感度を上げ、友誼を深める……。 そうすることで、新生徒会への支持層をより強固にしようというのが主な目的だった。 ただ、そのためお風呂の後で体重計に乗るのが少し……いや、かなり怖い。数値を見た瞬間に、魂を重力から手放したくなる気がする。 梨花(高校生冬服): (でも……仕方ないわね。これも、沙都子の援護射撃だと思えば……) なんてことを自分に言い聞かせながら、つい出てしまうため息は止めようがなかった……。 ……数ヶ月前に行われた、生徒会選挙。学園の旧体制派が用意した対抗馬を一蹴し、沙都子は新生徒会長に就任した。 ただ、生徒からの圧倒的な支持とは裏腹に……その立場は決して安泰とは言えないものだった。 なぜなら、反感を持っている旧体制派だけでなく中立派や消極的支持派から見ても、沙都子は前会長と比べて絶対的な力が不足している印象が強かったからだ。 梨花(高校生冬服): (前会長は行動力と人望もそうだけど、相手を黙らせるだけの謎の力があったのよね……) それに対して沙都子は、正攻法や邪道で強引に推し進めたりすることなく常に相手と交渉し、納得を得た上で実行することを心がけていた。 それは、前任者の強権的なやり方よりもずっと手間と時間がかかるもので……大変な責務となって彼女自身にのしかかることになったのだ。 梨花(高校生冬服): (前会長が織田信長なら、沙都子は豊臣秀吉……いえ、徳川家康かしら。鳴かない相手に対しても鳴くまで待ちそうだもの) 思い返すと、#p雛見沢#sひなみざわ#rにいた頃から沙都子はそうだ。周囲に気を遣い、村人たちから酷い扱いを受けてもぎりぎりまで我慢する……優しい子だった。 私や詩音……なにより兄の悟史を慮って耐え忍んできた辛抱強さは、頑固ではありつつも誰にも真似ができない長所であったと今なら思う。 梨花(高校生冬服): (そんな性格だから、たとえ意見が違う相手でもあっさり切り捨てたり、見過ごしたりすることができないんでしょうね……) ただ、そんな協調的な姿勢はある意味で弱腰だの、信念がないだのとネガティブに捉えられたりもする。 また、頑張ったところで人の数だけ正義があり……その大半をある程度近づけることはできたとしても、中に反発が生まれることは避けられない。 沙都子の進む未来は、初めから茨道が確定していた。あえてそちらを選ぶところが、彼女らしいといえばそうなのだけど……。 梨花(高校生冬服): (でも……そうすることでせっかくの学園生活が辛くなるのだとしたら、意味が無いじゃない……) 沙都子は私にとって、かけがえのない大事な親友だ。だからこそ、できればもっと自分のことを最優先に考えて……有意義な時間を送ってもらいたいと思う。 まして、これまで彼女自身が努力をしてきたのだし、それ相応の見返りがあったとしても文句を言われる筋合いなどは全くない……のだけど……。 沙都子(高校生): 『今の私がこうして学園生活を満喫できているのは、支えてくれたたくさんの人たちのおかげでしてよ』 沙都子(高校生): 『だから今度は、私が色んな人たちを支えたい……そのためなら、いくらでも頑張ってみせますわ』 沙都子はそう言って、私に決意を語ってみせた。……だとしたら私にできるのは、彼女の意思を最大限に尊重して応援すること。 そして、起こりうるかもしれない危機から沙都子を守るべく、周囲の環境や人間関係を強固にしていくことだった……。 梨花(高校生冬服): まったく……あの会長と関わったせいで、私たちの学園生活がとんでもなく面倒になっちゃったじゃない。 私はそうぼやくものの……最近の沙都子の力に満ちた笑顔を思い浮かべて、苦笑が口元にこみ上げてくるのを感じる。 とにかく、やれるだけはやってみよう。私は改めてそう決意すると、踵を返して学園寮の自分の部屋へ戻ることにした……。 Part 02: 寮の玄関から自分の部屋に戻るよりも先に、私の足は「あの子」の部屋へと向けられる。 そしてドアをノックし、「……どうぞ」と返事を聞いてから中に入った。 沙都子(高校生): あら……梨花?私に何か、ご用がありまして? ……私が来るとわかっていたくせに、沙都子はいつもこの台詞だ。別に寮の中まで気取る必要はないのに。 梨花(高校生冬服): ずいぶんなご挨拶ね。用がなかったら、来ちゃいけなかった? 沙都子(高校生): えぇ。私、これでも忙しい身ですの。梨花以外であれば、謹んでなるべく早くご退去をお願いしているところですわ。 梨花(高校生冬服): くす……じゃあ私は、数少ない例外なのね。光栄に思って感謝を伝えたらいいのかしら? 沙都子(高校生): をーっほっほっほっ!これ以上梨花から感謝なんかされてしまっては、貸し借りの量で私は破産してしまいましてよ~! 梨花(高校生冬服): ……言葉の意味はよくわからないけど、とりあえず普通にしておけばいいってことね。 お互いに素直じゃない掛け合いの中に満ち足りた幸せと嬉しさを覚えながら、私は苦笑とともにベッドの上へと腰を下ろす。 どうやら同室の子は、私たちに気を遣ってこの時間は席を外してくれているらしい。……今度お礼に、何か持ってくることにしよう。 沙都子(高校生): それより、梨花。詩音さんが面白いものを送ってくれましたのよ。ぜひあなたも、ご覧になってくださいまし。 梨花(高校生冬服): 面白いもの……って、それは? 沙都子(高校生): 梨花は覚えていまして?以前魅音さんたちに頼まれて手伝った、あの遊園地でのパレードの写真ですわ。 梨花(高校生冬服): あら、懐かしいわね……。でもこんなものを、どうして今になって詩音がわざわざ送ってくれたの? 沙都子(高校生): この前、周年を迎えた記念のイベントが行われたそうですの。その時に資料を整理して、倉庫から当時の写真が出てきたそうですわ。 梨花(高校生冬服): そうだったのね。……くすっ。 沙都子(高校生): ? 何を笑っているんですの、梨花? 梨花(高校生冬服): だってあの時って私たち、とんでもない無茶なことをさせられたじゃない。楽器を触ったこともなかったのに、いきなりマーチングバンドをやってくれ、だなんて。 沙都子(高校生): ……そういえば、確かにそうでしたわね。魅音さんには色々と無茶振りをされてきましたけど、あれは5本の指に入る極めつけでしたわ。 私たちは苦笑交じりにそう言い合って、当時の練習の様子を思い出していた……。 沙都子(私服): はぁ……うまくいきませんわね。何度やっても、同じところで間違えてしまいましてよ。 疲れもあってか、沙都子は元気のない表情で肩を落としながら大きくため息をつく。 練習を始めてから、かれこれ約3ヶ月。私の目からすればこの短期間でよくぞ、と思えるほどの上達ぶりに見えるのだが……。 沙都子にとって、まだ納得のできる内容ではないらしい。……あれだけ最初の頃はぶつくさと文句を言っていたのに、実に真面目な性分だ。 羽入(私服): あぅあぅ、パレードの楽曲は録音したものを流すと魅音が言っていたので、演奏している真似だけでも十分だと思うのですよ。 沙都子(私服): それもひとつの手ではありますけど……どうせなら、やはり生の演奏もあった方が臨場感があっていいと思いましてよ。 沙都子(私服): 魅音さんに信頼を持って任された以上、私たちがきちんとやり遂げなくては他の方々に迷惑をかけることになりますわ。 そう言って沙都子は、再び練習を開始する。それに合わせて私と羽入もトランペットを構え、それなりに気合いを込めて演奏を行ったが……。 梨花(私服): みー……。 羽入(私服): ……あぅあぅ。 楽器演奏を続けるための息が持たず、やればやるほどミスが大きく目立って……それぞれの演奏が合わなくなる。 羽入に至っては、地面にへたり込むほどだ。私も正直呼吸が苦しくて、何度整えようとしてもなかなか乱れが収まってくれなかった……。 沙都子(私服): はぁ……困りましたわね。楽器演奏については、レナさんや魅音さんに指導を仰ぐことができませんし……。 羽入(私服): あぅあぅ……美雪や菜央も、楽器はさすがに専門外だと言っていたのですよ。 梨花(私服): ただそうなると、他に頼りになりそうなのは……みー……? 当てになる人物が全く思いつかず、途方に暮れた思いで校舎の方へと視線を向けた私はふと、その先にひとりの姿を見て声を上げる。 彼女は……黒沢千雨。美雪や菜央と一緒に暮らしている、都会から来た女の子だった。 千雨: よぉ。沙都子ちゃんに梨花ちゃん、羽入ちゃんも一緒か。パレードに向けての練習、大変だな。 梨花(私服): はいなのです。千雨は今日も、圭一の演技指導なのですか? 千雨: あー、そのつもりだったんだが……前原が急に、親の都合で出かけるそうでキャンセルになってな。 千雨: で、せっかくだから今のうちに自主練でもしておこうかなって来てみたんだよ。 沙都子(私服): そうでしたの。千雨さんは真面目なお方ですわね……はぁ……。 千雨: ん……どうした、3人とも?かなり疲れてるように見えるんだが。 梨花(私服): みー……実際にヘトヘトなのです。息が続かなくて、演奏が安定しないのですよ。 千雨: ふむ……トランペットか。触るのは久しぶりだな。 そう言って千雨は、私たちが手に持つ楽器をのぞき込むようにして軽く摘まんでくる。 久しぶり……?ということはつまり、彼女はもしや……? 羽入(私服): あぅあぅ……千雨は、この楽器の演奏ができるのですか? 千雨: ん? あぁ。……ちょっとだけ、貸してもらってもいいか? 沙都子(私服): それは構いませんけど……私のトランペットは、かなり派手に口をつけてしまいましたのよ。 沙都子(私服): 今から水道で洗ってきますわ。少しだけお待ちになってくださいまし。 千雨: ははっ、別に気にしないでいいって。どれ……よっと……。 沙都子(私服): えっ……? 梨花(私服): ……みー? 羽入(私服): あ、あぅあぅあぅ……?! 演奏が始まった途端、そこまで期待していなかった私たちは呆気にとられて目を大きく見開く。 上手……なんて、生半可な評価レベルじゃない。明らかに経験者の、段違いのパワーだった。 沙都子(私服): お、驚きましてよ……!千雨さんって格闘技の他に、楽器演奏もできたんですのね。 千雨: トランペットだけは、な。ラッパの演奏は海洋調査の船上で使うらしいから、一応練習してたんだ。 梨花(私服): みー……ボクたちには、そこまで力強い音色を出すことができないのですよ……。 やはりこれが、経験者と初心者の違いか。そう思って肩を落としかけた……その時だった。 千雨: 音が強く出ないのは、呼吸がうまくいっていないせいだ。まず、そこを改善する方がいいだろう。 千雨: 『丹田呼吸』って、知ってるか?それでやったら、うまくいくと思うぞ。 梨花(私服): ……『丹田呼吸』? Part 03: 梨花(私服): みー、丹田呼吸……とは、何ですか? 千雨: 読んで字の通り、身体の腹部――『丹田』に力を込めながら息を吸って吐き出すやり方だよ。 沙都子(私服): そもそも、『丹田』の場所がよくわかりませんわ。どのあたりを意識すればよろしくて? 千雨: へその下あたりだな。ちなみに3人は、腹式呼吸って聞いたことあるか? 羽入(私服): あぅあぅ、それなら知っているのです。確か台詞を発したり歌ったりする時に声を太く、大きくする呼吸法だと聞いたのですよ。 千雨: 要領はそれと同じだ。通常の呼吸は胸を膨らませて息を吸い、吐き出すやり方だが……。 千雨: これだと身体が緊張して、動きが小さくなる。あと、息も長く続けにくい。 千雨: それに対して腹での呼吸は身体の隅々に血流を行き渡らせて緊張を解き……長く息を続かせることができる。 千雨: マーチングバンドってのは、動きながら楽器演奏をするんだよな。だったら格闘技と同じで、動きを無理なく安定させるやり方を覚えた方がいい。 梨花(私服): み、みー……丹田を使った呼吸とは、こんな感じなのですか? 千雨: あー……それだと力を入りすぎて、呼吸ができないぞ。まず、全身をリラックスさせるんだ。 千雨: そして腹じゃなく、全身に息を注ぎ込む感じで大きく……ゆっくりと息を吸い込む。こんな感じで……。 羽入(私服): あ、あぅ……こう、でしょうか……? 千雨: おっ、羽入ちゃんは上手だな。もしかして何か武道の心得があったりするのか? 羽入(私服): た、多少は……ふぅっ……はぁ……。 梨花(私服): みー……確かに、身体から余分な力が抜けてなんとなく軽くなったような気がするのですよ。 千雨: よし。その呼吸を意識して、演奏してみるんだ。ついでに足もゆっくり、動かしたりして。 沙都子(私服): 足を動かすんですの?しっかり踏ん張らなければ、いい音が出せませんのよ。 千雨: 通常の演奏だと、そうだろうな。……ただ、今回はマーチングで身体を動かすことが前提だ。 千雨: なら、リズムをつけて動きながらの方がいいと思う。その方が身体の緊張も解けて、いい感じになるしな。 沙都子(私服): ……わかりましたわ。では、やってみせますので見ていてくださいまし。 梨花(高校生冬服): ……あの指導のおかげで、私たちの演奏が見違えるほどに上達していったのよね。呼吸だけであんなに変わるなんて、驚きだったわ。 沙都子(高校生): えぇ……確かに。あの時は本当に、良いことを教えてもらいましたわ。 そう言って沙都子は、懐かしげに目を細めてみせる。 もちろん「彼女」から教わった練習はそれ以外にもあり、納得できる出来になるまで相当の時間を要したが……。 それでも、苦手意識がなくなったことで練習に臨む意気が高まり……疲労感が格段に少なくなったのは確かなことだった。 沙都子(高校生): ……新しいことに挑戦する時には、色々と大変なことがありますわ。 梨花(高校生冬服): えっ……? 沙都子(高校生): ですが、自分の知らなかった知識や技術の存在を知って、学んで……発見と同時に、得る喜びを手に入れることができる。 沙都子(高校生): だから私は、これからも恐れることなく新しいことに挑んでいきたいのですわ。……できれば、梨花と一緒に。 梨花(高校生冬服): 沙都子……。 沙都子(高校生): あ……そういえば、梨花。あの後『丹田呼吸』について調べていたら、意外な効能があることに気づきましたのよ。 梨花(高校生冬服): 意外な効能……って、何? 沙都子(高校生): ずばり、ダイエットですわ!あの呼吸法をしっかりマスターすることで、お腹を引っ込めることも可能なんですのよ。 梨花(高校生冬服): お腹を……引っ込める……? 沙都子(高校生): って、梨花……?どうしてご自分のお腹を見つめているんですの? 沙都子(高校生): あっ……そういえば梨花、最近その辺りがすこぉしだけ緩くなってきたようですわね。良かったらあなたも、やってみまして? 梨花(高校生冬服): 誰のせいでこうなったと思っているのよー?!