エド・サンクタムがその時になってようやく気配を察したのかというと、違った。

追跡者がいたのは三十分ほど前から分かっていたし、三十分前というとスウェーデンボリー魔術学校の校長室に〝出頭〟した時だ。戦術騎士団の隊長が校内に姿を見せるのはまれであるため──それを言うならばそもそも市内に来ることも少ないが──、生徒たちは動揺していたように見えた。

弱々しく自分の鼻先も見えていない学生たちを見ると、思い出すのはもちろん《きばとう》であるし、校長がかつてキリランシェロと名乗っていたまさに軟弱で暗愚な年頃の姿だ。当時はエドもまた違う名を名乗っていた。キエサルヒマ最高峰の魔術学校でエドが唯一己に拮抗きっこうし得る魔術士として見込んでいたのは、教師であるチャイルドマン・パウダーフィールドくらいだった。だが実際には師はなにごとも成す前に呆気なく死に、現在、地上で最大の術者として君臨するのはキリランシェロ──今ではスウェーデンボリー魔術学校校長、オーフェン・フィンランディ、原大陸の魔王、戦術騎士団外部顧問にして実質的な指揮官〝クプファニッケル〟だ。可笑おかしい話ではある。

ともあれ、話をもどすと。

学生たちはざわめいていたようだ。戦術騎士団は魔術士の中でも志願者だけが訓練を受け魔術戦士となる花形の進路、ということになっている、らしい。神人種族による壊滅災害に対処する精鋭部隊だが、平時には無駄飯食いでしかない、らしい。壊滅災害自体がここ十年以上起こっていないのに魔術士が騎士団の規模拡大を目論むのは反魔術士団体への恫喝のためだと糾弾されている、らしい。毎年の予算縮小議論は風物詩ですらある。

もっとも……

「騎士団が毎年のように要求する予算拡大と制限解除の要請だって同じくらい馬鹿馬鹿しいし、しつこい話さ」

と、校長はうんざり言った。

「通ると思ってもいないだろう? 市議会にはあんたに貸しを作れば見返りくらいあるだろうと勘違いする間抜けもいるだろうが、騎士団隊長が俺を飛び越えて議員に取り入れば、ほくそ笑むのは他ならないカーロッタだ。あんたがひとりの議員と会食すれば、奴は十人の議員を味方につけられる。そして俺は、隊長をわざわざこんなところに呼びつけて叱ったってことを世間に見せつけないとならないわけだ」

言い募って言葉が尽きたところで、校長は息をついた。

その幕間まくあいに、エドは告げた。

「騎士団の稼働率が下がって活動範囲が狭まれば、それはそれで敵は笑うさ」

再び怒鳴り出そうとした校長は、鼻から息を抜いてかぶりを振った。

結局はお互いに、言うまでもないことを言い合っているだけだ。校長とてそれは分かっている。書類とガラクタに溢れかえった校長室で、彼は小声でつぶやいた。

「やるなら、うまくやれ。カーロッタを出し抜くために俺を騙すなら構わないが、俺にも影を踏まれているようじゃ話にならない」

「そこは面目ないが」

エドは苦笑した。

「余計な政治は苦手でね」

話が済むと学校を後にした。

市内を少し歩こうと考えたのは、単なる暇つぶしもあるが、憂さ晴らしでもあった。どうせ今日の予定は呼び出されて叱られることだけだった。そして理由はもうひとつある。学校から尾行されているのが分かっていたので、市外に連れ出してはまずいだろうと考えたからだ。

(これで、気が利かないと言ってもらいたくはないものだ)

適当な路地に入り込み、足を速める。

今日は戦術騎士団の外套こそまとっていたが下は平服で、武器も持っていない。身軽だが平衡を取る重りがなくなったような心地で、かえって動きが鈍く感じられていた。だが行動も目的がひとつ加わるとそんな鬱屈も薄らぐ。

路地は表通りの大きな家具屋の裏手で、大型の家具を扱う店舗は壁も造りも頑丈に出来ていた。跳躍し、窓の出っ張りに足をかけて駆け上る。そのままの勢いで屋根に手をかけ、ぶら下がった。

下方をのぞく。エドが入り込んだ路地の入り口に、慌てた様子の子供が三人、走ってきて立ち止まった。少女がふたり、少年がひとりだ。

男がうめくのが聞こえた。

「しまった……!」

見失ったのだろう。左右を見回している。彼らがもう二、三歩近づいてきたら飛び降りて捕まえるつもりだったが。

すっ、と。なんの戸惑いもなく少女のひとりがエドを見上げた。最初からそこにいたのを分かっていたように。そしてもうひとりの少女をつついて、こちらを指さした。

三人はみな、スウェーデンボリー魔術学校の制服を着ている。十五歳くらいか。中のひとりにははっきりと見覚えがあった。すぐにこちらを見つけた少女だ。忘れようもない。少年も記憶がある。ローグタウンに住んでいる子供たちだった。

残るひとりの少女は分からない。真っ直ぐだがふわっとふくれたような金髪で、ぼんやりした顔立ち。その風貌は、どことなく知っているようにも感じられるのだが。だがその眠そうな目つきで、ぱっと半身を開いてまったく隙のない構えを取ったことで不意に思い至った。

(……エグザクソンの娘か)

娘は知らないが、両親は元魔術戦士だった。元、というのはつまり戦死したということだ。優れた術者だったのを覚えている。死んだのは娘が物心つく前だったはずだが、母親にあたるメイヨ・エグザクソンは構えに癖があって訓練でもどうしても直らなかったと言っていた。

察しがつくと、ぼけっとぶら下がってもいられなかった。手を離して着地すると、エグザクソンの娘は飛び出し、拳を固めて打ちかかってきた。まだまだ拙いが、歳を考えれば十分以上に鋭い。横から腕を打ち払い、巻き込むようにして拘束するつもりだったが──

がん! と顔面に衝撃が走って、視界が暗くなった。

痛撃にけ反って後退しながら、エドは、死角から予期せぬ一撃を受けたことに激しく困惑した。気を抜いていたわけでも、ミスをしたのでもない。防げる可能性がまったくなかったのだ。

奇妙な、ぞっとする悪寒を覚えた。久しくなかった感覚だ。というより、生涯で数えるほどしかない。敗北を予感したのは。

(馬鹿な……)

才覚はあるだろうが、魔術戦士でもないただの学生などに?

と、ふらつく頭を抱えて状況を考える。恐らくだが、エグザクソンの娘は最初の攻撃をおとりにしてエドの行動を絞り、本命の次打を仕掛けてきた。もう一方の腕の肘撃ちか、後ろ足で蹴ってきたか。咄嗟の動きならエドは気づいていたはずだ──少女の動きは見ていたのだから。足を踏ん張るなり身体を捻るなり、身体の一部を動かせば余所にも動きがある。人体の動作には制限と法則があるのだから、その連動を観察していれば死角だろうが相手の動きは読める。

だが少女は身体の何処にも動きを伝えず、腕だけで打撃を与えてきた。練習なくしてはできない。しかも一般的な練習などではない。エドがどう動くかをあらかじめ知って、どこに隙を作るかもはっきり分かって計画しなければできない。だが、そんな予測をどうやって立てた? 偶然でもあり得ない。

不可解だ。めまいから立ち直るまでに追撃があればさらに危ない。が。

「やったあ! 言う通り、ホントに通じたね!」

当のエグザクソンは、仲間ふたりのほうに振り向いて、万歳ポーズで歓声をあげている。

そして、仲間のほうは。

「あー」

少女が半眼で、無念そうに指摘する。

「はしゃいでると負けるよ」

まったくだ。

エドは攻撃から回復すると、エグザクソンの背後から首根っこを掴み上げた。

「……どういうつもりだ」

と、猫のようにぶらんと大人しくなったエグザクソンにではなく、ふたりのほうを睨みやった。

とりわけ、少女をだ。ラチェット・フィンランディを。

魔王の娘は悪びれもせず、こう言った。

「だって、逃げようとするから」

「つけてきたからだ」

「不意打ちで身柄を拘束するのに、他に方法ないもの」

「…………」

どこか理屈におかしいものも感じたが。

「筋は通っている」

ぱっ、とエグザクソンの襟を離した。

解放されて軽やかにラチェットの横にもどる彼女に、エドは問いかけた。

「さっきのは、どうやった」

「え?」

まったくきょとんとした眼差しで見つめ返されて。

なんの釈明を求めているのか説明するのが途端に面倒になった。どうやら当人は自分がどれだけの理不尽をしでかしたか分かっていない。だが、そうなれば原因は他にあるということになる。

エドは視線をラチェット・フィンランディにもどした。

先ほど顔を合わせてきた校長の娘だ。エドはそれとなく周囲にも注意を向けた。反魔術士団体、自由革命闘士に単なる変質者と、原大陸の魔王の娘に危害を加えたがる手合いはいくらでもいる。娘が校外に出る時には、校長は魔術戦士の護衛をつけているはずだ。恐らくブラディ・バースあたりだろう。

市内でならそうそう滅多なことは起こらないだろうし、あったとしてもブラディ・バースに任せればいい。エドは気を解いて口を開いた。

「俺になにか頼みごとか」

フィンランディ家の連中は控えめに言っても、厄介極まりない。特に三人の娘たちはイナゴの大群だ。いずれも早熟の魔術士で幼い頃から近隣に恐怖と混乱をまき散らしていた。やがて多少は手足も伸びて分別も育ち、庭に超高熱の火球を投げ込んでくることもなくなったが、あまりほっとする間もなく姉二名が戦術騎士団に入ってきて面倒を見る羽目になった。息子のマキが懐いているのであまり邪険にもできないのだが。

「断っておくが、俺は気の利いたことはなにもできない自信がある」

「うん。知ってる」

あっさりそう言われる筋合いもない気はしたが、ラチェットは後ろに手を組んだ姿勢で当たり前のように、こう続けるのだった。

「でも、地位だけは凄いから」

「なら父親に頼め」

「父さんだと丸め込むのが難しいもの。騙したってばれるとお小遣い減るから」

「…………」

しばし、なんらの感情もなく視線だけを交差させた後に。

「筋は通っている」

認めざるを得ず、エドはうなずいた。が、釘も刺す。

「ただでものを頼めるとは思っていないだろうな?」

なにを頼まれようとしているのか、それは気に留めなかった。内容がなんであれ、できるなら可能だしできないなら不可能であるというそれだけだ。自分で決められるのは引き受けるかどうかしかない。それには動機がいる。

ラチェットは肩を竦めた。

「エドさんにもメリットある話だから」

「俺の欲しいものを用意できる奴はあまりいないと思うが」

「お金、欲しいんでしょ」

「額による」

革命側に対抗して騎士団を活動させるのに必要な金は、年々膨れこそすれ減ることはない。死んだ隊員の遺族には手当を払い続けなければならないし(そう、このエグザクソンの娘にもだ)、かかわる人間が増えると組織の機密維持は極端に難しくなる。そして難題を効果的に解決する方法と、唯一解決し得る方法はまったく同一だった。金だ。

無論、子供が持ちかけるレベルのもうばなしとやらでどうこうという額面ではないし、仮にここで対面するのが例の──校長いわく間抜けの──議員だとしても心許こころもとない。

だがラチェットの発した言葉に、エドは反応した。先ほどのエグザクソンの一撃と同じだ。理不尽で、不可解で、不可避の。

彼女はこう告げてきた。

「キャプテンキースの財宝の地図があるの」

自分で決められるのは引き受けるかどうかしかない。不可能であっても引き受けるか、ということも含めて。


キャプテンキースは開拓団の象徴ともなった船、スクルド号を駆った伝説の船乗りである。

まったく未知の航路を切りひらき、原大陸を発見した人物とも言える。豪放磊落ごうほうらいらくながら清貧で知られ、この大冒険によって得た莫大な報酬は愛船を買い取るのに使い切り、陸に財産は残さなかったとされる。

ただ、それについては異論もある。

眉唾物の類ではあるが。キャプテンは原大陸とキエサルヒマを何度も往復した。その移動だけでもとんでもない財を築く余地があったのだ。キエサルヒマから運ばれる物資に余分を上乗せして横流ししたり、原大陸の利権を当て込んだキエサルヒマ資本家からの賄賂の運搬、そしてなにより、通信や情報も貴重だ。目録にない荷をスクルド号から荷揚げしたという作業員の噂話もあり、キャプテンキースが財宝をどこかに隠していたのではないかというのは彼の死後、言われ続けた話だった。そして陸に住処を持たなかったキャプテンキースは、それを罠だらけの迷宮にしまい込んだのではないかと……

「どう思います?」

問うてきたのはサイアン・マギー・フェイズだった。三人組の、残るひとりの少年だ。都市計画機構のエリオット・マギー・フェイズと、派遣警察隊を率いるコンスタンスのひとり息子で、魔術士ではない。スウェーデンボリー魔術学校には主に元アーバンラマ資本家が非魔術士の子息を通わせることもあり、校内ではある意味ではラチェットよりも面倒くさい立場にいる生徒ではあるだろう。一般的な魔術士の認識では、資本家たちはもっぱら魔術士の権益を制限しようとする連中であるからだ。

マギー・フェイズ一家も以前はローグタウンで暮らしていたため、サイアンはまったく知らない相手でもない。

あれから、市庁舎に向かって連れ立って歩いていた。やや先行してラチェットとエグザクソンが話し込んでいるので退屈したか、気まずさをなんとかしたかったのか、サイアンはごくありきたりな子供らしいごくありきたりな問いを発してきたのだった。エドは問い返した。

「どう、とは?」

「キャプテンキース、エドさんもご存じなんですよね?」

「ああ」

エドは首肯した。

「まあ、取り立ててどうというわけでもない。普通の男だった」

「そんなわけがないじゃないですか。偉大な英雄なんでしょう?」

「別に、船を沈めただけだろう」

素直に答えたのだが少年は大いに不服だったようで、しかめ面をしている。

養子を育てるようになってから学んだことだが、子供相手に話す際には注意がいくつかある。ひとつには相手は大人ではないということだ。事実を事実として話しても、気に入らなければ受け入れない。それについてはどうしようもない。時間を待つしかない。どうせあと十年もすれば嫌でも大人になるのだから。

なのでそれまでは妥協もいる。頬を掻いてエドは言い直した。

「あまり詳しくは知らないのだが、優秀な船乗りではあったようだ。校長は全幅の信頼を置いていたな。互いを信頼するパートナーだった」

「本当ですか? キャプテンのことを訊くとおじさん、なーんか言葉を濁すんですよね」

「思い出すのがつらいのだろう」

「やっぱりそうですか。うちの母さんが髪を掴んで奇声をあげるのはなんでですかね」

「馬鹿だからじゃないか?」

つい正直に言ってしまったが、サイアンがショックを受けたようだったので、問題の起こらないようフォローをしておいた。

「いい意味でだ」

「そ、そうですか」

「ともあれ、隠し財産くらいならあり得るとは思うが、秘密の場所に迷宮を作ったというのはさすがに荒唐無稽だ。いくら開拓の混沌期でもあり得ない。ただ、校長は一時、真面目に探索していたな。馬鹿げていると俺が言っても、いや、自分もそう思うがないとは言い切れないとかなんとか……おおかた親友を失って錯乱していたんだろう」

「はあ」

サイアンは散らかった話をまとめようとしたのか、間をおいた。

「じゃあエドさんは、見込みは薄いって思うんですね」

「基本的には、そうだ」

「ならなんで?」

何故付き合うのか、という意味だろう。首を傾げる少年に、エドは説明した。

「理由は複数ある。まず、今日は暇だ。そして機嫌が悪いので家に直帰はしたくない。空想気味の馬鹿ガキどものたわけた行動を嘲笑して溜飲りゅういんを下げたい」

と、またフォローを挟んで、続ける。

「いい意味でだ。あとは、地図の出所だな……」

「え? ラチェットがうちの物置で見つけたんですよ。一番怪しいとこだと思うんですけど」

「キャプテンキースはマギー家の使用人だったことがあるらしい」

「はあ?」

サイアンは絶句した。

「なんで自由と冒険を愛する海の男がうちで働いてたんですか」

「それは知らないが、キャプテンキースの財宝とやらがマギー家の資産になっている可能性はある。その経緯が非合法だったり無申告なら大統領夫人と派遣警察隊司令とキルスタンウッズ開拓団の社長を一斉に脅迫できるネタになる。ふむ。ついしゃべり過ぎた。どうしようか」

独り言に気づいてから、よし、とフォローを入れる。

「もちろん、いい意味でだ」

「いや、さすがにそれは誤魔化せないっていうか、今までのもあんまりできてませんでしたけど」

「なるほど。それはいい意味でだな」

「自分まで誤魔化し始めた……」

「ところで、どうして市庁舎に向かっているんだ」

先を行くふたりの背に目をやって、エドは訊ねた。サイアンが答えてくる。

「掘削の許可を申請するんだそうです。公式な書類があれば、ぼくらが掘り出したっていう証明になるからとか」

「筋は通っているな」

「ぼくらだけじゃあ許可なんて下りないから、エドさんを巻き込もうっていうのがラチェの意見なんです」

「それなら俺でなくともいいと思うが」

「掘る場所っていうのがちょっと問題みたいで」

「そうか。いい意味でだが、ところどころは人間並みに考えてるな」

「先に誤魔化したって駄目です」

フォローが何故か通じない。猜疑心さいぎしんの塊だ。嫌らしい子供である。

そんな邪悪な子供たちと市庁舎に行き、ラチェットが窓口に申請書をひとそろい出すのを見届けた。戦術騎士団の外套を着たエドがスウェーデンボリー魔術学校の生徒を引き連れて来たので、役人どもはかなり面食らったようだが。申請書を見てさらに仰天し、引っ込んだと思ったら上司を連れてもどってきた。

「あ、あの、これは本気ですか?」

と、ラチェットにではなくエドに訊いた。

そう言われてもどこを掘るのかも知らされていないのだが、そう白状するわけにもいかない。ラチェットをちらと見ると、彼女はジェスチャーで首肯を繰り返している。

「ああ」

エドがうなずくと、市役人は傍目はためにも分かるほど震え出した。

「議会からはなにも聞いていませんし、この場所を掘るとなると、わたしたちだけの判断というわけには──」

「場所を勘違いしていないか?」

言って、申請書を取り返す。

さっと見て、書類を破り捨てた。

「ああ。勘違いしていたのはこちらだった。今の件は忘れてくれ」

「はい。もちろん」

市役人は力強く同意してくれた。

エドが振り向くとラチェットが怒った目で見上げてきている。エグザクソンはぼんやりしているし、サイアンは苦笑いしているが。

無言のまま、三人を連れて外に出た。ホールから道に出、しばらく離れて人通りが少なくなるまで遠ざかってから、ようやく足を止める。

「掘るのがあの場所なら申請はいらない」

「ホント?」

ラチェットは軽く驚いたようだ。

「じゃあもう、掘り行く?」

「準備がいるな」

「シャベル?」

「必要なのは軍隊だ。カーロッタ村に宝を掘りに行くなら、相当な戦力が欲しい」

「ふーん」

案外あっさりと、ラチェットはつぶやいた。

「軍隊ならエドさん持ってるよね?」

「戦術騎士団は俺の持ち物じゃない。念のため言っておくが、君の父親の物でもない」

「じゃあ誰の?」

素で訊いてくるということは、本当にこの娘は騎士団を率いてカーロッタ村を殲滅させようとしていたのだろうか。

ただ、彼女の質問そのものに対しては──

「さあな。誰の物なんだか」

答えるのが難しそうな問いはともかく、エドは本題にもどった。

「どのみち、道理が合わない。キャプテンキースの財宝がなんであれ、カーロッタ村のテリトリーに埋まっているわけがない。開拓団の命綱であるスクルド号はカーロッタにとっても最優先の標的だった。キャプテンは常に命を狙われていた」

「そうかな。最優先の標的っていうのは、殺すだけ?」

「…………」

エドは黙り込んだ。実を言えばそれは昔、エド自身も疑ったことはあるのだが。

「キャプテンがカーロッタと通じていた可能性か」

「こっちの英雄オタクは認めようとしないけど」

「キャプテンキースに限って絶対にない!」

拳を振ってサイアンは主張しているが。

エグザクソンの娘が口を挟む。

「でも、自由を愛して体制を否定してた人でしょぉー。当時の開拓団は故郷の閉塞感を嫌って船出してきて、心情的にはカーロッタに近しい人のほうが大半だったわけだし」

のんびりした口調だが指摘は正しい。一方でサイアンの言い分も単に盲目とも言えない。キャプテンキースが実直で知られたのも事実だ。そして機会と手段で言えば、ラチェットの言う通り、問題なくあった。

三人そろってエドのほうを見た。彼女らが知るのは言い伝えでしかない。当人を知っているこちらに問い質したいのだろう。

ふうむとうなって、エドは告げた。

「伝説ではいろいろ言われるが、実際は平凡な船乗りだ。そう大それたことを考えるものか、疑問だな」

「平凡な人ならなおさら、チャンスがあればやるかも」

「カーロッタの誘いはあっただろうな……」

つい思索に引き込まれそうになったが、すぐ徒労に感づいた。

「無意味な疑問だ。カーロッタ村に採掘には行けない」

「なんで?」

「俺は騎士団の活動に足しになるなら財宝にも興味はあるが、現時点でカーロッタ村を滅ぼせるくらいなら騎士団を強化する必要もない」

「好奇心は?」

「ないな。生まれてこの方」

「ホントに?」

ラチェットは困ったように少し顔を伏せた。そして上目遣いで、

「この前マキちゃんと湖に遊びに行った時、ずぶ濡れで全身水草だらけで『魚が。魚が』しか言わなくなって帰宅した理由がなにかを話しても駄目?」

「それを話して俺を味方につけられる自信があるのか?」

「そっか。ない。でもわたしもおんなじくらいずぶ濡れになったし魚に噛まれたよ。えーと、じゃあ足の裏をじっくり眺めてるうちに顔に見えてきて思ったより退屈しないで暇を潰せるコツとかは?」

「心底からない」

「父さんの弱みとかも興味ない?」

「ないな。むしろああまで弱点だらけなのに最強の術者でいられる理由を知りたい」

段々と落ち込んでいくラチェットの頭を見ながら。

エドは、静かに告げた。

「さっきの不意打ちの種明かしには興味がある」

と、ラチェットは顔を上げ、目を瞬いた。

「さっきってなんの?」

「エグザクソンの娘が俺に一撃を入れたトリックだ」

「ヒヨの? 失敗したじゃん」

「あれは見事だった」

ヒヨ──というのがエグザクソンの娘の名前だったか。記憶にうっすらとはあったが。

ラチェットは淡々と言ってのけた。

「うーん。ヒヨがちゃんと最後までやれば、エドさんが腰を抜かして地面にめり込んで八回謝るまでいけるはずだったんだけど」

「……八回もか」

「うん」

右手の開いた手のひらに左手の三本指を重ねたラチェットはきっぱりと真顔でうなずいてみせた。

「それはいつでも誰が相手でもできるのか?」

「父さんが相手なら十三回謝るまでできると思う」

指を増やそうとして途中で足りないと気づいたのか、また困り顔になって、

「まあ成功したことはないけど。姉さんはちっとも言う通りにしないし、ヒヨいっつもしくじるから」

「ラチェの言うことって複雑過ぎてちょっとしか覚えられないよー」

隣でわたわたと、ヒヨが言い訳する。

「ふむ」

大体を把握して、エドは確かめた。

「つまりどう動けばいいかを君が考えて、それをこっちにやらせる、というわけか。どうして自分でやらない?」

「わたし? だってヒヨみたいに運動神経ないもの」

「どうやって考えつくんだ?」

「どうって……なんとなく。電磁波かな」

なんとも当人はあやふやだが。

エドはまた黙考した。

まさかラチェットの意図ではあるまいが、彼女の言ったことは無視できない要素をはらんでいる。あるいは意図せずにそうしているなら余計にだ。

「……君は校長の娘だな?」

「え? うん」

「間違いなく実の娘だという確信はあるか」

「ていうか疑ったことがなかったけど」

「まあ、そうだろうな」

妄想かとも思う──実際、この娘が魔術で合成された人造人間かと疑うとしたらまさに妄想だろう。だが共通点も無視できない。

合理的な可能性がないとも言えない。かつてドラゴン種族の聖域が絶望の解決者として造り出した人造人間は当人の自覚、無自覚に関係なく近未来を予測して周囲を支配して意のままにした。それを可能にしていたのは強力な白魔術だ。

理屈の上では天然の魔術士であってもとてつもなく強大な魔力とセンスがあれば同等の能力を持ち得る。フィンランディ家の三姉妹のうち、姉ふたりはタイプの異なる強力な術者だが、末娘は落第点のあたりを彷徨う落ちこぼれと聞いている。魔術学校の特に若い世代には〝魔術戦士なんかになってもうるさい議会に頭を押さえられるだけ〟と魔術を忌諱ききする傾向が強まっているともされるので、特に不自然とも思わなかったが。

しかし。

(巡り合わせか?)

皮肉な思いを噛み締めた。〝解決者〟の能力についてはおよそ、誰よりも身に染みて理解している。ふたりの能力者を知っていた。ひとりは尊敬する友人で、ひとりは愛した女だった。

「なんなの。怖いよ、エドさん」

彼女にしてみれば気味悪い質問だったのだろう。後ずさりしながら不安げに、ラチェット。

(……まったく)

逆にエドにしてみれば頭の痛い問題だった。一度、相手を支配能力者だと思うと、あらゆる仕草や言動が怪しく思えてくる。うまく折り合わねば狂気に引き込まれる。

「ああ、すまんな」

謝って、エドは話を逸らした。

「そういえば、どうして財宝など欲しがる?」

「え? さっきそんなの気にしなかったじゃん」

「あまり真に受けていなかったからだ」

「ふうん。ま、わたしたちもお金欲しいってだけだよ」

ラチェットはそう言って、自身を含めて友人ふたりを指し示した。

納得しなかったというより話を続けさせたくて、エドは指摘した。

「金が欲しいならアルバイトでもすればいい」

「してるよ。でも桁が足りそうにないんだよね。エドさんもさっき言ってたじゃん。〝額による〟ってやつ」

「なにか目標があるのか」

「うん。商売がしたくて」

「商売? どういったものだ」

「それは分かんないけど。学校出たらってことで。魔術の仕事なんてろくなもんじゃないし、ちゃんと意味ある仕事がしたいなって。姉さんたちみたく騎士団なんか入ったらおしまいでしょ──あ、ごめん」

自分が誰と話しているのかようやく気づいたのか、ラチェットが頭を下げる。が。

「いや、悪くはないな」

エドが告げると、ラチェットらは驚いたようだった。

「えっ。ホント?」

「ああ。だが、そのろくでもないことを他人にしてもらうのが前提の夢物語でもある」

「…………」

しゅんとする三人に、エドは微笑を向けた。

「それでも夢もないよりはいい。気持ちは理解する。我々は君の両親が死ぬのを防げなかった」

ヒヨ・エグザクソンの目を見て、話す。

ともあれエドは手を差し出した。

「地図を見せてくれ」

「え?」

「宝の地図というのは、浪漫だな」

「はあ……」

声をあげたのはサイアンだが、残るふたりも顔を見合わせている。

地図に描かれているのは開拓地の一部──今では一部といえるが、当時としてはほぼ全図と言えるだろう。キャプテンキースの生前ということで都市はまだなく、点在するいくつかの村の位置と海岸線の地形図である。最初期からあったカーロッタ村は当然記してある。が、新生キムラックと呼ばれていた時ほど最初期ではない。ローグタウンもあった。この時期はこのふたつの拠点で抗争が続いていた。

スクルド号の荷揚げ場になっていたアキュミレイション・ポイントと、後に都市へと発展するニューサイトはそのふたつからはやや距離を開けている。

古い地図は過去からの手紙のようなものだ。その時代の社会の思いを感じさせる。ニューサイトが壊滅災害で滅ぶことなどこの地図からは連想できない。この地図の上に暮らす人間がいるとすれば、彼らはラポワント市やスウェーデンボリー魔術学校も知らない。日々の開拓に夢中になり、苦労して耕した土地が結局は資本家のものになって二十年後も自分たちが労働者のままだとは分かっていないだろう。

そして過去からの手紙は長い宿題も思い起こさせる。二十年経ってもまだ原大陸からは戦いが途絶えず、魔王率いる戦術騎士団とカーロッタの元に集う独立革命闘士は今日も、明日も、恐らくもっと先にも抗争を続けているはずだ。

ちらと空を見上げる。エドが立っている今のこの大地を、古い地図として見る未来の何者かは、きっとその時代までの変化を見通せずにいるエドを笑うのだろう。あるいは、哀れむか……知ったことではないが。

注意を地図にもどす。カーロッタ村に印があった。但し書きも添えられている。〝海に生き、海に死す、海の戦士キャプテンキースここに記す。地上で最も価値ある宝は此処ここにあり〟

正しい地図だ。見た限り、あらはない。確かに昔描かれた物のようだ。

地図を返しながら考えをまとめた。

「およそ浪漫を潰すのが、俺のような人間の仕事だが……」

不思議そうな顔をした子供たちに、エドはつぶやいた。

「今日は少々、違う気分だ。俺なりにできることで手助けしよう」


イッシャー・ケブンはごく当たり前の市議会議員だ。

どれくらい当たり前かと言えば、元アーバンラマ資本家で出資者であり、開拓の落ち着いた数年後に原大陸へと渡り、サルア市長とエドガー・ハウザー大統領の両方に取り入ることで容易く地位を得た。ラポワント市の議員のおおよそ半数はほぼ同じ経緯を持っている。さらに加えてこの男は風貌までも当たり前の四十代、相応の服装を好み、目を引くような野望も妄想もなく、取り立てて突出した知性もない。八方美人的に誰の話も聞き入れ、誰の助けもする、つまりありきたりに善良でもある男だった。

彼のにこやかな歓迎の面構えを眺めながら、エドはほぼ確信していた。

(こいつも、俺をまったく同類だと思っているだろうな)

ほぼ置き換えられる。元タフレムの魔術士で、遅れてきた船団で原大陸に乗り込んでくると、魔王オーフェン・フィンランディに取り入って戦術騎士団に加わった。魔術戦士の大半がその経緯だ。風貌も服装も生活も(魔術戦士としては)ごく当たり前。さしたる功績も活躍もないが問題も起こさず騎士団の隊長を務めている。つまりありきたりに誠実なのだろう、と。

その評については、外れてもいない。イッシャー・ケブンが善良な男だという程度には正解だ。

あの三人は学校に帰らせて、エドはオフィスの集まる商用区画に足を運んだ。議事堂に近く治安も良いので議員の事務所は大抵ここにある。

校長いわく、エドに貸しを作れば見返りくらいあるだろうと勘違いする間抜けだ。目論見がつまずいたのに門前払いされなかったのは、まだ勘違いまでは解消されていないようだ。あるいは本当にお人好ひとよしで、後ろ暗さを感じているか。

「俺を売ったな」

「は?」

事務所奥の応接室で、無論護衛がいるわけでもない。議員自身が人払いをしたので扉の向こうに秘書もいないだろう。いたところで関係ないが。

エドは眼前の男が、自分の会っている相手が何者かを思い出す時間を与えた。その間ただ見つめ、なんの情報も与えない。

「おかげで俺はカーロッタにはめられ、失態を演じた」

「それはわたしも同じで──」

「お互いに分かり切っていることをいちいち引き延ばそうとするな。お前はカーロッタに鞍替くらがえして、今回の件は軽い手土産だろう?」

「…………」

なおもとぼけるか、誤魔化すかを考えたようだが。

議員はもう一歩、案配を考えたらしい。

「実は人心地ついたら、連絡をと思っていたのですが」

声をひそめて身を乗り出す仕草までして、続けてくる。

「この件は身内では話を通じてあることです。確かにカーロッタ・マウセンの仕掛ける切り崩しは議会の多数派に迫る勢いです。ですがあなた方には分かりにくいかもしれませんが、勢いというのは隙でもあります。それを逆手に取ることも考えられるわけです」

「つまりお前はカーロッタ派に属して奴の都合に合わせて活動して恩恵を受け、そのうち奴の権威が失墜すれば最初から二重スパイだったような顔をしてこちら側にもどってくるわけだ」

「それはいささか……悪く取りすぎでしょう。一度はわたしを信頼していただけたはずでは?」

「その一度で裏切られたのではな」

「失礼ながら、あなたは目先のことに囚われておられる。先を見据えてください。我々の目標はこの社会の平和と安定です。それに比べれば今回のことなど、表面的には大事ではない」

「お前にとってはな」

ゆっくりとまぶたを下ろして、視界が半ばほど隠れたところで、エドは告げた。

「だが戦術騎士団のかしらはことのほかお怒りだ。俺は降格もあり得る。その場合、隊員の誰かが俺の地位を引き継ぐことになるな」

半眼だが相手を見定める目はかえって冴えている。議員がわずかに身じろぎするのを見逃さなかった。

「お前が本当に取り入っていたのはカーロッタでもなく、俺でもなく……その誰かなんじゃないか?」

「わたしは、その──」

「よりによって、一番つまらないところに賭けたものだな。まあお前はカーロッタに関わるような危険を買うような輩ではないだろうさ。だが侮ったのか? 騎士団内の規律を乱すことに関わっているのなら……問題は俺の感情を害したどころではないぞ」

また一呼吸置いて、言い渡す。

「そして言うまでもないが、俺の感情が害されていないわけでもない」

「誤解だ!」

両手のひらを見せ、議員は引きつった声で言い訳を始めた。

「わたしは、これがオーフェン・フィンランディも承知だと聞いたから、乗ったんだ!」

それを聞いてもショックは受けなかった。

というのも、いくら駆け引きに鈍くとも事態がここに至れば、さすがに大体の筋は分かっていたからだ。

校長がすべて糸を引いていた──ということはない。だが、本日エドの降格どころかはっきりしたペナルティも言い出さなかったので、なにかあるとは思っていた。恐らく校長はなにも知らなかったが、彼の手下が騎士団内での影響力拡大を狙ってやったのだろう。そういうことをしそうな腹心は副校長のクレイリー・ベルムだ。校長は自分の部下を罰したくなかったため、エドにも罰を与えなかった。

これを把握したことは、校長への貸しになる。些細ささいな貸しだが悪くはない。だがここに来た目的はまた別だった。すっかり震え上がった議員に、エドはことさらに声を押し殺し、先を続けた。

「お前たちはそんなことばかりやっているな。別段〝魔王〟オーフェン・フィンランディを支持したくてそうしているわけでもないだろう。お前たちは奴のことも恐れている。天秤の振り子をつついて、バランスを取っているわけだ。だが手慣れたつもりで遊んでいると、うっかり引っ繰り返すことになるぞ」

「脅迫はよしてくれ。さすがに無礼だ」

最後の意地で反駁はんばくしてくる議員に、エドは薄笑いで答えた。

「では頼みごとをしよう。人を道化にした詫びに、そちらにも道化を演じてもらう」

「道化?」

「何人かの議員の間で噂を流して欲しい。本気で信じているようにだ。キャプテンキースの財宝があるらしいと」

議員は絶句したようだ。が、エドは素知らぬ顔で続けた。

「戦術騎士団もその可能性を追っているが、まだ見つけられずにいるのは、彼らが手を出せない場所にあるのではないか……という憶測も添えてだ」

「どうして、そんなことを?」

「ちょっとした投機だ。つまらん小銭稼ぎの。お前たちがよくやるような──」

と、付け足す。

「いい意味での」

フォローしたが、やはり何故か、相手の顔は晴れなかった。


事務所を後にしてしばらく歩くうちに、また誰かがついてきていることにエドは気づいた。軽い既視感とともに。

やることは同じだった。適当な路地を見つけて入り込み、早足になる。

身を隠せる物陰を探したが金属のゴミバケツくらいしかなさそうだ。その中に飛び込んでじっと尾行者を待つ自分が思い浮かんだが、それを実行する前に阻まれた。

「ドュワッ!」

両手を挙げて叫びながら、ヒヨ・エグザクソンがゴミ箱の蓋を跳ね上げて飛び出してくる。

「…………」

エドはそれを冷静に見下ろし、勢いで掴みかかってくるヒヨの腕を逆に取り押さえると放り投げた。すぐさま振り向くとちょうどサイアンが走り込んできたところだった。普通なら眼球を突くか気道を打つところだがそういうわけにもいかず、顔を掴んで足を引っかけ転ばせる。宙に浮いたところで、倒れているヒヨの上に落下させた。

ふたりを片付けて見やると。サイアンの後から、むすっと腕組みしてラチェットが登場する。苦言とともに。

「ドュワじゃ駄目なんだよねー。言ったじゃん」

「えーでもあれは言えないよー。変態過ぎるよー」

下敷きになってばたばたと、ヒヨ。

エドは嘆息した。

「なんとなくこう来る気がしていたから、なにを言っても意表は突けない」

「ホント? すげぇド変態だよ?」

「なにを言っても関係ない」

「まじでー。変態すぎる。さいあく。なんで近所にいるの」

何故か言いがかりにシフトしながら、嫌そうにラチェットが後ずさりする。

色々あきらめてエドはうめいた。

「学校にもどらなかったのか」

「うん。まあ学校帰ってもやることないし」

「それで襲撃に来たのか?」

「いや、襲ったのは意味ない。単に思いついただけ」

少し機嫌を良くして、ラチェットが言う。それで機嫌を直すのも、どうしてかなとは思うが。

「それで、おたから掘れそう? もう掘りに行ける?」

首尾を早く聞きたかったのだろうか。つつつと近寄って、訊いてきた。

エドは肩を竦めた。

「数週間以内に、元アーバンラマ資本家の議員連の間でキャプテンキースの財宝についての噂が流れるはずだ」

「……それで?」

「さっきも話したが、キャプテンキースはマギー家の使用人だったという」

「それ本当なんですか?」

ようやく起き上がりながらサイアン。まだ疑わしげだ。エドは軽く首を傾けて、続けた。

「事実はこの際、どうでもいい。元アーバンラマ資本家の間では根強く信じられている伝説でな。キャプテンを直接知っている連中も否定しない。その件について詳しく訊こうとすると言葉を濁すか、髪を掴んで奇声をあげ始めるわけだが……」

「意味分からないですよね」

サイアンの肩を、エドは叩いてやった。

「まあ、馬鹿なんだろう。どれほど悔やんでも仕方ない」

「いえ別に悔やんでは……」

「強く生きろ。そんなどうでもいいことはともかく、そういう経緯で議員連中にはそれなりに無視できない伝説ではあるようでな。騎士団も絡めたから政治問題にも影響する。話が広まったところで地図の存在を明かせば、高値で買い取りたがる輩も出てくる」

「あ、なるほど」

ぽんと手を叩いて、ラチェットが声をあげた。

「その後、そいつを襲って地図を取り返して掘りに行く。あれ。でもなんか、無駄な部分多くない?」

「いや」

エドは制止した。

「『その後』にはなにもしない」

「じゃあ渡す前に掘るの? ずるっこ?」

「どう言えばいいのか少し考えさせてくれ」

しばらく上を向いてから、向き直る。

「つまり、こういうことだ。宝は掘らない。カーロッタに見つからずに掘るのは不可能だ」

「ホントにそれが理由?」

ぽつりと疑問を発する魔王の娘を。

エドは今と同じくらいの沈黙で見返した。彼女は詰問しているわけでもない。本当にただ思いついただけの疑問だ。そして彼女は、自分で答えも出した。

「地図、偽物って思ってるの?」

「…………」

正直なところ、そんなことは当たり前過ぎて言われるまで意識もしていなかったのだが。

確かにそうだ。彼女の言う通りだった。エドは認めた。

「道理から考えて、絶対に存在し得ないものだとは断言できる」

「ふうん。そうなんだ」

「なにか言いたいのか?」

「ううん、エドさんを納得させられるようなことはなんにも」

ラチェットはごく当たり前の様子でかぶりを振った。

「でも、掘ればあると思うんだけどな」

どうしても反射的に思い浮かぶ。ただの少女の甘えた言動だとも思える。だが昔の妻も、ちょうどこの娘くらいの歳で、自覚もなしに周囲を──エドも含めてだ──支配した。

古傷がうずく思い出だ。なにより厄介なのは、その自覚できない点だ。支配するのもされるのも、なんの証明もできない。確かな証明を求めて、若かった自分がしたことは、全力で妻と敵対し、支配から逃れることだった。

改めてエドは、ラチェット・フィンランディの頭から足先までを観察した。そして。

「あれ? エドさん、泣いてるの?」

驚いたように、彼女はつぶやいた。

「いや……」

エドはたじろいで、目元を擦った。泣いてはいない。本当に、泣いているわけはなかった──当たり前だ。だがぎょっとしたのは、だからこそだった。涙を流してもいないのに、彼女は見抜いたのだから。

(とはいえ、それ以上のことは分かるまい)

二十年以上を経て、エドが今、ようやくなにを悟ったのかまでは。

「地図は俺が預かっておこう。うまく金に替えられたら、口座を用意して、お前たちの成人後に受け取れるよう手配する」

「うわ。教育的だ。キモイ」

「当たり前だ。俺は親だ。ためにならないことを頼むなら、もっとクズ人間に頼め」

「ほとんど手を貸してくれてたじゃん。エドさんならいい線いってるのに」

「惜しかったな。子供は大人をコントロールできない」

と、手を差し出して、ラチェットが地図を出すのを待つ。彼女は渋々懐から地図を取り出しエドに手渡した。


数日が過ぎて実のところ、エドはほとんどこの件を忘れかけていた。

戦術騎士団の戦いは秘密裏にだがそれまでと同じく続いており、特に開拓地における自由革命ゲリラやあるいは突発的なヴァンパイア化への対処には全力を投入しなければならない。カバーすべき事態の広汎さに比べて騎士団は明らかに非力だった。個々の隊員の実力や根性でどうにかするには、隊長としては心にもない世辞を言い、元気づけてやる必要もある。

「そうか。なるほど。努力は認めよう」

隊長室のデスクの奥から、青ざめた顔をした魔術戦士に向かって優しく告げる。

「特に、いるかいないか分からないヴァンパイアを捜して四日間も沼をさらったのは大変な苦労だったろう。沼蛇にも噛まれたらしいな。毒は? ああ、まあ生きてるんだから毒がないほうの蛇か。だが噛まれた部位が腐り落ちることもないとは言えないからそれなりに覚悟はしておくといい。噛まれた場所は? 首? ふむ……とにかく良い面を見よう。腐り落ちたら気づかない可能性はない。そうじゃないか?」

励ましたにもかかわらず肩を落として出て行った隊員と入れ替わりに、隊長室に入ってきた者がいた。

珍客といえば珍客だ──魔王オーフェンは戦術騎士団の外部顧問だが、よほどのことがなければ騎士団基地には来ないし、大慌ての顔をして隊長室に駆け込んできたりはしない。恐らく遠慮があるのだろうが。

だが今日の校長は、開口一番たわごとを言い出した。

「キャプテンキースの財宝の地図があるんだってな?」

「…………」

エドは本当に忘れかかっていた。

企みについては、さほど思い通りにはいかなかったというのが実際のところだ。市議員の間で噂にはなったし、真に受けた者もいたようだが、どうしてか大統領や派遣警察隊のような連中がむきになって動き出し、たちまち火消しされてしまった。キャプテンキースの財宝なるものは存在しないと断言された。存在しないことは分かっていたのでそれ自体は不思議でもなかったが、エドとしてはもう少し時間がかかると思っていたのだ。

もはや地図など出したところで買い手もないだろう。先ほどの隊員と同じくらい狼狽えた校長に、エドは答えた。

「ああ、これのことか?」

机から例の地図を取り出してみせる。

すぐさま手を伸ばす校長の姿に、ふと直感を覚えて、エドは地図を引っ込めた。校長の指が空振りして通り過ぎる。

地図を手に、エドはつぶやいた。

「買い取るか?」

「ああ、買う。いくらでも買う。後で払うから」

即答するオーフェンに、どうも釈然としないものは感じつつも、エドは地図を放って渡した。別に騙そうという気はなかったので一応告げる。

「よく出来た地図だが、馬鹿げた悪戯いたずらの類だろう。誰が作ったのかは知らないが常識的に、キャプテンキースの財宝だかが実在するはずが──」

「常識的?」

校長は、石でも投げつけられたような顔をした。

エドはただ、同意の声をあげる。

「ああ」

「この件に関しては、その言葉を二度と使うな」

うめいて、そしてだんだん声を大きくしていく。

「なにが埋まってても驚きゃしないさ。宝でも超兵器でも歌うゼリーでも。そのゼリーが発酵雑巾味でも! とにかくはた迷惑な結果になるのだけは決まってんだ!」

騒いで出て行ってしまった。どうせカーロッタ村を掘れるはずもないのに。

部屋にひとり残って、エドはしばらく天井を見上げた。

「あいつはたまに、わけが分からんな」

そう言うと、また日常の業務にもどっていった。おかしな連中はほっておいて。