始まりと同じくらい唐突に、ラチェットは転倒した。足が地面を空振りした。エッジよりも身体が小さいために感覚を誤った。とマヨールは直感した。

(ラッツベインとエッジの同調術……ラチェットも使えるのか?)

その動揺がなければ加勢できていたかもしれない。イシリーンもだが呆気に取られている間に、ラチェットは地べたに転んでジェイコブズに取り押さえられた。

「くっそー、やっぱ勝手に借りるんじゃうまくいかないか……」

手足を振って、うめくラチェットは無力にもどっている。

マヨールは身構えた。リアン・アラートと対峙する。エド・サンクタムとも互角にやり合っていたような手練れだ。大量のガス人間に取り囲まれていた時よりも勝ち目は怪しいが。

イシリーンに目で合図する。こちらが引きつけている間に彼女の行動に賭ける。連携して倒すか、納屋にあるはずの魔術武器に頼るか。

「《きばとう》のマヨール・マクレディだ」

名乗って注意を引いた。

「リベレーターを名乗るジェイコブズ・マクトーンだな。お前たちが当地で公言した内容に疑義がある。キエサルヒマ魔術士同盟が魔王術の機密を破り、原大陸に混乱を起こすたくらみに協力しているかのような内容だったが、我々はまったく同意できない!」

「王立治安構想が復活すれば、お前たちの同意は必要ない。二十三年前の蒸し返しだな。我々は王の代理として反逆者に対処するだけだ」

さらりと言ってのけるジェイコブズに、マヨールは言い返した。

「廃棄したはずだろう!」

「棚上げしただけさ。ようやくに復権する。こちらの島の毒虫どもを始末してな」

「原大陸で戦争に勝ったところで、魔術士同盟はお前たちの統治を認めはしない。蒸し返しというなら、あの戦いだって繰り返すぞ!」

「あの戦い? 見てきたようなことを、若造が」

嘲りながら彼は身を起こした──ラチェットの腕を掴んで、動けないようねじり上げて。ラチェットの手並みを知っているのかいないのか、それでも魔術士と分かっている相手を捕らえて恐れている様子もない。

だがジェイコブズは明らかにクリーチャー化はしていないし、見たところ訓練を受けた身のこなしでもない。純然たる覚悟か。腹の据わりようは大物に思えた。

フッと鼻で笑い、言い足してくる。

「原大陸、と言ったか。言葉尻だが。かぶれているようだな……反逆者の逃亡地に」

「お前たちこそ本音を隠して、元キムラック教徒にすり寄った」

「わたしは自分の生業なりわいが汚れ仕事だとは自覚しているよ。分かっているから手袋をする。かぶれるというのはな、芯をけがされるということだ」

そう言って腕に力を込める。ラチェットが痛みにあえぐのを見ながら、マヨールは踏み出した。術の構成を編みながら。

リアンがかかってくるのは予測していた。剣で斬りつけてくる。真正面にマヨールは防御障壁を広げた。これで隙ができたならイシリーンは──

「…………!」

舌打ちした。

もちろん、彼女は抜け目なく動いていた。死角に踏み出して、回り込もうとしたようだ。が。

ガス人間、リアンの身体は変形していた。マヨールに斬りつけてきた右半身と、イシリーンの出足を止めた左半身が分裂している。左半身も剣を生成して(この剣も服もガス体だ)イシリーンの鼻先をいでいた。

「前髪斬られた!」

彼女の舌打ちはそれが理由だったようだ。額を押さえて後ろに下がり、悔しがる。

「クソ親父マジ殺す!」

リアンは答えず、元の形にもどる。

遠くでまた爆発音。イザベラたちはまだ抵抗を続けているようだ。マヨールはまた声をあげた。

「あれはイザベラ・スイートハートだ。彼女はガス人間を全員蹴散らして、いずれここに辿り着くぞ」

「脅しのつもりか? イザベラというのは《塔》のイザベラ教師か。確かに手強てごわいが年寄りの冷や水だ。そう長持ちするとも思えないがね」

ジェイコブズはかぶりを振って続けた。

「それでも希望を持ちたいというのなら、もう一押ししてやろうというのは意地悪かね。これでどうかな……?」

空いているほうの手を振った。

彼が指先を向けた地面に、光がともる。ただの光ではない。白光の文字だ。文字は重なって図形のようになり、立体となり──

光の中から現れた緑色の髪の女に。

マヨールは息を呑んだ。

母を思い出した。ただの母ではない。

魔術士の母だ。