20

馬車はラポワント市を出て、ローグタウンへの道を辿った。

「真っ直ぐ行くの?」

イシリーンの問いに、荷台からにゅっと顔を生やしたラチェットが言ってくる。この動作、どうも彼女は気に入ったようだが。

「途中、どっかで脇道入ってこの荷物捨てていこう。そのほうが足が速いですし」

ラポワント市には倉庫街があり、主に開拓地との物資の搬入出が頻繁に行われているので馬車道はしっかりしている。と同時に数多くの開拓地と結ばれているため脇道の類も多くあった。

積み荷は木箱に入れられた美術品、貴金属や宝飾品、どう見てもガラクタにしか見えない細工物などだ。街道から外れて森に入り、茂みの中に全部落っことした。本気で隠すならもっと手間をかけるべきだが時間がもったいない。本道にもどってまた速度を上げる。

「順調なら一時間ほどだよな、確か」

不慣れなマヨールの操作ではもう少しかかるかもしれないが。それでも問題がなければ午後もそう遅くないうちに村に着ける。

「隣の村から探っていく手もあると思うけど」

「やぶ蛇になるかもしれないな」

どこにも手を出さないという選択肢がない限り、賭けごとというのは難題だ。

「まだちょっとここいらのこと、分かってないんだよな。キルスタンウッズっていうのは実際どう動いてるんだろう」

「ボニー叔母さんは呑気っていうか……大雑把な人なんで、その気があるなら素性が怪しかろうとなんだろうと雇ってしまうんですよ」

サイアンが説明してくる。

「結果、開拓地の前科者が集まっちゃって、すっかりギャング扱いですけど。開拓地で物資を取り扱うっていうのは革命闘士の襲撃も受けるわけですから、荒くれ者が揃ってるのは事実みたいです」

「警察隊のトップとギャングのボスが姉妹っていうのも皮肉よね。まったく問題にならないの?」

訊ねるイシリーンにサイアンは苦笑いする。

「ドロシー伯母さんの大統領邸っていうのもついてきますしね。問題にはなってますよ。仲良くされても困るし、喧嘩されても困るんです。あの三人には」

結局、ローグタウンにそのまま向かうことにした。

慎重に馬車を走らせる。村の入り口に差し掛かっても人の気配は感じない。

「静かね……」

急いで村を引き払ったそのまま、捨て置かれた空気だけが残っていた。乾いた残響だけが遠くこだましている。まるで──

(去った者を)

「去った者を嘲笑あざわらうみたいにとかありがちなこと思ってないですか」

にゅっと顔を出してラチェットが言ってくる。

「…………」

マヨールはきっぱり断言した。

「いいや全然思ってない」

「出てった時のまんまに見えますね。ナイーブ野郎はポエムなことを妄想するのかもしれないですけど」

「おかしい……またなんか嫌われてる……」

ぶつぶつ言いながらマヨールは馬車を停め、御者台から飛び降りた。

「二手に分かれて探索しよう」

去った者を嘲笑うかのように待ち受ける村の入り口を見やって、提案する。ここまでは順調だった。なにごともないなら引き返して戦術騎士団のアキュミレイション・ポイント攻撃に合流する成算を、まだ捨てずに済む時間だ。

荷台からすとんと滑り降りたラチェットが、隙もなくつぶやく。

「ナヨっちがちょっとした子供のおふざけにも耐えかねて別行動を取ろうとしている……」

「いやそういうわけじゃ」

「じゃあわたしはこっちと行きます」

ぎゅっとマヨールの袖を掴んで、ラチェットは告げた。イザベラにだが。

「いいんじゃない? なら、君たちがわたしと来なさい」

サイアンとヒヨを誘って、イザベラが組を決める。

腕に掴まったラチェットを見下ろし、マヨールはうめいた。

「あー分かった嫌われてるとか関係なくもうそういう扱いなんだなははははは」

「どしたの?」

不思議そうにイシリーンが言ってくる。

こんな時に助けになるとは到底思えない恋人に、マヨールはなおさらぐったりした。

「なんでもない……」

ともあれ、気を取り直して。

「それぞれ一回りしてから、またここで合流しましょう。ぼくらはまず、例の納屋のほうを見てきます」

「そうね。あいつはああ言ったけど──」

イザベラは肩を竦めた。

「魔術武器が残っていて、使えそうなら持ち出しなさい。ほっとく手はないわ」

「はあ」

一応この場では所有者に一番近いラチェットに、目で確認するが。

「いいんじゃないですか? どうせ邪魔っけの親父道楽ですし」

「……父親っていうのも報われないみたいだなあ……」

しみじみと独り言をつぶやく。

魔王の家──フィンランディ家は村の一番奥まったあたりだ。村の中を抜けて歩いて行く。入り口と同じく無人だ。

「ここは開拓初期からローグタウンだったのかな」

見回しながら言う。いわくのある村とはいえ様子がそう違うわけでもない。入り口から広場があり、そこには商店が集まっている。湖が近くにあるからか水は豊富なようだ。水路が通っている。

「そですね。村に住めないはぐれ者が集まって出来たみたいです」

「今では?」

「ここにしか住めない連中がまだ居残ってます」

「随分辛辣ね」

さすがにイシリーンも少し驚く。ラチェットは、はあとため息をついた。

「サイアンの家は引っ越しました」

「……寂しいってこと?」

「それは別に。学校行けば会えますし。他に学校行く理由もないですけど」

憂鬱そうに目の間をこすりながら、魔王の三女はどんよりと眼差しを曇らせた。

「そのうち戦術騎士団の魔術士だけの村になりそうで。うちはここから出られないですし……出ちゃいけないって法律まで作られちゃって。父さんのせいで」

「全部が彼のせいってわけでも──」

「せいですよ。甘いんです。厳しいことは言うくせに。いざとなれば戦争だ、いざとなればぶっ殺すぞ、いざとなれば……って口ばっかりでできないから、全部こんなことになってます」

「それは」

マヨールは言いかけて、ぎょっと息を呑んだ。腕にしがみついたラチェットは相変わらずの不機嫌顔だが。ぼろぼろと涙をこぼしている。

声にまったく出ていないのでなおさら驚いた。

「あの、ラチェット? 泣いて」

「ええ、まあ泣いてます」

平然と──と言うべきなのか、まだ涙が溢れているのだが──ラチェットはつぶやいた。

「ヒヨとサイアンに見られたくなかったから、間に合って良かった」

「大丈夫?」

イシリーンに肩を抱かれても、ラチェットは嫌がらなかった。

「大丈夫です。泣いてるだけ。しかるべき腺から出てるし健康にもいいはず」

「いやまあ、そうかな……」

「でも今回は、父さん、やるつもりなんです……」

その声は初めて、震えていた。うつむいて腕に押し当てられた顔が熱い。涙の熱か。そういうものがあるとすれば。

「それが今までよりもっと、嫌だって分かった」

「止められないよ。彼も言ったように、仕事なんだろう」

マヨールは静かに告げた。

「だけどひとりでやらせるわけじゃない。今回はね」

彼女の手に触れる。

ラチェット・フィンランディは──

「あ、この村、人がいますよ」

急に顔を上げて言い切った。

「え?」

涙の跡もない。袖に湿った感触も残っているから嘘泣きではないが。いや、そんなことよりも。

「人が?」

「空気がおかしいです」

「雰囲気ってこと?」

「違います。重いんです。気温と湿度と風向きを考えると、もっと風が吹いてもいいはず。この時間ならあの影も」

彼女は腕から離れて、近くの民家の屋根にあるニワトリの飾りを指さした。すっと指を下ろし、ニワトリの影の部分に注意を促す。

「角度がずれてる。普通じゃない空気の層が村を覆ってて、光が屈折してます」

「それって」

理解してマヨールもイシリーンも、空を見上げた。

見ても分からないが。上空がうっすらと陰ったようにも思える……

ラチェットは他人事のように結論を紡いだ。

「ガス人間が村全体を覆ってますね」

「そんなの──」

ないだろ、と言いたかったが。

目の前が渦巻いた。空気に形が生まれ、色がついて人の姿になっていく。見慣れた姿だった。騎士装束の男が剣を振り上げ、斬りかかってくる。

「炎よ!」

噴き上げた火柱がガス人間を溶かし去った。

だがそれで済まない。次から次へと同じクリーチャーが実体化し、周りを取り囲んでいく。イシリーンも術を放って一体を打ち倒したが別の二体に襲われて体勢を崩した。マヨールが横から援護してしのいでも、村中に何十ものガス人間が現れるのが見えていた。

それでもなんとか背中合わせに合流する。戦力外のラチェットを挟んで、マヨールは背中越しにイシリーンの声を聞いた。

「どうして! こんなに多く──リベレーターは戦力をこっちに置いたの?」

「船を守ろうともせず? そんなわけがない」

だとしたら大馬鹿者だ。要塞船はアキュミレイション・ポイントを押さえ込んでいる彼らの要なのだ。なにをおいても守らなければならない。

「こっち、近道です」

ラチェットに髪を引っぱられる。

「近いったって──あ、そうか」

マヨールも思い出した。ラチェットが走り出した先には雑木林がある。ガス人間の群れが立ちふさがるが、マヨールとイシリーンで炎を這わせて道を作った。

何度かやり合った相手だが今度の数は桁が違う。リベレーターがキエサルヒマから連れてきたのか、こちらで調達したのか……調整に使われた〝素体〟の人数を思うとぞっとする。

どちらにせよこれはほぼ全軍だろう。そうでもなければ説明がつかない数だが、ならばどうしてその全戦力がここにいるのか、やはりおかしい。

炎で身を守りながら林に逃げ込む。木々に隠されて木製の投石機が一台、置いてあった。

「どうやってこんなの手に入れたんだ?」

頬をひっぱたく枝を払いながら、マヨールはつぶやいた。本気で訊いたわけでもなかったが、ラチェットは気楽に答えてきた。

「こつこつ作りました」

「こつこつ?」

「三年くらいかかりましたけど」

素人の作ったものにしてはしっかりしている。木製で、シーソーのような形状だが。天秤てんびんの端はロープがくくられ、近くの木の枝に吊された重りにつながっている。重りは木板の格子と岩を組み合わせたものだ。

「使えるようにしてありますけど、一回で全員跳ばないと」

「やってみよう」

林の外、追ってくるガス人間らを見返して、マヨールはうめいた。炎が残ってまだ敵の足を鈍らせているが、長くはもたない。ラチェットを抱えてカタパルトに飛び乗る心構えをする。イシリーンもあとに続いた。

「これ、どうやって使うんだ?」

「乗るだけで跳びます。姉さん跳ばすために作ったので」

「よし、じゃあ一斉に──」

地面を蹴ろうとしたその時、ラチェットがつぶやくのが聞こえた。

「あ、姉さんより背の高い人は首をもがれないように」

「え?」

聞いた時には跳んでいた。

ロープの仕掛けが外れてカタパルトが作動する。足下からもの凄い威力で押し出され、頭上の木の枝が目の前に迫り──

すんでのところで首を引っ込めた。太い枝が顔面を直撃する寸前だった。あとは枝葉を突き破り、空の上に吹っ飛ばされる。

首は無事だったがそれでも半分気を失いかけていた。村の全景が見える。落ち着いて観察する余裕はなかったものの、自分たちがいた場所とは反対側で、やはり魔術と思しき爆発が起こっているのが分かった。イザベラだろう。

無人に思えたローグタウンだが今は大勢の人影が──それも同じ姿の人影が現れ、集まってこようとしている。マヨールら三人はそれを飛び越え、村の奥へと飛行していった。

いや飛行ではない。落下だ。落ちる場所は、この前のエッジと同じなら、フィンランディ家の庭のはずだった。

「翼よ!」

重力中和を唱えて激突を防ぐ。思ったより飛距離は伸びなかったが魔王の家に続く緩い坂道に着地した。

「納屋に」

ラチェットが指示してくる。マヨールに腰を抱えられている格好だが。

「武器を使って切り抜けるしか」

「それしかないか」

「ほらハイヨー」

抱えられたままのラチェットに背中を叩かれて。

もはや扱いについてはなにも言う気にもなれず、フィンランディ家の庭に入っていく。

そこも無人ではなかった。

だが大勢のガス人間がいるのではない。ふたりだ。どちらも知った顔だった。

ひとりはクリーチャーたちと同じ顔だ。しかし様子が違う。身に纏った雰囲気も。オリジナルの……確か、リアン・アラートとかいっていたか。ガス人間の能力を持った手練れの戦士だ。

その男に守られて。もうひとりは平凡なスーツ姿の男だった。すかしたような顔つきで、マヨールらを値踏みするように眺め回した。

「いずれ誰かがこの村を探りに来るだろうと張っていたが……逃したエド・サンクタムほどの釣果かどうか」

大袈裟に嘆息してみせる。

「残念ながら魔術戦士ではないようだな。どこかで見た顔にも思えるが」

「…………」

マヨールは返答しなかったが、覚えていた。

革命闘士の村で見たのだ。素体を集めるようボンダインに命じていた。リベレーターだ。

市議会に顔を出し、原大陸の不正を訴えたヒクトリア・アードヴァンクルに同伴していたという。リベレーターのスポンサー、開拓公社のジェイコブズ・マクトーン。

澱んだ瞳をこちらに向け、笑いを漏らす。

「おやおや。そこにいらっしゃるのはフィンランディ家の娘さんかな……?」

刹那。

抱えていたはずの身体が消え去った。

マヨールにはそう感じられた。突然、風のようにすり抜けていったのだ。今まで見せたこともなかったような軽快な動作でラチェットが飛び出した。数メートルの距離をほんの半歩で駆けるような、そんな足取りだ。右に走るようでその実、左に跳ぶ。

迎え撃つリアンの抜き放った剣をもかわした。前進しながら上体を捻り半回転、その時に見えたラチェットの顔は、あの三女のものではないように見えた。目が違う。鋭く隙がなく──エッジに似ている。

体捌きも同様だ。エッジにそっくりだった。そのまま腕を振り上げてジェイコブズに躍りかかる。人差し指で眼球を貫こうと。だが。