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「考えてみたら、わりと危険な仕事じゃない? ヴァンパイアに占拠されてるかもしれないわけでしょ」

今さらながらにイシリーンがつぶやくのを、マヨールは、それはどうかなと疑問を返した。

「神人種族に魔王術を仕組みに行くのとどっちが危険かっていうと、微妙なんじゃないか」

学校の馬車置き場へ行く道すがら、また例によって女ふたりをなだめている。

校内はまた騒がしくなっていた。クレイリーに続いて前校長が〝敵〟への反抗を宣言、しかも数時間以内に攻撃すると言い切った。おまけに門を破壊して反魔術士団体を恫喝どうかつしたのだ。相手を引かせる効果はあったのだろうが、中の不安も増したとはいえる。

怒って校内から出て行く者もいた。その多くはやはり非魔術士の生徒とその家族だ。誰かが出て行くたび、門外では歓声とも非難ともつかない声があがり……街へと消えていくかつての仲間の身柄がどうなるのか、避難民たちは噂した。そもそもここに避難した者は、避難しなければならないだけの立場だったのだ。それが外に出ればなにごともなくやっていけるというものでもない。

革命闘士の動向もはっきりとしていない。リベレーターに協力を宣言したボンダインは死んだ。カーロッタはなおも行方が知れず。だから、

「魔術武器のことがなくても、外を見ておくのは必要になるだろうな」

ついてきているイシリーンを振り返って言った。つもりだったのだが。

目をやった高さには顔がなく、視線を下げても違う顔だった。ぼんやりした不鮮明な仏頂面で、

「必要なことならうちの親父がやれってもんですよね」

「えーと」

ラチェット・フィンランディと顔を突き合わせて、マヨールは微妙にうめいた。

「なにしてんの?」

「いえ。ついてってるだけですけど」

「いや、だからなんでついてきてるの?」

見ると彼女だけではなく、サイアンとヒヨも一緒だ。イシリーン、イザベラに続いてずっと後をついてきていたらしい。

例によってやや苛ついたのか、ラチェットは眉間に皺を寄せた。

「だってわたしんに行くんですよね」

「まあね」

「じゃあいいじゃないですか」

「いや、危険──」

「それはどうかなって言いましたよ」

さらりと言って、マヨールを追い抜いていく。

追い越されたのはマヨールが足を止めたからだが。澄まし顔のラチェットとにこにこしているヒヨ、申し訳なさそうに頭を下げていくサイアンを見送りながら、マヨールはイシリーンを待った。

「君、あの子に言わされたわけ?」

「いえ。なんか合流してきた」

きょとんとして、イシリーン。マヨールは向き直って声をあげた。

「君の父さんは、じっとしておけって言ってただろ?」

「ええ、それはそうするって言いました」

背中を向けたままラチェットは言ってくる。

「そうしてないじゃないか」

声を大きくするマヨールにも動じず、

「だってあの場で逆らってたら油断させられないじゃないですか。ちゃんと騙さないと」

「言い切った!」

「父さんもこっちの言うこと聞かないし、お互い様です」

「そんなままな──」

「好きにさせなさいよ」

制止してきたのはイザベラだった。

かといってそれほど気乗りしているという顔でもないが。仕方ないと思っているようだ。

「あなたの言う通り、外はどうなってるか分からなくて危険ではある。頭数は欲しいし、それが土地勘のある人間ならなお悪くない」

「危険って言ったのわたしですけど。こいつは後乗りです」

イシリーンが言うと、イザベラは、あ、そう、とうなずいた。マヨールを指さして、

「じゃあ変更。危険の分かってないアホガキ」

「これだけ頭数がいてどうして味方がいない……」

ヒヨは結構使えるし、ラチェットやサイアンはローグタウンをよく知っている。ことに目的が村に敵がいるかどうかの探索であれば、後者は特に大きい。連れて行く利点がないでもないわけだが。

「馬車は使わせてもらえるんですかね」

諦めてマヨールは、目先の問題に意識をもどした。

ローグタウンになにごともなければ夜までには帰れるだろうが、ここで馬車が駄目なら市内で入手するしかない。貴重な馬車なのだからそう簡単に貸してもらえはしないだろうと思っていたが……

馬をつないだ馬車に荷物を積み込んでいる作業者に、ラチェットがつつと近づいて耳打ちした。相手が驚いたように目を見開き、いくつか言い交わしてからうなずいて走り去っていった。

ラチェットが言ってくる。

「使って欲しいそうです」

「……今、なんの話を?」

マヨールの問いに彼女は、荷台に積まれた雑多な品々を指さした。

「あの人たち、まあ要するに次の取引の代金にする値打ち品を積み込んでたわけですけど」

「値打ち?」

「学校にもそこそこ価値のある物もありますから」

「だろうね」

「わたしたちは強引にこれを借りて村に向かいますけど、途中で襲われて重荷を捨てて逃げ切りますよね」

「え? ますの?」

急に危ない空気を感じてマヨールは遮ったが、ラチェットは淡々と続ける。よっこらせと馬車の荷台に乗り込みながら、

「荷を捨てた場所はテキトーなのを報告して遺失。で、本当に捨てた場所はわたしたちのもの。あの人たちには口止め料で分け前」

「泥棒じゃないか」

「市内で馬車を強奪するのも泥棒です。こっちのほうが怪我人が出ないだけマシ」

「まあ、そうか……」

一応納得して、マヨールは御者席に乗り込んだ。

隣にイシリーン。イザベラとサイアン、ヒヨは荷台に隙間を見つけて身体を詰め込んでいる。

「にしても、あの人たちよく〝校長の娘〟の言うことを信用したね」

嫌われっぷりを見てもいたので疑問に思う。

荷台からひょこっと前に身を乗り出して、ラチェットは答えた。

「ていうか父さんの命令って言ったので信じたんじゃないですか。このくらいの悪事はしまくってるはずって思われてますから」

「それもまあ、そうなのか……」

馬車を動かす。

騒がしい前庭を抜けて門に向かう。前校長が吹き飛ばした正門は開け放たれたままだった。魔術戦士が見張っているが、今のところ出る者はいても入ってきた者はいないらしい……門外には反魔術士団体が集まっている。

近づいていくうちに、マヨールは意外なものを目にして声をあげた。

「皮肉かな」

「そうね」

イシリーンが同意する。

反魔術士団体は門外、やや離れた場所にバリケードを築いていた。木箱や土嚢どのうを積み上げたものだ。門を開けろと騒いでいたのに、開いたら今度は自分で道をふさごうとしている。

「俺たちが出ていったら騒動になるんじゃないか」

「その手はずも一応。なるべく陰気な顔してください」

「どんな顔だよ」

「あなたはそのままでいいです。そっちのお花頭の人に言ったので」

「わたしお花頭?」

微妙な表情で、イシリーン。

というよりマヨールこそ微妙な心持ちだったが。

「そのままで陰気ってどういうことなんだ」

馬車は門を過ぎ、校外に出て行く。

緊張を噛み締めて、言われずとも神妙にうつむいた。バリケードは未完成で道すべてをふさぐものでもなく、まだ馬車が通れるほどの隙間はある。集まった人々は学校から出てきた馬車を揃って見上げていた──すぐさまに石でも投げられるかと思ったが、相手も出方を迷っているようだ。

と。

「サイアン!」

声があがった。バリケードの周辺……ではなく、さらにその周りだ。群衆を抑えるように警備して回っている別の一団がある。反魔術士団体と別と分かるのは、立ち居振る舞いが素人のそれではないからだ。制服というわけではないがみな似たようなスーツ姿で、腰に拳銃も下げている。

マヨールは視線を巡らせ、こちらに駆け寄ってくる人影を見定めた。女だ。軽快に走りながら、手を振って周りに呼びかけている。

「わたしの息子です!」

そして。

たん! と跳躍して、馬車の荷台に飛びついた。速くはないとはいえ動いている馬車に飛び乗るのはそこそこの運動神経だ。それか、しばらく子供と離ればなれになっていた母親の突進力かもしれないが。

女の格好は、警備の一員のようだった。帯銃もしている。しなやかで強靱きょうじんそうにも見える。

あれ? と思い出す。

(サイアンを息子だと言うってことは……)

彼女は派遣警察隊の総監、コンスタンス・マギー・フェイズのはずだ。こんな前線に来ているのは意外だが、考えてみればここは現在、ラポワント市における最大の危機の焦点ではある。

強面こわもての、鬼のコンスタンスというのを想像していたのだが予想とは随分違った。マヨールが振り返ると、いつの間にかサイアンが荷台に立って彼女を迎えている。その様子は周りからもはっきり見えたろう。

「母さん」

「あなた、なにやってたの。拘置所のほうに来たって話が──」

と、彼女は視線を下ろして。

息子の足下、荷物の隙間に隠れているラチェットと目を合わせた、らしい──マヨールの位置からはよく見えないが。

およそ三秒。なにも会話はなかったが、なにかを理解したようだ。こう小声で確認するのがかろうじて聞こえた。

「……理由があるのね?」

それだけだ。コンスタンスは馬車から飛び降りて、追いかけてきた同僚や遠巻きながら注視している市民に答えた。

「問題ないわ。ついていけないから出てきたの。魔術士はいません!」

最後の一言は市民向けで、声が大きかった。

昨夜の襲撃や今度の魔王の宣言で、非魔術士には校外に出て行った者もいたので、今の話で通じたらしかった。荷を調べろとか、スパイかどうか取り調べろと声をあげる市民もいたが、派遣警察隊を押しのけて殺到といったことはなかった。

「随分あっさり通じたもんだな」

イシリーンに言ったつもりのマヨールだったが、こつんと後ろ頭をなにかでつつかれた。見ると紙を丸めた筒だった。荷台の物陰から、顔を出せないラチェットが突き出してきたのだ。筒の中から声が伝わってくる。

「派遣警察隊はこれまでも魔術士と裏で結託して悪事をたくさん──」

「人聞き悪いなあ」

サイアンがぼやく。が、半分は認めながら言い直してきた。

「でも確かに、サルア市長はカーロッタに比べれば親魔術士派ですし、母さんもラチェの父さんとは付き合いが長いみたいですしね」

「父さんの人付き合い範囲って、なんかその当時から変わってないっぽいよね。だから駄目なんだと思うな」

「まあ……そうなのかな」

道を過ぎ、派遣警察隊と離れれば市民がどう動くか分からない。マヨールは馬を急かして速度を上げた。もうコンスタンスの姿は見えなくなっていたが、馬車から飛び降りた際に見せた表情はやはり、息子の安否を案じていた。それが馬車をめもせず、保護しようともしなかったのはそのほうがまだしも安全と踏んだからだろう。

細かい積み重ねで結果が出来上がっていくのを感じた。前校長が門を吹き飛ばさなければ外に出るのにも一悶着ひともんちゃくあったろうし、他に出て行く者が誰もいなかったらもっと詮索されただろう。戦術騎士団の攻撃宣言がなければ派遣警察隊総監までここに出張ってきていたかは分からない。

因果の踏み台は探ればいくらでもありそうだ。ということは、今ここでこうしている行動も後になにかにつながるのだろうが。

途切れさえしなければだが。

市内にはヴァンパイアが入り込んでいるという。警戒しながらマヨールは道を急いだ。