18

「八時間後に開始する」

という宣言から、ミーティングは始まった。

魔王オーフェンがそれを口にしたのは正午。つまり二十時から始めることになる。戦術騎士団による、恐らく歴史上初めての公然たる大戦闘が。

初ということであれば他にもある──原大陸の魔術士社会はリベレーターをキエサルヒマからの初めての侵略とし、初めて断絶の決断を下す。

そして、その場にキエサルヒマ魔術士同盟がいるのもだ。

(戦争か)

マヨールは、改めてその言葉を味わった。

キエサルヒマと原大陸は、本当にまったく違うものになるのだ。

どういう言葉を使えば良いかも、知識では知っている──天人種族が人間種族に授けた知識の中にはその概念がある。国と国になるのだ。違う国同士に。

どうにか曖昧に留めてきたものが蓋を開ける。オーフェンが言っていたことが頭を過ぎる。

マヨールは席にもつかず部屋の隅から魔術戦士たちを観察していた。彼らの顔に迷いはない。少なくとも表面上には。ブレイキング・マシューなど嬉しげですらある。

オーフェン・フィンランディは無感情に、淡々と続けているように見えた。

「繰り返すが、騎士団の主力でアキュミレイション・ポイントに乗り込み、港湾に居座るガンズ・オブ・リベラルなる敵船を攻撃する。だがリベレーターの殺害は重要ではない。目的は、彼らが持ち込んだ神人種族、魔王スウェーデンボリーだ」

「えっ?」

声をあげたマヨールに、オーフェンはうなずいた。

「その通り。三年前、キエサルヒマに魔王術を伝えるために俺が送ったバケモノだ。リベレーターに力を貸している。ただ幸いにも、まだ遊びの段階だ」

「ですが敵がスウェーデンボリーなら……」

発言したクレイリーに、またうなずいてみせる。

「ああ。魔王術の封印も効かない。だが他に手立てもないからな。痛い目を見せてやらんとますます舐められる。言うまでもないが、奴との対決は俺がやる。要塞船に乗り込んでぶち殺す」

「リベレーターはどうやって神人種族を味方につけた?」

これはエド隊長の発言だ。

オーフェンは首を振った。

「だから、遊びの段階だよ。こうも早く裏切られるのは予想外だったが、リベレーターなんていうのは奴の本命じゃない」

「リベレーターは聖域を復活させていると俺たちは見ている」

「そっちが主題かもな。アイルマンカー結界だ」

「どうしてだ。魔王の存在理由は神人種族の抹殺だろう」

「だが一方で、奴がどうやっても勝てない神人がひとりだけいる──」

「ちょっとちょっと」

イザベラが遮った。苛立たしくしかめっ面で、

「わたしらにも分かるように話してくれない?」

「要は、そもそも魔王スウェーデンボリーが俺たちに魔王術を使わせている理由っていうのが問題でね」

ため息をついて、オーフェンは語った。

「魔王スウェーデンボリーは真なる世界主アイルマンカー、魔法の根源だが、魔術の存在で存在をおとしめられた。神人種族の中でも特殊で、神人の消失を望む唯一の神人だ」

「……それで?」

「神人種族を殺すことでこの世界を正常にもどせると考えている。が、問題があってな。魔王としての力は失っているし、仮にそれがあったとしても大敵である運命の女神……その三人目である未来の女神に勝てない」

「どうして?」

「未来の女神スクルドは、世界主自身が設定した、世界の終末だからだ」

「魔王が女神に負けると、どうなるの?」

素朴な問いだ。マヨールも思っていたのはその疑問だったが。

オーフェンは苦笑いを浮かべていた。

「分からんよ。世界の終末後がどうなるかなんて。だが魔王は自分が奴隷化されることを恐れているらしい」

「奴隷化……」

「まあ神人種族に屈して、力を永遠に利用されるようになることをかな。分かるかな。ドラゴン種族が魔術を盗んだように、神人種族が魔王術を使うようになる。神人種族は世界を望むように造り替え続けるだろう。自分たちの矛盾を晴らすため、果てしなくね。魔王がなにより怖いのは、その場合、永遠に神化できなくなる」

「ならどうして、わたしたちには魔王術を使わせるの?」

「理由はよっつだ。ひとつには他に仕方ないから。人間種族が奇跡的に運命の女神に勝利する可能性に賭けてる。次に、人間種族の問題としては巨人化のほうが深刻だと考えているから、自力で処理できるようにさせたい。もうひとつは人間種族は不安定で、能力を得るのも早いがあっという間に失うことも多いから」

そこまで言って、オーフェンは黙り込んだ。イザベラが促す。

「それでみっつね。最後のは?」

「分からない」

彼はあっさり断言した。片方の眉を上げたイザベラに、詫びるように続ける。

「からかってるわけじゃない。魔王自身が、もうひとつ理由はあるがしかるべき時が来るまで決して明かさないと言いやがった。クソ忌々しい奴なんだよ」

「クソねえ」

ため息混じりにイザベラが眉を下げる。

マヨールはまた会議室を見回した──この話、魔術戦士たちはおおむね承知していたようだ。

オーフェンは話を続ける。

「魔王にとって人間種族……巨人は切り札のひとつだ。奴の言い方をすれば、奴にとっての天使と悪魔だ。奴が人間種族を使って戦ったのは恐らく初めてじゃない。一千年前から幾度となく繰り返してきたんだろう。キエサルヒマで魔術の能力まで得て出てきたことは想定外だったようだが」

「それで今回、キエサルヒマ結界を復活させる理由は?」

質問をしたのはエド隊長だ。イザベラのせいで話が回り道したのが不快だったらしく、早口だ。オーフェンはしばらく考えてから答えた。

「見限ったのかもな。現段階で俺たちは女神に勝てない」

「つまり……」

「時間稼ぎのために結界を復活させる。だが問題はこれだけじゃない」

「近いうちに女神が来る、と魔王は踏んでいるわけだな?」

「ああ。それが間近に迫った、もうひとつの壊滅災害だ」

「姿を消したカーロッタか……」

陰にこもってエドがつぶやくと、オーフェンもまた暗くかぶりを振ってみせた。

「本当に勝てないかどうかは、試してみるしかないさ」

彼は立ち上がり、壁に貼り出された地図に手をやった。無数の書き込みを振り払うような手つきで、ラポワント市とアキュミレイション・ポイントを指さした。

「攻撃は一撃で行う。八時間というのはこちらに必要な準備と、敵方にも準備をさせるためだ。奴らは優勢だが、戦術騎士団の戦力を恐れてもいる。港湾に奴らの手勢を集めさせて、その上で全滅させる。残党を残して後を引かせるわけにはいかない」

「全力で攻撃を仕掛けるとなると、こちらが手薄になります。反魔術士団体も最後までこちらを恐れていてくれるかどうか……」

クレイリーの指摘にオーフェンは同意した。

「つてを使ってキルスタンウッズに声をかけた。奴らと手を組む。リベレーターと開拓公社が力を増すのを一番嫌がっているから、市議員たちより付き合いやすい」

「つてとは?」

「それは言えん。だから聞かなかったことにして欲しいが大統領邸のルートだ。キルスタンウッズも表だっては協力してもらえないが、タイミングを見計らって市内に入ってくる。もし暴動が起こるようなら学校の防衛に加勢する。なにもなければ借りの作り損だが」

ぱん、と壁の地図を叩いてクレイリーに念押しする。

「騎士団も、敵を引きつけるよう直接港湾にではなく、アキュミレイション・ポイント市街から攻め入る。敵は逃さない。あとは避難組のほうも自衛の態勢を整えさせろ。使えるものはなんでも使え」

矢継ぎ早に告げてから、オーフェンは一息ついた。

「正直なところ、魔王とのタイマンなんてのも本題じゃないんだ。俺が勝っても負けてもお前の戦いは続くが、お前がしくじればすべては終わりだ」

「わたしには逆に思えますが」

複雑そうにクレイリーが言う。

「そうか? だとしても先に言ったもん勝ちだ」

彼は一蹴し、あくびした。

「……俺は眠ったほうがいいな。八時間以内に魔術戦士の部隊分けをしろ。可能なら校内に残せる者もいたほうがいいのは言うまでもないな」

話はそれで終わりとばかり、机を回って退室しようとする。魔術戦士たちの動きのほうが素速く、駆けるように会議室から出て行った。

残ったのはマヨールたち、キエサルヒマ組だった。さっきから行ったり来たりで取り残されている気がする。近くを通りかかったオーフェンに、イザベラが話しかけた。半身で振り返り、不機嫌に。

「うちのふたりを使うって?」

「できれば君もだ。ご覧の通り騎士団は手一杯で、用事を頼める余裕がない」

「簡単なこと?」

「どうかな。聞いた話じゃ、その剣は機能してるんだな」

彼が視線で示したのはマヨールが提げていた世界樹の紋章の剣だ。

「ええ。それで──」

「聖域の復活だろ。それはいい。どこで手に入れたか覚えてるか?」

「……あ」

マヨールは言葉を失った。確かにまずい。見るとイシリーンも口に手を当てて表情を引きつらせていた。

「なんなの?」

不思議そうなイザベラに、マヨールは説明した。

「これはその、オーフェンさんが、実験で造ったものなんです」

「らしいわね」

「うちの納屋に同じようなもんが山ほどある」

「えっ?」

「中には城攻め級の代物も。ローグタウンが放棄されてるなら、敵の手に渡ってたらまずい」

「革命闘士もリベレーターも、こんな品の存在は知らないはず……ですよね」

恐る恐るマヨールは訊ねた。オーフェンは難しげに顔をしかめ。

「そのはずだ。が、魔王の家を家捜ししたがる奴はいるかもしれない。どんなことになってるか想像つかない」

「先乗りして確かめろってことですか」

「馬車か馬を手に入れてローグタウンに行ってくれ。騎士団の連中と違って、君らはまだ顔も知られてないからまだしも動きやすい。魔術武器の行方を確かめて欲しい」

「もし、失われてたら?」

イシリーンが問いかける。

オーフェンは腕組みした。

「神人信仰者は基本、魔術武器は使いたがらない……よほど追い詰められなければだが。どこかに捨ててくれたならそれでいい。リベレーターの手に落ちていた場合が厄介だな。戦いに持ち込まれたら被害が広がるかもしれない」

「魔術戦士に?」

「街にも。今、大統領邸にはなるべく借りを大きくしたくないんだ」

「まあ、確認してからの話よね」

イザベラが腰を上げた。身体を伸ばして続ける。

「急ぎの話なら、あなたがシュッと空間転移させてくれれば楽なんじゃないかと思うんだけど」

目が少し輝いている。これはどちらかというと魔王術の手並みを見たかっただけかもしれないが。

オーフェンにはすげなく断られた。

「馬車で移動する一時間か二時間を短縮したところで意味はない。仮に間に合わなかったのが二時間の差なら追跡できるだろ」

「ケチね」

「契約触媒の怖さは侮れないんでね。夜には戦術騎士団をアキュミレイション・ポイントに転移してやらないとならないから、どうしても必要でない限り使いたくない」

彼の言葉にマヨールは、ほとんど反射的に指摘していた。

「あなただけは魔王術を使っても喪失がないと、エッジが言っていました」

「…………」

わずかならぬ沈黙。オーフェン・フィンランディが目を伏せるのを、マヨールは見た。

「今まではそうだったが、俺は信用する気がしないね。どんな落とし穴があるか分からない」

「必要性というかメリットなら……魔術武器が残ってたら、急いで持ち帰れればこっちで使うこともできるでしょ?」

イザベラの提案は、またさらに彼を考え込ませるくらいには的中していたようだ。が。

「君だって昔は天人種族の遺跡から出たわけの分からない代物で苦労させられなかったか? 忘れてるなら忠告するが、天人種族の魔術道具は有益なものばかりじゃない。大勢の命を預かるようなデリケートな状況で使わせたくはないな」

すらすら答えるその口調は嘘でもなかったろうが。

と、思い出したように彼はこちらを見た。世界樹の紋章の剣を指さす。

「マヨール。その剣も、なるべくは使うな」

「どうしてですか?」

「術に欠陥がある。ヴァンパイアを樹木化して行動を封じるが、強大化を促しているということでもある。樹木への変化がなにかの理由でしくじれば、強大化したヴァンパイアだけが残る。成功率がどれだけのものか、参考例が少なすぎて分からないしな」

「……なるほど」

とは思うが、マヨールにとっては通常術の通じなくなったヴァンパイアを封じる唯一の手段だ。オーフェンもそれは分かっているから、取り上げようとはしないのだろうが……

「ねえ。思ったんだけど」

イザベラは遠慮もなく切り出した。

「あなたがこんな魔術文字の実験なんかしたのは、アイルマンカー結界を造る可能性を考えたからじゃないの?」

ぴたりと。

何度目かの小さい動揺だが、魔王オーフェンはかえってすっきりしたように笑みを浮かべた。

「口達者でやってるのでなければ、可能性なんて言い方はすべきじゃないな。1%なのか99%なのかで話はどっちにもなる」

「そうかしら。それほどは違わないんじゃない?」

言い張るイザベラに、彼はこう答えた。

「アイルマンカー結界の再構築か魔王術か、どちらを取るか一度も迷わなかったと言えば嘘になるさ」