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「もう二度と、死にたいたぁ言わないこった。医者はなんでもできるんだ。腹に手ェ突っ込んではらわたを縛ってやりゃ、口からクソが出るようになるよ。医者にゃ逆らわないこったね」

「腸を縛ったら結局死ぬんじゃない?」

「うん。まあ……死ぬね。でも苦しいよ」

ともあれ、死を乞うのだけは無駄だと思うようにはなった。

逃げ出したくなることはないでもなかったが、怪我のせいでベッドから出るのもままならない。身体に釘を打ち付けられたのかというくらい、持ち上げられない。

〝医者〟が言うには、

「動けば痛いってのを身体が分かってんだよ。オツムのほうはまだ分かっちゃいないようだが」

という話で、それは分からないでもない。

「でもさ、じっとしてるのはツライんヨ。知らなきゃなんないコトがたくさんあるし……」

ベイジットは訴えたが、メアリーは煙草を吹かしながら口を曲げ、肩を竦めるだけだった。

彼女は外の様子を教えてもくれなかった──というより話しているうちに、村の外のことはメアリーもよく知らないのだと分かってきた。メアリーは革命闘士と戦術騎士団の争いを〝余計な喧嘩〟と言い切った。資本家への反抗も、要は自分も資本家の身分になりたくて拳でねだってるだけ、と吐き捨てた。メアリーは争いそのものを嫌っていた。足りないものを奪い合うから喧嘩になる。そしてこの世の金をどれだけ掻き集めても全員に行き渡らせるには足りないのも分かっている。

「ちょっとでも欲しがった時点で、それは誰かから取り上げるしかないのさ。だからちょっとも欲しがっちゃいかんのよ」

「じゃ、ナンにもなしで生きてくの?」

「愛があんだろが。息が詰まってせ返るくらいありふれてるよ。みんながその気になりさえすりゃね」

愛の村とは、そういう考えで集まった者たちの理想郷……らしい。

逆にこの村の外で、この連中の噂を聞いたことがなかったのが意外だった。こんな変な話はすぐに広まりそうだ。ベイジットはしばらく話して、この疑問にもなんとなくの回答を見つけた。つまり、メアリーの話は本気なのだ。お題目でなくこの村は貧しく、ろくなものを持たずにみんなで分け合って暮らしている。なにもない村だから、開拓者も街の人間も、誰ひとりとして興味を持たない。

同じように愛の村の住人は、外の出来事になんの興味も持っていない。彼らにしてみれば外のほうが遥かに貧しく、メアリーたちの欲しいものなどひとつも持っていないということになる。十分と煙草を離せないメアリーは、生きるのに必要なのは吸うものと心臓の鼓動だけだと語った。

「それが医学ってもんさ」

彼女の医者っぷりには甚だ疑問を抱きつつあったベイジットだが、とにかくこの怪我が治らないうちは言うことを聞くしかなかった。食事は肉と芋と豆のスープで、不味くはないが毎回同じだ。それをメアリーに食べさせてもらって、ようやくなんとか生きているのだ。

初めて魔術について真剣に考えざるを得なくなった。これほどの重傷を治癒させる高度な術は、兄でも簡単ではないだろう──父や母でも可能かどうか。それでもきっと、ベイジットが寝ているのが家だったら、誰かが治してくれたに違いない。

(参ったなァ……)

それが自前でできるほどの魔術士だったら、今ここにいたかどうか。

少なからず嫌な想像だった。もしエリートの魔術士だったら、自分もまた魔術士連中とだけ仲良くしていたいと思うような奴だったんだろうか。

気が滅入ってくるのでなにかとメアリーに話しかけるのだが、彼女の話はいつも同じだ。愛。あと脅迫を伴わずにいない医学。

ただひとつ、教えてくれることはあった。ビィブのことだ。

「子供は元気だよ。向こうの、バックルってじいさんの家で面倒見てるけど、跳ね回ってて外に出さないでおくのでやっとだってさ」

「ずっと家の中に? 怪我はないんでしょう?」

「外ってのは、村の外だよ」

「……へえ」

元気というのは……どう言えばいいのか、意外だった。目の前でレッタが死んだというのに。

閉じられたカーテンの向こうに外がある。ベイジットはそれを眺めたまま、ベッドの上で過ごした。動ければすぐに出られるのに。

あれ、と思い出した。

「アタシの銃は?」

気を失う前、持っていたような気がしたのだが。そういえばあの時いたのがバックル爺さんとやらだったのだろうか。やはり意識が朦朧としていたようで、記憶が錯乱している。爺さんは下半身裸だったような気がしてならなかった。

ともあれメアリーは、拳銃の行方については隠しもしなかった。

「あれはバックルが預かってるよ。使い方を知ってるのは爺さんだけだからね」

「そう」

巡り合わせかもしれない。拳銃はベイジットより、ビィブの手に近い場所にある。


(構成を……編んで……事象を置き換える……)

夜中ひとり天井を見上げ、同じ言葉を思い続けた。

魔力を魔術として制御できなければ、魔術士は生きられない。

力は暴発すれば何処どこに向かうか分からないからだ。幼い魔術士が最初に身につけないとならないのは、それだ。必要なければ力を使わずにいること。

ベイジットにとってそれは容易だった。魔力を扱うという感覚自体がよく分からなかったのだ。赤ん坊は立つことを覚えれば、目的地などなくても歩こうとする。そのたとえで言うなら、ベイジットは周りの人間が立っているのを見て自分もそうしないと奇妙に思われると頭で判断するまで、立とうと思いつかなかった、というわけだ。

「あの子の力は弱い。伸ばすより、無駄にしないことを目標にするのが現実的だ」

両親がそう話しているのを、何歳の時にだったか、聞いた。

せめて無駄にはすまい──それが自分の評価だと知った。兄とは違うし、両親とも違う。《とう》の魔術士たち誰とも違うのだ。

しばらくは抗った。魔力の強弱は、魔術士自身にも説明できない不可思議の最たるものだ。結果、天賦の才としか言い様がないのだが、突如として強くなる者もいれば急に力を失うこともある。魔術士の憂鬱として知られる現象だ。

ベイジットはそれを信じた。気の持ちようか、努力か分からないが、自分の魔術もなにかのきっかけでものすごいものになるのではないかと。今のように人知れず、天井に向かって念じ続けたのだ。

その時はなんにもならなかったし、今ではもう信じる力すらないのだが。ベイジットは思い出しながら、唱えた。

(構成を……編んで……事象を置き換える……)

この言葉をベイジットに教えたのは、兄だ。

いかにも兄らしい。教科書にも載っているし、教師の誰に質問しても同じ言葉が出てくるのではないかと思う。魔術のコツってなぁに? と訊ねたのだ。兄はそう言った。魔術っていうのは、構成を編んで事象を置き換えることだ、と。

今となってはもう魔術の達人になどなれなくてもいい。一度きりのまぐれでもいいから、この怪我を治したいだけだった。そうしなければ……

(そうしないと、なんだってんだろ)

胸の隙間に割り込むつぶやきが、集中を萎えさせた。

治せないとどうなるのか。起き上がれない。起き上がれたらどうするというのか。それがない。

数日前なら。起き上がってからやらねばならないことはいくらでも思いついた。歩いて情報を集め、状況を把握し、目的を達成するのだ。

このまま眠ってしまってもいい。眠ってしまうほうがいい。しくじったのだ。全身全霊をかけて大きな目標に手がとどくかと思った。しかし駄目だった。居場所を見つけられたかもしれないと思ったのに〝隊〟はみんな死んでしまった。最後には我も忘れて魔術まで使った──けれど、レッタひとり助けることもできなかった。

(ああ、そうか)

なまくらの皮肉が心臓に刺さる。

(やっぱり、無駄だったってことなんだ)

また泣いた。泣き疲れて意識が途切れた。

夢の中でもまだ泣いていたのだろう。泣きながら、なにかに見られていると気づいた。暗い、四角い闇の中から。獣のような赤く鋭い目に。

悪夢の怪物は切れ上がった口の端から牙をのぞかせ、ベイジットをじっと見ていた。

泣いているのか、と言った。

ベイジットは激しくしゃくり上げて、うなずいた。他にはなにもできない。ただ泣いて、その怪物に言われるがまま、認めるしかなかった。

アタシのせいなんだヨ!

なにがお前のせいなんだ?

分からないヨ! でも全部アタシがやったんダ!

お前がなにをした?

アタシが全部悪いんだ! ダッテ──

「魔術士で、馬鹿で、出来損ないだから……」

口走った寝言が自分で聞こえた。

あまりにも激しい夢で、飛び起きていた。そのままベッドから転がり落ちそうに。窓に向かって手を伸ばしていた。

そして。

「…………?」

身体を見下ろした。包帯と、嫌な臭いの薬はそのままだが。痛みがすっぽり抜け落ちている。

触って確かめた。驚きに目を見開いて包帯を引き剥がした。怪我はない。べたべたを指でこすり取るように何度まさぐっても、肌には傷痕すらなかった。

ふわりと風が頬を撫でた。涙の跡を拭うように。

窓を見る。カーテンの開いた窓から、四角く暗い夜の闇が静かにのぞいていた。