13

看守の気配がなくなって、そろそろかと思い始める。

というより、ようやくかと。魔王オーフェン・フィンランディは牢の中を見回した。

牢といってもここは拘置所だ。囚人を虐待する牢獄でも捕虜を拷問する基地でもない。ひとり用としても手狭な普通の部屋に、頑丈な扉と窓には鉄格子。鍵は外からしかかからない……扉にはのぞき窓もあるが基本的にはプライバシーも守られている。扱いは総じて、悪くはない。

扉から、鍵を開ける音。慣れずに何度かやり直しているのでこの施設の人間ではない。

「失礼します」

学生が校長室に入ってくる時のような様子で、若い男が顔を見せた。背が高く端整で真面目、従順そうな見た目の。

「ひとりか?」

オーフェンは訊ねた。はい、と若者は答える。

そして余計なことを付け足しもしない。彼はじっと、こちらを見たまま黙していた。

語らずとも分かることはいくつかある。彼がひとりで来たのかどうかも、そのひとつだ。他に誰もいないのだから。

護衛もなく、軍警察の監視もなく、扉の外から確認もせずに鍵を開けた。これだけでももう、話のすべては済んだと言っていい。

しかし言質げんちを取らねばならない。これも手続きというものだ。

先に、若者のほうが口火を切った。

「学校に避難しているはずのぼくの従弟いとこが、この拘置所の前にいきなり姿を見せたっていうのはご存じですか?」

彼の言う従弟というのはサイアン・マギー・フェイズだ。まあ、家族ぐるみの付き合いと言っていい。昔は彼らもローグタウンに暮らしていたのでラチェットとは幼馴染おさななじみで、よく遊んでいたようだ。今もともに魔術学校の生徒で、これも一緒に落ちこぼれているらしい。

オーフェンは若者を眺めた。ヴィクトール・マギー・ハウザー。原大陸では魔王と並んで悪名高い、アーバンラマの元資本家三魔女の長女ドロシーと、大統領エドガー・ハウザーの息子。二十三歳で、無官だが大統領邸で働いている。公的な扱いとしては確かメッセンジャーだ。

まあ、ここにはそのメッセンジャーとして来た……と言えるのか。無論拘置所の鍵を開けるのは違法もいいところだし、彼はここにいないことになっているのだろう。アリバイがなんだかは知らないが。

オーフェンは首を振った。

「さあ。そうなのか?」

「あなたの手引きではない?」

形の良い眉を引き締めて念押ししてくる。オーフェンは床に座ったままそれを見上げて──これはこの狭い部屋で一番楽な姿勢なのだが──、訊き返した。

「なんの意図でそうする?」

「分からないから訊いているんです。あんなのでも一族だ。昔からあなたの娘に使い走りにされて──」

「そこまでやわな小僧でもないだろ。もう十五だ」

ぼんやりと告げると、ヴィクトールは薄笑いを浮かべてみせた。

「あなたが十五の時はどうだったんですか?」

「俺の十五の時のことを、君が興味を持っているとは思えんね。ついでに言うと従弟のこともだ。魔術学校の内部事情を俺が把握しているかどうか探りたいんだろう。手間を省くと答えはイエスでノーだ」

彼は生真面目にこだわった。

「どういったイエスで、どういったノーかが大事なんですが」

「俺は娘の頭の中なんてさっぱり分からないが、おおよそのことは想像できる。相手が魔術戦士でもそれは同じだ」

「自由革命闘士やキエサルヒマならどうです?」

「そっちはお前らのほうが詳しいはずだろ。ズルけて人に訊くな」

「…………」

言い合いに一段落ついて、ヴィクトールは間を置いた。

手続きに過ぎない。会話としての頃合いというやつだ。役人はそんなことに変にこだわる。

それは大統領邸そのものにも言える。大統領邸は基本的に、官僚の組織だ。政治家の集まりである議会とはそれなりに違う。違う利点があるし、違う欠陥もある。もともと有事を想定して組織されただけあって、大統領邸は厄介ごとに対して機動的で、専横な機能を持っている。直属の軍隊である軍警察もそのひとつだ。規模と武装でいえば原大陸で最大の戦闘集団ではある。

オーフェンは黙って相手の次の句を待った。ヴィクトールは乱れてもいなかった襟元を直す仕草だけした。

「政治的手段ではリベレーターを止められそうにない。と大統領は認めたようです」

「リベレーターを糾弾することに決めたのは、アキュミレイション・ポイントの暴動で出た被害からみなの目をらしたいからだろう。何人死んだ?」

「恐らく百人前後……」

即答してからヴィクトールは咳払せきばらいした。

「意地の悪いことを言いますね。でもあなただっていつでもここを出られたのに、我々が折れるのを待ってたんでしょう。ですが残念ながら、現状では大統領邸は公にあなたを支持するわけにもいきませんよ」

「ほとぼりが冷めた後に魔術士社会の地位回復を約束してくれればいい」

こちらから話すべき用件はそれだけだった。

オーフェンは立ち上がると、頭を掻いた──これからはまったくの無駄話だ。が、それでも口から漏れた。

「これは口約束だから、俺はお前たちの身も守らないとならないわけだ」

「機嫌が悪いですね」

ヴィクトールも言いながら、もう帰る体勢になっている。

その背中にオーフェンは告げた。

「少し違うな。お前が嫌いなだけだ」

「どうしてです?」

「そういう、こまっしゃくれたとこだよ」

もっとも、総合的に言えばヴィクトールは好青年だ。

好青年以外の何者でもない。なんとはなしに……別の若者のことが頭を過ぎった。そちらも馬鹿真面目な若造だが、どこか違う。ヴィクトールは出奔した妹を追って海を渡ってきたりはせずに、専門家に任せるだろう。それが正しく、賢いやり方だ。

(……そうだな)

十五の時に家族も名前も捨てて《とう》を出たりもしないだろう。

正しく好ましく。大統領邸はこの一件で、原大陸での影響力を増す算段を立てているのだろう。戦術騎士団が失墜して革命闘士も共倒れになることを予定しているはずだ。

最後に、こう話した。

「戦術騎士団はこれから全力でリベレーターを攻撃し、そのままカーロッタと戦うことになる。大統領に伝えろ。壊滅災害はふたつだ」

「……防げますか」

「やってみるさ」

ヴィクトールが去ってから一時間後には、オーフェンも拘置所から姿を消した。