魔術戦士たちは堂々と正門から凱旋がいせんした。

批難の怒号や物まで投げつけられる中、分かりやすく縄をかけられ召し捕られているマヨールは思わず身を縮ませたが──魔術戦士たちの監視の上で門が開き、校内へと入っていってもその機に乗じて抗議者が押し入ってくることもなかった。重い鉄扉が背後で閉じ、がちゃんと大きな音を立てて外界を閉め出すのを見やる。外に群がるラポワント市民は時刻のせいもあってそう多くはなく、門にぶつかってくることもない。彼らがまだ冷静だとも言えるが、魔術士が本当に恐れられているということでもある……

「隊長」

シスタの声で意識が前方にもどった。まだ校庭の入り口だが、出迎えが来ていたのだ。

「滞りなく済みました。被害はありません」

「そうか」

答えたのはエド・サンクタムだ。戦術騎士団を率いる魔術戦士だ。

実は数日前にも顔を見ている──その時は敵の手に囚われ、ぼろぼろの姿だった。今はさすがに回復したようだが、やつれた気配はまだ残っている。

出迎えは他にもいた。こちらも見覚えのある顔だ。

「ラチェット!」

相変わらずのむすっとした顔で突っ立っている少女に、サイアンが声をあげる。駆け寄ると彼女はぼそりと、

「どだった?」

「どうって。やっぱりぼくが行く必要なかった感がばりばりだったけど」

言われても、ラチェットはまったく動じなかった。

「そんなことない。警察といえば身内に甘いから効果大だったはず。コネ野郎。公正の敵」

「この状況下だとかなり微妙だったと思うけど」

「マッポ犬は己にも自覚なく尻尾しっぽを振りながらそう言うのだった」

正直、親の七光ということであれば(前)校長の娘にそうも言われるのは微妙ではあったろうが、それもなかなか言い出せないようで、サイアンは言われるがままだった。ラチェットの横には(これもどこかで見た気がするが)同級生らしい金髪の少女がにこにこ笑ってサイアンにいたわりの気配を投げている。気配だけの薄いねぎらいだったが。

と。

目の端でなにかが躍って、拘束されていた腕が急に解放された。思わずよろけながら顔を上げると、マシュー・ゴレだ。かなりしっかり結ばれていたはずだが、さっと触ったくらいの手早さでほどいてしまった。なにかの仕掛け結びだったのだろうが、そういえば結んだのもこの男だった。彼はイシリーンとイザベラのロープも同様に解いた。近づかれた際にイザベラがまた睨みつけていたが、今回はまったく目に入らないように無視された。

マシューはロープを束ねて懐にしまい、エドに向き直る。

「それでは、自分は本来の任務にもどっても良いでしょうか?」

猫をかぶったような声に、エドは軽くうなずく。

「ああ。ベクターももどれ。こいつらは、まあ……こちらで適当にやっておく」

マヨールらのことだ。

随分といい加減な扱いだが──そもそもマヨールは腰に下げていた剣を取り上げられもしなかったし、イシリーンもチェーンウィップを返してもらっている。

「舐めきった態度をしてくれるわね」

手首をこすりながら、イザベラがエド隊長に食ってかかる。

だがそれこそエドはきょとんとした面持ちで、

「危険だと感じていたら、ここまで生かして連れてこさせはしない。そうだな……舐めきってはいる」

「この前あなたを助けたのはわたしたちでしょ」

「そうだ。だから舐めてる。まあ、噛みつくな。こちらなりの事情はある」

手を振ってイザベラをあしらう。

マシューと髭の魔術戦士──ベクターとやらはさっさと校内の奥へと引き上げていき、シスタだけが冷ややかにこちらを監視している。ラチェットたちの三人はもう周りには構わず好き勝手な話をしていた。

「これで馬鹿は止めたんだから、今日のやること終わりだね」

「そうかな。おばさんは多分、ちゃんと古着のノルマもやれって言うと思うけど」

「サイアンがいない間、わたしたち結構やってたよー」

「うん。だから残ってるのはサイアンの分だけ」

「げ。そういう展開?」

「なんでげなの。ちゃんと手伝うよ。今のげ傷ついた。めそめそ寝込む気がする」

「難癖つけてサボるパターンに入ってる……」

「その後おばさんに叱られてラチェひとりでやるパターンでもあるよー」

そんな子供たちも、シスタは冷たく睨んでいるのだが。

「騎士団連中、なーんか機嫌悪くない?」

こっそりと、イシリーンが囁いてくる。

「みたいだな」

原大陸の魔術戦士など、もともと無愛想な連中だろうとは思うが。

そんな中、ひとり泰然としているエド・サンクタムが言ってくる。

「お前たちの身柄だが、こいつらが預かるそうだ」

と指さしたのは──ラチェットたちだ。

「うん」

ラチェットが急に話に加わった。ぐるりと首を回し、ふんぞり返ってみせる。

「命を助けてあげたんだから恩に着て、こき使われてください」

「…………」

しばし、ぱちくりと静止して。

「ハア?」

突き刺さらんばかりに鼻息を吹いて、イザベラが声をあげる。

ささっと素速く、ラチェットはサイアンの背後に隠れた。

「えーと……」

自分も逃げたそうなサイアンの背中をがっしと捕まえてラチェットは、

「大丈夫。あの殺意の電磁波は人体を貫通しないはず」

「殺す時は気じゃなくて拳でやるわよ」

「まずい。わたしはともかくサイアンが大怪我してしまう。ひとつしかないかけがえのないサイアンなのに」

「そう思うなら前に押さないで欲しいんだけど……」

凶暴化したイザベラとラチェットらがじりじりやり合っている横で、どうでもよさそうにエドが話を続ける。

「どうしたいか知らないが、我々はそういう約束で手伝っただけだ」

「うん。手駒ができたら騎士団を煩わせないよ」

「ああ。作戦会議には明日も来てもらうぞ」

「はーい」

そしてとうとう、エドとシスタも立ち去ってしまう。

捕らえたのは彼らだというのに、どうも取り残された気分だった。なんだったら牢屋ろうやにでも入れられたほうが落ち着いた気もしてくる。また地下にでも。

ともあれマヨールは引っかかったことがあって、訊ねた。ラチェットに。

「命を助けたっていうのはどういう意味なんだ?」

「え? 生きてるよね。死んでんの?」

驚いたようにラチェットが目をみはる。

この魔王の三女と話す面倒くささを思い出しながら、マヨールは訊ね直した。

「死んでない。でも今夜窮地に陥ったのは君たちのせいなんだろ、今の話だと」

「うーん……命を助けて恩に着せるのって案外難しいね。助けちゃったら踏み倒されるし、死んだ後に助けても意味ないし……ていうか助かってないし……」

「ちゃんと説明してくれればそれで済むだろ」

「ええー?」

どうしたものか嫌そうにうめくラチェットに、ようやくイシリーンが助け船を出してくれる。

「とにかくさ、差し支えなければ、立ち話はやめない?」

真っ暗な校庭と、篝火かがりびかれた門外を視線で示し、

「ここ落ち着かないんだけど」

「そだよね。来てください。部屋、用意してあります」

まったく無害な澄まし顔で、ラチェット・フィンランディは校舎の方角に腕を振った。

スウェーデンボリー魔術学校。現在、ラポワント市民や反魔術士団体に包囲され、主に魔術士の避難民が立てこもる最後のとりで

昼には見上げていた壁の内側に連れ込まれて。マヨールはまだこの時にはそこまでの重大事とは思っていなかった。この娘の戯言ざれごとに付き合うことが。