戦術騎士団という言葉に含まれるニュアンスというのは、もちろん語られる場によって違ってくるだろう。

ここスウェーデンボリー魔術学校でそれを語るのは、もちろん主に魔術士の学生たちだ。前校長は騎士団の顧問であり、もとは彼が騎士団を築いた。その目的は神人種族による壊滅災害に対処できる実用的な魔術戦士を組織すること。人間を怪物化するデグラジウスとの戦いにより、ヴァンパイアを倒すこともその役割に含まれた。

デグラジウスの後は壊滅災害は起こっていないので、サイアンも神人種族なるものの記憶はほとんどない。ここ十年ほど、学生たちにとっての戦術騎士団は、花形の就職先といったイメージだった。年に数名の、一級の魔術能力を備えた志願者だけが魔術戦士となり、街や辺境のヴァンパイア事件に対処する。自由が少なく気楽な仕事とは言い難いが保障は手厚く、それに──恐らく魔術士にはこれが大きいのではないかと思えるのだが──市議会の管理を受けているとはいえ実務においては最も自由裁量が認められた組織ではある。

世間ではまた違う見方をされていただろうし、サイアンの身近で、非魔術士の生徒の捉え方というのはかなり違う。カーロッタ村の自由革命闘士はかねてから、資本家と魔術士の専横の装置として戦術騎士団を批難してきた。彼らの主張は、いかにもの陰謀論に聞こえたのだが……

リベレーターの登場で、また話が違ってきた。様々な見方の様々な人々は、掛け声でもかけられたように一斉に混乱した。それをほとんど認める形での、公聴会での前校長の証言がとどめを刺した。

失墜した戦術騎士団だが、彼らが今、学校を守っている。基地がなくなったのでここに居座っているだけだ……と言う者もいる。が、魔術戦士がいなければラポワント市で市民に囲まれたこの学校は、とっくに乗り込まれて破壊されていたかもしれない。包囲をしている市民団体の中には、革命闘士も入り込んでいるという噂だ。

(複雑な気分になるよな)

サイアンは胸のうちでつぶやいた。

(知らないうちに床と天井がひっくり返ってた感じだ)

戦術騎士団の作戦会議は最も広い、大会議室で行われていた。

サイアンらのいた部屋とは同じフロアだしそう離れてもいない。校長室を通り過ぎてすぐだ。もちろん学生には用のない階でサイアンも来たことはあまりなかった。

シスタが到着を告げ、扉を開ける。中は静かだった。人が大勢、長時間閉じこもっていた空気が漏れてくる。シスタに続いてラチェット、ヒヨが入っていくのを見てからサイアンも入室した。

真正面に偉そうな誰かがでんと構えている──のを予想していたのだが、入り口から見える席は空だった。シスタがすぐそこに向かっていく。彼女が座っていたようだ。

見回すと、まず目についたのは車椅子に座ったクレイリー校長だった。もとは副校長だが、前校長が引退してからのこのゴタゴタのすべてを引き受ける形で、彼が就任した。いつでも明るい顔をしていた彼だが、さすがに疲労がまってかうつむいてうつろな視線を床に投げていた。ラチェットの姿を認めてほんの一瞬だけ手をあげたが、これは眠っているわけではないと示しただけに見えた。

そのひとつ空けた席に、エド・サンクタムがいた。戦術騎士団の隊長で、サイアンもローグタウンに住んでいた頃はよく見かけたためクレイリー校長より親しみがあるくらいだ。彼も暗い表情だが、これはもともとそんなものだった。机に肘をついてこちらを見ている。シスタに、ご苦労と言うのが聞こえた。

シスタは席にもどる。校長および隊長からは離れた席になるが、間には魔術戦士が数名並んでいた。顔と名前だけは全員、サイアンも知っている。ビーリー・ライトにブレイキング・マシュー、ベクター・ヒーム……あとシスタも。ここにいるのは騎士団でも名うての魔術戦士だ。相応の面構えではある彼らの注意を集めていると自覚して、サイアンは唾をんだ。

室内は散らかり放題だった。書類に地図が積まれては崩れた結果、雪崩なだれを起こして収拾がつかなくなっている。校長室が引っ越してきたかのようだったし、実際書類のいくらかは本当にそのまま運ばれてきたのだろう。壁の一面には大きな地図が二枚かかっていたが、複雑な書き込みが何重にもされて、なんだか分からなくなっていた。地図上にスペースがなくなっているので壁にまではみ出している。元は開拓地の地図と、ラポワント市内の地図だったようだが。

「それで」

口火を切ったのはエド隊長だった。

「我々が指針を立てるたびに失敗すると水を差してくれて、ありがたい」

とラチェットをにらむのだが、声はそれほど怒っていないようだったので、サイアンはほっとした。

「ありがたい?」

魔術戦士のひとり、ベクターが声をあげる。

エドは部下に、苦笑してみせた。

「俺も同意見だったからな」

「……まさか、本当に……会議に参加させるつもりで呼んだのですか?」

ベクターは唖然あぜんと、言葉を絞り出した。恐らく彼は、さっきから会議を邪魔していたラチェットを呼び出して叱りつけるものと思っていたのだろう。

他の魔術戦士たちは発言しなかったが、反応としては似たようなものだった。じろじろとこちらを見ている。主にラチェットをだろう。前校長の娘で、現役の魔術戦士であるラッツベインとエッジ・フィンランディの妹だ。

ラチェットは気にもせず、ぼーっと地図を眺めている。サイアンのほうが圧力に耐えかねて話し出してしまった。

「あ、ええと、やっぱりお邪魔ですよね」

「必要だっつってんじゃん、さっきから」

さらりと言ったのは、ラチェットだ。ぽりぽり鼻をかきながら地図のほうまで進んでいった。エドの椅子が壁いっぱいまで下がっていたので通れず、シッシッと退かせてから近づくと、地図の一点を指さす。

「ここ、間違ってる」

「えっ?」

つづり」

「…………」

魔術戦士たちは地図を見て顔をしかめた。ラチェットは軽く言ったが、地図を塗りつぶすほどやたらめったら書き込まれた状態だ。間違いを探すどころか、そもそもなにが書いてあるのかもぱっと見は分からない。

「俺は分かった」

と、エド。やや遅れて、クレイリーも手を挙げる。

「分かった。マイトの被疑者が──」

「クイズではないんです。綴りなどどうでもいい」

ベクターが厳しく言うのだが。ラチェットは続けて指摘する。

「あとここも」

「だから綴りなど──」

「ここに補給線はない。バントラインに味方はいなくなってるからその先に人を送ったら、なにかあったら帰ってこれないよ」

「…………」

制止しかけた口をぱくぱくさせてベクター・ヒームが押し黙るのは正直なところ、見物ではあった。勇壮な髭面の魔術戦士が呆気に取られるのをエド隊長もかなり人の悪い表情で眺めているのに、サイアンは気づいていた。だが面白がっているばかりでもなく、エドはラチェットに問い質した。

「どうしてそこが敵側だと分かる?」

「簡単な足し算。パイデンの情報は六日前まではそこそこあったのに急に途切れてる。ラスター行きの補給車はここでゲリラに襲われて荷物を捨てて遁走とんそう。あとヴァンパイアの目撃情報がこことこことここ。移動はこの経路」

「その目撃情報はどれも別のヴァンパイアで連続性は──」

また否定しかけたベクターにラチェットはすげなく、

「別人だって考えた根拠は大きさでしょ。一番目は昼で二番目は夜、三番目は遠目で、印象が違うのが当然。この頻度で同じ場所に三人のヴァンパイアがいると思ったからここに部隊がいるって話になったんだろうけど、三人以上の部隊があってここらを見回ってるなら街道のこっち側で目撃がないのは不自然。これはひとりだよ」

滔々とうとうと語って、話をもどす。

「このヴァンパイアがここに留まってるのはひとりじゃ一気に運べないから──補給車の失った荷物の量からするとね。それならそこでじっと隠れてればいいのに、こんなピリピリした時に人に見られる危険を冒してるのは、少しずつでも安全なところに運んでるから。補給車の襲われた場所と目撃箇所をつないで、こっちの方角に」

「バントラインとは関係ない場所だな」

「うん。だから安全なところに運ぶ理由は、もといた場所が危険だってことでしょ。パイデンのほうも、こっちからこっちに人の流れが移ってる。この線、のばすとちょうどここで合わさるよ。革命の部隊がいるのは、ここのほうなんじゃないかな」

ラチェットが指さしたのはちょうど、バントライン村の位置だった。

「それでは根拠に乏しいな。我々はどうしても、ペトアンに人を送る必要があるんだ」

すっかり否定係になってしまったベクターが言う。

ラチェットはまたなにか言いたそうにしたが、伸ばしていた手をふらふらっと虚空に漂わせて、急にすとんと落とした。

「そだね。じゃあいいや。どうしてもなら、送れば?」

(あ、面倒になったな)

サイアンはすぐ分かった。ヒヨも口元を両手で押さえてくすくす笑っているので気づいたのだろう。

が。

「根拠は他にもありそうだな」

エド隊長にまで見抜かれるのは意外といえば意外だった。ラチェットはもうすっかり面倒くさく、まあ舌打ちこそしなかったが。

「うーん。どうかな」

「あといくつある?」

「三十七」

「同様の齟齬そごを、その地図上にどれくらい指摘できる?」

「五十一個かな」

「それをすべて説明してくれ」

「やだよ。今日中に終わんないよ」

「いや、夕刻までにだ。夜には別の情報が加わる」

どちらもマイペースぶりでは似たようなものだが、どうやらラチェットはやや分が悪いと予感したのか、引き気味だった。

「……どうしてもやんなきゃ駄目?」

いざとなったら逃げるつもりでもあるのか、後ずさりしてエド隊長との距離を取りながら、ラチェットがく。といっても後ろにはクレイリー校長がいるのだが。校長も成り行きに驚いてはいるようだが、他の魔術戦士とは違って覚悟は固めたようだ。

エドは静かに首を振る。

「現状、市内も市外もすっかり混沌こんとんだ。めまぐるしく変化する情報を整理し切れない。情報の確度が上がれば損害を減らせる。はっきり言うと、人死にを減らせる」

「騎士団の側はね。でも、効率よく相手を殺せるようになるってことでしょ。人死には減らないよ。むしろ増えるかも」

「……それは、ぐうの音も出ないが」

そう言ってエドは腕を上げた──ラチェットになにかするのかとサイアンは飛び出しかけたが、そうではなく、ただテーブルに手のひらを向けただけだった。見ると、椅子から腰を浮かしかけた部下を手で止めただけらしい。

こんな風に見えない他人の動きを先読みして制するのは、ラチェットみたいだ。もしかしたらこのふたりというのは案外、似通ったところがあるのかもしれない。

「それでも願わくば、頼みたい。我々は一刻も早く行動に出る必要がある。この学校も、いつまでもたない」

「…………」

唇を噛むラチェットを、背後からクレイリー校長も見ている。クレイリーは大事な集まりに入り込んできた前校長の娘をというより、エドの様子にもなにか怪訝そうにしていた。意味はよく分からないが。

「やってもいいけど、交換条件」

「なんだ?」

「今夜、出かけるでしょ。行き先を変えてください」

「断ったら?」

「わたしたちが行って邪魔します。他に方法ないし」

彼女の言った〝わたしたち〟がナチュラルに自分とヒヨを含んでいそうだったので、サイアンはぎょっとした。

なんの話をしているのかエド隊長は一切確認もしないまま、目を閉じてうなずいた。

「いいだろう」

「隊長?」

シスタがうめく。エドは片目だけ開けて、告げた。

「どうせもともと勝算のなかった話だ」

「失敗しませんよ」

この話にというより、一切合切ふくめて我慢の限界だったのだろう。テーブルに手を突いてシスタは立ち上がった。距離は遠いが詰め寄る気合いで、

「このメンバーなら必ずやり遂げられます」

「簡単に出られるくらいなら父さんは自分で出てくる」

答えたのはラチェットだった。かっとして、シスタが怒鳴り返す。

「子供は黙ってて!」

「子供ひとり黙らせられないくせに、世界中みんなを敵に回してその後どうすんの!?

ラチェットが声を張り上げた。

珍しいことだ。場がしんとする。ラチェットは拳を握りしめ、猛然と魔術戦士を睨みつけていた。滅多にないことだが怒るとやはりお姉さんたちと似たところはある。

ともあれ、挑発に乗って話してはならないことまで口走ったのを恥じてだろう、シスタは大人しく座り直した。ちょいちょいと横からヒヨにつつかれて、サイアンはささやいた。

「なに?」

「ラチェ、なんの話をしてんの?」

知るはずのないことをラチェットが知っているのはサイアンもヒヨも慣れている。今さら驚きはしないのだが、話の飛びようについていけない時もあった。そんな時、互いが情報をフォローするというやり取りも自然と身についたものだ。

サイアンは小声で説明した。

「彼らの計画。騎士団は多分、ラチェの父さんを取り返すつもりでいたんだ。今夜」

「それ、駄目なの? 閉じ込められてるの可哀想かわいそうだよ」

「軍警察に拘束されて、派遣警察隊の拘置所に囚われてる。取り返すなら強行しかないよ。大騒ぎになる。仮にこっそりやれたとしても彼がいなくなったらそれだけで、反魔術士系の人たちをまた刺激するし」

軍警察というのは大統領の直轄で、派遣警察隊の総監は言うまでもなくサイアンの母親だ。その意味でもサイアンとしては気持ちの据わりが悪い話ではあったが。

なんにしろ父親の救出に娘が反対しているのだから、この場もおかしな状況だ。

「この話は場所を改めるべきだと思いますね」

別の魔術戦士が発言した。マシューだ。白い髪の痩せた魔術士で、見た目は不健康そうだが声はしっかりしていた。

「重大案件です。立ち聞きされるのは困る」

ラチェットが話を知っていたのを、彼女が盗み聞きしていたと思ったのだろう。まあ、そう考えるほうが自然だが。彼女のことを知らなければ。

ビーリー・ライトも同意する。こちらは対照的に、見た目からがっしりした長身の男だ。

「ああ。何時間も話し合って、こんなことでご破算になるのも馬鹿馬鹿しい」

これはぎりぎりの、上司批判でもあったのだろう。隊長と校長への目つきが険しい。

それに対して──

「こんな時に奴がいれば、いちいち俺が口を開かなくてもボケどもを黙らせただろうにな、と思うくらいには重要な事柄ではあった」

エド隊長はさらりと言った。悪気もなく本気で言ったようだが(やはりラチェットと似ているかもしれない)。

と、ラチェットに向き合って唇の傷を撫でる仕草をする。

「実は俺も、数日前に敵に監禁されていてな」

「ほら。自分で出てきてる」

ぽんと手を叩いて話に乗るラチェットだが、エド隊長はかぶりを振る。

「横やりがあったからだ。そうでなければ俺の身柄は今頃、リベレーターの元に渡っていた。君の父親を敵の手がとどくところに置いておきたくないのは、それがあったからでもある」

「理由があろうとなかろうと失敗するんなら意味ないです」

「確実にうまくいく方法があるなら、もちろんそちらを試したいがな」

「父さんの状況は父さんが一番よく知ってるので、自分で出てこさせるのがいいと思います」

「悪いが、そこまで奴を買いかぶって良いものか分からないな」

「お金出して買うほどじゃないですけど、出てきますよ、そのうち」

きっぱりと、ラチェットは断言した。

「こんなことになって誰よりも怒ってますから」

「そんな子供の言い草で──」

「彼女は役に立つ。その技術を提供する見返りとして自分の考えを無視するなと言っている。それほど図に乗った求めとも思わないな」

ベクターを黙らせてから、エド隊長はラチェットにもくぎを刺した。

「意見があれば参考にはする。だがこれは忠告だが、人に話を聞かせたいなら、聞いて当然という言い方はするな。聞く必要のある奴ほど耳を塞ぐ」

「そんなことあなたが言うか……」

さすがにぼやくクレイリー校長に、エド隊長は真顔で答える。

「なにを言っているのかまったく分からない」

そして立ち上がって急にこちらに話を振ってきた。

「君たちは彼女をサポートして欲しい。書記役が必要になるだろう」

手早く指示を出していく。今度は部下のほうへと。

「話を分けるのも、確かにそうしたほうがいいな。ベクターとビーリー以外は俺のほうに来い。市内と市外で分担する。我々が市外だ。市内をクレイリーに任せる」

そう言ってぞろぞろと、会議室から出て行く。

とりあえずサイアンらも、いったん部屋にもどって準備をしてから再集合ということになった。着替えまでもとは言わないが必要そうなものがあるなら持ってきておいたほうがいいとクレイリー校長に言われた。つまり本当に長時間、こもりっきりになるのを覚悟しないとならないらしい。

なんだかピンとは来ないままおばさんのいる部屋までもどり、扉を開けてラチェットが開口一番言ったのは、これだった。

「おかしなことになったよ」

「やっぱりね」

あきらめ顔で額を叩く手つきをして、おばさんはそう言った。