「けーな!」

 阿九斗はけーなに真上に飛んでもらい、そこで自らの身体を落下させる。

 そして、落ちながらゲーム上で最大のこうげきりよくを持つこうげきほうを怪物の口に向けて放った。

「『フォールアウト』!」

 口中でかくばくはつを起こされた怪物は、そのたこの頭部から凄まじい熱と光を放ちつつ、もんどりうって崩れ落ちた。


     ○


 それをマナスクリーンで見ていたリリィは、崩れ落ちていく怪物にかいさいを叫んだ。

「はっはぁ! どうやらあんたの負けだ。その初代魔王とやらは崩れたぞ!」

 しかし、2Vは表情を変えなかった。

 リリィの笑顔が段々と消えていく。2Vの顔には、明らかにたくらみがあった。

「……何を考えている」

「いや、ね。終わってない。終わっちゃいないんだよ」

「何が終わっていないって……」

「あの怪物が、私が目覚めさせた魔王……。つまり仮想異空間に封印された初代魔王だと思っているとしたら、相当なけだ」

 2Vはくすくすと笑う。

 リリィはぎょっとした。

「それじゃあ、まだあの中に封印された初代魔王がいる……。そして、それを目覚めさせる条件が、その聖杯だとでも言うのか?」

「その通り。聖杯……それは、仮想異空間に保存されたプログラムチップだ。そいつがゲームのルールに取り込まれて聖杯となった。だが、そいつこそ実は初代魔王の一部だったというわけだ」

「すると……貴様が怪物を出現させたのは……!」

「はったりだ。本当の魔王から目をそらすためのね。そして、初代魔王復活こそが私の望みだ。今の魔王を封印する作戦そのものもし進めるというのが当初の計画だったが、初代魔王のことに気づいてからは、計画を変更した。かれらが初代魔王を連れてこちらに戻ってくるように、ね。もちろん、その過程でだれが死のうが問題じゃなかった」

「な……なんだと……では、初代魔王というのは……」

 そう言いかけたリリィは言葉を失った。

 マナスクリーンに映し出された向こう側の光景はまだ続いていたからだ。


     ○


「これで、ゲームは終わりというわけか」

 阿九斗は怪物の死体を確認し、さらにそれが時間経過によって消え去るのを待った。

 歩み寄ってきた淑彦が、阿九斗に頭を下げた。

「済まなかったね。面倒なことに巻き込んでしまったよ」

「君が今回の事件のしゆぼうしやか」

 阿九斗はさぐるような目を向けた。それを仕方のないことだと受け止めているのか、申し訳なさそうに淑彦は首を振る。

「首謀者でない、とは言えないけどねぇ。仮想異空間に巻き込んだのは私だからね。だが、これであと危険は2Vだけになったよ」

「2V? あのCIMOサイモエイトの?」

 阿九斗が聞き返す。

 淑彦はうなずいた。

「そうだよ。これは2Vの計画だったんだ。政府の計画でもある。だが、言い訳するわけじゃないけれど、私は、魔王を封印するという企み自体を知らなったんだ。だから直前でそれを知って協力する気にならなくなってね。ゲームのルールを組み込むことで、内部の人間が殺されぬようにし、君と対話しようと思ったんだ」

「……そういうことなら、なんにせよ助けられたと思うべきなんだろうね。びることはない。感謝するよ。ところで、この中に最初からいた魔王というのは?」

 阿九斗は、まだ転がっている怪物の死体に向かって首を振った。

「この用意された仮想異空間は、メギス神のぼうぎよ用に展開されていたものだった。ところが、そこには古い魔王が封印されていた、というわけ。いや、それを封印するための仮想異空間だったが、そのことが忘れ去られていたらしいというべきかな」

 淑彦が説明した。

「なるほど。初代魔王……。僕としては、にわかには信じがたいけれど、安全にゲームから出られるなら、それを確かめるすべはあるだろうね。2Vが敵であることがわかれば、向こうに戻りさえすれば対応策はあるだろう。ところで、見慣れない人は、君の他にももう一人いるみたいだけれど」

 阿九斗は淑彦の背後に立っていたけいすに目を向けた。

「彼女もこの仮想異空間に最初からいたそうだ。魔王が復活しないように守っていたと言っている」

 淑彦が説明し、けいすを呼んだ。

 と、その時、ゲームにおける死体の表示時間の限界が来て、怪物の巨大な死体が消えた。それと同時に、けーなに感じるものがあったらしい。彼女がいきなり声をあげる。

「待って!」

 けいすに歩み寄ろうとしていた阿九斗が足を止めて振り返る。

「どうしたの?」

「まだ……嫌な感じが消えていないんだよ。まだ、あーちゃんに似ているけど、とっても嫌な感じがするよ」

 けーなが震えながら言った。

「じゃあ、これが魔王じゃなかった……。そういうことか」

 阿九斗が怪物の死体があった場所を指さす。

「そうだと思う……。でも近くにいるのは間違いないよ……」

 けーながうなずいた。

「となると、ゲームのルールでたおせたのも当然か。では、どうするべきかな」

 阿九斗が周囲に目を配りながら言った。と、不二子が口を開く。

「魔王がいたとしても、聖杯は城にあるのでしょう? そいつがそれを手に入れなければ問題はない。ということは、ここでゲームを終わらせればいいのでは?」

 不二子が提案した。

「いや……生き残った一人が聖杯を手に入れないとゲームは終わらないよ。それに、ここまでゲームに則ってクリアを目指したのは、ゲームに従わない者が仮想異空間内にあった場合、その者から受けた攻撃は現実の肉体にダメージをあたえるからだ」

 淑彦が言った。そして、阿九斗の方を見て、こうもつけ加える。

「2Vは、おそらくここに何がふうじられているか知っていた気配がある。その性質を利用して、現実よりも強くない君を殺そうと企んだのだろう」

「わかった。いずれにせよ、僕が勝つ形でゲームをクリアすればいいわけだね。だけど、2Vがこの中にまだいる。それが君かもしれない。申し訳ないが、君たちを完全に信用するわけにはいかないのだけれど」

 阿九斗は淑彦の顔を見返した。

 と、絢子があわてて間に入った。

「ちょっと待て。その……私は彼といつしよだった。彼は信用してもいいと思うぞ」

 だが、淑彦は無用だ、と手を振った。

「いや。信用されなくて当然だよ。ここはなおに非難を受けるというのは先にも言った通りだしね。だけど、一度も会っていないということはない。私は君とゲームをするという約束をこんな形で果たせたことにおどろいているんだから」

 淑彦が阿九斗にウィンクしてみせた。

 阿九斗は、すぐにそのウィンクの理由に気づき、驚きに目を見開いた後、うなずいた。

「ああ、こちらでは見かけが違うのか。君がルールを作ったのだからね」

「そういうことだよ。だけど、信用されないのは仕方がないね。げんきようは私だし、いろいろと未熟なところもあったと今ならわかるよ。私は身体性というものを軽視していたんだね。身体を使ったコミュニケーション。それが大事だということを、かのじよが気づかせてくれたんだ。彼女は、とても気高くてやさしいんだ」

 淑彦は絢子に笑いかけた。

 絢子は慌てて首を振る。

「いや、よしてくれ。そんなことはない……」

 そう否定した絢子だったが、そう言いながらも阿九斗の顔色をうかがわずにはいられなかった。まるで淑彦と二人っきりだった時に、何かあったような言いぐさである。いや、あったには違いないが、付き合っているとか、そういうことはない。それでも「好きになってくれ」などと言われはしたが。

 とはいえ、何かあった気配がのうこうなのだから、こうなると、それを察した阿九斗がどんな顔をするかはとても気になる。できればしようげきを受けてしい、というのが、絢子の正直な気持ちだった。

 だが……。

「そうだね。現実世界に戻ったら、一度、彼女と付き合うといい」

 阿九斗はそう言った。

 絢子は視界が真っ暗になったような心持ちになり、身体をふらつかせた。

「と……大丈夫かい?」

 絢子の身体を淑彦が抱きめた。

 全員の視線が絢子に集まる。

 その瞬間だった。

 素早く動いたのはけいすであった。身体を低くして転がるように前進するや、素早く淑彦の『イビルスレイヤー』を鞘から奪い取り、阿九斗に向けてとつしんしていた。

 魔剣の切っ先は阿九斗ののどを正確に狙っていた。けいすの突進力とあいまって、凄まじい勢いである。

 しかし、阿九斗はその行動を事前に予測していた。

「そうはいかない。もちろん、この場でゲームに従っていないのは君だけだと気づいていたからね」

 阿九斗は注意をらしてはいなかった。突き出される高速の剣を横に飛んでかわすと、そのこぶしをけいすの腹に打ち込んでいる。

「ぐっ!」

 けいすはもんぜつして倒れた。


     ○


「これ以上、まだ先があるとは言わないよな……」

 リリィは拳をパキパキと鳴らした。

 これがおそらくは最後の手段だったはずだ。

「あのけいすってのが、おうだったか。ま、阿九斗を殺そうって試みは終わりを告げたわけだ。そろそろこっちも貴様に殴りかかっていいかな? もうまんの限界なんだよ」

「いやいや……」

 しかし、2Vはまだ余裕の表情である。

「まだ先はあるんだよ、残念ながら。私の望みは、まだついえていない。私がほどこしたけはまだある……。それに、ゼロはまだ健在だ」

「ゼロ……? それが初代魔王の名前か」

「そうだよ。ゼロこそが私の望みをかなえてくれる」

「望みだぁ? 望みってのは何だ?」

「支配……だよ。私はあらゆるものを支配したいのさ。そして、そいつを叶えてくれる理想的な存在。それが、ゼロだ。一番最初の……つまり、プロトタイプとして作られた魔王は、ごく初期の神の支配する世界をかいするのにじゆうぶんな能力を持って産み出された」

「な、何を言ってる……。そいつが何を意味してるってんだよ!」

「わからないのか? そいつは、人工知能を操ってくるわせることができるのさ。最初の神と、現在の人造人間の知能は似たようなものだからね」

 2Vの言葉にリリィは衝撃を受けた。

「な……そんな奴を復活させようとしているのか!」

「ああ、見ておくといい。まだ先はあるんだよ。しかも、相当長くなるぜ……!」

 2Vはこうしようした。


     ○


「ゲームに従っていないのは、この子だけ……」

 倒れたけいすを見ながら阿九斗は言った。

 そして、右手をけいすに向かってき出すと、魔法を放った。

「ライトニング」

 ゲーム内のでんげきじゆもんだった。それはけいすの背中に電光を落とした。と、服の中から一ぴきの蛇がいだしてきて、絶命し、塵となって消えた。

「この蛇は……」

 不二子が疑問を口にすると、それに淑彦が答えた。

「こちらに来た2Vは、腕だけでした。ということは、蛇になっていたとしても……」

「2Vは人形を使って行動するんですのよ。人造人間を操ることもできるのかもしれませんわね」

 不二子が言うと、淑彦はなるほど、と手をたたいた。

「けいすは人造人間だろうからね。それなら、彼女には罪がないということかな」

「となると、これで心配事はなくなった、かな」

 阿九斗が淑彦を見て聞く。

 淑彦はうなずいた。

「そうだろうね。君がなぐったせいで、機能を一時的に停止しているようだけれど、けいすを目覚めさせて話を聞こう。もっとも、あまりくわしいことは知らないみたいだけれどね。それからゆっくりとゲームをクリアすればいい」

「なるほど。それなら……」

 阿九斗がそう言ってけいすに向かってかがみ込もうとした時のことだった。

「危ない!」

 けーながさけび、阿九斗を突き飛ばした。

「え?」

 阿九斗はまどい、そして、腹部にうまれた冷たい感触に疑問を持つ。

「きゃああ!」

「阿九斗様!」

 周囲から悲鳴があがる。

「な……」

 阿九斗は腹に深々と『イビルスレイヤー』が突き刺さっていることに気づいた。

 ゲームで受けるダメージとは違う感触に阿九斗は身体を震わせる。腹は冷たいのに、そこに当てた手は熱を感じていた。

「どうして……?」

けんが……剣が勝手に動きましたわ!」

 不二子が叫ぶ。

「確かにそうでした。剣が飛びました。まさにこの機会を狙っていたかのように」

 ころねがそれをついにんし、身構える。

「じゃあ、こいつが……この剣が初代魔王……? い、いや、今はとにかく回復を……。僕の中のマナを集めて……」

 いつもしていたようにダメージを回復しようとした阿九斗だったが、それは不可能だった。力を入れるたび、腹の傷が脈打った。

「あーちゃん!」

 駆け寄ってきたけーながゲームの回復魔法を使うが、それは今は阿九斗の傷にはまるで効果がなかった。

「これは、本当に死ぬ前に現実に戻すしかありません。あちらでりようを」

 ころねが冷静に言い杖を構えた。

「な、何を……」

 不二子が戸惑いの声をあげるが、それに構わずころねは魔法の殺人光線を放った。

 それは見事に阿九斗の頭を撃ち抜いた。

 阿九斗の身体はびくりとけいれんし、その目を閉じた。これによってゲーム内では死んだことになった阿九斗は、その姿を塵へと変えた。

 そして、そこには『イビルスレイヤー』が残された。

 みな、驚きに目を見開く。

 阿九斗の腹に突き刺さった剣はそれ単体で宙に浮いていた。

「いけませんわ! 怪物もけいすを操ったのも目くらまし……! 初代魔王が最強の剣をよそおっていたのだとしたら、誰もがそれを持って聖杯を目指す……! そういう仕組みでしたのね!」

 わるだくみにはかしこい不二子が声をあげる。

「気をつけろ、何があるかわからない……!」

 絢子も警告の声を発した。

「しかし、剣には限定的な力しかないのかもしれない。移動も自分ではきんきよしか飛べないのかも……。そうでなければ誰かに運ばれるまで待っていた理由がない」

 淑彦は言った。

「聖杯は城にある。危険だが、そちらに剣が向かうのをすればいいんだな!」

 絢子が城に目を向けた。

 が……。

「あ……聖杯……。しまった……大事なものだと思ったから、持って来ちゃった」

 けーながローブの内側から聖杯を出した。

 それは金色にかがやく小さなカップの姿をしていた。

「お鹿!」

 不二子はるが、すでに遅かった。『イビルスレイヤー』=ゼロはけーなに向けてしよう、それをかわしたけーなだったが、ゼロが聖杯にせつしよくするのを防ぐことはできなかった。

 聖杯と剣とがれた瞬間、そのそうほうはじけて、細かいきりじように変化する。

「あ!」

 けーなが驚きの声をあげる。

「しまった……。初代魔王が何かはわからない……。でも、これでゲームはクリアされてしまった。私たちも、元の世界に戻されてしまう……!」

 淑彦が声をあげた。

「そ、それじゃあ、現実世界で初代魔王が復活するということに……!」

 絢子がけいすの身体を起こす。衝撃で機能停止していたのを目覚めさせ、聞く。

「教えてくれ。初代魔王が復活すると何が起こるんだ……?」

 と、けいすが揺り動かされて目を開けた。

「ゼロは……」

 けいすがその言葉をしゃべり終える前に、ゲームはしゆうりようした。