「な、なんですの、あれは!」

 不二子は悲鳴に似た声をあげるが、ころねは淡々としたものだった。

「ゲームにはない怪物ですね。人を襲うようです。とりあえず撤退して様子を見ましょう」

 ころねが城門の向こうに下がろうと動きはじめる。

「そ、そうですわね。あなたとの勝負がつかなくて残念ですが、仕方ありませんわね。皆さん、城門の中へ!」

 不二子はそう指示して自らが先に城門へと飛び込んだ。

 しかし、城門に殺到する不二子の取り巻きの女生徒たちは、思いの外早く移動する怪物に追いつかれていた。攻撃を受けていた、というわけではない。前進しようとする怪物は、じやなものをどけるように、その頭のしよくわんをふるい、女生徒たちをただはいじよしていた。

「きゃああ!」

 悲鳴が響き、ね上げられた女生徒が空中でちりになって消える。

「どうやら、ゲームのルールにはのつとっている存在のようですね」

 それを見たころねが言った。

「それだけは助かった、というべきでしょうか」

 不二子はせんりつして城門の向こう側のかいぶつを見上げる。そいつの突進はひとときも止まることはなかった。女生徒たちをすべてなぎはらい、踏みつぶし、やがて城塞へ体当たりを開始した。

 ずん、とひびきが響く。城塞がれ、上からくだけた岩が降ってくる。

「こいつ……なんですの?」

「外部からのハッキングによって生み出されたようですが……。何か目的を与えられているのでしょう。それを目指してのみ行動していると思われます」

「それじゃあ、逃げれば、わたくしたちは関係ないってことになりますの?」

「多分」

「じゃあ、早々にそうするべきかと思いますわ……」

 不二子は逃げようとしたが、その時、怪物の行動に変化が生じたのに気づいた。ただ前進しようとしていたのが、足を止め、前足を振り上げて立ち上がる。ビルがクレーンでつり上げられたような、いきなり大地がりゆうしたような、そんな光景が眼前に広がる。

「ひっ!」

 ゲームとは知りつつも、恐怖感はぬぐい去ることは出来ない。不二子が逃げようと振り返った時、怪物がどうしてそのような行動をとったのかが理解できた。

「あ……阿九斗様!」

 やってきた阿九斗に反応して怪物が立ち上がったのは明白だった。その感情のない目が、城塞に向かって歩いてくる阿九斗を追って動いていた。

「目標が魔王、というのも妙な話ですね」

 ころねがつぶやく。

 すると、怪物の背後側から大きな声がかかる。

「そいつがふういんされていた魔王だ!」

 絢子の声だった。


     ○


 速度は怪物の方が早かった。そのため、追いついたのは、城塞にとうちやくしてからになってしまった。怪物の足の間から見える城門の向こうに、ころねと不二子がいるのが見えた。

「そいつが封印されていた魔王だ!」

 絢子は叫ぶ。

「魔王? 何を言ってらっしゃいますの?」

 不二子の声が返ってくる。

「この空間には、元々、封印されていたものがいるらしい。そいつが外部からのかんしようで外へと出てきた!」

 絢子は説明する。

「封印されていた?」

「だから、魔王だ、と元からこの空間に居た者が言っている。もしかしたら、何代目かの魔王かもしれない」

「本当に?」

 不二子は考えこむように目を伏せたが、改めて怪物の様子を確認して声をあげる。

「いや、阿九斗様を見て反応したからには、本当にそうかもしれませんわね」

「阿九斗が来ているのか?」

 絢子の問いかけに、不二子はうなずいた。

「今、お越しになりましたわ!」

「紗伊阿九斗を見てあの怪物が反応した?」

 絢子はそこに引っかかりを感じ、淑彦を見やる。が、淑彦は特にそのことは気にしていないようだった。

「何か関係があるのかな? いや、ともかく彼と話ができればいい。あいつを倒して突破できれば……」

「倒すと言うが、せつしや、魔王は倒せるとは思えない。だからこそ封印したのだから」

 淑彦の言葉を聞いたけいすが言った。

 が、絢子は首を横に振る。

「しかし、生徒がなぎ倒されたのを見ただろう? その具合からするに、幸い、怪物とてゲームの規則には則っているようだ。ということは、倒せるということだ」

 絢子は怪物の背中に飛び道具であるしゆけんを撃ち込む。

 怪物は意にかいしていないようだったが、それでも背中には傷が出現する。

「いける。違うか?」

 にやりとする絢子に、淑彦はうなずいた。

「やってみよう」

 二人は怪物の後方からその足に斬りかかる。絢子と淑彦の剣による攻撃は、怪物にじろぎをさせるほどの効果はあったらしい。らうまでは二人を意に介してもいなかったのだが、足に傷を負うと、まとわりつく虫を払うように足をばたつかせはじめた。

「それでは、拙者も……」

 けいすは背中の刀をき去ろうと手をかけた。と、そのうでが止まる。刀のさやには、へびが巻き付いていた。その蛇が柄を伝って、けいすの手が後ろに回されるのを待っていたのだった。

「ぬ!」

 けいすは異常に気づくが、その時にはすでにおそかった。

 蛇はけいすの手を噛んでいた。

 けいすの目の色が消え、立ちくす。

 淑彦も絢子も、そのけいすの様子には気づいていなかった。

 ――よし……! うまく行った!

 蛇はひそかにほくそんだ。

 その蛇は、もちろん2Vツー・ブイが化けたあの緑の蛇である。怪物の身体にはりついて移動し、城塞にげきとつする直前で飛び降りると、その身を近くのしげみに隠していたのである。そして、このチャンスをうかがっていたというわけだ。

 ――蛇の姿で助かった。この毒の効果があればこそ、後の細工も可能になる……!

 2Vはけいすの手を離れ、服のえりから内側へすべり込んだ。

 そして、2Vは得意の術を使うことになる。人形をあやつる2Vの術は、力を集中すれば人造人間にも影響を与えることが可能だ。ゲーム内でもそのコントロールが可能だったのは、その部分のプログラムを2Vがえたからにほかならない。

 けいすの服の中に完全に蛇の姿が消え、ようやくけいすの身体のこうちよくは解けた。

 しかし、けいすの目の色はもどらなかった。けいすは刀をほうげて抜き、それを空中で受け止めて着地したが、それは2Vのコントロール下にあっての動きだった。


     ○


 阿九斗はころねより状況をしらされ、大体のところをあくしてうなずいた。

「つまり、あれはゲームにないキャラクターだと?」

「そのようです」

「しかし、ゲームの規則には従っている。どういうことなんだろう?」

「外部からの干渉か、あるいは最初から仮想異空間内にいた存在がゲームの影響を受けたのか。いずれにせよ簡単に断言はできません」

「そうか……。でも、あれを消してしまわない限りめんどうで仕方ないな。あれがゲームの規則に従ってくれているなら、ゲームとしてあれを倒してしまおう」

 阿九斗はころねに指示を出す。

「NPC軍勢の再編制を。そして、城塞が崩れたしゆんかんが攻撃のチャンスだ。あの怪物は必ず体勢を崩す」

 ころねはうなずいた。

おおせの通りに」

 そして、ころねはオークやゴブリンの軍勢に指示をするが、そこに噛みついたのは不二子である。

「きぃー! その役目はわたくしがやりたかったのに!」

「そうでしたか。残念でしたね」

 ころねは淡々としたものだ。不二子はあからさまにむくれる。

「……役職を譲る、とか、そういうせんたくはありませんの?」

「クラスチェンジにはチケットが必要です。チケットはオンラインストアでこうにゆうできます」

 機械的に答えるころねである。

「……そういう商売のやり口だとは知りませんでしたわ」

 不二子はぼやいた。

 と、怪物が激しく暴れはじめた。城塞を破ろうとしていたのが、不規則にもがき、その巨体をやみくもに城塞にぶつけはじめた。絢子たちの攻撃が功を奏しているのだ。

「うまくやってくれていますね。特に、彼が持っている武器は凄まじいりよくのようです」

 ころねが軍勢の再編成を進めつつ、怪物のあしもとを指さした。

 淑彦の両手剣、つまり『イビルスレイヤー』は凄まじいけんのようだった。きよだいな怪物が後足への攻撃を避けるため、もがき、触腕の攻撃は淑彦を遠ざけるためだけに使われている。

 城塞を崩してこちらにのがれようとする怪物のもがきの効果が現れたのは、ころねが軍に陣形を組ませ終えたところだった。基部の岩が砕ける、びきり、という音をきっかけに、城塞が阿九斗たちの方に向かって倒れはじめたのだ。

「崩れますわよ!」

 不二子が警告の声をあげた。

 それを聞いた阿九斗が命じる。

「軍勢を突っ込ませるんだ。城塞の上にやつは乗り上げる。崩れてくる岩に構わず怪物の背中にしがみつかせろ。立ち上がっても攻撃し続けられるように」

 その命令で魔王の兵とじゆうたちは、崩れてくる岩が雨のように降り注ぎ、城塞の壁そのものが倒れてくる中を、一直線に突きすすんだ。もちろん、その過程でかなりの数のオーク兵と魔獣が岩のしたきになり、ざんな死体をさらす。

「ああっ……! このれいこくな指揮り! あこがれますわ!」

 不二子が身もだえする。

 いくら人間でないとはいえ、見た目にはリアルな魔獣兵士である。人造人間でもないのにそれを犠牲にする戦略を実行できるあたり、阿九斗もじんじような精神ではない。

 その作戦は図に当たった。倒れた怪物は立ち上がったのだが、その身体には血を吸うダニか何かのようにオーク兵たちが取りついていた。怪物はほうこうをあげて触腕を振り回す。オーク兵たちを振り払おうと自らの身体を触腕でなぐりつけた。振り落とされる兵も多いが、それでもしがみついたまま何度も突きされる剣が怪物へけいぞくしたダメージを与え続けた。

 そこに城塞が崩れる間、後方へなんしていた絢子たちが襲いかかった。淑彦の『イビルスレイヤー』がさらにじんだいなダメージを怪物へ与える。

「行けますわね」

 不二子がゆうの笑みをかべた。

「何もしていないのに余裕ですね」

 ころねが言うが、不二子は意に介さない。

「わたくし、阿九斗様の心の支えになっておりますもの」

 が、そう言った不二子のがおこおいた。『イビルスレイヤー』の効果から逃れるためか、死を悟っていちばちかの攻撃に出たのか、怪物は大きくび上がり、空にぜつきようにも似た叫びを放つと、一気に阿九斗に向けて突進を開始したのである。

「阿九斗様!」

 不二子が悲鳴をあげる。

 阿九斗は身構えた。

だいじよう。空母に突っ込まれたことだってあ……」

 そう言った阿九斗だったが、その言葉の後半を発することはできなかった。

 触腕の攻撃が阿九斗を横なぎに襲った。それを受け流そうとした阿九斗の動きはだった。触腕は阿九斗の身体全体に巻き付くように動き、阿九斗を人形のようにばしていた。

 十メートル以上も阿九斗は吹き飛び、いわはだにその身体を打ち付けられてうめく。

「うぐっ……!」

 阿九斗の身体はほとんど岩にめ込まれたようになった。

「阿九斗様!」

 不二子は心配そうな声をあげるが、阿九斗はそれに軽く手を動かして答えた。

「大丈夫。それに、どうやらこの攻撃もゲームのはんちゆうえるものじゃない。二発目を喰らわなければゲーム的に死にもしないしね」

 阿九斗は言うが、そこに慌てた声がかぶさってくる。後方から怪物に斬りつけていた絢子のものだった。

「それは違うぞ! どうやら、こいつが目的としているのは、貴様の命だけでなく、城にあるというせいはいだ! そいつを手に入れれば、何が起こるかわからん! もしかしたら現実世界にすら影響がおよぶかもしれん! ゲームとはいえ、貴様が負けたら、怪物を止める手段がないかもしれない!」

 絢子の言葉に、阿九斗は軽い驚きを覚える。が、少し考えてみれば、どうやらその言葉には十分な整合性があることにも気づいた。

 ――そういえば、元のゲームからへんこうされたルールが聖杯だった。そして、魔王が聖杯を手に入れる、というが、ゲーム内で魔王のはずの僕がそれを手に入れても何も起こらなかった……。僕でなく、こいつが魔王だとしたら……!

「くっ……」

 阿九斗は立ち上がり、城の方に下がろうとする。が、怪物は阿九斗に向かって再度の突進を試みようとしていた。

「回復ほうを……」

 阿九斗は自らに回復魔法を使おうとして、それが使えないことに気づいた。

「魔王は自己再生能力があるかわりに回復はできないんだよ! 魔術を使ってもりよくが減らない仕様になっているから!」

 淑彦が解説する。

「それは……まずい」

 阿九斗は死をかくした。

 淑彦と絢子の努力にもかかわらず、怪物はその動きを止めることはなかった。触腕が再び阿九斗を襲う。ぼうぎよほうを使おうとするが、さきほどらったダメージの量からするに、焼け石に水程度の効果しかないだろう。

「しまった……」

 阿九斗は自らのまんしんのろった。状況やルールがわからずに突っ込んでしまって、それでもなんとかなると油断していたわけだ。

 触腕が迫ってくる。

 阿九斗は思わず目を閉じた。

 岩に巨大なものが激しくぶつかる音が響いた。

「ゲームで良かった。次からはきちんと……」

 そうつぶやいた阿九斗だったが、痛みも何もなく、ただ何かが身体にからみついているかんしよくがあるだけということに気づいた。

 ――ん? ゲーム内でも痛みはあったはずだけど……。

 そして、目を開け、どうやら自分がまだゲーム内にいることに気づいた。

「……って、あれ?」

 しかも、宙に浮いている。合戦のあるこのゲームでは飛行ははつである。空は飛べない仕様だ。

 ――ということは……。

「もう、しょうがないなぁ。あーちゃんはあたしがいないと何もできないね」

 けーながたしなめるように言った。

「あそこに居るように言ったのに。……でも、助かったよ」

 阿九斗はほっとして言った。けーなは自分をよこきにして空を飛んでいた。この世界、けーなだけがルールを無視できるのだということを阿九斗は思い出す。

「でも、危険だから、やっぱり君は帰るべきだよ」

 そう言って、阿九斗は下を見る。

 がんぺきに頭を突っ込んだ怪物がそこにいる。

「さぁ、降ろしてくれ。あいつを倒さないと」

 が、けーなは首を横に振った。

「駄目だよ。あーちゃんはそうやって全部自分でやろうとするのが悪いところだよ。あいつは、あーちゃんだけ狙っているんでしょ? それなら、みんなに指示を出して、その通りにしてもらった方がいいよ」

 けーなのその言葉は、さきほど行き当たりばったりで失敗した自分にするどく突き刺さった。

「確かに……。僕独りで決着をつけようとした結果がこれだからな……」

 阿九斗はため息をつき、意を決したように首を振ると、下に向かって呼びかけた。

せんぱい! 合図をしたらあいつの視界をうばって!」

「はい! 阿九斗様!」

 不二子は喜んでうなずいた。

「後ろの二人は、視界の奪われた怪物の足を攻撃して方向感覚を失わせて!」

「わかった!」

 絢子と淑彦が目配せをしあってうなずいてから答える。

「ころねは、兵士の生き残りを使って怪物の口を開けてくれ!」

りようかい

 ころねが言った次の瞬間、阿九斗は不二子に合図をした。

「先輩!」

「承知しましたわ!」

 不二子が答える。そして、立ち上がり、体勢を立て直そうとする怪物に、目くらましの煙を発生する薬品を投げかける。

 完全に立ち上がる前だったため、薬びんは見事に怪物の顔に命中。白いけむりかれた怪物は、それでも立ち上がって、阿九斗の方に伸び上がった。視界が無くなる前におくしていた阿九斗の位置に、とりあえずぼうというつもりであろう。

 しかし、その瞬間、怪物の後ろ足に絢子と淑彦が斬りかかった。伸び上がった怪物は、力を入れた瞬間の足を斬られ、体勢を崩す。

「ころね!」

 阿九斗の指示で、ころねは動いた。まだ怪物の身体にとりついていた兵士を首もとに移動させると、そこに向かってかみなりの魔法を撃ち込んだのである。兵士の身体は電光を浴びてのけぞる。それは、兵士の突き刺した剣を通じて身体に電気を注入された怪物も同様だった。

 痛みにうめくような咆哮とともに、怪物は空に向かってあご――触腕にかくされた口――を突き上げた。