4 それなりに大戦争



 城のテラスからの景色は悪くなかった。ジャングルと岩山が主たるものだが、それでも青空の下、遠景まではっきりと見える自然――正確には自然を模したものだが――は心をなごませてくれる。

 はテラスに立ち、ワイングラスを片手にぼんやりとしていた。

「なんというか……ゲームのラスボスというのは暇なものなんだね」

「ゲームしているときは気づかないけどね」

 そう答えたけーなは横に立ってご飯を食べている。ちやわんを持ち、はしを動かしている光景は、洋風の城には実に似合わない。

 外にアクセスできないため、ゲームのマニュアルと内部情報だけがえつらん可能な情報だった。それらを調べ終えてしまえば、プログラムを読み解けない阿九斗にとって、やるべきことはほぼ終わってしまった。

「聖杯も城のおくにあるってことがわかってしまったしなぁ」

 阿九斗はぼやいた。最終目的である聖杯は、城の地下さいおうに安置してあることをかくにんしている。自分がそれを手にしても、何も起こらなかった。あくまでプレイヤー側の最終目的ということなのだろう。ということは、自分がたおされ、それを誰かが奪えば、ゲームは終わりだ。別にそちらのゲームオーバーでも阿九斗は一向に構わない。

「でも、誰かが改変しているんだよね? お話を」

 けーなが聞いた。

「複数の要素が関係しているのは確かだけどね。とはいえ、それが何かわからない以上、下手に動かない方がいいよ。……ところで、君、ご飯、どこから持ってきたの?」

「そこにあったよー。食べたくなったらあるんだから、お城って便利だよね。きっと見えないメイドとかいっぱい歩いているんじゃないかな」

「どうして見えないメイドがいっぱいいてぶつからないんだい?」

「素早いから向こうが避けるんじゃないかな」

とうめいで素早いメイドはいやだな……」

 阿九斗が苦笑いをすると、後ろから声がかかった。

おう様、魔将ころね、おしらせに参りました」

 振り返ると、ころねがかしずいている。

「だから、そのおしば、やめようよ」

「いえいえ、ゲームのかんすいこそが、この世界を出るかぎです」

「だとしても、さ……。それで、どうしたの?」

「二点あります。ひとつは外部からプログラムが少々改変された模様です」

「それって、危険じゃないの?」

「はい。しかし、仮想異空間にえいきようあたえるのは、あくまで内部の人間の意志や行動がメインです。そのため、基本部分以外のわずかな改変……敵キャラクター増加などに限られるでしょう。しかし、何があるかわかりません。マニュアルにない敵にはご注意を」

 いろいろとトラブルの種は尽きないようだ。

「もしそういう敵に殺されたら危険かもしれないね」

 阿九斗はうなずいた。

「そうです。ご注意を。そして、もう一点。残党のとうばつの最中、敵が集結しつつあるとの情報を仕入れました」

「集結?」

「はい。きゃつら、散り散りになってレベルを上げており、機会をさぐっていた模様です。そして、時が来たならば、魔王様を倒すため軍勢を引き連れて、城への道を進軍すると」

「そちらは良いしらせだね。もうすぐゲームも終わりだな」

 安心したように阿九斗は言った。

「いえいえ、ここは全員の殺害による勝利を」

「……そうしたいならそれでいいや。もうみんなにきらわれていることには違いはないし」

「では、道のちゆうにあるようさいに向かいます。……ご覧を、動きはじめました」

 ころねがテラスの向こうを示した。

 阿九斗が振り返ると、一本ののろしがジャングルよりあがっていた。

「あー、けむりだ」

 けーながじやに声をあげる。

 と、そうしている間にも、次々と景色の各地よりのろしがあがりはじめた。

「けっこう生き残ってるじゃないか」

「ご安心を。敵将の生き残りは三十ほどしかおりません。しかも将一人あたり、一万ほどしか兵もおりません。軍勢をお借りします。二十万の魔王軍と、じようの要塞『ころね関』にて地の利をかし、必ずや勝利を!」

「そんな関所、いつ作ったんだよ……」

 阿九斗は呆れたが、ともあれころねのおかげで事態がしゆうしゆうの方向に動いていることも事実だ。任せておいても問題はない、ところねにうなずいて見せた。

「それでは戦って参ります。魔王様は、ごゆるりとダンスと音楽でもお楽しみを。透明のメイドが用意してくれるでしょう」

 ころねが言った。

「ダンスと音楽ねぇ……」

 阿九斗はぼやいたが、けーなの明るい声がそこに割って入った。

「ダンスと音楽! そうだよね! お城で大事なことを忘れていたよ! 人があんまりいないからそのことを考えていなかった!」

 けーなが目をかがやかせていた。

「それではごゆっくり」

 ころねが退出した。

 すると、フロアから曲が流れてきた。

「え?」

「わぁ! ほら、あーちゃん、おどろう!」

 けーなが阿九斗の手を引いた。


     ○


 のろしが次々と呼応したのを見て、よしひこはうなずいた。

「まいったな。みながレベルを上げたころいと見て、生徒たちは魔王の城へのこうげきを開始したか」

 淑彦は言った。

 じゆんも苦々しげな顔でうなずく。目の前には大地を揺るがして歩いていく巨大な蛸と四足獣の合成された生物がいる。

「あの怪物には気づいていないか」

 怪物は体高は数十メートルはある。遠くからでも見えるだろうが、この世界全体に散らばっている全員から見えているとは思えない。

「見えたところで、あれが本来のゲームにないキャラクターだとわかるプレイヤーばかりではないだろうし……。あれを倒すしかないのか」

 淑彦はそう言って、絢子とけいすを見た。

 絢子はまだしゆんじゆんしていたが、けいすは力強くうなずいた。

「拙者は倒すべきだと思う。あれが魔王……かもしれない。魔王が聖杯を手に入れたら大変なことになるのだ」

「聖杯は、魔王城にある……ゲームでは、だが。そして、あの怪物も城に向かっている。さらに、あの怪物出現の後、外部とれんらくえた」

 淑彦は空間にスクリーンを出して改めてそれを確認した。

 そして、淑彦は意を決してうなずく。

「我々でなんとかできるならば、そうしなければならないよ。急ごう。我々は、魔王城からはかなり遠いところにいる」

 淑彦は蛸の化け物の後を追って歩きはじめた。

「ところで、魔王が聖杯を手に入れたらどうなるんだ?」

 絢子がけいすに質問した。

 けいすは、実にあっさりとおそろしいことを言った。

「魔王が完全体になる」


     ○


「さぁ、わたくしたちの力を見せる時でしてよ!」

 が号令をける。女生徒たちと、彼女らの指揮するNPC軍勢がときの声をあげた。そのすべてが女性である。

「あれは……」

とう不二子様のアマゾネス軍団!」

 魔王城への道を行く軍勢の先頭には、〝〟の字の旗を立て、ケルベロスに乗って進軍する不二子の姿があった。

 不二子と数人の女生徒は連合を組み、主に男子生徒を食い物にすることで、生徒間では一番の大軍勢にまでこの短期間で成長してきたのである。

 きっかけは男子生徒が女子生徒のテントにもぐり込もうとしたことにあった。ゲームだから覗きも問題なかろうと考えた男子生徒に、女子生徒たちは激しく反発。その争いを止めるため、不二子は集団での行動を提案したのだ。

 人望はある不二子のことであるから、移動するたびに女子生徒は増えた。しかし、女子が集団を作ったことと、ゲームである気楽さが相まって、その思想は過激化しはじめる。かう男子生徒を殺しても良い、という行動はんあんもくのものになってしまっていた。

 もちろん、その過激化こそ不二子が暗にし向けたものなのだった。いち早く仲間殺しが非常に高い経験値になるとにんしきしていた不二子である。仲間の女生徒を強化するため、男子生徒りをそれとなく提唱したのだ。

「不二子様はおやさしいのに……」

「あの取り巻きたちさえいなければ……」

 生き残りの男子生徒たちですら、そう誤解していたのだから、不二子の悪人ぶりも堂に入っている。

 今、不二子のアマゾネス軍団七万を先頭に、おうとうばつ連合軍は次々と集結しつつあった。

 道を進むに連れ、左右から次々と隠れていた生徒たちが合流、それぞれ成長して得られたNPC軍勢を展開していく。

 最終的には三十二万となった連合軍は、様々な旗印をかかげつつ道を進んでいく。目指すのは『ころね関』。広い道が一部せばまっており、そこにじようさいを築いた地である。道の左右には切り立ったがけが壁のようにそびえており、巨大なれ河のように見える。崖の高さは数十メートルはあるから、そこに登ったところで岩を落とす程度の攻撃しかできない。いずれにせよいくさは正面から城塞を落とせるかどうかのものになるはずだ。

「いよいよか」

 生徒たちの興奮の声がざわめきとなって空へ立ちのぼる。左右に崖がせまってくると、軍勢の人馬と、そのてる音が一体となって黒い流れを作り出し、涸れ河にだくりゆうが凄まじい勢いで流れ込んできたかのように見えた。

 その流れが押し寄せる先は、まさにダムのごとくに道を閉ざした巨大な壁である。そして、その壁には〝魔〟の旗がたなびいていた。

「魔王軍だ!」

「城からは出てきていないぞ!」

「破城ついを出せ! 門を破れば勝ちだ!」

 連合軍は勢いを落とさずにとつしんする。ただ一人、勢いを落としたのは不二子だけだ。

 ――ふふん。この戦で経験値を増やした生徒たちを、頃合いを見て阿九斗様にささげる。まさにかんぺきな計画ですわ! そして、最後には、わたくし自身も阿九斗様にこの身を捧げて……。ああっ! 阿九斗様自身の手で殺して頂けるなんて、なんたる幸せ! 考えるだけで、大変なことになってしまいそうですわ!

 不二子のもうそうはともかく、彼女は生き残るために進軍の速度を落とし、軍勢の中にその姿を隠した。さらには周囲を女生徒たちで固める。きようきわまったこうだが、周囲に疑われずにごく自然にそれが可能なことはきようたんに値した。

 そして、不二子がゆずった先頭の生徒が城塞に到達する。

 軍勢に破城槌を用意させた彼だったが、その軍勢と彼に、いきなり矢の雨が降り注いできた。それまで城塞の上に身をひそめていたころね配下のオーク兵士たちが、ここぞとばかりに攻撃を開始したのである。

「うわぁあ!」

 破城槌の部隊が倒れる。

 その矢の雨が、それからの激しい会戦開始の合図となった。

 先頭の兵士たちはたてを頭上に構えてじようへきに取りつくと、ハシゴを壁に立てかけ、それを必死に支える。そして、後続の兵士たちがハシゴを登りはじめた。

 さらに矢が降り注ぐ。矢がき刺さりハリネズミのようになった兵士がハシゴを転げ落ち、後続の兵を巻き込んだ。

 それでも、兵士たちは盾をたずさえ、ハシゴを登り続ける。さらに複数のハシゴが城壁に立てかけられ、矢が射かけられるポイントが分散しはじめた。そのため、兵士がハシゴからとされる位置が段々と上に上がりはじめる。

「今のうちだ! 破城槌を!」

 一人の生徒が号令をかけた。巨大な丸太に車輪を付けた破城槌が、複数の兵士に引かれて城門に打ち付けられる。城門全体がふるえた。

 降ってくる矢はそちらにも振り分けられ、その密度をさらに減らしてしまう。やがて兵士の一人が城門の上に飛び込むのと、破城槌が城門を破るのが同時だった。

「一気にくずすぞ!」

 形勢が逆転したとの思いがごうに表れる。口々にさけぶ兵士たちが城門にさつとうした。

 ハシゴを登った兵士たちは、オーク弓兵たちをけんで打ち倒しはじめ、ってくる弓の数をさらに減らす。

 城門をくぐった兵士たちは、壁の向こう側に待ち受けていたゴブリンやり兵たちの群れに突っ込んでいく。槍と盾で新たに壁を作る魔王軍だが、その数は数百。槍で先頭の兵士を突き刺すことはできても、次々と押してくる兵士たちを防ぐことはできない。

 密集隊形の中央をとつされ、ゴブリン槍兵たちは散り散りになってしまう。やがて矢の雨がむのを待っていた兵が満を持して登場し、ゴブリン槍兵を一人、また一人と射殺し、り倒していく。

「行けるぞ!」

 ほぼ勝利を確信した声が次々に各地からあがる。

 しかし、その言葉を疑っていた者があった。いまだ後方にひかえ、ついにはさいこうで戦場をながめていた不二子である。

 ――おかしい。指揮しているのはころねのはず。そのころねの姿がまだ見えませんわ。それに、ていこうする兵士も二万ほど……。いくら多数を配置しにくいこの関所とはいえ、戦力をどこかに温存していると考えるべきですわ……。

 経験値を阿九斗に捧げることを目的にする不二子であるから、ころねにぜんめつさせられるという最悪の結末はけたい。そして、できればころねを自らの手で始末したいところでもある。

 ――しかし、温存した軍勢をとどめておく場所は、崖の上しかありませんわ。

 不二子は崖を見上げた。

 高さは数十メートルから百メートル。岩を落とすことはできるが、それだけの岩が用意されているけいせきはない。また、たとえ岩を落とすことが可能でも、この道をすべてふさぐほどの岩はないだろうから、軍勢が岩を無視してけていくことで作戦を無効にしてしまえる。そもそも岩を落とす作戦ならば、城壁でとどめられて密集している場所でするべきだ。

 ――軍勢でおそうとしたら、城門をくぐることで縦に延びてしまった部隊を横合いから、ですけれど、どこにも潜んでいる気配はないようですし……。

 不二子がそう考えたときだった。

「ごははははは! また会ったな! 魔将ころね、見参!」

 ころねの声が響いた。

 崖の上である。城門を突破した連合軍のじんけいが延びきるのを待っていたのか、その真横からの出現であった。

「怖れるな! あのきよでは矢は当たらない!」

「駆け抜けろ! 岩もそうそう数は来ないはずだ!」

 男子生徒たちはそう指示した。

 そこまでは不二子の考えと同じである。

 ――だが、まだ何かありますわね……。

 不二子は女子生徒たちにとどまるように指示した。

 と、ころねが動いた。

せんめつ!」

 そう叫ぶや、ころねは進軍を指示した。崖から次々に率いていたオークやゴブリン兵たちが飛ぶ。

「なっ!」

 これには下を駆けていく兵士たちも息をのんだ。何しろ、この世界ではしよう能力は存在しない。つまり、飛んだオーク兵たちは、落ちるのみなのである。

「進軍! 進軍!」

 しかし、ころねは無表情に進軍を叫んだ。次々と魔王軍の兵たちが飛ぶ。

「な……何をしているんだ……」

 見ている者は皆、絶句した。だが、不二子だけはその真意に気づいた。

「この戦争、我々の負けですわ。いえ……こちらは負けないために、逆に城門を閉ざしますわよ!」

 不二子は指示した。女生徒たちは城門の反対側にまだ残っていたのだが、その指示でせっかく開けた城門を再び自らの手で閉める。さらに、ハシゴまで外しはじめた。

「な……何を……!」

 男子生徒たちは慌てた。が、彼らに城門に注意を向けている暇など与えられなかった。

「な、なんだとぉ!」

 彼らは驚愕に目を見開いた。

 死体が崖の前に積み重なっていた。もちろん魔王軍のオーク兵たちのものである。そして、その死体によって完成したスロープを、ころね率いるせいえい部隊が駆け下りてきたのである。

「馬鹿な!」

 男子生徒たちは絶句して、そうくずれとなった。

 人間の心があればさすがに逡巡する作戦である。いや、確かにゲームならば可能かもしれなかったが、このリアリティを感じざるを得ないじようきようにおいて、そのような異常な作戦がとれるのは、やはりころねならではだった。

「確実に首をはねよ! りよは取るな!」

 ころねは精鋭部隊を縦横に走らせた。縦に延びていたじんはいくつにも分断され、りつした兵は次々と包囲されてち倒された。特に指揮官をねらうころねの戦術は図に当たった。指揮官を失った兵士は、一気にしようめつするルールである。ころねの光線のいちげきで、一度に数千の兵が消失する。

 こうなっては城門を越えた男子生徒たちは敗走するしかなくなった。だが、ころねのついげきを受け、次々と光線の下にひれす。

「おのれ、阿九斗……。ころねちゃんにこんな指示を出すとは人間じゃねぇ……」

「げに怖ろしきは魔王ということか……」

 死に行く男たちはそれでもこのざんにんな作戦はころねに指示を出した阿九斗のわざだと信じて疑っていなかった。

 そして、ころねはその場の全員をほうむる。

 結局、ころねは、数万の兵士のせいで築いた道を乗り越え、数千の兵士で、数十万の軍勢を打ち破ったことになる。

「おのれ、化け物!」

 不二子は城塞の向こう側で叫んだ。残っているのは女子生徒の率いるアマゾネス軍団七万のみだ。


     ○


「あーちゃん、戦争だよ。怖いね」

 ゆうな音楽の流れる中、ドレスを身にまとったけーなが阿九斗の腕にしがみついた。

 テラスからは遠くに『ころね関』のせんとうの様子が見えている。

「怖いって言っても、ゲームだよ。でも、ゲームとはいえ、このはくりよくにはいろいろと考えさせられるものがあるね。戦争とは金ばかりかかってむなしいものだな」

 阿九斗は言った。こちらも白の盛装である。

「そうだね。戦争はよくないね。でも……」

 けーなはテーブルにせられたごうな食事を振り返った。

 塩むすびに白米にチャーハンにピラフにドリアにパエリアにドライカレーにライスケーキにライスプディング。手にしているのはあまざけのグラスだ。

「……こうして豪華な服を着て踊って、おいしい食べ物を前にしてそんなことを言っていると、やっぱりぜんにしか聞こえないよね」

「……それはそうなんだよな。まるっきり悪役だ。まぁ、おいしい食べ物っていうのには同意しないけど。なんでこんなことになったんだろうなぁ」

 阿九斗はぼやいた。と、その時、向こうの戦争の風景に異常が起きたことに気づいた。

「あ……!」

「どうしたの?」

「あれを……」

 阿九斗が指さしたのは、戦場のさらに向こう側だった。

 ジャングルの木々よりも背の高い何者かがのっそりと歩いてくるのだった。

 それを見たけーなが悲鳴をあげた。

「きゃあ! あ、あーちゃん……あっちに行っちゃだよ……」

 けーなはおびえていた。

「あれが、ころねの言っていたゲーム外からのかいにゆう……か」

 阿九斗はけーなの身体をせつつ、そいつの姿を観察した。四足獣の頭が蛸になったような生物だ。きようあくな姿である。

「あいつの方から、嫌な気配がするよ。なんか心配だよ」

 けーなの身体の震えを阿九斗は感じていた。

 それが何より事態の異常さを伝えている。どんな時でも気楽にやっていたけーなが、そこまで恐怖を感じているのである。

「嫌な気配?」

「あーちゃんに似てるけど、ちがう気配だよ。なんか嫌な感じがする……」

だいじようだよ。ここから動かないで」

 阿九斗はそう言って、けーなを身体から離した。

「嫌だよ、行かないで」

「そういうわけにはいかないよ。どうやらこっちを目指しているようだから」

 その言葉通り、そいつはゆっくりとした動きで、だがきよたいにふさわしい速度でこちらに迫ってきているのだった。

「それに、ぼくと似た気配だって言うのなら、なおさら僕が行かないとどうにもならないってことだろう?」

 阿九斗がそう言うと、けーなはようやくなつとくして首を縦に振った。

「でも、気をつけてね……」

「わかってる」

 阿九斗はうなずいて走りだした。


     ○


「ごはははは! ひれ伏せアマゾネス軍団!」

 ころねは大声で呼ばわる。

 城門は両側から閉ざされており、結局、連合軍は城塞を破れぬまま、かなりの軍勢を失ったのと同じ形である。残存兵力は、不二子のアマゾネス軍団七万のみ。

 城塞の上に立っているころねを落とすイメージは不二子にはかなかった。てつ退たいすれば追撃を受けて全滅することはちがいない。

「お姉様! どういたします?」

「困りましたわね……。ここはゲームと割り切って負けを認める……というのもくやしいですわね」

 不二子は意を決したように顔をあげた。

「魔将ころね! ここはいつちを申し込みますわ!」

 そう叫び、不二子は前に出る。応じる必要もないくるまぎれのそれだったが、ころねはあっさりと応じた。

「人間ぜいが勝てると思っているのか」

 ころねが城門を開けて、単身で前に出てくる。

「あなたが言うと、演技だかマジだかわかりませんわね……」

 不二子はつぶやく。

 ――ともかく、阿九斗様に立派になっていただく過程で、いずれころねとは本気で戦うことになるはず。ここで相手のやり方をわかっておくのも悪くはありませんわ……。

 不二子はケルベロスを蹴立ててばやく前に。ころねはじゆつであるから、にくだんせんに持ち込んでしまえば、乗騎のある自分が有利だ。突進すれば、じゆつによる攻撃を二回ほどえればころねまで到達できる。

「ビーム! ビーム!」

 そして、ころねはその二回を使い切った。もちろん、その攻撃は不二子に命中している。

「くっ!」

 しかし、不二子はぎりぎりのヒットポイントを残してそれに耐えきった。自ら調合した回復薬を飲み、肉弾戦に耐えうる分を回復すると、むちをふるってころねに襲いかかる。

「接近戦ならばゲーム設定における数値比べのみになると思いましたか」

 ころねはつえげ、その鞭を受け止める。鞭が杖にからみついた。

「数値比べじゃ意味がありませんわ。戦術以外のあなたの戦い方のくせを見せてもらおうと思いまして」

 不二子が鞭を引き、ころねの動きを止める。杖を離せば、ころねは武器を失うことになる。つうならば、力比べが続くところだ。

 が……。

「ほい」

 ころねは杖を振るって前進した。

 普通の人間は、相手に自らの行動を制限されることを反射的に嫌がるものだが、ころねはそのような反射を持ち合わせていないということらしい。

「しまっ……」

 不二子は杖のによる攻撃を受けてしまう。魔術師の攻撃であり、大したダメージはないが、精神的なショックは大きい。

「やっぱり、戦闘についてはすさまじい思い切りの持ち主ですわね」

「人間でも、達人と呼ばれる者はそのようなとくちようがあるらしいです。人造人間の戦闘プログラムは、よほどみようなものでない限りは、それを参考に作られています」

 ころねはたんたんと言いながらも、杖の雨を降らせる。

 ――げ……現実世界でころねと戦う時がきたなら、絶対にからからやることにいたしますわ……。

 不二子はこうかいした。しかし、完全に敗北を認めるのは、自分のプライドが許さない。

 ――ここはえんまくを張って次のチャンスを……。

 そう不二子が考えたときだった。

 背後から凄まじい悲鳴が聞こえた。

 不二子は、ころねに神経を集中させていた関係上振り返るのをためらう。が、ころねが少しはなれて、背後を指さし、さらに何やらかげが自らの背中に落ちてきたのを感じるに至って、ゆっくりと振り返った。

「ひ!」

 怪物がそこにいた。

 ぬめる皮膚を持ち、身体は四足獣のようで、頭は蛸のそれだ。しかも身長は数十メートルはあろう。