4 それなりに大戦争
城のテラスからの景色は悪くなかった。ジャングルと岩山が主たるものだが、それでも青空の下、遠景まではっきりと見える自然――正確には自然を模したものだが――は心をなごませてくれる。
「なんというか……ゲームのラスボスというのは暇なものなんだね」
「ゲームしているときは気づかないけどね」
そう答えたけーなは横に立ってご飯を食べている。
外にアクセスできないため、ゲームのマニュアルと内部情報だけが
「聖杯も城の
阿九斗はぼやいた。最終目的である聖杯は、城の地下
「でも、誰かが改変しているんだよね? お話を」
けーなが聞いた。
「複数の要素が関係しているのは確かだけどね。とはいえ、それが何かわからない以上、下手に動かない方がいいよ。……ところで、君、ご飯、どこから持ってきたの?」
「そこにあったよー。食べたくなったらあるんだから、お城って便利だよね。きっと見えないメイドとかいっぱい歩いているんじゃないかな」
「どうして見えないメイドがいっぱいいてぶつからないんだい?」
「素早いから向こうが避けるんじゃないかな」
「
阿九斗が苦笑いをすると、後ろから声がかかった。
「
振り返ると、ころねがかしずいている。
「だから、そのお
「いえいえ、ゲームの
「だとしても、さ……。それで、どうしたの?」
「二点あります。ひとつは外部からプログラムが少々改変された模様です」
「それって、危険じゃないの?」
「はい。しかし、仮想異空間に
いろいろとトラブルの種は尽きないようだ。
「もしそういう敵に殺されたら危険かもしれないね」
阿九斗はうなずいた。
「そうです。ご注意を。そして、もう一点。残党の
「集結?」
「はい。きゃつら、散り散りになってレベルを上げており、機会をさぐっていた模様です。そして、時が来たならば、魔王様を倒すため軍勢を引き連れて、城への道を進軍すると」
「そちらは良いしらせだね。もうすぐゲームも終わりだな」
安心したように阿九斗は言った。
「いえいえ、ここは全員の殺害による勝利を」
「……そうしたいならそれでいいや。もうみんなに
「では、道の
ころねがテラスの向こうを示した。
阿九斗が振り返ると、一本ののろしがジャングルよりあがっていた。
「あー、
けーなが
と、そうしている間にも、次々と景色の各地よりのろしがあがりはじめた。
「けっこう生き残ってるじゃないか」
「ご安心を。敵将の生き残りは三十ほどしかおりません。しかも将一人あたり、一万ほどしか兵もおりません。軍勢をお借りします。二十万の魔王軍と、
「そんな関所、いつ作ったんだよ……」
阿九斗は呆れたが、ともあれころねのおかげで事態が
「それでは戦って参ります。魔王様は、ごゆるりとダンスと音楽でもお楽しみを。透明のメイドが用意してくれるでしょう」
ころねが言った。
「ダンスと音楽ねぇ……」
阿九斗はぼやいたが、けーなの明るい声がそこに割って入った。
「ダンスと音楽! そうだよね! お城で大事なことを忘れていたよ! 人があんまりいないからそのことを考えていなかった!」
けーなが目を
「それではごゆっくり」
ころねが退出した。
すると、フロアから曲が流れてきた。
「え?」
「わぁ! ほら、あーちゃん、
けーなが阿九斗の手を引いた。
○
のろしが次々と呼応したのを見て、
「まいったな。
淑彦は言った。
「あの怪物には気づいていないか」
怪物は体高は数十メートルはある。遠くからでも見えるだろうが、この世界全体に散らばっている全員から見えているとは思えない。
「見えたところで、あれが本来のゲームにないキャラクターだとわかるプレイヤーばかりではないだろうし……。あれを倒すしかないのか」
淑彦はそう言って、絢子とけいすを見た。
絢子はまだ
「拙者は倒すべきだと思う。あれが魔王……かもしれない。魔王が聖杯を手に入れたら大変なことになるのだ」
「聖杯は、魔王城にある……ゲームでは、だが。そして、あの怪物も城に向かっている。さらに、あの怪物出現の後、外部と
淑彦は空間にスクリーンを出して改めてそれを確認した。
そして、淑彦は意を決してうなずく。
「我々でなんとかできるならば、そうしなければならないよ。急ごう。我々は、魔王城からはかなり遠いところにいる」
淑彦は蛸の化け物の後を追って歩きはじめた。
「ところで、魔王が聖杯を手に入れたらどうなるんだ?」
絢子がけいすに質問した。
けいすは、実にあっさりと
「魔王が完全体になる」
○
「さぁ、わたくしたちの力を見せる時でしてよ!」
「あれは……」
「
魔王城への道を行く軍勢の先頭には、〝
不二子と数人の女生徒は連合を組み、主に男子生徒を食い物にすることで、生徒間では一番の大軍勢にまでこの短期間で成長してきたのである。
きっかけは男子生徒が女子生徒のテントに
人望はある不二子のことであるから、移動するたびに女子生徒は増えた。しかし、女子が集団を作ったことと、ゲームである気楽さが相まって、その思想は過激化しはじめる。
もちろん、その過激化こそ不二子が暗にし向けたものなのだった。いち早く仲間殺しが非常に高い経験値になると
「不二子様はおやさしいのに……」
「あの取り巻きたちさえいなければ……」
生き残りの男子生徒たちですら、そう誤解していたのだから、不二子の悪人ぶりも堂に入っている。
今、不二子のアマゾネス軍団七万を先頭に、
道を進むに連れ、左右から次々と隠れていた生徒たちが合流、それぞれ成長して得られたNPC軍勢を展開していく。
最終的には三十二万となった連合軍は、様々な旗印を
「いよいよか」
生徒たちの興奮の声がざわめきとなって空へ立ちのぼる。左右に崖が
その流れが押し寄せる先は、まさにダムのごとくに道を閉ざした巨大な壁である。そして、その壁には〝魔〟の旗がたなびいていた。
「魔王軍だ!」
「城からは出てきていないぞ!」
「破城
連合軍は勢いを落とさずに
――ふふん。この戦で経験値を増やした生徒たちを、頃合いを見て阿九斗様に
不二子の
そして、不二子が
軍勢に破城槌を用意させた彼だったが、その軍勢と彼に、いきなり矢の雨が降り注いできた。それまで城塞の上に身を
「うわぁあ!」
破城槌の部隊が倒れる。
その矢の雨が、それからの激しい会戦開始の合図となった。
先頭の兵士たちは
さらに矢が降り注ぐ。矢が
それでも、兵士たちは盾を
「今のうちだ! 破城槌を!」
一人の生徒が号令をかけた。巨大な丸太に車輪を付けた破城槌が、複数の兵士に引かれて城門に打ち付けられる。城門全体が
降ってくる矢はそちらにも振り分けられ、その密度をさらに減らしてしまう。やがて兵士の一人が城門の上に飛び込むのと、破城槌が城門を破るのが同時だった。
「一気に
形勢が逆転したとの思いが
ハシゴを登った兵士たちは、オーク弓兵たちを
城門をくぐった兵士たちは、壁の向こう側に待ち受けていたゴブリン
密集隊形の中央を
「行けるぞ!」
ほぼ勝利を確信した声が次々に各地からあがる。
しかし、その言葉を疑っていた者があった。
――おかしい。指揮しているのはころねのはず。そのころねの姿がまだ見えませんわ。それに、
経験値を阿九斗に捧げることを目的にする不二子であるから、ころねに
――しかし、温存した軍勢をとどめておく場所は、崖の上しかありませんわ。
不二子は崖を見上げた。
高さは数十メートルから百メートル。岩を落とすことはできるが、それだけの岩が用意されている
――軍勢で
不二子がそう考えたときだった。
「ごははははは! また会ったな! 魔将ころね、見参!」
ころねの声が響いた。
崖の上である。城門を突破した連合軍の
「怖れるな! あの
「駆け抜けろ! 岩もそうそう数は来ないはずだ!」
男子生徒たちはそう指示した。
そこまでは不二子の考えと同じである。
――だが、まだ何かありますわね……。
不二子は女子生徒たちにとどまるように指示した。
と、ころねが動いた。
「
そう叫ぶや、ころねは進軍を指示した。崖から次々に率いていたオークやゴブリン兵たちが飛ぶ。
「なっ!」
これには下を駆けていく兵士たちも息をのんだ。何しろ、この世界では
「進軍! 進軍!」
しかし、ころねは無表情に進軍を叫んだ。次々と魔王軍の兵たちが飛ぶ。
「な……何をしているんだ……」
見ている者は皆、絶句した。だが、不二子だけはその真意に気づいた。
「この戦争、我々の負けですわ。いえ……こちらは負けないために、逆に城門を閉ざしますわよ!」
不二子は指示した。女生徒たちは城門の反対側にまだ残っていたのだが、その指示でせっかく開けた城門を再び自らの手で閉める。さらに、ハシゴまで外しはじめた。
「な……何を……!」
男子生徒たちは慌てた。が、彼らに城門に注意を向けている暇など与えられなかった。
「な、なんだとぉ!」
彼らは驚愕に目を見開いた。
死体が崖の前に積み重なっていた。もちろん魔王軍のオーク兵たちのものである。そして、その死体によって完成したスロープを、ころね率いる
「馬鹿な!」
男子生徒たちは絶句して、
人間の心があればさすがに逡巡する作戦である。いや、確かにゲームならば可能かもしれなかったが、このリアリティを感じざるを得ない
「確実に首をはねよ!
ころねは精鋭部隊を縦横に走らせた。縦に延びていた
こうなっては城門を越えた男子生徒たちは敗走するしかなくなった。だが、ころねの
「おのれ、
「げに怖ろしきは魔王ということか……」
死に行く男たちはそれでもこの
そして、ころねはその場の全員を
結局、ころねは、数万の兵士の
「おのれ、化け物!」
不二子は城塞の向こう側で叫んだ。残っているのは女子生徒の率いるアマゾネス軍団七万のみだ。
○
「あーちゃん、戦争だよ。怖いね」
テラスからは遠くに『ころね関』の
「怖いって言っても、ゲームだよ。でも、ゲームとはいえ、この
阿九斗は言った。こちらも白の盛装である。
「そうだね。戦争はよくないね。でも……」
けーなはテーブルに
塩むすびに白米にチャーハンにピラフにドリアにパエリアにドライカレーにライスケーキにライスプディング。手にしているのは
「……こうして豪華な服を着て踊って、おいしい食べ物を前にしてそんなことを言っていると、やっぱり
「……それはそうなんだよな。まるっきり悪役だ。まぁ、おいしい食べ物っていうのには同意しないけど。なんでこんなことになったんだろうなぁ」
阿九斗はぼやいた。と、その時、向こうの戦争の風景に異常が起きたことに気づいた。
「あ……!」
「どうしたの?」
「あれを……」
阿九斗が指さしたのは、戦場のさらに向こう側だった。
ジャングルの木々よりも背の高い何者かがのっそりと歩いてくるのだった。
それを見たけーなが悲鳴をあげた。
「きゃあ! あ、あーちゃん……あっちに行っちゃ
けーなは
「あれが、ころねの言っていたゲーム外からの
阿九斗はけーなの身体を
「あいつの方から、嫌な気配がするよ。なんか心配だよ」
けーなの身体の震えを阿九斗は感じていた。
それが何より事態の異常さを伝えている。どんな時でも気楽にやっていたけーなが、そこまで恐怖を感じているのである。
「嫌な気配?」
「あーちゃんに似てるけど、
「
阿九斗はそう言って、けーなを身体から離した。
「嫌だよ、行かないで」
「そういうわけにはいかないよ。どうやらこっちを目指しているようだから」
その言葉通り、そいつはゆっくりとした動きで、だが
「それに、
阿九斗がそう言うと、けーなはようやく
「でも、気をつけてね……」
「わかってる」
阿九斗はうなずいて走りだした。
○
「ごはははは! ひれ伏せアマゾネス軍団!」
ころねは大声で呼ばわる。
城門は両側から閉ざされており、結局、連合軍は城塞を破れぬまま、かなりの軍勢を失ったのと同じ形である。残存兵力は、不二子のアマゾネス軍団七万のみ。
城塞の上に立っているころねを落とすイメージは不二子には
「お姉様! どういたします?」
「困りましたわね……。ここはゲームと割り切って負けを認める……というのも
不二子は意を決したように顔をあげた。
「魔将ころね! ここは
そう叫び、不二子は前に出る。応じる必要もない
「人間
ころねが城門を開けて、単身で前に出てくる。
「あなたが言うと、演技だかマジだかわかりませんわね……」
不二子はつぶやく。
――ともかく、阿九斗様に立派になっていただく過程で、いずれころねとは本気で戦うことになるはず。ここで相手のやり方をわかっておくのも悪くはありませんわ……。
不二子はケルベロスを蹴立てて
「ビーム! ビーム!」
そして、ころねはその二回を使い切った。もちろん、その攻撃は不二子に命中している。
「くっ!」
しかし、不二子はぎりぎりのヒットポイントを残してそれに耐えきった。自ら調合した回復薬を飲み、肉弾戦に耐えうる分を回復すると、
「接近戦ならばゲーム設定における数値比べのみになると思いましたか」
ころねは
「数値比べじゃ意味がありませんわ。戦術以外のあなたの戦い方の
不二子が鞭を引き、ころねの動きを止める。杖を離せば、ころねは武器を失うことになる。
が……。
「ほい」
ころねは杖を振るって前進した。
普通の人間は、相手に自らの行動を制限されることを反射的に嫌がるものだが、ころねはそのような反射を持ち合わせていないということらしい。
「しまっ……」
不二子は杖の
「やっぱり、戦闘については
「人間でも、達人と呼ばれる者はそのような
ころねは
――げ……現実世界でころねと戦う時がきたなら、絶対に
不二子は
――ここは
そう不二子が考えたときだった。
背後から凄まじい悲鳴が聞こえた。
不二子は、ころねに神経を集中させていた関係上振り返るのをためらう。が、ころねが少し
「ひ!」
怪物がそこにいた。
ぬめる皮膚を持ち、身体は四足獣のようで、頭は蛸のそれだ。しかも身長は数十メートルはあろう。